コンテンツマーケティング

中長期視点でMiddle Funnel向けに行うコンテンツマーケティング

コンテンツマーケティンはオンライン上で自社のターゲット顧客向けのコンテンツを作成、配信することで、顧客とのタッチポイントを構築する手法と理解されている。メルマガやSNSでの情報配信との線引きは曖昧であり、厳密に何がどちらに属するかは明確に定義されていない。ただ、私の理解では、既存のCRM施策というのは多くの場合、CTR、CVRなど即効性のある効果を狙って実施されることが多いのに対して、コンテンツマーケティングは必ずしもそのような即効性のある効果検証指標だけで判断されることが少ないことが多い気がするので、その辺でなんとなく切り分けたら良い気がしている。

私の感覚ではコンテンツマーケ的な手法はそれ以前にもあったが、手法として認識され、現場でこの言葉が流通し始めたのは2015年に米国から帰国した前後くらいの記憶なので、たぶんこの10年くらいだと思う。

一口にコンテンツマーケティングといっても、手法は様々である。テキスト中心コンテンツを展開するパターンや、Youtubeの企業公式チャネルなどで独自の配信番組を作成方法、メルマガなどで単なるセールや登録促進ではなく読み物コンテンツを中心とした内容を配信することなどもこの手法のカテゴリーに分類されるであろう。

そもそも、何故コンテンツマーケティングなる手法が脚光を浴びるようになってきたのかと考えると、デジタルマーケティングの主な手法パフォーマンス広告とCRMが先に述べたように短期的な成果を重視したもので、中長期目線で顧客とのタッチポイントを作りたいであったり、直ぐに商品の購入やサービスの利用とはならなくても、リード顧客との接点を企業側としても確保したいというニーズが発生したためであると思う。このため、コンテンツマーケティングの手法はFull Funnelの3段階でいうMiddle Funnel向けの施策として機能するケースが多いことになる。

コンテンツマーケティング手法毎に目的と効果検証指標を明確化

おそらくこの点で大きな異論は出ないと思うので、ここではコンテンツマーケティングをMiddle Funnel向けに商品サービスの興味関心を喚起し、理解を促進する手法であると位置付けて以後の議論を進めていくこととする。

まず、コンテンツマーケティングで考えなければいけないのは、目的・狙いを明確にしたうえで、その活動の成否をどのように計測、分析、判断するのかという点である。これまでにも何度も議論してきた通り、Bottom Funnel以外の施策については、毎回問題になるポイントである。コンテンツマーケティングをMiddle Funnel向けの施策と位置付けた場合、その効果測定をBottom Funnelの購買転換や利用登録などの指標に求めるのは適切とは言えない。また、現実的にBottom Funnelと同じ指標で効果検証をすると、残念ながら既存のBottom Funnel向けの施策の方が効果が高かったり、コンテンツマーケティングのROIがネガティブになってしまったりすることがそれなりの確率で発生する。

また、コンテンツマーケティングというのは単発のコンテンツによって一気にMiddle Funnel向けの効果を狙うというよりは、コンテンツを蓄積していくことにより、効果が発現していくことも多いため、この観点からも短期の指標での効果検証とは平仄が合わないということになる。では、どのように解決するかについては、コンテンツマーケティングの具体的な手法の話の後で、もう少し具体的なイメージを持ってから話をしたい。

 他にも手法はあるかもしれないが、私が経験した代表的なコンテンツマーケティングの手法は、下記のようなものである。

  • Youtube等での番組配信
  • 事業の周辺の話題に関するコラムコンテンツ
  • コンテンツ系のメールマガジン
  • SNSでのコンテンツ配信

Youtube等での動画番組配信

最近の日本におけるYoutubeを中心とした自社メディアでのコンテンツマーケティングの代表例はトヨタが行っている「トヨタイムズ」であろう。トヨタイムズの場合は自社サイトにテキストからYoutube動画まであらゆる形態のコンテンツを活用しているが、ぱっと見た感じYoutube動画が中心に見える。この例は、お金のかけ方が半端ないので、トヨタ以外の企業の参考になるのかどうか不明だが、Youtube等での動画の配信系のコンテンツマーケティングの代表例としては分かりやすいであろう。

規模は全く違うが、ゲーム業界などは、この動画系のコンテンツ配信を積極的に行っている業界であると思う。一般の企業よりは、ゲームショウや専門媒体などで、ゲームのクリエーターや広報/マーケティングの担当者の露出が多めの業界で、場合によってはユーザーに対して自社の社員の知名度がそれなりにあるケースなどもあるので、実施が実施しやすいというのもあるのかもしれない。

また、同じ動画配信といっても、PCやスマートホンを使って会社の会議室等からカジュアルに配信するものから、収録スタジオを使って生配信するケース。さらには、事前にスタジオ収録して編集してから配信するケースなど、コストのかけ方も様々である。当然今あげた3つの例で言えば、後者になるほどコストは増大していく。

これは動画に限ったことではないが、自社でコンテンツを作成して配信する最大のメリットは、第3者の編集が入らないため、自社で言いたいことを漏れなく伝えることができる点である。TVのような既存メディアのNews等で取り上げられる場合など、撮影で話した内容のうち番組の制作サイドの意図に沿うものを彼らの必要な長さで切り取られることになるため、自社が話した内容がどのように放送されるかは基本的には放送結果を見るまで確認できないし、結果として意図通りのメッセージが伝わらないことも多い。自社コンテンツの場合は、この心配はそもそもないし、コンテンツの長さも顧客に視聴してもらえるかは別にして、理論上はどれだけ長くても実施可能である。

ゲーム会社の場合などは、新商品の発売前等であれば、商品の特徴を表すネタを発売までのスケジュールに合わせて、どのメディアで何時、何を言うかというプランを作成し、自社配信番組などで、割り当てられた新着情報を盛り込んだコンテンツを作ったりする。

Free to Playのゲームの場合は、コンテンツ配信後に、今後のゲームの運営予定の情報などを詳細に既存ユーザーに伝える場として活用されることが多い。

効果検証の指標としては、前者の新作ゲームの場合などは、動画配信の視聴数やその新着情報を情報ソースとして露出された媒体の露出量などを自社で実施している広報・PRの効果検証指標を用いて評価することが検討可能かもしれない。後者の既存ユーザー向けの施策については、ゲームへの休眠ユーザーの復帰数であったり、既存ユーザーの継続率などが指標になるかもしれない。

動画の場合は、どの程度のクオリティで制作するのかで、期待するリターンの大きさが大きく変わってくる。外部にスタジオを借りて、制作スタッフも外注したりすると、30分程度のコンテンツを制作するのに数十~数百万円程度の費用がかかってしまったりするので、それなりのリターンを期待せざるを得ない。一方、社内の会議室等で撮影するということにしてしまえば、おそらく数十万円レベルの機材を一度揃えてしまえば、あとは自社の人件費の範囲内で実施することも可能である。

先ほど紹介したゲームの効果検証指標をみてもご理解のとおり、収益との関連性を明確にしやすい効果を期待することは困難なことも多いため、その点を考慮したコンテンツの制作費を検討するのが良いと思う。

事業の周辺の話題に関するコラム系テキストコンテンツ

私が直近の医療福祉系の人材業などでやっていたのは、介護や看護、保育などの現場で働く方々に役立つような内容のコラムを月に何本を決めて配信するコラムコンテンツメディアの提供をマーケティング活動の一貫として実施することであった。このコンテンツの狙いとしては、表裏で2つあり、表の理由は本業では転職という通常数年に1回しか需要が発生しないビジネスにおいて転職活動期以外にもタッチポイントを持ち、自社のブランドをターゲット顧客に認識してもらう、好印象を持ってもらうことである。テキスト系のコンテンツについてはこれ以外にも、コンテンツSEOの効果を裏ミッションとして狙っている場合もある。SEOについては話し出すと長くなってしまうし、私の専門ではないので詳細は避けるが、簡単に言うと、ターゲットユーザーが検索エンジンで検索しそうなキーワードの検索結果に上位表示されるようなコンテンツを自社で保有して、自社コンテンツの露出を増大させる手法である。検索エンジンでたくさん検索されるということは、ターゲットユーザーの関心が高いコンテンツであることを意味するため、コンテンツの内容とトラフィックの獲得という一挙両得の施策になる可能性は高い。

