ウォーターフォールとアジャイル

新規事業のプロジェクトマネジメント手法を考える

私はシステム開発のプロフェッショナルではないので、専門的な話は、その界隈の専門書を読んでいただくのが良いと思うが、ウォーターフォールとアジャイルというシステム開発の代表的な2つの手法の考え方は、新規事業開発のプロジェクトマネジメントにおいても十分に有益な考え方だと思うので、この2つのプロジェクトマネジメントの手法を用いて新規事業開発プロジェクトのマネジメントの在り方について考えてみたい。

詳細は、上記でリンクを張ったページが分かりやすく、かつ、詳細に説明されているのでそちらを読んでいただいた方がよいと思うが、2つの開発手法を時間がない方のために、超簡単に説明する。この2つの手法は、プロジェクトの開発プロセスの回し方の違いである。通常のシステム開発というのは、要件定義→外部仕様設計→内部仕様設計→コーディング→テスト→デバック→ローンチのようなプロセスで進む。伝統的なシステム開発マネジメント手法であるウォーターフォール型開発では、この要件定義からローンチまでのプロセスをひとつずつ順番に終わらせてから次の工程に進むというやり方をとる。一方アジャイル開発というのは、ひとつのサービスの開発項目を細切れに分けて、要件定義~ローンチのプロセスを細分化して、短期間で一連のプロセスを何度も何度も回しながらひとつのシステムを完成させていくという手法である。

では、なぜこのような2つの手法が生まれてきたのであろうか?それを理解するためには、先に存在していたウォーターフォールの良い点/悪い点を理解することが一番の手助けになるであろう。

まず、ウォーターフォールの良い点は、①プロジェクトの管理がシンプルでコントロールしやすい、②コーディングを始める前に外部/内部仕様を詳細に設計して不整合が起きないように詰めるため、実装段階の不整合が起きにくいという2点が代表的な所だと思われる。このため、金融系のシステムのように、大規模で、不具合が出ると致命的なお堅いビジネスのシステムにはウォーターフォール型の手法が採用されることが多い。また、開発メンバーのスキル習熟度が低い場合などは、ウォーターフォール型の方がチームのマネジメントがしやすいというメリットがあるため、そのような理由でこの手法が用いられることも多い。

では、悪い側面にはどのようなものがあるのでろうか?最も代表的なポイントは、一度決めてしまった仕様の変更をするのが難しい事である。特に大規模なシステムの場合、一度決めた設計を前提としてコーディングの各パートにタスクを分割して、完成したパーツを組み合わせるため、その設計を変更すると調整作業に膨大な時間がかかってしまう可能性が高くなってしまう。2つ目のデメリットは、もちろん両方理想的に管理が出来る前提であるが、ウォーターフォールは、仕様変更など起こらないように一つ一つのプロセスを綿密に行う必要があるため、全体のプロジェクト期間が長くなりがちであるという事である。

アジャイル開発という手法は、後から出てきた開発手法なので、当然ウォーターフォールの欠点を解決するために登場した。まず、仕様変更はあるという前提で、要件定義~ローンチまでのプロセスを何度も繰り返して、当初の想定と異なる要望が出てきてもある程度柔軟に対応出来るようにしている。また、一つ一つの開発サイクルを小規模にすることによって、システムが完成したものからサービスとして部分的にローンチするなどの柔軟性も確保することが可能になる。

必ずしも新しいアジャイルが正解なわけでもない

感の良い読者の方であれば、この説明を読んでピンとくると思うが、当然アジャイル開発の手法の方が、非常にインターネット系のサービスを開発するにはFitしそうな感じがする。私が大好きな、「小さな実験を、早く、意図を持って」を実施するのにうってつけの考え方であるからである。

このため、システム開発の現場で、若いエンジニアにプロジェクトをウォーターフォールでやろうと提案すると、特にWeb業界では酷く古臭いような印象を持たれがちである。しかし、アジャイルにも悪い側面が裏返しとして当然あるわけなので、アジャイルが新しいから絶対的に良いのではなく、状況によって良し悪しというのは変わるはずである。そして、私が新規事業のパートでこの2つの開発手法について持ち出した理由は、この考え方は新規事業開発のプロジェクトマネジメントの手法としても非常に有効であると考えるからである。

ちなみに、ここからの説明は、体系的な分類に基づいた一般論であって、個々のプロジェクトというのはそれ程分類通りにくっきり線引き出来るわけではないので、具体的に考えるときは、双方の手法の良し悪しを深く検討したうえで、正しい手法を選択していただければと思う。

2つの開発手法の最大の違いは、一連の開発プロセスの後戻りがしやすいかどうかの違いである。では、どちらの手法を用いてプロジェクト管理をするかどうか決定する要因は、前半工程で作るべきものの完成形をどこまできっちり設計出来るかどうかというのが最も重要なポイントであると言える。

こういうことをいうと、「そもそも完成させたいものが分かっていないのにものを作ることなんてできるわけはないだろう」という意見が聞こえそうである。また、別の方角からは、「そもそも新規事業なんだから最初からどうやったら上手くいくのか何分かるわけはないだろう。それがわかるなら苦労しない。」という声も聞こえてきそうである。

では、どちらが正しいのであろうか?これも答えは新規事業の内容によるということになる。

新規事業のタイプ別に適切なマネジメント手法を考える

ここで、新規事業の話をしたときの最初の議論を思い出してもらいたい。

新規性と既存事業との関連性で4象限に分けたチャートである。まだ読んでいない方は、こちらこちらをまず読んでいただきたい。この4象限のうち実際に発生するケースが多いのは②、③なので、この2つを例にここからの議論は進めたい。

私が勝手に想像した2つの天の声の議論のポイントは、作り始めの前半工程の段階で、作りたいものを確定させられるかどうかに、様々な意見、状況があることを表している。その違いがどこから生まれるのかと言えば、答えはシンプルで、作りたいものに高い新規性があるか否かの違いである。少し具体例で考えてみよう。

周辺事業創造をモバイルゲームの事例で

②周辺事業創造型の事例で以前紹介した事業は老舗ゲーム会社におけるモバイルゲーム事業であった。この事業で最も重要なプロジェクトの成否のポイントは、顧客に受け入れられる面白いモバイルゲームを作るということである。しかしモバイルゲームという市場が存在しない、もしくは、大規模に成功していない段階で、この面白いゲームがどのようなものであるのか考え、説明出来るかといわれれば、ほぼ間違いなく無理である。もし、そんなことが出来る人がいるとしても、その人は神か、百歩譲っても天才なので、少なくとも私のような普通の人間には事例として参考にならない。なぜなら、私がこれから神か天才に生まれ変わるという手法には、再現性が全くないからである。

では、作りたいものの正解が分からないからといって、そのような新規事業は取り組んではいけないのであろうか?私はそうは思わない。2010年当時の状況というのは、携帯電話の普及が9割以上と一巡し、これからスマートフォンと4G通信が普及しようというモバイル市場の成長期である。しかも、スマートフォンのコンピューターとしての処理速度もどんどん強力になり、通信速度も4Gで高速になることが見込まれている状況である。しかも、携帯電話は殆どの人が常に身近に持っている。このようなこれまでにない携帯電話というコンピューターにゲームを載せてみたら新しい市場が出来るのではないかと考えることは、荒唐無稽なアイディアであろうか?もちろん、PCや、家庭用ゲーム機にくらべ貧弱なマシンパワーと光ファイバーより貧弱な無線回線の通信速度から、コアなゲームファンの中にはチープなアイディアだと思った人もいたであろう。しかし、新しいビジネスというのは大抵そんなものである。ある程度ロジカルに考えられる人であれば、何時かはわからないし、どのくらいの規模になるかも分からないが、モバイルゲーム市場が将来ひとつの市場として立ち上がるだろうと考えることは、ごく自然な事であると思う。

このように考えれば、新規性の高い新規事業というのは、事業を始めた段階で最終系が見えないということは、普通にあり得るのだということがお判りいただけるのではないだろうか?このようなケースでは、プロジェクトはアジャイル的な方式にならざるを得ない。上記のモバイルゲームの新規事業プロジェクトでは、当初小規模な予算で、小規模なモバイルゲームのアイディアをいくつも開発をして市場テストを繰り返す中で、正解を見つけ出すというプロセスを繰り返していた。正に思想としてはアジャイル型プロジェクト管理である。

周辺事業拡大を楽天カードの事例で

では、ここで上げたモバイルゲーム事業の立上げのように、新規事業というのは常に正解の見えない暗中模索みたいなものばかりなのかといえばそうではない。③周辺事業拡大の事例として紹介したのは楽天カードの事例であった。2008年当時、クレジットカードという事業自体はハッキリ言って全く新しくもなんともない事業であった。大人であれば多くの人は財布に1枚程度は入っていたと思われる。楽天カードはクレジットカードという事業に成功のポイントがあったわけではなく、楽天ポイントを高い還元率でユーザーに提供するという付帯サービスの差別化と、その差別化されたサービスを楽天市場の巨大なユーザーベースにCRMマーケティングで低単価で顧客獲得をするというアイディアで大成功したサービスである。

では、貴方がこの楽天カードの立上げ責任者だとして、この迄述べたアイディアを実現するために、ある程度初期の段階で完成したいサービスを想像し、設計に落とし込むことは出来るであろうか?ハッキリ言って、これをYesと答えられないのであれば、その人は残念ながら新規事業の開発に向いていないと思う。クレジットカードのように出来上がったサービスの付加価値部分だけカスタマイズするサービスデザインであれば、既存競合企業のサービスを研究して、どこを一緒にして、どこを変えるかを決めれば、ある程度詳細な設計にまでおとしこむことは出来なければいけない。

つまり、周辺事業拡大のように、事業の新規性が低く、参考になるサービスが世の中に存在する場合は、サービスの設計を事前に決めることはそれ程困難な作業ではないのだ。

このような場合は、ウォーターフォール型のように、事前に少数のチームで事業推進プランの詳細を固めて、その詳細まで詰めた段階で一気に人員等のリソースを投入して、一気に事業を構築、オペレーションへの落とし込みまでしてしまう方が、おそらく効率的に事業が立ち上がるのだ。

新規事業のタイプを理解して適切なプロジェクトマネジメント手法の採用を!

ビジネスというのは、それぞれの置かれた状況において、その問題を解決するのに最適な手法を選ぶべきもので、手法の新旧でどちらが良い悪いという絶対値的な争いをする類のものではない。新規事業の開発のプロジェクト管理においても、それは同様である。

新規事業の開発のプロジェクト管理において、最も重要な判断ポイントはその事業の新規性の程度である。その意味でも、私が紹介した4象限のどこに自分のプロジェクトが分類できるのかを理解しておくことは非常に重要である。

新規事業開発の体制とメンバー

新規事業立ち上げの組織を考える

今回は、新規事業を立ち上げる際の体制の構築について考える。組織体制、人材についても正解はコレという鉄板の法則はなく、メンバーの特徴の組み合わせでひとつのチームを作り上げていかなければいけない。このため、ここではこうやったら上手くいくという法則よりは、私が新しい事業を立ち上げる際に人材面、組織面で気を付けている点を2点ほど紹介して、不必要な失敗をしないための参考にしてもら得ればと思う。それは以下の2点である

  • 小さく産んで大きく育てる
  • 対象事業経験者の採用は慎重に

小さく産んで大きく育てる

まず新規事業の開発において重要だと考えているのは、可能な限り少数精鋭のメンバーから開始するということである。特に重要なのは、中途半端な状態でオペレーションメンバーを増やすことは避けるべきであるということである。

理由は以下の3点である。

  1. 人件費の下方硬直性
  2. Strategy&Executionへの集中
  3. 業務効率の維持

1. 人件費の下方硬直性

日本に限らず一度採用した人材、チームに参加した人員を、何らかの理由でチームから外すというのは、いろいろな意味でネガティブな要素、側面が強い意思決定である。このため、一度チームに加えた人員は中期的にはヘッドカウント分の人件費としてプロジェクトの固定費として計上され続ける前提で考えるべきである。

もちろん、労働法制上、日本よりは、私が唯一海外駐在経験をしたアメリカのカリフォルニア州の方が人材のレイオフなどに対する要件が緩いなどの意見はあるかもしれないが、法律が許しているとしても、実際に人員の削減をした後のチームの士気、モチベーションへの影響などを考えると、気軽に発動してよいカードであるはずもない。

一方で前回述べたように、新規事業開発において事業責任者が気を付けなければいけない最重要ポイントのひとつはコストのコントロールである。事業の売上が計画通りいっていない、もしくは、事業が立ち上がっておらず計画通りに売り上げられるか全く不明確な状況においては、コスト面での柔軟性は極力確保しておきたいので、中期的に確定してしまう固定費はなるべく抱え込みたくないというのが私の意見である。

もちろん、新サービスのシステム開発を自社リソースで行う場合などは、その開発工数はその計画の精度が高いことを前提に(これもなかなか難しいのが現実だが)例外である。しかし、ビジネスサイドの初動段階においては、必要リソースギリギリか、少しリソース不足程度の状況を維持してプロジェクトを進める方がよいと考えている。

不確実性が高い新規事業の推進はワークライフバランスの多少の犠牲はしょうがない?

