楽天の海外展開は当初の想定レベルで成功したのか?
私が楽天を退職して大手ゲーム会社で米国に駐在している前後2-3年くらい(2010-2014年くらい)がおそらく楽天がグローバル展開を本気でやろうとしていた最盛期であると思う。その間、海外の様々な企業を1000億円単位の金額でいくつか買収するなどしていた。Viberやebatesなどがその買収例であろう。私は2011年の前半に退職してしまったので、それ以降のことは内部情報は全く知らず、皆さんと同レベルプラスアルファくらいのアウトサイダーレベルの情報しか持っていないので、ここから話す内容は、私の見解ということで読んでいただきたい。もちろん内部から見たら違う見方があるのかもしれない。また、この話を述べるのは、大恩義のある楽天を批判したいのではなく、日本企業のグローバル化を考えるとても重要な学びになると考えているために書くので、その点はご理解いただきたい(気分を害される方がいたら先にお詫びいたします)。
もちろん何をもって成功したかという話はあるかと思う。楽天は公用語英語化と言い出した2010年より少し前から本格的な海外展開を始めた。まず台湾に進出して海外展開のテストマーケティング的なものをはじめ、そのあとで百度(バイドゥ 中国の検索サイト大手)と組んで中国進出も目論んだ。実は余り知られていないが、楽天が中国本土に進出したのは、それまでBtoB向けのECサービスであったアリババがBtoCのショッピングサイトであるT-Mallを立ち上げたのとほぼ同タイミングで、サービスを開始するタイミングとしては別に圧倒的後発なわけでもなかったが、現状でいえば見る影もないくらいの差がついてしまっている。その後も、私の退職後に、先ほど上げた例以外にも電子書籍のKoboや、いくつかの国で大手、中堅のECサイトやショッピングモールサイトも買収していた。その結果は、当時思い描いていたグローバル展開がができていると言えるであろうか?少なくてもYesとは言えないのではないだろうか?ちなみに、答え合わせ的に2023年の通期決算説明会のプレゼンテーション資料をみると海外事業については売上については一言も触れられず、実額の公表もなく海外事業の赤字が縮小していると言及されているだけである。もし、これが思い描いた通りに上手くいっていれば、おそらくもっと大々的に成長ドライバーとしてのアピールをするはずである。
オープンにこういう発言をすると後出しじゃんけん的に取られるので、少し気が引けるのであるが、楽天の海外展開については2011年に退職する前から結構厳しそうだなという感じがしていた。その後大手ゲーム会社で海外展開の仕事をして、その両者を自分なりに比較しながら、企業、特に日本企業の海外展開を行う際に私なりに重要だと思ったことをここでは番外編として書きたいと思う。
楽天経済圏構築の代償?
私が、楽天グループの海外展開が上手くいかなかった最大の理由は単純に動き出しが遅すぎたからだと思っている。楽天が始めて本格的に海外進出を行ったのは2008年の台湾進出からである。創業が1997年であるから、創業から11年目である。では、その間楽天が何をしていたのかといえば、日本国内で事業の拡大と多角化を行っていた。先ほど上げたIR資料の楽天の売上成長のグラフ(スライド7)を見ると、2002年にポイント、2003年に楽天証券と、旅の窓口の買収(楽天トラベルは2001年に始まっているが実は自社で立ち上げた事業は全くうまくいかず2003年に当時国内No.1旅行予約サイトであった同社を買収していまの楽天トラベルになっている)、2004年プロ野球参入、2005年楽天カード、2006年楽天経済圏構想と説明されている。正にこの時期に私はこの実行をする真ん中に近いところをウロチョロしていたので当事者的に覚えているが、楽天市場で集めたユーザーベースを活用して、日本国内で様々なネット事業を展開し、その循環のための血液としてポイントを活用するという今でいう楽天経済圏を一生懸命構築していたということになる。楽天の売上の成長軌道を見ると2004年を境に大きくジャンプしているので、この辺の買収と多角化戦略は企業成長という観点でいうとおそらくそれほど間違っていなかったのだと思う。当時の会社の状況を考えると、中にいた社員は自分も含めて相当ハードワークはしていたので、この多角化戦略の中で全力で頑張っていたと思う。ただ、今になって振り返れば(これは批判しているのではない)、この2002年くらいから楽天市場の拡大と多角化に全力を注いだ犠牲として海外展開にまでリソースが回らなかったのだと思う。そして、実は多くの日本の企業、特にネット系のサービスの企業が、グローバルに成長できない最大の理由がここにあると思う。大きなポイントは2つある。
国内事業の多角化の犠牲になる海外展開
