デジタルマーケティングのクリエイティブ戦略

デジタルマーケティングのクリエイティブ制作3つのポイント

 データドリブンマーケティングを阻害する要因を以前説明したときに、User Insightを考えすぎることの問題点を指摘した。今回の話はその内容と結構被るかもしれないが、クリエイティブを考えるためには避けては通れないため、復習も含めて、もう一度考えてみたいと思う。前回マーケティングにおけるクリエイティブは8割はロジックが重要であり、このクオリティを上げることで最後の2割の表現の精度が変わること。最後の2割の表現の部分は出来るだけ信頼したクリエーターのセンスに任せる方が良いこと。この2つを私が考えるマーケティング・クリエイティブの基本方針として紹介した。そして、8割のロジックの中心となるポイントが「誰に、何を、何時伝えるのか?」という常に変わることのないマーケティングの基礎であるという話もした。

ここまでは、実施するマーケティングの手法がデジタルであろうとオフラインであろうと何も変わることはない基本中の基本である。では、デジタルマーケティングと対象を狭めると何が変わるのであろうか?

最初のポイントは、ロジックを組み上げるプロセスの違いである。これも何度も申し上げた通り、デジタルマーケティングのパフォーマンス向上の絶対条件は、小さな失敗を早く意図を持って行うことによるPDCAサイクルの回転数をどれだけ高速化出来るかである。このため、クリエイティブの制作においても、このプロセスを可能な限りサポートすることが求められる。これは、絶対条件である。

2番目のポイントはデータドリブンである。クリエイティブが良いか悪いかの判断は原則としてデータ分析の結果によって判断されるし、そのデータ分析の結果をもって次回以降の制作方針も決定される。

そして最後に、多様性への対応である。デジタルマーケティングにおいてはターゲティングを非常に細かく切り分けることが可能なため、クリエイティブ制作もその細かいターゲティング毎に調整がなされなければならない。

それでは、3つのポイントそれぞれについて、もう少し突っ込んで話をしてみたい。

リサーチ VS ABテスト

まず、ロジックを組み上げるプロセスであるが、デジタル広告において最も重視される手法はABテストである。これに対して、オフラインを中心とした伝統的マーケティングで重視される手法はリサーチであると思っている。この手法の違いが、クリエイティブ制作プロセスを全く異なるものにする。ABテストという手法は一言でいうと「とりあえず試してみよう」ということだ。一方でリサーチという手法は、「失敗しないように事前にしっかり調べよう」ということになる。つまり、良いと考えるものにたどり着くまでの方向性が全くことなるのだ。マーケティングの3要素「誰に、何を、何時」を決定するためには、基本的には可能性の低い組み合わせを削って、可能性の高いものを残していくという消去法的な考え方でやることが非常に多い。たまに天才的な人が、絶対ここがターゲットと閃いてしまうことがあったりするが、私はそういっている人も殆どの場合、頭の中でそれが正しそうかの答え合わせをする際にある程度消去法的なプロセスを踏んでいると想像している。

では、この2つの手法のどこに一番の違いがあるかというと、その消去法の駄目なものを決定する役割を誰が担うかという点である。ABテストというのは実際に顧客にクリエイティブを配信して、その結果を見て判断するということなので駄目なものを決定しているのは実際の顧客である。最近は広告メディアのAIのフィルターを通ってしまっていることも否定できないが、基本的な立ち位置は顧客に決めてもらうということで間違いがない。

一方で、リサーチという手法は、実際にクリエイティブの表現を見せてクリエイティブのアイディアを絞り込んでいくのではなく、事前の顧客リサーチなどをもとに、クリエイティブを作り始める前の段階で3要素の絞り込みを行うことを基本としている。つまり、リサーチデータを使うという意味で顧客の声を全く聞いていないわけではないが、現実的にはクリエイティブを作り始める前の段階でマーケターが3要素を決定している。

では、どちらがリスクが少ないかといえば、私は間違いなくABテストの方だと考えている。伝統的マーケティングの専門家程ではないが、私自身もこれまで様々なリサーチとその分析を経験してきたが、その結果をもとにどう考えても3つの組み合わせがひとつしかないという答えが得られるというシチュエーションに遭遇した経験は殆どない。例えば可能性を3つに絞り込むまでは出来るけど、そのどれを選ぶかはロジックでは分からないみたいなことが殆どであると思う。

しかし、伝統的マーケティングのリサーチ型の手法は、ここから1つを選ぶことをせざるを得ない。その理由は、こちらも以前に説明した通り、伝統的マーケティング手法がデジタル化以降も積極的に活用されているリテール型のビジネスのように、リテールの棚の確保などのために初期のマーケティングキャンペーンを垂直的に立ち上げなければいけないという構造にあるからだ。

もちろん、伝統的マーケティングを正しく学び、高いスキルを持っているマーケターの方は、マーケティングを非常にロジカルに、データドリブンに行っていることは全く否定していない。しかし、私の経験上、人間、どんなにロジカルに、データドリブンにやっていると思っても、どこかで個々人の様々なバッググラウンドに基づいた主観がどこかで入らざるを得ないとも思っている。もちろん、マーケティングというのは、最終的には顧客という人間を相手におこなうことであるため、このような人間的な主観も重要であると思う。しかし、ABテストの手法を20年見続けてきた結論でいえば、それでも私は、主観よりも顧客の判断を信用する方が間違える可能性が低くできると考えている。

リサーチ+ロジックの打率ってどのくらい?

