会社の意思決定の仕組みを理解する

コンプライアンスやガバナンスって至極当然な話

最近、コンプライアンスとかコーポレートガバナンスとかいう言葉がよく言われるし、上場企業だとこれらを理解するための社員研修を行うために、ハッキリ言って全く面白いとも思えないオンライン研修ビデオの視聴をさせられたりすることが多い。

私の場合、2023年に所属していた企業をIPOしなければいけなかったので、退屈な研修素材をさんざん視聴しなければならず、辟易した。

以前、性善説と性悪説のマネジメントの話をしたので、そちらも合わせて読んでいただければと思うが、コーポレートガバナンスの話が、現状のように一段も二段も厳しくなった背景は、2000年代前半のエンロンの経営破綻を引き起こした不正経理問題からであると思う(エンロン破綻)。この事件は、アメリカ有数の大企業が、債務を大規模に簿外債務化し、それを、監査する監査法人や、法的正当性を担保するはずであった顧問法律事務所もこの粉飾決算やその後の証拠隠滅を行うことに加担していたという、どう考えてもあり得ない話の連鎖のような事件であった。

株式を上場して、パブリックな会社になるということは、その会社が対外的に公表する財務諸表を始めとする開示情報が正しいことが大前提としてマーケットが成り立っている。しかし、中には悪い人間がいて、少しでも自社のパフォーマンスを良く見せようとして、財務内容をごまかしたり、良く見せようとする人がいるかもしれないので、公認会計士という公的な資格(日本では国家資格)をもった人間が会計帳簿を監査し、問題ないというお墨付きを与えるという事で、2段階のチェック機能まで備えて、この情報の正確性、真実性を担保するという仕組みである。

エンロンの事件の場合は、そもそもこのダブルチェック役の監査法人・会計事務所がきちんと機能しなかったということで、財務報告プロセスなどを厳格化するSOX法が2002年に制定され、その日本版も後日制定され、今に至っている。

もちろん、エンロンの事件のような問題は言語道断だし、あってはならないことである。このため、SOX法のような法律が出来ることも仕方ないと思う。でも、いつもコーポレートガバナンスや、ハラスメントなどの講習コンテンツを見て思うのであるが、何でワザワザ、こんな当然な話のお勉強を時間を取ってさせられなければいけないのだろうということである。私から言わせれば、エンロン事件のような話は、日常生活において「人を殺してはいけません」くらい当然すぎる話を守らなかったくらいのレベルの話に思えてならない。私は法学部ではないので、法律には余り興味も関心もないので、刑法など一行も読んだことがないが、世の中で殺人事件が起こるたびに、皆で刑法の講習会をしましょうとなるであろうか?そんな話は、少なくても大人な世界では聞いたことがない。

意思決定の基本原則=ROIの最大化

では、なぜ、このような教育・研修の機会を設けなければいけないのであろうか?私は、これまで数百人の部下のマネジメントをしてきたが、その理由は私にとっては至極当然に思えてならない、会社において意思決定がなされる仕組というのを理解出来ていない人が、現実には非常に多くいるからなのである。

ここでする話は、理解している人には何の新鮮味もない話であるので、読み飛ばしてもらって全く問題ない。しかし、これまで会社で上司に意思決定のプロセスにおいて怒られたり、文句を言われた末に、納得感がないという経験をしたことがある方は、一度読んでいただければと思う。貴方に問題があるのか、文句を言った上司が悪いのかの白黒がハッキリするであろう。

まず、会社全体の業績をコントロールするためには、会社の支出とそれに対するリターンを管理することが大前提である。これを管理する指標をROI(Return on Investment)という。計算式は、

ROI=収益/投資額

となる。

物凄い普通のことを言っていると思われるかもしれないが、企業の基本的な意思決定の基準はROIをどうやって最大化するかを基本としていると思う。ESG経営とか、SDGsとかSustainabilityとか流行りのビジネスワードがあるが、結局はROIをどれだけ最大化出来るかが大原則であり、ROIを計算する時間軸が少し(?)長くなるという話だと私は理解している。

会社員をしていると、組織の規模が大きくなればなるほど社内調整であるとか、社内政治であるとか、誰かの面子であるとか、誰かへのゴマすりであるとか、様々な要因でROIの最大化を阻害する事象が発生するかもしれないが、ハッキリ言ってそれは会社の経営としてはネガティブな要素である。株式会社というのは、株主に出資をしてもらいその資本を効率的に使って(負債も含め)、収益を生み出すというのがミッションである。

