Full Funnelに移行するタイミングとは?

Bottom Funnelの限界点が見えてからでは遅い!

ここから、具体的にFull Funnel Marketingの実施方法のアイディアを検討していくことにするが、最初の議論として、どのようなタイミングでBottom Funnel特化型の企業がFull Funnelに移行すべきかという点について考えたいと思う。

伝統的マーケティングを体系立ててやってきたプロフェッショナルなマーケターの方は、そんなの最初からに決まっているだろうと仰る気はするが、現実的にはなかなかそうならないので、お叱り覚悟の上で私の考えを書きたいと思う。

Full Funnelが必要な理由でも、Bottom Funnelだけではいつか成長に限界が来る可能性が高いためFull Funnelを考えましょうと述べたが、それであれば、その限界点が具体的に見えてきたらという反応が出てきそうである。しかし、そのアイディアには賛同しない。なぜなら、これも前回話したように、Full Funnelの正解を見つけるためには、最初の施策が結果的に正解でいきなり正解に近い形でスタート出来るような運のよい場合を除いて、それなりの時間がかかる。このため、「限界点が見えてきた、もうヤバそう」と思い始めたタイミングで始めても、限界点に達したときに正解にたどり着いてFull Funnel施策により状況を改善できている可能性は結構低い。また、このアイディアのもう一つの問題点は、限界点が見え始めているということは、すでに効率の悪化が始まっている可能性が高いが、そのような状況になると、そもそもマーケティング部門のKPI達成が難しくなり、ROIが非明確なFull Funnel施策に予算を投下する余裕がなくなり、社内を説得できずに、そもそも実施ハードルが上がってしまう可能性が高い。

まずはBottom Funnelの運用クオリティを改善する

では、早ければ早いほど良いのかという議論になるが、このアイディアにも賛成しない。結論としてはなるべく早く取り組んだ方が良いが、取り組み始めるための条件をひとつ追加したいのだ。それは、少し主観的な基準になるが、次のようになる。「自社のBottom Funnelの広告運用クオリティが、最もレベルの高い競合他社と比較して同等以上に高いレベルになったと判断出来たタイミング」でという事である。

すでに言い訳した通り、この基準を客観的に判定できる手法はおそらく存在しない。ただ、スキルのあるマーケティング部門の責任者であれば、日々の運用のKPIを観察し、正しく市場の観察をしていれば、競合がどの程度の運用スキルでBottom Funnelの運用をしているのかはなんとなく理解できるはずだし、できるようにならなければいけない。

では、その判定がある程度確からしく出来るとして、なぜこの基準が必要なのかを説明する。思いつくのは下記の3点である。それは、自社の運用クオリティが競合内でトップクラスになっていないという事であれば、まずFull Funnelの話をする前にそちらを改善することにリソースとスキルアップの努力を集中したほうがよいからである。次に、競合で最高水準の運用が出来ていないと、自社の直面している状況が、市場の需給バランスで起こっているのか、自社の運用の失敗で起こっているのかの判別がつかないので、そもそも限界点がどのあたりなのかが判別できないこと。最後に、Full Funnelのデジタル広告は非常に高いマーケティングのスキルを要求されるため、Bottom Funnelの運用がハイレベルで出来ないようなスキルレベルの人材にやらせたところで、はっきり言って上手くいかず、投資コストの無駄遣いになってしまう可能性が高いことである。

伝統的マーケティングのプロフェッショナルの方からすれば、そもそもFull Funnel全体の状況が分かっていなければBottom Funnelだってちゃんと出来ないでしょうといわれそうであるが、私はそう思っていない。なぜなら、パフォーマンスマーケティングのPDCA高速回転モデルというのは、広告運用のPDCAを高速回転させる過程で、市場の理解を深めることができるからである。どのようなターゲティングのユーザーはどのクリエイティブへの反応が良いのかなど、PDCAのプロセスの中で丁寧に観察することによって、市場全体のマップがだんだんはっきりと見えてくるようになると思っている。逆にそういう視点でBottom Funnelの運用を出来ていないのであれば、その担当者のマーケティングスキルレベルは十分ではなく、マーケティング基礎体力の養成期間であると考えたほうがよい。

という分けで、私のお勧めのタイミングは、「Bottom Funnelの運用を業界最高水準で実施できると判断したらなるべく早く余裕があるうちに」となる。

Full Funnelを実施するタイミングのもう一つの正解とは?