ただ、この施策の問題点は、競合関係が激しい業界であったりすると、コンテンツの独自性を出すことが難しかったりするため、早い者勝ちで先行者利益が大きい可能性が高いということである。他社がやって上手くいっているからと追随しても開始時点でのビハインドがあるため、キャッチアップするのが難しいことが多い。さらに、これをコストをかけて強引にキャッチアップしようとすると、施策に即効性がないことが多いので、少なくても短期的にはROIをポジティブにすることは難しいケースが多く、今度は長続きしなくなる危険がある。私がいた医療福祉系のコンテンツマーケティングの代表的な成功事例は、看護rooという看護師向けの情報サイトであるが、これを後追いで追い越すのはなかなか手ごたえのある仕事であると思っていた。

競合がすでにある程度先行している場合は、あまり力を入れないか、ニッチな需要を狙ったコンテンツの開発から始めてみると良いし、すでにある程度ポジションを持てている会社の場合は、その優位性を維持する継続投資は少しずつでも実施することが重要である。

テキストコンテンツによるコンテンツマーケの場合は自社サイトのトラフィックであるため、ある程度トラッキングが可能なことが多い。このため動画等よりは指標設定もしやすいケースが多い。具体的には、例えば商品購入やサービス利用の転換は中長期施策であることを考慮して、通常のBottom Funnelの施策よりも計測期間を長くしてトラッキングしてみることで、施策の目的にあった時間軸で効果を検証してみることが出来るかもしれない。例えば、転職でBottom Funnelの効果検証を2カ月くらいでしているとしたら、コンテンツマーケティングは6か月で見るなど設定して、過去事例のデータから2カ月目から6か月目の転換者数の換算レートを把握して、2カ月目で6か月後の予測値を出せれば、Bottom Funnelとの費用対効果の検証を同じ指標で行うことができるかもしれないというようなアイディアである。

コンテンツ系のメールマガジン

コンテンツ系のメールマガジンの施策については、コンテンツの内容はひとつ前のコラム系テキストコンテンツ型の場合とそれほど変わらない。異なる点はコンテンツのデリバリーの方法である。コラム型テキストコンテンツの場合はコンテンツSEOを代表として、トラフィックが外部から何らかの形で流れてくるのを待たなければならない。よほど大きな自社トラフィックがない限り、コンテンツを出したからといって、いきなり多くの読者を獲得できるということは望みにくい。一方、コンテンツ系メルマガの場合は、すでに自社にメールを送れるユーザーデータベースがあるのであれば、Push型でコンテンツをユーザーのもとに送り届けられるため、短期間で読者の獲得を期待することが可能である。

コンテンツ系メルマガの利点は、通常のメルマガ施策からユーザーの目線を少し変えてみる効果にあると考えている。例えば、ECサイトのメールマガジンになると、今週のセール商品であるとか、ポイントが何時から倍付ですよとか、即効性を求めた販促施策のようなコンテンツがどうしても中心になってしまう。そこに、例えば、商品の開発秘話であるとか、購入後の手入れの仕方であるとか、直ぐに物を買ってくださいという話だけでなく、自社商品をより深く知ってもらう、長く愛好してもらうようなリレーション作りのコンテンツを配信することで、長期的に顧客と良好な関係を気づく切っ掛けとしてもらうことなどは、例え短期のリターンがなくても有効である可能性が高い。

また、現実的な運用として、コラム系コンテンツとコンテンツ系メルマガでコンテンツを使いまわすことなども十分検討可能な場合も多いので、運用フローを整備して、一挙両得を狙うことなども検討可能かもしれない。

効果検証指標としては、例えば顧客との良好な関係という事でいえば、メールの開封率の改善であったり、Webに遷移させてコンテンツの通読率などが通常の販促コンテンツよりも改善していることが確認出来たりすると、狙い通りの効果があると判断できるかもしれない。

しかし、これについても即効性はないため、定期的にコンテンツメルマガの開封者とそうでないメルマガ会員との一人当たり購入金額の差分を計測するなどの長期効果も確認してみるとより施策の効果を実感出来るかもしれない。

SNSでのコンテンツ配信

SNSを活用したコンテンツマーケティングもメルマガ系の施策同様、テキストコンテンツのデリバリー方法の違いによる派生形と考えてもよいかもしれない。

例えば、コラム系テキストコンテンツを作成したら、そのページへのリンクをFacebookやXなどで配信して、顧客誘導するなどはアイディアとしてありかもしれない(Instagramはこのような目的では利用しにくい)。SNSにフォロワー数が蓄積されていれば、コンテンツの閲覧数をある程度計算できるようになるであろう。

一方で、コラムコンテンツのようなWebサイトを持たず、SNS単体でコンテンツマーケティングをする場合は、SNS上に掲載に適したコンテンツ量には限りがあるため、コンパクトで需要のあるコンテンツ企画ができないと厳しいのかもしれない。正直、この辺は得意分野ではないので、具体的なアイディアはないのだが、Web上で成功事例などを見つけて、参考にしてみてもよいかもしれない。

メルマガ系施策との違いといえば、効果検証が大きいかもしれない。SNSのフォロワー、読者の個人情報はなかなか取りにくいのが現状であるため、特にSNS内で閉じたコンテンツマーケティング施策をしてしまうと、施策の効果検証が難しい。SNSマーケティングの説明でも効果検証の困難性は議論した通りだが、何らかの方法でメルマガ系施策と同様のトラッキングが出来ないかの手法を工夫してみるとよいかもしれない。

Bottom Funnel 中心の会社はコストをかけ過ぎずに細く長く

ここまでで、コンテンツマーケティングの代表的な手法を見てきたが、総じて言えるのは、あくまでも長期的な施策として即効性を求めないという事だと思う。即効性を求めすぎると、結局はBottom Funnel施策に近づいていき、最後には同化してしまうと思う。デジタルマーケでBottom Funnel施策に馴染めばなじむほど、頭の切り替えが難しいのだが。

私は、このためにも、コンテンツマーケティング施策もSNSマーケティング施策同様、中長期施策として細く長く、コストをかけ過ぎずに行うことが現実的にはよいとおもっている。効果検証が難しいオフライン系の施策を実施していた会社がその予算をコンテンツマーケティングに回すということであればその限りではないのかもしれないが、Bottom Funnel中心にやってきた会社には、間違いなくその方が中長期的な成果を得るところまでたどり着ける可能性が高くなると思う。

※トヨタイムズについて

コンテンツマーケティングという視点では、最初に例に上げたトヨタイムズのチャレンジは相当注目に値すると思っている。トヨタイムズが立ち上がってから長期で海外に滞在してゆっくりテレビを見る機会もないので海外の事情は分からないが、少なくても日本市場においては、トヨタはマーケティングの予算の多くをトヨタイムズに集約し、個別の車種のTVCMなどは殆どやめてしまったように見える。

私が既存の大手広告代理店と頻繁にコミュニケーションしていた2010年前後の大手広告代理店のトヨタへの対応の体制などをみると、おそらく日本で最大級の広告宣伝費を使っていたことは間違いないので、その予算の中心であったと思われるTVCMの費用を自社メディアの開発とその宣伝活動に振り替えたのであれば、おそらく日本のメディア史上類を見ない規模の新規メディア開発のプロジェクトだと思う。おそらく、事業会社のコンテンツマーケティングという枠を超えて収益メディアまで枠を広げてもメディアの立上げとしては史上空前の規模であると思う。

目的・狙いは、今回議論した内容に近いものだと思うが、TVCMを自社メディアの宣伝に切り替えてしまった決断を見ても、短期視点でもTVCMよりもコンテンツマーケティングの方が効果があるとある程度確信が持てたのだろうと思う。

内部情報はないので、外から見た範囲でしか言えないが、ちょっと普通では考え難いマーケティングの実験だと思うので、動向を見守りたいトピックスである。

SNSマーケティング

SNSにより情報拡散量が圧倒的に強化された

デジタルマーケティングと言いながら、最近はやりの手法に殆ど触れていないので、その辺についても私の考えを述べることにする。ただ、正直言うと、この辺の手法については、成功体験がそれほどあるという分けではないので、私の経験から、それぞれの手法について考えなければいけないことの注意点の纏めくらいのレベルの話だということでご理解いただきたい。

まず、始めに取り上げるのはSNS系のマーケティングである。Facebook、Instagram、X(旧Twitter)などを使ったマーケティングである。FacebookとXは出てきて20年くらい経っているので新しいという表現も正しくない気がするが。