ちなみに、理論経済学では、合理的経済人仮説という、すべての人は経済的に合理的に行動する、つまり、経済的効用=収益が最大になるように合理的に行動することを前提としてあらゆる経済モデルを作っているが、上述のような会社内での非合理的な意思決定等により、ROI最大化に向けた行動が阻害されることを取引コストと呼び、市場が需要と供給の自動的な調整により価格と供給量が決定されるという市場モデルが上手くいかなくなる事例の代表例と考えられている(市場の失敗)。

ということで、会社という営利組織の意思決定のベースが収益の最大化であることはご理解いただけたと思う。

そもそもガバナンスのルールが必要な理由

では、ROIを最大化するためにはどうすれば良いのであろうか?当然、この問いに一言で答えられる回答など存在しないし、そんな答えが分かったら、私はこんな文章など書かずにその方法を使って、もっとお金を稼ぐ別の仕事をしているはずである。

今回は、ROI最大化の方法ではなく、ROI最大化を組織が目指すための管理方法の基本概念についての私なりの考え方を議論できればと思っている。

もし、会社にあらゆる社員よりも優秀で、かつ、業務の効率が抜群に高く、社内で起こるあらゆる意思決定事項に対して、迅速かつ正確に判断できる経営者がいれば、会社には意思決定のプロセスとか仕組は必要ない。唯一の決まりごとは、そのCEOに判断を仰ぐ調整をすれば良いだけである。

しかし、この方法には2つの問題がある。ひとつは、どんなに優秀な経営者であっても、会社の規模が大きくなると、自分一人では会社の意思決定事項のすべてを判断するのはリソースの限界値を越えてしまうことである。寝ずに仕事をしたとしても、人間には等しく一日24時間しか与えられないので、会社が成長すれば、何時かは個人のキャパシティを越えてしまうのである。

 二つ目の問題は、CEO個人が株を100%保有する個人企業であればよいが、上場企業のように広く投資家から資本を集めるような会社であった場合、どんなに優秀なCEOであったとしても、一人の個人にあらゆる判断を依存してしまうことは、チェック機能が全く働く余地がないため、リスクが高すぎるし、ひどい場合には、エンロンの話ではないが、不正などが起こりそうになった場合に、それが発覚しにくかったり、社員がCEOの顔色を伺って、問題が起こった後も隠蔽され続けるというようなリスクを抱えてしまうということである。

この2つを主な理由から、会社という組織は、ROIを最大化するための意思決定の仕組みを作らざるを得なくなる。ポイントは「権限委譲」と「意思決定プロセスの整備」である。

権限委譲のメリット/デメリットを理解する

まず、権限委譲から考えてみよう。

そもそも、なぜ権限移譲が必要なのかといえば、先ほどのスーパーCEOの話でも議論したが、会社の規模が大きくなると、そもそも一人のCEOがあらゆることを決めることが物理的に難しくなってくるからである。このため、権限委譲をするのであるが、そのメリットとは何であろうか?

  • CEOと相対的に比較すると現場に近いレイヤーで意思決定されるのでスピードが早くなる
  • 同様に現場に近いレイヤーで意思決定されるため、現場の状況を理解した上での意思決定がなされる可能性が高い
  • 現場に近いマネジメントの人材が意思決定をするため、事業に関する専門性の高い人材が意思決定をする可能性が高い

というのが主なメリットであろう。分かりやすく言うと、現場に近い、専門性の高い人が意思決定をするため、スピード、市場環境、専門知識の3つの側面で有利な判断が出来る可能性がある。

このように考えると、権限委譲は出来る限りした方がよいということになってしまう。しかし、現実の会社組織においては、程度の差はあれ、限界まで権限の委譲をしましょうということにはなかなかならない。ということは、デメリットについても考えてみるべきであろう。

権限委譲のデメリットとはこんな感じである

  • 権限委譲を進めれば進めるほど、意思決定者の数が多くなり、管理することが難しくなる
  • 意思決定者の人数が増えると、現実的には、意思決定者の判断のクオリティを担保することが難しくなる
  • 意思決定が細分化されすぎると、個別最適は実現するが、全体最適の実現度が下がるリスクがある

こちらも分かりやすく言えば、意思決定が細分化されると、意思決定クオリティや全体最適の実現のような管理をして、会社全体のROIを高めていくためのマネジメント・管理が難しくなってくるということである。

このため、会社という組織は、会社の規模や、戦っている市場環境、社員の能力など様々な要素のバランスを考えて、権限委譲の方法を決めることになる。

もう少し掘り下げると、例えば会社の規模の話でいえば、当然会社の規模が大きくなれば、権限委譲の程度は高くしなければいけない。そうしなければ当然意思決定のスピードが落ちるからである。

