新規事業のタイプ別の成功ポイント2

前回からの続き。

③周辺事業拡大

楽天のケースで一番多く経験したのが周辺事業への拡大系の新規事業だ。既存事業との何らかの関連性が強く、そのうえで事業内容自体の新規性は弱いというタイプの事業である。楽天カードが一番の代表例だと思う。楽天市場を中心に獲得した顧客DBをベースに対して、言ってしまえばどこにでもあるクレジットカードという事業に周辺拡大したという感じである。楽天カードに限らず、楽天トラベル、楽天証券、楽天銀行、そして楽天モバイルなど楽天が大規模に展開している事業というのはM&Aで取り込んだか、新規事業として立ち上げたかは別にして実は殆どが周辺事業拡大系のサービスということになる。

では、このパターンの新規事業において、成否のポイントとは何であろうか?私は主要なポイントはただ1点しかないと思っている。それは、サービス自体の対競合サービスとの競争力である。この話を理解するために、先に例に挙げた楽天カードと楽天トラベルの比較をしながら、周辺事業の拡大の成功のポイントを考えていこう。

楽天の周辺事業拡大の典型例:楽天カードの成功要因

楽天カードは当初は自前のカード会社としてではなく、既存のカード会社の提携カードとしてスタートした。提携カードというのはカードの発行主体はクレジットカード会社で、「楽天カード」などのサービスブランドはそのカード会社と提携した企業(楽天カードの場合は楽天)のブランドをカード会社に貸すという事業形態である。その後、楽天カードの場合は国内信販というカード会社を買収して自社カードに切り替えをして今の楽天カードとなっている。楽天カードの事業開始当初のコンセプトは非常に単純である。a)楽天市場のユーザーベースを活用して、新規顧客の獲得コストを大幅に引き下げること、b)カードの決済額に応じたポイントの還元率を高く設定すること、c)楽天ポイントの利便性とb)還元率の高さを武器に利用率の高いカードとすることの3点である。

まずa)についてであるが、一般的にクレジットカード会社にとって一番費用として負担が大きいのが新規顧客の獲得コストである。良い例がGoogleでクレジットカードなどと検索すると多くのカード会社やクレジットカード比較サイトの広告が表示されるが、これらの広告の表示単価、クリック単価は相当高額で、もちろんアイテムにもよるが、ECなどとは比較にならないレベルの単価になっているはずである。これを楽天カードの場合は、楽天市場を中心とした楽天グループのユーザーベース向けに行うことを戦略として、費用を対競合比で大幅に引き下げる戦略を取った。具体的にいうと外部への広告宣伝費を少なくする代わりに、入会時のポイント付与額を大きくして徹底的に楽天グループのユーザーベースにCRMマーケティングで訴求するという方法を取った。これにより、ユーザーに取っては入会ポイント数が競合比で高くなるメリットがあり、楽天としても外部に支払う顧客獲得費用は大幅に下げられるというわけである。

この新規顧客獲得コストの低さは、続く2つのポイントにも大きく影響してくる。新規顧客獲得コストを安くすることで、そこで浮いた分の費用はユーザーの獲得後のユーザーメリットの実現に回されることになる。つまり、b)決済ごとに還元される利用ポイントの還元率である。当時の主なクレジットカードの還元率を計算してみると0.5%というのが一般的であった。これを楽天カードは1%と倍に引き上げたのである。よくあるクレジットカードの比較サイトや記事では、このポイント還元率はクレジットカードの比較ポイントとして非常に重視される点であるため、このポイント還元率の高さは新規獲得の上で非常に強力な武器とすることができた。さらに、ポイント還元率の高さはc)のクレジットカードの利用率にも効果がある。クレジットカードというのは決済機能としての利便性は基本的にはVISAとかMasterとかJCBなどのクレジットカードのブランドによって利用できる店舗が決まっており、それ以上の差別化のポイントはない。このため、クレジットカードの利便性というのは付帯サービスによって決まる。ゴールドやプラチナなどのハイエンドのカードはこの付帯サービスに力を入れていることが多いが、発行数が圧倒的に多い通常カードにおいては決済時のポイントの還元率は数少ない差別化のポイントとなる。楽天カードの場合は還元率を1%に設定したことによって競合比で比較優位性を獲得出来たため、クレジットカードを入手後の利用率を高くすることが可能になったのである。実はクレジットカードというのは、高い金額を払って新規獲得をしても実際に利用されずに財布の中で眠っているだけのものというのが結構多い。貴方の財布の中にも入っているけど使わないもしもの時のためだけのカードというのがあるのではないだろうか?そうなってしまうと実はクレジットカード会社には売上が経たないので殆ど発行していることにメリットがなくなってしまう。この状況にならないようにするためには、いかに顧客にメインで使ってもらうカードにしてもらうかが重要なわけであるが、楽天カードの場合はこの点でも高い差別化をすることが出来たわけである。

