デジタルマーケターにしては豊富(?)なスポーツマーケ経験
全く新しくはないが、番外編的にスポーツ系のスポンサードマーケティングについても、個人的には余り積極的ではないのであるが、それなりに経験を積んでしまっているので、コメントをしておきたい。
まず、私の主なスポーツ系のマーケティングの経験実績の紹介から始める。最初は、楽天でマーケティングを私が始める前から唯一決まっていた施策である。覚えている方もいらっしゃるかもしれないが、1-2年だけ東京ヴェルディのユニフォームの胸のメインスポンサーを楽天が契約していたことがあった。おそらく楽天市場の従量課金導入を出店店舗に説明するお土産的に目立つ施策が必要と判断されたのであろう。
その後、三木谷さんの個人会社が買収したヴィッセル神戸のユニフォームの胸のスポンサー、楽天イーグルスの超大口スポンサー、テニスの日本最大級の国際大会である楽天ジャパンオープン(現 木下グループ・ジャパンオープン)などが楽天時代の主なものである。その後、ゲーム業界に移ってから、商品開発とマーケティング双方の需要から欧州、南米のサッカーのトップクラブチームやUEFAチャンピオンズリーグのスポンサーなども経験した。
私個人として、スポーツマーケティングを積極的に行いたいと思ったことは実は1度もないのであるが、たまたま、楽天とゲーム会社というスポーツビジネスやスポーツコンテンツに関わる事業会社で働いてしまった縁で、デジタルマーケターにしては豊富なスポーツマーケティングの経験を有するという変わった経歴になってしまった。
余り、正直に言いすぎるとスポーツチームの営業の人に怒られそうだが、スポーツ系のマーケティングについて、私の経験から感じていることは正直に書くことにする。
大前提はスポンサードする目的を明確に検討する
私の経験の中でも最大のスポーツマーケティングの経験は、楽天が50年ぶりにプロ野球に新規参入して楽天イーグルスをゼロから半年で立ち上げるという前代未聞の大騒ぎを経験したことであろう。参入前からオリックスと近鉄という2球団が統合して2リーグ12球団が維持できなくなりそうだという話が浮上し、それに反対する選手会がストライキを起こすという大騒ぎがあった後の話だったので、通常のプロスポーツチームへのスポンサードというレベルを超えた異常な量のコーポレートブランドの露出があった(2004年プロ野球再編問題)。おそらくあの時点で日本国内における楽天という企業名の認知度は、ほぼ100%に近くなったと思ったし、あれ以上認知を上げるマーケティング施策をすること自体合理的に不可能だと思ったので、お金の無駄だと思ってブランドの認知度調査などもしなかったので、費用対効果も殆ど計測していない。そもそも施策として全く再現性がないためありがたいと思いつつも、本来の目的である認知を上げるというポイントについてはそれほど関心がなかった。
ただ、以前Full Funnelの議論の中でも触れたが、その時に改めて感じたのは、マーケティングというのは、Full FunnelのUpper、Middle、Bottomの3階層のバランスが重要だということだ。
スポーツマーケティングで得られる権益の代表例
スポーツマーケティングというのは、多くの場合スポンサードするメリットとして3つくらいの権利を付与されることが多い。
- チームのユニフォームや球場内の看板、チームの広報物などでのブランドの露出
- 広告等でのチームの選手等の肖像権の利用
- 球場などでのイベントの開催等の付帯権利。
1.ブランドの露出
おそらくスポーツのスポンサード系のマーケティングの最もイメージしやすいマーケティング手法が、自社のブランドロゴをスポーツのTV中継(最近ではネット配信)やスポーツニュース・報道などを通じて露出させることである。代表的な露出場所は、選手が着用するユニフォーム、球場内の看板、また、最近多く利用されるのがスタジアムのネーミングライツの権利である。もちろん球場に来てくれたファン向けに露出するということも目的としてあるが、広告効果として大きいのは試合映像を通して露出される機会であろう。野球場やサッカーのスタジアムに行くと、壁のあらゆる部分に企業のロゴが貼り付けられたりしているのはこの目的のためである。