では、どの程度意思決定のスピードを落としてよいかと聞かれれば、それは戦っている市場環境に依存する。例えば、新規事業のように成功法則が確立されていなかったり、顧客の市場ニーズの変化が激しく、市場の変化にスピーディーに対応する必要がある市場で事業を行っているのであれば、権限委譲の範囲を大きくして意思決定スピードを上げなくてはいけないということになる。競合企業よりも意思決定のスピードが遅くなれば、それだけ収益を最大化する機会損失が大きくなるからである。

もし、スピードが重要だという結論になったら、それでは際限なく現場に権限委譲すれば正解なのであろうか?これもYesとは一概に言えない。それは、その会社が抱える社員の経験やスキルなど意思決定に必要な能力を備えている社員の人数、割合に依存するからである。極端なはなし、現場の社員が、(将来有望かもしれないが)新卒ホヤホヤの社員ばかりであるとしたら、適切な経験がない人に意思決定の権限を渡してしまうことになる。結果的に優秀な人材もいるかもしれないが、一般的に言って、このような状況では、権限委譲の程度は低くせざるを得ない。何らかの意思決定をする際には、一般的に言って、「対象事象に関する専門知識やスキル」、「その事業や機能が置かれた市場や会社内での立場、位置づけ」、「その会社のリスク許容度など企業文化」の3点くらいを考慮して行うのが一般的である。おそらく新卒の社員は、この3つのいずれも正しく理解している可能性が低いと言わざるを得ない。そのような人たちに権限を委譲した場合は、おそらく個々人は正しいと思って、良かれと思って意思決定をしたとしても、個々の判断に統一性がなくなり、企業としてROIを最大化する事業のコントロール性が低くなってしまうわけである。

このように、権限の委譲というのは、そのメリット、デメリットを考慮して、その会社に最適なあるべき姿を見つけなければいけないのである。それぞれの企業のマネジメントは、この点を真剣に考えながら、どこまで何の権限を委譲して、個別の意思決定のクオリティと全体最適のバランス、事業の市場対応へのスピード感などをどのようにコントロールするのかを決定するわけである。

職務権限規程と決裁システム

そして、その結果出来上がるのが「意思決定プロセスの整備」である。会社によって呼び方は異なると思うが、これらを定めたものを「職務権限規程」とよび、それを運営するためのシステムが「決裁システム/稟議システム」である。

特に重要なのは前者である。会社において、誰が何を決められるかというルールは、この「職務権限規程」によって決められている。私の経験上、この「職務権限規程」というのは会社にとって相当優先度の高いルールであり、殆どの会社においては重要な職務権限規程の変更は、CEOではなく、取締役会の承認事項である。つまり、職務権限規程のルールというのはCEOの判断より上位に位置するということになる。

そして、そのルールの運用を定型化したものが決裁システムである。基本的には、決裁システムは、そのワークフロー通りに決裁書を回せば、職務権限規程通りに意思決定がなされた証跡になるように作られている(作られていなければならない)。

成果が出れば手続きは二の次は間違い

ここまで来ると、会社でなぜ職務権限の規定が定められ、それを運用するための決裁システムが存在する理由とその重要性が理解出来ると思う。

しかし、私のこれまでの経験上、会社員として働いている多くの人たちが、これらの仕組みを面倒な手続きだという位にしか考えていない。そして、面倒な手続きだという位にしか考えていないため、これらのルールが何故決められているのかを理解しようともしていない人が多すぎるように感じるのである。

今回の話を理解すれば、よく上司に稟議を出し忘れましたとか言って、申し訳なさそうに月初に請求書を持ってくる部下がどれだけ危険な行為をしているか分かっていただけるのではないか?プロジェクトが間に合いそうになかったという言い訳をして、上司の決裁権限を越える発注案件を取引先にメールで承認してしまった後で稟議を回してくる部下の犯してしまった問題の危険性が理解できるのではないか?