まず、SNS系のマーケティングについて考えなければいけないポイントは、そもそも何を目的にやるのかということだ。SNSに限らず、Blogや、古くは無料ホームページサービスなどインターネット誕生は、それ以前と比べて個人や、メディア以外の一般企業が世の中に向けて情報を発信することを著しく容易にした。但し、SNSの誕生以前の手法は情報の拡散性という点に限界があり、HTMLを勉強して何らかの情報を発信するWebサイトを作ってみたが、全く誰も見に来てくれないなどということは 良くある話であった。SNSというのは、そもそもソーシャルグラフ(この言葉もほとんど聞かなくなったが)と呼ばれるインターネット上に構築された人と人、組織と人の相関関係をデータ化したネットワークと情報発信メディアを組み合わせることによって、個人や企業が構築したソーシャルグラフに対して情報を発信する事で、それ以前に比べて格段に拡散能力が高まるという状況になった。さらに、このSNSの特徴的なのは、ある人のソーシャルグラフに対して発信された情報が、その参加者が持つ別のソーシャルグラフに展開されるということが連鎖的に起こることがあり、場合によっては情報が自己のコントロールを越えて指数関数的に情報が拡散される。

マーケティング的に考えれば、これが良い方に働けば、特にマーケティング費用をかけることなく自社の商品サービスが話題になり大成功しましたという話になる。典型的な例がインスタ映えするレストランやカフェが若い人に大人気になりましたみたいな話である。ただ、これは悪い方に働くこともあり、それが企業の不祥事などが想定を越えて拡散されてしまう炎上といわれるような状況になるわけである。

SNSマーケティングは継続して成果を出し続けるハードルが高い

このくらいの話は、現代社会に生きていれば誰でも知っていることな気がするが、それではこれをマーケティング的に戦略的に使いましょうという話になると、実はその手法が確立されているようには私には思えない。

なぜ、手法が確立されていないと感じているかというと、そもそもSNSの情報拡散というのは、発信者からすると意図的にコントロールすることが非常に難しいため、どこかで聞いた成功事例を自分でやろうとしたときの再現性が非常に低い場合が多いからである。どこかの企業が、SNSで情報が拡散されて新商品が大ヒットしたみたいな事例を聞いてきて、同じような施策をやってみたところで、同様なパフォーマンスを得られることが正直稀なのだ。再現性の低い施策というのは、実際に戦略的に活用することが難しいため、上手くいったときにインパクトがあることが分かっていても、活用が難しいということになりがちである。

この再現性の低さは2つ目の問題を発生させる。ROIがポジティブになり、継続的に意味のあるレベルで成果を出し続けることが少なくても私の経験上は難しいということだ。おそらくSNSの成功事例というのは比較的小規模な事業者(飲食店や小規模なメーカー)の例が多く、Beforeの段階でそれほど知名度が高くないようなケースが多い。このようなケースにおいては、スタート地点が低いので、SNSでの情報拡散による成果(顧客増)などが目に見える形で認識できることが多い。

一方で、私が仕事をしてきたような企業は(別にそちらの方が偉いというつもりはないです)、それなりの規模で継続的に事業活動を行い、マーケティング予算もそれなりの規模で実施している状況で、SNSマーケティングをする時点でそれなりの認知とサービス理解が得られている状況であることが多いため、そこに追加してSNSマーケティングでマーケティング的な効果の上積みを測定することがそもそもスタート時点のハードルとして高い状況であることが多い。それに加えて、施策の実行自体に再現性が少なく、施策の成功確率が低くなると、ROIがポジティブになり、意味があると認識される確率が非常に低くなってしまう。

もちろん、マーケターという職業をしていて、SNSはマーケティングツールとして使い物にはならないとは言いづらいので、とくにゲーム会社でマーケティングをしていた時などは、チームのメンバーとあの手この手でいろいろやってみたものの、正直言って、こうやれば上手くいくよねという成功の法則のようなものを得られた実感が殆どなかった。

SNSマーケティングの目的から考えられているのか?

こうなってくると、SNSのマーケティングで最初に検討しなければいけないのは、そもそも何のためにやっているのかという話である。

アメリカのゲーム業界のマーケティングチームには大抵、コミュニティマネージャーというポジションがあって、SNSやゲームプラットフォームのコミュニティをマネジメントする役割をになっているということになっている。始めてアメリカに行ったとき、そもそも日本のゲーム業界のことも殆ど知らなかったため、そういうポジションの人がいて、最初はそういうものかなと思って見ていたのであるが、やっていることといえばSNSをくまなくチェックして、何か問題があればレポートしてくる。それ以外は、週に何回か定期的にSNSにゲームの話題を投稿する。みたいなことをしていた。ただ、当時はぶっちゃけ売れる商品がなかったという話もあるが、それにしてもコミュニティマネージャーがやっている仕事に一人月のコストを割く付加価値があるようにはどうしても見思えず、その人が退職した以降はそのポジションの補充はその後7年くらい行わなかった。

日本に帰国後も、Twitterを中心に現場のメンバーもいろいろ工夫しながら再現性のある施策の確立のために努力していたが、パフォーマンスマーケのようなROASを計測できるほどの成果もなかなか出ず、そもそも何を目的にSNSを活用するべきなのかからいつも議論をせざるを得ない状況であった。(もちろんROIがポジティブになってしまえばそれでいいのだが)。

悩み深きメンバーが、外部のSNSマーケティングの勉強会やセミナー的なもので聞いてきた話をまとめたレポートを読んでも、どの会社の担当者も同じような悩みを抱えている感じで、どこも同じような話なのだなと思った。

SNSの利用目的アイディア4選

このように考えた時に、私なりに有効なのではないかと思うSNSの活用法の例をいくつか共有出来ればと思う。

既存顧客向けの情報発信ツール

メールマガジンの開封率などが落ちてきてしまっている場合や、アプリビジネスなどでそもそもユーザーとのタッチポイントがメールやSMSなどで作れない場合などの既存顧客向けの情報発信ツールとしては有用性が高いと思う。ゲームアプリなどはアプリストア側にしか利用者の個人情報がなく、アプリにアクセスしてもらうか、プッシュ通知をOnにしてもらうかしないとユーザーとのタッチポイントが全くなくなってしまうため、アプリへのアクセスがなくなってしまったユーザーとの接点としては有効であると思う。

このようなタッチポイントが出来ていれば、システム障害による緊急メンテナンスなど万が一の時の情報発信媒体としても活用することが可能である。

特に、大企業になり、多様な商品群を持っている企業など、個々の商品の細かいトラブルの情報発信をコーポレートのメディアで行うのは全社的な印象もよくないということもあるので、ひとつくらいは商品・サービス毎に活用可能なメディアは既存顧客向けに保有しておいてもよい。

ユーザーとの双方向のコミュニケーションの場

この役割を担うようになると、メディア運用のレベルが一段上がってしまうが、SNSの双方向性の特性を活かして、双方向のコミュニケーションをサービス提供者とユーザー間で持つ場として活用するというアイディアはあり得る。しかし、この利用法のリスクは、個々の顧客とのやりたりが公表される形で行われるため、対応を失敗すると負の情報が拡散され、炎上という結果になることもあり得る。このため、運用スキルが要求される点は理解が必要である。

ただ、ゲームのようなデジタル系の商材などは、顧客との物理的な接点を持つことが殆どないため、ユーザーの声を聴く機会を持てることは有意義であったといえる。

広告効果の改善サポート

以前、SNSマーケティングの効果を何らかROIで換算できないかと試行錯誤している中で、これなら上手くいくかもと話していた施策が、パフォーマンス広告の効果改善を計算出来するというアイディアだ。少し前だが、Xのリターゲティング広告について、X上でリツイートキャンペンをしていてターゲットユーザーに対して露出度が高まっているタイミングで、CTRやCVRに改善がみられるという効果が期間差分の検証で見えてきた事例があった。おそらく、広告がリターゲティング広告でサービスの離脱ユーザー向けであったため、Xのフォロワーとのオーバーラップが大きかったというのが原因な気がするが、同じ既存ユーザー向けのタッチポイント構築という意味では効果が発現したロジックは納得感があると思う。

ナーチャリング施策

人材業界の転職のように需要が常に発生するわけではない産業の場合、顧客とのタッチポイントを需要の発生していない時期に維持し続けることは非常に難易度の高いチャレンジである。CRM施策の中でも議論はしたが、SNSをこの目的で使うことは可能性があると感じていろいろなトライをしていた。ポイントは即効性を求めすぎないことで、可能であれば、半歩くらい周辺の話題やコンテンツを定期的に配信していくような運用が良いのではないかと思う。たまに、企業SNSアカウントの成功例として、「中の人」的な担当者の個性が明確に出るようなオペレーションの事例を見かけるが、個人的には相当属人的なオペレーションになってしまうのであまりよくはないと感じており、可能な限り事業の周辺の話題やコンテンツで中長期的な関係を探るのが良い気がする。

SNSメディアの特性を理解し、過剰な期待をし過ぎない戦略を!