このように、楽天カードというのは、サービスの立上げ当初から、クレジットカードという競合ひしめく既存産業にあって、圧倒的な差別化ポイントをもつ、競争力のあるサービスとしてスタートを切ることが出来た。会社から非常に高い目標を課せられ、そのほかにもいろいろ苦労があったのは事実で、現場のメンバーは大変な思いをしてここまで来たのではあるが、楽天カードがわずか10数年で日本一の利用額を誇るクレジットカードに一気に成長出来た背景にはサービス開始時のサービスの基本設計の秀逸さとそれをフルに活用したマーケティングのオペレーションがあったと私は思っている。

商品・サービスの競争力がシナジーの大前提

これに対して、楽天トラベルの立上げ当初の話を思い出すと、話が全く変わってくる。前にも話したが、今の楽天トラベルというのは、楽天が新規事業として立ち上げた楽天トラベルが母体となっているのではなく、後に楽天が買収した「旅の窓口」という買収前から日本で最も成功していたオンライン旅行予約サイトが母体となっている。実は、楽天が自社で立ち上げた楽天トラベルというのは全くうまくいかなかった。

楽天トラベルは、楽天にとっては、楽天市場、楽天フリマ(CtoCのECサービス)に続く3つ目の事業として自社で立上げを行った。アイディアとしては、当時としても圧倒的に成功している楽天市場というECサイトでオンラインで決済をするという心理的ハードルを越えたユーザーベースに対して、オンラインでの高い成長が見込まれる宿泊予約サイトのサービスを提供すれば、皆が大好きな「シナジー」が生まれて上手くいくであろうという戦略で立ち上げられた。結論は、全く今くいかなかった。その理由は、数年先行していた旅の窓口にそもそも旅行予約サイトとして最も重要な宿泊施設の契約数の面で圧倒的に差をつけられてしまい追いつくことが全く出来なかったからである。もちろん後発であったため、宿泊予約サイトとしての利便性なども追いつけていない面はあったかもしれないが、選べる宿泊施設に差があるというのはサービスの利便性として重大な欠陥であった。こうなってくると、楽天市場のユーザーベースがあるかどうかという話は、事業の成功に殆ど関係がなくなってしまう。楽天市場のユーザーという理由だけで、旅の窓口を使わずに、利便性の劣る楽天トラベルを使ってくれるほどユーザーはお人よしではない。結果はその通りで、当初当て込んでいたシナジーは微塵も発現しなかった。

この状況を簡単には改善できないことが分かって、楽天として時間をかけて自分で改善をするよりもNo.1のサービスを買ってしまった方が手っ取り早いということで、楽天トラベルを立ち上げた2年後くらいに旅の窓口を買収して取り込んでしまうという選択をしたわけである。

実は、楽天グループというのは、楽天経済圏というように楽天ポイントを中心にしてインターネットビジネスのコングロマリット的に大成功している会社というイメージが強いが、周辺事業拡大系のサービスで失敗している事例も多い。私がいた2011年まで限定の話で、それ以降は違うかもしれないが、少なくともその失敗事例の殆どのパターンは楽天トラベルと同じ理由であった。楽天市場が成功して、大きくなればなるほど圧倒的なユーザーベースが目の前に広がっている。それを活用出来れば直ぐに利用者が集まり、事業は成功できると思ってしまうのだ。しかし、そこを突破口にサービスを安易に始めてしまうので、ふたを開けてみると後発で始めたサービス自体のクオリティが先発企業に劣っており、楽天経済圏内で幾ら利用促進施策を打ってもユーザーが動かないということになってしまうのだ。

シナジー効果一本足打法の事業計画は成功しない

前にも紹介した、楠木健先生の「ストーリーとしての競争戦略」ではないが、成功する事業というのは成功のための一貫したストーリーのようなロジックの積み上げがなければならないと思う。それに対して、周辺事業拡大系の新規事業で失敗する多くのケースは、既存事業から享受できるメリットの一点突破で、サービス自体の競争力を真面目に考えていないケースが多いのではないかと思う。少なくても私が見てきた事例では、そうとしか思えない場合が多かった。