この二つは、私がこれまで何度も経験した手続き不備の「あるある」であるが、このような失敗をしてしまう人は悪いとは思ってはいるが、大抵の場合問題の大きさを理解していない。私の予想は、手続きの不備位にしか思っていない気がする。なぜなら、そういう人はだいたい2回、3回と同じ失敗を繰り返すからである。そして、多くの場合、手続きの不備があっても、そのプロジェクトや投資が上手くいけば、結果オーライで、そちらの方が重要である/評価されると考えているようにも思えることも少なくない。

しかし、その考え方は大きな間違いである。職務権限規程に沿わない意思決定は、重大な越権行為である。自分で決める資格のない事項を、正当な意思決定権限者の承認なく意思決定してしまっているのである。そして、真面目にマネジメントが考えられている会社であれば、職務権限規程の内容というのは、自社が置かれている様々な状況を勘案して、その会社のROI最適化をできる可能性が高いと思われるものとして定められているはずだからである。

もちろん、どことは申し上げないが、権限委譲と市場で置かれている状況に著しいGAPがあり、社内手続きに時間がかかりすぎて機会損失が大きい職務権限規程を持つ会社を経験したこともある。でも、それはその会社のマネジメントが決めたことであるので、それが実態に合っていないからといって、現場が破ってよいという事にはならない。それにより会社の業績が上がらないリスクは会社のマネジメントが負えばよいことである。ただし、私の経験上、こういう言い訳をする人に限って、大抵の場合、時間がかかるとわかっている社内手続きのタスクを軽視して後回ししがちである。時間がかかるのが分かっているのであれば、もっと早めに準備しておけば問題ないのにである。

よく、上昇志向が高く、早くマネージャーとか課長とかに昇進したいと目標設定などでアピールして、自己のKPI達成度合いなどを一所懸命上げようとするが、手続き系が全くダメな人がいたりする。本人はKPIを達成しさえすれば評価されると思っているが、マネジメントをするということは全くそういう事ではない。少なくても私は、今回説明したような会社の意思決定の仕組みを理解出来ていない人に怖くて権限を渡すことなど出来ない。これはKPIのパフォーマンスが良いかどうか以前の問題だからである。

職務権限は、権限と責任セットで評価が大原則

ここまで、理解できると、職務権限規程というのは、自分を守ってくれる武器にもなりうる。自分の職務権限の範囲をきちんと理解していれば、その範囲で行った意思決定に対しては、組織図においてはどんなに偉い上司であっても異議を唱える権限はない。なぜなら取締役会で承認された権限の範囲内で行った正当な行為であれば、文句を言われる理由がないからである。たまに、職務権限の範囲内で行った部下の意思決定に対して、事前の確認がなかったとプロセスについて部下に文句を言っている上司がいたりするが、これは私から言わせれば上司の方が間違っている。職務権限の範囲を超えて過剰の管理をすることは、会社のマネジメントで決めた、会社全体のあるべき姿を変えて、過剰な管理をしているからである。

ただ、もちろん、職務権限の範囲内であるからといって、その人物は何をしても良いわけではない。なぜ、会社という組織が権限委譲を行っているのかを最初に戻って振り返ってもらいたい。そう、ROIを最大化するために行っているわけである。このため、意思決定者は職務権限の範囲内であればプロセスについて文句を言われることからは解放されるが、同時に、結果(投資対効果)については厳格に責任を負わなければならない。上司に相談・報告なく、自分の判断で行った投資が想定通りにいかず、この点を上司から指摘され、陰で自分の職務権限の範囲内であったと愚痴を言っている人などは、これまた自分の権限と責任の意味をはき違えている。権限の委譲というのは、その職責の人材に対して、このくらいの規模の意思決定は出来るべき、出来なければいけないという会社からの期待値によって決定されているわけなので、自己で意思決定できる権利があるということは、同時にその結果の責任も自分で負うということは間違えずに理解しなければいけない。

今回は、マーケティングとは正反対の全く面白くないかもしれない、会社の手続きが何故存在しているのかという話をした。しかし、会社の手続きというのは、基本的にはその会社がどのような会社でありたいのかという思想の反映であると私は思っているので、結構重要な話だと思っている。もちろん、会社の考えが間違っていることも多く存在する。正直に言えば、私のようなオーナー企業での経験が長いと、そう思うことも少なくなかった。しかし、職務権限というのは、会社の株主総会に次ぐ意思決定機関である取締役会で決定された簡単には変えられない事項であるため、ある程度その範囲内で上手くやる方法を考えなければいけない。会社が間違っているからといって決して破ってよいルールではないのである。なぜなら、このプロセスを正しくオペレーションすることが、自己に課されたKPIを達成するのと同等レベルで重要な評価項目なのであるから。

マーケターは私も含めて手続きが嫌いな人が多い。正直私もどちらかといえば好きではない。でも、同時に100人以上の組織をマネジメントしようとおもうと、間違いなくルールは必要である。それがないと安心して部下に仕事を任せられない。マーケティングのマネジメントになりたいと思っている人は、会社の手続きを余り馬鹿にしない方がよいと思う。そうしないと、マーケティングは出来ても、マネジメントが出来る人材と認識されないので、マーケティングのマネージャーにはなることができないので。

1件のコメント

コメントはできません。