良いクリエイティブを創るには?

クリエイティブ制作の8割はロジックで決まる

私はアーティストでもコピーライターでもないので自分でクリエイティブを作ることは出来ない。でも、自分がどこまでクリエイティブを理解しているかの自己評価は置いておいて(自分ではそれなりに出来ていると過大評価している)、マーケターに取ってクリエイティブが分かるということは重要なスキルであると思う。

正直、これまで何百人ものマーケターのマネジメントをしてきた経験から、クリエイティブを作ったり、アイディアを考えたり、評価したりする能力というのは、おそらく一定の割合で生まれ持った「センス」のようなものに最終的には依存してしまう部分は否定できない。しかし、この「一定の割合で」というのがポイントである。この一定の割合が、2割なのか、5割なのか、8割なのかで話は大きく変わってくる。結論から申し上げると、私は「センス」がなければどうしようもない世界は2割くらいなのではないかと思っている。

そもそも、私がアーティストでもないのにこんなところで偉そうにクリエイティブの話を話始めようとしているのは、私にマーケティングのクリエイティブの考え方について教えてくれた恩人がいるからである。その方の名前は佐藤可士和さんである。少しマーケティングの情報をかじったことがある人であれば知らない人はいないであろう、日本のマーケティングクリエイティブの代表的な人物のおひとりである。リンク先のページで可士和さんが関わられたプロジェクトを見れば、日本人でひとつも見たことがないという人はおそらく一人もいないだろう。私は可士和さんの弟子でも何でもないが、2003年くらいから楽天をやめるまでの6-7年の間、楽天グループのブランド管理責任者と楽天ブランドのクリエイティブディレクター/アートディレクターという関係で、継続してお仕事をさせていただく機会を持つことが出来た。当時は、およそ月に2回程度、三木谷さん、可士和さん、私をコアメンバーにして、その時々でお題を決めながら可士和さんにディレクションしていただいたブランド関連のクリエイティブについて、議論をさせていただくことができた。その継続的なディスカッションを通して、可士和さんというトップクリエーターがどのようにしてクリエイティブを作っていくのかというのを、非常に鮮明に理解することが出来た。この体験が、私がマーケティングのクリエイティブを考える時の基盤となっている。

正直、ここで述べることの何分の一かは可士和さんとの会話から教えていただいたことの受け売りである。このため、もし興味があって、ご本人の言葉で詳細に正しく理解したという事であれば、可士和さんの最初の著作であるこちらの書籍を読んでいただければと思う。最初の本なので、可士和さんの考えのエッセンスが非常によく纏まっていて理解がしやすい。

クリエイティブのロジック=マーケティングの基礎体力

と、可士和さんのご紹介をしたところで、本題に戻ろう。私がおそらくあれほど長期間に渡って可士和さんとお仕事をさせてもらえた最大の理由は、可士和さんのクリエイティブを作る時の8割はロジックの世界で、表現のセンスとかクリエイティビティというのは最後の2割くらいで発揮されるものという考え方のおかげであると思っている。おそらく、この割合が逆であれば、早々に私など窓口の責任者のポジションを首になっていたと思う。たぶんこのBlogをここまで辛抱強く読んでくださっている方であれば容易に推測可能だと思うが、私はロジックの世界であれば得意だし、実行出来る自身がある。

では、クリエイティブにおけるロジックとは何であろうか?実はこれも今までさんざん検討してきた「誰に、何を、何時伝えるのか」という事である。マーケティングの基礎体力として、このBlogで繰り返し議論してきた内容である。そもそも、クリエイティブというのはマーケティングにおいてどのような役割を担うものであるのかを今一度整理して考えたい。クリエイティブとは、マーケティング活動において、誰かに、何かを伝えたいときに最終的なタッチポイントとなるシチュエーションで顧客が見たり、聞いたり、読んだりするための表現である。このため、実は、誰に何をいうかというのは、クリエイティブ表見で規定されるのではなく、その前のロジックで規定されるということになる。可士和さんから私が教わったのは、どのようなクリエイティブを作るのかを考えるときは、アイディアを考え始める前に、この誰に、何を、何時伝えたいのかというロジックを徹底的に突き詰めて考えよという事であった。逆に言えば、この3つのポイントが曖昧だとクリエイティブを作る方向性も明確にならないということである。

私は、クリエイター以外のマーケターの仕事というのは、実はこの8割のロジックを徹底的に突き詰めることができれば、98%くらい終わりなのだと思っている。後の2割ははっきり言ってクリエーターのセンスに任せるしかないからである。例えば、クリエーターとして誰かを指名して、その人にクリエイティブを作ってくれとお願いするのであれば、それはそのクリエーターのセンスを信じてお金を支払うという事なのだと思っている。8割のロジックに合意したうえで、そのロジックに従ったクリエイティブをクリエータが作ってきたとしたら、その案が良いか悪いかを素人が口出しするのは、プロフェッショナルを雇った意味がそもそもないと思う。もちろん、合意したロジックどおりにクリエイティブを作っていなかったり、明らかに手を抜いているときには文句を言うべきであるが、そうでもない限り、クリエーターのセンスは最終的には信じなければいけないと思っている。

