Full Funnel Marketingの実践(2024年版)

ここまで、Full Funnel Marketingの理解や実践のためのポイントを説明して来たが、最後に、現時点での私が良いと思っている具体的な手法を記載して終わりにしたい。2024年版としているがこの分野はまだまだ発展途上なので、以下で述べる具体的な方法が本ブログの議論の中では最も日進月歩で変わっていく可能性が高いためである。ただし、私自身独立してしまい、今後どの程度Full Funnel Marketingの実践ができるかちょっと分からないので、25年以降順調にUpdate出来るかどうかは現時点では不明である。

自社に適した小さな実験の基本単位を確立する

最初のステップとして絶対にやるべきなのは、自社にあった小さく実験する方法を何とか見つける事である。具体的なアイディアは前回述べたので、そちらを参考にしてもらえればと思う。これが必ず必要な理由は、この小さな実験がその後実施するPDCAの基礎的な単位となり、継続してFull Funnel Marketing施策を実施していく時の効果検証の基準ともなるからである。もちろん、この最初のステップの正解が、一発のテストで見つかる可能性は低いが、粘り強く試してみることを強く勧める。

なお、最初のステップを実行する場としては、Youtubeを使うことを強く推奨する。別にGoogleから何かをもらっているわけではないが、圧倒的なトラフィックと、Google自身が保有する巨大な顧客データがあるため、かなり細かいターゲティングをしても、Upper&Middle Funnel施策の効果の検証が出来る程度のユーザー母数の確保をできる可能性が高い。逆に言えば、Youtubeで十分なユーザー母数を確保できないような細かいセグメンテーションをそれ以外の媒体で行おうとしても私の経験上では難しいと思う。

また、Youtubeを使うもう一つの利点は、Googleの商品であるため比較的トラッキングできる項目が多いこともあげられる。

最後に、Youtubeの良い点は、セグメントの切り方にもよるが、私がこれまで様々な媒体を見てきた経験では、細かいセグメントのリーチ単価が最も安くなるケースがおおいことである。これは、実施する際に広告代理店にシミュレーションしてもらうと良いと思うが、大抵そうなると思う。

指名検索リフトを基準にROIを算定する

ROIを計算する手法としては、指名検索の増加量をある程度基準にするのがよいと思う。この手法はすでにデジタル系の総合代理店内では主流になってきている。以前も少し言及したが、指名検索がよさそうな理由は、①そもそもブランドが認知されなければ上昇しない数値であること、②Googleの様々なツール(リスティング広告のデータや、GA4,サーチコンソールなど)を駆使すれば指名検索数と売上・利益の連動性を試算するモデルを構築できる可能性が高いこと、③指名検索から入ってきたユーザーというのは少なくてもそのブランドに好意、興味を持って検索してくれている可能性が高いので売上に転換できる可能性が高く、マーケティングの効果を出すという意味でも方向性として間違ってはいないと思われること。の3点くらいが指名検索をROI算定のキーとすることをお勧めする理由である。

ROIの基準としては、私としては100%を越えればよいと思っている。理由はUpper &MiddleFunnelのテストの初期段階の目的は、その施策で大きな利益を出すことをではなく、赤字が出ない範囲で継続的にPDCAを回せるようにすることを重視すべきだと考えているからである。私の経験では、ROIを高くすることを追求しすぎると、動画を使ったBottom Funnel施策と差異がなくなっていくことが多い。理由は、おそらく指名検索を増やそうとすると、実は既存ブランド認知層にターゲティングを絞り込む方が効率がよいため、やればやるほどターゲティングが認知層へと偏っていってしまうからはないかと感じている。そのチェックとしては、ある一定以上のYoutube投資をすると利用できるサーチリフト(サーチ回数の広告接触者と広告非接触者との差)とブランドリフト(認知度の広告接触者と広告非接触者との差)の調査結果をみて、サーチリフトが高いのに、ブランドリフトの効果が小さいという状態になっていないかチェックしてみることを勧める。サーチリフトとブランドリフトが同様に改善していれば、そのFull Funnel施策のディレクションはある程度的を外していないと考えてよいと思う。

ROIは100%を超えれば良しとする

また、ROI100%はマーケティング外の経営陣の期待値のコントロールとしても非常に重要だと考えている。この期待値を高くしすぎる=すぐに結果が出るという前提条件が施策開始前に出来てしまうと、その目標を外すたびに、そもそも意味があるのか議論が再発する恐れがある。長期的に間違いなく必要になるという確信がマーケティング責任者にあるのであれば、着実にPDCAを回せる環境の堅持に努力すべきであると思う。

また、ROI100%を実現できていれば、Full Funnel施策の指名検索以外の効果は効果算定に入れていないため、実質的にはそれ以上の効果が出ており、ポジティブな結果が得られる可能性が高いと考えている。指名検索数増以外のFull Funnelの効果としては、将来の指名検索増、ブランド認知や好意度の向上によるデジタル広告のCTRやCVRの改善等である。これらの効果は徐々に蓄積され効果を発揮する数値なので、私も何度もトライしたが、短期の成果として計測することは非常に難しいと思っている。しかし、継続して施策を行っていれば、長期的には効果が発現する可能性が高いので、それを信じられるのであれば、100%でも十分なのではないかと思う。