こういうことをいうと、昭和のオジサンと受け取られてしまうが、新規事業の立上げを行うチームに参加したいという人材には、もちろん労働法制の許される範囲内という前提で、一次的に残業をしてでも事業を成功させたいという業務スタンスは要求したいと個人的には考えている。そもそも、新規事業というのは、何をどうすれば上手くいくのか分からない状態でビジネスをすることが大前提であるので、業務を計画通り、時間通りに行えることを前提とした働き方をすることには無理があると思っている。ワークライフバランスを徹底的に確保したいという人材を中心に新規事業を立ち上げたいという考え方は個人的には賛同出来ないし、もし、そのようなコーポレートカルチャーの企業が新規事業を立ち上げたいと考えるのであれば、人件費に相当に余裕を持たせた初期事業計画にするか、オペレーションに至るまでの期間を通常よりも長くとっておくなどの備えが必要である。私の経験では、残念ながらそのような事業計画を認めてもらえるような優しい会社で仕事をした経験が正直ないが。

2. Strategy&Execution人材への集中

何度か申し上げているように、事業開発はStrategy→Execution→Operationの3つのステップで進んでいくが、最終段階のOperationというのは、Execution段階で確立された成功法則、成功スキームを拡大再生産していくPhaseであると認識している。新規事業の開発というのは、ExecutionのPhaseをやり切れるかが成否を分ける最大のポイントであるというのが私の意見である。

そして、これは厳しい現実であるが、このExecutionをできる人材は残念ながら限られている。Executionというのは、Strategyで考えた仮説を実証実験しながら、仮説通りな点、そうでない点を洗い出し、仮説通りに上手くいかない場合にその問題解決の方法を自分で考えて実行しなければいけない。私の経験上、この一連のプロセスを放っておいても自走して出来る人材というのは非常に少ない。もちろん一人で完璧に自走しなくても良いが、簡単なガイド、ディレクションを与えるだけで、後は自走して走りぬいてくれる能力は可能な限りExecutionに関わるメンバーには期待したい。

Execution Phaseの人材確保の注意点

そのような理解を前提にExecution Phaseまでの人員を確保しようと思うと、次の2つの問題に直面することが多い。一つ目は、Executionをやり切れる能力のあるメンバーだけを集めようと思うと十分な人員数が確保できない。二つ目は、十分な人材を確保できないために多少妥協した人選のメンバーをチームに加えることで事業責任者も含めたExecution能力がある人材のリソースをその能力が十分でない人材のサポートに割かざるを得ない状況になることである。

私は、新規事業を立ち上げようと思ったときにExecution能力が十分なメンバーを必要なだけ確保できるという贅沢な会社で働いた経験がないので、そのようなうらやましい職場があるのかどうかは知らないが、経験上、現実的にはこの二つの問題点は同時に起こることが殆どである。

私の経験が一般的であると仮定した場合、ExecutionのPhaseで人員数を増やすという決断をするということなどのような状況を生み出すのかを考えてみたい。それは一言で言えば、「必要なExecution能力が足りていない人材の比率を高くする」という事である。これはここまでの議論をご理解いただけている方には、問題であることが直ぐに分かるであろう。Execution能力の高い人のリソースがExecutionに注がれるのではなく、人員のサポートに注がれてしまうのだ。普通に考えて、良い状況ではないであろう。

この問題を解決する方法は、Execution能力が高い人にチームをマネジメントする能力が高く備わっており、自身でExecutionする代わりに他のメンバーのリソースをフルに活用して、チームとしてのExecution力を高めるということが考えられる。しかし、これまでいろいろな部下や同僚を見てきた結論として、Execution力が高い人か必ずしも人材マネジメント力があるかというと、可能性として50:50位の確率な気がしている。経験がたりないだけというケースもあるが、Execution能力の高い人材には、個人能力の高さでパフォーマンスするというタイプの人材も結構な確率でいて、必ずしもチームマネジメントが得意でないということも多いのだ。

このように考えると、私がExecutionの段階においては少数精鋭のチームの方がパフォーマンスすると言っている理由がご理解いただけると思う。Execution Phaseにおいて考えるべきは、どのような組織がExecutionの業務を最大化出来るのかという事なのである。

3. 業務効率の維持

Execution人材の考え方で触れた内容とも被るが、新規事業で人員数を増やすタイミングはExecution→Operationに移行するタイミングである。Executionの役割は成功法則の確立であり、Operationの役割は成功法則の拡大再生産である。一般的には、オペレーションが労働集約的な事業であればあるほど、Operationに移行した段階で人員数を拡大させる必要があり、それが出来ないと事業が拡大しないという状況になる。

私が直近で勤務していた人材紹介ビジネスというのは典型的な労働集約的なビジネスであり、一人一人の求職者に相対するキャリアアドバザーといわれる営業人員は現時点では人間が対応せざるを得ない。このため、売上を増やそうと思うと論理的には2つの方法しか考えられない。ひとつは単純にキャリアアドバイザーの人員数を増やすという方法である。人員数を増やして、一人当たりで対応できる求職者の数が一定であるとすれば人員数の増分だけ売上が増えるということになる。もう一つの方法は、キャリアアドバイザー一人当たりで対応出来る求職者の数を増やすという方法である。もしこれが実現すれば、人員数増というコスト拡大をすることなく売上を増やすことが出来るようになるため、売上も利益率も改善するということになる。

オペレーション効率の改善を人材紹介ビジネスを例に話した理由は、この具体例の中に人員拡大するときに注意しなければいけない重要な前提条件が隠されているからである。人員を増やしてオペレーションを拡大するケースで重要な前提条件は「一人当たりで対応出来る求職者の数が一定であれば」というポイントである。キャリアアドバイザーの対応求職者数を増やすケースの前提条件は「キャリアドバイザーの業務効率化の余地が残されている」ということである。

いずれの場合においても、オペレーション拡大において重要なのは、オペレーション業務の成功法則が把握され、それが標準化されたうえで現場に落とし込まれている状態である。前者であればオペレーション業務が標準化されており、人数を増やしても全体の業務効率を落とすことなく一人当たりの業務効率・生産性が落ちないことが必要だし、後者であれば、標準化されたオペレーションが把握されており、それを改善するソリューションが理解、浸透させられるようになっていて初めて、業務の効率化を計画立てて行えるということになる。

業務オペレーションが確立していない段階での人員増は効率悪化の原因

この視点を逆説的に捉えれば、Execution段階で成功法則が発見され、それがオペレーションとして標準化されて浸透していない状況で人員を増やすとほぼ確実に事業の業務効率というのは悪化するという事である。このため、オペレーションの標準化が実施されつつあることが確認出来るまでは、基本的にプロジェクトチームの人員数は増やすべきではないというのが私の基本スタンスである。

もちろん、人材紹介業のように労働集約型ビジネスであるほど人員数増を計画より遅らせれば、事業拡大ペースが計画よりもスローダウンすることになる。しかし、利益に目を向ければ業務効率が悪い状態で無理やり拡大するよりも遥かに健全な状態を維持できるはずである。もし利益サイドの状況を健全に維持できていれば、オペレーション拡大の準備が整った段階でビハインドした分もキャッチアップするために人員増ペースを上げればよいし、事前にそのような準備をしておけばよいということになる。

対象事業経験者の採用は慎重に

個人的には、外資系の企業にそのような発想が多い気がするが、特に新規性の低いビジネスを新規事業として立ち上げる周辺事業拡大型の新規事業であると、既存の競合からその事業のノウハウを持つ人材を引き抜いてくれば上手くいくと短絡的に考える人が結構な割合で存在する。

もちろん、その業界特有の商慣習であるとか、事業特性を理解することは、新しい事業を立ち上げるうえで有用な情報であることも多いので、同一事業の経験者がチームにいることのメリットも十分に理解できる。ただ、個人的には、そのような「知識」については、人材採用が唯一の解決策の選択肢であるとは思っていないので、そのようなメリットを得るために、拙速に競合等から人材を引き抜いて、チームを構成するという考え方には必ずしも賛同しない。

対象事業経験者採用の注意点3点

第1の理由は、いくら同じ業種の事業であったとしても、出来上がった事業をオペレーションすることと、事業を立上げるためにStrategyを作り、それをExecutionする事とは必要なスキルの種類が全く異なるからである。先に述べた通り、Executionスキルのある人材というのは非常に希少性が高いため、競合事業の経験者の採用に固執してオペレーションタイプの人材をつかむことのないようにしなければならない。

第2の理由は、同じ事業に関わっていたからといって、同一事業を先行者として拡大していくことと、後発者としてキャッチアップしていくことでは、戦略やオペレーションに大きな違いがあるはずだからである。例えば、楽天市場のようなECモールビジネスやモバイルアプリゲーム、人材紹介業など、これまで経験してきた企業の主要事業については、退職当時は相当コアなロジックまで理解していた自信があるが、私がその時点で別の会社で同じビジネスを立ち上げてくれと言われたら、よほど既存事業とのシナジーであるとか、勝ち筋が見えるロジックがない限り断っていると思う。

なぜなら、私のいた会社はその業界ではNo.1-2のポジションにいるような会社であったため、既存企業の強みであるとか、模倣することの難しさなどを身に染みて理解しているからである(もちろん、在職当時はそのような状態に持っていくことが自分に課された責務なので、そうなるように努力していたということもあるが)。このように考えれば、私は業界の成功企業での経験を活かして、後発企業へ転職するという決断はよほど既存の成功企業に実は問題があるという場合を除いては、上手くいかないか、現職企業のコアな成功ロジックを理解できていないかのどちらかであると考えている。このため、同じ事業を後発で立ち上げるということでポジションを提示されて、転職してくるような人材については、採用段階でよほど正しくスクリーニングしないとリスクが高いと個人的には思っている。

第3の理由は、もし既存競合の経験者が厳しいスクリーニングを乗り越えて採用できたとすると、入社後どうしてもその人物の意見に組織全体が引っ張られがちになってしまう可能性が高いことである。もちろんのその人材が超優秀で、全幅の信頼がおけるのであれば、問題ないのであるが、事業理解は非常に高いが、そこまでの人材でない場合、非常に組織のマネジメントが難しくなるという弊害が生じることになる。

思いつく主な理由はこんな感じであるが、個人的には新規事業のExecution Phaseまでは業界知識のようなナレッジを重視するのではなく、Executionというスキルで人員をスクリーニングすることの方が成功する確率が高まると考えている。特定のナレッジについては採用という形ではなく、コンサル、業務委託などのテンポラリーに採用出来る人材に委託するほうが、中長期的なリスクのコントロールがしやすい。

Execution効率最大化を実現する組織作りを!

新規事業開発の組織作りというのは、既存事業からどれだけ良い人を引っ張ってこられるかみたいなところが勝負になることが多いが、現実的には直近の売上利益と将来の不確実性の高い売上利益との相対比較となるとどうしても新規事業側の分が悪くなる。このため、人数を優先して体制を作ろうとしてしまうと、人数は予定通りいるが、メンバーのサポートにリソースが取られてパフォーマンスしないという状況に陥ることが多いと思う。そうなってしまうと、コストと推進力のバランスが崩れてしまうので、結果的にPLを痛めてしまうリスクがどうしても高くなってしまう。

そのような状況にならないように、私としては自分や、信頼できるNo.2的な立場の人間でサポートできる範囲の少数精鋭のメンバーで勇気をもって進めてみることをお勧めする。ExecutionとOperationは別のものであることを正しく認識して、適切なプロジェクト推進体制を構築していただくのが、新規事業成功への近道であると思う。

事業計画の作り方

新規事業の計画は「絵にかいた餅」の領域は抜け出せない

立ち上げる事業の分類を正しく理解したら、今度は事業計画を具体的に作っていくステージに移行する。この分野については、戦略コンサルにいた人などの得意分野な気がするので、スタンダードな方法論は専門の方にお任せするとして、私からは、事業会社における新規事業開発責任者の経験からの成功のヒント、Tips的なことを議論したいと思う。

まず、いきなりこんなことを言っては元も子もない気もするが、私自身は、どんなに精巧に調査をしたとしても新規事業の事業計画というのはどこまで行っても所詮「絵に描いた餅」の領域を越えないものだと思っている。特に①チャレンジ型や②周辺事業創造型のような新規性の高い事業領域であると、そのお絵描き感の度合いはどんどん大きくなっていく。これは、二桁の新規事業、新製品/サービスの開発に関わってきた経験を通じて、残念ながら、どんなに優秀な人が、時間とお金をかけても程度の差はあれ、変わらない真実だと思う。

競争戦略のフレームワークの多くは、現状の分析や市場の分析を行うためのガイドとしては役に立つとしても、現実的に事業を立上げるという実務レベルの話になると、どんなに時間をかけても事業計画が「絵に描いた餅」を抜け出せることはない。

ここでは、その前提にたって、結果的に事業成功に早く到達できる事業計画の作り方を私なりに考えてみたいと思う。

ステップは、

  • 情報収集
  • 事業基本戦略構築
  • 事業シミュレーション作成

の3つで検討する

情報収集

情報収集の方法にはちょっと考えただけでも、代表的な方法がいくつかある。①文献調査(含むWeb)、②顧客候補へのヒアリング、③競合サービス経験者へのヒアリング、④類似サービスからの情報獲得くらいがパッと簡単に思いつく方法であろうか?

もちろん、新しく始める事業については、可能な限り情報収集をすべきで、例え正しくない情報であってもあらゆる情報が学びとなるため、どの手法も否定するつもりは全くない。最近は、顧問マッチングサービスや、ビザスクのようなヒアリングマッチングサービスのようなサービスもあるので、競合の情報なども以前よりは取得しやすい環境になりつつある。参考になりそうな手法は、コストが許す範囲で、あらゆるものを試してみることが良いであろう。

ただ、情報収集の段階で私が強くお勧めする手法は、④類似のサービスからの情報獲得というものである。日本語の表現が上手くできていないので、もう少しかみ砕いた言葉で表現すると、とりあえず似たようなサービスを作って試してみるという事である。データドリブンの鉄板法則のひとつである「小さな実験を、早く、意図を持って」を新規事業開発のエリアにおいても適用するという事である。

新規事業の小さな実験を楽天カードを例に考えてみる

といっても、もう少し具体的に説明しないとイメージがつかないと思うので、具体例を使って話せればと思う。真っ先に思い浮かぶ事例は、新規事業の4パターンの事例の中で説明した楽天カードの事例であろう。楽天カードは以前述べた通り、立上げ当初からクレジットカード会社を新規事業として立ち上げたわけではない。事業開始当初は、既存のカード会社と提携をして、提携カードとして事業を開始した。金融系のサービスというのは、非常に規制も厳しく、セロから新規でカード会社を作ろうと思うと、時間も、お金もかかるものである。もちろん、楽天としてもクレジットカード事業とECの高い親和性は事業開始当初から認識していたため、かなり本気でクレジットカード事業には取り組む意思があったと記憶している。しかし、幾ら理論上は正しそうに説明出来たとしても、ゼロからカード会社を立ち上げたりしては事業がスタートするまでに膨大な時間もかかってしまうし、リスクも非常に高くなってしまう。

 幸いクレジットカード業界において、提携カードというのは一般的な手法であり、楽天側には殆どリスクなく「楽天カード」と銘打ったクレジットカードを発行することが可能なスキームがあったため、事業立ち上げ当初はこの手法を採用した。

 クレジットカードにおける提携カードというのは非常にポピュラーな手法であるので、これだけを読むと非常に普通のことに感じられるかもしれないが、この方法でカード事業を立ち上げたことには情報収集という面では大きなメリットがある。まず第1に、実際にカード会員の獲得マーケティングを行い、どのくらいのコストでどのくらいのリソースでマーケティングを行うと、どの程度の単価で、何人くらいの会員を獲得できるのかが、実際の活動を通して把握できる。さらに、その結果、2つ目のメリットとして、事業推進体制の一部についてのナレッジも実務を通して蓄積できるというメリットもある。

