ブランドマネジメント=一貫性
ブランドマネジメントを上手くやる方法は何かと言われれば、一言「一貫性」であると答える。これまで述べてきたように、ブランドマネジメントとは、その企業、ブランドの事業活動を通じて発生するあらゆる外部とのコミュニケーションをマネジメントすることによって、ブランドの価値を高めていく活動である。そのために、ブランドのあるべき姿を決め、自社の事業活動に関わるすべての人にその内容を理解させ、その方針から外れた行動をしないように方向づけしていくことになる。社員が100人いれば100人全員が、本当にその方針を理解して、商品、サービスを開発し、マーケターや営業が顧客とコミュニケーションを行えば、そのブランドのメッセージは少しづつでも必ず顧客に伝わっていくと思う。しかし、実際には100人の社員全員に同じ思いを持ち、同じ方向で行動してもらうなど口で言うほど簡単ではない。つまり重要なのはどのようにして、自社の事業活動を一貫性を持ったものとして方向づけしていくのかということである。
ブランドの目標設定
そのスタートとなるのが、目指すべき目標の設定である。「ブランドコンセプト」と言ったり、「Mission Vision Value (MVV)」と言ったり、「Purpose」と言ったりする。当然、非常に重要な事項である。ただ、いろいろな会社を見てきて思うのは、名前は何でもよいのだけれど、このブランドが目指すべき目標となるものを社員全員とは言わないが、殆どの人が理解し、それを基準に行動している会社というのがどれほどあるのであろうかと思う。これらの言葉は決して、企業のコーポレートサイトの会社説明の欄に載せるために作るコンテンツではない。パーパス経営という言葉が流行っているからといって、IR向けに決めるコンテンツでもない。あくまで事業活動の方向づけをして、社員が日々の活動において迷ったときに立ち戻れる場所であるべきである。
もし、そうであるならば、この目標というのは、自社の社員が少し背伸びをすれば実現可能なものでなければならない。コロコロ変えるわけにもいかないので少なくても10年とかの年月で変えないでも良いものでなくてはならない。日々の業務の中で迷ったときにその価値基準で判断しても良いものでなければならない。
しかし、私がよく見かけるこれらの目標地点の言葉は、私から見ると大丈夫?と思ってしまうようなものも多い。良くないあるあるを少し考えてみよう。
悪い例1:マネジメント層が守れない目標を設定してしまう
まず、最初に思い浮かぶのは、目標に掲げていることと経営者が言っていることにGAPがあるパターンである。典型的な例は、お客様の幸せ・満足を一番に考えてという目標を掲げながら、営業現場などにとにかく今月の売上を達成しろと激しく詰めまくるみたいな話である。本気で顧客の満足を高めるために、自社の商品よりも競合他社の商品を買う方がよい顧客もいるかもしれない。顧客の満足を思って、それであれば他社の商品の方が良いですねといって顧客を逃した営業社員に、上司は本当によくやったと言えるであろうか?今月の売上を達成するために、見込みのある顧客をとにかく月末までに「刈り取れ」みたいな指示は出していないであろうか?耳が痛い方も多いのではないだろうか?
この例でまず分かるのが、「守れる目標を設定する」という事である。守れもしない理想を掲げてはいけない。特に経営者自身が体現できないこと、心から信じられないことは決して目標に掲げてはいけない。以前ある経営者が自分が社長として決めたMVVについて「そもそもあれはみんながいいというから同意したが、私は納得していない」と平気で言い放ったという話を聞いたことがあるが、このような経営者はブランドマネジメントの観点で言えばすぐにでもその会社の社長を退任すべきである。そもそも自分が決めた目標を信じられないのにどうやって社員に指示が出せるのであろうか?
その観点でいえば、当然マネジメントといわれる層での実行の実現性も重要なのは言うまでもない。ブランドマネジメントのような活動は、基本的にはひとつの方向性に向けて組織全体を動かしていく活動であるため、そもそもボトムアップ式の施策ではない。トップダウン式の施策の典型例である。このため、一度決めた目標の順守を最も求められるのは末端社員ではなく、組織の上層部からである。よく経営者というのは自社のルールというのは社員を管理するためのもので自分は適用外だと勘違いしているケースがあるが、そのような考えの経営者はブランドマネジメントが重要視されるような企業の経営には向いていないと考えたほうが良いと思う。
悪い例2:現実とのGAPが大きすぎる
似たような例に、現状の事業と目指すべき姿のGAPが大きいケースというのも存在する。典型的なのは事業環境が大きく変化し、事業戦略を大きく転換するような場合である。このようなケースにおいては、社員の日々の活動と、ブランドが掲げる目標にGAPが大きく、ブランドの目標が現在の延長線上にあると実感できないということがしばしば発生する。このような場合は、経営側が社員にも外部コミュニケーションにおいても、論理的に説明できる転換のステップのようなものを提示することも必要であろう。逆そのようなガイドがないと、ブランドの目標は現実はかけ離れた単なる飾り物のような位置づけになり、社員の価値判断の基準にならなくなってしまう危険がある。
いろいろな考え方はあるが、マーケティングの観点でのブランドの目標設定の理想的な方向性は、基本的には顧客に提供したい価値を高めることにフォーマスをおくのが分かりやすいのではないかと思っている。もちろんMVVとかPurposeという話になると事業の中長期戦略視点であるとか、社員の集合体としての組織の価値観であるとか含めたいものはたくさんあると思う。しかし、収益を拡大するためにブランドの評価を最も高めたい対象が顧客なのであれば、顧客への提供価値の視点から考えることが健全だと思う。それがその企業の社会における存在意義であるのであるから。
パフォーマンスマーケとの折り合いをどうつけるのか!
