日本企業でのマーケターの地位は著しく低い
よほど恵まれていて、給与などの条件が良い会社でない限り、自分の部署には十分以上に優秀な人材がいて、人材育成に困ったことがないという企業というのはそう多くはないと思う。25年近く社会人として働いてきたが、そんな贅沢な状況の会社の話は、残念ながら聞いたことはない。
人材不足を解決する方法は、2~3つくらいしかなく、採用強化、人材育成、退職防止といったところだろう。もちろん採用についても最近は様々な手法も出てきているし、様々な検討事項はあると思うので、機会があれば別途議論したいと思うが、ここからは中長期的に影響が大きいと思われるマーケティング人材の育成について考えていきたいと思う。
まず、大前提として理解が必要な点は、マーケティングというのは専門的なトレーニングを受けて始めてパフォーマンスを向上させることが出来る専門的なファンクションであるということである。なぜ最初にこのような話をするのかといえば、日本企業において、この認識が著しく低く、マーケターという職種の地位が非常に低く見られていることに強い不満を持っているからである。
では、なぜマーケティングが日本において地位の低い立場に追いやられてしまっているのであろうか?この点について考えることによって、それぞれの会社で本当にマーケティングの人材が育つ環境にあるかどうかを見つめなおしてもらいたい。
マーケティング職を人事ローテーションに組み込む愚行
まず一つ目の問題点は、日本企業、特に伝統的な大企業においていまだに残っているゼネラリスト志向や、それに紐づくファンクション横断的な人事ローテーションの仕組みである。私自身が自分を日本において珍しい存在だと勝手に自負している理由は、これまで様々な会社のマーケティングの責任者といわれる人に会う機会があったが、日本において20年以上一貫してマーケティングを事業会社でしてきたという人に殆どあったことがないからである。唯一の例外は、外資系のトイレタリー系のブランドマネージャー出身者で、それが理由でExecutive Search会社等でマーケティングの責任者的な人を探すとそのようなキャリアの人材をしょうかいされることが多そうなきがする。おそらく、日本において一貫してマーケティングのキャリアを積める環境がいかに少なく、結果として彼らが日本のマーケターの人材輩出企業として大きな地位を占めている証拠だと思う。逆に言えば、それ以外の企業の出身者で、胸を張って自分はプロフェッショナルのマーケターとして事業会社でキャリアを積んできたと言える人材が日本には非常に少ないということなのだと思う。そして、その一つ目の原因が、この人事ローテーションの仕組みだと考えている。
では、なぜマーケティングというファンクションが人事ローテーションの一つのポジションとして扱われるのであろうか?私はその原因が本項の主題であるマーケティングが専門的な機能として認められているかどうかの認識にあるのだと思う。結論から言うと多くの日本企業においてマーケティングは専門職とは認められていない。
ここで、専門職という言葉をどのような定義で使っているのかということであるが、分かりやすく言うと「専門的なトレーニングを受けることで始めて実施可能な職種」という意味合いで考えている。分かりやすい例が、医者や弁護士など専門の国家資格を取らないで出来ない職業であるが、そこまで行かなくてもWebエンジニア・プログラマーやデザイナーなども例え国家資格のようなものはなくても、当然専門的な教育・トレーニングを受けるか、独学でもある程度の勉強をしないと企業においてお金をもらってプロフェッショナルとして働くことは出来ない職種だ。例えば、金融機関に就職して、最初の3年くらいどこかの支店で仕事をした後の人事異動でシステム部門のプログラマーという辞令が出ることがあるのであろうか?製薬会社の営業で採用された文系出身の人材に人事異動で新薬開発の研究職の辞令が出るだろうか?可能性がゼロとは言わないが、現実的には相当可能性は低いのではないかと思う。
ではなぜだろうか?それは、明らかに短期間でパフォーマンスすることが期待できないからだと思う。まず、その人の教育的なバックグラウンドや素養・資質について、その職種に適性があるかどうかも分からない。また、それぞれの職種でプロフェッショナルとして仕事をしている人は、それなりの年月のトレーニングと経験をもとに現在のパフォーマンスをあげているわけで、全く未経験の人材を頭数としてアサインしたところで、明日からパフォーマンスをすることなど、ほぼ不可能だ。いずれにしても、非常にリスクの高い人事異動になることは間違いないわけである。
このように考えれば、マーケティング部門を会社での人事ローテーションの一環として組み込んでいる企業は、前提としてマーケティングを専門的な機能と認めていないということである。
そのように考えると、次の問題が出てくる。何歩か譲って、ある程度経験を積んで、新卒から比べれば年齢も上がってきた人がマーケティング部門に異動するというローテーションは良いとしよう。マーケティングに人材が足りないのであれば、やる気があってマーケティングをやりたいという人材には前向きに機会を提供すべきだと思うからである。
