新規事業開発の体制とメンバー

新規事業立ち上げの組織を考える

今回は、新規事業を立ち上げる際の体制の構築について考える。組織体制、人材についても正解はコレという鉄板の法則はなく、メンバーの特徴の組み合わせでひとつのチームを作り上げていかなければいけない。このため、ここではこうやったら上手くいくという法則よりは、私が新しい事業を立ち上げる際に人材面、組織面で気を付けている点を2点ほど紹介して、不必要な失敗をしないための参考にしてもら得ればと思う。それは以下の2点である

  • 小さく産んで大きく育てる
  • 対象事業経験者の採用は慎重に

小さく産んで大きく育てる

まず新規事業の開発において重要だと考えているのは、可能な限り少数精鋭のメンバーから開始するということである。特に重要なのは、中途半端な状態でオペレーションメンバーを増やすことは避けるべきであるということである。

理由は以下の3点である。

  1. 人件費の下方硬直性
  2. Strategy&Executionへの集中
  3. 業務効率の維持

1. 人件費の下方硬直性

日本に限らず一度採用した人材、チームに参加した人員を、何らかの理由でチームから外すというのは、いろいろな意味でネガティブな要素、側面が強い意思決定である。このため、一度チームに加えた人員は中期的にはヘッドカウント分の人件費としてプロジェクトの固定費として計上され続ける前提で考えるべきである。

もちろん、労働法制上、日本よりは、私が唯一海外駐在経験をしたアメリカのカリフォルニア州の方が人材のレイオフなどに対する要件が緩いなどの意見はあるかもしれないが、法律が許しているとしても、実際に人員の削減をした後のチームの士気、モチベーションへの影響などを考えると、気軽に発動してよいカードであるはずもない。

一方で前回述べたように、新規事業開発において事業責任者が気を付けなければいけない最重要ポイントのひとつはコストのコントロールである。事業の売上が計画通りいっていない、もしくは、事業が立ち上がっておらず計画通りに売り上げられるか全く不明確な状況においては、コスト面での柔軟性は極力確保しておきたいので、中期的に確定してしまう固定費はなるべく抱え込みたくないというのが私の意見である。

もちろん、新サービスのシステム開発を自社リソースで行う場合などは、その開発工数はその計画の精度が高いことを前提に(これもなかなか難しいのが現実だが)例外である。しかし、ビジネスサイドの初動段階においては、必要リソースギリギリか、少しリソース不足程度の状況を維持してプロジェクトを進める方がよいと考えている。

不確実性が高い新規事業の推進はワークライフバランスの多少の犠牲はしょうがない?

こういうことをいうと、昭和のオジサンと受け取られてしまうが、新規事業の立上げを行うチームに参加したいという人材には、もちろん労働法制の許される範囲内という前提で、一次的に残業をしてでも事業を成功させたいという業務スタンスは要求したいと個人的には考えている。そもそも、新規事業というのは、何をどうすれば上手くいくのか分からない状態でビジネスをすることが大前提であるので、業務を計画通り、時間通りに行えることを前提とした働き方をすることには無理があると思っている。ワークライフバランスを徹底的に確保したいという人材を中心に新規事業を立ち上げたいという考え方は個人的には賛同出来ないし、もし、そのようなコーポレートカルチャーの企業が新規事業を立ち上げたいと考えるのであれば、人件費に相当に余裕を持たせた初期事業計画にするか、オペレーションに至るまでの期間を通常よりも長くとっておくなどの備えが必要である。私の経験では、残念ながらそのような事業計画を認めてもらえるような優しい会社で仕事をした経験が正直ないが。

2. Strategy&Execution人材への集中

何度か申し上げているように、事業開発はStrategy→Execution→Operationの3つのステップで進んでいくが、最終段階のOperationというのは、Execution段階で確立された成功法則、成功スキームを拡大再生産していくPhaseであると認識している。新規事業の開発というのは、ExecutionのPhaseをやり切れるかが成否を分ける最大のポイントであるというのが私の意見である。

そして、これは厳しい現実であるが、このExecutionをできる人材は残念ながら限られている。Executionというのは、Strategyで考えた仮説を実証実験しながら、仮説通りな点、そうでない点を洗い出し、仮説通りに上手くいかない場合にその問題解決の方法を自分で考えて実行しなければいけない。私の経験上、この一連のプロセスを放っておいても自走して出来る人材というのは非常に少ない。もちろん一人で完璧に自走しなくても良いが、簡単なガイド、ディレクションを与えるだけで、後は自走して走りぬいてくれる能力は可能な限りExecutionに関わるメンバーには期待したい。

