グローバル展開で苦労した体験から学んだこと
正直、胸を張ってグローバルでの成功体験があると言えるわけでもないし、自分をグローバル人材と言えるほどの英語力もないので、このお題で書くのも気が引けるので、書こうかどうか迷った。また、自信をもってこうやれば成功出来るということを述べることも出来ない。
ただ、大手ゲーム会社時代に8年間日本企業が海外でマーケティングをするというチャレンジを一応現場で責任者として考え続けたので、上手くいかないパターンみたいなものを分かった気がしたので、成功のためのTipsではなく、失敗事例のTipsみたいなものとして、グローバル市場でのマーケティングの話をしていきたい。
まず、これは昔話として書くので、今のその企業がどうかという話ではない(ゲーム業界を離れて4年近くたつので、今の話をする情報もない)とご理解いただいた上で、私が大手ゲーム会社でマーケティングを始めた時のことを話したい。正確な数字は覚えていないが、2011年頃にそのゲーム会社の面接を受けるのにIR資料とかを読んでいて海外売上の比率が半分程度あったというのは今でも明確に覚えている。なぜなら、当時の転職先の選定基準に海外ビジネスの勉強を出来るところにしようと考えていたので、売上が半分以上ある会社であれば、きっといろいろ学べるだろうと思ったからだ。
ただ、実際に入社してみて、結構びっくりしたのは、売上の半分以上を海外で上げている日本企業であるにも関わらず、自分の専門分野のマーケティングにおいて、グローバルでのノウハウ・ナレッジのようなものがほぼないということが早々に理解できてしまったからだ。
精緻なマーケティング戦略がなくても海外で物が売れるわけ
当時、なぜそんなことが起こるのだろうと考えた。結論としては、2点ほど大きな理由があるように思えた。①プロダクトアウト型のビジネスで商品が差別化できていればそれほど精緻なマーケティングをしなくても売れてしまうこと。②リテール型のビジネスというのはグローバルビジネスではなくマルチローカル型のビジネスとなっていること。この2つの条件が揃うと、どうやらグローバルのマーケティング活動というのは余り必要がないのだろうと感じた。少し個別に考えてみる。
まず1つ目のプロダクトアウト型の商品云々ということであるが、当時のそのゲーム会社でおそらく海外で大きな売り上げを上げていたタイトルは2つで、有名なサッカーゲームシリーズと某有名クリエイターが作るステルスゲームシリーズのであった。この2タイトルは、日本のゲーム会社がグローバルで相対的に技術力も高く、企業規模でも優位性をもっているときに、独自の商品ジャンルにおいて商品力でNo.1のポジションを取ったことがある商品である。私の入社前の話なので推測であるが、これらのタイトルがグローバルでヒットした理由は、おそらく海外のゲーム雑誌や情報サイトなどで高い評価を得て、高い話題性をうむという商品力が相対的に高いことであったのだと思う。特に、2000年代前半のマーケティング環境というのは、現状と違ってまだまだインフルエンサーマーケティングなど今ほど発達しておらず、ゲームのマーケティングに活用できるメディアの選択肢も特定の専門誌や専門サイトに限定されていたために、その少数のメディアとのリレーションが維持できていれば、ある程度マーケティング・PRが可能であったと推測される。
このような環境において、例に挙げた2タイトルのように、市場において相対的に非常に高い評価を得ることが出来る商品がプロダクトアウト的に出てくると、綿密なグローバルマーケティングの実行などをしなくても、商品力で物が売れてしまうということなのだと感じた。
二つ目のマルチローカルというのは、もちろん発売タイミングの調整や、情報出しのタイミングなど、グローバルでスケジュールを合わせるような要素も多少必要であるが、リテール型の商品ビジネスというのは、グローバルのマーケティングの連動性のようなものは殆ど必要なく、それぞれのローカルで個別にマーケティング活動を調整すれば成り立ってしまうということである。
この2つの要素が揃っていたこのゲーム会社の当時のグローバルのマーケティング体制がどうなっていたかというと、お世辞にもグローバルマーケティングをしているという状況ではなかった。日本、アジア、米州、ヨーロッパの4拠点に販売子会社(販社)があり、それぞれの販社の配下に営業、マーケティングなどの個別ファンクションが存在し、日本のプロダクトチームが、作った商品のコンセプトや、ここをアピールポイントにして売ってくれという指示を出して、「あとはよろしく!」という感じの体制であった。各ローカルの販社は実際に何をしていたのかといえば、極端に言うと、専門メディアと連携してゲームコミュニティーに情報を出し、後は卸会社に販促予算を渡して、「あとはよろしく!」といってお任せするというような体制であった。
こういう言い方をすると当時その企業で海外向けのマーケティングをしていた人には大変申し訳ないが、私が最初の3年間コンソールゲームビジネスを一歩引いたところから見て、帰国後に実際に自分でやることになってから当事者として見てそう感じてしまった(気分を害する方がいたらお詫びいたします)。
しかし、事実として、プロダクトアウトで良い商品ができれば、そんな体制でもものが売れてしまう。先に紹介した2つのタイトルについても、どこまで数字を言って大丈夫なのか分からないため超ざっくり言うが売上に占める国内売り上げの比率でいえば、半分など全く行かないくらいしかなく、殆ど海外で売り上げを立てている状態であった。逆に言えば、それだけ競争力のある商品を作れたことは凄いと思うし、同時に、世界のGDPの5%前後しかない日本だけを相手に商売をする危険性を心から感じてしまった。
日本のコンシューマーブランドは海外でマーケティングに参戦していない
