良いところ取りでは成長しない

効率的に成功法則を見つけたいという間違った欲求

Cherry Pickという言葉を知っているだろうか?

「自分の気に入ったものだけをつまみ食いする

〔品物などを〕入念に[用心深く]選ぶ、

えり好みして買う

バーゲン品ばかりをあさる」

出典:英辞郎

辞書を調べると、こう書いてある。いわゆる「良いとこ取り」みたいな話だと思う。

私はよくある、「明日からできる簡単〇個の習慣」とか「〇を覚えれば効率が10倍アップする」みたいな何かを覚えればすぐに上手くいく的なノウハウ本みたいなものが大嫌いである。世の中そんな簡単で、おいしい話はないと思っている。このようなノウハウ本を一生懸命読んでいる人って、たぶん常に簡単に=効率的に上手くいく方法を探していて、何か自分で実践できそうで、楽そうな方法が見つかったら「これだ!」と飛びついて、なんとなく実践してみて、そんな簡単に上手くいかず、次のよさそうなヒントを探しに行くのではないだろうか。これは、完全にCherry Pickな状態である。

私は、社会人人生で、多くの人と一緒に仕事をしてきたが、はっきり言ってこのCherry Pick系の人で成功している人に殆ど会った記憶がない。たぶんゼロだと思う。では、ビジネスでパフォーマンスを上げる人と、Cherry Pick系の人で何に差が出るのだろうか?あまり読んだことはないが、そのようなノウハウ本みたいなもので言われている一つ一つの事に明らかに間違っている事というのは、あまりないのではないかと思う(読んだことないので推測だが)。どこで差が出るのかというと、凄くシンプルに言うと「タイミング」と「組み合わせ」であると思っている。この2つが揃うとビジネスは成功するのではないかと思う。

その瞬間にやるべきことを適切に判断する

GAFAの4社がなぜ2024年時点で史上類を見ないほどの大成功をおさめ巨大な時価総額をもつ企業になっているのかといえば、間違いなく2000年前後のインターネットの普及期において、ネットを中心としたビジネスを立ち上げた(Appleは若干微妙だが、一回ダメになったAppleをスティーブ・ジョブスがTopに再就任して立て直したところから考えれば同様と考えて良いだろう)ことが何よりも大きな原因だと思う。ジェフ・ベゾスがどれだけ優秀な起業家、経営者であったとしても、今から何かネット系のビジネスを始めても間違いなく今のAmazon程の成功はしないと思うし、おそらく彼であれば2024年にネット系のサービスの企業は立ち上げないと思う。おそらく、日本においては私がいた楽天がその代表例であろう。例えば、スマートフォン世代で日本で最も成功した事業、サービスはLineだと思うが、Lineの場合も2010年前後のスマートフォンが普及し始めたタイミングでサービスを開始したことが何よりも成功した原因であると思う。超大成功している例だけ見ていると、なんとなく本当かよと思うかもしれないが、ビジネスが大きく成功するためには、このタイミングの見極めが非常に重要なのは間違いないと思う。

では、何故タイミングが重要なのであろうか?私は単純にホワイトスペースの大きさが巨大であるからだと思う。インターネットにしろ、スマートフォンにしろ、新しいテクノロジーやデバイスが登場した時というのは、当然新しいものであるため、それらを使って展開されているサービスや商品というのは世の中に存在していない。そして、そのテクノロジーやデバイスが本格的に普及する兆しが見え始めると、そのテクノロジー等がなかった時代から存在していた既存サービスたちが新しいテクノロジーを使って展開され始める。それが巨大なビジネスチャンスが生まれる瞬間となる。先ほど例として上げたLineなどはその典型であろう。おそらくLineの登場によってほぼ使われなくなったものの代表例はモバイルメールであろう。若い人は知らないかもしれないが、Lineが登場する前に移動中に最も利用されていたコミュニケーションツールはおそらく携帯キャリアが提供していたモバイルでのemailであった。スマホの普及が本格化する少し前(たぶん1-2年前)にLineが登場した。このサービスは使いやすさ等を考えても明らかにモバイルメールの上位互換であったため、感覚的には2-3年のうちに市場を置き換えてしまった。似たような例で言えばメルカリもそうであろう。メルカリの登場前にもCtoCのECサービスが存在しなかったかといえば、全くそんなことはない。代表例はYahooオークションであった。それを、スマートフォンの普及期にメルカリがスマホのアプリで同様のサービスを立ち上げて、市場の大きな部分を置き換えてしまった。はっきり言ってサービスの骨格はブラウザ時代のYahooオークションとそれほど違わなかったと思うが、モバイルアプリで完結する優れたUIのサービスに再構成して、サービスのクオリティが抜群に良かったことで、一気にCtoCの売り手の数を拡大することに成功したのだと思う(ちなみに、メルカリが始まったとき、これほど上手くいくとは正直思わなかった。あれだけ市場を占拠していたヤフオクがなぜすんなりと負けてしまったのかは研究に値すると思う)。

このように、新しいテクノロジーやデバイスが登場すると、既存のサービスをその新しいテクノロー等を利用して再構成するという広大なビジネスチャンスがいきなり登場するわけである。この10年くらいのその最大の成功例は、エンジンからモーターへの転換を促進している電気自動車のテスラであろう。おそらくあのビジネスをあと10年早く始めていたら成功していなかったと思う。