楽天カードのような、既存の顧客DBを事業シナジーの基盤として新規事業を立ち上げる場合、この既存顧客ベースからどのくらいの量の顧客を、どの程度のペースで新規事業に取り込めるのかは、事業計画の作成において最大の焦点になるポイントである。大抵の場合、自社の過去の類似事業の立上げ事例の実データであったり、他社の同一サービスの事例のヒアリング結果に基づく数値を使うことで、事業計画を作成することが多い。しかし、前者であればそもそも事業内容が異なり、後者であれば対象とする顧客DBの質が異なるなど、所与の条件が異なるため、事業計画のシミュレーションの正確性はどうしても落ちてしまうという問題が発生する。一方、楽天カードの事例のように本格的にクレジットカード事業を立ち上げる前段階で、提携カードを発行するという実験が行えれば、同一サービスで同一顧客DBに施策を実施できるため、データの信憑性は大きく向上するのである。

 楽天カードは、典型的に分かりやすい事例のため、ここまでドンピシャな方法はなかなか難しいかもしれないが、私は情報収集の量を集めるために時間を使うよりも、このような実験をやれる方法を考えてみることは、情報収集をするよりも数倍価値のあるデータが取れるようになると思っている。

事業基本戦略の構築

 事業の基本戦略の策定をする手法には、競争戦略論という経営学の分野で様々な研究成果があるため、状況に応じてツールを使い分ければ良いと思うが、私がこの20年位に読んだ競争戦略の本で一番参考になり、自分の考え方に合うと思っているのが、何度か話題に出している「ストーリーとしての競争戦略」の手法である。

新規事業失敗の典型1:流行に安易に乗っかる

 これまで多くの新規事業や新サービスの立上げやサポートをしてきた経験でいうと、新規事業が上手くいかないケースの典型的な例は2つである。ひとつは、世の中で流行している成長市場のトレンドに安易に乗ろうとするパターンである。分かり易い例でいうと、2011年前後の日本のブラウザのモバイルソーシャルゲーム市場などはその典型であろう。

当時の日本のモバイルソーシャルゲームの市場は間違いなく世界でダントツに成功しているマーケットであった。その要因は3点あげられる。①MobageとGreeというプラットフォーマーの成功、②カードバトル型ゲームという成功事例の存在、③カードバトル型ゲームが既存Webサービス開発事業者にとって模倣しやすいサービスであった事である。

①のプラットフォーマーの成功は市場が拡大するための大きな要因になっていた。2社のプラットフォーマーが大きな成功を収めたことで積極的な広告宣伝活動を行いプラットフォームに顧客を集めることで、そこに参加する事業者は顧客獲得がしやすい環境が構築された。

②のカードバトル型のゲームシステムは、モバイルのブラウザゲームに非常にFitしたゲームシステムであり、ユーザーのエントリーハードルが低く、同時に収益を上げることが出来るものであった。実はこのモデルの原型となったゲームを開発したのが私が在籍していた会社であったのだが、このゲームシステムの成功が日本のモバイルのソーシャルゲーム市場を一気に拡大させる切っ掛けとなった。

そして、3つ目の要因が、②に関連するのであるが、このカードバトルというゲームシステムが競合事業者に模倣しやすいものであったことである。しかも、その模倣するために必要な技術が既存のゲーム開発事業者だけでなく、それまでWebサイトのシステムを開発していたようなインターネット系の企業にも模倣可能であるというエントリーハードルの低さが実現していたことである。

この3つの要因が重なり合ったことで、2011年前後の日本のモバイルソーシャルゲーム市場には大量の企業が参入してきた。結果として、1-2年間でいくつもの会社がモバイルゲームの新規事業で急成長をとげ、IPOを実現する会社もそれなりの数で現れた。

しかし、この活況は数年しか続かなかった。市場が急速にガラケーからスマートフォンのアプリに置き換わってしまったからである。結果的に、この市場の活況にのって一気に成長した会社は、ごく一部の例外を除いて最近では全く名前を聞かなくなってしまった。分かりやすく言えば、アプリゲームに市場が置き換わった際に、ブラウザでのカードバトル型ゲームの開発力はあるがアプリでの本格的なゲームを開発するスキルと人材が足りていなかったために新市場に適応出来なかったのである。結果論ではあるが、一過性のブームに乗ってみたが、事業としての中長期的な展望も戦略も持っていなかったか、相当甘く見積もっていたということだと思う。

新規事業失敗の典型2:一つのアイディアに過度に依存する

新規事業が失敗する典型的なもう一つのパターンは特定のアイディアに依存して事業を立ち上げてしまう事である。その典型的な例が、前回の周辺事業拡大型の新規事業の失敗事例で上げた事業シナジーの一本足打法の新規事業である。私が見てきた、事業シナジー一本足打法の失敗事例の共通点は、既存の競合企業が何故その事業エリアで成功し、それを自社で実現するためにどのようなスキルとリソースが必要なのかの理解が足りていないことが圧倒的に多いことである。私の経験上、あるサービスと同様の事業を模倣して形として整えることは実行に必要な投資資金を準備出来ればよほど特殊なビジネスでない限り困難ではない。例えば、私が常識的な資金を準備して、どこかにラーメン屋を作ろうと思ったら、ラーメン屋が出来ないことはほぼないと思う。ただ問題なのは「模倣して形として整える」ことと「成功する事業を構築する」ことには天と地程の差があるということである。ラーメン屋の例でいえば、私はそれなりの体裁のラーメン屋を作ることは出来るかもしれないが、ハッキリ言って美味しいラーメンを作るスキルが全くない。正直、今からそのスキルを習得する気もない。なぜなら、そこまでの興味もないし、長年研究して味を積み上げてきた人に50歳になって参入して勝てるようになるとは到底思えないからである。

 私が無謀にもラーメン屋を立ち上げる事例で話をすれば、これを読んでいる方もなるほどと思われるかもしれないが、私が見てきた多くの新規事業開発で、同じような話が散見されるのが実態である。シナジー一本足打法の例をラーメン屋の事例で私流に表現すると、ラーメン店舗開発経験の豊富なインテリアデザイナーに店舗デザインを依頼し、それを、親が所有する駅前の一等地のロケーション抜群の物件で実現する。でもラーメンの味は頑張って「下の上」くらいのレベルである。でも、抜群の物件に、抜群の店舗デザインなのでこのラーメン屋はきっと成功しますと言っている状況である。

自信をもって上手くいかないと思う。

事業成功をロジックだてて説明できるようにする

では、この2つの典型例に共通することな何であろうか?ひとつの事業を中長期的に成功させるためのロジックが欠如している事である。前者の一過性のブームのような市場に参入する事例でいえば、参入障壁が低い(ブーム)=誰でもできる程度の差しか競合企業と自社の間に存在しないということは実は参入時点から分かっていた事である。参入した事業で、自社に競争優位性がないのであれば、その事業が中長期的に成長し続けられないのはある意味当然である。

 後者の事例でいえば、「模倣して形として整える」ことが出来るので事業が成功できるともし考えていたとすれば、それは完全にその事業の成功にとって必要な参入障壁の判断を間違っている。既存企業がなぜ成功しているのかを理解できていないので、分かりやすく言えばチャレンジするスタートラインに立てていないのに、レースに参加している気になってしまっている状況である。

このような状況になることを防ぐ考え方が、なぜ自分の事業が成功するのかをストーリー=物語のように説明出来るように事業戦略を検討するという手法であると思う。特に、事業計画をパワーポイントで作っている場合は特に注意が必要である。パワーポイントという表現方法は、重要なロジックを矢印等で曖昧に表現することが可能で、ロジックをごまかすのが非常にやり易い表現方法である。このため、資料を作っている人間が自分が言っていることのロジックを理解できていないことが非常に多い。

このようなことを防ぐためには、それ程長文でなくてよいので、自分の事業計画を一度Word等の文章で論理だてて書くことをお勧めする。テキストの文章というのは、論理展開が正確でない一貫したロジックを表現することが出来ないからである。

そもそも、事業計画の核となる部分がWordで数十ページにもなってしまうことはそもそもあり得ない。ワード数枚で説明しきれるくらいのシンプルさが重要であるので、手間もそれ程かからないと思う。同時に、テキストに落とし込もうと思ったら、ロジックが数行で終わってしまうのも問題である。それは、そもそもアイディアであって、ストーリー化された戦略になっていない可能性が高いからである。

事業シミュレーション作成

事業シミュレーションの作成は、事業の構成要素をリストアップし、それと売上、コストを連携させるパラメーターを特定し、そのパラメータの精度をそれまでに収集した情報をもとに向上させていくという、やったことがある人であれば当然のことを地道に行っていくしかないので、特別私からいうことも少ないのであるが、2点ほど私がいつも気を付けていることを紹介する。

  • 計画で大風呂敷を広げない
  • 売上<コストの精度アップ

計画で大風呂敷を広げない

よく新規事業の事業計画を議論する時に、TAM(Total Available Market)、SAM(Serviceable Available Market)、SOM(Serviceable Obtainable Market)のような市場分析をする。もちろん、成長性のない市場に参入してしまうことは、事業にとってリスクであったりすることも多いので、このような分析をすることに大きく異論はない。

但し、この3つの数字をはじき出して、頑張ってこの事業でTop3に入る事業を作りますみたいな目標を掲げてしまうと、新規事業なのに、事業計画のTop Lineの数字が過剰に大きくなってしまうことは、良くある話である。もちろん事業を立ち上げる夢、Visionとしてはそういう数字を掲げることは問題ない。但し、それを計画に落とし込んでしまう事には問題があると思っている。

私は、事業投資というのは基本的にROIで判断するものだと思っているが、短期的なマーケティング投資などでROIを計算する時は結構コンサバにやる会社でも、新規事業となると途端に過剰なROIを求められることがあったりする。直ぐに思い浮かぶ過去に経験した事例でいえば、2億円のシステム開発投資を行う新サービスのリターンの試算値を30億円に設定してしまい、それが計画値に達していないことを経営会議的な場所で長々議論している場面に遭遇したことがある。その議論を第3者的に聞いていて思ったのは、なぜ2億円の開発投資のリターンを30億円など、その企業の通常の投資のROI水準から言って異常に高い数字に設定してしまったのだろうということである。

新規事業の適切な目標設定

例えば、営業利益率が30%の会社であれば、基本的にROI143%(1÷0.7)を越えていれば営業利益率は悪化しないはずである(厳密には投資の資産化など会計上の費用計上は平準化出来るので、もっと悪くてもPLは悪化しないが、ここは単純化して考える)。もちろん、新規事業は百発百中で上手くいくわけではないので、会社ごとに新規事業成功の確率みたいなものも経営企画が決めておけば良いであろう。

例えば、3分の1の確率で成功させることを目標にするのであれば、143×3=429%程度を新規事業のROIの目標にしておけば良い気がする。世の中営業利益率が50%を越えるような会社というのはキーエンスや一部の金融系の事業のような特殊事例を除いて殆どないので、そんなに変な数字ではないと思う。仮にこの数字を先ほどの2億円の投資に対して適用すれば、2億円の投資に対して必要なリターンは8,6億円位が適当であると思う。それをそもそも30億円と設定してしまうことも問題であるし、仮にリターン実績が8.6億円を越えていたとして、それが30億円という当初目標に達していないからといって皆で永遠と議論する時間があれば、私個人的には他のことに時間を使った方が建設的であると思う。

逆に、新規事業のROIを1500%と設定するのであれば、1500÷143=10.5なので、10件に一件位の新規事業の成功確率の新規事業にチャレンジするというのが会社の方針であるということである。リスクポートフォリオを幅広く組めるVCとかであればそのくらいでも良いのかもしれないが、個人的には事業会社の新規事業で10分の1程度の成功確率の設定は、コンサバティブ過ぎると思うが、仮にそのような設定にしているとすれば、それだけリスクの高いものが上手くいかなかったことを、経営会議のような関与度の低いメンバーがいる場で議論するのも場違いな気がしてしまう。事前に個別会議で議論して関係者で合意しておくべき話題な気がする。

理想的な高い目標設定が新規事業の成功確率を上げることは少ない

この例で私が申し上げたいのは、事業シミュレーションというのは、ここで述べたようなそれぞれの会社で許容できるROIの基準値と新規事業のリスク許容度に応じた適切な水準の範囲を越えているかどうかを基準に適切に設定することが重要であり、それ以上の成功はボーナスであると考えるという方が、事業スタート後に余計な議論の手間が省け、健全な事業成長にリソースを使うことが出来るということである。

たまに、取締役やマネジメントメンバー等で、目標設定を低くすると現場が手を抜くから、事業計画の目標設定は理論上可能な極限まで高くして、それをコミットさせて、それが未達成であれば詰めれば事業が成長すると考えている人がいるが、私の経験上そういう人に対応するために過剰な事業計画を作ってしまってポジティブな結果を得たことは記憶にない。大抵、無理な計画に達していないことの言い訳を考えるという不毛な時間にチームの優秀なメンバーのリソースを取られるというデメリットしかないことが多い。

多くの場合、新規事業の事業計画を承認してもらおうと思うと、事業シミュレーションのパラメーターをいじって、偉い人のご要望に近づけるよう計画が肥大化してしまうことが多い。その結果、何でこんなに高い目標にしてしまったのであろうと後で思うような高い目標設定に苦しむことになる。この辺は経営企画の仕事であると思うが、新規事業には会社ごとのROIの基準値を論理的に決めておいて、それを越えるかどうかを事業計画の基準とすべきであると考えている。そうすることで、過剰な計画の未達に対する理由を考えるのに時間を使うような無意味な時間が減らせると思う。

売上<コストの精度アップ

事業のPLというのは当然売上とコストで構成されている。私が新規事業の事業シミュレーションを作る場合により重要だと思うのは、コストの精度である。

新規の事業においては、売上も、コストも算出のためには何らかの仮説がモデルのパラメータという形で組み込まれている。このパラメータが事業実態に即しているか否かで、その事業シミュレーションの精度は決まってくる。

しかし、現実の事業をマネジメントする立場で言えば、売上のシミュレーションを外すことと、費用のシミュレーションを外すことではハッキリ言って意味合いが全く異なる。

スタートアップ企業の場合は話は異なるが、通常の事業会社が新規事業を行う場合、新規事業に一定の金額を投資するケースでは、事業が想定通り上手くいかず売上がほとんど上がらなくても、会社の経営が傾く事がないようなリスク許容度の範囲内で投資意思決定をすることが多いと思う。もし、ある会社が投資意思決定をする場合に、新規事業の売上実績が当初想定を20-30%程度外してしまっただけで、会社の経営が傾くような投資をしてしまうのは個人的にはリスクコントロールが甘すぎると思う。新規事業というのは例え大失敗して売上がゼロであっても経営上問題ない範囲内で行うべきものだと思っている。