いずれにしても、短期で目に見える形でROIがポジティブになるような施策を再現性のある形で継続できた経験がないので、私としては、それなりの規模のビジネスでSNSのマーケティングがコストが安いからという理由で中心に据えるような戦略は実現性が低いためあまりお勧めしない。

 特に、SNSマーケティング一本足打法で成功するようなプランを作ると、話題性重視になり、ネガティブに振れるかどうかの瀬戸際見ないたところに踏み込んでいかざるを得ない可能性が高く、そこでコントロールを間違えるとリカバリーが難しいという状況に陥るリスクも否定できない。

 多くの方が感じている通り、SNSはポジティブな拡散力の数倍か数十倍のレベルでネガティブな拡散力の方が強いので(公には申し上げられないが、Globalで数年間ネガティブな状態が続くという体験して非常に苦労した経験があるため)、その観点からも、SNSマーケティングに過剰な期待を込めたビジネスプランを作ることには、リスクを感じてしまう。

 追加して、SNSのネガティブに関連して、多くの会社が社員の個人アカウントも含めて、SNSの発信のコントロールに苦労していると思うので、この点についても簡単に意見を述べたい。企業によっては、非常に厳しいSNS発信のルールを作って、必ず本社のPR部門などがすべてのSNSでの発言をチェックして、リスク管理をするというようなケースもある。もちろんリスクを極小化したいのであれば、そのような手法も有効であると思う。しかし、私の経験で、そのような方法で運用してSNSマーケティングが成功する事例は殆ど見たことがない。そもそも、SNSというメディアの特性を最大限発揮できるスピード感やカジュアルさから発想がかけ離れているからだ。私は、そのような発想でSNSマーケティングをするのは、ハッキリ言って間違っていると感じる。別に流行りのマーケ手法を全部使わなければ恥ずかしいということは決してないので、そのようなリスクコントロールを厳格にしたい会社は無理にSNSマーケティングをしなくても良いと思う。SNSマーケティングの負の側面を相当体験したため、企業の業態によってはそのリスクを負いたくないという発想に間違いはないと思うので。

ロジックを越えたもの

組織のパフォーマンスを上げるために必要なもの

50歳近い昭和のおじさんからすると、最近の仕事をする環境は本当に優しくなったなという感じがする。ワークライフバランスとか、コンプライアンス(まあこれは昔から重要だが)、〇〇ハラスメントなど、昔はなんとなく許されていたことが、だんだん許されなくなってきたりする。正直面倒くさいなと思うことも多いが、女性の社会進出を促進するとか、少子高齢化の改善のために男性の育児参加を促進するとか、そもそも健康的な人生を送るためとか、いろいろな理由から致し方のない事なのかもしれないとは思し、ある程度は必要だと本当に思っている。

 一方私は、ここで議論しているように、自分の部下にはData is God!だとか、ロジカルに考えろとか、なんとなくスマートに仕事をすることを推奨しているため、普段からそのような事ばかり重視している人間のように思われている気もする。ただ、実はどっぷり昭和なので、必ずしもそれだけではいけないと思っている。

ということで、今回は少しいつもと視点を変えて2つのキーワードについて考えてみたい。「愛」と「気合」である。

ストーリーとしての競争戦略」という本が爆発的に売れてすっかり人気(?)経営学者になられた楠木健という先生が一橋大学にいるのだが、この先生が昔どこかの雑誌か何かのエッセーで書いていた話が今考えると大変面白い内容であった(ネットでいろいろ検索したのですが、上手く見つけられなかったので、見つけられた人はご連絡ください)。

その内容は組織と愛の関係性みたいな内容であった。記憶の中から内容を要約するとこんな感じである。

「人が何人か集まってひとつの組織を作る。マネージャーは組織を円滑にマネジメントするために、役割分担を決めたり、目標を決めたり、ルールを決めたり、論理的にいろいろ考えて、実践をしていく。何か上手くいかなければ、その改善をして、何とか組織が上手く回るように必死で考える。そのうちにだんだん組織が円滑に回るようになって、パフォーマンスが上がってくる。上手くいきだすようになった、真面目なマネージャーはなぜ自分の組織が上手くいっているのかもう一度論理的に理由を考えてみる。しかし上手くいきだしたタイミングと、自分がうった打ち手のタイミングは一致せず、なぜ上手くいきだしたのかが説明できない。

こんなことは、結構いろんな組織でよくあることなのではないか?組織というのは、論理的に説明できることだけで上手くいく行かないが決まるわけではない。論理を越えた何かも合わせて必要なことも多い。私はそれを「愛」と呼ぶことにする。」

論理的な仕組みだけでは人の集まりは円滑に動かない

たぶん、このエッセイ的なものを読んだのは20代の後半であったような気がする(もう20年以上前か。。。)。当時の私は、仕事なんてロジックが正しければ上手くと今よりも遥かに強く思っていたような気がする。ただ、確か通勤の電車の中で読んだこの記事がいまだに私の記憶にのこっているということは、何か内容に共感するところがあったのだろうという気がする。

そして20年くらいたって、これまで多くの上司や同僚、部下と一緒に仕事をしてきて、いろいろな成功例、失敗例を見てきたが、今の私にはこの内容がとても心に響くのである。

例えば、人材育成のパートでも話したが、ロジカルに短期的なパフォーマンスの最大化を図ろうと思えば人材育成などとても出来るとは思えない。人を育てようと思えば、その人の可能性を信じ、多少チームのパフォーマンスが悪くなっても、自分で考えて正解を見つけるまで辛抱強く見守らなければならない。それはロジックでは説明しにくい話である。

もっと身近な話でいえば、隣の人が何か業務で困っている。これを解決したところで、自分の業務のパフォーマンスと評価が上がることはない。では貴方は手伝わないであろうか?ロジカルに考えるだけの人であれば本当に手伝わないであろう。何の得もない。でも、私であれば、私の助けが役立つのであれば、ある程度は手伝ってあげても良いと思う。

組織が円滑に回るというのは、実はそういうロジックを超えた小さな何モノかの積み重ねであったりする気がする。チームの構成員全員が隣の人に興味を持たず、自分のパフォーマンスを最大化することだけ考えて組織は本当に上手くいくのだろうか?

私の経験では、そのようなチームは短期的なパフォーマンスをあげられたとしても、中長期的にパフォーマンスを維持することが難しい。

もちろん、組織がうまくいくかどうかのメインの要素は間違いなくロジックである。それを否定してしまっては、私がここで書いていることなどほぼすべてが無価値になってしまう。貴方の組織には、「愛」はあるだろうか?別にそれを「愛」と呼ぶのが嫌であれば別の言葉でもよい。「志」「思い」「優しさ」「気遣い」・・・。表現の仕方はいろいろあるだろう。でも、どんな表現でもいいが、ひとつの組織が上手く回るためには、論理的に説明のつかない何かは必要なはずである。

この話は是非、真面目に勉強して自分が賢いと思っている人には、一度考えてもらいたい。

サッカー日本代表選手がよく言う「戦う気持ち」とは?

ロジックではない似たような話をもう一つしたい。よくサッカーの日本代表の選手がワールドカップなどの国際大会の際に話しているのを聞いていると、「戦う気持ちが大事」みたいな言葉をよく聞く気がする。これを、昭和のスポ根的な言葉で分かりやすく言うと「気合と根性」ということになる。私のようなおじさんたちの「最近の若者は、、、」話で良く嘆かれていることの大半は、この「気合と根性」が足りないという話に帰結している気がする。

では、この「気合と根性」というのは一体何なのであろうか?おじさんたちがいうように、本当に必要なのであろうか?それとも、昭和の遺物なのであろうか?それであれはなぜ、ワールドカップで戦う若いサッカーの日本代表選手たちは「戦う気持ちが大事」などというような発言を公の場でするのであろうか?