ROIの算定期間は自社のビジネスに合わせて

なお、ROIを算定するときにいつも議論になるのは、施策の効果期間をどの程度で設定するかというポイントである。私はこれを「のこり香」と呼んでいる。前述の長期的な蓄積効果の話をすると、当然長い方が効果は高くなるのであるが、あまり長く取りすぎるとBottom Funnelも含めた複数の施策の効果がドンドン積みあがってしまい、施策毎の効果検証結果がMECEではなくなってしまうので、慎重に検討してほしい。ただ、これは一概にどのくらいの期間で計測するのが良いとは正直言いにくいので、自社のビジネスに合わせて検討してほしい。以前に話したゲームと人材の違いのように認知から購入までのリードタイムの長さをある程度考慮しなければいけないと思っている。当然転換のリードタイムが短いものも「のこり香」も短いが、転職のような業種ではある程度長いのではないかと思う。

クリエイティブは大きなテストをする前に可能な限りテストする

また、Upper&Middle Funnel施策で非常に重要なクリエイティブについてもいくつか言及しておく。まず、クリエイティブは一発勝負のギャンブルにならないように、小さなテスト段階で複数パターンをテストすることをお勧めする。Upper&Middle Funnelの場合、Bottom Funnelと異なり同時並行で大量のクリエイティブを配信することが難しいケースが多いため、1回のキャンペーンに対して1-3個程度の少数精鋭のクリエイティブで勝負せざるを得ないことが多い。1パターンで勝負せざるを得ない場合など、そのクリエイティブを外してしまうと幾ら媒体費を使っても全く効果が上がらないというような悲惨なことになるケースも多い。そうならないためにも、クリエイティブの精度は大規模な投資をする前の小規模テストの段階で確認出来ている方がよい。新商品の発売や期間指定で開始されるキャンペーンの告知の場合などはなかなか難しいが、可能な状況であれば、是非検討して欲しい。

具体的なクリエイティブの内容については特にここでは言及しないが、またGoogleかと言われるかもしれないが、彼らが最近推奨しているクリエイティブ作成のためのABDCフレームワークはそこまでスキルの高くない人でも理解しやすくチェックもしやすいため、自社のクリエイティブのチェックリスト的に参考にしたほうが良いのではないかと思う。

階層間のバランスはコツコツPDCAを回して正解を見るけつしかない

最後に、私が分かっていないことを書いても何も参考にならないかもしれないが、Full Funnel Marketingを実施する上で、最も難しく、おそらく世界中で誰も正解を見つけていないのではないかと思っていることを書いておきたい。つまり、これから書くことの正解が分からずに悩んでいるマーケターには、「安心していいですよ、たぶん誰も分からないので!」ということをお伝えしたいという意図だとご理解いただきたい。

それは、Full Funnelの各階層に幾らずつ予算を配分して、Full Funnel全体のバランスをどのように取るのかを導き出すフレームワークのような便利なものがないかという話である。私自身もそれをどのようにすればよいのは、この10年くらいずっと悩んできた。部下や代理店、メディアと議論しながら、何か良いアイディアはないかと考え続けている。結論としては、そのような便利なフレームワークはどうやらどこにも存在しないようだ。やはり問題は、Upper&Middle Funnelの効果検証の困難さがここでも影響しているような気がする。MMM(マーケティング ミックス モデリング)という手法をここ数年耳にするようになったが、私が聞いている感じでいうと、ひとつのFunnelの階層、つまり、認知施策の階層内の複数施策の最適バランスのモデリングには使えるという事であるが(ちょっと私は勉強不足で、これもやったことがない)、階層間のマーケティングミックスを導き出すようなフレームワークとしては、まだまだ実用性は低いということであった。現実的には、自社のブランドや商品の各種リサーチ結果を見ながら、各階層のどこにボトルネックがあるのかを慎重に分析し、全体の予算を徐々にそのボトルネックにシフトして行くということを繰り返しながら、正解を見つけに行くというPDCAのプロセスを繰り返すという王道を進むしかない気がしている。ただ、Full Funnel Marketingは同時並行で複数の施策が絡み合う複雑さに比較して、Bottom Funnelほど高頻度でPDCAを回すことが現実的に非常に難しい。このこともFull Funnel Marketingの正解への到達が長い道のりになりがちな大きな理由である。

Full Funnel Marketingは、Bottom Funnelに慣れてしまうとどうしても結果が見えにくいためフラストレーションがたまる部分は大きい。ただ、その分かりにくさ、困難さの分だけ遣り甲斐は非常にあるエリアであるし、デジタルネイティブなFull Funnel Marketingというのはまだまだ発展途上の領域であると思うので、自分も含めて悩みながら、チャレンジしていきたい分野である。