マネジメントはロジックの合意までが基本

このように考えれば、当然クリエイティブを評価する手法もおのずと見えてくるだろう。8割のロジック通りに表現が作られているかを確認すれば良いだけなのだ。あとは、ブランド全体のトーン&マナーにあっているかとか、個々のクリエイティブの内容ではなく、個別のクリエイティブ外の整合性の評価などをしていけばよいということになる。このクリエイティブの評価の時に、マネジメントの人間が気を付けなければいけないことは、最後の表現の良し悪しに中途半端に口を出さないことだと思っている。特に、表現の好き嫌いについて意思決定力が強い立場の人物はなるべく発言はしない方がよいというのが私の立ち位置である。例外は、BtoB向けの経営者層向けのクリエイティブなど、現場のメンバーよりも自分の方がターゲットユーザーの理解が深いと思えるときくらいであると考えておいた方がよい。なぜなら、好き嫌いの領域の判断というのは主観的な事項なので上位者の意見が必然的に通りやすい傾向が強い。例え、現場のメンバーに意見を聞いたとしても、先に自分の意見を表明してしまうと、日本的な同調圧力が働いたりして、客観的な意見が出てこなくなることも多い。特に、社風として上位者の意見に異を唱えにくい社風の会社(そもそも、そういう社風は即座に直した方が良いと思うが)では、この点は特に注意が必要である。

しかし、このように申し上げても、どうしても自分の意見は表明したい、しないと後で後悔すると考える経営者の方がいることもよく理解している。特に、成功した経営者の方というのは独特の商売センスのようなものをお持ちの方がいるので、自分で納得いくものでないとOKと言えないということがあることも経験しているし、その意見が正しいことも実は多くあったりする。そのような場合は、必ず最終案は自分が選ぶことを事前に社内外の関係者に表明しおくことをお勧めする。また、その場合はそのプロジェクトの成否について現場に重い責任を追わせることもなるべく控えたほうがよい。この2点を守らないと、現場のマーケターのモチベーションは下がるし、外部のクリエーターの場合、状況によっては一緒に仕事をしたくないというようなことになりかねないからだ。クリエイティブワークの最後の2割の表現というのは主観的な要素が強いため、どうしてもそのプロジェクトに取り組むモチベーションによってクオリティに差が出てくるように感じている。このため、私は、もちろん能力の高いクリエーターと仕事をすることは重要であるが、それと同程度の割合で一緒に仕事をするクリエーターのモチベーションが高いことも重要な要素であると思っている。この点は面倒くさがらずに、是非可能な限りの配慮をすることをおすすめしたい。

ここまでで、私が可士和さんから教えてもらったクリエイティブの8割ロジックの話をさせていただいたが、これから話すクリエイティブの話は基本この8割の話であるとご理解いただければと思う。残念ながら私に残りの2割のクオリティの上げ方をアドバイスする能力は全くない。その能力を伸ばしたい方は是非その道の専門家にあたってもらえればと思う。

クリエータータイプのマーケターへのアドバイス

最後に、一点だけ追加させていただきたい。私はこれを全く悪いことだと思わないが、数は多くないが、たまにロジックよりもアイディアが先に思いついてしまうクリエータータイプのマーケターの方が存在する。私もかつて一緒に仕事をした部下で思い浮かぶ顔が何人かいる。このようなタイプの人にいくつかアドバイスをさせていただく。まず、このタイプの方は、自分がロジックの積み上げでなくアイディア先行型であることをきちんと自覚することが重要である。また、そのような部下をもつ上司の方は、その部下に対して気が付いたら面談などで指摘してあげるとよい。人間自分のやり方を普通だと思っていることが多いので、実は指摘してあげないと気が付けないことも多いからだ。

もう一つのアドバイスは、もしアイディアが先行して出てきたときは必ず後付けでよいので、なぜそのアイディアがよいのかロジックを作り、他人に説明する練習をして欲しい。私は、アイディア先行のプランで実際に良いものもたくさんあると思う。ロジックの積み上げだけでは、予定調和的な無難な結論になってしまうことも否定しない(そうならないようにするのが最後の2割でのクリエーターの腕の見せ所なのだが)。しかし、データドリブンなマーケティングの世界ではどんなに良いアイディアでも「面白い」の一点張りでは、周りを説得できない可能性が高い。もし、自分一人で難しければ、周りの人に自分のアイディアのロジック付けをしてくれるサポート役を見つけておくという方法も良いかもしれない。一番良くないのは、クリエータータイプの人間同士でブレストをして面白いと盛り上がったアイディアを勢いで企画会議等に持っていくと熱が冷めてしまった翌日とかには、本人たちも含めて熱が覚めてしまったりして面白さがわからないみたいな状況である。こうならないためには、どこかで一度冷静になって考えてみる習慣を是非つけるようにして欲しい。

クリエイティブは最終的な顧客との接点である!

マーケティングにおいてクリエイティブは最終的な顧客との接点をコントロールする非常に重要な手段である。ここで失敗すると、どんなに緻密に積み上げた「誰に、何を、何時」というロジックも台無しになる。検索して記事を見つけられなかったが、以前Googleがどこかで紹介していた調査で、デジタルマーケティングのパフォーマンスの80%程度はクリエイティブの良し悪しで決定されるというような話も聞いた記憶がある。しかし、クリエイティブを「センス」の一言で片づけてしまうと、スキルアップをする余地がなくなってしまう。次回以降は、クリエイティブをロジックで考える際のポイントをいくつか議論していきたい。