別の手段としては、サッカーであれば胸の部分であるとか、背中、半袖の袖口部分、パンツの腰骨の当たりなど、リーグの既定の範囲内でスポンサー企業の露出が出来そうなところは広告として販売したりする。プロ野球も昔はそれほど積極的にやっていなかったように思うが、楽天イーグルスの立ち上げ時に、売れるものは何でも売るという感じで営業したので、他のチームもそれに追随して多くのスペースをスポンサーに販売している。特にサッカーの胸スポンサーの場合は、レプリカユニフォームにも企業ロゴが掲載されて販売されるので、以前楽天が購入していたFCバルセロナの胸スポンサーの場合など、楽天のロゴがプリントされたおそらく何百万枚というレプリカユニフォームを着た世界中のチームのファンが楽天のロゴの露出に無意識のうちに協力しているということになる。
ブランド露出のスポンサーについては、まずスペース的に、ロゴ以外を掲載することが出来ないか、出来たとしてもほぼ視認性が出せないという問題があるので、ブランド認知のための施策以外ほぼやりようがない。このため、Upper Funnel施策限定の手法であると割り切った方が現実的である。いろいろな機会に、Middle Funnelに使えそうなクリエイティブの工夫などにチャレンジしたが、現実的には意図通りの効果が出せそうにも思えなかった。
近年は欧州サッカーのトップリーグなどは、ピッチ脇の看板がLEDモニターに置き換わっているため、ある程度長尺で表現することができるようになってきたので、この点では多少改善されてはいるが、それでも余り過剰にMiddle Funnel以下の効果を期待しない方がよいと思う。
そして、このブランド露出施策の最大の問題点は、効果が全く不明な事である。私は、楽天イーグルスに対する楽天グループ本社のスポンサードの統括の立場であったため、毎年球団とスポンサードの予算とそれに対する権益の内容を調整することを球団創設時から退職する前年まで行っていたため、少なくてもイーグルスの球場の大きめの露出枠というのは殆ど出稿主として体験したが、効果として実感できたものはごくごくわずかであった。
これを言うと多くのスポーツチームの営業に怒られそうであるが、ブランド露出系のスポンサードを行うのであれば、中途半端な枠を買うのではなく、可能な限り目立つものを購入すべきであると思う。少なくても1試合中継を見ていて、広告主が注意深く見て何回か目にする程度の露出がターゲットの消費者に認知される可能性は残念ながら非常に低いと思う。
もし、スポンサードを実施する場合で、小規模の枠しか購入出来ないのであれば、ブランド露出の効果以外の権益で投資回収を目指すことをお勧めする。
2.広告等での選手の肖像権の利用
選手の肖像権の利用については、競技やリーグ、チーム毎に選手との契約内容が違うので、出来る場合と出来ない場合があるが、欧米のサッカーチームと大口のスポンサー契約を締結すると多くの場合集合利用(同時に何名かを一緒に利用)であれば、スポンサー権益として利用可能というケースがある。分かりやすくいうと、FCバルセロナにメッシ選手が在籍していた当時に契約していたとして、集合利用の権利があったとしても、スポンサーの広告にメッシ選手一人を露出したい場合にはメッシ選手個人と契約しなければいけない。但し、チームにスポンサードせずに、メッシ選手個人とだけ契約するとした場合は、今度はチームのブランドを利用する権利を保有していないので、メッシ選手の露出時に、チームのユニフォームを着て露出させることが出来なくな。(バルセロナとメッシ選手の話は、世界一有名なサッカーチームと選手という意味で便宜的に例として使っているだけで、あくまで仮定の話とご理解いただきたい)。
と、選手の肖像権の利用には、非常に複雑な契約に基づいたルールがあるが、デジタルマーケティング中心のマーケティングをするケースにおいては、私はこの選手の肖像利用の権益が最も効果が計測しやすいと思う。例えば、何らかの広告で、選手権益を利用した場合と、フリー素材等で作った場合でクリエイティブのパフォーマンスを比べるなどして効果検証出来れば、ある程度数値化した効果検証をすることも可能である。
