未知を未知のまま扱う能力

原理を知らなくても使えてしまう便利な世の中

「人類は浮力の原理を解明する前から船を作り、風が起こる原理も分からないまま帆で船を操り、波が起こる原理も理解しないまま堤防を築き上げた。人類は古来より未知を未知のまま扱う能力を持っている。」(葬送のフリーレン 10巻)

最近は、1時間とかTVの前でじっとしていることが忍耐力の面でも、愛犬との物理的な生活環境の面でも難しくなってしまったので、映画とかスポーツの中継、ドラマなどを見ることがすっかりできなくなってしまった。そんなわけで、長さ的にも、流し見をするという意味でもアニメはちょうど良いコンテンツで、50歳近いいいオッサンだが、Youtubeとアニメが一番頻度高く利用するコンテンツになっている。

基本昔見たことあるアニメを見返しているのだが(集中しなくても話が分かるのでちょうどいいし、基本的な設定を覚えなくてもいいので楽)、たまに評価の高い新作のアニメは重い腰を上げて見るようにしている。その中で、この数年で久しぶり凄いなと思ったのが「葬送のフリーレン」というアニメだ。社会現象にもなった鬼滅の刃も凄い作品だと思ったが、このフリーレンも久しぶりにこれはすごいなと思えるアニメ/漫画である。もちろんまだ見ていない方のネタバレにならないように、詳しい内容は当然ここでは触れないが、知らない方に向けて超簡単にいうと、人類と魔族との戦いの物語である。

冒頭の言葉は、この漫画10巻の中で(まだアニメにはなっていない)、大魔族同士の会話の中で人間の能力について語る場面で出てくる言葉である。この漫画は、原作者が「セリフに相当気を使って作っているので、アニメ化の時にそれを尊重して作ってほしいと依頼した」という話がWikipediaにも記載されていたが、漫画を読んでいると、キャラクターのちょっとした言葉にセンスが溢れていたり、含蓄のある言葉に出会うことが出来る。

今回の言葉は、含蓄系のワードの中でも私の心にビビっと響いた言葉の一つである。

どれだけ調べても市場理解を完璧にするなどあり得ない

このBlogを書き始めてから、これまで自分がデジタルマーケティングをしながら考えてきたこと、実践してきたことを改めて整理して考えることが出来た。20年近く、毎週目標値を追い、毎年事業計画を追い、中期経営計画を追い求めて来たため、自分がやっていることを改めて考える機会というのがなかなか無かったので、本当に良い機会であった。

その中で、マーケティングというものを考える時に、間違いなく言えることと言うのは、「正解は誰にも分らない」という事である。もちろん、これはマーケティングに限った話ではなく、ビジネス全体に言えることではあるが。

なぜ、分からないのかといえば、マーケターの視点でいえば、どれだけリサーチをして、マーケティングのPDCAを回したとしても、結局のところ正しい可能性が高い市場理解に基づいてマーケティング施策を実施しているだけであり、完璧な市場理解、顧客理解が出来ることなどあり得ないからである。なぜなら、市場にいる顧客一人一人が何を考え、何を欲し、何を欲していないのか、それが何故なのかなど、全員に詳細に聞かなければ分かりえないからである。

さらに、極論で、対象とする顧客全員にインタビューしたとしても、その人が本当のことを言ってくれているのかは相当疑わしいため、市場理解を完璧に出来ることなどあり得ないと言える。

もしそうであるのであれば、私たちマーケターというのは、完全に理解出来ないものに対して、一生懸命何とか上手く自分たちの意図する方向に市場を動かせないかと四苦八苦しているわけである。

このように考えながら、日々の思考をめぐらせている中で目にしたのが、冒頭の文章であった。「人間は未知を未知のまま扱う能力を持っている」というのは、言われてみればその通りなのであるが、それを、このようにハッキリと言語化して表現されているのは、教養のない私には非常に新鮮な発見であった。

一般ドライバーとプロのレーシングドライバーの違いとは?

別に、マーケティング以外にも、よくよく考えてみたら、我々の生活というのは、その原理をよく理解できていないものを、深く考えずに利用して生きていることばかりである。

どのような原理でいまこの文章を書いているPCのCPUは動いているのか?どのようにして、インターネット上で情報のやり取りが出来ているのか?なぜ自動車のエンジンは動いているのか?などなど、よくよく考えると分からないことだらけである。でも、私たちは分からないなりに、利用の仕方を学び、便利に活用しながら生活をしている。

でも、それでそのツールの機能をフルに活用することが出来ているのであろうか?それはまた別の話である。例えば自動車である。これまたYoutubeの話であるが、私が結構好きなYoutubeのコンテンツジャンルに自動車の評論・評価のコンテンツがある。中でも、自動車の評論家ではなく、プロのレーシングドライバーがクローズドなコースで車のポテンシャルを限界まで出し切るようなテストをする動画をよく暇つぶしに見たりしている。そのような動画を見ていて思うのは、同じ車を運転するといっても、私のような一般ドライバーとプロのレーシングドライバーでは、ハッキリ言って車を走らせることに対する理解のレベルというか、原理の理解に驚くほどの差があることである。

