新規事業のタイプ別の成功ポイント1

新規事業がどうやったら上手くいきますかなどという質問に一言で正解を応えられる人など存在しないと思うので、そんないい加減な話をするつもりはないが、今回はこれまで多くの新規事業の開発に直接、間接に関わってきた経験から、新規事業開発を2軸4パターンに分けて考えてみたい。

今回は、新規事業を「事業の新規性」と「既存事業との関連性」の観点から4つの象限に分けてみた。4つそれぞれについて成功するポイントについて検討する。

①チャレンジ

既存の事業会社には向かないチャレンジ型

事業の新規性が強く、既存事業との親和性が弱い新規事業をチャレンジと名付けた。このチャレンジ事業型の新規事業というのは、その事業を行う企業の規模によって資金力のサポートに違いは出るが、ほぼスタートアップ企業がゼロからそれまでなかった全く新しい事業をスタートするのに近い、リスクの高い新規事業となる。

まず、この新規性が高い新規事業において考えなくてはならないのは、そもそも市場に需要が存在するかどうかの判断が重要となる。ただ、新規性が高い事業というのは、想定ターゲット顧客へのヒアリングなどで定性的な情報を収集することは出来ても、そもそも世の中に存在しない商品・サービスについての話なので、多くの場合、需要の規模を把握することは大抵困難である。

さらに、チャレンジ型のチャレンジたる所以は、既存事業との関連性の弱さである。既存事業によほど将来性がないという場合を除いては、通常企業が新規事業を開始する場合は、既存事業との関連性をみて、皆が大好きな「シナジー」が効くかどうかみたいなことを基準に新規事業の内容を決めることが多い。なぜなら、それがないと本当にスタートアップ企業が事業展開するのと変わらなくなってしまうからだ。

事業会社がチャレンジ型新規事業をする2つの絶対条件

 このため、チャレンジ型の新規事業をそれなりの規模の会社で実現しようとする場合、最初に立ちはだかるハードルは社内で事業を開始する承認を得る社内プロセスにあると考えられる。普通に考えると、チャレンジ型の新規事業は経営学的なセオリーに沿ったものにはならないので、経営会議等の承認が得られる可能性は低いといえるであろう。このタイプの事業は通常スタートアップ企業が始める方が理にかなっていると考える。例外的に、チャレンジ型の新規事業が承認される方法は、ビジネスプランが意思決定者のほぼ全員にとって非常に魅力的であり、メンバーの総意をもって是非チャレンジしたいと思える場合であると思う。特に、非常に定性的な表現であるが「非常に魅力的」と「総意をもって」の2つは重要であると思う。

一般的にチャレンジ型の新規事業というのはそもそも需要がそもそも存在しないところからスタートするので、事業の立ち上がり、つまり、収益化、黒字化までに時間がかかることが多い。しかも、既存事業との関連性が薄いと、事業の選択と集中みたいな話になると必ずその事業を何故やっているのかという議論の対象になる。その時のよりどころとなるのは、その事業が経営陣にとって「非常に魅力的」でそのビジネスプランを信じて会社としてチャレンジしたいという情熱と、それに経営陣が一致団結して進める総意があることが前提になるからだ。それがないと、新規性の高い事業が収益を上げて会社に事業貢献できるようになるまでの期間のサポートを会社から提供し続けることが出来なくなると思われる。

コミュニティ系ネットサービスの事例で考える

チャレンジ型新規事業の代表例は、コミュニティ系のインターネットサービスだと思う。私は楽天時代の一時期、Infoseekという最近では殆ど名前も聞かなくなってしまったポータルサイトの経営再建のメンバーに抜擢されて、Infoseekが提供していた、サーチとニュース以外のほぼすべてのサービスを統括する事業部の事業部長をしていた。当時は、USでちょうどSNS系のサービスが立ち上がってきていた時期で、Facebookの創業もほぼ同時期であった。日本においても、MixiやGreeなどの米国のSNSサービスを参考にした事業もその数か月か1年程度あとに立ち上がった。特にGreeなどは、当時楽天の同僚であった田中良和氏が個人的に余暇時間で立ち上げたサービスであった。その様子を横目に見ながら、このようなサービスを楽天のようなそれなりの規模になってしまった会社で立ち上げるのは非常に難しいと思った記憶がある。

そもそも、そのサービスにニーズがどの程度あるのかも分からないし、模倣しようとしているサービス自体の収益化もほとんどできていない状況であった。広告収益モデルになることは想像できたが、それがどの程度の規模になるのかは全く予想がつかなかった。そうなると、まともな事業計画書が作れないということになる。

一方で、田中氏は、そもそも自分でプログラムを書いてしまっていたので、自分の時間以外の初期投資もほとんど必要なく、おそらく事業計画書など作っていなかったであろう。もちろん自分のプライベートの時間を使う話なので、誰の承認もいらない。