Execution Phaseの人材確保の注意点

そのような理解を前提にExecution Phaseまでの人員を確保しようと思うと、次の2つの問題に直面することが多い。一つ目は、Executionをやり切れる能力のあるメンバーだけを集めようと思うと十分な人員数が確保できない。二つ目は、十分な人材を確保できないために多少妥協した人選のメンバーをチームに加えることで事業責任者も含めたExecution能力がある人材のリソースをその能力が十分でない人材のサポートに割かざるを得ない状況になることである。

私は、新規事業を立ち上げようと思ったときにExecution能力が十分なメンバーを必要なだけ確保できるという贅沢な会社で働いた経験がないので、そのようなうらやましい職場があるのかどうかは知らないが、経験上、現実的にはこの二つの問題点は同時に起こることが殆どである。

私の経験が一般的であると仮定した場合、ExecutionのPhaseで人員数を増やすという決断をするということなどのような状況を生み出すのかを考えてみたい。それは一言で言えば、「必要なExecution能力が足りていない人材の比率を高くする」という事である。これはここまでの議論をご理解いただけている方には、問題であることが直ぐに分かるであろう。Execution能力の高い人のリソースがExecutionに注がれるのではなく、人員のサポートに注がれてしまうのだ。普通に考えて、良い状況ではないであろう。

この問題を解決する方法は、Execution能力が高い人にチームをマネジメントする能力が高く備わっており、自身でExecutionする代わりに他のメンバーのリソースをフルに活用して、チームとしてのExecution力を高めるということが考えられる。しかし、これまでいろいろな部下や同僚を見てきた結論として、Execution力が高い人か必ずしも人材マネジメント力があるかというと、可能性として50:50位の確率な気がしている。経験がたりないだけというケースもあるが、Execution能力の高い人材には、個人能力の高さでパフォーマンスするというタイプの人材も結構な確率でいて、必ずしもチームマネジメントが得意でないということも多いのだ。

このように考えると、私がExecutionの段階においては少数精鋭のチームの方がパフォーマンスすると言っている理由がご理解いただけると思う。Execution Phaseにおいて考えるべきは、どのような組織がExecutionの業務を最大化出来るのかという事なのである。

3. 業務効率の維持

Execution人材の考え方で触れた内容とも被るが、新規事業で人員数を増やすタイミングはExecution→Operationに移行するタイミングである。Executionの役割は成功法則の確立であり、Operationの役割は成功法則の拡大再生産である。一般的には、オペレーションが労働集約的な事業であればあるほど、Operationに移行した段階で人員数を拡大させる必要があり、それが出来ないと事業が拡大しないという状況になる。

私が直近で勤務していた人材紹介ビジネスというのは典型的な労働集約的なビジネスであり、一人一人の求職者に相対するキャリアアドバザーといわれる営業人員は現時点では人間が対応せざるを得ない。このため、売上を増やそうと思うと論理的には2つの方法しか考えられない。ひとつは単純にキャリアアドバイザーの人員数を増やすという方法である。人員数を増やして、一人当たりで対応できる求職者の数が一定であるとすれば人員数の増分だけ売上が増えるということになる。もう一つの方法は、キャリアアドバイザー一人当たりで対応出来る求職者の数を増やすという方法である。もしこれが実現すれば、人員数増というコスト拡大をすることなく売上を増やすことが出来るようになるため、売上も利益率も改善するということになる。

オペレーション効率の改善を人材紹介ビジネスを例に話した理由は、この具体例の中に人員拡大するときに注意しなければいけない重要な前提条件が隠されているからである。人員を増やしてオペレーションを拡大するケースで重要な前提条件は「一人当たりで対応出来る求職者の数が一定であれば」というポイントである。キャリアアドバイザーの対応求職者数を増やすケースの前提条件は「キャリアドバイザーの業務効率化の余地が残されている」ということである。

いずれの場合においても、オペレーション拡大において重要なのは、オペレーション業務の成功法則が把握され、それが標準化されたうえで現場に落とし込まれている状態である。前者であればオペレーション業務が標準化されており、人数を増やしても全体の業務効率を落とすことなく一人当たりの業務効率・生産性が落ちないことが必要だし、後者であれば、標準化されたオペレーションが把握されており、それを改善するソリューションが理解、浸透させられるようになっていて初めて、業務の効率化を計画立てて行えるということになる。

業務オペレーションが確立していない段階での人員増は効率悪化の原因

この視点を逆説的に捉えれば、Execution段階で成功法則が発見され、それがオペレーションとして標準化されて浸透していない状況で人員を増やすとほぼ確実に事業の業務効率というのは悪化するという事である。このため、オペレーションの標準化が実施されつつあることが確認出来るまでは、基本的にプロジェクトチームの人員数は増やすべきではないというのが私の基本スタンスである。