私が大手ゲーム会社で経験したサッカーゲームのマーケティングにおいては、スポンサードしている各チームのファン向けに個別のクリエイティブを作ったり、ゲーム運用において各チームごとの選手をまとめた商品を発売してそれをSNSマーケティングに活用したり等、積極的に利用することで、可能な限り投資回収を図っていた。
私は、残念ながら余り小口のスポーツチームへのスポンサードというのはしたことがないので経験はないが、おそらくこの選手肖像の利用の権利などもある一定以上のスポンサーにしか解放されていないということもあると思うので、そのあたりは契約時に確認が必要かもしれない。
3.球場などでのイベントの開催等の付帯権利
これは、契約の内容によって様々である。例えば、下記のようなものが考えられる。
- 試合チケットの割り当て
- VIP向けブースの割り当て
- 球場、スタジアムでイベントを実施する権利
- 特定の試合を「〇〇(スポンサーのブランド名)デー」のような感じで冠試合のようにする権利
- 球場内にブースを出すなどして販促活動を行う権利
こんなものはよくあった記憶である。
一番わかりやすいマーケティング施策は、試合のチケットのプレゼントキャンペーンのような販促施策である。こういう話をしても、一定以上の年齢の人しかピンとこないが、昔読売新聞を新規で定期購読すると販売店からジャイアンツの試合のチケットがもらえたみたいな話である。
最近は、どのスタジアムもホスピタリティが上がってきたので、VIP向けのラウンジとか、個別ブースの部屋などが用意されているスタジアムも増えてきた。大口のスポンサーになると、このような施設を利用する権利なども割り当てられたりする。このような権益は、BtoBの接待的な活用の仕方もあるし、ほぼ一般のユーザーは購入できない特別なチケットなので、契約が許せば、自社のVIP顧客向けの特別なキャンペーンなどでC向けのキャンペーンとして活用しても良いかもしれない。
また、球場周りでマーケティング活動をする権利も考えられる。野球やサッカーでは、毎試合に万単位の観客があつまるため、そのような観客向けのイベントを球場で実施するのだ。リアルイベントをやると当然オペレーションに追加のコストもかかるため、自社の商材サービスが、オフラインの販促等に向いているのであれば、これらの権利を目当てにスポンサードをすることも検討可能であろう。
UpperとMiddle Funnelのバランスと連動性を考える
スポーツマーケティングの代表的な利用方法をここまでで見てきた。ハッキリ言って、大分大雑把な説明になっているが、始めてスポーツマーケティングをする方にとっては、ある程度具体的にイメージ出来たのではないだろうか?
その前提で、最後に、もう一度何のためにスポーツを自社のマーケティングに活用するのかを考えてみたい。
一つ目のブランド露出で大規模な露出枠の購入が可能の場合はまず考えるべきはUpper Funnelの認知率の向上である。もしすでにブランド認知施策を行っている場合は、そこにかかる認知度の改善単価を目標値として設定してみることは効果の判定には有効であろう。
ただし、注意が必要なのは、スポーツマーケティングのブランド露出により認知獲得の場合、本当にブランドロゴの露出しかされないことが多いため、Middle Funnel的な商品・サービスの理解促進効果はほぼ皆無であるということである。Liveでスポーツ観戦をする機会があるかたで、スタジアムで見たロゴなどで、そのブランドがどのようなサービスをしているのか全く分からない広告があったりしないだろうか?私はコロナ禍前は仕事で東京ドームに行く機会がそれなりにあったが、結構大きな看板でも、何をしているのか全く分からないブランドがあったりした。
このため、ブランド露出を行う場合の注意点は、それに見合う規模のMiddle Funnel向けの施策も同時に予算を確保し、検討すべきということである。
以前も書いたが、楽天の野球参入のケースはこの点が決定的に欠如していた。ブランド露出効果が目立つ看板を買うとかいうレベルとは全く異なる状況が突然発生してしまったので、それに見合うMiddle Funnel向けの施策の準備がなされておらず、認知度向上と企業業績の向上の連動性は十分に出し切れなかったと考えている。
