良いマーケター人材の見分け方のチェックポイントとその評価手法について見てきたが、どれだけ精度高く人材を見抜くスキルをCMOが身に着けたとしても、それで良い人材が採用出来るわけではない。なぜなら、良い人材に来てもらう前にそもそも良い人材に応募してもらわないといけないし、良い人材に巡り合い、入社してもらいたいと思っても、数ある選択肢の中から自分の会社、自分のチームを働く場として選んでもらわなければいけないからである。
良い人材に自分の職場を仕事をする場所として選んでもらうためには、大きく分けて2つの要素がある。
- 所属する企業の採用ポテンシャル
- 自己のマネジメントするマーケティング組織の魅力
それぞれ詳細に見ていくことにしよう。
所属する企業の採用ポテンシャル
働く場として、どのような企業を選ぶかの選択基準は人それぞれ違うと思うが、一般的には、企業の採用力というのは、次のような要素で決まることが多いと思う。
- 会社の規模や成長性
- 会社の給与水準等の条件
- 働く場としての企業の評判
会社の規模や成長性
一般的に考えれば、会社の規模が大きかったり、会社の成長性が非常に高いなど、企業として、安定しているとか、将来性が高いと見られやすい企業には良い人材が集まりやすい。私個人としては、企業の規模で働く場を選ぶということを人生でしたことはないが、学生自体の周りの友人の新卒時の就職活動の様子などを思い返すと、少なくても30年前は、所謂偏差値の高い大学の卒業生は、概ね大規模な有名企業を優先して選択することが多かった。
一方で、スタートアップ企業の働く場としての魅力の最大の要素は「成長性」「将来性」である。20-30年前は所謂一流企業で働くことが出来る人材の選択として名前も知られていないスタートアップ企業が挙がることは、非常に稀であった印象であったが、最近の若者の話を聞いていると、私の知る母集団に偏りがあることは否定できないが、少なくても30年前よりは大分状況は変化してきているように感じられる。
個人的にその変化を感じるようになった切っ掛けを作ったのが、DeNAとGreeが一時期優秀な新卒学生を良い条件で採用し、その卒業生がネクストステップとして、スタートアップを起業して、成功者がちらほら見えだしてきたという状況が7-8年前位から出てきだしたことだと思う。しかも、そのうちの何人かが、有名芸能人と結婚するみたいなニュースが話題になるなどして、世の中の空気が少しづつ変わってきたような印象を受けている。
逆に言えば、現時点で優秀な新卒の学生を毎年着実に採用出来るような企業としての評価や、現時点での企業の規模は大きいとは言えないが、事業に将来性が高く、成長スピードが早いという状況を持ち合わせていない企業というのは、企業の名前だけで良い人材を惹きつけることは普通に考えれば難しいということになるため、それ以外の要素に魅力を持たせて、良い人材を惹きつける努力をしなければならない。
会社の給与水準等の条件面
仕事というのはプロフェッショナルとして通常は週40時間程度、つまり、その会社に所属している期間の人生の1/7程度は強制的に身をささげる・拘束されるので、当然それに見合う何らかの対価が得られなければならない。
その代表的な例が給与を始めとする報酬であり、コロナ禍以降で重視され始めてきたのが、在宅勤務の日数であるとか、フレックス金、副業の可否であるなどの働き方であると思う。
特に、この10年位は、報酬面だけでなく、後者の働き方が重視される傾向が特に若い人を中心に強くなっているように感じられ、この点をマネジメントとしてどのように考えるのかというのは、採用のみならず企業として真剣に考えなければならない重要なポイントとなってきている。
それ以外でいえば、私は社会人人生で殆ど経験がないのであるが、日本の伝統的な企業を中心に、住宅手当や家族手当、退職金などの金銭面での所謂給与以外の面での金銭条件や、社宅、福利厚生施設の充実度など、お金以外の面での福利厚生の充実度なども、一度その様な会社で働いて手にしてしまうと、手放しにくくなってしまうようなものもあるのかもしれない。
いずれにしても、良い人材を採用するにあたって、直接的な報酬とそれ以外の福利厚生の面において、会社として良い水準を提示出来ることは、不利になることはあり得ないので、その点は各々の企業が必要な人材のマーケットプライスとのバランスを考えて、熟慮しなければならないポイントである。
私の経験上、間違いなく言えるのは、非常に優秀な人材を、市場価値・マーケットプライスよりも安く採用したり、入社後もその水準のまま便利に働かせて効率を上げようというアイディアは基本的にはあり得ないし、その様な状況がもし自組織内で発生していることが認識されれば、寧ろその状況の固定化は、採用できないリスクだけでなく、退職リスクが高まることを意味するため、早急な改善が必要であるという点である。たまに、非常に優秀な人材が、分かりやすく言うと「世間知らず」で、現職で不当に低い給与で働いていたりするケースに巡り合う幸運が恵まれることがあるが、もしその人材が想定通りに優秀であることが入社後に分かれば、早急に条件面の適正化を行うべきである。掘り出し物が永遠に掘り出し物の条件で満足して仕事をしてくれることは基本的にはあり得ないし、そうすべきでもないというのは、特に米国で仕事をして感じた真実である。
働く場としての企業の評判
働く場としての企業の評判というのは、非常に荒唐無稽な言い方になるが、分かりやすく言えば採用ブランディングということになるのかもしれない。ただ、ここで注意しなければいけないのは、私も何度か採用ブランディングのコンサルティング的な企業と仕事をしたことがあるが、個人的な感想としては、採用ブランディングで打ち出したい内容を外部の企業に相談するという時点で、その会社は働く場としての自社の組織を客観的に考えられていないし、自社の働く場としての魅力を本気で考えられていないということなので、大きな問題であると思う。
では、具体的に具体的働く場としての企業の評判というのは、どのようなことで決まってくるのであろうか?
