正しい自己分析と課題の優先順位付け

自社のマーケティングのレベル感を理解できていない会社が多い

私は酷い人見知りで、知らない人に自分から話しかけるということが非常に苦手な性格なので、基本業界団体の集まりとか、異業種交流会とか、ネットワークを広げるような場に参加することを25年の社会人人生で殆ど行ってこなかったし、逃げ回ってきた。実はそれは、これまでマーケティングという自分からものを売るのではなく、お金を払ってサービスを買うという立場をずっと続けられてきたから出来たことであり、自分でその様な会社・ポジションを選んできたという背景もあり、特に不自由なくサラリーマンをしてきた感じである。しかし、50歳を前にして無謀にも独立してみると、そもそも自分でお客さんを見つけないとお金が稼げないという現実に直面し(別に凄く困っている分けではないが)、これまで逃げ続けてきた、自分の会社外の人と積極的にお付き合いをして、ネットワークを広げないといけないなと少しだけ思うようになってきた。

という理由もあって、先日とあるマーケターばかり200人集まるイベントに参加して、2日間に渡り100人近くの企業マーケターやマーケティングサービスの提供事業者の方とお話する機会があったのだが、そこで大小様々な規模の会社のマーケターと話しながら改めて思ったことを今回は議論したいと思う。

それは、「自分の置かれている状況を正しく理解する」ことの重要性についてである。

相変わらず、物凄く当然のことを言い出したと思われるかもしれないが、今回いろいろな事業会社のマーケターの方と話していて、この当然重要だと思っている話を、正しく実行する事が意外と難しいということが理解できた。話を聞いて私が感じた理由の主なものは、下記のような感じである。

  • 自分の会社に関する情報しか持っていない
  • 社内に専門性の高いマーケターがおらす、そもそもどのように自己評価してよいかが分からない
  • スキルの低いマーケターを教育する仕組みが社内になく、社内でも孤立している

自分の会社に関する情報しか持っていない

まず、私がもっとも多く耳にしたのは、自己を正しく評価するための相対的な評価軸が存在していないという状況に陥っている企業が相当多いということである。これは、問題意識を持って外部の情報を入手する方法を考えないと、日々の業務の中で得られるデータは基本自社のもののみなので、自動的にこの状況に陥る。もちろん、それぞれの事業会社は営業機密の関係で外部の方とすべてのデータを共有する事は出来ないため、外部の会社の詳細な情報を入手することは出来ないが、工夫次第では自社と他社の状況を相対的に比較し、自分の現在の立ち位置を確認することは可能である。幸い、私がお話しした方々はこの点に問題意識を持ち勉強に来られた方がほとんどであったと思うが、意図的にそのような機会を創出することは重要であるとあたらめて感じた。

社内に専門性の高いマーケターがおらす、そもそもどのように自己評価してよいかが分からない

勉強熱心であったり、ネットワーキング好きなマーケターだったり、理由は様々だが、 情報の重要性は理解して一所懸命情報収集して、実は相対的に自己評価する情報は持っているのに、自社の立ち位置が理解出来ていなさそうな会社も結構な割合でいることが分かった。その様な会社のマーケターと話していて分かるのは、多くの場合、残念ながら情報が宝の持ち腐れになってしまっていて、その情報を正しく活用して自己診断を行えるスキルがないと思われるケースが多いように感じるということである。自分・自社にスキルが足りないことが分かっているから、情報収集の場に参加して、勉強しようとしているのであるが、大抵の場合、その様な場で共有される美しい成功事例と自社の現状の間にどのような差異があるのかを理解できず、自分たちのレベルが低いという事実以上の自己評価が出来ない状態で立ち止まってしまっているように話をしていて感じた。

スキルの低いマーケターを教育する仕組みが社内になく、社内でも孤立している

社内にスキルの高いマーケターがいないことに起因するのであるが、より根本的な問題は、そもそもスキルの高いマーケターがいないだけでなく、その状況を改善するためのマーケター育成の仕組みも存在しないため、情報があっても自己評価出来ない状況が完全に固定化してしまっているケースも多く見受けられる。典型的な例が、「普段は営業をしているが、マーケティングもしなければいけないという話になり上司に指名されて、営業と兼務しながらマーケティングも担当している。」みたいなパターンで、話を聞く限り、おそらく社内で〇〇さんにマーケティングをお願いしていると丸投げされたうえに、誰も助けてもくれず、孤立していそうな雰囲気なかたに、それなりの数お会いした。

正しい自己評価が施策の優先順位付けを正しく行うスタートライン

いずれのケースにおいても、「自分の立ち位置」が分からないと、例えば外部のカンファレンスで発表されているような成功事例の華やかな話ばかり聞かされると、「あれも出来ていない、これも出来ていない」という感じで、自分が出来ていない事ばかりが目についてばかりで、自信をどんどん失っていくということになってしまう。

