年間の退職率2-3%を実現する
多くの会社で優秀な社員をどうやって自社にとどめておくのかというのは大きな課題である。以前に人材育成の話で、放っておいても育つような社員は20-30分の1程度の確率でしか出現しないという話をしたが、人材育成の仕組みが整っていない企業においては、この20-30分の1の確率でしか出現しないレアキャラにやめられたりすると組織全体のパフォーマンスが極端に低下するというような事態が発生しかねないからだ。
ただ、私個人の経験でいうと30代前半のまだ私自身が今と比べて大分子供であった時に若干の例外があるかもしれないが、マーケターという範囲でいえば余り自身の部署で抜けらられて困るような社員に退職されて困ったという経験はそれほど多くない(もちろんないとは言わないが)。以前にも書いたが、おそらく私がマネジメントしていたマーケティングの部署の退職率はおそらく年間で2-3%程度(100人の部署で2-3人やめる程度)が平均だと思う(例外は最近のエンジニアで、こちらのマーケティングに限定している)。
では、自社、自部署の退職数を減らすために必要なことは何であろうか?小まめなコミュニケーションであろうか?高い給与であろうか?残業の少なさであろうか?よい福利厚生であろうか?もちろん、いま例に挙げた条件は当然良いに越したことはない。業界の水準と比較して、これらの条件が著しく良くできるという場合は、もちろん退職率を下げることは出来るであろう。但し、これらを実現するためには、多くの場合会社としては当然コストを払わなければいけないので、本業の利益水準が対競合比で著しく高いことが条件となる。その条件が整わない状況で社員に大盤振る舞いで還元ばかりしていては、残念ながら退職率は下がっても会社が永続的に存在し得なくなってしまう。
このため、今回の議論では、社員の退職というテーマで考えるが、前提とするのは会社として直接キャッシュアウトが発生しないような、現場のマネジメントのレベルでコントロール出来る事項に絞って話をしたいと思う。
部下にいつでも転職出来るスキルを身に着けさせる
まず、私が部下に対していつも考えている基本スタンスについてお話したい。私は、これを自部署のMTGなどで公言していたのだが、自分の責任は、自分と一緒に仕事をしてくれた人が自分の会社以外に転職しようと思ったときに、苦労せずに転職できるように成長してもらうことであると考えている。そのために、育成環境を整え、成長する機会も提供するというのが部下を預かるポジションにいる人間の責任であると考えている。このように書くと寧ろ転職を推進していると誤解してほしくないが、そもそも、働きながら自分の成長も感じられず、スキルの習得も出来ないような職場で仕事をすることが魅力的ではないと考えているので、どこに出ても恥ずかしくないような、胸を張って自分が行った仕事を語ることが出来るような経験ができる部署にしたいと思っていることが、背景にあるとご理解いただきたい。
では、人がドンドン成長し、スキルを身に着けられる職場で退職率が高いのかといえば、前述のとおりそうではないと考えている。では、転職出来るスキルを身に着けた人材が転職せずにとどまり続けられる組織とはどのような組織なのであろうか?それは、単純でさらに継続して成長することができる組織であると思う。別にお金がすべてだとも思っていないが、ジョブ型雇用や能力重視の評価制度(なんか当然の話にしか思えないが)が重要視されてくる今後の日本の企業社会において自分の評価を上げて、給与をあげていくためには、自分のスキルと能力の上限を上げ続けるしか方法はないと思っている。そのように考えると、雇用される側に取って一番リスクが高い職場というのは、自分の成長が止まってしまう職場である。逆に言えば、自分がより成長することが出来る職場であれば、それを放棄して転職してしまうことは、結構大きなリスクであると私は考えているし、実際にそこまでドライには考えていなくても、転職を考える際に、似たようなことをおぼろげに考えている人は多いのではないかと思う。
社員の能力向上は会社が提供できる最高の付加価値
私は、自部署のメンバーを成長させる人材育成とは、部署のメンバーに対する最も重要な付加価値の提供であると考えている。そのためには、自部署の活動自体を常にバージョンアップさせ、昨日より今日、先月より今月、去年より今年がより高い次元のマーケティング活動をしている必要がある。去年と同じことをしていては、その部署自体が成長していることにならないし、その部署自体が成長しなければその部署で働いている人材にとっても成長の機会がないからである。逆に言えば、自分の部署の活動が常に改善、レベルアップし続けられている限り、チームのメンバーには常に成長の機会が提供され続けられるわけである。
私は、自分の部署のマネジメントにとって、これほど好都合な正の循環はないと思っている。自分の部署の活動が洗練されるほど部下のモチベーションが高まり、会社の業績も改善するのだ。
ぶっちゃけ言うと、この辺の話は結果論で、自分の部署の退職率が低いという事実から、なぜそれが実現できたのだろうというのを振り返った末の、自分なりの後付けの理由である。私自身は、単なるマーケティングオタクみたいな側面が強いため、やったことのない新しいマーケティングの考え方や、新しいツール、新しいメディアなどを常に取り入れて、PDCAを回し続けているだけである。その理由も、もちろん結果的に会社の業績を改善することを視野に入れてはいるが、本音で言えば、単純に好奇心と楽しみみたいな側面の方が大きい。ただ、結果だけ見ると、私自身の動機がどこにあるのかは重要ではなく、そのように変わったCMOがマネジメントしているマーケティング部門というのは、マーケターが働く場を作るという意味では良いサイクルが回る状況であったのだと持っている。
退職率を低くするためには、自分の組織を働く場として魅力のある場所にしなければならない。たまに、採用ブランディングみたいな話をすると、採用部門の人たちは自分たちの会社がどのように良い会社なのかを一生懸命議論しているのに遭遇する。もちろん、それ自体は正しいことだし、真剣にやっていることなので否定は全くしない。しかし、その結論をみて、感じることは「それってこの会社固有の特徴なの?」という内容であることが非常に多いという事実だ。それでは良い人も採用出来ないし、良い人を採用出来たとしても定着しない。
やはり重要なのは、その組織が働く場として本質的に付加価値がある職場なのかというもっと重要視されなければいけない。私は、それは自分の専門分野における、自身のスキルの成長であると思っている。だって、皆高く評価されたいはずなのだから。