幹となるKPIを把握することで変化点にいち早く気付く
ここまでで、データの管理・分析の詳細について議論してきたが、最後に日々のオペレーションにおける誰にでもできるTips的な話を一つ紹介して締めとしたい。キーワードは「同じデータを繰り返し見る」である。
BIツールの重要性の項でKPIのフレームワーク化について述べたように、KPIの構造を整えることによって、事業データの幹の部分と枝葉の部分の整理が出来ることになる。もちろん重要なのは幹の部分で、枝葉の部分は幹の部分に問題が起こった場合に必要に応じて確認するというのが、日常のオペレーションになる。このため、「同じデータを繰り返し見る」と言った場合にみる「同じデータ」というのは当然幹の部分になるわけである。
では、何故同じデータを繰り返し見ることが重要なのであろうか?私は、その最大の理由は、事業状況の変化にいち早く気が付けることなのではないかと考えている。よく私は同僚や部下から、打ち合わせで見た数字が記憶されていることに驚かれることがあり、そのような人は私の記憶力が人並外れて良いのだと思っているように感じることがある。ただ、それは大きな間違いである。学生時代を思い出しても、私は歴史の授業は好きで得意科目ではあったが、年号の記憶だけは酷く苦手で、この暗記はほぼ諦めていたくらいである。よく、友達の誕生日や、昔であれば電話番号(古い。。。)を暗記しているひとがよくいたが、そういう類の記憶もまるっきり駄目である。
では、なぜ私が打ち合わせで聞いた数字を記憶することが出来るのであろうか?理由は2つである。一つ目は、打ち合わせでフォーマットを決め、WeeklyやMonthlyといった頻度で同じKPIの数字を定期的に繰り返し見ているからである。安定的に運用されている事業であれば、基本的に幹となるKPIの数字というのは安定しているはずである。このため、同じKPIを見続けていれば、さすがに数字の暗記の苦手な私でも主要な数値の概数は覚えられるようになってくる。そして、二つ目の理由は、大抵の数字は毎回同程度の数字である前提において、打ち合わせの際に、通常時と異なる動きをしているポイントに絞って深く考えるということを習慣としているからである。その深く思考するというプロセスを踏むことによってその打ち合わせでの問題点や重要なポイントは自然と脳内にインプットされることとなる。つまり、量が多いレギュラーなデータは繰り返しによって自然と記憶され、量の少ないイレギュラーなデータは深い思考のプロセスと関連づけてこちらも自然と記憶することによって、非常に少ない労力で事業の最新状況をインプットし続けることが可能になるわけである。
そして、この数値が頭に入るロジックこそが、「同じデータを繰り返し見る」ことの重要性と非常に大きく関連している。そもそも論になるが、なぜデータドリブン経営やデジタルマーケティングの現場において、KPIを見ることが必要なのであろうか?それは、当然事業の状況を正しく把握するためである。では、マネジメントにとって把握すべき状況とはなんであろうか?それは、変化点の発見と、その背景の把握であると私は考えている。たまに能力の低いマネージャーで、計画通りに進んでいるKPIの数字の報告を聞いて満足している人がいる。断言するが、順調にすすんでいる部署で計画通りに進んでいるKPIの数字の報告を聞くことにマネージャーの付加価値は全くない。問題なく計画通りに進んでいるのであれば、その付加価値を生み出しているのはマネージャーではなく、現場で実務をしている部下である。つまり、いつも通り上手く言っているオペレーションにマネージャーは労力を割く価値はない。
変化点の背景・原因を把握する
では、何をすべきなのであろうか。それは、上手くいっている時も、上手くいっていない時も「変化点」を発見し、その背景や理由を考えるとことが重要となる。戦略立案に置ける市場状況の把握の重要性の項でも述べたが、マーケティングを正しくマネジメントするためには、市場状況の把握が不可欠である。その重要な手掛かりとなるのがマーケティングKPIの定期的な観察である。そして市場からの重要なサインしてと、KPIの変化点が現れる。その変化点の背景の理解が市場状況の把握には重要であるが、変化点が生まれるポイントは3つに分けられる。1)顧客ニーズ(供給)の変化、2)競合や自社による需要の変化、3)自社のオペレーションの変化である。
1)顧客ニーズ(供給)の変化
市場の変化については需要と供給に原因を切り分ける必要がある。価格の変化はそのバランスによって決まるわけなので、変化が起こるとすれば、当然そのどちらか、もしくは両方の変化によって起こるわけである。マーケティングの世界においては、事業主側が一般的には集客をしているわけなので需要側で、顧客のニーズの量がそれに対する共有と言える。
顧客のニーズは、シーズナルなトレンドや、商品のヒットによる話題性、認知広告の大量投下による認知拡大など様々な要因によって変化する。供給が増えれば顧客の獲得単価は低下するし、減れば獲得単価は上昇する。
マーケティングオペレーションにおいて、パフォーマンスに変化があった場合に、内的、外的要因を問わず、顧客ニーズに変化があるかどうかをオペレーションサイクルに沿って把握できる方法を何らか決めておくことは非常に有効である。
例えばリスティング広告においては、自社の顧客ニーズを表す検索キーワードのボリュームを定期的にトラッキングしておくことなどは有効である。
2)競合や自社による需要の変化
顧客ニーズを供給とすれば、自社や競合の広告予算の変化は需要の変化ということになる。当然需要=広告予算が増えれば顧客獲得単価は上がり、需要が減れば獲得単価は下がる動きとなる。ここで重要なのは、需要は自社の予算だけで決まるのではなく、競合企業の予算の変化にも影響を受けるということである。ただ、当然自社の予算額は正確に把握出来るが、競合企業の予算額などは把握出来ない。このため、競合需要の変化は、他のパラメーターと変化のベクトルとの関係性の中で把握するしかない。
