(番外編)多角的競争優位性の確立

スタートアップ企業特有の競争戦略は存在するのか?

このBlogでいろいろ書いていると、昔のことをちょこちょこ思い出すことがある。今回のタイトルの「多角的優位性の確立」という言葉は、何を隠そう私の大学院時代の修士論文のタイトルである。最近、いろいろ考えていると、楽天で学生社員として働きながら書いたことも、あながち間違っていないような気もしてきたので、今日は25年前にある大学院生が考えた話を今の私の経験によるUpdateも少し追加しながらダイジェストで議論したい。

まず、論文の主要テーマは、「スタートアップ企業、ベンチャー企業特有の競争戦略というものがあるのか?、あるとすれば、それはジェネラルな競争戦略とどのように違うのか?」というものであった。この点を調べるために、まず問題となるのが何を調べれば、正しくこのお題を検討することが出来るのかという事であった。そこで、私は研究するテーマ、業界、企業の選択をするために、次のような条件を設定した。

  • 成功したスタートアップ企業であること
  • その企業が活動する業界には、対象会社以外にもスタートアップ、中小企業が複数存在していること
  • その企業が活動する業界には、対象企業参入前にすでに成功している規模の大きな企業が存在していること
  • 複数のスタートアップ、中小企業の中で、対象企業が唯一の成功企業であること

この4つくらいの条件をクリアできていれば、成功しているスタートアップと成功していないスタートアップ、中小企業、さらにはすでに成功している大規模企業を比較することで、成功するスタートアップの戦略の特徴が理解できるのではないかと考えた。逆に言えば、この4つの条件が揃わないと、比較対象がないという意味で私の問題意識を解決する結論は入手できないと思われた。前に、新規事業やスタートアップが成功するかどうかの最も重要なことは「タイミング」と「組み合わせ」であるという議論をした。これは、本当に真実だと思っているが、特にタイミングが良いかどうかだけであれば、正直言ってマイケル・ポーターのダイヤモンドフレームワークのような業界分析の既存の分析ツールが存在するのでそれで十分だし、そもそも戦略ではないような気がした。

日本の映画配給産業を例にスタートアップの戦略論を考える

ということで、いろいろな業界を調べた結果、GAGAという会社を見つけた。ちなみに、GAGAについては、論文を書いて以降に私の知識は全くアップデートされていないので、2000年以降の同社の状況については全く知らないし、これから述べることも、当時得られた各種文献情報をもとに私が勝手に解釈しただけの話なので、内部の情報を持っている方が全く異なる理解をされるかもしれないが、その点は昔話ということでご容赦いただきたい。

GAGAという会社は、映画を買い付けてきて、映画館で上映したり、DVDで販売したり、レンタルしたりして収益を得る映画配給業という業界の企業である。この業界は、東宝、東映、松竹のような日系大手、ディスニー、Foxのような外資系メジャー大手、そして小規模な中小、ベンチャー企業という3つの企業タイプにより構成されている業界であった。

そして、この中小、ベンチャー企業の中から、日系の大手企業の規模までほぼ唯一成長しつつあったのがGAGAというベンチャー企業であった。という分けで、GAGAという会社は、事前に設定した研究対象の4つの条件をクリアすることが出来る良い素材と思えたのである。

1990年前後の映画産業の市場環境とは?

背景知識がない方のために、当時の映画業界の市場環境を少し共有する。もともと映画業界というのは、映画製作会社が映画を作り、配給会社が流通させ収益を得るというビジネスモデルである。ただ、流通の部分に時代とともに少しずつ変化があり、当初は映画というのは映画館で観客が入場料を支払って鑑賞するものであった。このため配給会社は、映画館にフィルムを売り・貸し、映画館の入場料収入から収益を得るというビジネスモデルであった。それ以外の副次的な収入というのは、テレビで映画放映をするときにテレビ局から得られる利用料や飛行機の中で上映する(昔の飛行機は座席ごとのスクリーンでなく、プロジェクターでスクリーンに上映していた)時の利用料を得る程度であった。

しかし、1980年代に入ると、家庭用ビデオが普及しだし、映画というコンテンツの流通先の多様化が起こるという環境の変化が発生した。消費者としては、この変化は単に映画館でしか見られなかった映画が、自宅のテレビの画面で見られるという程度の変化である。しかし、映画の配給会社にとっては、これは大変大きな変化であった。それまでの映画館というのは、それなりの規模の施設である程度多くの人数に一度に同じ映画を見てもらわなければならないという制約があった。このため、ひとつの街で1回の上映に数人とかしか観客が集まらないような映画は収益性が合わないので、マニアックな映画というのは上映先を見つけるのが困難であった。しかし、家庭で映画を見たいときに見られるビデオ市場は、ニッチな映画が収益を得る方法を提供することが出来るようになったのである。