私は、もちろん自分の部下が作るバナー広告はじめ、様々な広告クリエイティブを日々見ているが、事前にどのようなクリエイティブや3要素の組み合わせをABテストにかけてみるのかの報告を受けた場合には、部下に伝えるかどうかは別にして自分の中でどのクリエイティブが上手くいきそうかを必ず予想することにしている。基本的には毎週の定例報告の際にどのクリエイティブが今好調なのかみたいな話は聞くことが多いので、常にリサーチをしているわけではないが、顧客の志向は把握しているつもりである。おそらく、リサーチ型の手法をとる企業でも、毎週顧客リサーチをし続けているところはコストもかかりすぎるので少ないと思うので、私の判断基準がリサーチ側の判断基準よりも大きく主観によっているとは思っていない。では、結果はどうかというと、たぶん予想通りになる確率は5-6割くらいな感じがしている。私は、これは相当低いしリスクが高いと思っている。まあ、私のセンスがないと言われてしまえばそれまでであるが、一応20年マーケティングをしてきたので、センスがあるかどうかは別にして、ロジカルに顧客を理解する力はそれなりに高いと自負しているので、おそらく他の人がやって9割になるということは普通はないと思う(もしそういう方がいたら、自社運用でガンガンパフォーマンスを上げたら評価が上がるはず!)。このことが、何を意味しているかというと、リサーチ型の事前絞り込みという手法は、本当は可能性のある3つの組み合わせとかからクリエイティブの制作前の段階でよりパフォーマンスが高かったかもしれないアイディアを捨ててしまっているということだと思っている。それは非常に勿体ないことだし、それをし続けていると中長期視点では成長の頭打ちになるタイミングが早まってしまうことになる。

ABテストを徹底して、細かいセグメントのニーズまですくい上げる

そして、このABテストの手法を取ることが、次の2つのポイントと大きく関係してくる。まず、2つ目のデータドリブンについてであるが、これまでも述べた通り、ABテストにおいては、顧客の実際の反応結果のデータをもとにクリエイティブの良し悪しを決定するため、データドリブンであることは異論をはさむ余地がない。一方で、リサーチ型の場合は、3要素の組み合わせの選択肢の絞り込みまではリサーチデータをもとにデータドリブンに考えるが、それ以降はロジックはあっても、判断基準がデータではなくなってしまっていることが多い。また、ABテスト型のクリエイティブ制作において最も重要なのが、クリエイティブ制作のプロセス自体が継続したPDCAの回転に組み込まれているので、一度作ったクリエイティブを切っ掛けに、継続的にデータに基づいてクリエイティブのブラッシュアップや、新規の訴求点を探し続けるということである。もちろんリテール型の商品でも継続的なブランドキャンペーンを実施することもあるが、デジタルに比較してその回転スピードは全く異なるし、クリエイティブのパフォーマンスを評価するために取得可能なデータ量も相当低いと言わざるを得ない。

最後のターゲティングの細分化にクリエイティブワークを連動させることが出来るのもABテストという手法の大きなメリットである。そもそも私のクリエイティブの評価予想が5-6割程度にとどまる理由がなぜかといえば、一言でいうと、市場にはいろいろなニーズを持った人がいるということだと思っている。リサーチ型の手法の最大の弱点は、やろうとしている方向性が一番訴求出来る人が多そうな最大公約数を見つけることに主眼をおいているということである。しかし、市場にはそれ以外のニーズを持ったターゲットユーザもいる。リサーチ型最大公約数手法は、この小さなセグメントのニーズを事前に消去法で排除してしまっている。一方、デジタルマーケティングのターゲティング設定の細分化能力を使えば、このマイノリティのセグメントを切り捨てる必要がそもそもないので、マイノリティ向けにはマイノリティ向けのクリエイティブを残していけばよい。おそらく、私のクリエイティブ予想が当たらない理由もここにあると思う。例えば、Aという訴求でさんざんマーケティングをして顧客を十分獲得してしまった状態で、Bという訴求をしたとき、市場全体の顧客ニーズとしてはA>Bが間違いなく成り立っていたとしても、Aの訴求で獲得しきれなかったAの残存数と全くこれまで訴求してこなかったBの顧客の残存数の比較でいうと必ずしも(Aの残存数)>(Bの残存数)になるとは限らないのだ。おそらく、私の感覚では、相当大規模なターゲットユーザーがある市場で、相当なコストをかけた大規模なリサーチを継続的に行わない限り、この残存数まで把握するリサーチまでは実現できないと思う。少なくても私は良い方法は思いつかない。このため市場の多様な顧客ニーズに対応するためには、ABテスト型の手法がクリエイティブロジックの構築方法が非常に有効であると考えている。