もし、この考えが正しいとすれば、全社的な経営上、売上シミュレーションをはずすことはそれほど大きなリスクではないといえる。しかし、コストの方は話が別である。新規事業を行う場合に、当初想定していたコストが大幅に超過してしまうという事態に陥ってしまうと、そもそも売上がゼロでも問題ないといっていたリスクコントロールの前提が崩れてしまう。最近の有名な事例で言えば、楽天がモバイル事業でこれだけ苦しんで大騒ぎになっているのは、報道を見る限り売上が想定通りいかないことが問題なのではなく、設備投資にかかる費用の想定が大幅に甘かったからだと思う。多くの人が報道で目にしているであろう、大阪万博の費用の状況などを見ても、完全にコントロールが出来ておらず、民間の企業でもしこんなことが起こったとすれば、責任者は何らかの責任を取らないといけないであろう(政治の場合は誰も責任を取らなさそうであるが)。

私は、新規事業というのは失敗することもそれなりの確率である前提で、リスクコントロールして行うべきであると思っている立場なので、事業シミュレーションを作成する時は、コストを売上よりもよりコンサバティブに作っておくべきであると思っている。そして、大事なのは、事業計画で承認されているからとコストを計画通りに使うのではなく、売上が計画通りに進んでいないのであれば、コストも使わなくてよいものは使わずに将来の投資余力として残すなどコントロールすべきであると思っている。

たまに、売上が計画通り行くかどうか分からないのに、コスト計画が承認されていることを根拠に計画通り使おうとする人がいるが、そもそもコストをコンサバティブに作っているということは、バッファをのせているということなので、必要最低限でコントロールすることが正しい姿である。そのようなスタンスでマネジメントをしていないと、次に新規事業を立ち上げるチャンスを得た時に、コストサイドもギリギリの計画になり、コストのリスクコントロールの失敗が発生する可能性が高くなる。これは、誰も責任を取らないお役所であれば問題ないかもしれないが、事業会社では誰もHappyにならない、やってはいけないことだと思っている。

ここまでで、新規事業の企画、戦略策定をする際に、私が心がけているポイントを3点ほど紹介してきた。ハッキリ言って、これを読んだから明日から新規事業の立上げが出来ますという網羅性のある内容ではないが、新規事業立上げに際して、失敗しないように避けるべきトラップのリストの一部としては有用なのではないかと思っている。

ちなみに私のキャリアはデジタル系ビジネスの立上げが経験のほぼすべてなので、初期費用が巨大なインフラビジネスみたいなタイプの事業開発は経験がないが、おそらく全く異なるシチュエーションも存在すると思うので、その点は読者の皆さんで、ご自身のシチュエーションにFitするかどうかはご判断いただければと思う。

新規事業のタイプ別の成功ポイント2

前回からの続き。

③周辺事業拡大

楽天のケースで一番多く経験したのが周辺事業への拡大系の新規事業だ。既存事業との何らかの関連性が強く、そのうえで事業内容自体の新規性は弱いというタイプの事業である。楽天カードが一番の代表例だと思う。楽天市場を中心に獲得した顧客DBをベースに対して、言ってしまえばどこにでもあるクレジットカードという事業に周辺拡大したという感じである。楽天カードに限らず、楽天トラベル、楽天証券、楽天銀行、そして楽天モバイルなど楽天が大規模に展開している事業というのはM&Aで取り込んだか、新規事業として立ち上げたかは別にして実は殆どが周辺事業拡大系のサービスということになる。

では、このパターンの新規事業において、成否のポイントとは何であろうか?私は主要なポイントはただ1点しかないと思っている。それは、サービス自体の対競合サービスとの競争力である。この話を理解するために、先に例に挙げた楽天カードと楽天トラベルの比較をしながら、周辺事業の拡大の成功のポイントを考えていこう。

楽天の周辺事業拡大の典型例:楽天カードの成功要因

楽天カードは当初は自前のカード会社としてではなく、既存のカード会社の提携カードとしてスタートした。提携カードというのはカードの発行主体はクレジットカード会社で、「楽天カード」などのサービスブランドはそのカード会社と提携した企業(楽天カードの場合は楽天)のブランドをカード会社に貸すという事業形態である。その後、楽天カードの場合は国内信販というカード会社を買収して自社カードに切り替えをして今の楽天カードとなっている。楽天カードの事業開始当初のコンセプトは非常に単純である。a)楽天市場のユーザーベースを活用して、新規顧客の獲得コストを大幅に引き下げること、b)カードの決済額に応じたポイントの還元率を高く設定すること、c)楽天ポイントの利便性とb)還元率の高さを武器に利用率の高いカードとすることの3点である。

まずa)についてであるが、一般的にクレジットカード会社にとって一番費用として負担が大きいのが新規顧客の獲得コストである。良い例がGoogleでクレジットカードなどと検索すると多くのカード会社やクレジットカード比較サイトの広告が表示されるが、これらの広告の表示単価、クリック単価は相当高額で、もちろんアイテムにもよるが、ECなどとは比較にならないレベルの単価になっているはずである。これを楽天カードの場合は、楽天市場を中心とした楽天グループのユーザーベース向けに行うことを戦略として、費用を対競合比で大幅に引き下げる戦略を取った。具体的にいうと外部への広告宣伝費を少なくする代わりに、入会時のポイント付与額を大きくして徹底的に楽天グループのユーザーベースにCRMマーケティングで訴求するという方法を取った。これにより、ユーザーに取っては入会ポイント数が競合比で高くなるメリットがあり、楽天としても外部に支払う顧客獲得費用は大幅に下げられるというわけである。

この新規顧客獲得コストの低さは、続く2つのポイントにも大きく影響してくる。新規顧客獲得コストを安くすることで、そこで浮いた分の費用はユーザーの獲得後のユーザーメリットの実現に回されることになる。つまり、b)決済ごとに還元される利用ポイントの還元率である。当時の主なクレジットカードの還元率を計算してみると0.5%というのが一般的であった。これを楽天カードは1%と倍に引き上げたのである。よくあるクレジットカードの比較サイトや記事では、このポイント還元率はクレジットカードの比較ポイントとして非常に重視される点であるため、このポイント還元率の高さは新規獲得の上で非常に強力な武器とすることができた。さらに、ポイント還元率の高さはc)のクレジットカードの利用率にも効果がある。クレジットカードというのは決済機能としての利便性は基本的にはVISAとかMasterとかJCBなどのクレジットカードのブランドによって利用できる店舗が決まっており、それ以上の差別化のポイントはない。このため、クレジットカードの利便性というのは付帯サービスによって決まる。ゴールドやプラチナなどのハイエンドのカードはこの付帯サービスに力を入れていることが多いが、発行数が圧倒的に多い通常カードにおいては決済時のポイントの還元率は数少ない差別化のポイントとなる。楽天カードの場合は還元率を1%に設定したことによって競合比で比較優位性を獲得出来たため、クレジットカードを入手後の利用率を高くすることが可能になったのである。実はクレジットカードというのは、高い金額を払って新規獲得をしても実際に利用されずに財布の中で眠っているだけのものというのが結構多い。貴方の財布の中にも入っているけど使わないもしもの時のためだけのカードというのがあるのではないだろうか?そうなってしまうと実はクレジットカード会社には売上が経たないので殆ど発行していることにメリットがなくなってしまう。この状況にならないようにするためには、いかに顧客にメインで使ってもらうカードにしてもらうかが重要なわけであるが、楽天カードの場合はこの点でも高い差別化をすることが出来たわけである。

このように、楽天カードというのは、サービスの立上げ当初から、クレジットカードという競合ひしめく既存産業にあって、圧倒的な差別化ポイントをもつ、競争力のあるサービスとしてスタートを切ることが出来た。会社から非常に高い目標を課せられ、そのほかにもいろいろ苦労があったのは事実で、現場のメンバーは大変な思いをしてここまで来たのではあるが、楽天カードがわずか10数年で日本一の利用額を誇るクレジットカードに一気に成長出来た背景にはサービス開始時のサービスの基本設計の秀逸さとそれをフルに活用したマーケティングのオペレーションがあったと私は思っている。

商品・サービスの競争力がシナジーの大前提

これに対して、楽天トラベルの立上げ当初の話を思い出すと、話が全く変わってくる。前にも話したが、今の楽天トラベルというのは、楽天が新規事業として立ち上げた楽天トラベルが母体となっているのではなく、後に楽天が買収した「旅の窓口」という買収前から日本で最も成功していたオンライン旅行予約サイトが母体となっている。実は、楽天が自社で立ち上げた楽天トラベルというのは全くうまくいかなかった。

楽天トラベルは、楽天にとっては、楽天市場、楽天フリマ(CtoCのECサービス)に続く3つ目の事業として自社で立上げを行った。アイディアとしては、当時としても圧倒的に成功している楽天市場というECサイトでオンラインで決済をするという心理的ハードルを越えたユーザーベースに対して、オンラインでの高い成長が見込まれる宿泊予約サイトのサービスを提供すれば、皆が大好きな「シナジー」が生まれて上手くいくであろうという戦略で立ち上げられた。結論は、全く今くいかなかった。その理由は、数年先行していた旅の窓口にそもそも旅行予約サイトとして最も重要な宿泊施設の契約数の面で圧倒的に差をつけられてしまい追いつくことが全く出来なかったからである。もちろん後発であったため、宿泊予約サイトとしての利便性なども追いつけていない面はあったかもしれないが、選べる宿泊施設に差があるというのはサービスの利便性として重大な欠陥であった。こうなってくると、楽天市場のユーザーベースがあるかどうかという話は、事業の成功に殆ど関係がなくなってしまう。楽天市場のユーザーという理由だけで、旅の窓口を使わずに、利便性の劣る楽天トラベルを使ってくれるほどユーザーはお人よしではない。結果はその通りで、当初当て込んでいたシナジーは微塵も発現しなかった。

この状況を簡単には改善できないことが分かって、楽天として時間をかけて自分で改善をするよりもNo.1のサービスを買ってしまった方が手っ取り早いということで、楽天トラベルを立ち上げた2年後くらいに旅の窓口を買収して取り込んでしまうという選択をしたわけである。

実は、楽天グループというのは、楽天経済圏というように楽天ポイントを中心にしてインターネットビジネスのコングロマリット的に大成功している会社というイメージが強いが、周辺事業拡大系のサービスで失敗している事例も多い。私がいた2011年まで限定の話で、それ以降は違うかもしれないが、少なくともその失敗事例の殆どのパターンは楽天トラベルと同じ理由であった。楽天市場が成功して、大きくなればなるほど圧倒的なユーザーベースが目の前に広がっている。それを活用出来れば直ぐに利用者が集まり、事業は成功できると思ってしまうのだ。しかし、そこを突破口にサービスを安易に始めてしまうので、ふたを開けてみると後発で始めたサービス自体のクオリティが先発企業に劣っており、楽天経済圏内で幾ら利用促進施策を打ってもユーザーが動かないということになってしまうのだ。

シナジー効果一本足打法の事業計画は成功しない

前にも紹介した、楠木健先生の「ストーリーとしての競争戦略」ではないが、成功する事業というのは成功のための一貫したストーリーのようなロジックの積み上げがなければならないと思う。それに対して、周辺事業拡大系の新規事業で失敗する多くのケースは、既存事業から享受できるメリットの一点突破で、サービス自体の競争力を真面目に考えていないケースが多いのではないかと思う。少なくても私が見てきた事例では、そうとしか思えない場合が多かった。

私は、楽天の事業展開の成功事例が、金融系ビジネスに偏っている理由は実は金融系サービスというのは金融サービス自体の差別化は厳しい業法があるため行うことが出来ず、カードのポイント還元率のような付帯サービスの差別化くらいしか余地がないので、楽天カードのように既存サービスと比較して、基本サービスは同程度、付帯サービスで差別化という構造が比較的作りやすかったことが理由なのではないかと思っている。

周辺事業拡大系の新規事業というのは、おそらく世の中的に実行されることが最も多い新規事業のパターンであると思う。そのような事業計画書を読むと、大抵の場合、既存事業のリソースを利用した差別化のポイントが重点的にかかれていることが多い。その際に、計画書の読者が無意識のうちに前提としているのは、ベースとなるサービスクオリティは既存競合サービスと同じにできるという事だと思う。しかし、世の中はそんなに甘くないことが多い。既存事業者は何年か何十年かは別にして、そのサービスをよりよく改善するために長い年月をかけて努力をしている。それを、後発で参入した企業がいきなり同等のクオリティでサービスを提供できるには、それなりのハードルがあるはずである。殆どの事業計画はこの点を見落としている。ハードルが高いにもかかわらず、勝手に「所与」の条件にカテゴライズしてしまうのだ。私は事業計画を作る時にこの点は相当気を使ってみることにしている。皆さんもくれぐれも「シナジー一本足打法」になっていないか気を付けて欲しい。

④事業構造転換

 新規性が弱く、既存事業との関連性も弱い新規事業のカテゴリを事業構造転換と呼ぶことにする。基本的にこのパターンの新規事業展開を決断する人はよほど事業自体での差別化のアイディアがあるか、既存事業に何らかの問題があり、既存事業から別の事業へのシフトをせざるを得ないなど特殊な事情がある場合であるとしか考えにくいので、このネーミングにした。ハッキリ言って、余り賢い新規事業展開とは思えないので、実行されるケースも少ないであろう。

 このパターンで注意すべきポイントは、③で述べた周辺事業拡大系の新規事業と全く同じである。そもそも、周辺事業拡大系で踏むトラップの代表例である既存事業からのシナジー効果が見込めないのであるから、サービス自体の差別化が出来なければ話にならない。

そのアイディアもないのに、既存事業と全く関連性もなく、先発企業が競争している市場に入っていくというのは、普通に考えればとても良いアイディアとは思い難い。

周辺事業創造と周辺事業拡大の違いを正しく理解する

2回に渡って、新規事業を4つのパターンに分けて、それぞれ検討すべきことを考えてきた。ただ、殆どの場合、実際に発生することが多いのは、②周辺事業創造と③周辺事業拡大のどちらかであろう。①は既存企業の新規事業ではなく、スタートアップの領域であろう。

その前提で話すと、多くの経営者や新規事業の担当者が②と③の区別を深く考えていないことが非常に多いと思う。まず、②と③では事業が立ち上がるスピード感が異なるし、実行に適した体制も異なったりする。また、私が経験した事例では、③だと思って始めた事業において既存企業のオペレーションが想定ほど成熟しておらず実は②であったみたいな事例も存在した。このケースでは、当然事業成長スピードが当初の想定よりも遅くなってしまうため、計画とのGAPが発生してしまいなかなか大変な思いを現場にさせてしまったりした。