しかし、よくよく話してみると、例えば、リアル商品をリテール経由で販売しているメーカーのマーケターの人と話していて、デジタルマーケティングの効果検証が出来ていないから自分たちは全然出来ていないみたいな悩みを聞かされたりする。そのリアクションとして、私から「いやいや、それは御社は確かにマーケティングのスキルレベルに改善する余地は大きくあるかもしれないが、いま仰った悩みは、マーケティングで有名な外資系のグローバル企業だって出来ずに悩んでいるんですよ!」と返答したりすると、暗かった顔が一気に明るく、勇気づけられたように変化したりするのである。

この事例で分かることは、そもそも現在の技術で実現可能なことと、自分たちのスキルが低くて実現できていないことの切り分けが出来ていないことが仕分け出来ていないという事である。これが出来ないと、そもそも技術的に不可能なことまで自分たちがちゃんとで出来ていないと不要な自信喪失状態に陥ってしまい、現状の何が問題で、どこから手を付けると現状から右肩上がりに改善していけるのかが分からなくなってしまうのである。

自分の立ち位置を理解できるマーケティング体制整備と情報収集

という悲しい話にならないために、「自分の現状の立ち位置を正しく理解する」ための阻害要因をどのように排除していくのかを考えてみたいと思う。

まず、大前提として、マーケティングのスキルと知識が足りていないのであれば、外部のコンサルティングでも良いし、広告代理店でも良いし、先生役になってくれる人を探すというのが大前提である。何度も申し上げているが、マーケティングという専門性の高い領域の業務を独力で身に着けられる(それはなんとなく出来るではなく、トップレベルのパフォーマンスを出すという意味で)と考えるのは、非常に成功確率の低い選択であると言わなければならない。私の感覚では、1/30~1/20程度の確率である。これを避けるためには「教えなければ人は育たない」でも述べたように、OJTでマーケティング業務を整える方法を考えなければいけない。この文章を読まれている方が、マーケティング組織を構築する責任を持つマネジメントの方であれば、現場で孤立している社員を育成する環境を作ることは当然の義務であるし、現場で苦しんでいる現場の方であれば率直に一人では限界であることを告白すべきだと思う(後者については、人間関係にもよるので、個々で判断してもらいたいが)。

個人的には、特にコンシューマー向けのビジネスを拡大するにあたって、マーケティングの機能が一定以上のレベルで社内に存在しないことはリスクでしかないと思うので、営業マンを一人減らしてでもミドルマネジメント/プレイングマネージャーレベルで良い人材を採用すべきだと考えるが、最初から1人月分の業務量が出せないというのであれば、骨格作りの間だけ、外部の経験者のサポートを得ることなどを考えてみても良いと思う。いずれにしろ、社内に自社のマーケティングの現状と課題を分析できるだけののスキルと知識を持たないと、どの方向に進んでいけば良いのかの認識が出来ないので、コストをある程度捻出してでも、環境の整備は行うべきであると考える。

この環境が出来たら、いよいよ外部からの情報収集と、その情報と自社の現状を比較することによって、自社の立ち位置を把握するステップへと進む。ただ、注意しなければいけないのは、外部の話を聞きに行く前に絶対に行わなければいけないのは、自社のマーケティングにおける課題の深堀分析である。「売上が目標に達していないのであれば、それは認知度が足りないのか、商品・サービスの理解の浸透が足りないのか、購入・利用を後押しする販促が足りないのか?」のようなFull Funnel的な視点で考えたり、一歩進んで、「認知が足りないことは分かっているので、認知向上の施策を行ってみたが、その費用対効果が把握出来ずに困っている。少なくても売上の推移を見る限り効果があるようには思えない。今のまま続けていてもよいのか?」みたいな具体的に現状行っていることに関する疑念であったり、問題・課題だと思っていることは思いつく限り書き出してみるのが良いと思う。このアウトプットの作業は、自分が考えていることを視える化して、整理するために非常に重要な準備である。

ここまで準備が出来たら、満を持して外に目を向けてみよう。事前に準備した課題リストは、例えば、多くのセッションがあるようなカンファレンスであれば、自分の課題の答えが見つかりそうなセッションを選択するのでもよいし、ネットワーキングの場であれば、会話する相手に質問するリストとして活用してみるのでもよい。

この3ステップを正しく行えば、少しずつ自分、自社の課題が鮮明になり、それを解決するためのヒントをもらうこと、もしくは自分がダメなのではなく、現時点のテクニカルな限界であることを理解して、他の課題の解決にリソースを割くことが正しい優先順位付けであると理解できるようになるであろう。

普段の業務の中で外部情報を収集するアイディア

参考までにここで私のこれまでの現場での実践法、つまり、どのような方法で、外部の情報を入手していたかをいくつか紹介してみたい。

一つ目は、結構誰にでも出来る方法であるが、中途採用の面接の場を使うことにしている。採用したいポジションに関する課題について、面接を受けに来た人とディスカッションをするのである。もちろん面接なので、第1の目的は面接相手のスキルの把握であるが、自社が抱えている問題に対するソリューションの提案内容などを聞き比べて、「業界でトップクラスの代理店でも、実はこのレベルのことに同様に悩んでいるのか?」とか「マーケティングのトップ企業であると世の中で認識されている〇〇という会社でも、この課題の答えは持っていないいんだ」とか面接相手のキャリアとその受け答えの内容から、自社の課題が世の中的に解決済みの話なのか、または、マーケティングのトップ企業でも同じく抱えている課題なのかが分かったりする。