まず、日本代表の選手たちの「戦う気持ちが大事」発言を冷静に考えてみよう。大前提として確実なのは、決して彼らは「戦う気持ちがすべての要素の中で一番大事」とは決して言っていないだろうということである。もし、この気持ちが一番大事なのであれば、サッカーを一度もしたことのない人でも、死ぬほど日本代表にワールドカップで勝って欲しいと強く思っていて、その気持ちは日本で一番だという人が現れたら、その人は日本代表のメンバーとしてワールドカップの試合に望むべきだということになってしまう。でも、この論理には誰がどう考えても同意する人はいないであろう。

では、この発言をもう少し詳細に背景も含めて表現するとどうなるであろうか?たぶん、こんな感じである。

「これまで日本代表のメンバーになるために、各選手は厳しい鍛錬をつみ、技術を磨いてきた。今日ピッチに立つメンバーは日本で最も優れた技術とフィジカルを持った選手の集まりである。試合に備えて、自分たちの戦術も洗練させてきたし、相手チームの分析も十分に行ってきた。最高のメンバーが最高の監督、コーチとともに最高の準備をしてきた。全員が戦う気持ちを持って、これまで準備してきたことをピッチ上で表現することが大事である。」

真面目にサッカーをしたことなど1秒もないが、おそらくこんな感じの話が背景にあると思う。ここで重要なのは、戦う気持ちが大事というのは、あくまでそれまでの十分な準備と、そもそも各個人に長い努力の末に培われたスキルや体力があるという大前提で、それを余すことなく出し切るためには戦う気持ちが大事であるということだと思う。つまり、気合と根性が最後のエッセンスで必要だと表現しているだけであって、決してそれが一番重要であると言っているわけではないのである。

「気合と根性」をなんでも解決できる魔法のツールとして使わない

しかし、「気合と根性」が好きな人というのは、たまに「気合と根性」だけで何とかなると思っている頭が筋肉みたいな人がいることも否定しないが、多くの場合、気合と根性を最後のエッセンスとしてのせる土台のスキルとか体力というものの説明をするのが非常に下手なことが多い。普通に考えて、長い時間をかけて、組織内で相対的に高いパフォーマンスを出し、人を束ねる立場にある人物が、何のスキルもなく気合と根性だけでその地位を得ているということは殆どない。必ずベースとなるスキルのようなものが備わっているはずなのにである。

 もう一つ欠点としてよく見るのは、「気合と根性」が好きな人は、パフォーマンスが悪くなると、その原因分析をきちんとする前に「気合と根性不足」を原因として指導してしまう傾向が強いということである。

では、なぜそのようなことが起こるのであろうか?もちろん、「気合と根性」好きな人の資質による部分も大きいが、一番大きな原因は、スキルとか体力は短期間で飛躍的に成長することは難しいが、気合と根性は気持ちの持ちようみたいな部分があるので、短期で改善できるように感じてしまうからである。

私が仕事をしていて「気合」という言葉をよく使うのは事業計画を作る時である。おそらく殆どの会社において、事業計画を作る時に遭遇するシチュエーションは、ロジックを積み上げた時に見えているKPIの目標では足りないとなって、もう少し上方修正できないかというものである。こういう時の対処法は、追加の改善余地を探し、そのパラメータを修正して目標値に近づけるということになるが、あるポイントからそれ以上数字をいじると単純な数字遊びになり実現性が下がっていくということになる。

このため、私の場合は、論理的に進められるところまではロジックで積み上げていくが、それ以上の改善を求められた時には、細かく数字をいじることをやめて、一律で数%上積むということをする。私はこれを「気合予算」と呼ぶ。正直、この「気合予算」を乗せざるを得ないケースはそれなりの頻度で存在する。しかしそれは、最後の数%の話だと思っている。それまで論理的に洗練されたオペレーションを作ってきた部署であれば、普通に考えて論理的な積み上げの限界値を一気に20-30%改善するなどということは考えずらい。このため、そのレベルで上積みされた予算というのは、私からすれば「気合が乗った予算」ではなく、「実現不可能な予算」になってしまっているということになる。

と考えれば、よく予算未達の原因が最後の頑張りが足りなかったとか言っているときに、理由付けとなるのは予算の未達が数%の範囲内のケースででなければならない。たまに予算未達20%で数字への執着が低いなどと説明する人がいるが、これは自分の事業の未達原因を分析することを拒絶して、精神論に原因を求めてしまっている状況である。

ビジネスでの精神論はロジックに上積みする最後のエッセンス

私は、PDCAを目標達成のためにもう一段速く回せるように工夫してみるとか、データ分析をもう一段深く行って今よりも改善ペースを上げようとか、ハイレベルに洗練されたPDCAのオペレーションをさらに改善させようとおもうと、気持ちのテンションを今よりも高くして取り組みを促進するというような精神論のようは話は必要だと思っている。

特に、新規事業などでなかなか正解が見つからずに暗中模索している時などは、必ず正解にたどり着くはずと信じて、ロジックを超えて歯を食いしばって前に進むことが必要な場面は必ずある。

しかし、マネジメントをする立場の人間が必ず正しく見極めなければいけないのは、現在問題になっていることの原因のすべてが「気合」不足だからなのかという点である。間違ってもロジックに問題があるのに、そのソリューションを「気合」に求めてはいけないのである。

「愛」と「気合」という全く似つかわしくないテーマで話したが、この2つには重要な共通点があることはご理解いただけたであろうか?この二つの共通点は、ロジックを積み上げた後の、最後の成功のエッセンスだということである。「愛」と「気合」はすべてを解決する最強のツールではない。くれぐれも、定義が曖昧なことを良いことに便利に使いすぎてはいけないのである。

(番外編)なぜ楽天のグローバル化が上手くいかなかったのか?

楽天の海外展開は当初の想定レベルで成功したのか?

私が楽天を退職して大手ゲーム会社で米国に駐在している前後2-3年くらい(2010-2014年くらい)がおそらく楽天がグローバル展開を本気でやろうとしていた最盛期であると思う。その間、海外の様々な企業を1000億円単位の金額でいくつか買収するなどしていた。Viberebatesなどがその買収例であろう。私は2011年の前半に退職してしまったので、それ以降のことは内部情報は全く知らず、皆さんと同レベルプラスアルファくらいのアウトサイダーレベルの情報しか持っていないので、ここから話す内容は、私の見解ということで読んでいただきたい。もちろん内部から見たら違う見方があるのかもしれない。また、この話を述べるのは、大恩義のある楽天を批判したいのではなく、日本企業のグローバル化を考えるとても重要な学びになると考えているために書くので、その点はご理解いただきたい(気分を害される方がいたら先にお詫びいたします)。

もちろん何をもって成功したかという話はあるかと思う。楽天は公用語英語化と言い出した2010年より少し前から本格的な海外展開を始めた。まず台湾に進出して海外展開のテストマーケティング的なものをはじめ、そのあとで百度(バイドゥ 中国の検索サイト大手)と組んで中国進出も目論んだ。実は余り知られていないが、楽天が中国本土に進出したのは、それまでBtoB向けのECサービスであったアリババがBtoCのショッピングサイトであるT-Mallを立ち上げたのとほぼ同タイミングで、サービスを開始するタイミングとしては別に圧倒的後発なわけでもなかったが、現状でいえば見る影もないくらいの差がついてしまっている。その後も、私の退職後に、先ほど上げた例以外にも電子書籍のKoboや、いくつかの国で大手、中堅のECサイトやショッピングモールサイトも買収していた。その結果は、当時思い描いていたグローバル展開がができていると言えるであろうか?少なくてもYesとは言えないのではないだろうか?ちなみに、答え合わせ的に2023年の通期決算説明会のプレゼンテーション資料をみると海外事業については売上については一言も触れられず、実額の公表もなく海外事業の赤字が縮小していると言及されているだけである。もし、これが思い描いた通りに上手くいっていれば、おそらくもっと大々的に成長ドライバーとしてのアピールをするはずである。

オープンにこういう発言をすると後出しじゃんけん的に取られるので、少し気が引けるのであるが、楽天の海外展開については2011年に退職する前から結構厳しそうだなという感じがしていた。その後大手ゲーム会社で海外展開の仕事をして、その両者を自分なりに比較しながら、企業、特に日本企業の海外展開を行う際に私なりに重要だと思ったことをここでは番外編として書きたいと思う。

楽天経済圏構築の代償?

