全社視点の位置づけ2:分散型組織

分散型組織については、基本的には集約・セントラライズ型組織の特徴の裏返しになるので、繰り返しにならないように、独自性のあるポイントだけ記載する。

分散型組織
  • メリット
    • 事業部門内の各ファンクションのコミュニケーションが取りやすい
    • 事業部門の収益責任が明確
  • デメリット
    • マーケティング組織全体としてのマネジメントが行いにくい
    • 事業間のマーケティングノウハウの共有がしづらい
    • 会社全体でのマーケティング人材の育成がしづらい
    • 会社全体のマーケティングコストの最適配分がしづらい
  • 分散型組織が向いている組織状況
    • 事業部門のマーケティングの責任者ポジションにマーケティングのマネジメントが出来る人材を十分にアサイン可能
    • 事業部門内でマーケティング人材の育成が出来る環境が整っている
    • 事業部門毎に特殊な業法対応が必要などマーケティング実施フェーズでの違いが大きい
    • 各事業部にある程度マーケティング人材をアサインできる規模がある
  • 分散型組織が実施できる条件
    • 事業部門の責任者にある程度マーケティングの理解がある
    • マーケティング部門のミドルマネジメント層のスキルレベルが高い

メリット

事業部門内の各ファンクションのコミュニケーションが取りやすい

事業部門の収益責任が明確

メリットの2項目が実現する共通の理由は、分散型の組織が、一貫して事業部門がその事業のコントロールを一元化して行うという思想のもとに設計されているためである。つまり、事業が上手くいくか行かないかの結論は良くも悪くも事業部長以下の事業部門パフォーマンスに依存する。マーケティング組織のパフォーマンスも事業部長の指揮監督のもとに行われるため、事業部長とマーケティングチームの責任者に大きく依存することになる。

デメリット

マーケティング組織全体としてのマネジメントが行いにくい

事業間のマーケティングノウハウの共有がしづらい

会社全体でのマーケティング人材の育成がしづらい

この3項目については、マーケティング組織が分散することによって、ノウハウの共有や人材の育成を始めとした、マーケティング組織全体としての集約で実現できる効果を発揮しづらくなることによって発生する問題であるといえる。もし分散型組織を選択する場合には、この3点のデメリットを改善する方策を検討する必要がある。

会社全体のマーケティングコストの最適配分がしづらい

この点もメリットで挙げた事業部門の収益責任の明確化の裏返しであるが、マーケティング予算も事業部門責任者に全体予算の一部として渡すことになるため、コストの最適化のベクトルはマーケティングコストの最適化の観点からではなく、事業部門の収益の最適化の観点からコントロールされることになる。

分散型組織が向いている組織状況

事業部門のマーケティングの責任者ポジションにマーケティングのマネジメントが出来る人材を十分にアサイン可能

分散型組織を適用する上で、最も重要な判断ポイントは、各事業部門のマーケティングの責任者に十分なマーケティングスキルとマネジメントスキルのある人員を配置できるかどうかである。分散型組織をとっている企業の新規事業や育成フェーズの小規模事業なので、マーケティングのスキルのない人材にOne of Themのタスクの一つとしてマーケティングをやらせていて集客が上手くいかないなどと悩んでいるケースを見るが、正に典型的な悪い例と言える。

事業部門内でマーケティング人材の育成が出来る環境が整っている

これも事業部門のマーケティング責任者の人材の話の続きのような話だが、マーケティングスキルのないナンデモ屋さんのマネージャーのような人材(余談だが、このような人材を否定するわけではなく、寧ろ新規事業の立上げフェーズにおいては、このようなExecution担当はとても重要である)の手がマーケティングに回らなくなったといって、その下にこれまたマーケティングスキルのない人材をマーケティング担当としてアサインするようなケースが同様に散見される。このような状況でまともなマーケティング人材が育成されないのは当然であろう。