もちろん、人材紹介業のように労働集約型ビジネスであるほど人員数増を計画より遅らせれば、事業拡大ペースが計画よりもスローダウンすることになる。しかし、利益に目を向ければ業務効率が悪い状態で無理やり拡大するよりも遥かに健全な状態を維持できるはずである。もし利益サイドの状況を健全に維持できていれば、オペレーション拡大の準備が整った段階でビハインドした分もキャッチアップするために人員増ペースを上げればよいし、事前にそのような準備をしておけばよいということになる。

対象事業経験者の採用は慎重に

個人的には、外資系の企業にそのような発想が多い気がするが、特に新規性の低いビジネスを新規事業として立ち上げる周辺事業拡大型の新規事業であると、既存の競合からその事業のノウハウを持つ人材を引き抜いてくれば上手くいくと短絡的に考える人が結構な割合で存在する。

もちろん、その業界特有の商慣習であるとか、事業特性を理解することは、新しい事業を立ち上げるうえで有用な情報であることも多いので、同一事業の経験者がチームにいることのメリットも十分に理解できる。ただ、個人的には、そのような「知識」については、人材採用が唯一の解決策の選択肢であるとは思っていないので、そのようなメリットを得るために、拙速に競合等から人材を引き抜いて、チームを構成するという考え方には必ずしも賛同しない。

対象事業経験者採用の注意点3点

第1の理由は、いくら同じ業種の事業であったとしても、出来上がった事業をオペレーションすることと、事業を立上げるためにStrategyを作り、それをExecutionする事とは必要なスキルの種類が全く異なるからである。先に述べた通り、Executionスキルのある人材というのは非常に希少性が高いため、競合事業の経験者の採用に固執してオペレーションタイプの人材をつかむことのないようにしなければならない。

第2の理由は、同じ事業に関わっていたからといって、同一事業を先行者として拡大していくことと、後発者としてキャッチアップしていくことでは、戦略やオペレーションに大きな違いがあるはずだからである。例えば、楽天市場のようなECモールビジネスやモバイルアプリゲーム、人材紹介業など、これまで経験してきた企業の主要事業については、退職当時は相当コアなロジックまで理解していた自信があるが、私がその時点で別の会社で同じビジネスを立ち上げてくれと言われたら、よほど既存事業とのシナジーであるとか、勝ち筋が見えるロジックがない限り断っていると思う。

なぜなら、私のいた会社はその業界ではNo.1-2のポジションにいるような会社であったため、既存企業の強みであるとか、模倣することの難しさなどを身に染みて理解しているからである(もちろん、在職当時はそのような状態に持っていくことが自分に課された責務なので、そうなるように努力していたということもあるが)。このように考えれば、私は業界の成功企業での経験を活かして、後発企業へ転職するという決断はよほど既存の成功企業に実は問題があるという場合を除いては、上手くいかないか、現職企業のコアな成功ロジックを理解できていないかのどちらかであると考えている。このため、同じ事業を後発で立ち上げるということでポジションを提示されて、転職してくるような人材については、採用段階でよほど正しくスクリーニングしないとリスクが高いと個人的には思っている。

第3の理由は、もし既存競合の経験者が厳しいスクリーニングを乗り越えて採用できたとすると、入社後どうしてもその人物の意見に組織全体が引っ張られがちになってしまう可能性が高いことである。もちろんのその人材が超優秀で、全幅の信頼がおけるのであれば、問題ないのであるが、事業理解は非常に高いが、そこまでの人材でない場合、非常に組織のマネジメントが難しくなるという弊害が生じることになる。

思いつく主な理由はこんな感じであるが、個人的には新規事業のExecution Phaseまでは業界知識のようなナレッジを重視するのではなく、Executionというスキルで人員をスクリーニングすることの方が成功する確率が高まると考えている。特定のナレッジについては採用という形ではなく、コンサル、業務委託などのテンポラリーに採用出来る人材に委託するほうが、中長期的なリスクのコントロールがしやすい。

Execution効率最大化を実現する組織作りを!

新規事業開発の組織作りというのは、既存事業からどれだけ良い人を引っ張ってこられるかみたいなところが勝負になることが多いが、現実的には直近の売上利益と将来の不確実性の高い売上利益との相対比較となるとどうしても新規事業側の分が悪くなる。このため、人数を優先して体制を作ろうとしてしまうと、人数は予定通りいるが、メンバーのサポートにリソースが取られてパフォーマンスしないという状況に陥ることが多いと思う。そうなってしまうと、コストと推進力のバランスが崩れてしまうので、結果的にPLを痛めてしまうリスクがどうしても高くなってしまう。

そのような状況にならないように、私としては自分や、信頼できるNo.2的な立場の人間でサポートできる範囲の少数精鋭のメンバーで勇気をもって進めてみることをお勧めする。ExecutionとOperationは別のものであることを正しく認識して、適切なプロジェクト推進体制を構築していただくのが、新規事業成功への近道であると思う。