パフォーマンスマーケティングで競合に勝つためのマーケ以外の改善

マーケティングのみの努力で改善できるのは短期施策である

パフォーマンスマーケティングの概略はここまででだいぶ理解いただけたかと思うが、概略の最後にもう一点だけ重要なポイントを説明してより詳細な議論に入っていきたいと思う。

マーケティング部門の基本的な役割は短期的にはマーケティング施策以外の前提は所与のものとしてパフォーマンスを最大化することであるが、中長期的な視点で競合との優位性を確立するためにはマーケティング部門の努力だけでは限界がある。前回、その一例としてデータ入力と蓄積がAI時代においては重要であることは説明したが、AI化以前から変わらない非常に重要なポイントがある。特に、自社の対面するマーケットに自社と同種の企業が複数存在するようなサービス系のビジネス形態においては、非常に重要なポイントとなるため、参考にしていただければと思う。

自社サービスより改善された競合が出てきたときにどう対応するのか?

具体例で説明するほうが理解しやすいと思うので、以前に使った、ゲームタイトルの年代別の新規獲得CPAと購入者転換率の表を再利用する。

この数字は、購入者CPAの目標を15,000円に設定したときに年代別の平均購入転換率をもとに目標とする新規獲得CPAを算出したものである。当然、購入者CPAが一定であれば、購入転換率が高い年代層は新規獲得CPAを高く設定できるため、新規獲得が相対的にはしやすい傾向にあるといえる。

この表は、あくまで自社の1タイトル(以下、タイトルAと呼ぶ)の中での年代別間の比較の数字である。私がこのタイトルAの担当者であれば、おそらく新規獲得CPAが相対的に高い20-30代の獲得を出来る限り拡大して、そこで限界点が見えたら広告の配信単位を40代→50代以上という順番で広げていき、全体の新規獲得数を増大させて行くというようなプランを立てる。

では、このゲームタイトルAにターゲット層やゲームのジャンル、アートテイストも近いしい競合タイトルBが登場したと仮定してみよう。当然、そのように競合性が高い新規タイトルであれば、今後の新規獲得のパフォーマンスマーケティング施策においてバッティングが発生する可能性は非常に高い。

このとき、今度は競合タイトルBのマーケティング担当者に立場を置き換えて、同様の数字の分析結果を見てみよう。

競合の新規タイトルBは、開発当初から先発の競合タイトルAを詳細に研究し、購入転換率のボトルネックを発見、改善を施した設計になっているため、購入転換率は先発競合タイトルの2倍になっている。

もちろん、それぞれのタイトルの担当者は相手の数字は見られないので、相手がどのような状況なのかは分からない。

では、広告の運用スキルやタイトルの認知度やレビューのスコアなど他の条件が同等程度だと仮定したとき、どちらのタイトルの方が新規顧客の獲得を多くできる可能性が高いだろうか?答えは簡単で、当然タイトルBの方が新規獲得がしやすく、普通に考えれば中長期的にはタイトルAは規模を縮小し、タイトルBがその市場での勝者となる可能性が高い。

なぜそのような予測が出来るかといえば、タイトルBの購入転換率が倍となった結果、同一の購入者CPAの設定である場合、新規獲得CPAの目標値を倍に設定出来るからである。

では、もう少し具体的に、後発のタイトルBの担当者が目標新規獲得CPAのとおりの数字で、ゲームタイトルAと同様のキャンペーン構成(今回は分かりやすく、年代別キャンペーンとしよう)で、パフォーマンス広告を運用しだすと、市場はどのように変わるであろうか?以前に説明したとおり、現代のデジタル広告の価格決定モデルはオークション型である。このため、これまでタイトルAが設定していた目標CPAの倍の設定をしてタイトルBが広告配信を開始すると、基本的にはそれまでAが表示されていた広告表示スペースはすべてタイトルBに置き換わり、タイトルAの広告は例えばリスティング広告であれば検索結果ページの1番目の広告として表示されていたものが、2番目に表示されるというように、1ランク低い扱いとなり、露出量とその質がおちるという状況が起きる。実際には、タイトルB開始以前の機械学習データの蓄積の効果などで、一瞬にして入れ替わるということは起きにくいが、中長期的にはほぼ確実にそのような状況になると予想される。

このような状況になると、タイトルAの新規獲得数はほぼ確実に減少することになる。一方で、タイトルBはこちらもほぼ確実にタイトルAよりも多くの新規ユーザーを獲得し続けることが可能となる。その差は、実際にやってみないとなんとも言えないが、このような状況が続けば確実にタイトルAのビジネスは縮小基調となり、逆にタイトルBは拡大を続けていくことになる。

では、このような状況で、タイトルAが新規ユーザーの獲得をもとに戻すためにはどのような手段があるだろうか?簡単に思いつく方法は新規獲得CPAの目標値の設定をタイトルBと同程度まで少なくても引き上げることである。しかし、この方法は明確な問題がある。購入転換率が現状のままであれば当然購入者CPAは現状の倍になることは確実である。さらに、実際には、タイトルBが何も対抗せずに新規獲得数の現状を受け入れない可能性もあるため、そのようなケースにおいては新規獲得CPAと購入者CPAを倍にしたにも関わらず以前の新規獲得数まで回復しない可能性の方が高い。このような状況になると、タイトルAはマーケティング効率の著しい悪化と売上減が同時発生して、急速に売上・利益が悪化していくことになる。このため、この手法はよほどタイトルAの売上を維持しなければならない特別な理由がない限り、普通の合理的な経営者であれば、許容しないであろう。・