もちろん、競争戦略の分析フレームワークというのは世の中に多く存在し、MBAで勉強したり、戦略系コンサルで仕事をした経験のある人は、別のソリューションを持っていると思う。ただ、私が見てきた多くの新規事業の成否を分けるポイントは、この4象限のパターン分けを正しく理解せずに、自分の置かれた立場にあった事業計画を作らなかったか、Executionの体制を構築できなかったかのどちらかでほぼ説明することが出来てしまうように感じる。

そもそも、新規事業というのはすんなり上手くいくようなものではない。どれだけ事前に調査し、考えたとしても、考え切れていないこと、想定外のことが起こるものである。しかし、今回議論したフレームワークは一度判断を誤ると事業計画自体を結構根本から考え直さなければいけなくなるような骨格の部分だと思う。

もし、自分で新規事業を立ち上げるシチュエーションになったら参考にしていただければと思う。

新規事業のタイプ別の成功ポイント1

新規事業がどうやったら上手くいきますかなどという質問に一言で正解を応えられる人など存在しないと思うので、そんないい加減な話をするつもりはないが、今回はこれまで多くの新規事業の開発に直接、間接に関わってきた経験から、新規事業開発を2軸4パターンに分けて考えてみたい。

今回は、新規事業を「事業の新規性」と「既存事業との関連性」の観点から4つの象限に分けてみた。4つそれぞれについて成功するポイントについて検討する。

①チャレンジ

既存の事業会社には向かないチャレンジ型

事業の新規性が強く、既存事業との親和性が弱い新規事業をチャレンジと名付けた。このチャレンジ事業型の新規事業というのは、その事業を行う企業の規模によって資金力のサポートに違いは出るが、ほぼスタートアップ企業がゼロからそれまでなかった全く新しい事業をスタートするのに近い、リスクの高い新規事業となる。

まず、この新規性が高い新規事業において考えなくてはならないのは、そもそも市場に需要が存在するかどうかの判断が重要となる。ただ、新規性が高い事業というのは、想定ターゲット顧客へのヒアリングなどで定性的な情報を収集することは出来ても、そもそも世の中に存在しない商品・サービスについての話なので、多くの場合、需要の規模を把握することは大抵困難である。

さらに、チャレンジ型のチャレンジたる所以は、既存事業との関連性の弱さである。既存事業によほど将来性がないという場合を除いては、通常企業が新規事業を開始する場合は、既存事業との関連性をみて、皆が大好きな「シナジー」が効くかどうかみたいなことを基準に新規事業の内容を決めることが多い。なぜなら、それがないと本当にスタートアップ企業が事業展開するのと変わらなくなってしまうからだ。

事業会社がチャレンジ型新規事業をする2つの絶対条件

 このため、チャレンジ型の新規事業をそれなりの規模の会社で実現しようとする場合、最初に立ちはだかるハードルは社内で事業を開始する承認を得る社内プロセスにあると考えられる。普通に考えると、チャレンジ型の新規事業は経営学的なセオリーに沿ったものにはならないので、経営会議等の承認が得られる可能性は低いといえるであろう。このタイプの事業は通常スタートアップ企業が始める方が理にかなっていると考える。例外的に、チャレンジ型の新規事業が承認される方法は、ビジネスプランが意思決定者のほぼ全員にとって非常に魅力的であり、メンバーの総意をもって是非チャレンジしたいと思える場合であると思う。特に、非常に定性的な表現であるが「非常に魅力的」と「総意をもって」の2つは重要であると思う。

一般的にチャレンジ型の新規事業というのはそもそも需要がそもそも存在しないところからスタートするので、事業の立ち上がり、つまり、収益化、黒字化までに時間がかかることが多い。しかも、既存事業との関連性が薄いと、事業の選択と集中みたいな話になると必ずその事業を何故やっているのかという議論の対象になる。その時のよりどころとなるのは、その事業が経営陣にとって「非常に魅力的」でそのビジネスプランを信じて会社としてチャレンジしたいという情熱と、それに経営陣が一致団結して進める総意があることが前提になるからだ。それがないと、新規性の高い事業が収益を上げて会社に事業貢献できるようになるまでの期間のサポートを会社から提供し続けることが出来なくなると思われる。

コミュニティ系ネットサービスの事例で考える

チャレンジ型新規事業の代表例は、コミュニティ系のインターネットサービスだと思う。私は楽天時代の一時期、Infoseekという最近では殆ど名前も聞かなくなってしまったポータルサイトの経営再建のメンバーに抜擢されて、Infoseekが提供していた、サーチとニュース以外のほぼすべてのサービスを統括する事業部の事業部長をしていた。当時は、USでちょうどSNS系のサービスが立ち上がってきていた時期で、Facebookの創業もほぼ同時期であった。日本においても、MixiやGreeなどの米国のSNSサービスを参考にした事業もその数か月か1年程度あとに立ち上がった。特にGreeなどは、当時楽天の同僚であった田中良和氏が個人的に余暇時間で立ち上げたサービスであった。その様子を横目に見ながら、このようなサービスを楽天のようなそれなりの規模になってしまった会社で立ち上げるのは非常に難しいと思った記憶がある。

そもそも、そのサービスにニーズがどの程度あるのかも分からないし、模倣しようとしているサービス自体の収益化もほとんどできていない状況であった。広告収益モデルになることは想像できたが、それがどの程度の規模になるのかは全く予想がつかなかった。そうなると、まともな事業計画書が作れないということになる。

一方で、田中氏は、そもそも自分でプログラムを書いてしまっていたので、自分の時間以外の初期投資もほとんど必要なく、おそらく事業計画書など作っていなかったであろう。もちろん自分のプライベートの時間を使う話なので、誰の承認もいらない。

その対比を見ながら、そもそも規模の大きな企業にとっては、私はこのような新規性が高いサービスは向いていないと強く感じた。おそらく事業計画を作る時間があれば、サービスを作ってしまった方が成功する確率は上がると思うのだ。なぜなら、ネットビジネスにとって、多くの場合新しい良いアイディアが生まれた時に成功させるための一番のポイントはスピードにあることが多いからである。GoogleもFacebookも学生エンジニアが作った会社だが、最初のサービスのプロトタイプを作ったときには誰からも出資を受けていなかっただろう。つまり事業計画など書いていないのだ。そのスピード感とサービスのアイディアの素晴らしさが成功の第一歩であったことはほぼ間違いないと思う。

残念ながら、チャレンジ型の新規事業が大企業で成功した事例はほぼ見たことがない。私が最も新規事業開発に関わった楽天のケースでもおそらくひとつも事例はないように思う。このセグメントの新規事業は既存の事業会社が行うのではなく、スタートアップ企業に任せる方が現実的であると思う。最近は、CVC(Corporate Venture Capital)などの手法も大分活発化してきているので、そのような手法も活用しながら、リスクを分散していくのが適切であると思う。

②周辺事業創造

周辺事業創造型を具体例でイメージする

事業の新規性が強く、既存事業との関連性が強い新規事業を周辺事業創造とする。この手の事業は2パターンくらいある。私が直近でいた人材紹介業に対するダイレクトリクルーティングサービスなどは例として想像がつきやすいかもしれない。日本で最も成功しているであろうダイレクトリクルーティングサービスはビズリーチだと思うが、ビズリーチが創業されたのは2007年で17年前とたぶん多く人のイメージよりも長い歴史がある。人材紹介業を行っている企業にとって、2007年当時はダイレクトリクルーティング事業は周辺事業創造のカテゴリに完全に合致する。転職という全く同じ需要を共有しており、求職者、採用法人の双方の顧客基盤も全く同じであるが、それまではほぼ存在していなかった採用手法という意味で新規性は非常に強いということになるからである。

その前にいたゲーム会社にとっての2010年前後のモバイルアプリゲーム市場なども周辺事業創造系の新規事業になるかもしれない。ゲーム開発という面では既存事業の関連性は高いが、ディストリビューションチャネルやターゲットユーザ層という意味では非常に新規性の高い事業であると言えた。

周辺事業創造型の成功のための2つのポイント

では、このような事業を上手くやるためのポイントとはどのようなものであろうか?私は2つあると思う。一つ目のポイントはあまり過剰な期待をして大きな投資をしすぎないこと、二つ目のポイントは既存事業からの干渉を受けないように独立した環境で事業をするということである。

初期投資の規模を小さくする

1つ目のポイントである余り過剰な期待をしない、大規模な投資をしすぎないという点は、新規性の高い事業に必要なポイントであると私は考えている。一般的に新規性の高い事業分野というのは競合がスタートアップであることが多いため、事業の立上げ当初は資金面の問題などからそれほど大規模に展開されることは多くない。また新規性の高い事業というのは当然市場自体が形成されていないので、いきなり大きな収益を上げられる可能性が低いことが多い。このような状況に対して、過剰な期待をして、過剰な投資をしてしまうと、事業開始当初の収益性が必要以上に悪化することが多い。そもそも、新規性の高いサービスというのは、私の経験上サービスを立ち上げて以降のPDCAの中で商品、サービスをブラッシュアップしていくことが多いので、事業の立ち上げ時にサービス仕様をガチガチに固めて、がっつりサービス開発をするよりも、アジャイルな開発環境で顧客の反応を見ながら徐々にサービスを固めていく方が、効率性が高い場合が多い。そのような事業の場合は、初期投資額を大きくするよりも、サービス開始後の継続的なサービス開発に費用をかけ続けられる方が上手くいくことが多い。

そのような環境であるにもかかわらず、大規模な初期投資をしてしまうと、初期の収益性が悪化し、継続的な投資が難しくなることが懸念される。また、この状況になると2つ目のポイントに悪影響を及ぼすことも考えられるが、この点については後ほど触れることにする。

既存事業からの干渉を受けないようにする

2つ目のポイントは既存事業からの干渉を受けないよう独立した環境で事業をする事である。これは、ハーバードのクレイトン・クリステンセンが書いた「イノベーションのジレンマ」にはまらないための方策としてあげられる手法でもあるが、ロジックは同様である(ちなみに、この本が発表されたのは私が大学院に入ったちょっと前くらいだと思うが、経営学を学ぶ大学院生として初めて読んで凄いなと驚いた本であった。これまで読んだ競争戦略の本で最高の内容の本だと思うので、読んだことがない方はご興味があればご一読することをお勧めする。事業会社で新規事業を成功させたいと思ったら、僕は必読の書だと思っている)。最近はビズリーチが上場もし、非常に高い成長を見せている中で、リクルートやパーソルなどの既存の大手人材企業もダイレクトリクルーティング事業を積極的に推進している。しかし、私が知る限り、これらの企業も少なくても10年くらい前からダイレクトリクルーティング事業は開始していた。では、資本力の大きい既存の事業者がこれらのサービスを成功させられず、スタートアップであったビズリーチになぜあったりと成功を明け渡してしまったのかといえば、ダイレクトリクルーティング事業が人材紹介事業に対する破壊的イノベーションに近いビジネスモデルであったからだと思っている。破壊的イノベーションは前述の本を読まないと分かりにくいので、別の言い方をすると、いわゆる既存事業とのカニバリ(cannibalization 共食い)を起こす類の事業であったからであると思われる。ちなみに、cannibalizationというのは、A、B二つの事業があったときに、Aの売上が増えると、Bの売上が減るという競合関係になる事業をひとつの会社が運営する状況を表している。

一般的に、カニバリが起こると、新規事業に対して、既存事業からクレームが来る。大抵の場合、新規事業というのは既存事業に比べてサービスレベルも低く、単価も安い場合が多いため事業全体の収益性だけでなく、顧客単位などミクロレベルの収益性も低いことが多い。このため、その時点でのその企業の短期的な収益性を考えると新規事業を積極的に推進する合理的な理由がなくなってしまう。このような状況になると、多くの場合、そもそも既存事業との関連性が強いことから始めたはずの新規事業に対して、既存事業からの妨害的な行為が多発したり、良くても、非協力的な態度を取られ新規事業企画時に想定された既存事業の強みの活用がなされなくなるケースが発生することになる。ダイレクトリクルーティング事業でのビズリーチの成功というのは、おそらく既存の大手人材会社内でこのような議論が少なからず起こっていたものと推定される(私は当事者でなく、伝聞情報で聞いたので推定と書かせていただく。当事者情報をお持ちの方で認識が謝っていたらご指摘ください)。

私の経験上、カニバリが発生するタイプの新規事業の場合、既存事業からの協力を得ることを期待するのは困難であるケースが多い。なぜなら、先ほど言ったように、多くの場合、目に見える短期の数字だけ見れば既存事業を優先することが合理的であるのに対して、長期目線での新規事業のポテンシャルは単なる皮算用になってしまい、合理的な判断では新規事業が負けてしまうことが多いからだ。

同時に、競合企業がスタートアップであったりすると、そもそも既存事業がないわけなので、既存事業のリソースを活用できるということは少ないため、既存事業の協力がなくても実は戦うことが出来ることも多い。

このように考えると、この手の事業というのは、事業の立上げ当初は既存事業からの協力がない前提で、社内で独立した状況で、社内ベンチャー的にスタートアップ企業と近しい環境で事業をした方が上手くいく可能性が高いと思われる。

初期投資を小さくしてPLをコントロールすることが独立性維持のポイント

もし、そうだとすると一つ目の初期投資を小さくする話が予告通り再度復活して議論の対象となる。社内で独立してやるといということは、社内の干渉をなるべく少なくする必要があるが、初期投資を大きくして、社内のPL的に問題になるような規模の赤字を生み続ける状況になると、経営サイドとしても看過できなくなる。そうなってくると、再度既存事業とのカニバリの話が出てきたりして、事業の存続が危うくなったり、継続的な投資を得られなくなったりする。一方で、競合のスタートアップなどは、事業が立ち上がり、赤字でも成長性が示せるようになると資金調達が可能になり、投資が拡大するフェーズになっていく。こうなると、既存事業の体力で優位と思われた資金力などのアドバンテージがなくなってしまったりする。こうなると、多くの場合既存企業の新規事業はスタートアップ企業に勝てないということになる。このような状況にならないためにも、このタイプの新規事業は余り欲張らずに、小さく生んで大きく育てる感じで、時間をかけて作っていくことが重要である。