- 経営陣が従業員に求める働き方
- 仕事をする場の雰囲気
- 社内で評価される人材のタイプ
- 社員の教育体制やキャリアステップに対する考え方
私の考える代表的なものはこの4点位であろうと思う。
経営陣が従業員に求める働き方
この代表例が以前私が述べた、性善説・性悪説マネジメントの違いであるとか、職場での信頼感が関係するように思う。少なくても私が見てきた組織において、退職者が口にする職場に対する不満として、性悪説によるマネジメント思考が強く、現場に殆ど裁量がない職場であったり、社員を経営陣が信頼しておらず、会社全体でマイクロマネジメントが横行しているような会社の風土が表明されることは少なくなかったので、性悪説より性善説でマネジメントされる職場、信頼感のある職場の方が、働きやすい職場として評価されやすい可能性は高いと思う。
それ以外にも、結果重視 vs プロセス重視、数値管理重視 vs スキル重視など経営陣が従業員をどのようにマネジメントし、働く場としての魅力と、企業としての業績をどのようにバランスさせるのかには正解はないし、ひとつのやり方が、あらゆる人材のニーズにFitするという事もあり得ない。このため、経営メンバーは自社がどのようなポイントを重視して組織をマネジメントし、それに適した人材はどのような指向性を持った人材で、その人にアピールするためにはどのように自社を定義し、見せるのかというのを真剣に議論し、実践していくことが重要である。
仕事をする場の雰囲気
これも曖昧な言葉で、前項の経営陣が従業員に求める働き方と切り分けることも難しいが、ここでは違いを分かりやすくするために、マネジメントの上位レイヤーから強制されることによるものではなく、結果として現場で醸成されるボトムアップ的な結果としての職場環境と考えてもらいたい。
例えば、打ち合わせの現場でスタッフレベルの社員が積極的に自分の意見を発言できるような環境であるとか、分からないことがあれば先輩に聞きやすい環境であるかとか、隣で困っている同僚がいれば周りがサポートしてあげるみたいなチームワークの関係性であるとかであろう。
ちなみに、ボトムアップの結果とは言いながら、実際にはこのような雰囲気、個々の従業員の業務スタンスを決定するのは個々の従業員に求められる経営層からの要求内容の優先順位であったり、次に話す人事評価の優先順位の考え方に規定されることが多いため、完全なボトムアップではないのであるが。
いずれにしろ、難しい制度とか、マネジメントの手法などは、個々の従業員には関係なく、結果として働くの職場の雰囲気は、日々働く環境という意味で従業員には重要であるし、その雰囲気というのは、面接・面談時に対応する社員の言動からなんとなく伝わるものだと考えている。このため、職場の魅力・評判を良くするためには、自社の職場の良さを末端の社員が外部に話せるような状況にしておくことが重要であると考えている。
社内で評価される人材のタイプ
分かりやすく言えば、その企業の人事評価制度の設計思想とその結果として重視される評価項目の優先順位、そして、最終的な運用結果として、職場で評価されている人材がどのような人物であるのかという事である。
もちろんこれも正解はない。例えば、社員を徹底的な結果重視、成果重視で管理するという思想のマネジメントスタイルの会社で、その点を他の項目よりも圧倒的に高い優先順位で評価するというタイプの評価基準の会社があるとしよう。この評価制度の狙いは、おそらく短期的な効率改善、売上向上を図るということであろう。その意味では、このような方針は間違ってはいないといえる。
しかし、このような評価制度を極端に運用に載せてしまうと、例えば職場の雰囲気で述べた、後輩社員が先輩社員に分からないことを聞きにくいとか、隣で困っている社員がいても周りのメンバーが手を差し伸べることが少ないみたいな状況が発生するリスクが増大し、ギスギスした雰囲気の職場になってしまう可能性が高い。なぜなら、自己に課された数値目標の達成のみが、評価される仕組みであれば、ロジカルに考えれば、他人の世話をやいている暇があれば、自分のパフォーマンスを上げることに集中するほうが、高く評価されるからである。
一方で、逆にチーム全員で和気あいあいと雰囲気の良い職場を作ろうとして、数値目標の達成を重視しなかったり、そもそも数値目標(昔の言葉でいえばノルマ)を課さないというようなマネジメント方針をとり、チームへの貢献度みたいな話を重視しすぎると、今度は短期的なパフォーマンスが停滞するリスクが高まるかもしれない。
と、どのような人材をどのような仕組みで高く評価するのかという人事制度、人事評価制度の設計というのは会社の働く場の評価に密接に関連していくことになるため、慎重にデザインされていなければならない。