一つ目のポイントは、いま楽天の歴史を振り返ったように、日本国内の多角化にリソース(たぶんこれは人とお金の両方)を使うことによって、単純にグローバル展開へのリソースが希薄になるか、単純に動き出しが遅くなるということが発生する。実際、私が知っている2010年前後に楽天グループが楽天市場のショッピングモールビジネスを海外展開しようとおもって展開を始めた時点で米国はもちろん、ヨーロッパの主要国においてもすでにAmazonかeBayのどちらか(殆どAmazonだったとおもうが)が、すでにECのNo.1の地位を占めており、すでによーいドンの戦いにはならない状況であった。その中で楽天は、彼らに継ぐ2-3位のECサイトを各国で積極的に買収していったが、1-2位との差が大きすぎて勝負にならないという状況であったと思う。これが、私が楽天の海外展開が上手くいかなかった理由が遅すぎたからだという最大の理由である。
2つ目のポイントは、日本国内で海外展開をする前に多角化をしすぎると、そもそも日本で行っているビジネスが複雑になりすぎて、日本の成功モデルをグローバル展開するハードルが上がってしまうということである。楽天が台湾に進出した2008年当時の楽天には、楽天市場だけでなく、トラベル、証券、カード、ポイントなどが存在していた。しかもそれぞれのサービスが当時ネット系のビジネスとしては国内のNo.1-2の地位を占めていた。では2008年にこの楽天経済圏をそっくりそのまま台湾に移植しましょうといっても、いきなり5つものネットサービスでその国内トップクラスの企業を同時に作るなどほぼ不可能に近い。ただ、実はそれが出来ないと、楽天がAmazonのようなグローバルプレーヤーと国内で何とか競争出来ている理由が成り立たない。つまり、後発のマイナーな状態で競争を挑んでも、そもそも単体のビジネスとしては競争優位性が殆どない。ハッキリ言えば、戦える武器が存在しない状態で後発で戦うという戦略論的に到底うまくいきそうもない戦いをせざるを得ないことになってしまっていたと思うのだ。おそらく、これは私の退職後に起こったことなので、あくまで推測だが、楽天もこの点に気が付いて、Globalで大きなユーザーベースを持ち、楽天経済圏的なプラットフォームを海外に作ろうと考えたのだと思う。それで買収した会社が通信アプリのViberであり、電子書籍のKoboであったのだろう。でも、この手もよろしくなかったのは、買収したサービスが業界No.1ではなく、ViberにはMetaグループのWhatsUpがおり、KoboにはAmazonのKindleがいた。つまり、飛び道具として取り込んだ武器自体にも残念ながら競争力がなく、日本における経済圏構築をグローバルで構築するための起爆剤にはならなかった。
中途半端に大きい日本市場が判断を誤らせる
ではそもそも、なぜ、このような話になってしまうのであろうか?最も大きな理由が、日本のマーケットが中途半端に大きいことがだとと思っている。人口減少とか、失われた30年とか言いながらも、日本のマーケット規模(GDP)は、去年まで世界3位、現状でも米国、中国、ドイツについで4番目の規模である。このことは日本で起業をするには大きなビジネスチャンスであるといえる。しかも、日本の場合、日本語という世界の70億人の人口のうちほぼ1/70程度の人間しか話していない超マイナー言語でサービスを提供しないと殆ど成功の可能性がないという特殊な事情があり、比較的欧米企業が進出するまでのタイムラグが存在することが多い。このため、特に日本のネット企業の多くは、米国で成功したビジネスモデルを彼らが日本に進出する前に日本で独自に展開してしまうという手法で成功するケースが比較的多い。ソフトバンクの孫さんは、この手法をタイムマシーン経営と言っていた。それほど間違っているとは思わない。
ただ、最初の第一歩目はそれでも問題ないのだが、一つ目の事業が軌道に乗り始めた後、多くの日本企業と欧米のグローバル企業では、次の一手に違いがある。私の見ている感じでは、大抵の欧米の企業は次の一手として海外展開を検討する。これに対して殆どの日本企業は、日本で成功した事業をベースに多角化展開を検討する。では、なぜこの違いが生まれるのか?私は、この選択の違いは、短期と中長期のリスク判断の読み違いなのだと思う。
そもそも、日本の多くの企業は国内マーケット向けの仕事をするスタンスでいるため、海外進出というと海のものとも山のものとも分からないという感じで、リスクが非常に高いと感じてしまう。まあ、もちろん簡単ではないしリスクも小さいわけでもないのだが。一方、国内で既存事業の周辺事業への多角化を実施しようとすると、自分の理解が深い市場であるし、皆さん大好きな「シナジー効果」も発揮できそうなので、日本国内の多角化にはリスクが少ない、もしくは、少なくてもコントロール可能なような気がしてしまう。また、リスクが少ないということは、必然的に収益化、黒字化できるスピード感も海外進出よりは早く、事業成長スピードが短期的に早められる可能性も現実的にかなり高いのだと思う。
