マルチローカル VS グローバル組織
前回はモバイルアプリゲームという、ある意味最も海外展開するハードルが低いケースを想定して、マーケティングチームをどのように海外展開していくのかという話をした。ただ、繰り返すがモバイルアプリゲームというのは、プラットフォーマーが集客以外はほぼ海外展開環境を整えてくれるので、マーケティングは寧ろ面倒な方で、それ以外はプロダクトのローカライズ以外は殆どビジネス上の準備が必要ないという、相当特殊なケースであると思うので、もう少し一般的にどのビジネスでも発生しそうな話題について話そうと思う。それは、マーケティングチームをどのようなときにグローバルマネジメントして、どのようなときにマルチローカルで進めるのがよいのかという話である。
この話をする良い例が、なぜ私が大手ゲーム会社時代にグローバルのマーケティングの体制を作る必要性に迫られたのかという話をすると、理解がしやすいと思うので、その話からしたいと思う。
ゲームビジネスのパッケージビジネスから運用型サービス業への転換
大手ゲーム会社において、私がマーケティングの責任者になったときの大きなミッションが、マルチローカルだったマーケティングチームのグローバル化であった。では、なぜそれ以前はマルチローカルでよく、2015年ごろにグローバル体制に変更する必要性に迫られたのだろうか?その背景には、ゲームビジネスのある変化が存在する。それは、ゲームビジネスのライブオペレーション化の進展である。一般的かは分からないが、その会社では運用開発と読んでいた。そもそも運用開発とはどういうものであろうか?ゲームビジネス業界でFree to Play(F2P)と呼ばれる無料で遊べて、必要に応じでゲーム内で後日課金をしてもらって収益を得るという形のビジネスモデルが本格化したのは2010年前後である。切っ掛けはFacebookのゲームコンテンツで、それに続いてDeNAのモバゲーがフィーチャーフォン(いわゆる、ガラケー)でのブラウザ型のF2Pのプラットフォームを作り大成功した。それ以前のゲームというのは、一部のPCゲームはそうでないケースもあったが、大半はゲームソフトの購入時にお金を払い、それ以降はただで遊び続けられるという買い切り型のビジネスであった。ゲームソフトが販売される流通形態も家電量販店やゲームショップなどのリテールが殆どであった。
それが、F2P型のビジネスになって変わったことは大きく2つである。ひとつは、流通形態がBtoCのダイレクトモデルに変わったことである。それまでは、Upper&Middle Funnel系の施策をメーカーのマーケチームが、リテールの販促系を営業とディストリビューター(卸)やリテールが行うというのが一般的だったマーケティングの体制が、いきなりメーカーのマーケティングチームが自社で顧客獲得をしなければいけないモデルに変わってしまった。もう一つの大きな変化が、ビジネスモデルが初期投資型の買い切りモデルではなく、後課金型に変わったことで、これまでほぼ全精力がつぎ込まれていた顧客獲得以外に、継続的にゲームを遊んでもらうためのマーケティングやゲームのオペレーションをしなければいけなくなった事であった。ゲームを遊び始めてから課金をしてもらうためには、当然そのゲームを遊び続けてもらっていることが大前提である。まさか、無料でインストールして面白くなくてやめてしまったゲームにお金だけ突然支払いに戻ってくるなどという奇特なユーザーはほぼ期待できないからである。
この2つの変化は、ゲーム会社のビジネスの進め方を根本的に変えてしまった。F2P以前のゲーム制作現場、特に日系のゲーム会社においては、基本的に制作現場のクリエーター手動で商品開発が行われていたという傾向が強かった。極端な話でいえば、プロデューサーが中心となって商品を企画し社内の制作会議的な場で企画を通して、予算をつける。ゲームが完成に近づき、発売のタイミングが見えてくるとプロデューサーが営業とマーケの担当者を呼び出して、このくらいの予算でこういうタイトルを作った。〇万本売らないと利益が出ないから売る方法を考えてプランをもってこい。みたいな状態であった。まあ、一番悲惨なケースを書いたが、私から見れば、ゲームの企画段階からマーケや営業が入っていないで制作サイドが作りたいものを決めている状態というだけで、ハッキリ言って程度の差くらいの話で、どのケースもこんな印象であった。もちろん、それで予想以上に売れるヒットタイトルもあれば、投資回収が出来ないタイトルも出てくる。しかし、ゲーム業界というのは、ヒットタイトルが出た時のROIは何百%とかではなく、何千~何万%ということもある当たり外れが極端なビジネスであったため、ある程度数を出して、そのうち何本かに一本が爆発的に大ヒットすればよいという昔ながらの体質がまだ残っている感じであった。この売り切り型のビジネスモデルにおいて、制作現場の最大のミッションは販売数を最大化できる商品を開発する事である。つまり、先ほどの例ではないが、極論ゲームを作り切って、発売してしまえば仕事は終わりである。私の時代にはそういうことはなかったが、昔の制作現場の話を聞くと、納品直前は何週間も会社に泊まり込んで開発して、納品したら1か月くらい代休みたいなこともそれなりにあったという話も武勇伝的によく聞いた。
しかし、F2P型になると状況が一変する。ゲームの開発を終え市場に出すというのは、開発の完了ではなく、サービスの開始を意味する。なぜなら、ゲームを遊び続けてもらうことで始めて収益が得られるからである。つまり、ゲームビジネスというのは、それ以前はパッケージソフトという商品の販売業であったものが、ゲーム体験を提供するサービス業へと変わってしまったのである。