その対比を見ながら、そもそも規模の大きな企業にとっては、私はこのような新規性が高いサービスは向いていないと強く感じた。おそらく事業計画を作る時間があれば、サービスを作ってしまった方が成功する確率は上がると思うのだ。なぜなら、ネットビジネスにとって、多くの場合新しい良いアイディアが生まれた時に成功させるための一番のポイントはスピードにあることが多いからである。GoogleもFacebookも学生エンジニアが作った会社だが、最初のサービスのプロトタイプを作ったときには誰からも出資を受けていなかっただろう。つまり事業計画など書いていないのだ。そのスピード感とサービスのアイディアの素晴らしさが成功の第一歩であったことはほぼ間違いないと思う。

残念ながら、チャレンジ型の新規事業が大企業で成功した事例はほぼ見たことがない。私が最も新規事業開発に関わった楽天のケースでもおそらくひとつも事例はないように思う。このセグメントの新規事業は既存の事業会社が行うのではなく、スタートアップ企業に任せる方が現実的であると思う。最近は、CVC(Corporate Venture Capital)などの手法も大分活発化してきているので、そのような手法も活用しながら、リスクを分散していくのが適切であると思う。

②周辺事業創造

周辺事業創造型を具体例でイメージする

事業の新規性が強く、既存事業との関連性が強い新規事業を周辺事業創造とする。この手の事業は2パターンくらいある。私が直近でいた人材紹介業に対するダイレクトリクルーティングサービスなどは例として想像がつきやすいかもしれない。日本で最も成功しているであろうダイレクトリクルーティングサービスはビズリーチだと思うが、ビズリーチが創業されたのは2007年で17年前とたぶん多く人のイメージよりも長い歴史がある。人材紹介業を行っている企業にとって、2007年当時はダイレクトリクルーティング事業は周辺事業創造のカテゴリに完全に合致する。転職という全く同じ需要を共有しており、求職者、採用法人の双方の顧客基盤も全く同じであるが、それまではほぼ存在していなかった採用手法という意味で新規性は非常に強いということになるからである。

その前にいたゲーム会社にとっての2010年前後のモバイルアプリゲーム市場なども周辺事業創造系の新規事業になるかもしれない。ゲーム開発という面では既存事業の関連性は高いが、ディストリビューションチャネルやターゲットユーザ層という意味では非常に新規性の高い事業であると言えた。

周辺事業創造型の成功のための2つのポイント

では、このような事業を上手くやるためのポイントとはどのようなものであろうか?私は2つあると思う。一つ目のポイントはあまり過剰な期待をして大きな投資をしすぎないこと、二つ目のポイントは既存事業からの干渉を受けないように独立した環境で事業をするということである。

初期投資の規模を小さくする

1つ目のポイントである余り過剰な期待をしない、大規模な投資をしすぎないという点は、新規性の高い事業に必要なポイントであると私は考えている。一般的に新規性の高い事業分野というのは競合がスタートアップであることが多いため、事業の立上げ当初は資金面の問題などからそれほど大規模に展開されることは多くない。また新規性の高い事業というのは当然市場自体が形成されていないので、いきなり大きな収益を上げられる可能性が低いことが多い。このような状況に対して、過剰な期待をして、過剰な投資をしてしまうと、事業開始当初の収益性が必要以上に悪化することが多い。そもそも、新規性の高いサービスというのは、私の経験上サービスを立ち上げて以降のPDCAの中で商品、サービスをブラッシュアップしていくことが多いので、事業の立ち上げ時にサービス仕様をガチガチに固めて、がっつりサービス開発をするよりも、アジャイルな開発環境で顧客の反応を見ながら徐々にサービスを固めていく方が、効率性が高い場合が多い。そのような事業の場合は、初期投資額を大きくするよりも、サービス開始後の継続的なサービス開発に費用をかけ続けられる方が上手くいくことが多い。

そのような環境であるにもかかわらず、大規模な初期投資をしてしまうと、初期の収益性が悪化し、継続的な投資が難しくなることが懸念される。また、この状況になると2つ目のポイントに悪影響を及ぼすことも考えられるが、この点については後ほど触れることにする。

既存事業からの干渉を受けないようにする

2つ目のポイントは既存事業からの干渉を受けないよう独立した環境で事業をする事である。これは、ハーバードのクレイトン・クリステンセンが書いた「イノベーションのジレンマ」にはまらないための方策としてあげられる手法でもあるが、ロジックは同様である(ちなみに、この本が発表されたのは私が大学院に入ったちょっと前くらいだと思うが、経営学を学ぶ大学院生として初めて読んで凄いなと驚いた本であった。これまで読んだ競争戦略の本で最高の内容の本だと思うので、読んだことがない方はご興味があればご一読することをお勧めする。事業会社で新規事業を成功させたいと思ったら、僕は必読の書だと思っている)。最近はビズリーチが上場もし、非常に高い成長を見せている中で、リクルートやパーソルなどの既存の大手人材企業もダイレクトリクルーティング事業を積極的に推進している。しかし、私が知る限り、これらの企業も少なくても10年くらい前からダイレクトリクルーティング事業は開始していた。では、資本力の大きい既存の事業者がこれらのサービスを成功させられず、スタートアップであったビズリーチになぜあったりと成功を明け渡してしまったのかといえば、ダイレクトリクルーティング事業が人材紹介事業に対する破壊的イノベーションに近いビジネスモデルであったからだと思っている。破壊的イノベーションは前述の本を読まないと分かりにくいので、別の言い方をすると、いわゆる既存事業とのカニバリ(cannibalization 共食い)を起こす類の事業であったからであると思われる。ちなみに、cannibalizationというのは、A、B二つの事業があったときに、Aの売上が増えると、Bの売上が減るという競合関係になる事業をひとつの会社が運営する状況を表している。