GAGAという会社は実はこの市場変化にいち早く対応して成長のチャンスをつかんだ会社であった。具体的には、ニッチ過ぎてとても日本の映画館で上映出来そうもない海外のニッチなホラー映画などを積極的に買い付けてきて、日本でビデオで流通させることで収益を得ることで、初期の事業成長を実現した。

ただし、インターネットの普及期に似たようなアイディアの会社が多数出現するのと同様、ビデオの出現のタイミングで、似たようなビジネス展開をする小規模な映画配給会社は存在したため、その意味で、ビデオ市場の出現は、GAGAにとって私の言う「タイミング」としての切っ掛けにはなったが、それが数多ある中小映画配給会社の中から唯一大手に肩を並べるまでに成長した理由にはならない。

そんなビデオ市場の発展によるニッチ映画市場の収益化のビジネスチャンスの出現は、映画の制作側に市場変化をもたらす。ビデオ出現以前は、商業的に映画を成功させるためには、ある程度の規模で映画館での上映を実現するしかなかったので、全国規模の映画館とのリレーションをを構築している日米の大手制作会社とその子会社である配給会社しか、成功することが難しいという構造であった。しかし、ビデオによる流通市場側の変化で、新たな投資回収機会を得たことで、独立系の制作スタジオがメジャースタジオには作れないようなアグレッシブなコンセプトの映画を作るチャンスが創出されたのである。この変化は、系列の配給会社での配給が制作時点から決まっていたというそれ以前の制作-配給の一体モデルから、制作と配給の分離という市場の変化を引き起こした。

これにより、当初は小規模な独立系のニッチ向けの映画しか取り扱えなかった小規模な配給会社が、大きなヒットを狙える映画の配給を狙えるビジネスチャンスが発生したわけである。GAGAはこの流れの中で最初に、大規模にヒット映画の配給に成功した企業であった。具体的には、ジム・キャリー主演の「マスク」とブラット・ピット主演の「セブン」という映画である。おそらく私と同年代以上の方であれば、タイトルを聞いただけでピンとくる方も多い作品であろう。

市場環境変化で得たチャンスを再現性のあるオペレーションに昇華させる

もちろん、GAGAがこの2つの作品を日本に買い付けられた要因は、ビデオ市場向けに独立系の制作会社のB級ホラー映画を地道に買い付けながら、海外の制作会社とネットワークを構築し、良い作品と出会えるチャンスを少しずつ積み上げていたことは大きいと思う。しかし、ゲーム会社で8年働いた感想として、ヒット型のコンテンツビジネスというのは、1、2本ヒットさせることは実は運が良ければ実現可能である。メジャーな企業の目利きで漏れたがヒットする可能性のある作品を上手くつかめれば、ヒットをさせることは出来る。但し、これは相当に運の要素が強い。つまり再現性が低いのである。コンテンツ型ビジネスのヒットというのは基本的には一過性のものなので、企業として継続的に成長を続けるためには、ヒットコンテンツを継続的に市場に提供し続けられる必要がある。

GAGA以外の多くの小規模配給会社は、この継続的なヒットコンテンツの配給ということを実現出来なかった。つまり、競争戦略という側面で見て重要なのは、何故GAGAだけが、継続的なヒットコンテンツの創出と持続的な事業成長というのをある程度実現できたのかということである。私は、この点を分析・理解することを通じて、成功しない中小のライバル企業と違いを出し、既存の大手企業に対抗することが出来る事業戦略を構築するヒントを得ようと考えたわけである。

そんなことを考えながらGAGAの様々な資料を読んでいて、面白いと思ったのが、映画のモニターシステム(正確な名前は忘れました)という仕組みである。コンテンツビジネスが継続的に事業成長することが難しい原因のひとつとして、再現性の低さに言及した。では、なぜ再現性が低いのかといえば、多くの場合、コンテンツの良し悪しを評価する際の判断を、目利き力のある少数の個人に依存しているケースが非常に多いからである。このような状況になると、そもそもその個人がいなくなるとファンクションとしての力が多くく減退してしまうし、その人が残っていたとしても、ひとつの企業としての成長の最大のドライバーを個人の目利き力という得体のしれないものに依存してしまうというのは、非常にリスクが高いと言わざるを得ない。大抵の小規模な配給会社というのは、名物社長とか名物社員みたいな人が一人いて、その人が買い付ける作品を選び、その良さを説明し、売り方まで決めていたというケースが多い。しかし、結果として、継続的にヒットコンテンツを配給し続け、企業規模を拡大することは出来いなかったわけである。

しかし、GAGAという会社はこのプロセスを客観性を持たせて、再現性のあるプロセスにすることを試みた。それがモニターシステムである。

概略はこんな感じである。まず、自社が買い付けてきた未公開映画のモニター視聴する組織を作る。そして、新しい映画を買い付けるたびにまずこのモニター組織に映画を視聴してもらい、そのアンケート結果を分析する。どのようなターゲットに、どのような作品がどのように評価されるのかというデータを蓄積していくのである。