F2P型ビジネスのグローバル化は運営開発のグローバル化
F2Pビジネスにおいて重要なKPIは、継続率と課金率と課金単価である。ゲームをローンチして、サービスが開発されると、データアナリストはユーザーの行動履歴を分析しながら、これらのKPIをどう改善していくのかを分析して制作チームにレポートする。ゲーム制作チームは、そのレポートで提示された課題や、強化ポイントを解決するためにゲームの改修を進める。このPDCAのサイクルがサービス開始以降、永遠に繰り返されることになるのである。これが、最初に話したライブオペレーション/運営開発である。
マーケティングのグローバル化の話のはずが、ゲームビジネスの歴史の話になってしまったが、実はこの変化がゲーム会社のマーケティングのグローバル化と深く関係している。
パッケージの売り切りモデルであったときは、実はマーケティングも商品発売前に大筋の情報出しの内容とスケジュールなどを各販売拠点で擦り合わせてしまい、マーケティングに使えるクリエイティブの基本モジュール的なものを揃えてしまえば、あとはマルチローカルに実施をする事で大きな問題がなかった。なぜなら、商品はすでに固まっていて基本的には変わらないので、決まったものを決まったスケジュールで目標に届くように製造、販売すれば済むことであったからである。
しかし、F2Pモデルの運営開発型サービスになると、それでは話がすまなくなる。今提供サービスのKPI状況はどのようになっていて、問題が新規顧客が足りないのか、既存顧客の離脱が多いのか、もしくは、顧客の課金単価が悪いのかなど、日々変化する状況に応じたマーケティング活動をグローバルで行わなければならなくなったのである。当然、制作チームとマーケティングチームは日々コミュニケーションをとり、同じKPIを見ながら、双方でアイディアを出し合って、ゲームの改善活動を行う。ゲームの運営は基本的にGlobal共通で進んでいくので、マーケティングもグローバルで連動させなければならないのである。
マーケティングの組織体制は事業の運営モデルに依存する
ここまでくると、本題の結論も見えてくるであろう。F2Pの運営開発型のビジネスモデルにおいてグローバル展開をしようと思うと、マーケティング部門もマルチローカルでは対応できないのである。これが、私がマーケティングの責任者に就任時に直面していた課題である。
マネジメントの観点でいうとマルチローカル型の方が負担も少なく簡単である。マルチローカルの場合は、各拠点にマーケティングスキルとマネジメント力があるマーケティングの責任者を確保することができ(日系企業の場合、実はここにハードルがあるケースが多い気がするが)、拠点間で連携が必要な最低限のコミュニケーションさえ出来てしまえば、あとはローカル毎に業務を進めれば問題はないはずである。おそらく、外資系の消費財メーカーなどはマーケティングのナレッジの共有や会社全体のマーケティングの基本方針などはあるかもしれないが、私の予想ではマルチローカル型のマネジメントで十分ビジネスは成功すると思う。
一方、マルチローカルの利点は、間違いなくそのローカルの市場にあったマーケティングが出来ることである。事業規模が多くくなり、その市場に特化したニーズを拾い上げることによる事業拡大の方が、ローカルのマーケティングチームを作ることによるコスト増よりも大きいと判断が出来るのであればマルチローカルで事業を拡大していくことがよいと思われる。外資系のメーカーなどが日本に拠点を置きローカルのチームをおいている理由も、比較的市場規模が大きいわりに、ニーズが特殊で、ローカルのメーカーと競争も激しいため、ローカルで対応しないと勝ち抜けないし、市場を逃してしまうと考えているからであろう。
これに対して、モバイルゲームビジネスのように、商品、サービスがグローバルで統一的に運用されているケースなどでは、マーケティングも必然的にグローバル対応をせざるを得ない。モバイルゲームがグローバル展開しやすい基盤を作ってくれているAppleのApp StoreやGoogleのGoogle Playのチームなどは完全にそのような対応だと思う。前回述べたように、デジタル中心のマーケティングで事業拡大できるビジネスである場合は、海外展開開始当初はなるべく少ない拠点で一元管理する方がおそらく現実的であろう。私の経験上、グローバルマーケティング型のマーケティング組織で余り拠点数を増やしすぎて本社で一括マネジメントしようとすると、コミュニケーションのマネジメントだけで相当リソースを使って、なかなか本質的なマーケティングに時間を使えなくなってしまう。単純に海外との打ち合わせをすることを考えても、労働時間長くなってしまうので(前々職では現場のメンバーに非常に申し訳ないと思っていた)、危険である。もちろん、マルチローカル型の利点である、ローカル市場の理解が高まる方がきめ細やかなマーケティングもできるようになるだろう。しかし、リソースが潤沢でない状況においては、まずシンプルなオペレーションをきちんと回せるようになることを主眼においてオペレーションを構築することをおすすめしたい。
現実的に、日本企業においては、すべてのコミュニケーションを英語にするというわけには行かないことが殆どであるため、グローバルマーケティング体制を無理に急拡大すると、必ずどこかにコミュニケーションのしわ寄せがいくことが多い。外資系の企業や楽天のように英語でコミュニケーションすることを前提にしてしまえばこの問題は解決するのであるが、ハッキリ言って多くの会社では短期的には現実味がないと思う。現実を見ながら、徐々にローカル体制を強化していくことで済むのであれば、無理なくグローバルでのマーケティングのクオリティを上げていくことが出来ると思う。