私は、楽天の事業展開の成功事例が、金融系ビジネスに偏っている理由は実は金融系サービスというのは金融サービス自体の差別化は厳しい業法があるため行うことが出来ず、カードのポイント還元率のような付帯サービスの差別化くらいしか余地がないので、楽天カードのように既存サービスと比較して、基本サービスは同程度、付帯サービスで差別化という構造が比較的作りやすかったことが理由なのではないかと思っている。

周辺事業拡大系の新規事業というのは、おそらく世の中的に実行されることが最も多い新規事業のパターンであると思う。そのような事業計画書を読むと、大抵の場合、既存事業のリソースを利用した差別化のポイントが重点的にかかれていることが多い。その際に、計画書の読者が無意識のうちに前提としているのは、ベースとなるサービスクオリティは既存競合サービスと同じにできるという事だと思う。しかし、世の中はそんなに甘くないことが多い。既存事業者は何年か何十年かは別にして、そのサービスをよりよく改善するために長い年月をかけて努力をしている。それを、後発で参入した企業がいきなり同等のクオリティでサービスを提供できるには、それなりのハードルがあるはずである。殆どの事業計画はこの点を見落としている。ハードルが高いにもかかわらず、勝手に「所与」の条件にカテゴライズしてしまうのだ。私は事業計画を作る時にこの点は相当気を使ってみることにしている。皆さんもくれぐれも「シナジー一本足打法」になっていないか気を付けて欲しい。

④事業構造転換

 新規性が弱く、既存事業との関連性も弱い新規事業のカテゴリを事業構造転換と呼ぶことにする。基本的にこのパターンの新規事業展開を決断する人はよほど事業自体での差別化のアイディアがあるか、既存事業に何らかの問題があり、既存事業から別の事業へのシフトをせざるを得ないなど特殊な事情がある場合であるとしか考えにくいので、このネーミングにした。ハッキリ言って、余り賢い新規事業展開とは思えないので、実行されるケースも少ないであろう。

 このパターンで注意すべきポイントは、③で述べた周辺事業拡大系の新規事業と全く同じである。そもそも、周辺事業拡大系で踏むトラップの代表例である既存事業からのシナジー効果が見込めないのであるから、サービス自体の差別化が出来なければ話にならない。

そのアイディアもないのに、既存事業と全く関連性もなく、先発企業が競争している市場に入っていくというのは、普通に考えればとても良いアイディアとは思い難い。

周辺事業創造と周辺事業拡大の違いを正しく理解する

2回に渡って、新規事業を4つのパターンに分けて、それぞれ検討すべきことを考えてきた。ただ、殆どの場合、実際に発生することが多いのは、②周辺事業創造と③周辺事業拡大のどちらかであろう。①は既存企業の新規事業ではなく、スタートアップの領域であろう。

その前提で話すと、多くの経営者や新規事業の担当者が②と③の区別を深く考えていないことが非常に多いと思う。まず、②と③では事業が立ち上がるスピード感が異なるし、実行に適した体制も異なったりする。また、私が経験した事例では、③だと思って始めた事業において既存企業のオペレーションが想定ほど成熟しておらず実は②であったみたいな事例も存在した。このケースでは、当然事業成長スピードが当初の想定よりも遅くなってしまうため、計画とのGAPが発生してしまいなかなか大変な思いを現場にさせてしまったりした。

もちろん、競争戦略の分析フレームワークというのは世の中に多く存在し、MBAで勉強したり、戦略系コンサルで仕事をした経験のある人は、別のソリューションを持っていると思う。ただ、私が見てきた多くの新規事業の成否を分けるポイントは、この4象限のパターン分けを正しく理解せずに、自分の置かれた立場にあった事業計画を作らなかったか、Executionの体制を構築できなかったかのどちらかでほぼ説明することが出来てしまうように感じる。

そもそも、新規事業というのはすんなり上手くいくようなものではない。どれだけ事前に調査し、考えたとしても、考え切れていないこと、想定外のことが起こるものである。しかし、今回議論したフレームワークは一度判断を誤ると事業計画自体を結構根本から考え直さなければいけなくなるような骨格の部分だと思う。

もし、自分で新規事業を立ち上げるシチュエーションになったら参考にしていただければと思う。