 このデータは、大きく分けて2つの方法で利用される。

まず1つ目の利用方法は作品の買い付けである。ヒットするコンテンツとヒットしないコンテンツのデータが体系的に蓄積されているため、その時々のマーケットがどのような作品を求めており、どのような特徴の作品であればヒットする可能性が高いのかというのを、客観的に判断できる材料とするのである。もちろん、最終的には買い付け担当者の目利きに依存する部分はあるが、完全に個人に依存するよりはリスクコントロールがしやすく、また、ヒットコンテンツを生み出せる可能性も上げられるというわけである。

2つ目のデータ活用は、マーケティングである。今は知らないが、当時の映画の宣伝方法というのは、超大雑把にいうと2つの手法に大別された。ひとつは、有名出演俳優などをテレビなどで露出して話題を作って、認知度を高めていく方法である。予算があれば、これにTVCMなども組み合わせて話題性を最大化していくことを狙い、一気に観客を獲得するという手法である。

もう一つの方法は、視聴会を消費者、メディアの双方に繰り返し、良い評判を徐々に拡散させていき、口コミ等でこの作品は面白いと話題を広げていくという手法である。

では、それぞれの手法というのはどのような条件がそろうと有効であろうか?まず、露出を可能な限り最大化する手法は、話題性がある俳優が出演しているか、大規模な広告宣伝予算があるかのどちらかは最低限の条件として必要である。当然、このような条件が揃う作品はメジャーな配給会社が持っている可能性が高い。

これに対して、視聴会を繰り返すタイプの手法はどうであろうか?凄く当然の事であるが、作品のクオリティが高いことが絶対条件である。もちろん万人が面白いということは難しいかもしれないが、特定のターゲットには非常に評判が高いことは最低条件である。なぜなら、つまらない作品の視聴会を繰り返して広がる評判は、顧客を呼ぶための良い評判ではなく、顧客を遠ざける悪い評判だからである。

そして、GAGAのモニターシステムのデータは、それぞれの作品に対してどのようなマーケティング手法を適用すべきかを考える重要な基礎データになるわけである。例えば、モニター視聴者のアンケート結果が非常に高いものであれば視聴会を中心にマーケティング展開をしようとか、高い評価と話題性のある出演者を両立できているのであればハイブリッドで行こうとか、残念ながら話題性はあるが作品評価が芳しくない場合は視聴会は控えてとにかく話題性で押しまくろうとかいう場感じである(残念ならが両方ない場合は手の施しようがないので、最低限の予算で宣伝しようとかになるかもしれない)。

内部にいたわけではないので、現実にこの仕組みがどれだけ精度高く回っていたかは知るよしもないが、客観的に見るとこのGAGAのモニターシステムを核とした買い付けから宣伝活動にまで及ぶ一貫した仕組は私には再現性が低いコンテンツビジネスをある程度安定して事業運営するための他の会社にはない事業上の差別化の要因になっていると感じた。

少なくても、当時私が集めた文献を読む限り、各配給会社で個人ベースで同じような思想で買い付け、マーケティングをしている担当者はいたかもしれないが、経営レベルでこのような話をしている会社はGAGA以外には見当たらなかったからである。

複数の強みを作り有機的に組み合わせる

私は、ビデオ市場立ち上げ期の海外映画買い付けモデルという新しい収益獲得方法、新興独立系映画制作スタジオとのネットワーク、モニターシステムというGAGAの一連の成功要因を組み合わせた仕組を論文内で「多角的競争優位性」という言葉で説明をした。別の言葉で表現すればビジネスモデルである。良く事業を立ち上げるとき、核となるアイディアは良いが、それが事業として実現しないということはよくある。それは、アイディア一発で、Executionのレベルが低く、事業として長期的に運営できる形にまで組みあがらないことで、上手くいかないケースである。事業というのは、アイディア一発では継続的に運営できない。そのアイディアを継続的に運営するために、バリューチェーンを綿密にデザインし、その一つ一つに他社がまねできない優位性・差別化要因を仕込むことで、長期的に成功するモデルとなるわけである。

このBlogを書くまで、学生の時に書いた論文のことを思い出すこともあまりなかったが、あの時考えたアイディアは、自分の25年のビジネス人生を振り返って、事業を構築する際の成功法則への理解と殆ど相違ないということに結構驚いている。でも、今考えても結構正しいことを考えていたのではないかと思う。

今まで、楽天と、ゲームと、人材の話題だけで自分の考えを述べてきたので、ちょっと昔の映画業界の話も、若い人には面白いのではないかと思って書いてみた。いま書いていて、映画業界におけるビデオという市場の変化は、後のNetflix等のコンテンツのサブスク配信と同じかそれ以上に大きかったのではないかと思う。でも、そのチャンスをつかめた企業というのは実は多くはなかった。学生であった私が、外部から手に入れられる情報だけで考えた内容なので、正しいのかどうかは分からない。ただ、新規事業を考える際の参考程度にはなるのではないだろうか?