私は、楽天グループの海外展開が上手くいかなかった最大の理由は単純に動き出しが遅すぎたからだと思っている。楽天が始めて本格的に海外進出を行ったのは2008年の台湾進出からである。創業が1997年であるから、創業から11年目である。では、その間楽天が何をしていたのかといえば、日本国内で事業の拡大と多角化を行っていた。先ほど上げたIR資料の楽天の売上成長のグラフ(スライド7)を見ると、2002年にポイント、2003年に楽天証券と、旅の窓口の買収(楽天トラベルは2001年に始まっているが実は自社で立ち上げた事業は全くうまくいかず2003年に当時国内No.1旅行予約サイトであった同社を買収していまの楽天トラベルになっている)、2004年プロ野球参入、2005年楽天カード、2006年楽天経済圏構想と説明されている。正にこの時期に私はこの実行をする真ん中に近いところをウロチョロしていたので当事者的に覚えているが、楽天市場で集めたユーザーベースを活用して、日本国内で様々なネット事業を展開し、その循環のための血液としてポイントを活用するという今でいう楽天経済圏を一生懸命構築していたということになる。楽天の売上の成長軌道を見ると2004年を境に大きくジャンプしているので、この辺の買収と多角化戦略は企業成長という観点でいうとおそらくそれほど間違っていなかったのだと思う。当時の会社の状況を考えると、中にいた社員は自分も含めて相当ハードワークはしていたので、この多角化戦略の中で全力で頑張っていたと思う。ただ、今になって振り返れば(これは批判しているのではない)、この2002年くらいから楽天市場の拡大と多角化に全力を注いだ犠牲として海外展開にまでリソースが回らなかったのだと思う。そして、実は多くの日本の企業、特にネット系のサービスの企業が、グローバルに成長できない最大の理由がここにあると思う。大きなポイントは2つある。

国内事業の多角化の犠牲になる海外展開

一つ目のポイントは、いま楽天の歴史を振り返ったように、日本国内の多角化にリソース(たぶんこれは人とお金の両方)を使うことによって、単純にグローバル展開へのリソースが希薄になるか、単純に動き出しが遅くなるということが発生する。実際、私が知っている限り、2010年前後に楽天グループが楽天市場のショッピングモールビジネスを海外展開しようとおもって展開を始めた時点で米国はもちろん、ヨーロッパの主要国においてもすでにAmazonかeBayのどちらか(殆どAmazonだったとおもうが)が、すでにECのNo.1の地位を占めており、すでによーいドンの戦いにはならない状況であった。その中で楽天は、彼らに継ぐ2-3位のECサイトを各国で積極的に買収していったが、1-2位との差が大きすぎて勝負にならないという状況であったと思う。これが、私が楽天の海外展開が上手くいかなかった理由が遅すぎたからだという最大の理由である。

2つ目のポイントは、日本国内で海外展開をする前に多角化をしすぎると、そもそも日本で行っているビジネスが複雑になりすぎて、日本の成功モデルをグローバル展開するハードルが上がってしまうということである。楽天が台湾に進出した2008年当時の楽天には、楽天市場だけでなく、トラベル、証券、カード、ポイントなどが存在していた。しかもそれぞれのサービスが当時ネット系のビジネスとしては国内のNo.1-2の地位を占めていた。では2008年にこの楽天経済圏をそっくりそのまま台湾に移植しましょうといっても、いきなり5つものネットサービスでその国内トップクラスの企業を同時に作るなどほぼ不可能に近い。ただ、実はそれが出来ないと、楽天がAmazonのようなグローバルプレーヤーと国内で何とか競争出来ている理由が成り立たない。つまり、後発のマイナーな状態で競争を挑んでも、そもそも単体のビジネスとしては競争優位性が殆どない。ハッキリ言えば、戦える武器が存在しない状態で後発で戦うという戦略論的に到底うまくいきそうもない戦いをせざるを得ないことになってしまっていたと思うのだ。おそらく、これは私の退職後に起こったことなので、あくまで推測だが、楽天もこの点に気が付いて、Globalで大きなユーザーベースを持ち、楽天経済圏的なプラットフォームを海外に作ろうと考えたのだと思う。それで買収した会社が通信アプリのViberであり、電子書籍のKoboであったのだろう。でも、この手もよろしくなかったのは、買収したサービスが業界No.1ではなく、ViberにはMetaグループのWhatsUpがおり、KoboにはAmazonのKindleがいた。つまり、飛び道具として取り込んだ武器自体にも残念ながら競争力がなく、日本における経済圏構築をグローバルで構築するための起爆剤にはならなかった。

中途半端に大きい日本市場が判断を誤らせる

ではそもそも、なぜ、このような話になってしまうのであろうか?最も大きな理由が、日本のマーケットが中途半端に大きいことがだとと思っている。人口減少とか、失われた30年とか言いながらも、日本のマーケット規模(GDP)は、去年まで世界3位、現状でも米国、中国、ドイツについで4番目の規模である。このことは日本で起業をするには大きなビジネスチャンスであるといえる。しかも、日本の場合、日本語という世界の70億人の人口のうちほぼ1/70程度の人間しか話していない超マイナー言語でサービスを提供しないと殆ど成功の可能性がないという特殊な事情があり、比較的欧米企業が進出するまでのタイムラグが存在することが多い。このため、特に日本のネット企業の多くは、米国で成功したビジネスモデルを彼らが日本に進出する前に日本で独自に展開してしまうという手法で成功するケースが比較的多い。ソフトバンクの孫さんは、この手法をタイムマシーン経営と言っていた。それほど間違っているとは思わない。

ただ、最初の第一歩目はそれでも問題ないのだが、一つ目の事業が軌道に乗り始めた後、多くの日本企業と欧米のグローバル企業では、次の一手に違いがある。私の見ている感じでは、大抵の欧米の企業は次の一手として海外展開を検討する。これに対して殆どの日本企業は、日本で成功した事業をベースに多角化展開を検討する。では、なぜこの違いが生まれるのか?私は、この選択の違いは、短期と中長期のリスク判断の読み違いなのだと思う。

そもそも、日本の多くの企業は国内マーケット向けの仕事をするスタンスでいるため、海外進出というと海のものとも山のものとも分からないという感じで、リスクが非常に高いと感じてしまう。まあ、もちろん簡単ではないしリスクも小さいわけでもないのだが。一方、国内で既存事業の周辺事業への多角化を実施しようとすると、自分の理解が深い市場であるし、皆さん大好きな「シナジー効果」も発揮できそうなので、日本国内の多角化にはリスクが少ない、もしくは、少なくてもコントロール可能なような気がしてしまう。また、リスクが少ないということは、必然的に収益化、黒字化できるスピード感も海外進出よりは早く、事業成長スピードが短期的に早められる可能性も現実的にかなり高いのだと思う。

短期視点のABテストの罠のような話はパフォーマンスマーケティングの議論で何度か述べたが、実は日本企業のグローバル展開と国内多角化の意思決定の際にも同じような話が発生している可能性は非常に高いと思う。経営者が向こう2-3年くらいの事業成長を優先すると、おそらく国内の多角化を実現する方が収益の拡大の可能性は遥かに高いと思う。この意味でこの決断は全く間違っていない。事実、そこまで明確に記憶にないが、2002-2008年くらいの楽天がドンドン多角化している当時の自分も、会社の事業が急速に大きくなり、仕事も忙しくなっていく中で、いま自分たちが行っている事業の拡大が、海外進出の機会損失とトレードオフになっているなど全く考えていなかった。むしろ、拡大していくグループを見て、これはなかなかすごいぞくらいに思っていたような気がする。私は当時は経営の意思決定をするレベルのポジションにいたわけではなく、そのサポートをするポジションであったが、当時の自分を振り返っても、この誘惑を断ち切るのは相当強固な意思がないと難しいと思う。

欧米企業が中長期視点でグローバル投資を出来る理由

では、欧米の企業、特に米国の企業が短期的な多角化の誘惑を断ち切り、なぜあのようにアグレッシブにグローバル展開することが出来るのであろうか?主な理由は3つくらいあると思う。①国内市場VSグローバル市場の規模の差の成功体験、②スタートアップの売上重視の姿勢、③グローバルな人材プールである。

国内市場VSグローバル市場の規模の差の成功体験

①の国内市場とグローバル市場の差については、米国で考えるよりもヨーロッパで考える方が分かりやすいであろう。私がいたモバイルのゲーム企業にSupercellという会社がある、Crush of ClansやCrush Royaleなど世界的に大ヒットゲームを制作、販売している企業である。この会社はどこの会社かというとフィンランドの会社である。フィンランドという国は人口わずか550万人くらいの北欧の国である。550万人というと日本の都道府県の人口ランキングでいうと7位の兵庫県と同じくらいの規模である。GDPも30兆円前後という日本と比較すると何十分の一の規模の市場の国である。モバイルゲームというのは、AppleとGoogleがそれぞれApp Store、Google Playというグローバル共通のアプリ配信プラットフォームを展開してくれているので、ビジネスとしてグローバル展開するハードルが実は著しく低くなっている。極端な話、日本国内限定で配信するか、グローバル配信するかの配信設定上の手間の違いといえば、配信対象国のチェックボックスをクリックする数の差だけである。もちろん成功するためには、ゲームのローカライズとかいろいろやらなければいけないことはあるのだが、やろうと思えば実は誰でもグローバルでビジネスが可能である。特にSupercellのように圧倒的にクオリティの高い商品を開発する力があれば、AppleやGoogleがアプリストア内で大きく露出するなど、集客のサポートまで受けられるので、マーケティングの手間も相当軽減することが出来る。