短期視点のABテストの罠のような話はパフォーマンスマーケティングの議論で何度か述べたが、実は日本企業のグローバル展開と国内多角化の意思決定の際にも同じような話が発生している可能性は非常に高いと思う。経営者が向こう2-3年くらいの事業成長を優先すると、おそらく国内の多角化を実現する方が収益の拡大の可能性は遥かに高いと思う。この意味でこの決断は全く間違っていない。事実、そこまで明確に記憶にないが、2002-2008年くらいの楽天がドンドン多角化している当時の自分も、会社の事業が急速に大きくなり、仕事も忙しくなっていく中で、いま自分たちが行っている事業の拡大が、海外進出の機会損失とトレードオフになっているなど全く考えていなかった。むしろ、拡大していくグループを見て、これはなかなかすごいぞくらいに思っていたような気がする。私は当時は経営の意思決定をするレベルのポジションにいたわけではなく、そのサポートをするポジションであったが、当時の自分を振り返っても、この誘惑を断ち切るのは相当強固な意思がないと難しいと思う。
欧米企業が中長期視点でグローバル投資を出来る理由
では、欧米の企業、特に米国の企業が短期的な多角化の誘惑を断ち切り、なぜあのようにアグレッシブにグローバル展開することが出来るのであろうか?主な理由は3つくらいあると思う。①国内市場VSグローバル市場の規模の差の成功体験、②スタートアップの売上重視の姿勢、③グローバルな人材プールである。
国内市場VSグローバル市場の規模の差の成功体験
①の国内市場とグローバル市場の差については、米国で考えるよりもヨーロッパで考える方が分かりやすいであろう。私がいたモバイルのゲーム企業にSupercellという会社がある、Crush of ClansやCrush Royaleなど世界的に大ヒットゲームを制作、販売している企業である。この会社はどこの会社かというとフィンランドの会社である。フィンランドという国は人口わずか550万人くらいの北欧の国である。550万人というと日本の都道府県の人口ランキングでいうと7位の兵庫県と同じくらいの規模である。GDPも30兆円前後という日本と比較すると何十分の一の規模の市場の国である。モバイルゲームというのは、AppleとGoogleがそれぞれApp Store、Google Playというグローバル共通のアプリ配信プラットフォームを展開してくれているので、ビジネスとしてグローバル展開するハードルが実は著しく低くなっている。極端な話、日本国内限定で配信するか、グローバル配信するかの配信設定上の手間の違いといえば、配信対象国のチェックボックスをクリックする数の差だけである。もちろん成功するためには、ゲームのローカライズとかいろいろやらなければいけないことはあるのだが、やろうと思えば実は誰でもグローバルでビジネスが可能である。特にSupercellのように圧倒的にクオリティの高い商品を開発する力があれば、AppleやGoogleがアプリストア内で大きく露出するなど、集客のサポートまで受けられるので、マーケティングの手間も相当軽減することが出来る。
ここまで、環境が揃っていて、人口550万人の小国のフィンランドの会社が、自国向けのOnlyの商品を開発するだろうか?実際、私が会った欧米のモバイルゲーム会社で、自社のタイトルを自国市場向けのみでビジネスをしようという発想の会社は一社もお目にかかったことがない。フィンランドは極端な例であるが、それは、イギリス企業でも、ドイツ企業でも、フランス企業でもほとんど変わらない。もちろんそれは米国企業でも同じである。私が知っている限り、モバイルゲームを自国市場向けに開発している企業がそれなりの規模で存在しているのは、日中韓の東アジアの3か国だけである。しかし、日本のゲーム会社と中韓のゲーム会社で異なるのは、日本以外の2か国は国内市場と同程度かそれ以上にグローバル市場向けに投資をしている一方で、日本のゲーム会社は日本向けだけにビジネスを行っている企業が大半である。
私がいたゲーム会社の場合は、幸い海外で戦えるIPが複数あったため、グローバルにチャレンジを続けているし、同様に老舗のゲーム企業は海外の基盤があるため海外でも何とか戦えている。しかし、おそらくモバイルオリジンで立ち上がったゲーム会社で現時点でグローバルでまともに勝負出来ている企業というのは、日本にはほぼ存在していないと思う。
それは何故なのか、ハッキリ言うが、日本のゲーム会社の多くが、そもそも日本市場向けに特化した商品開発を最初からしてしまっているからである。そして、それなりの確率で、日本市場だけで投資回収が出来てしまったりする。日本のGDPは世界のシェア5%程度であるのにも関わらず、最初から95%を捨てているのである。