でも、百歩譲っても許容出来ないのは、ローテーションの名のもとに、2-3年マーケティングをした後で、マーケティングも出来ますという顔をしてまた別の部署に異動していくようなやり方である。あまりどういうメリットがあるのか私には分からないがゼネラリストといわれる人を大量に量産するということが目的なのであれば、それでも良いかもしれない。もちろん、驚くほど優秀な人材で普通の人が10年かかって学ぶことを2-3年で習得出来てしまう人にもそれは合理的な判断かもしれない。しかし、そのような特殊な人材でない限り、2-3年程度の経験で、現在の多様化したマーケティングの各ファンクションのスキルを高次元に習得し、ハイレベルなマーケティングプランを構築し、実行・管理し、パフォーマンスをあげることなど難しいと思われる。これまでおそらく500人以上のマーケターの面接をし、2-300人以上のマーケーターを部下として見てきたが、2-3年でそのようなパフォーマンスを挙げられるだろうと思える人材は多くて一桁の後半くらいである。申し訳ないいが、現在のマーケティングは、2-3年くらいでハイレベルな人材になれるようなものではないのである。
行き過ぎた広告代理店への依存
というわけで、専門職たるマーケティングを人事ローテーションに組み込むことの不合理がご理解いただけたのではないかと思う。しかし、反論として、日本企業はそれでも何とかやっていけているではないか?マーケティングがそれなりに出来ているのではないかという声が聞こえてきそうな気がする。実は、そこには日本特有の理由がある。それは、広告代理店の存在である。そして、これが日本においてマーケターが育たない2つ目の理由である。誤解を恐れずに言えば、日本においける広告宣伝活動を中心としたマーケティング活動は、企業のマーケティング部ではなく広告代理店がその役割を担ってきたという部分が非常に大きいと感じている。これは、3年半米国でマーケティングをして実感したことだが、米国を始めとする西洋諸国では、マーケティングは基本的にはインハウスで行い、広告代理店はメディアバイイングなどマーケティングの一部の機能を担うという位置づけにすぎない。
これに対して日本はどうだろうか?私はそういう仕事の仕方をしたことがないので、非常に偏見に満ちたイメージなのかもしれないが、想像する実態とはこんな感じな気がする。
事業会社側のマーケティングの担当者は非常に大雑把な問題点や売りたい商品のコンセプトのようなものを決めて、それを代理店にオリエンテーションする。そして、代理店のストラテジックプランニング(ストプラ)チームの若者が必死に考えてきたプランや、場合によってはコンペで複数の代理店が出してきたプランに対して、それっぽい文句や質問を付け加えながら、最終的にその中から一番よさそうなものを選択する。そして、社内に持ち帰って、多少真面目な人であれば、その提案を社内のPPTのテンプレートに変換して、酷い場合には代理店の提案書をそのまま企画検討会議のような場で提案する。
一度企画が承認されれば今度は実行フェーズになるが、実際のマーケティング活動の遂行も代理店が行う。事業会社のマーケティング担当者が行うのは、企業側からの素材提供や事業会社内の社内調整が中心となる。そして、無事施策がひと段落すると今度はレポーティングであるが、これも当然作るのは広告代理店である。結果が良ければ、みんなハッピー。でも、結果が悪ければ、そのプランを選択したのが自分であるにも関わらず代理店の担当者になぜ上手くいかなかったのかと詰め寄るわけである。
と、はっきり言って、相当悪意と偏見に満ちた想像をめぐらせたわけだが、残念ながら日本企業のマーケティング組織で実際に行われている現実はこれに近いのではないかと思う。これも想像だが、これまで多くのマーケターの面接をしてきた経験でいうと、この傾向は特に大企業において強いように感じる。私は面接時に、それまで実行したマーケティング施策の具体例の説明をしてもらうが、何度かキャッチボールをすればその内容を自分で考えたのが、人が考えたのかくらいは見分けがつく。傾向として、大企業でマーケティングをしていたという人材で、自分で考えて、試行錯誤しながら成功でも失敗でもしたのだろうと感じられる人材に出会える確率は非常に低い。
では、ここで質問。このような広告代理店の使い方をしている事業会社のマーケターはマーケティングをしているのだろうか?おそらく、伝統的マーケティング中心のマーケティングであれば、マーケティングの仕事の比重はある程度プランニングに置かれるので、プランニングフェーズの半分か1/3程度はマーケティングの仕事をしているのかもしれない。しかし、デジタルマーケティングの世界では圧倒的にDCAにマーケティング活動の比重がおかれ、その部分を代理店にお任せしてしまっては、殆どマーケティング活動をしているとは言えなくなってしまう。なぜなら、実行フェーズで行っているのは、社内調整と社内報告だけだからである。しかし、日本の代理店は優秀かつ忍耐強いため、そのようなマーケターがマーケティングをしているようにふるまえるサポートを全力でしてくれるのである。(ここまで言うと、それなら日本においては広告代理店がマーケターの輩出企業になれるので、問題ないのではという疑問が出てきそうで、その指摘はもっともだと思うが、この点については長くなるので、また別の機会に議論したい。)
優秀なマーケーターは育成可能!
ここまでくると、なぜ日本においてマーケティングの専門性が軽視され、人事ローテーションの一部に組み込まれ、数年間マーケティングを経験しただけでマーケターであるかのようにしている人が多くいるのか、逆に言えば本当にマーケティングのプロフェッショナルといえる人材が一部の企業の出身者に限られてしまうのかということが、ご理解いただけると思う。
よいマーケターを育てるには時間がかかる。でも育てられない分けではない。適性のある人材を選び、時間をかけ、計画的に経験を積むことによって、高いレベルの人材に育てることは可能である。
本章ではマーケティングを専門機能とみなし、それを担う人材をどのように計画的に育成していくのかの考え方を検討していきたい。
2件のコメント
コメントはできません。