実は、私の入社前であるが、ゲーム会社のモバイル事業というのはこのよい成功例であるといえる。今の高品質なモバイルアプリゲームは全くそうとは言えないが、2010年前後のブラウザ式のモバイルゲームの開発費というのは今から思えば非常に小さかった。このため、モバイルゲームの開発チームというのは当初は非常に小規模なチームが社内の片隅でコツコツとトライ&エラーを繰り返しながら、どのようなタイトルがヒットするのかを検証し続けていた。そこに、モバゲーとGreeのプラットフォームが出現し、そこで非常に小さな開発費で作ったゲームが毎月何億円も売り上げるような大ヒットとなり、一気に社内で脚光を浴びることになり、その成功の拡大再生産で会社全体の業績を大きく改善させることとなったわけだ。おそらく、ヒットタイトルが出るまでのモバイルゲーム開発チームというのはなかなか辛い状況であったと思う。しかし、次のデバイスとしてモバイルゲームが来ないわけがないと信じて、辛抱強く開発を続けられたことが、結果的に大きな成功を生んだわけである。

新規性の高い事業というのは、当然成功の確率も高くはないので、初期投資は出来るだけ小さい方が良いと思う。誰と競合関係にあるのかをきちんと見極め、相対的にサービスレベルが高ければ、絶対的なサービスレベルには改善の余地があっても問題ないと思う。それを最初から理想に近づけるような方針をとると、殆どの場合、無駄に開発規模が大きくなり、上手くいかないことが多い。小さく生んで大きく育てるが周辺事業創造型の新規事業の成功法則である。

知らない言葉は使わない

3文字略語が嫌いな理由

私は、ビジネスによくあるアルファベットの3(くらい)文字略語が嫌いである。マーケティングで言えばCPAとかROASとかいう話である。よほどメジャーになり、明らかにその程度は知ってほしいという共通理解がチーム全員に浸透していれば使うが、余り多用しすぎないようにしている。

なぜ嫌いなのかと言えば、よほど頻繁に使う単語でないと、発言者がその意味も分からず使っていたり、定義が曖昧なまま使っていたりするケースが多いからである。こういう部分の曖昧さが会議での議論を曖昧にするし、議論のレベルを落とすと思っている。

同じような話で、Rate/率系のワードの話をするときに、その率のA/ BのAとBも曖昧なまま話をしている人も結構多い。低次元な話に聞こえる人は、それが普通なのではなく、良い環境で仕事をしていると考える方が良いと思う。私のこれまで見てきた部署でも、この系統の話は、就任当初とか、部署に新入社員が入ってきたときにたまに注意するあるある話だ。

新卒の社員が自分の部署に入ってきたときに私は、初めて聞く3文字略語であれば、必ず一度は何の頭文字を取っているのか必ずネット等で調べて確認するようにアドバイスしている。多くの場合、略す前の単語の意味が分かれば当然略語の意味も分かるからだ。さすがにマーケをやっている人であればCPAくらいは分かりそうなので、ROASが何の略語か分かるであろうか?Return on AD Spendである。スラっと答えられたであろうか?日常的にROASと会議で言いまくっているのに、これを言えなかった人は他にも同じような状況になっている可能性があるので、しばらく3文字略語を口走ったら、後で略す前の完全版を言えるかどうかチェックしてみるとよい。

これまで何度も議論してきた通り、データドリブンにマーケティングをするためには、データに基づいて、ロジカルに議論をしなければならない。そしてロジカルに議論をする際にデータとともに重要なのが、そのデータの補足説明をしたり、そのデータから得られる示唆を説明したりする際に使う言葉である。

 こういう話をして、思い出すのが、中高生の頃に誰に言われたかは忘れたが(多分予備校の先生な気がするが)、「知性のある人間に見られたいと思うのであれば、国語辞典を小まめに引きなさい」という言葉だ。自分の人生で余り後悔することはないのであるが、英語をもっと若いころから勉強すれば良かったということと同等レベルで、この教えを実践しなかったことには非常に後悔している。なぜなら、この年になると残念ながら取り返しがつかなくなってしまっているからだ。

 ただ、日本語全般に知性がない事に取り返しがつかないとしても、自分の専門分野の範囲においては大した量でもないと思うので、誰にでも実践できることだと思う。

知ったかぶりでごまかしても良いことは何もない

同じような話で重要だと思っているのは「知ったかぶりをしない」という話も良く思うことである。人間年を取れば取るほど、「そんなことも知らないの?」とは思われたくないものである。日本の学校教育のせいなのかどうか分からないが、日本ではセミナーとかで話をしてもなかなか質問が出てこないみたいな話も良くある話だ。実は私も、大学生までは、そのような思いが強く、学校などで、みんなの前で質問など殆どしたことのない人間であった。大人になってから私のことを知った人からは意外かもしれないが。その考えを変えさせられたのが、自己紹介の一発目でも登場した米倉誠一郎先生の授業であった。ポイントは授業の評価の方法である。先生は最初の授業で、「この授業の評価で期末に行うペーパーにテストの割合は50%とする。残りの50%は授業への貢献度。つまり授業中の発言で行う」と言われてしまったので、授業中に質問でも、意見でも何か言わなければいけなくなってしまった。この経験が、私が人の意見に対して、とりあえず何か言うというタイプの人間になってしまった理由である。

特に私のように、部下の報告を聞いて、必ず何かフィードバックするということを自分への義務として課しているような人間だと、会議中に部下が自分の知らない単語を発した場合に、それが何のことが分からないと内容が理解できないということになるし、一所懸命理解しようとしているので、打ち合わせ中に調べることも出来ない。そうすると、知らないことははっきりとわからないので教えてくれと言わないとしょうがない(もちろん、調べる余裕がある会議であれば、ネットで検索するが)。その結果、堀内はこんなことも知らないのかと思われても、それは勉強していないのだから致し方ないと思うことにしている。寧ろ、部下に新しい知識を与えてくれてありがとうと感謝している。

言葉を正しく使うことはロジカルに考える出発点

これまで、マーケティング人材の育成のポイントは、物事を狭く、深く考えることであると話してきた。その実践のためには、トヨタ方式で「何故を5回繰り返す」みたいな方法がいいと思うが、そもそも最初の問題意識の把握の時点で意味を取り違えてしまったら、その5回の何故も深堀が見当違いのところに進んでしまう。言葉の意味や、事象の理解が曖昧であるということは、深く考える出発点を曖昧にしてしまうリスクを高めてしまう恐れがあるのだ。

30代前半のころ同じ部署で仕事をした人で、私から見ても本当に素直に分からない、教えてくださいと言える人物がいた。その人物は今結構優良なベンチャー企業のマネジメントメンバーになっているが、今考えると本当に素晴らしいとこういう話をする度に思う。彼は金融系から来た人でデジタルビジネスの経験が少なかったので、デジタルビジネスばかりしてきた自分からすると、そんなことも知らないのかと思うことは正直当時はあった。しかし、50歳を前にした優秀に見られたい願望があるオジサンになってみると、益々、彼のような知らないことを知らないといえる、曖昧にしないという姿勢は、自分の成長のために重要であると思う。昔の私のように「そんなことも知らないの?」と思っているやつには思わせておけばよい。そう思う人は、おそらくそう思われたくないので質問できない。もちろん、その人が分からないことがあれば必ず後で意味を調べたり、個別に理解出来るまで質問したりする人であれば、その個人としては成長出来るかもしれない。でも、その会議の中に、自分と同じように分からないと思っている人がいた場合、その人の自己完結的な努力はその個人一人の成長には寄与するかもしれないが、チーム全体の貢献にはならない。それであれば、みんなの前で質問したほうが私はチーム全員にとって寧ろ生産的だと思うのだ。そして、それを繰り返した本人は、自分の知らないことを曖昧なままにしてしまっている人よりはほぼ確実に成長できるのであるから、一挙両得だ。

よく電子顕微鏡とかの映像をテレビなどで見ると思うのだが、普段何気なく見ているものを超拡大すると自分が見ているものと全く別世界のように見えてしまう。つまり、人間何かについて深く考えれば考えるほど、実は知らないことというのは無限に増えていくのだと思っている。そう思えば、何かを知らないなどということは何も恥ずかしいことではない。私のように、本も読まず、国語辞典を引かなかった人間は、それがばれてしまうので多少恥ずかしい部分があるが、もう、それは若いころに負ってしまった借金なのでしょうがない。でも、自分の成長のため、議論の精度を上げるため、その結果パフォーマンスをあげるため、知らないことは知らないと認め、聞いたり、調べたりしてほしい。自分を自分でごまかして、賢いふりをしてもなにも良いことはない。

2軍監督の役割

2軍選手を怪我する一歩手前まで練習させる分け

野球Youtubeから好きな話第2弾。たぶん、僕くらいの歳の人でないと古すぎて全く知らない選手だと思うが、昔広島の一番バッターで高橋慶彦という選手がいた。スイッチヒッターで、足が速くて盗塁王になったりと、子供心にかっこいい選手であった。もとヤクルトの古田のYoutubeとかを見ていると、当時の野球界では高橋慶彦伝説がたくさんあったらしく、相当怖い触れてはいけない選手として恐れられていたらしい。まあ、そんな話もそれはそれで面白いのだが、別に野球の話をする場所でないので、本題に移る。

彼の話の中で、私が素晴らしいなと思った話が2軍監督の仕事について話していた内容である。2年くらいロッテの2軍監督をしたらしいのだが、その時若い選手に無茶苦茶厳しく練習をさせたということだ。そもそも高橋氏本人も現役時代は相当な練習量で有名で、いつもバッティング練習していると周りの人から見られているような選手だったと後輩の選手が証言している。体技心の話ではないが、彼も結局練習しなければ上手くもならないし選手としても大成出来ないと思っているそうだ。もちろん、そういう思いから厳しい練習を課すわけであるが、それをやり通した理由というのが素晴らしいと思ったのだ。

高橋氏が当時考えていた2軍監督の役割というのは、野球をやめていく選手に後悔させないことだと思っていたそうだ。毎年秋か初冬になるとプロ野球選手の引退とか、戦力外通告がスポーツニュースをにぎわすが、プロ野球球団というのは支配下に登録できる選手の数の上限が決められており、基本的にはその上限からあふれてしまった選手は契約を更新されないという仕組みになっている。新しく選手になる方は毎年ドラフト会議で華やかな話題となり、1球団6,7人の選手がプロ野球選手になるわけだが、逆にいえば、それと同数の選手が野球選手をやめなければいけない厳しいトコロテン方式の組織なわけだ。ではその6,7人の選手がプロ野球選手をやめなければいけないなかで、「引退」と呼ばれるように自分でやり切ったと自発的に選手をやめられる人がどのくらいいるかといえば、おそらく一人いるかどうかという確率で、大半の人は野球を続けたいのに続けられなくなる状況になる。

プロ野球の2軍選手が直面する厳しい現実

野球選手になるのは18-25才くらいなので、プロ野球選手をやめざるを得なくなるのも多くの場合20代の中盤から後半の若者である。そのあとも、社会人として長い人選を歩んでいかなければいけない。そのような厳しい現実を考えた時、高橋氏が2軍の責任者として考えていたのは、分かりやすく言えば「クビ」になったときに、その選手がどう自分のプロ野球人生を振り返ることが出来るかではないかと話していた。「これだけ全力でやり切ったのだからしょうがない」と思うのか、「こうなるのであれば、もっと頑張れば良かった」と思うのかということである。当然、前者であってほしいわけだ。

プロ野球というのは、周りに超高額の年俸をもらっているスター選手がいるような華やかな世界で、20代の若者には誘惑も多い世界である。勘違いしてしまいそうなシチュエーションもあるであろう。入団時の契約金など考えれば、1軍の選手ほどでなくても、周りの若者よりはお金もあるであろう。しかし、2軍の選手というのは残念ながらプロ野球という組織においてはその時点では全く事業貢献も出来ておらず、分かりやすく言えば、入口に立っているだけで、プロとして一人前に成れていない中途半端な存在である。

その彼らの中から、ほぼ確実に5名前後の選手がその年の年末に解雇される。大体2軍選手の人数というのは30人前後である。その中から5-6人が解雇される。そういう厳しい世界だと言ってしまえばそれまでだが、この話を聞いたとき、もしそれが自分の部署であったらと想像すると、高橋氏の話している気持ちが物凄くリアリティを持って感じられてしまったわけだ。

マーケターにも2軍選手のように練習量は必要!

間違いなくこういう話をすると、昔気質のオッサンと嫌がられるのを承知で言うが、ワークライフバランスが重視される昨今の日本社会で、本当に強く、スキルの高いビジネスパーソンが育つのか心配になることが多い。もちろん長時間残業すれば良いとは全く考えていない。その点は以前、作業=経験ではないという話をしたので、ご理解いただけていると思う。しかし、スポーツの反復練習と同じで、ビジネス、少なくても私の専門分野であるマーケティングにおいては、反復練習の数を増やして経験値を高める機会は必ず必要である。それをワークライフバランスの名のもとに機会として奪ってしまっている。もちろん、そのような働き方をしたくない人に強要することはあってはならない。その対策は当然行うべきだと思う。でも、上位何パーセントかの社会を背負って立っていかなければいけない若者たちから、自分を追い込んで成長させる機会まで奪ってしまってよいのであろうか?多くの私と同年代のマネジメントが悩んでいると思うが、この高橋氏の話を聞いているともっと真剣に考えなければいけないのではないかと思ってしまう。

最近の新卒の学生の子を見ていると、間違いなく自分のころより大学時代にお勉強しているし、真面目に考えていて、優秀な子も多い気がしている。だからこそ、この子たちをちゃんと一人前にしてあげるのは。2軍監督の役割を担う大人の責任なのではないかと思うのだ。

また、逆に、トップレベルのマーケターになりたいと思う若いマーケターに伝えたいのは、社会に奪われてしまった自分を鍛える機会をどのように自分自身で補完するのかを考えなければいけないのではないかということだ。特に、マーケティングの基礎体力となる「誰に、何時、何を伝えるか?」を考える力を蓄え、他の人よりもスピーディーに正解にたどり着くためには、どれだけこの作業を数多く深く経験し、様々なシチュエーションにおける成功例、失敗例を自分の中にストックしておけるかが重要である。それが必要ないのは、一部の天才的なマーケターだけである。ハッキリ言って、私などはそのストック量の多さだけを頼りにマーケターとして生きているようなものである。

30代中盤で気が付いてもおそらく手遅れ?