ここまで、環境が揃っていて、人口550万人の小国のフィンランドの会社が、自国向けのOnlyの商品を開発するだろうか?実際、私が会った欧米のモバイルゲーム会社で、自社のタイトルを自国市場向けのみでビジネスをしようという発想の会社は一社もお目にかかったことがない。フィンランドは極端な例であるが、それは、イギリス企業でも、ドイツ企業でも、フランス企業でもほとんど変わらない。もちろんそれは米国企業でも同じである。私が知っている限り、モバイルゲームを自国市場向けに開発している企業がそれなりの規模で存在しているのは、日中韓の東アジアの3か国だけである。しかし、日本のゲーム会社と中韓のゲーム会社で異なるのは、日本以外の2か国は国内市場と同程度かそれ以上にグローバル市場向けに投資をしている一方で、日本のゲーム会社は日本向けだけにビジネスを行っている企業が大半である。

私がいたゲーム会社の場合は、幸い海外で戦えるIPが複数あったため、グローバルにチャレンジを続けているし、同様に老舗のゲーム企業は海外の基盤があるため海外でも何とか戦えている。しかし、おそらくモバイルオリジンで立ち上がったゲーム会社で現時点でグローバルでまともに勝負出来ている企業というのは、日本にはほぼ存在していないと思う。

それは何故なのか、ハッキリ言うが、日本のゲーム会社の多くが、そもそも日本市場向けに特化した商品開発を最初からしてしまっているからである。そして、それなりの確率で、日本市場だけで投資回収が出来てしまったりする。日本のGDPは世界のシェア5%程度であるのにも関わらず、最初から95%を捨てているのである。

なぜ、そうなるのか?それは単純にグローバルで成功したときの爆発力を体験したことがないため、失っている機会損失に殆ど気が付いていないからだと思う。ちなみに、私が関わったモバイルゲームタイトルでグローバル配信を行い最大のダウンロード数があったものは累計7億ダウンロードである。もちろんユニークユーザー数ではないと思うが、それでも7億である。日本国内向けだけにビジネスをしているだけでは絶対に不可能な数字である。私は、日本市場でビジネスが成り立ってしまうという今の日本市場に中途半端な規模は日本企業がこの30年間でグローバルで圧倒的に地位を低下させてしまった大きな原因のひとつであると思う。日本企業は、サービスの開発時点からグローバル展開を見据えて事業の展開をしなければいけないと思う。

スタートアップの売上重視の姿勢

②の問題は、最近は少しずつ変わってきているのかもしれないが、日本のスタートアップに投資されるベンチャーキャピタル(VC)等のリスクマネーの企業の評価が利益の創出に寄りすぎていることに起因している。凄く大雑把にいうと、もちろん無駄に金を使うことは全く許容されないが、シリコンバレーの大手VCなどが初期のフェーズで投資先企業の評価として最も重視するのは売上の成長率であると思う。事実、GoogleもAmazonも設立からかなり長期間に渡って大幅な赤字企業であった。特にAmazonなどはその赤字の巨額さが本当に大丈夫なのかとかなり議論になっていた。それなのに、日本進出も含め強烈にグローバル展開を図っていた。もちろん利益を評価基準にすれば、自国でも黒字化していないのにグローバル展開するなど日本企業の発想からはほぼあり得ないであろう。そもそもそんなアグレッシブな事業計画を書いても、おそらく日本のVCで資金を供給し続けてくれることは非常に可能性が低いと思う。しかし、シリコンバレーのVCが狙っているのは中途半端なリターンではなく、グローバルで成功する企業を生み出すことだ。世界最大のアメリカ市場が幾ら大きいといっても世界のGDPの2割前後である。誰かに残りの8割を持っていかれてしまっては、グローバルのトップ企業にはなれない。だから、国内の黒字化よりも本当にポテンシャルがある事業であれば、売上拡大のために早期のグローバル展開を後押しする。シリコンバレーで仕事をしているとそのようなアグレッシブさを本当に身近に感じて、日米の差の大きさに愕然とした(ただ、赤字のまま資金調達し続けるというのは、調達が止まってしまった瞬間に会社はつぶれてしまうので、巨大な自転車操業のようになるので、偉そうに言っているが私は精神衛生上、シリコンバレー式の事業拡大サイクルに参戦する勇気は今のところないが)。

グローバルな人材プール

そして③の人材プールについては、それこそシリコンバレーにいると強く感じることである。よくアメリカを移民の国だと表現することがあるが、それは昔話では全くないとアメリカにいて感じた。もちろん自分も日本人としてアメリカに住んでいたが、アメリカで働いている人と少し仲良くなってパーソナルな話をするようになると、そもそもアメリカ人でない人が結構な割合で存在する。シリコンバレーという場所が、ITビジネス界のプレミアリーグみたいな場所なので、世界中の優秀な人がチャレンジしに集まってくるのだと思うが、たぶん2-3割の割合で外国人がいるような感覚だ。そのような環境で、様々な国籍の人が集まって仕事をしていると、そもそも米国外でビジネスをすることのリスクみたいなものが、実態として下げあれるのか、下がった気になるのかは分からないが、少なくても心理障壁は相当下げられるのだと思う。例えば、日本に進出しようと思ったときに、社内に日本人がいれば、分からないことがあれば彼に聞いてみようとなる。それだけでも、だいぶ違う気がする。

早くチャレンジしなければ成功もあり得ない

ここで上げた3点理由は、私の考える海外と日本の差の代表例だが、おそらくそんなにポイントはずれていないと思う。少なくても楽天が一生懸命多角化を推進しまくっていた2002-2008年くらいの時期にはがっつり当てはまると思う。

そのように考えると、メルカリなどが結構早い段階で、シンプルに海外展開を図っているのは素晴らしいと思うし、素直に応援したい。

GreeとDeNAもチャレンジしたのは素晴らしいと思った。ただ、この2社はチャレンジする相手がGoogleとAppleになってしまったので、正直戦略的に現実味がなかった気がする。たぶん数百億円損をしていると思う。でも、そもそもチャレンジしなければ、成功もあり得ないので、それは良しとしなければいけないと思う。少なくても会社が傾いたということはないのだから。

結構長々書いてしまったが、11年以上働いた楽天が結構本気で海外展開しようとして、何故あのようにあっさりうまくいかなかったのを見ていて、単純に悔しかったし、日本のネット企業のすごく重要なモデルケースであると思って、米国にいるときに考えた私の結論はこんな感じである。

いま若い人たちが一生懸命起業していて、私が若い頃よりは遥かに資金調達もしやすい環境になってきたので、そういう若い人たちに少しでもここでの議論が参考になれば良いと思う。

現地に任せるか、グローバルでマネジメントするか?

