経験とは何か?

経験=実際に見たり、聞いたり、行ったりすることではない!

経験という言葉を辞書で引いてみると、こう書いてある。

1 実際に見たり、聞いたり、行ったりすること。また、それによって得られた知識や技能など。

2 哲学で、感覚や知覚によって直接与えられるもの。

出典 Weblio国語辞典

では、ビジネスにおける「意味のある」「評価出来る」経験とは何であろうか?私が強く言いたいのは、決してこの国語辞典の意味の一つ目の前半「実際に見たり、聞いたり、行ったりすること」ではなく、後半の「それによって得られた知識や技能など」であるということである。

なぜ、この話を人材育成のパートでわざわざ話そうとしているのかと言えば、「実際に見たり、聞いたり、行ったりすること」が経験と考えている人が非常に多いと感じるからだ。ここでは、私が考える経験についてどのように考えているのかについて説明しながら、日々の業務で行う業務を、経験に昇華させる考え方について議論していきたいと思う。

私は、ビジネスにおける経験というのは、日々直面する様々な課題や問題に対して利用可能なソリューションのストック量と、そのストックの中からその時に最適なソリューションをスピーディーに引っ張り出して利用可能な状態で提示・説明できることであると考えている。

私の場合は、25年近くインターネット関連のビジネスに関わり続け、楽天が2011年までにやっていた殆どの事業(おそらく30-40種類)のマーケティングに直接・間接的に関わり、大手ゲーム会社でグローバル展開する大規模タイトルやゼロベースの中小規模の新作タイトルなどの事業展開に関わり、最後のトライトで既存の人材紹介ビジネスに加え、新規でダイレクトリクルーティングの事業の立上げに関わってきた。その過程で、様々な課題や問題に直面し、日々その解決策を考えながらPDCAを回し、その結果をまた分析することを繰り返してきた。その25年間の繰り返しで、おそらくデジタルビジネスを展開するうえで必要なマーケティングの課題や問題で、経験していないことはほぼないと言い切れるくらいの量と、種類の事象を見たり、聞いたり、行ったりしてきていると思っている。

実際、この7-8年くらいは、自分の会社やチームで起こることのおそらく60-70%くらいは、過去に経験していたり、経験したことと近しいことで、その問題や課題の解決策のオプションを過去の事例から引っ張り出してくることが可能な感じがしている。

日々の人材育成の項で最後に挙げた、会議の場での報告に対して、瞬時にフィードバックをすることが、出来るのも、報告を聞きながら、おそらく無意識のうちにそれに似た事象を自分の脳内で検索し、その時のソリューションを引っ張り出してくることが出来るから、報告者が1週間とか1か月とかかけて考えてきたことを上回るフィードバックを10分とかいう短時間で行うことができるのだと思っている。

何故、同じ社会人歴がある人でも経験値に違いがあるのか?

では、この経験というのは、長くその仕事をしている人ほど多くなるのであろうか?私は、必ずしもそうであるとは思わない。私の年齢くらいになると、皆20年とか30年とか社会人経験があるわけだが、経験の量と社会人経験の長さが比例関係にあるのであれば、年齢の高い人ほどパフォーマンスが上がりやすいということになる。しかし実際にはそんなことないのは、殆どの人は同意してくれるであろう。

では、長く仕事をしながら、高い経験値を持ち、その経験をもとにパフォーマンスをあげられる人とそうでない人の違いはなぜ生まれるのであろうか?私は、それは、日々の業務をする中で、一つ一つを深く分析して、成功のパターンを類型化して、自分の記憶に刻み込むことをどれだけ愚直に、繰り返し行っているのかの違いであると思っている。私は経験というのは、自分の血肉に刻み込むものだと思っている。もちろんノートに書き残して後で見返すという方法もあるのかもしれないが、経験値が高く優秀そうな人が、誰かの報告を聞きながら一生懸命過去のノートを見返してソリューションを引っ張り出している場面を見たことがない。ほぼすべての人は自分の記憶からソリューションを引っ張り出している。

経験値を増やす2つの方法論

しかし、日々多くの事象で発生する詳細を丸ごとすべて記憶することも普通は出来ないであろう。少なくても私には不可能である。では、どのように自分の頭の中の記憶に残す情報と残さない情報を取捨選択しているのであろうか?私は主に2つのパターンがあると思う。

一つ目は反復である。日々の業務で何度も何度もぶち当たる、多くの部下が直面する課題というのは、普通に考えてさっさと解決すべき重要な課題である。このような課題というのは、一度よいソリューションが見つかれば、そのソリューションを何度も使うことになる。そのように反復して利用するソリューションというのは、自然と記憶の引き出しに優先してストックされていく気がしている。

二つ目は、インパクトの大きさである。一回発生すると非常に影響範囲やコスト規模が大きく、二度と同じ経験はしたくないというような課題については、優先して問題回避のためのソリューションは記憶されやすい(もちろん逆の大成功のパターンもある)。

自分のことを振り返っても、殆どこの2つの分類で自分の引き出しのストックは説明できる気がする。ただ、人間後者の大成功や大失敗の内容は普通に明確に記憶に蓄積されやすいため、もしこの分析が正しいとすれば、差が生まれる理由は、ソリューションの利用頻度をどれだけ上げられるかだということになる。私は、その一番良い場が会議であると考えている。もちろん私のように報告されることが多いポジションであれば、前項で述べたように、部下の報告に必ず1フィードバックをするという義務を自分に課すことにより、経験の引き出しを検索する頻度をあげることが可能である。一方で、部下の報告をただ、なるほどねと聞いているだけの上司であれば、その間に1回も引き出しを開けることはない。これだけでもソリューションの反復利用回数は格段に違ってくる。

では、報告を受ける立場でない人はどうすれば良いのだろうか?実は、報告を受ける立場でなくても、同じことは出来る。チームの定例会議などで、他の人がしている報告を聞きながら、なぜそうなるのか、どうすればその問題は解決するのかと考える癖をつければ、自分で行っていること以外にも、ソリューションの引き出しを開ける反復回数は増やせるはずである。

私は、自分の部下の誰よりも自分のチーム内で起こっている課題に対して真剣に解決策を考えている自信があるので、その反復回数は自分の部下よりもほぼ確実に多い。つまり、私の経験値は部下の誰よりも増大し続けている。

一方、メンバーのたち立場なってみたらどうであろうか?5人の報告者がいる会議で、自分の出番だけ頑張って他の人の報告はなんとなく聞いている人と、5人全員の報告を自分毎のように聞き、自分なりのソリューションを頭の中で考え続けている人で、差は無まれないのであろうか?間違いなく差は出てくるはずである。5倍の差が出るかどうかわからないが、もし5倍の差が出るとすれば、5人分真剣に考えている人は、そうでない人が5年かけてできる経験を1年でできるようになる。そのように考えれば、同じ年数仕事をした人でも、ソリューションのストックに明確に差が出てしまう理由がなんとなく想像出来るのではないだろうか?

経験とは、自分の身の回りで起こっている事象を真剣に解決するために思考するプロセスでこそ培われるものであると考えている。決して、その人が見たり、聞いたり、行ったりしたことの量ではない。そして、その量は、他の人の時間で体験したプロセスを拝借することによって、自分の24時間を使って体験する以上のことを体験し、経験へと昇華させることも可能である。もちろん、ここで紹介した考えや方法論は、私なりの工夫であって、唯一の方法ではないと思うが、ぜひ一度自分の仕事の仕方を再点検して、自分は早いスピードで経験値を積めているのかを見直してみてほしい。自分では効率がよいと思っていても、実は勿体ない時間の使い方をしていないだろうか?