例えば、顧客獲得単価が上がり、自社の広告予算額と1)顧客ニーズと3)自社オペレーションに変化がなければ、変化の原因は競合が広告予算を増大させたと推測出来るわけである。
3)自社のオペレーションの変化
マーケティングKPIの変化の原因として最も多く検討されているのが自社オペレーションの変化・変更に対するものである。デジタルマーケティング施策のPDCAの一環として、様々な施策を試し、そのBefore/Afterの結果検証をする。変化点が発生したときに、施策後に効果が良化していればその施策はポジティブ、効果が悪化していればネガティブということになり、何も変化がなければその施策はニュートラルとなる(このニュートラルは必ずしも意味がないことを意味しない。もし現状のパフォーマンスが許容範囲内のパフォーマンスであれば、同程度の施策を実施するオプションが増えたといえるかもしれない)。ただ、この変化点の発生と自社オペレーションの変化の効果検証タイミングが一致したとき、その変化の原因が需給バランスの変化という市場要因なのか自社オペレーション要因なのかの切り分けの検証は必ず必要である。もし受給バランスの変化が原因での変化の場合、自社オペレーションの効果はニュートラルである可能性も否定できない。
このように、マーケティングの幹となるKPIを継続的に把握し、変化点を発見した場合には、1)~3)の各項目すべてについて必ず検証することが必須である。もちろん、2つの要因が同時に発生していることもあるかもしれない。そのような場合は、自社でコントロール可能な要因となる施策を一度ストップするなどして影響をニュートラルにして、原因の切り分け作業をするなどの工夫が必要である。特に、現場の担当者は、パフォーマンスが悪い時に、改善施策のスピードを落とすことに強い罪悪感を感じるケースが多いため、ネガティブな変化があった際に、改善策を打たず、問題点の切り分けのために立ち止まって、背景、原因の把握に時間を使うことを躊躇しがちである。しかし、冷静になれば分かると思うが、背景や原因を正しく理解できていない改善策というのは、そもそもデータドリブンで論理的な施策とは言えず、それっぽい理由をつけていても悪く言えば、単なる思い付きの施策である。もちろん、その思い付きが結果的に正解であることもあるかもしれない。しかしそれは、はっきり言えば運が良かっただけであり、そのやり方で継続的に安定したパフォーマンスの維持、改善を行うことは困難であると考えるべきである。
レポートのフォーマットも固定化する
ここまでで、幹となるKPIの変化点におけるチェックポイントを整理してきたが、もう一つの話題として繰り返し見るべき幹となるKPIの運用方法についても議論しておきたい。前項のKPIのフレームワーク化の議論とも重なるが、まずKPIフレームの上位レイヤーからチーム内の担当ごとに責任をもつKPIを決めていくというのが一般的なやり方である。マーケティングの責任者は、個々に切り分けたブレイクダウンされた各KPIのパーツのパフォーマンスの進捗を把握し、適切なリソースと予算のアロケーションの調整をしながら、全体のパフォーマンスの最適化を行う。
この際に一つ注意すべきポイントがある。それはレポートのフォーマットである。レポートのフォーマットは極力固定するのが私は良いと考えている。もちろん、日々のPDCAを回していく中で若干の修正は発生したり、新たに確認すべきデータとフォーマットが追加されたりするが、基本のレポートフォーマットは可能な限り固定したい。これは私個人の能力の問題なのかもしれないが、人は同じデータを見ていても、レポートのフォーマットが変わったり、レイアウトが変わったりしただけでも、どこに何のデータがあり、何と何を比較すれば良いのかなど、データの変化点よりもレポートフォーマットの変化点に思考力が奪われてしまい、重要な変化点の見落としが発生することが多くなると思っている。楽天時代に、楽天市場のナビゲーションのUIのプロデューサーのような仕事をしていた時にいろいろテストしたり、自分で考えたりしたが、人間というのは絶対的な利便性よりも、習慣化された慣れの方が、使いやすいと感じるものである考えている。それがなぜかといえば、使い慣れたものというのは使い方を考えなくても良いからである。どんなによくできたUIであっても多くの場合はじめて使うときにはある程度使い方を考えるものである。私は報告資料のフォーマットというのはそういうものだと思っている。報告の度に、どんこにどのような情報が記載されていて、それがどういう意図なのか理解することに脳のパワーを割いていたら、肝心な内容の理解に割く余力が減ってしまう。部下が同じようなフォーマットで同じようなデータの報告を行うと、付加価値がないように感じてしまうかもしれない。しかしそれは私はあまり良い感覚だとは思わない。付加価値は資料の体裁でなく、データ分析の深度で図るべきなのである。
マーケティングの責任者は、自分のチームの日々の変化点でのデータ分析結果を注意深く観察し、自社が直面している市場の状況と、自社オペレーションのクオリティを継続的に把握することが必要不可欠である。そして、この変化点の分析を注意深く、継続的に行うことによって、マーケティングの責任者に最も重要な自社が直面している市場の状況を見る際の解像度がドンドン高くなってくるはずである。そして、その解像度が高くなればなるほど、中長期戦略を立てる際の課題やその対策もおのずと見えてくるはずである。その解像度をどの程度まで高くするかは、マーケティング責任者の能力と経験に依存する。自分にどの程度まで市場と自社のオペレーションクオリティの把握をする必要があるのかを日々の活動をしながら考え、KPIのどのレイヤーまで把握するのかの適切なポイントを決めることが重要である。もし、自分のチームが計画未達の原因が理解できないというようなことが頻発しているような状況だとすれば(解決策が分からないではない)、それはもしかしたら責任者として把握すべき解像度と比べて、自身が把握している状況の解像度のレベルが低すぎるのかもしれない。
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