これが、TVCMなどになると、それが正解かどうかは別にして、クリエイティブの作り方によってはUpperとMiddle Funnelを同時に実現する施策とすることも可能であるので、そのブランドの置かれている状況、例えば、認知が低いことが問題であれば認知を重視して、認知はそこそこあるがブランドの理解促進が足りていないのであれば理解促進を重視してなど、施策の調整をすることが可能になる。
スポーツマーケティングのブランド露出は、このバランスがUpper Funnelに極端に偏るため、ブランド露出だけで収益増を見込んだり、ブランド露出効果でROIを計算しようとすると、全く期待した効果がでないという悲しい結果になる可能性が非常に高い。
こういう話をすると3つ目の付帯権利とセットでと考えるかもしれないが、そのアイディアは個人的にはお勧めしない。理由は、それぞれの施策がターゲットとしているユーザー層が一致しないからだ。ブランド露出については、試合の放映などスタジアムに来ていない人が主なターゲットであると私は考えているが(広告を売っている側はそうでないかもしれないが)、スタジアム等でのオフライン系の施策はスタジアムの来場さ向けの施策である。つまり、UpperとMiddleの施策を異なる顧客群に当てていることになるため、施策の連続性、連携性に問題がある。このため、Middle Funnel向けの施策は基本的にはスポーツマーケティングの予算とは別枠で適切な規模の予算を確保して施策をセットでやる方がよいと思われる。
2つ目の選手の肖像権の広告利用の目的を中心に活用するという事であれば、自社のターゲットとする顧客層と、そのスポーツチームが選手のファン層のオーバーラップ度合いの評価を事前にすることが重要である。但し、スポーツ選手の場合、特に海外のスポーツの場合は選手の移籍のリスクが少なくないので、特定の選手1名に頼るのではなく、チーム全体で訴求できるユーザー層の評価をしなければいけない。プロセスとしては、スポーツではなく、企業のイメージキャラクターとなるタレントを選定するプロセスとそれほど大きく変わらない。
③の付帯権利を中心に考えるケースでスポーツチームにスポンサードする際の私のお勧めの考え方はエリアマーケティングである。スポーツチームは殆どの場合フランチャイズ制(呼び方はいろいろあるのかもしれないが)になっており、特定のエリアでは圧倒的な知名度と訴求力を持っていることが多い。また、スタジアムの観客動員数も全国をターゲットとすると小さな割合になってしまうかもしれないが、特に地方エリアの人口比で考えると十分な割合のターゲットユーザーにアクセス可能という見方ができるケースも多い。このようなケースにおいては、余り欲張らずに、特定のエリアに的を絞ったFull Funnelの施策を行うことの方が現実的にパフォーマンスを得やすいと思う。例えば、楽天時代に、Middle Funnelの施策の強化をするためのTVCM施策のテストマーケティング施策は宮城県で集中的に行った。そもそも、楽天イーグルスの地元である宮城県以上に楽天ブランドの相対的ポジションが高い地域があるとは思われなかったので、宮城県で上手くいかない施策が他のエリアで上手くいはずは合理的に考えてあり得ないと考えていたためである。このため、宮城県で良い反応の得られる施策を粘り強く見つけに行くという方法を継続的に模索していたというわけである。
私個人はスポーツ観戦にほとんど興味がないのでそうではないのだが、その競技に思い入れのある人はスポーツを絡めたマーケティングというのは仕事としてだけでなく、働くモチベーションとしても有意義なものになるかもしれない。単純に仕事としては華やかに見えるかもしれない。但し、今回議論してきたように、真面目にROIを追求しようとおもうと、結構難しい施策であったりする。とはいえ、野球であれば、1年でひとつのチームが100万人とかいう単位で集客を安定して実現できるコンテンツというのは他を探してもなかなか存在しないため上手くはまれば有効なマーケティングの手段として活用出来るのかもしれない。しかしその効果を実現するためには、きちんとしたFull Funnelをトータルにデザインする必要がある。状況が許すのであれば、スポンサードを決めてから施策を検討するのではなく、実施決定前に具体的な活用方法を事前に考えておけると良い結果が得られるのではないかと思う。