一般的に、カニバリが起こると、新規事業に対して、既存事業からクレームが来る。大抵の場合、新規事業というのは既存事業に比べてサービスレベルも低く、単価も安い場合が多いため事業全体の収益性だけでなく、顧客単位などミクロレベルの収益性も低いことが多い。このため、その時点でのその企業の短期的な収益性を考えると新規事業を積極的に推進する合理的な理由がなくなってしまう。このような状況になると、多くの場合、そもそも既存事業との関連性が強いことから始めたはずの新規事業に対して、既存事業からの妨害的な行為が多発したり、良くても、非協力的な態度を取られ新規事業企画時に想定された既存事業の強みの活用がなされなくなるケースが発生することになる。ダイレクトリクルーティング事業でのビズリーチの成功というのは、おそらく既存の大手人材会社内でこのような議論が少なからず起こっていたものと推定される(私は当事者でなく、伝聞情報で聞いたので推定と書かせていただく。当事者情報をお持ちの方で認識が謝っていたらご指摘ください)。

私の経験上、カニバリが発生するタイプの新規事業の場合、既存事業からの協力を得ることを期待するのは困難であるケースが多い。なぜなら、先ほど言ったように、多くの場合、目に見える短期の数字だけ見れば既存事業を優先することが合理的であるのに対して、長期目線での新規事業のポテンシャルは単なる皮算用になってしまい、合理的な判断では新規事業が負けてしまうことが多いからだ。

同時に、競合企業がスタートアップであったりすると、そもそも既存事業がないわけなので、既存事業のリソースを活用できるということは少ないため、既存事業の協力がなくても実は戦うことが出来ることも多い。

このように考えると、この手の事業というのは、事業の立上げ当初は既存事業からの協力がない前提で、社内で独立した状況で、社内ベンチャー的にスタートアップ企業と近しい環境で事業をした方が上手くいく可能性が高いと思われる。

初期投資を小さくしてPLをコントロールすることが独立性維持のポイント

もし、そうだとすると一つ目の初期投資を小さくする話が予告通り再度復活して議論の対象となる。社内で独立してやるといということは、社内の干渉をなるべく少なくする必要があるが、初期投資を大きくして、社内のPL的に問題になるような規模の赤字を生み続ける状況になると、経営サイドとしても看過できなくなる。そうなってくると、再度既存事業とのカニバリの話が出てきたりして、事業の存続が危うくなったり、継続的な投資を得られなくなったりする。一方で、競合のスタートアップなどは、事業が立ち上がり、赤字でも成長性が示せるようになると資金調達が可能になり、投資が拡大するフェーズになっていく。こうなると、既存事業の体力で優位と思われた資金力などのアドバンテージがなくなってしまったりする。こうなると、多くの場合既存企業の新規事業はスタートアップ企業に勝てないということになる。このような状況にならないためにも、このタイプの新規事業は余り欲張らずに、小さく生んで大きく育てる感じで、時間をかけて作っていくことが重要である。

実は、私の入社前であるが、ゲーム会社のモバイル事業というのはこのよい成功例であるといえる。今の高品質なモバイルアプリゲームは全くそうとは言えないが、2010年前後のブラウザ式のモバイルゲームの開発費というのは今から思えば非常に小さかった。このため、モバイルゲームの開発チームというのは当初は非常に小規模なチームが社内の片隅でコツコツとトライ&エラーを繰り返しながら、どのようなタイトルがヒットするのかを検証し続けていた。そこに、モバゲーとGreeのプラットフォームが出現し、そこで非常に小さな開発費で作ったゲームが毎月何億円も売り上げるような大ヒットとなり、一気に社内で脚光を浴びることになり、その成功の拡大再生産で会社全体の業績を大きく改善させることとなったわけだ。おそらく、ヒットタイトルが出るまでのモバイルゲーム開発チームというのはなかなか辛い状況であったと思う。しかし、次のデバイスとしてモバイルゲームが来ないわけがないと信じて、辛抱強く開発を続けられたことが、結果的に大きな成功を生んだわけである。

新規性の高い事業というのは、当然成功の確率も高くはないので、初期投資は出来るだけ小さい方が良いと思う。誰と競合関係にあるのかをきちんと見極め、相対的にサービスレベルが高ければ、絶対的なサービスレベルには改善の余地があっても問題ないと思う。それを最初から理想に近づけるような方針をとると、殆どの場合、無駄に開発規模が大きくなり、上手くいかないことが多い。小さく生んで大きく育てるが周辺事業創造型の新規事業の成功法則である。