別に遊ぶなとは言わないし、寧ろ、リフレッシュのために遊んだ方が良いと思う。しかし、次のことは理解しておかなければいけない。ビジネスの世界、特に日本の労働環境というのは、一見プロ野球ほど直ぐにクビになったりしないので厳しくなさそうに感じられるかもしれない。ただ、それは、クビにならないという点がシビアでないだけで、実は能力の評価というのは確実にされている。若いころはそれほど差を感じないかもしれないが、30代中盤くらいから、出来る人と出来ない人の選別が結構シビアに進んでくると思う。前にどこかで話を聞いた人事の研究者みたいな人は日本の大企業では45歳くらいで急激にハイパフォーマーとローパフォーマーの差が出ると言っていたが、私がいたようなデジタル系の企業では10年は早く選別されると思う。そして、2軍のプロ野球選手がクビになってしまったら、ほぼリカバリー不可能なのと一緒で、ビジネスの世界でも、この選別が始まった時点で気が付いてリカバリーしようと思っても、ハッキリ言ってほぼ不可能である。プロ野球は数年の努力の結果での判断だが、ビジネスの場合、30代半ばと言えば、10年以上のビジネス経験で蓄積された差を判断されているのであるから。このように考えれば、実は早くアラートを上げてくれるプロ野球の方が実は優しいのではないかとすら私など思ってしまう。

50歳になりそうなおじさんが、60代半ばくらいのおじさんの話を聞いて感心した話なので、ずいぶん爺臭い話になってしまったが、最近の若者に優しくする社会だと、口頭ではなかなか言えない話なので、あえてこんな話をしてみた。

自分も含めて、「こうなるのであれば、もっと頑張れば良かった」と思わないようにできればなと思う今日この頃である。

体技心

勝敗が明確になるスポーツはPDCAの究極

私は運動神経、特に反射神経が決定的に欠如しているので、運動というものは基本苦手なのだが、その反動なのか理由はよくわからないが昔からトップスポーツ選手の話を聞いたり、読んだりすることが好きである(一番のお勧め)。最近Youtubeで暇があるとボケっとよく見ているのがプロ野球系のコンテンツである。ちなみに、野球のYoutubeは見るが、野球の試合は一切見ない。ちょっと2時間以上TVの前にじっとしていなければいけないという時間感覚が完全に生活のリズムと合わなくなってしまっている気がする。同じ理由で映画も殆ど見なくなってしまった。

話が逸れてしまったが、何故私がスポーツ、特に最近は野球選手の話を聞くのが好きかという事なのであるが、スポーツの世界というのは、勝敗がはっきりするということから、試合や練習での自分の体の動かし方とか、考え方とかを突き詰めて考えている度合いが、ビジネスよりも遥かにシビアで、私が好きな深堀の深さが非常に深い様が手に取るように分かるからだ。特に、野球のバッティングというのは私は全く出来ないが、話を聞いている限りでは超一流選手であっても、10人が10人言うことが違って、聞いているだけで大変面白い。

どこで読んだのかすっかり忘れてしまったが、野球のバッティングというのは、おそらくあらゆるスポーツの中で最も習得が難しい種目であるらしい。まあ、少し考えればそんな気がする。おそらく、卓球を除いてもっとも小さそうなボールをピッチャーが160キロとかのスピードで投げてくるのを、細い木の棒で100メートルとか打ち返すのだ。テニスであればほぼ同じ大きさのボールだが、ラケットの面のでかさはその数倍は確実にある。難しいと皆さん言うがゴルフなどはボールが止まっている。よくよく考えると、野球のバッティングというのは相当高度なことをやっているのだ。

では、それをどのように実現するのかというのを、いろいろな選手に語ってもらうと、驚いたことに殆ど体系的な理論がない模様である。確かに、サッカーとか、ゴルフとかってプロのコーチライセンスみたいなものがあり、学んだことはないが、プロコーチのテストがあるということはおそらく教科書的な体系はあるのであろう。しかし、野球というのはプロのコーチはいるが資格はなく、ある意味誰でもオファーさえあればなることができる。

なぜ、そうなるのかといえば、話を聞いていると、技術が高度すぎて、かつ、自分の感覚に合う合わないみたいなものが相当要素として大きいらしく、ひとつの理論でこれが正解というものもないらしいのだ。その結果、プロ野球でもトップクラスの成績を残した名選手たちの話を聞き出すと、びっくりするくらい人によって言うことが違ってくる。びっくりしたのが、バットの持ち方ひとつとっても、もとプロ野球選手同士で話していても、そんな持ち方では絶対打てないとか、言い合っているのだ。おそらく、超競争社会なので、現役時代は自分の本質的なノウハウみたいなものはライバルには教えられないので、引退後に話して始めて理由をお披露目できるという状態なのであろう。

心技体ではなく体技心

で、なぜ、マーケティング、マネジメントのBlogでわざわざ野球の話をトピックとして取り上げるのかというと、たまに、ビジネスにも共通するのではないかと思うことがあるからだ。今回はその中から、「心技体」について一流選手がどう考えているのかということを皆さんに共有できればと思う。

スポーツに限らず、何か物事を成し遂げるために必要な3つの要素として「心技体」をセットとして挙げることが昔からよくある。では、プロで名球会級の結果を残した元選手に、この3要素を優先順位順に並べてくれと聞くと、僕が聞いた限りでは、ほぼ100%の確率で、体技心と答える。つまり、体/体力→技術→精神力というわけだ。

ではなぜ、体が一番重要なのかというと、そもそも、一流選手になるためには技術を習得するためにライバルよりも練習を積まなければならないので、それに耐えられる追い込んでも怪我をしない体であったり、追い込んだ練習をできる体力がないと、技術を習得する入り口にも立てないのだという話をしている。そして、体がしっかりして、自分で考えて必死で練習すれば技術は習得でき、技術が習得できれば試合に出るチャンスもつかめるので、あとは試合で様々な経験をすれば心はおのずとついてくるようになるという感じである。

私のような運動神経のない人間からすると、クラスで運動が得意な上位数名でさえ、生まれ持った素質が違うと思っていたので、プロレベルで活躍できる選手になれば、最初からある程度出来るのだろうと勝手に思っていたので、この話を聞いたときには結構びっくりした。プロになれた選手でさえプロ野球選手になった後にどれだけ練習を積めるのかが勝負なのだ。逆に言えば、どの世界でもレベルが上がれば、その中での競争があり、競争相手より少しでも多く鍛錬を積み高みに登れないと勝利を得ることなど出来ないのだと知り、どこでも同じなのだと思った。

では、同じであるとして、私たちマーケター、ビジネスパーソンに置き換えて、この体技心の優先順位は同様であると言えるのであろうか?私はYesであると思う。心の話については、以前に私に最も似つかわしくない「気合」をテーマに話したときに触れたので、そちらをお読みいただくとして、今回は体・技の関係について話をしたい。

「体」=マーケティングの基礎体力

マーケティングにおいては、どのようなマーケティングの分化したファンクションを行う上においても共通するマーケティングの基礎体力がそもそもなければならないという話をこのBlogでも何度も申し上げてきた。私がマーケティングの基礎体力と呼ぶものは、自社の商品・サービスを顧客に売ろうと思ったときに、「誰に、何を、何時伝えるのか?」の3つの要素をどれだけ適切に把握して、実際の施策に落とし込んでいくのかということである。この3要素は、私が思いつく限り、マーケティングのいかなる活動においても当てはまる施策を実行するときの出発点で、この理解がない人が小手先のどのようなテクニックを駆使したところで、継続して高い成果を上げ続けることは決してできないと思っている。また、逆に言えば、この基礎体力がついていれば、新しいファンクションを学ぼうと思えば、そのファンクション特有のテクニックの特性と使用方法さえ理解すれば実行可能であるため、基礎体力がある人とない人では習得のスピードに大きな差が生まれる。

野球における体力というのは、私はこのマーケティングの基礎体力に該当するのだと思う。つまり、体がなければ、そもそも技術の習得がスタートしないわけである。さらに、共通するのは、この技術というのは、日々の訓練の中でしか養われないということである。野球のバッティングで、日々素振りをして、ティーバッティングをして、バッティングピッチャーのボールを打ち、最後に紅白戦などの試合形式の練習で技術を実践に近い形で洗練させていくように、マーケティングも、同様に日々の訓練のレベルを上げていくことでしかレベルアップしていかない。もちろん、皆さんならすでに想像つくと思うがマーケティングにおいてはそれがPDCAである。大事なのは、このPDCAをドンドン深堀していくことで、同じようなことをしている中でも、常に新しい発見を追い求めることが必要なわけである。その結果として、広告運用のテクニックであったり、クリエイティブ制作のノウハウであったりといった個別の技術スキルが習得でき、レベルアップしていくわけである。しかしそれを高いレベルで習得できるようになるためには、野球選手の体力のように、継続的に技術を追求できるようにする土台となるマーケティングの基礎体力が必要不可欠なのである。

もし、プロ野球の選手が、バットの素振りをそれっぽい形で出来ればよいと思ってしまえば、おそらくそんな練習は小学校くらいの時に卒業しても良いはずである。それなのに、プロの選手になってからも素振りをしている。常人には分からないが、それは確実に小学生の時にしていた素振りと、プロになってからする素振りでは、課題としている内容が違い、より細かいポイントを確認しているのだと思う。それにより技術は向上していく。私は、マーケティングのPDCAというのも、それと全く変わらないと思っている。

市場環境は常に変化するので過去と同じPDCAなどあり得ない

前も言ったが、私が好きではない言葉の一つは、1-2年マーケティングをかじっただけでもう学ぶものがないとか言い出す若者に発現である。こういう人は、それっぽくバットを振っているだけなのだと思う。分かりやすく言えば、プロ野球選手になって、素振りは小学生の時に出来るようになったのでやりません。そこから学ぶものはないのでと言っているようなものである。申し訳ないが、軽々しくそういう言葉を言う人は、そもそも深堀する力がないので、よほどの天才でない限り一流にはなれないと思っている。ビジネスを取り巻く環境というのは、常に変化している。例え自分が立ち止まって(いいこととは思わないが)変わっていなかったとしても、競争相手が過去と違うことをしたら、目の前に広がるマーケットは過去と同じということはあり得ない。それなのに、過去と同じ課題のPDCAを回せと指示したら、それは過去に経験済みなので学ぶことはないという。断言するが、絶対にそんなことはない。

なぜ、プロの選手が常に練習をして体力と技術を向上させるのかといえば、それは、相手のチームが自分を抑えようと様々な手法で攻めてくるからである。相手も進化するのであれば、自分が立ち止まってしまっては勝ち続けることなど出来はしない。なぜ、ビジネスは違うといえるのであろうか?

日々のPDCAが過去と同じことなどほぼあり得ない。時間が止まらない限り、必ず何かの条件は変わっている。それを毎回毎回深堀して見つめられる人は、それだけ深く狭く考えられ、マーケティングの基礎体力が高いということだし、そうなれなければ「なんちゃってマーケター」で終わってしまう。もちろんそれで満足なのであれば別にそれでよいと思う。でも、折角一日8時間とか自分の時間を使って行うのであれば、少しでも一流に近づけたほうが面白いのではないだろうか?

そのためには「体技心」の順番である。

あなたは「技体心」とか「技心体」になっていませんか?

良いところ取りでは成長しない

効率的に成功法則を見つけたいという間違った欲求

Cherry Pickという言葉を知っているだろうか?

「自分の気に入ったものだけをつまみ食いする

〔品物などを〕入念に[用心深く]選ぶ、

えり好みして買う

バーゲン品ばかりをあさる」

出典:英辞郎

辞書を調べると、こう書いてある。いわゆる「良いとこ取り」みたいな話だと思う。

私はよくある、「明日からできる簡単〇個の習慣」とか「〇を覚えれば効率が10倍アップする」みたいな何かを覚えればすぐに上手くいく的なノウハウ本みたいなものが大嫌いである。世の中そんな簡単で、おいしい話はないと思っている。このようなノウハウ本を一生懸命読んでいる人って、たぶん常に簡単に=効率的に上手くいく方法を探していて、何か自分で実践できそうで、楽そうな方法が見つかったら「これだ!」と飛びついて、なんとなく実践してみて、そんな簡単に上手くいかず、次のよさそうなヒントを探しに行くのではないだろうか。これは、完全にCherry Pickな状態である。

私は、社会人人生で、多くの人と一緒に仕事をしてきたが、はっきり言ってこのCherry Pick系の人で成功している人に殆ど会った記憶がない。たぶんゼロだと思う。では、ビジネスでパフォーマンスを上げる人と、Cherry Pick系の人で何に差が出るのだろうか?あまり読んだことはないが、そのようなノウハウ本みたいなもので言われている一つ一つの事に明らかに間違っている事というのは、あまりないのではないかと思う(読んだことないので推測だが)。どこで差が出るのかというと、凄くシンプルに言うと「タイミング」と「組み合わせ」であると思っている。この2つが揃うとビジネスは成功するのではないかと思う。

その瞬間にやるべきことを適切に判断する

GAFAの4社がなぜ2024年時点で史上類を見ないほどの大成功をおさめ巨大な時価総額をもつ企業になっているのかといえば、間違いなく2000年前後のインターネットの普及期において、ネットを中心としたビジネスを立ち上げた(Appleは若干微妙だが、一回ダメになったAppleをスティーブ・ジョブスがTopに再就任して立て直したところから考えれば同様と考えて良いだろう)ことが何よりも大きな原因だと思う。ジェフ・ベゾスがどれだけ優秀な起業家、経営者であったとしても、今から何かネット系のビジネスを始めても間違いなく今のAmazon程の成功はしないと思うし、おそらく彼であれば2024年にネット系のサービスの企業は立ち上げないと思う。おそらく、日本においては私がいた楽天がその代表例であろう。例えば、スマートフォン世代で日本で最も成功した事業、サービスはLineだと思うが、Lineの場合も2010年前後のスマートフォンが普及し始めたタイミングでサービスを開始したことが何よりも成功した原因であると思う。超大成功している例だけ見ていると、なんとなく本当かよと思うかもしれないが、ビジネスが大きく成功するためには、このタイミングの見極めが非常に重要なのは間違いないと思う。

