「P]「D」「C]「A」のどれが重要?
おそらく「綿密な計画」という言葉を聞いて、ビジネスの世界で否定的な捉え方をする人は少ないのではないかと思う。しかし、デジタル化が急速に進展する現代のマーケティングの環境において、私はあえてこの「綿密な計画」という言葉を肯定的な言葉と捉えないというスタンスを取りたいと考えている。その最大の理由は、前項で議論した「小さな失敗を、早く、意図を持って行う」と大きく関係するのだが、この点は私が伝統的マーケティングと呼ぶ(この議論は別の項で詳細に議論する)手法との大きく異なるポイントであると考えているため、少し深く議論をしたいと思う。
議論のポイントは、ここまでの嫌になるほど繰り返しているPDCAのプロセスのうち、「P」「D」「C」「A」のどの項目を重視してプロセスを回していくのかということであると考えている。
これまで述べてきたように、私は現在のマーケティングの環境における最も重要な成功の法則はPDCAの高速回転であると考えている。そして、このPDCAの高速回転を実現するために最も重要なことは、PDCAのプロセス一つ一つを如何に時間をかけずに、スピーディーに回していくのかということである。そして、私の経験上、多くの場合4つの要素の中で、一番時間をかけがちなのがPの部分であると考えているのである。
その理由は、デジタル化される前後でのマーケティングのおかれている環境の違いに起因していると私は考えている。例えば消費財メーカーで自分がブランドマネージャーであったと仮定しよう。ブランドマネージャーはまず、担当商品とそのユーザー、競合商品とそのユーザーなどの綿密なリサーチをして、自分のブランド・商品が置かれている状況の分析を行う。そして、競合商品との差別化の機軸を見出し、それを商品の改善につなげ、リニューアルされた商品を作り、それを訴求する広告クリエイティブを作り、大規模な予算をかけて広告投資を行う。しかし、例えば大規模なTVCMの配信をしたとして、その広告と実際の商品売上の正確なトラッキングは出来ず、出来ることといえば、認知度調査と、購入者に何を見て購入しましたかというリサーチをして、その結果をもとに自分の仮説があっていたかどうか検証するという感じなのではないだろうか(間違っていたらごめんなさい。フィジカルプロダクトのマーケってゲームソフトのパッケージ商品くらいしかしたことないので・・)。
仮にこのようなプロセスがあたっているとして、ブランドマネージャーが使っている時間と重視しているプロセスがPDCAのどこにあるのかと言えば、私は間違いなく「P]であると思う。このため、私は大学院時代以降、あまり真面目に勉強したことはないが、いわゆる多くのマーケティングの教科書的なものでは、一生懸命に「P」の精度を上げるための手法の解説に議論が割かれて来たのではないかと考えている。但し、私が20年以上デジタルビジネスの世界で仕事をしてきて、自分の時間を何に費やしてきたかといえば、新規事業の立上げのような場合を除いて、圧倒的にDCAに割く時間の方が多かったし、Pに過剰な時間をかけることは、PDCAサイクルの回転スピードを下げる悪であると捉えてきた。
計画よりもまずは試してみる
なぜ、デジタル化された環境において、PよりもDCAのプロセスが重視されるようになったのだろうか?その答えは明確である、デジタル化される前よりも、圧倒的に高い精度でDCAのプロセスを計測、トラッキングすることができるようになったからである。
さらに、重要なことは、オフライン環境と比較して、マーケティングのテストをするコストが圧倒的に低くなっている。つまり、小さく失敗することができる環境が劇的に整備されているのである。
この点は、より明確にイメージできるように具体的に説明したい。一番分かりやすいのは、自社の商品、ブランドを訴求するための訴求点の選定プロセスである。例えばTVCMをやろうと思うとおそらくどんなに安く作っても、一つの広告クリエイティブを作るのに最低でも500万円前後の費用がかかり、大手企業の消費財ともなれば、質の高クリエイティブを作るだけでなく、タレントの契約もしましょうということが追加されたりすると、一連の広告クリエイティブを作るのに5000万円~1億円などということもあり得る話である。そのような費用がかかるのであれば、訴求ポイントを10個試しましょうなどという発想が起こらないのは、合理的に当然の帰結であると考える。このため、事前にリサーチをして、分析をして、正しいと思われる訴求点を絞り込むという計画のプロセスを重視せざるを得ない。
一方デジタル広告でいえば、訴求点の候補が10個あり、どれがいいのか迷ったとしたら、例えば広告のバナーを10種類作れば良いだけである。バナー一つ高くて1万円だとして、10個で10万円である。そのバナーを回す費用が20万円だとして、30万円もあれば、どの訴求点が良くて、実際に商品の購入やサービスの利用に繋がるかなどの実際のデータが取れてしまうのである。この費用は、おそらく伝統的な手法で、ユーザーへのリサーチを行う費用よりも安いくらいなのではないだろうか。その費用で、リサーチの結果だけでなく、実際のユーザーの反響のテスト結果まで取れてしまうのである。
ここまでくると、私がPに時間をかける「綿密な計画」を必ずしも良いと捉えず、否定的に捉えている理由がお判りいただけると思う。デジタルの環境においては、計画に時間をかけるのではなく、まず試してみるという姿勢が重要であるし、それを実現する環境が整っているのである。
私は計画というプロセスをあえて悪意のある言葉で定義すると、「やれば結果が分かることを不正確・もしくは部分的な情報をもとに予測しようとする行為」であると考えている。このため、これまで開発されてきた多くのマーケティングのフレームワークや統計分析の手法というのは、この不正確かつ部分的な情報をもとに、いかに正解に近い結果を導き出すかということに焦点を絞ってきたのだと考えている。
しかし、本項で述べてきたようにデジタル化の進展で環境は変わってしまったのだ。私は実はマーケティングの活動をするにあたって、極力リサーチという手法を取らないことにしている。そのことに対して、稀にユーザーの理解が足りない、顧客を理解しようとする姿勢が足りないというような指摘を受けることがある。もちろんリサーチにも一定の価値はあるし、答え合わせ的に状況を理解するメリットがあることは理解しているが、個人的には、日々のマーケティング活動のPDCAのプロセスを綿密に見続け、自分のチームが実施したアクションに対するリアクションを見続けることの方が遥かに精度高く顧客の理解や状況を把握するのに役立つと考えている。
もちろん、いいかげんに試してみるという姿勢は問題外で、前項で議論した「意図を持って」の基準をクリアするのは大前提であるが、逆に言えば、Pのプロセスは、この基準をクリアできるレベルの時間のかけ方で十分であり、やってみれば分かることの予測精度を上げるために余計な時間を使うことはPDCAの回転スピードを下げる結果になる可能性があることをマネジメントは理解すべきである。
自分のチームがPに時間を使いすぎていないか、是非見直してみてもらいたい。
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