事業というのは様々なパーツの組み合わせ

では、ビジネスにおいてこの「タイミング」をつかむことが出来れば成功は約束されるのであろうか?もちろんそんなことはあり得ない。そこで登場するのが「組み合わせ」である。話をシンプルにするために、一言で組み合わせと言ってしまっているが、この組み合わせるものにはとてつもなく多くのパーツがある。例えば、Lineで言えば、一番の発明はおそらくテキストメッセージにスタンプという日本独特の絵でのコミュニケーションを組み合わせるアイディアが秀逸であった。テキストメール時代からあった絵文字という文化は実は日本独特のもので、英語でもemojiは全員とは言わないが通じる人には通じる。でも、そのアイディアが良かったとしても、そのサービスを正しく創るためには開発スタッフが必要だ。そのビジネスをどのように儲かる収益事業にデザインするかという事業責任者も当然必要である。プロジェクトを立上げようとなれば当然人事も必要だし、事業にお金がかかるのであれば財務部門の協力も必要であろう。このようにひとつのビジネスを立ち上げるということは、非常に多角的な検討要素=パーツを組み上げていくという作業である。もちろん、事業が立ち上がってオペレーションフェーズになっても話は全く変わらない。事業が成功し、関わる人数が増えれば増えるほど話は複雑になる。さらに。Lineの場合は、サービス面でも、コミュニケーションアプリとして始まったものに、ゲームプラットフォームが追加され、ニュースが追加され、Paymentが追加され、動画機能が追加され、、、と多くの組み合わせの増が発生している。

では、その実現をするために、そこに関わっている一人一人の社員が物凄く特別なことをしているのであろうか?実は私はそうではないと思っている。開発スタッフがやっていることは、他のスマートフォンアプリを開発している会社のエンジニアとそれほど異なる仕事をしているわけではない(規模が大きい分要求される技術力は高度なものを要求されると思うが)。事業責任者は、他のデジタルビジネスの事業責任者の人とそれほど異なることを日々しているわけではないであろう。それは、大抵の場合、他の業務をしている人でも大差はない。

そうであるとすと、成功しているビジネスとそうでないビジネスとは何が違うのか?私は、一つ一つの業務のクオリティと、何時、何を、どのくらいのリソースで行うのかというその時々の組み合わせを適切に組み上げて仕組化しオペレーションにまで落とし込んでいくスキルであると思っている。

優先順位→業務クオリティUP→複雑化

私はこれまで多くの事業のマーケティング組織の改善活動をしてきた。しかし、私にはどの会社にも鉄板で適用出来るマーケティング成功の〇個の秘訣のような話は残念ながら思いつかない。それは、なぜそのマーケティング部門が上手くいっていないかの理由は、殆どの場合適切なタイミングで、適切な組み合わせが行われておらず、全体のバランスが崩れていることで起こっていることが多いからである。さらに、この組み合わせが適切に行われていないと、大抵の場合、仕組化が行われておらずオペレーションへの落とし込みが甘いので、一つ一つの業務のクオリティが非常に低くなっていることが多い。

このような状況において私がやることといえば、その事業が置かれている環境において、今やるべきことの優先順位を決め、優先順位が低いことはきっぱりとやめるか、大幅に縮小する。その代わりやるべきことにリソースを集中して、オペレーションにまで落とし込む。それにより、一つ一つの業務のクオリティが上がる。というプロセスでマーケティング部門の改善を図っていく。つまり、重要なのは、フラットに並べられた〇個の秘訣をひとつづつ実行するような簡単な話ではなく、今の状況で何が必要なのかを判断できる力なのである。そして、この組み合わせを考える過程で、今何をすべきかという「タイミング」の話がまた戻ってくるのである。「タイミング」は事業企画等の段階でも当然重要であるが、日々のオペレーション、改善活動においても私たちは今何をすべきかという「タイミング」の判断を常に求められているわけである。

そして、この全体の方針とオペレーションが組めてしまえば、そこから先はLineの例で話したように、一人一人のメンバーが実行することに特別なことはない。一つ一つのタスクを、丁寧に、クオリティ高く行うだけである。

もちろん、一度シンプル化して組み合わせをクオリティ高くオペレーションすることができるようになれば、次第にその組み合わせを複雑化していけばよい。そして、この組み合わせを精緻にデザインし、オペレーションする仕組みを高度に組み上げていくことで、企業の外部からはマネできない、差別化のされた事業が作り上げられると思っている。

誰かのノウハウをCherry Pickして成功するビジネスなど存在しない。ビジネスとはそんなに簡単なものではない。もしかしたら、アーティストとか、作家とかある程度仕事が一人で完結するようなものであればあり得るのかもしれないが(これは決して馬鹿にしているわけではない。シンプルで組み合わせが少ない仕事ほど差別化するには本質的な違いを創造しなければいけないので、死ぬほど大変だと思う。少なくても私には出来ない仕事である)、複数人で成長させるビジネスを行おうとすれば、複雑な状況を整理し正しい「タイミング」で正しい「組み合わせ」を選択し続けることが重要である。