ABテストは市場を理解する手法であり、作業工程ではない

ここまでで、何故デジタルマーケティングにおいてABテストの手法が用いられ、それを基盤としてロジックを組み立てるのかご理解いただけたと思う。但し、2点ほど重要な注意点がある一つ目は、私がABテストの手法をクリエイティブの勝ち抜け戦を決める手法として話しているのではないということだ。もちろんクリエイティブの評価にも使うが、根本は「誰に、何を、何時」という組み合わせを選択するロジックを構築するための手法として紹介しているということだ。よく現場でクリエイティブのABテストをしていて思うことは、ABテストが単純な作業になってしまっているということである。本来はABのどちらが勝つのかを認識した後で、それが何故そのような結果になったのかを分析することで、次のクリエイティブを作るロジックを再強化するというのがABテストの目的である。それが、大量のクリエイティブを作成し、勝つものを決めるというプロセスを盲目的に回しているだけになってしまうのである。特に、最近は大手代理店を中心に生成AIを活用したクリエイティブ制作の自動化ツールのようなものも登場しつつあるが、これがその傾向を加速してしまっている可能性がある。AI自体は過去の良いバナーの要素を統計評価して、次のクリエイティブ案を作っているためABテストをしているのであるが、それをAIに任せることによって人間がただのバナー登録ロボットのようになってしまっていることが多いのだ。もちろんAIは上手に活用すべきなのであるが、そもそも、クリエイティブを制作以前の3要素を決定するロジックをマーケターが理解出来ていなければ、そもそもマーケティングが出来なくなってしまう。この点を十分に理解してツールは活用してほしい。

2つ目は、これもAI化が進んで加速している問題点であるが、ABテストの問題点のひとつとして、視点が非常に短期的になりがちだということである。もう少し具体的に言うと、同じ訴求の中でバナーの色違いやコピーのバリエーション違いのような細かいABテストをしていると、実はデジタルマーケティングの良さである、多様なセグメントに多様な訴求で面を取っていくのではなく、絞り込まれたターゲティングに対して、ものすごく細かいバリエーションの違いのテストを永遠と繰り返すことになってしまっていることがある。このよう状態になることを防ぐためには、短期のABテストの結果と同時に1か月とか四半期とかでも良いので、長期のクリエイティブのパフォーマンスも比較して見られるように工夫をしておくとよいと思う。大抵の場合、重箱の隅をつつく状態になっている場合は、残念ながら中長期的なクリエイティブのパフォーマンスは落ちている可能性が高い。真面目にABテストをしてもそうなっているのであれば、一度だいぶ前に捨てた選択肢のオプションも復活させて、視点を変えた訴求をして、新しい、もしくは、しばらく寝かせたセグメントにも再アクセスするような調整を意図的に行うとよい。特にAIの自動生成系のツールは、この傾向が強いため、たまに機械学習のリセットのようなことが必要になる。

今回は、前回のクリエイティブ一般の話をどのようにデジタルマーケティングにアレンジしていくのかという具体的な手法をABテストという視点で説明した。繰り返すが、手法の違いはロジックの組み上げ方の違いであって、作業プロセス違いではないということである。クリエイティブは、マーケティングのタッチポイントで顧客が目にするものなので、そのクオリティはマーケティングの手法を問わず重要である。このため、くれぐれもクリエイティブ制作が作業や思い付きにならないように現在のオペレーションプロセスを確認してもらいたい。

若いマーケティングのクリエーターへのメッセージ

ここまで、ご理解いただいた前提で、最後に僭越ながら若いクリエーターの方にお伝えしたいことがある。私はクリエイター、アーティストではないので、専門職の方の仕事の仕方についてコメントしすぎない方がよいと思っているが、オッサンマーケターのアドバイスと思って読んでいただきたい。クリエイティブの制作が8割ロジックでデータドリブンでないといけないという話をすると、自分たちのクリエイティビティを発揮する余地が小さくなるとか、そもそも自分の思い通りのものが作られなくなるとか、クリエーターとしての不自由さを感じるかもしれない。しかし、マーケティングのクリエーターになりたいのであれば数字を見て、つまり、顧客の反応をみてものを作ることは絶対に避けて通れない。もし自分のクリエイティビティをフルに発揮して、自分の作りたいもの、格好いいと思うもの、美しいと思うもの、面白いと思うものを作りたいのであれば、「マーケティングの」という言葉を外して、純粋なクリエーターを目指してもらいたい。マーケティングのクリエーターというのは、マーケティングの目的を達成するための表現である。それであれば、その目的を実現できているかが絶対の評価基準である。そして、私はこれまで可士和さんをはじめとする何人もの素晴らしいクリエーターと仕事をしてきたが、クリエイティビティを発揮することにマーケティングのロジックが足かせになるということはないとも思っている。良いクリエーターをみていると、ロジックという枠組みがある方が、深い思考により、広くぼんやり考えていることでは得られないエッジの立ったアイディアが生まれているような感じもしている。これまでの経験上、自由にモノが作れないという言葉を若いクリエーターから何度も聞いてきたが、プロフェッショナルとしてマーケティングのクリエーターという職を選ぶのであれば是非考えてもらいたいので、ちょっと厳しめであるがお伝えさせていただければと思う。