では、何故タイミングが重要なのであろうか?私は単純にホワイトスペースの大きさが巨大であるからだと思う。インターネットにしろ、スマートフォンにしろ、新しいテクノロジーやデバイスが登場した時というのは、当然新しいものであるため、それらを使って展開されているサービスや商品というのは世の中に存在していない。そして、そのテクノロジーやデバイスが本格的に普及する兆しが見え始めると、そのテクノロジー等がなかった時代から存在していた既存サービスたちが新しいテクノロジーを使って展開され始める。それが巨大なビジネスチャンスが生まれる瞬間となる。先ほど例として上げたLineなどはその典型であろう。おそらくLineの登場によってほぼ使われなくなったものの代表例はモバイルメールであろう。若い人は知らないかもしれないが、Lineが登場する前に移動中に最も利用されていたコミュニケーションツールはおそらく携帯キャリアが提供していたモバイルでのemailであった。スマホの普及が本格化する少し前(たぶん1-2年前)にLineが登場した。このサービスは使いやすさ等を考えても明らかにモバイルメールの上位互換であったため、感覚的には2-3年のうちに市場を置き換えてしまった。似たような例で言えばメルカリもそうであろう。メルカリの登場前にもCtoCのECサービスが存在しなかったかといえば、全くそんなことはない。代表例はYahooオークションであった。それを、スマートフォンの普及期にメルカリがスマホのアプリで同様のサービスを立ち上げて、市場の大きな部分を置き換えてしまった。はっきり言ってサービスの骨格はブラウザ時代のYahooオークションとそれほど違わなかったと思うが、モバイルアプリで完結する優れたUIのサービスに再構成して、サービスのクオリティが抜群に良かったことで、一気にCtoCの売り手の数を拡大することに成功したのだと思う(ちなみに、メルカリが始まったとき、これほど上手くいくとは正直思わなかった。あれだけ市場を占拠していたヤフオクがなぜすんなりと負けてしまったのかは研究に値すると思う)。

このように、新しいテクノロジーやデバイスが登場すると、既存のサービスをその新しいテクノロー等を利用して再構成するという広大なビジネスチャンスがいきなり登場するわけである。この10年くらいのその最大の成功例は、エンジンからモーターへの転換を促進している電気自動車のテスラであろう。おそらくあのビジネスをあと10年早く始めていたら成功していなかったと思う。

事業というのは様々なパーツの組み合わせ

では、ビジネスにおいてこの「タイミング」をつかむことが出来れば成功は約束されるのであろうか?もちろんそんなことはあり得ない。そこで登場するのが「組み合わせ」である。話をシンプルにするために、一言で組み合わせと言ってしまっているが、この組み合わせるものにはとてつもなく多くのパーツがある。例えば、Lineで言えば、一番の発明はおそらくテキストメッセージにスタンプという日本独特の絵でのコミュニケーションを組み合わせるアイディアが秀逸であった。テキストメール時代からあった絵文字という文化は実は日本独特のもので、英語でもemojiは全員とは言わないが通じる人には通じる。でも、そのアイディアが良かったとしても、そのサービスを正しく創るためには開発スタッフが必要だ。そのビジネスをどのように儲かる収益事業にデザインするかという事業責任者も当然必要である。プロジェクトを立上げようとなれば当然人事も必要だし、事業にお金がかかるのであれば財務部門の協力も必要であろう。このようにひとつのビジネスを立ち上げるということは、非常に多角的な検討要素=パーツを組み上げていくという作業である。もちろん、事業が立ち上がってオペレーションフェーズになっても話は全く変わらない。事業が成功し、関わる人数が増えれば増えるほど話は複雑になる。さらに。Lineの場合は、サービス面でも、コミュニケーションアプリとして始まったものに、ゲームプラットフォームが追加され、ニュースが追加され、Paymentが追加され、動画機能が追加され、、、と多くの組み合わせの増が発生している。

では、その実現をするために、そこに関わっている一人一人の社員が物凄く特別なことをしているのであろうか?実は私はそうではないと思っている。開発スタッフがやっていることは、他のスマートフォンアプリを開発している会社のエンジニアとそれほど異なる仕事をしているわけではない(規模が大きい分要求される技術力は高度なものを要求されると思うが)。事業責任者は、他のデジタルビジネスの事業責任者の人とそれほど異なることを日々しているわけではないであろう。それは、大抵の場合、他の業務をしている人でも大差はない。

そうであるとすと、成功しているビジネスとそうでないビジネスとは何が違うのか?私は、一つ一つの業務のクオリティと、何時、何を、どのくらいのリソースで行うのかというその時々の組み合わせを適切に組み上げて仕組化しオペレーションにまで落とし込んでいくスキルであると思っている。

優先順位→業務クオリティUP→複雑化

私はこれまで多くの事業のマーケティング組織の改善活動をしてきた。しかし、私にはどの会社にも鉄板で適用出来るマーケティング成功の〇個の秘訣のような話は残念ながら思いつかない。それは、なぜそのマーケティング部門が上手くいっていないかの理由は、殆どの場合適切なタイミングで、適切な組み合わせが行われておらず、全体のバランスが崩れていることで起こっていることが多いからである。さらに、この組み合わせが適切に行われていないと、大抵の場合、仕組化が行われておらずオペレーションへの落とし込みが甘いので、一つ一つの業務のクオリティが非常に低くなっていることが多い。

このような状況において私がやることといえば、その事業が置かれている環境において、今やるべきことの優先順位を決め、優先順位が低いことはきっぱりとやめるか、大幅に縮小する。その代わりやるべきことにリソースを集中して、オペレーションにまで落とし込む。それにより、一つ一つの業務のクオリティが上がる。というプロセスでマーケティング部門の改善を図っていく。つまり、重要なのは、フラットに並べられた〇個の秘訣をひとつづつ実行するような簡単な話ではなく、今の状況で何が必要なのかを判断できる力なのである。そして、この組み合わせを考える過程で、今何をすべきかという「タイミング」の話がまた戻ってくるのである。「タイミング」は事業企画等の段階でも当然重要であるが、日々のオペレーション、改善活動においても私たちは今何をすべきかという「タイミング」の判断を常に求められているわけである。

そして、この全体の方針とオペレーションが組めてしまえば、そこから先はLineの例で話したように、一人一人のメンバーが実行することに特別なことはない。一つ一つのタスクを、丁寧に、クオリティ高く行うだけである。

もちろん、一度シンプル化して組み合わせをクオリティ高くオペレーションすることができるようになれば、次第にその組み合わせを複雑化していけばよい。そして、この組み合わせを精緻にデザインし、オペレーションする仕組みを高度に組み上げていくことで、企業の外部からはマネできない、差別化のされた事業が作り上げられると思っている。

誰かのノウハウをCherry Pickして成功するビジネスなど存在しない。ビジネスとはそんなに簡単なものではない。もしかしたら、アーティストとか、作家とかある程度仕事が一人で完結するようなものであればあり得るのかもしれないが(これは決して馬鹿にしているわけではない。シンプルで組み合わせが少ない仕事ほど差別化するには本質的な違いを創造しなければいけないので、死ぬほど大変だと思う。少なくても私には出来ない仕事である)、複数人で成長させるビジネスを行おうとすれば、複雑な状況を整理し正しい「タイミング」で正しい「組み合わせ」を選択し続けることが重要である。

楽しく勉強する方法

パーソナライズされた情報だけで生きられてしまう危険性

余り自慢をする話でもないので、何度も言うのもどうかと思うが、私は基本的に本を読むのがあまり好きではない。たぶん、この性分は子供のころからで、余り自分から積極的に本を読む子供ではなかった。おそらくそれが原因なのだと思うが、そもそも本を読むのが死ぬほど遅い。私の妻は私の数倍速く本を読むが、それでも自分よりも内容をよく覚えているので、驚くことが多い。と、残念ながら幼少期からの様々な要因が重なり、未だに本を読むことがそれほど好きではない(たぶん唯一の例外は大学院に行っていた時かな)。

そこに輪をかけて最近良くないと思うのが、テレビも紙の新聞も視なく/読まなくなり、YoutubeとNetflixとSmartnewsくらいしか情報と接しなくなってしまったので、自分に入ってくる情報がどんどんパーソナライズされ、興味があるものしか目に触れなくなってしまった。結果的に、世の中で何が起きているのかにもどんどん興味がなくなってきてしまっている。実は、そのようなひと結構増えているのではないだろうか?

ただ、マーケターとしてよくないと思っているのは、TVをリアルタイムで見なくなってしまったことで、自分がターゲティングされていない広告に触れなくなってきてしまったことだ。これには実は危機感を覚えており、唯一その機会として残しておこうと思っているのが、公共交通機関(主に電車)での移動である。これが全部自家用車で移動するようになったら、自分はマーケターをやめないといけないのではとか思ったりする。

本も読まず、情報も取りに行かずに最先端のマーケティングをする

別に清く正しい生活をしているわけでもない気がするが、情報との接し方でいうと、だんだん仙人みたいな生活になってきているような気がする今日この頃であるが、そうなってくると、お前はどうやって自分をUpdateして世の中の最新のマーケティングのトレンドをキャッチアップしているのかという話になる。そんな貴方に、本も読まず、自分で積極的に情報も取りに行かず、座って聞いているだけで勝手に自分がUpdateされていくという素晴らしい勉強方法を紹介する。

その方法は、日々の業務の打ち合わせを可能な限り真剣に、自分毎として聞き、その内容を腹落ちするまで理解するというやり方である。そもそも、自分のチームでデジタルマーケティングに真剣に向き合いPDCAを可能な限り高速で回せるようになってくると、おそらく1-1.5年くらいで世の中で記事になったり、書籍になったりするような事例は大抵遅いと感じるようになる。特に、本になるような情報は、目先のテクニックのようなものになると、スピード感が全く合わない。

また、Ad Tech系の情報については、大抵部下に数名はそちらに強いタイプの人材がいるので、そういうメンバーが良さげなものは手を出したがるので、定例の報告を聞いていれば自然とUpdateされていく。

さらに、ある程度予算を使い、広告メディア企業にアドバンスなアカウント、チームだと認定されてくると、そもそも発表される前の商品情報などが直接入ってくるようにもなる。

たぶん、2015年に日本に帰国して、大手ゲーム会社のマーケティングの責任者になって1年くらいでチームがある程度思い通りにワークするようになってきたころから、私の場合はこのような環境が出来始めてしまったので、自分から積極的に情報を取りに行くインセンティブが殆どなくなってしまった。

こうなると、生来の勉強嫌いが完全に大爆発で、自分で勉強するということが本当になくなってしまったし、周りが迷惑しているのかもしれないが、私個人はそれでも全く困ることがなくなってしまった。

インプット知識を利用するところまでやらないと意味がない

但し、この私の会議で報告を聞いて考えるだけという勉強法を実施するためには、いくつか条件がある。まず、本当に真剣に打ち合わせを聞いて、報告の背景まで含めてきちんと理解するという事である。ただ、「ハイ分かりました。」「いいです/ダメです。」というスタンスで聞いているようであれば、殆ど意味がない。

そもそも、たまに素晴らしい学歴で、バリバリMBAとかで、本もたくさん読んで、情報もいっぱい集めているのに仕事ができない人がいるが、私が思うにそういう人はInputに比重を置きすぎていることが原因なのではないかと思っている。私はビジネスのExecutionとOperationのフェーズというのは基本的にはOutputをする段階なので、記憶としてのInputでは全く不十分で、自分でOutputに使えるレベルまで腹落ちしている、血肉化していることが必要だと思っている。それができる自分の処理能力を越えて、大量のInputをしたとしても、基本的には普段の仕事で使えない知識が記憶に保存されているだけで、業務のクオリティが上がるのに殆ど役立っていないことが多いのだと思っている。

私が、会議を真剣に聞くといっている意味は、このOutputできるレベルまで自分のものにするという意味である。これをするためには、1時間なら1時間の報告を相当真剣に聞かないと、そのレベルまで理解出来ないと思う。まあ、私の能力では少なくてもそうである。

自部署の業務を業界最高水準のマーケティングに引き上げる

2つ目の条件は、自分の部署の業務のクオリティが業界の最高水準まで向上させられていることである。前述のとおり、世の中に出回っている情報のレベルまで業務クオリティが上がっていないのであれば、それは早急にそのレベルまでCatch Upしなければいけないので、お勉強をさぼっている場合ではない。早く、お勉強フェーズを脱することができるように、PDCAの回転速度を真剣に上げていくことが何よりも重要である。ただ、このフェーズをプロセスとして踏むことは必ずしも悪いことではない。そもそもPDCAを精度高く回すためには、マーケティングの基礎体力が備わっていなければいけないし、PDCAを行うための分析環境を整えるなど環境整備も必要である。このお勉強フェーズのうちに、チームが最先端のデジタルマーケティングをできるようにレベルアップして基盤を固めておくことで、最高水準に到達する準備が出来るわけである。逆に、それができていないのに、最先端の知識だけ学んで、Operationに落とし込もうとしても、殆どの場合上手くいかないことが多い。

最後は、部下でも、代理店でも、メディアでも、表に出ていない情報も含めて、最先端の情報をInputしてくれる協力者を周りにそろえておくという環境作りである。この一番手っ取り早い方法のひとつが、ある程度大規模な広告予算があるということで、私の場合はその点を楽天時代から理解していたので、自分が働く場を選ぶ際の選択基準として、この環境が作れそうかどうかはそれなりに優先順位を高く設定するようにしていた。ただ、予算の規模は誰でも実現出来るわけではないので、そのような場合は、まず自社のPDCAを高精度に回して、外部の協力会社候補の人たちに一目置いてもらう、面白い会社だと覆ってもらえるようにするということだと思う。

頑張って「守」から「破離」にステップアップする

よく守破離というが、そもそも本を読んでお勉強するというのは「守」のフェーズであると思っている。もし、自分たちが「守」のフェーズなのであれば、その事実を真摯に受けとめて「守」を卒業できるまでPDCAをグルグル回そう。でも、それをある程度までやってしまうと、必ず世の中に出回っている情報だけでは改善が出来なくなってくるフェーズがやってくる。そうすると「破離」のフェーズである。ここに来ると、おそらく自分で考えるか、さらに上級者のMasterみたいな人か会社を見つけなければ前に進めなくなる。そうなると、日々の業務内容こそがどの文献からも学べない学びの教科書になるわけである。

私の場合は、マーケティングがお仕事というよりも、ほぼオタクの趣味のような位置づけになっているので、そのフェーズに入った案件などは、部下の報告を聞いていると、それだけで楽しくて仕方がない。「ここまで考えても上手くいかないのか。。。」とか、「これとこれを組み合わせると上手くいくなんて想像もしなかった」とかいう感じである。人材育成の話の最後に、楽しむことの重要性を書いたが、そのフェーズになってくると、一生懸命仕事をするだけで成長できるサイクルに入ることができる。実際そのように仕事をしている部下を目の前で何人も見てきた。たぶん、私の部下はきっと私よりも真面目に勉強しているのだと思うが。

もちろん、本やWebの記事を読むことがいけないとは全く思わない。私が申し上げたいのは、本当に自分が成長できる勉強の仕方を、人それぞれ見つけられるといいのではないかということだ。ただ、その時の気を付けてもらいたいのは、InputとOutputのバランスである。もし仕事のクオリティを短期で上げたいのであれば、私はしっかりOutputで使えるレベルのInputの量を自分で見つけられるように気を付けてもらえればと思う。