二つ目の方法は、王道ではあるが、外部の代理店やGlobalのメディア企業の担当者と現状の課題をディスカッションして、彼らの最新の情報をフィードバックとして入手するという方法である。このプロセスにおいても、1つ目の面接の話で得られる情報と同様、自分たちの課題について情報が集積している企業において解決済みの課題なのか、継続的に模索している課題なのかの分類が出来るようになる。

この2つの方法で良い成果を出すためには、事前準備で触れた、自社の課題の洗い出しと整理が必須であることはお判りいただけるであろう。自己の課題をどれだけクリアに把握し、それがなぜ課題となっているのかの背景まで理解したうえで、ディスカッションの相手と話すことによって、モヤっとした返答ではなく、自己の課題に対する明確な返答を得ることができ、自分の立ち位置も分かるという分けである。逆に言えば、深く考えていない、「なんか最近集客量が減っちゃって困っているんですよね・・・」のような、何の分析も加えられていないような課題認識では、まともな情報は得られないと考えたほうがよい。

三つ目方法は、部下がいる場合は、部下に積極的に外部の情報収集の機会を提供し、そのリターンとして、上司向けでなく他のチームメンバー向けの意味も含めてレポートを書かせて、カンファレンスなどにいかなくても情報が集まってくるようにする仕組みを作ることである。特に、ある程度の組織をマネジメントするポジションになると、1日とか半日とかをつぶして外部のカンファレンスに行ったりするのは効率が悪かったりするので、組織の仕組みとして外部情報の収集メソッドを確立出来ると、自分自身のUpdateを継続するのに大いに役立つ。

自社の課題を世の中の成功事例と比較して整理する

このように、深い自己の課題分析と外部情報の収集を組み合わせられると、自社の課題リストを次のように整理することが出来る。

①短期的に解決すべき課題

世の中的に解決方法が提示されており、自社で実践されていない課題である。つまり、他社の事例を正しく模倣出来れば解決できる可能性が高い課題である。短期的に成果が出やすい可能性が高いので、この象限に含まれる課題はROIの期待値順に並べ替えて順番に課題解決に取り組むべきである。

②PDCAによる精度向上

世の中、自社の双方で大きな課題として認識されていないということなので、オペレーション精度の向上に焦点が当たる領域であるといえる。ただ、皆さんご存じのように、PDACの高速回転こそが中長期的な自社の強みの源泉であるため、この領域を間違っても軽視してはいけない。

③発見されていない課題

世の中的に解決されていない課題と認識されていて、自社で問題になっていないのであれば、それは自社の課題洗い出しが不十分か、まだその課題にぶつかるレベルまで到達していないかのどちらかである可能性が高い。稀に、奇跡的に無意識に解決できているということもあるかもしれないが、本当に稀だと思う。課題として認識されると、④に自動的に移動する

④長期的に解決すべき課題

世の中的にも解決方法が定まっていない課題であるため、①の課題が山積しているのであれば、ひとまずは棚ざらしにしておいて、優先順位を下げておくべき課題である。ここにチャレンジすることに大きなリソースを割いてよいのは、①のリストが一掃され、②に特化出来ている企業である。

このように整理が出来ると、例えば以前例示した「リテール流通中心のメーカーが自社のデジタル広告と商品売上の関連性が把握できない」という悩みは、私の認識では④に分類されるため、この点で悩んだり、自信を喪失する必要は必ずしもないということがお判りいただけるのではないか。

それよりも、このような企業のマーケターは、同種のリテール商材メーカーのトップマーケティング企業がかつて①でどのような課題にぶつかり、現状で解決して②のPDCAサイクルを回しているのかまずは必死に学んで実践する方が圧倒的に効率が良いということになる。

このBlogにおいて、私はデジタルマーケティングの成功法則の大前提はPDCAの高速回転であると繰り返し申し上げていて、その考えを変えるつもりは全くないのであるが、この手法のおそらく最大の問題点は、本当にそれだけをやり過ぎてしまうと、思考がどんどんミクロになってしまい、俯瞰的な視点で自社の課題を見られなくなるという事である。

ビジネス用語ではベストプラクティスといい、日本の古典芸能では守破離というが、そもそも成功している人のマネをすることは、成功への近道であることは間違いないので、人の苦労は上手く利用するのがいいと思っている。それを上手に行うためには、まず自己を知り、世の中の先達の苦労を学び、自分に上手く転用することが何よりも大切である。それを上手に行うためには、今回ご提案した4象限に自社の抱える課題を一度整理してみるのは有効だと思う。そして、実践するためには、内に内に深堀する思考をたまには解放して、外に目を向けてみることも重要である。個人的には内9:外1位のバランスで良いと思うが、この1の余地を残しておくことは非常に重要である。

そんな気付きを一気に100人位のマーケターと2日間で一気に話をするという機会から得られたのは、私にとっての大きな収穫であった。