ただ、多くの会社を見てきて思うのは、制度、ポリシーの設計と同等がそれ以上に重要なのはその運用である。人事制度とか評価制度というのは結構外部の専門のコンサルティング会社と一緒に作ることが多いが、そういう会社が入って、様々なベストプラクティス的なものを反映すると、制度上数値評価に徹底して振り切ったり、仲良しチーム作りに振り切ったりすることはなく、程度の差はあれ、ある程度バランスのとれたものになることが多い。それにもかかわらず、会社ごとの職場としての魅力度に大きく差が出る理由は、私の経験上、制度の設計以上に、制度の運営に職場の魅力が左右される部分が大きいからだと思う。典型的なのは、誰が評価され、誰がより良い地位に出世するかどうかの判断で、人事評価制度での基準と全く違う基準が適用されてしまうことが多くあったりすることである。その代表的な例が、上司が扱いやすく、その人物を通じて自分の組織をコントロールしやすいような所謂Yesマンタイプの人材が出世してしまうパターンである。このような人材は、どこの組織でもそれなりのかずいるわけであるが、私がこれまで見た人事評価制度の中で「上司の指示に徹底的に従順であること」とか「上司の発言に異を唱えるないこと」などが求める人材の評価ポイントとしてリストアップされているのを目にしたことはない。つまり、これは精度の問題ではなく、運用の問題であるということである。
ちなみに、このような人事が運用レベルで横行してしまうと、どんなに美しい制度を作っても、末端社員からの見え方で、制度ではなく運用実態の方が会社の真の姿に見えてしまうので、注意が必要である。
自社の職場の魅力度を評価する際には、マネジメントレベルのメンバーは、制度的なロジックと現実の間で、目をそらさずに「現実」を直視して、冷静な自己評価をすることが求められる。
このあたりの現実を直視するひとつの方法として役立つのが、外部の転職レビューサイトである。具体的にはオープンワークとか、転職会議のような媒体になる。SNS、UGC系の媒体の常で、このようなサイトにかかれていることのすべてが真実なわけでもないし、媒体の特性上、概ね悪い側面が強調されやすい(やめた人が書くことが多いので、書き込む時点でネガティブな動機付けがされていることが多い)。しかし、偏りがあるとしても、書かれていることに思い当たる節が全くないということは稀で、そこまで的外れなことが書かれていることはそこまで多くない気もしているので、目を背けずに、このようなサイトから情報を取り、自社がどのように表かれているのかを把握する事の一助にはなると思う。
社員の教育体制やキャリアステップに対する考え方
職場の魅力を左右する要素で最後に上げるのが、社員の教育体制やキャリアステップについての考え方や、その結果実現する既存人材のスキルレベルである。これまで見てきた3項目については、どちらかというと「今」働く場所としての評価という事であったが、この項目の重要な点は将来この会社で働くと自分は成長でき、よりよい条件や環境で仕事をすることが出来る、キャリアアップ出来るのかという事である。
もちろんそれを外部に見せる方法は、人事部門が構築するような社内の研修制度の充実度のような話が分かりやすい。しかし、この点も、私個人が立派な社員研修制度があるような会社で余り働いた経験もないし、あったとしてもその様な研修を受ける立場で仕事をしていなかったということもあり、よほど斬新か充実した制度でないかぎり、制度面の見せ方で、教育制度や良いキャリアを詰める場所としての魅力があるとアピールするのは難しいと思う。
それよりも重要な点は、①現在いる社員が取り組んでいる業務のクオリティが競合他社や他業界の企業と比較して高いレベルにあるのか、②その会社の卒業生の社会での活躍度合いの2点が私は重要であると思っている。前者については、面談の場などで、自社の面接担当者が語る自社の現状や課題の説明を率直にすれば、その会社のスキルレベルは分かる人には分かるものだし、後者についても、人材輩出企業として評価される会社は、自然と耳に入ってくるはずである。
特に、人材輩出企業という視点でいえば、私の1社目の楽天などは、多くの起業家を輩出していたり、卒業生が様々なデジタル系の成功企業のマネジメントポジションで活躍していることなどから、高い評価を受けている代表例かもしれない。
企業の採用ポテンシャルをあげるのは経営トップの仕事
ここまで見てきたように、企業のポテンシャルというのは、様々な要因により規定される。但し、読んでいただいてご理解いただけると思うが、企業の採用ポテンシャルを良くするためには、CMOであれ、マーケティング部の部長であれ、単体で実現できることはほとんど存在しない。
経営トップを中心とした企業全体の一貫した取り組みの結果が、魅力的な職場を作る要素を構築していくわけであるのは間違いない事実である。
このため、次回は、CMOやマーケティング部長など現場に近いマネジメント、ミドルマネジメントレベルでも改善可能な、「自己のマネジメントするマーケティング組織の魅力」について考えてみたいと思う。