ただ、私の経験や、いろいろな会社の事例を見ていて、別の考え方もひとつご紹介する。このケースは前回話した楽天のプロ野球参入の事例と似た考え方である。それは「社内にFull Funnel Marketingのスキルを持った人材がおり、資金的にも余裕があり、リスクを追っても成長スピードを上げたいと思っているのであればその時に」というものである。何度か言及してきたが、デジタル時代のFull Funnel Marketingの実践方法というのは全く確立していない分野であると思っている。このため、相当の時間とコストをかけてもはっきりとした正解にたどり着けるかどうかは、スキルの高いマーケターであっても難しいことも多い。

一方で、費用対効果がどの程度あるかは全く試算しがたいが、楽天がプロ野球に参入したときのように認知度が一気に上がり、世の中の人がそのサービスを広く認知する状況が生まれると、マーケティングの様々な施策の効果が改善して、成長スピードが加速したり、パフォーマンスの効率が良くなったりするケースは現実的には存在する。問題は、結果は良いが、それが投資対効果として適切かどうかが分からないということである。

このような状況のため、既存のBottom Funnelの予算を削ってUpper&Middle Funnelに投下しようという決断をすることは非常に難しい。Bottom Funnelを減らした分がROIとして返ってくるかがそもそも予測できないからである。しかし、資金に余裕があって、上手くいくかどうか分からないけど、〇億円の予算は捨てると思ってチャレンジするという決断が出来るのであれば、私はやってみる価値はあると思っている。私のようなCMOという立場で積極的に提案することはロジカルに説明できないため難しいが、オーナー経営者との信頼関係が確立されているとか、そもそも今年度は事業成績が想定を上振れて好調で資金的余裕があるとか、IPOで資金調達をしたので、リスクを取ってでも成長力を上げたいなど、考えられるタイミングはいろいろある。私は、この意思決定の手法を「アホなCMOのふりをしてやっちゃう法」と呼んでいる。ただ、もちろん会社の重要なお金を使うわけであるから、やるからには可能な限りしっかりした戦略と実行プランのもとに行わなければいいけないので、社内にそれができる人材がいることは当然絶対条件である。ただし、別に部下にスキルのある人間がいなければいけないわけではなく、定常的なオペレーションではなく単発の施策であるためその人材にCMO自身を含んでしまっても全く問題ない。そもそも、CMOにそのスキルがないのであれば、Full Funnel Marketingはリスクが高すぎるのでやらない方がよい。ただし、この施策をCMOとして引き受ける際の条件は、リターンが最悪ゼロでも文句言わないでくださいねという言質を取っておくということである。これが、「リスクを追っても」と記載した理由であるし、手法のネーミングを「アホなCMOのふり」と言っている理由である。ちなみに、私はつまらないプライドが邪魔をしてアホなふりをすることが下手なので、手法として紹介しておきながら、自分では実践したことはない。オーナー経営者のリスクテイクに乗ったことがあるだけである。結果は、楽天のプロ野球のようにたぶん費用対効果はポジティブに出来ていそうなものもあれば、どことは言わないが、とある企業のオーナー勅命で企業広告を数億円規模で実施させられたが、たぶんリターンは1円もなかったのではと思うような案件も経験している。

Full Funnel Marketingというのは、真面目にBottom Funnelをやればやるほど困難度が増す、反比例のような関係にある施策である。このため、社内の経営陣からの懸念や、実はこれまでBottom Funnelを真剣に取り組んできたスキルの高いデジタルネイティブのマーケター自身が違和感を感じてしまうケースもあったりする。

しかし、施策との費用対効果との連動性ははっきり見えなくても、長期的な認知度と事業利益の連動性であったり、指名検索数の広告費比率とリスティング広告のパフォーマンスの改善であったり、改善の可能性があるのは事実であると思う。問題は一つ一つの施策の効果が、大成功をした場合を除いてあまりよくわからないということだ。

成功するためには、運がよくない限り時間がかかることは覚悟しておかなければいけない。このため、ここで上げた条件さえそろえば、少しずつでもいいので、早めに始められると良いと思う。