ブランドの目標をいったん決めらた、それに向かって日々の事業活動を行わなければならない。ここでは、デジタルを中心としたマーケティング組織がその際につまずきやすいポイントについて議論したいと思う。
前回VIガイドの話に少し触れたが、私のようにデジタルマーケティング、特にパフォーマンスマーケティングに強みがある人間からすると、実はこのブランドマネジメントという考え方は非常に親和性が低いというのが経験上分かっている。特にクリエイティブ面でのABテストという手法がブランドマネジメントと決定的に親和性がないと言える。
パフォーマンスマーケティングというマーケティング手法は、短期的なパフォーマンスを数値化してデータをもとに価値評価をしていく活動サイクルである。ABテストという手法も同様で、データをもとに施策の成否を判断する。ところが、ブランドというのは何度も申し上げているとおり少なくても短期的にはデータで目に見える成果として結果が出ることが少ない長期スパンの施策である。このため、パフォーマンスマーケティングのPDCAやABテストの意思決定にひとつの要素としてブランドマーケティングの価値観を組み込むことが非常に困難でなのである。
この問題についても実は20年くらい悩んでいる。正直言うと私が管理していた2011年ごろまでは、楽天のブランド管理の対象からパフォーマンスマーケティングのクリエイティブは非常に緩いCIガイド以上には管理することをしなかった。正直、どの程度影響がでるか分からず手が出せなかったのである。この点が、実は自分がブランド管理の仕事をそれなりの期間やりながら、胸を張れない理由であったりする。
その後10数年継続してマーケティングをしながらブランドマネジメントについて考え続けて来たが、正解として確信がもてる答えにはたどり着いていない。ただ、結論として、パフォーマンス中心の会社がいきなりブランドマネジメントをガチガチにやるのはリスクが高すぎるという考えに変わりがない。でも、何もしないというのも発展性がないので、徐々にブランド全体のVIに近づけていくという手法が良いと思う。
ブランドのキービジュアルを決める
そのために必要なのは、VI側で、自社のブランドを体現するビジュアル上のキーになるものを作ることが重要な気がしている。それ、もしくは、そのビジュアル要素の組み合わせを見たら、このブランドだ連想できるようなものである。具体的には、例えば一番分かりやすいのはTVCMで使うタレントであろう。私が直近で働いていた人材業界で言えば、ビズリーチの女性などは数年間に渡り一貫して使い続けておりあの女性を見れば、ビズリーチのCMだと直感的に分かるところまで来ていると思う。このようなキービジュアルになりえるものができると、バナーにあの女性がのっているだけでビズリーチの広告だと瞬時に判断できるので、おそらく反応率は高くなるであろうし、ブランドとして一貫性も担保することが出来る。
ただ、タレントだと予算が、、、となるので、別のアイディアでいうと、誰でも出来るのが、ロゴとキーカラーの組み合わせであろう。楽天の場合は少し濃い目の赤と同じ色のRのアイコンがグループブランド全体のVIの基本で、当初はサービス毎に色を変えようとして、トラベルは緑で、証券はネイビーとかいろいろやっていたのであるが、途中でサービスの増加に色数がついていかなくなり、一部の例外を除いてやっぱり全部赤ということにした。
これを20年くらいやり続けるとそのうちRと赤を見るだけでも「楽天」と認識できるようになってくる。最近の楽天モバイルをショッキングピンクにしているのは、おそらく、そもそも大規模な予算を使って広告宣伝するときに、今までの赤のままやるよりも新規性が高く、インパクトがあるということで、変更したのだと思うが、あれは、相当な広告費を使う前提での判断だと思う(ちなみに、あの楽天モバイルのカラースキームは私が米国にいた当時のT-Mobileと瓜二つである)。このキーカラーのイメージ付けというのは、やる気になれば誰でもできるので、試してみる価値はある。ただ、たぶん人が印象として記憶できる色のバリエーションは10色前後だと思うので、色だけだと相当競争が激しいので、色とロゴなどの組み合わせにするのは重要だと思う。ただ、色の指定程度の事でも、たいていパフォーマンスサイドからはもっとバリエーションが欲しいと悲鳴が上がったりする。
もう一つコストを少なく出来る可能性があるのは、イラストのキャラクターである。もちろん有名漫画のキャラクターなど下手したら有名タレントよりも高いくらいだが、自社でイラストをつくればほぼ人件費だけで実現可能である。キャラクター系のアイコンはサービスのターゲットによって適する場合と適さない場合があるような気がするので、慎重に検討してもらいたい。