そんな自社の状況を見ながら、アメリカのサンフランシスコで2012年から3年半生活をして、それほど競争力があるとは言えない海外向けのモバイルアプリゲームを何とかグローバルで売ろうとしていた。その中で私なりに、なぜ日本企業がバブル崩壊後海外市場で競争力を失ってしまったのかというのが少しわかってきた気がした。
よく言われる話だが、戦後日本企業が工業製品を海外に輸出し、奇跡的な経済復興を成し遂げた理由は、相対的に安い労働コストと日本人ならではの精緻な業務クオリティに裏打ちされた、安くて質の高いコモディティ的な工業製品に国際的な価格競争力があったからだと思う。もちろんソニーのような例外もあるが、日本全体としてはおそらく競争力の最大の要因は商品差別化ではなく、価格競争力であったと思う。そして、私のゲーム会社の経験をもとにすれば、価格競争力のあるコモディティ商品というのも基本プロダクトアウト型のビジネスモデルなので、マーケティングを必要としなかったのだろうと思われる。つまり、戦後の日本経済の成長に当たって、グローバルのマーケティング力というのはほとんど必要なく、そのノウハウは蓄積されていなかったのであろうと推測される。
そんな背景を前提として2012年に話を戻す。バブル崩壊後に日本企業はグローバル市場での競争力を失ってしまった。では日本企業がなぜグローバルで活躍できないのか。それは一言でいえば、グローバルでマーケティングする力がなかったからではないか。価格競争力も失い、圧倒的な差別化のある商品開発が難しくなってしまった状況で、モノを売るためにはマーケティングの競争に参戦し、グローバル企業に打ち勝つしかない。しかし、少なくてもアメリカでいち消費者として思ったことは、日本企業は世界最大のマーケットであるアメリカでマーケティングの競争に殆ど参加していないという事であった。別にTVCMが基準として正しいのかは分からないが、まず現地のTVを見ていて日本企業のTVCMを目にすることが自動車メーカー以外ほぼなかった。例えば、日本企業がグローバルで強いであろうと勝手に思っていたテレビを中心とした家電製品なども、サムスン等の韓国企業の広告は見るが、ソニーやパナソニックの広告は見た記憶が殆どない。Androidのスマートフォンの広告もサムスン以外ほとんど見ない。結果的に、家電量販店(とUSでも言うのかな?)に行っても、日本の家電製品はあっても端っこにちょろっとあるだけで、すでに棚取りすらできていないという状況であった。
この状況をみて、日系企業で本気で海外市場でコンシューマー向けに戦おうとしている会社って殆どないんだろうなと感じてしまった。ちなみに、そんなとき唯一例外と感じたのがユニクロだ。それは、USでもヨーロッパでも中国でも感じた。街を歩いていて、各都市の一等地のような場所で見るほぼ唯一の日本のブランドである。あれを見ると心から応援したいと思った。
これを書いている時点(24年4月)の日本企業の時価総額ランキングをみるとトップ10に入っているグローバル展開しているコンシューマーブランドの会社はトヨタとユニクロのファーストリテーリングのみである(ソニーはすでに部品屋になってしまったと思っているのでカウントしない)。一方で、米国の時価総額ランキングをみるとマイクロソフト、アップル、アマゾン、メタ、Google(アルファベット)と少なくとも半数はコンシューマーブランドである。しかも、1位のトヨタは別にして、2位の東京三菱UFJですら、米国のランキングでいうと100位に入れるかどうかのギリギリという感じである。
BtoBの商売というのは、基本的に大規模なマーケティングを必要としないし、おそらくプロダクトアウト的な部分が大きい気がするので、先ほどのゲーム会社の海外の成功事例に近い形の展開で成功しやすいのだと思う。このため、日系企業でグローバル競争出来ている企業の殆どはB向けの商材の企業である。一方で、コンシューマー向けの商品というのは、圧倒的な商品の差別化がない場合は、広義のマーケティングの競争をせざるを得ない。おそらく、家電を代表とする日本のコンシューマーブランドというのは、このグローバルでの本格的なマーケティングの競争に参戦することが出来なかったのだと思った。かつては、品質と価格のバランスでグローバル市場で商品の差別化を図ることが出来た。しかし、この優位性を韓国と中国の企業に埋められてしまったときに、本格的なマーケティング競争に参戦しなかったか、負けてしまったのだと思う。その結果、グローバルの販売競争に破れてしまったために、コスト競争力でも太刀打ちできなくなり、競争の源泉がなくなり、ほぼ不戦敗の状況に追い込まれてしまったような気がする。
ちゃんと研究したわけでも、文献を読んだわけでもないので私の予想は外れているのかもしれないが(凄く興味があるので、どなたかこの辺の話を勉強できる文献など知っていれば教えてください)、米国に3年半住んで、当時仕事をしていた自分の会社のマーケティングの状況をみて感じたことはこんな事であった。
国内で出来ないマーケティングを海外の子会社にやらせられない
ではなぜ、日本企業がこのようなマーケティングの敗戦みたいな話になってしまったのだろうか?これも、その場にいたわけではないから分からないが、想像がつく。それはそもそも、日本企業においては地元のマーケットである本社においてさえもまともにマーケティングができる人材がいなかったからなのではないかと思う。根本的な原因は、以前に広告代理店の話で書いたので、そちらを参照してもらいたい。本社にそもそものノウハウがないものを、海外の子会社にやれといっても上手くいくとは到底思えない。きっとそんな感じではないかと思う。
私がアメリカでそんなことを考え始めてから12年くらいの時間が経過した。次回からは、最初に宣言した通り、成功体験は語れないが、こうやったらたぶんうまくいかないという失敗を防ぐためのTipsをいくつかご紹介できてばと思っている。