私のような一般のドライバーは、車を運転するときに、アクセルを踏めば進む、多く踏めば加速が強まる。ブレーキを踏めば減速する。ハンドルを切れば曲がる。ハッキリ言って、大雑把に言えばこのくらいの知識と理解くらいしか持ち合わせていない気がする。そして、その程度の理解でも問題なく運転できる枠が道路の制限速度のような交通法規なのだと思う。

しかし、プロのレーシングドライバーというのは、それとは全く別の次元で、その車のポテンシャルをフルに発揮して、どれだけスピード早く走ることが出来るのかということを仕事にしている。ここで重要なのがポテンシャルをフルに発揮してという部分で、これが限界を越えてしまうと、車は止まれない、曲がれないということになり、クラッシュしてしまうため、命を危険にさらすことになる。この限界値を理解するために、プロのドライバーは、エンジン、ブレーキ、タイヤ、サスペンションなどなど、車を構成するあらゆるパーツのポテンシャルを理解し、それらのバランスをセッティングで調整し、限界のスピードを追求していく。一般ドライバーとは全く別次元の話である。少なくても、一般の公道を制限速度で走っていて、タイヤやブレーキの限界値を感じることはないであろう。もし普段運転していてそれを頻繁に感じている人がいたら、その人は交通ルールを守っていない人である。

プロのマーケターだから見える世界を得るための努力

という一般ドライバーとプロのドライバーの差を理解したうえで、話をマーケティングに戻す。

まず、前提として、マーケティングというのは、前述の通りどこまで行っても正解は誰にも分からない世界である。世の中絶対というのは殆どないが、これは間違いなく「絶対」わからないと断言できる。私たちマーケターは、未知を未知のものとして受け入れたうえでマーケティングの決断を下さなければならない。そして、人には、それをする能力があることもここまで見てきて分かっている。

でも、一方で、未知であるとしても、その活用において、一般ドライバーとプロのレーシングドライバーの違いのように、どのレベルまで理解して、その未知をより精度高く活用するのかについては、同じ未知でも違いが出てくる。

おそらく、人により程度の差はあると思うが、プロのレーサーでも車を構成するすべての部品がどのような役割を果たし、それがどのように連動しているのかを原理のレベルで完璧に理解している人は少ないであろう。それでも、プロとして成功したドライバーであれば、車を運転するときに見えている世界というのは、一般ドライバーとは確実に異なっている。

マーケティングにおいても、きちんとスキルを持ったプロのマーケターと素人には同じような違いがなければならない。訓練と経験を積んだプロのマーケターとそうでない人では、例えば同じマーケティングKPIの情報を見たとしても、得られる情報のレベルが全く異なることが多い。複数の数字の連動性を見ながら、なぜある数値が悪化しているのか、良化しているのかなどの背景を理解することが出来たりするからである。

以前、媒体の紹介でも触れたが、GoogleやMetaを中心に、デジタル広告というのはドンドンAI化が進んでいる。AI化が進むと、プロのマーケターにとっても得られる情報が少なくなる。これは、よく言えば、一般ドライバーでも車の運転が出来るように、デジタル広告を活用することが出来るという事である。それ自体は決して悪いことではない。しかし、プロのマーケターとして生きていくのであれば、一般ドライバーのように未知を未知のものとしてそのまま受け入れ、便利に活用するだけではパフォーマンスの差を生むことは出来ない。一方で、プロのレーシングドライバーのように知識もスキルもないのに、車のポテンシャルの限界値までスピードを出そうとすると、車をコントロールすることが出来ずに事故を起こす原因となる。

 そうならないためには、プロのレーシングドライバーのように、素人には必要ないレベルで未知を未知で終わらせないで理解しようとする努力を欠くことは出来ない。未知を未知のままで良しとしてはいけない。例え、理解しなくても便利に活用出来るからといって、そこに甘んじてしまっては、他人との差を作れないのである。

そして、それを行う唯一の方法はPDCAの高速回転である。何をどこまでやると限界値を超えてしまうのか?こういう話は、頭の中で考えているだけではおそらく分からない。

プロのドライバーもスピンした経験があるからタイヤのグリップの限界値を理解出来るのだ。一度もスピンをせずにプロのドライバーになった人など一人もいないであろう。その限界値は、ここまでなら大丈夫というPDCAをトレーニングの過程で何度も何度もトライした経験の結果の理解である。

マーケティングというのは、これからドンドン車の運転のように誰でも出来る世界になる。AIがこれをドンドン加速している。それでも、レーシングドライバーのように、限界値をコントロールするには、人間の力も必要であると信じているし、そうであってほしいと思っている。ただ、その時には今いるマーケターの人数ほどにマーケターの数はいらない。何とかして人間しかできないマーケターとして生き残りたいものである。そのためには未知を未知のまま終わらせない努力が必要な気がする。