自身の経験や、周りの企業の広告など見ていると、VI的なイメージと自社のブランドが一致してくるようになると、VIガイドを厳しく適用してもパフォーマンスサイドの効率が落ちずに、場合によっては競合比で優位性を発揮できる可能性も高くなる瞬間がやってくると考えている。こうなるとトレードオフにならずに、VIとパフォーマンスがWin‐Winになるのでマーケティング責任者の深い悩みが解消される。もちろん、楽天モバイルのように一気に勝負にでるというやり方もあるが、あのようなパターンは例外的なので、現実的には、自社サイトやUpper&Middle Funnel系のクリエイティブのVI統一から順次進めていくのがよいと思う。
ちなみに、大手ゲーム会社の時にサッカーゲームで有名選手を使ったバナーとそうでないバナーで広告のパフォーマンスの差分を出して選手とのアンバサダー契約の費用が回収出来るか実験してみたことがあるが、結論からすると難しかったので、タレントのアイコン化のようなものも時間をかけてやるしかない気がする。その面で、インパクトを狙って有名なタレントをアイコン化してしまうと、今度は契約し続ける維持コストが負担となるのかもしれないので注意が必要である。その意味でもどこまで意図的かは不明だが、私はビズリーチのやり方は非常に効果的だとつくづく感心する。継続は力なりである。
ブランド管理部署は短期的付加価値を重視する
ブランドマネジメントをする際のTipsの最後もやはりVIに関することである。よく、ブランドマネジメントをしましょうということになり、外部とのコミュニケーションをチェックしましょうという話をし出すと、ブランド管理部署が設置され、社内のワークフローとかでブランドガイドラインチェックという書式が出来、なんか仕事がひと手間増えて面倒くさいという話になる。現場の担当者からすると、その書式のチェック担当者はガイドラインから外れた部分をチェックして、直して出し直せとだけいう付加価値がない人たちだとなる。今の話は、それなりの規模の会社で真面目にブランド管理をしましょうという気概だけはあるイケていない会社のあるあるな気がする。
何度も申し上げるが、ブランドマネジメントの成果というのは長期的なものなので、何も考えずにやってしまうと、このような現場の反応というのは当然であると思う。寧ろロジカルな反応である。
私が楽天でブランドの管理責任者をしていた時に考えたのは、このサイクルに入ってしまうと会社全体で前向きなブランドマネジメントが出来なくなってしまうので、VIを管理するチームには、出来るだけスキルの高い人間を集め、VIを守りながら当初現場の担当者が考えていたよりもマーケティングの効果が高い、クオリティの高いものを作ろうと考えていた。そうすることによって、VIの確認をするという作業が、短期的には何の成果もない「追加の手間」と認識されるのではなく、相談しに行くと自分の成果が改善できるかもしれない「良き相談相手」になるからである。この活動には、可士和さんの事務所のアートディレクターにも加わってもらい、楽天の社内メンバー、僕が集めた外部プロフェッショナルとの3パーティーからなるチームでたぶん6-7年間、毎日のように楽天の各事業がやりたいオンライン広告以外のあらゆるコミュニケーションのクリエイティブがVIの範囲でどうやったら効果を最大化出来るかを考え続けた。
VIというのは決めるのはある意味簡単である。ブランドコンサルの会社にVIガイドを高いお金を払って作ってもらったら、素晴らしくきれいなものが出来上がるであろう。でも、VIガイドを作る事だけを頼んでしまうのは私は良くないと思っている。なぜなら、VIガイドを作るだけであれば、その人たちはそのVIを守ったことによるパフォーマンスに何も責任を取らないからだ。事業をする立場からすると、VIを守ることは目的であってはならない。企業は事業を成長させなければならないのだから。そのためにはVIは、その活用を通じて事業をより成長させる手段にならなければならないのだ。ブランドマネジメントの管理者はこの点を忘れてはならないと私は思っている。ブランドマネジメントは直ぐに成果が出ないからこそ、少しでも成果が出るように当事者が率先して努力をしないと、継続した活動にならないと思っている。長期で時間を要する施策ほど、短期で成果を出す努力をしないとそもそも熱量を持って長期間継続することが出来ないのである。
ブランドマネジメントは一貫性であると最初に話したが、一貫性を維持するためには、多くの障害がある。特にここで見てきたように、その中でも、長期的施策のブランドマネジメントと短期的な事業パフォーマンスとのトレードオフをどのように折り合いをつけるのかという点は、その最大の障壁であると考えている。殆どの会社はこの折り合いが見つけられずブランドマネジメントの活動の熱量が失われ、単なる作業として形骸化していく。ここで私が紹介した話は、私の経験の範囲の事例なので、他にも様々な障害があるのかもしれない。でも重要なのは、正しく(形骸化せずに)継続することである。くれぐれも面倒くさい人たちにならないようにブランドマネジメントチームの付加価値を上げる方法を考えてもらいたい。