事業部門毎に特殊な業法対応が必要などマーケティング実施フェーズでの違いが大きい

このケースは、積極的に分散型のマーケティング組織を意図的に強化していくべき、もしくは、せざるを得ないケースである。楽天グループで仕事をしていた時に、この状況が発生する典型的な事業が金融系のサービスであった。金融系のサービスというのは、業法などが特に厳しく、マーケティングの知識と、業法の知識の双方の理解が不可欠であるケースが多く、単純にマーケティングの知識だけでマネジメントをすると業法に違反してしまうなどのリスクが高くなるケースがある。また、サービス運営をするシステムなども厳密に切り分けられているケースも多く、無理やりマーケティング組織を集約したとしても、オペレーションを完全に切り分けて作らざるを得ないケースも多い。そのような状況になるのであれば、組織を分散したうえで、事業部間の情報共有のやり方などを検討するほうが効率がよくなることが多い。

各事業部にある程度マーケティング人材をアサインできる規模がある

私の経験上、向上心が特筆して高く、独学力が異常に高いなどの特殊な人材でない限り、一人担当で孤独にマーケティングをやり続けていると、普通はPDCAの回転スピードも下がるし、そもそもモチベーションの維持が難しくなったり、早々に壁にぶつかり行き詰ってしまうことが多くなる。これは、その個人の問題というよりは、その人材をそのような環境においてしまっているマネジメント側の問題と捉えたほうがよいと思う。分散型組織を志向するのであれば、早急に事業を成長させ、マーケティング組織をチームとして機能させるのに十分な規模とし、維持することをマネジメントは配慮すべきである。

分散型組織を実現できる条件

事業部門の責任者にある程度マーケティングの理解がある

マーケティングの責任者に全幅の信頼をよせられる人材をアサインできる場合を除いて、分散型組織でマーケティングを行うのであれば、事業部門の責任者には当然ある程度のマーケティングの理解(スキルとまでは言わないが)が備わっていることは前提としたい。なぜなら、事業部門内のマーケティングの組織の最終意思決定者は事業部長であるからである。

残念ながら、日本のマネジメント人材でマーケティングを理解している人がほとんどいない現状から考えると難しいというのが現実化もしれないが、少なくても事業門の責任者かマーケティング責任者のどちらかにはマーケティングのスキルのある人材を配置することは必須である。

組織形態ごとの特徴を理解して状況にあった選択を

ここまで会社全体の視点からマーケティング組織の位置づけのあり方を考えてきた。ここまで読んでいただいた方は想像がつくと思うが、私のような全社的なCMOというポジションを長くやってきた人間からすれば、もちろんやり易いのは集約・セントラライズ型組織の方である。そもそもわたしのような人材が招聘される時点でマーケティングに何らか課題があるというケースが殆どなので、それを早期に解決するためにも、集約・セントラライズ型組織の方が成果が出しやすいということになる。

しかし、金融ビジネスの例で述べたように、積極的に分散型組織で運用すべきケースなども存在するし、大企業などで、分散型組織にしても十分に集約・セントラライズ型組織のメリットを享受出来る規模のマーケティング組織を構築出来る場合などは、事業の一体感や意思決定のスピード感を優先して分散型の組織を選択することは当然メリットがある。但し、繰り返しになるが、その際は分散型組織のデメリットのトラップを踏まないように十分に配慮してもらいたい。

最後に、このような話をすると、組織論の教科書に出てくるマトリックス型の組織が一挙両得で良いのではという話が出てくると思うので、その点についても触れておきたい。事業部門のような縦のレポートラインとマーケティングのようなファンクション毎の横のレポートラインを二つ作る組織形態をマトリックス型の組織という。

私はマトリックス組織にに近い組織形態を、海外事業のマーケティングのマネジメントをしているときに経験した。現地法人の社長をトップとする縦のレポートラインと、私が統括するマーケティングの横のレポートラインの組織形態としていた。このような組織形態も理論通りある程度は機能するが、現実的には縦横が同程度の強さでコントロール出来るわけではなく、最終的には縦横どちらが最終意思決定をするのかを決めておかないと、現場が板挟みにあって疲弊する原因となることが多い。特に難しいのが、人事評価の権限と、通常業務の意思決定の権限がずれてしまったりすると、なかなかコントロールが上手くできなかったりする。マトリックス組織は、教科書的にもマネジメントが難しい組織形態と位置付けられていると思うが、結論としては、まず組織マネジメントの基本として、縦横のどちらのレポートラインをメインとするのかの意思は明確にすることが重要であると考えている。