なぜ、そうなるのか?それは単純にグローバルで成功したときの爆発力を体験したことがないため、失っている機会損失に殆ど気が付いていないからだと思う。ちなみに、私が関わったモバイルゲームタイトルでグローバル配信を行い最大のダウンロード数があったものは累計7億ダウンロードである。もちろんユニークユーザー数ではないと思うが、それでも7億である。日本国内向けだけにビジネスをしているだけでは絶対に不可能な数字である。私は、日本市場でビジネスが成り立ってしまうという今の日本市場に中途半端な規模は日本企業がこの30年間でグローバルで圧倒的に地位を低下させてしまった大きな原因のひとつであると思う。日本企業は、サービスの開発時点からグローバル展開を見据えて事業の展開をしなければいけないと思う。
スタートアップの売上重視の姿勢
②の問題は、最近は少しずつ変わってきているのかもしれないが、日本のスタートアップに投資されるベンチャーキャピタル(VC)等のリスクマネーの企業の評価が利益の創出に寄りすぎていることに起因している。凄く大雑把にいうと、もちろん無駄に金を使うことは全く許容されないが、シリコンバレーの大手VCなどが初期のフェーズで投資先企業の評価として最も重視するのは売上の成長率であると思う。事実、GoogleもAmazonも設立からかなり長期間に渡って大幅な赤字企業であった。特にAmazonなどはその赤字の巨額さが本当に大丈夫なのかとかなり議論になっていた。それなのに、日本進出も含め強烈にグローバル展開を図っていた。もちろん利益を評価基準にすれば、自国でも黒字化していないのにグローバル展開するなど日本企業の発想からはほぼあり得ないであろう。そもそもそんなアグレッシブな事業計画を書いても、おそらく日本のVCで資金を供給し続けてくれることは非常に可能性が低いと思う。しかし、シリコンバレーのVCが狙っているのは中途半端なリターンではなく、グローバルで成功する企業を生み出すことだ。世界最大のアメリカ市場が幾ら大きいといっても世界のGDPの2割前後である。誰かに残りの8割を持っていかれてしまっては、グローバルのトップ企業にはなれない。だから、国内の黒字化よりも本当にポテンシャルがある事業であれば、売上拡大のために早期のグローバル展開を後押しする。シリコンバレーで仕事をしているとそのようなアグレッシブさを本当に身近に感じて、日米の差の大きさに愕然とした(ただ、赤字のまま資金調達し続けるというのは、調達が止まってしまった瞬間に会社はつぶれてしまうので、巨大な自転車操業のようになるので、偉そうに言っているが私は精神衛生上、シリコンバレー式の事業拡大サイクルに参戦する勇気は今のところないが)。
グローバルな人材プール
そして③の人材プールについては、それこそシリコンバレーにいると強く感じることである。よくアメリカを移民の国だと表現することがあるが、それは昔話では全くないとアメリカにいて感じた。もちろん自分も日本人としてアメリカに住んでいたが、アメリカで働いている人と少し仲良くなってパーソナルな話をするようになると、そもそもアメリカ人でない人が結構な割合で存在する。シリコンバレーという場所が、ITビジネス界のプレミアリーグみたいな場所なので、世界中の優秀な人がチャレンジしに集まってくるのだと思うが、たぶん2-3割の割合で外国人がいるような感覚だ。そのような環境で、様々な国籍の人が集まって仕事をしていると、そもそも米国外でビジネスをすることのリスクみたいなものが、実態として下げあれるのか、下がった気になるのかは分からないが、少なくても心理障壁は相当下げられるのだと思う。例えば、日本に進出しようと思ったときに、社内に日本人がいれば、分からないことがあれば彼に聞いてみようとなる。それだけでも、だいぶ違う気がする。
早くチャレンジしなければ成功もあり得ない
ここで上げた3点理由は、私の考える海外と日本の差の代表例だが、おそらくそんなにポイントはずれていないと思う。少なくても楽天が一生懸命多角化を推進しまくっていた2002-2008年くらいの時期にはがっつり当てはまると思う。
そのように考えると、メルカリなどが結構早い段階で、シンプルに海外展開を図っているのは素晴らしいと思うし、素直に応援したい。
GreeとDeNAもチャレンジしたのは素晴らしいと思った。ただ、この2社はチャレンジする相手がGoogleとAppleになってしまったので、正直戦略的に現実味がなかった気がする。たぶん数百億円損をしていると思う。でも、そもそもチャレンジしなければ、成功もあり得ないので、それは良しとしなければいけないと思う。少なくても会社が傾いたということはないのだから。
結構長々書いてしまったが、11年以上働いた楽天が結構本気で海外展開しようとして、何故あのようにあっさりうまくいかなかったのを見ていて、単純に悔しかったし、日本のネット企業のすごく重要なモデルケースであると思って、米国にいるときに考えた私の結論はこんな感じである。
いま若い人たちが一生懸命起業していて、私が若い頃よりは遥かに資金調達もしやすい環境になってきたので、そういう若い人たちに少しでもここでの議論が参考になれば良いと思う。