そうなると、このタイトルを復活させるための方法はひとつしかない。購入転換率をタイトルBを参考にするなどして、ゲームを大幅に改修し、なんとか現状の倍、タイトルBと同程度まで改善する。これを実現できればタイトルBと同程度の新規獲得CPAでも収益性を維持できるようになる。このようにすれば、市場を分け合う形になるので、以前と同数の新規ユーザーは獲得出来ないかもしれないが、単純に新規獲得CPAの目標値を倍にするよりは遥かによい改善策と言えるのではないだろうか?

事例としては非常にシンプル化されたもので、実際にはこれほど極端に調整が行われるわけではないが、現状のデジタル広告のアルゴリズム上、この事例と似たような状況は実際の市場においても確実に起こると考えるべきである。

中長期のマーケの成功は自社の商品・サービスの優位性に依存する

その前提で考えると、この事例はパフォーマンスマーケティングの中長期的な改善における非常に重要な示唆を与えてくれる。私の立場でいうのは非常に残念であるが、マーケティングの中長期的な成功の根本的なカギは、マーケティングの運用よりもサービス自体の競合との相対的な収益性・LTVの関係性で決まってしまうということである。もちろん、実際には、それだけで決まらないように、ここで議論しているような様々な手法を駆使して、マーケティング自体での優位性の創出を図る努力をマーケティング部門でも行うのは当然であるし、別途議論するFull Funnelマーケティングの手法を駆使するなどして、パフォーマンス領域だけで競争しない環境をつくるなど出来ることは当然ある。しかし、今回の事例のようにサービスの収益性に2倍もの差があるという状況になってしまうと、マーケティングの改善努力だけではおそらく時間稼ぎはできても、中長期的な競争優位性を維持することは困難である。

ここで示したような極端でシンプルな事例で順序だてて説明すれば、私の主張に反論する方は殆どいないのではないかと思う。少なくても私には反論が思いつかない。しかし、ビジネスの現場においては競合の数字が今回の事例のように明確に比較できないため、この事実が見過ごされてしまうことが多い。その結果はどうなるのかといえば、マーケティング部門は自分ではどうしようもない改善目標を背負わされ、目標の未達が続き、他部署からのプレッシャーを感じ続けながら仕事をせざるを得ないという理不尽な状況が固定化してしまうのである。

正しいKPIでPDCAを回すことで競合の動きも見えてくる

では、このような状況にならない、または、緩和する方法はあるのであろうか?実は、その方法論はすでに提示済みである。まず最も重要なことはマーケティングのゴール設定である。マーケティングのゴールを必ず売上・利益と連動させ、マーケティングのパフォーマンスの状況を集客のパフォーマンスと集客後のサービスクオリティ・オペレーションに関わるパフォーマンスに切り分けて、双方を継続して観察し続けることである。タイトルBのいきなり倍の効率で新登場する競合サービスのような事例は現実に多発することはないかもしれないが、集客手法やサービス内容に殆ど手を入れていないのに集客後のパフォーマンスが継続的に悪化するような場合においては、より顧客満足度の高い競合サービスが市場に参入しそれなりの規模のシェアを取り始めている可能性等にいち早く気が付けるかもしれない。

次に見なければいけないのは、自社の直面している市場の分析を継続して詳細に把握するということである。これを継続的に行っていれば、競合企業の絶対的なCPAの数字を入手は出来ないが、競合がそれ以前よりもCPA水準を上げてきているかどうかの期間的相対評価と、自社と競合との現時点での相対的なCPAの関係性は、ある程度理解できることが多い。競合が明らかに自社よりも高いCPAで顧客を獲得しているような場合においては、自社の集客後の収益転換率が競合に比べて相対的に弱い可能性が高いと考えるべきである。

最後に、上記2点について社内で論理的に説明できるようにするために、自社のパフォーマンスマーケティングのPDCAのクオリティを競合と比較して圧倒的に高くして、マーケティング部門の自助努力だけでは改善に限界があるということを社内で理解、納得してもらうということである。具体的には、特に手っ取り早い方法はなく、このBlog全体の議論しているようなことを、漏れなく、妥協なく、一歩一歩やっていくしかないわけではあるが。

パフォーマンスマーケティングは、データとAIが完全にコントロールしている究極にロジカルな領域であるため、その市場で打ち勝つためには、合理的に勝てる要素を積み上げていくしかない。そのためには、ここで議論した競合企業との相対的なサービス自体のクオリティ、パフォーマンスの差は決して無視してはいけないものである。

もちろん、最初にやるべきはマーケティング部門完結で改善できるポイントを徹底的に改善しつくさなければならない。しかし、それだけでは中長期的な優位性を築き、事業を成長し続けさせることはできないのである。