AI化が進むデジタル環境でのデータの役割

デジタル広告で行われているAIとの対話

前回までで、パフォーマンスマーケティングの基本的な考え方と、具体的な実践法の考え方を詳細に検討してきた。その中で学んできたことは、売上・利益を最大化するための正しい運用KPIを設定して、それを最適化できる広告運用アカウントのキャンペーン構成を作り、そのキャンペーンにおいて、AIに十分な量の学習データを提供し、機械学習を効かせて、最適な広告のパフォーマンスを実現するということであった。

 そこまで理解したうえで、再度このAI化が進むデジタル広告の環境においてデータがどのような役割を担い、マーケティングのパフォーマンスを左右するのかを考えてみたい。

まず、大前提として、AIが最適化を行うパフォーマンスマーケティングにおいてデータと広告パフォーマンスの関係を概念的に示すと次のようになる。

前回説明した3つのパターンのパターンにおいても広告主が行っている事というのは、メディアのAIにどのような条件の顧客が購入者に転換する可能性が高いのかというメッセージをデータとして提供し、AIはそのデータに基づいて、膨大なユーザーの選択肢の中から、適切なユーザーを適切な単価で獲得するというプロセスであった。

3つのパターンの違いは、そのデータの提供の仕方の違いである。年齢層別のキャンペーンの場合は、年齢層にターゲットを限定してその年齢層のユーザー毎に異なる顧客獲得CPAを設定している。二つ目の価値の重みづけをするキャンペーンにおいては、年齢層別に顧客一人あたりの価値の重みづけを変更して、獲得する顧客の年齢構成の比率まで自由に組み合わせる余地をAIに追加していた。そして三つ目の購入者CPA最適化のキャンペーンにおいては、そもそも年齢層という優良顧客の分析軸を取り払い純粋に購入転換者のデータまたは、購入転換予測モデルの予測データをAIに提供することでより質の高いユーザーを獲得することを目指していた。

では、この3つの運用方法に共通していることは何であろうか?やっていることは単純でAIに自分はどのような条件のユーザーをどのような条件でほしいのかを指定しているということである。

マーケティング効率を向上させるための顧客理解

今回の説明では、顧客セグメントを年齢別に分析するというよくある分類法を使ったが、これはあくまで一例であって、当然常に年齢別キャンペーンが最適な切り口であるはずはない。そのように考えると、パフォーマンスマーケティングの効果を改善すための優良顧客を発見するための分析の切り口は他にもあるということになる。

この理解は、パフォーマンスマーケティングの効果を改善するために非常に重要な示唆を含んでいる。デジタルマーケティングのPDCAを回していると、どうしても前回説明したような、キャンペーン構成のような広告運用のテクニカルな部分に目を向けがちになってくる。しかし、実は、その前段で自分たちが抱える顧客のうちで誰がよい顧客で誰が価値の低い顧客なのかというのを正しく認識し、その情報をタイムリーにAIに提供することが、マーケティング活動のパフォーマンスを上げるためには非常に重要であるということが分かると思う。

蓄積された顧客データは中長期でのマーケティングの差別化要因

以前データドリブンマーケティングを成功させるために否定する常識のひとつとして売上最大化至上主義の問題点について触れた。その際にデータの整備は売上を増大させるのと同程度に重要であるという話をしたのを覚えているだろうか?あの話は、具体的にはこういうところにも繋がっているわけである。

パフォーマンスマーケティングの効果を改善させるためには、顧客の様々な情報を精査したうえで、どのような要素が優良な顧客とそうでない顧客を分ける要素になるのかを理解する必要がある。これは、どの運用方法を選択するにしても不可欠な情報である。しかも、私が現在の技術レベルではなかなか難しいと申し上げた購買者転換の予測モデルを作って顧客の獲得ごとにリアルタイムで顧客の購入転換率を予測するような世界も、それが1年後か5年後か10年後かはしらないが、そのうち必ずやってくるはずである。そのような時に、競合他社と自社の広告運用の差別化を図る最大の要素は、おそらく自社に蓄積された顧客データの量と質になってくると考えられる。なぜなら、広告メディアが提供するAIはどの会社も一律で利用可能であるから、そこでの運用手法のノウハウなど、数か月か数週間程度のアドバンテージしか維持できず、早晩模倣されてしまうからである。

しかし、顧客データというのは、長い時間をかけて蓄積されてきたものであるため、他社事例でこういうデータが有用であったと分かったとしても、自社のすべての顧客から同様の顧客情報を獲得するには膨大な時間とコストがかかるのが普通である。そのように考えれば、自社の顧客データの質こそが自社のマーケティングの質を向上させるための最大にして、中長期的に維持可能な差別化のポイントとなるわけである。

今日の売上を少し犠牲にして、データ入力を真面目にすることに何のメリットがあるのかと思う人もいるのかもしれない。そのメリットをすぐに認識することは大抵不可能である。しかし、だからこそ、それを愚直に行い、蓄積されたデータとして利用可能にした企業は、長期的なマーケティングの競争優位性を構築できる。今年、来年くらいの目線でしか経営ができないロースペックな経営者には難しい話かもしれないが、本当に強い会社を作りたいと思えば、自社にどのようなデータが獲得でき、それがマーケティングをはじめ、将来どのように役立てられる可能性があるのかは、真剣に議論されなければならない。