マルチローカル VS グローバル組織

前回はモバイルアプリゲームという、ある意味最も海外展開するハードルが低いケースを想定して、マーケティングチームをどのように海外展開していくのかという話をした。ただ、繰り返すがモバイルアプリゲームというのは、プラットフォーマーが集客以外はほぼ海外展開環境を整えてくれるので、マーケティングは寧ろ面倒な方で、それ以外はプロダクトのローカライズ以外は殆どビジネス上の準備が必要ないという、相当特殊なケースであると思うので、もう少し一般的にどのビジネスでも発生しそうな話題について話そうと思う。それは、マーケティングチームをどのようなときにグローバルマネジメントして、どのようなときにマルチローカルで進めるのがよいのかという話である。

この話をする良い例が、なぜ私が大手ゲーム会社時代にグローバルのマーケティングの体制を作る必要性に迫られたのかという話をすると、理解がしやすいと思うので、その話からしたいと思う。

ゲームビジネスのパッケージビジネスから運用型サービス業への転換

大手ゲーム会社において、私がマーケティングの責任者になったときの大きなミッションが、マルチローカルだったマーケティングチームのグローバル化であった。では、なぜそれ以前はマルチローカルでよく、2015年ごろにグローバル体制に変更する必要性に迫られたのだろうか?その背景には、ゲームビジネスのある変化が存在する。それは、ゲームビジネスのライブオペレーション化の進展である。一般的かは分からないが、その会社では運用開発と読んでいた。そもそも運用開発とはどういうものであろうか?ゲームビジネス業界でFree to Play(F2P)と呼ばれる無料で遊べて、必要に応じでゲーム内で後日課金をしてもらって収益を得るという形のビジネスモデルが本格化したのは2010年前後である。切っ掛けはFacebookのゲームコンテンツで、それに続いてDeNAのモバゲーがフィーチャーフォン(いわゆる、ガラケー)でのブラウザ型のF2Pのプラットフォームを作り大成功した。それ以前のゲームというのは、一部のPCゲームはそうでないケースもあったが、大半はゲームソフトの購入時にお金を払い、それ以降はただで遊び続けられるという買い切り型のビジネスであった。ゲームソフトが販売される流通形態も家電量販店やゲームショップなどのリテールが殆どであった。

それが、F2P型のビジネスになって変わったことは大きく2つである。ひとつは、流通形態がBtoCのダイレクトモデルに変わったことである。それまでは、Upper&Middle Funnel系の施策をメーカーのマーケチームが、リテールの販促系を営業とディストリビューター(卸)やリテールが行うというのが一般的だったマーケティングの体制が、いきなりメーカーのマーケティングチームが自社で顧客獲得をしなければいけないモデルに変わってしまった。もう一つの大きな変化が、ビジネスモデルが初期投資型の買い切りモデルではなく、後課金型に変わったことで、これまでほぼ全精力がつぎ込まれていた顧客獲得以外に、継続的にゲームを遊んでもらうためのマーケティングやゲームのオペレーションをしなければいけなくなった事であった。ゲームを遊び始めてから課金をしてもらうためには、当然そのゲームを遊び続けてもらっていることが大前提である。まさか、無料でインストールして面白くなくてやめてしまったゲームにお金だけ突然支払いに戻ってくるなどという奇特なユーザーはほぼ期待できないからである。

この2つの変化は、ゲーム会社のビジネスの進め方を根本的に変えてしまった。F2P以前のゲーム制作現場、特に日系のゲーム会社においては、基本的に制作現場のクリエーター手動で商品開発が行われていたという傾向が強かった。極端な話でいえば、プロデューサーが中心となって商品を企画し社内の制作会議的な場で企画を通して、予算をつける。ゲームが完成に近づき、発売のタイミングが見えてくるとプロデューサーが営業とマーケの担当者を呼び出して、このくらいの予算でこういうタイトルを作った。〇万本売らないと利益が出ないから売る方法を考えてプランをもってこい。みたいな状態であった。まあ、一番悲惨なケースを書いたが、私から見れば、ゲームの企画段階からマーケや営業が入っていないで制作サイドが作りたいものを決めている状態というだけで、ハッキリ言って程度の差くらいの話で、どのケースもこんな印象であった。もちろん、それで予想以上に売れるヒットタイトルもあれば、投資回収が出来ないタイトルも出てくる。しかし、ゲーム業界というのは、ヒットタイトルが出た時のROIは何百%とかではなく、何千~何万%ということもある当たり外れが極端なビジネスであったため、ある程度数を出して、そのうち何本かに一本が爆発的に大ヒットすればよいという昔ながらの体質がまだ残っている感じであった。この売り切り型のビジネスモデルにおいて、制作現場の最大のミッションは販売数を最大化できる商品を開発する事である。つまり、先ほどの例ではないが、極論ゲームを作り切って、発売してしまえば仕事は終わりである。私の時代にはそういうことはなかったが、昔の制作現場の話を聞くと、納品直前は何週間も会社に泊まり込んで開発して、納品したら1か月くらい代休みたいなこともそれなりにあったという話も武勇伝的によく聞いた。

しかし、F2P型になると状況が一変する。ゲームの開発を終え市場に出すというのは、開発の完了ではなく、サービスの開始を意味する。なぜなら、ゲームを遊び続けてもらうことで始めて収益が得られるからである。つまり、ゲームビジネスというのは、それ以前はパッケージソフトという商品の販売業であったものが、ゲーム体験を提供するサービス業へと変わってしまったのである。

F2P型ビジネスのグローバル化は運営開発のグローバル化

F2Pビジネスにおいて重要なKPIは、継続率と課金率と課金単価である。ゲームをローンチして、サービスが開発されると、データアナリストはユーザーの行動履歴を分析しながら、これらのKPIをどう改善していくのかを分析して制作チームにレポートする。ゲーム制作チームは、そのレポートで提示された課題や、強化ポイントを解決するためにゲームの改修を進める。このPDCAのサイクルがサービス開始以降、永遠に繰り返されることになるのである。これが、最初に話したライブオペレーション/運営開発である。

マーケティングのグローバル化の話のはずが、ゲームビジネスの歴史の話になってしまったが、実はこの変化がゲーム会社のマーケティングのグローバル化と深く関係している。

パッケージの売り切りモデルであったときは、実はマーケティングも商品発売前に大筋の情報出しの内容とスケジュールなどを各販売拠点で擦り合わせてしまい、マーケティングに使えるクリエイティブの基本モジュール的なものを揃えてしまえば、あとはマルチローカルに実施をする事で大きな問題がなかった。なぜなら、商品はすでに固まっていて基本的には変わらないので、決まったものを決まったスケジュールで目標に届くように製造、販売すれば済むことであったからである。

しかし、F2Pモデルの運営開発型サービスになると、それでは話がすまなくなる。今提供サービスのKPI状況はどのようになっていて、問題が新規顧客が足りないのか、既存顧客の離脱が多いのか、もしくは、顧客の課金単価が悪いのかなど、日々変化する状況に応じたマーケティング活動をグローバルで行わなければならなくなったのである。当然、制作チームとマーケティングチームは日々コミュニケーションをとり、同じKPIを見ながら、双方でアイディアを出し合って、ゲームの改善活動を行う。ゲームの運営は基本的にGlobal共通で進んでいくので、マーケティングもグローバルで連動させなければならないのである。

マーケティングの組織体制は事業の運営モデルに依存する

ここまでくると、本題の結論も見えてくるであろう。F2Pの運営開発型のビジネスモデルにおいてグローバル展開をしようと思うと、マーケティング部門もマルチローカルでは対応できないのである。これが、私がマーケティングの責任者に就任時に直面していた課題である。

マネジメントの観点でいうとマルチローカル型の方が負担も少なく簡単である。マルチローカルの場合は、各拠点にマーケティングスキルとマネジメント力があるマーケティングの責任者を確保することができ(日系企業の場合、実はここにハードルがあるケースが多い気がするが)、拠点間で連携が必要な最低限のコミュニケーションさえ出来てしまえば、あとはローカル毎に業務を進めれば問題はないはずである。おそらく、外資系の消費財メーカーなどはマーケティングのナレッジの共有や会社全体のマーケティングの基本方針などはあるかもしれないが、私の予想ではマルチローカル型のマネジメントで十分ビジネスは成功すると思う。

一方、マルチローカルの利点は、間違いなくそのローカルの市場にあったマーケティングが出来ることである。事業規模が多くくなり、その市場に特化したニーズを拾い上げることによる事業拡大の方が、ローカルのマーケティングチームを作ることによるコスト増よりも大きいと判断が出来るのであればマルチローカルで事業を拡大していくことがよいと思われる。外資系のメーカーなどが日本に拠点を置きローカルのチームをおいている理由も、比較的市場規模が大きいわりに、ニーズが特殊で、ローカルのメーカーと競争も激しいため、ローカルで対応しないと勝ち抜けないし、市場を逃してしまうと考えているからであろう。

これに対して、モバイルゲームビジネスのように、商品、サービスがグローバルで統一的に運用されているケースなどでは、マーケティングも必然的にグローバル対応をせざるを得ない。モバイルゲームがグローバル展開しやすい基盤を作ってくれているAppleのApp StoreやGoogleのGoogle Playのチームなどは完全にそのような対応だと思う。前回述べたように、デジタル中心のマーケティングで事業拡大できるビジネスである場合は、海外展開開始当初はなるべく少ない拠点で一元管理する方がおそらく現実的であろう。私の経験上、グローバルマーケティング型のマーケティング組織で余り拠点数を増やしすぎて本社で一括マネジメントしようとすると、コミュニケーションのマネジメントだけで相当リソースを使って、なかなか本質的なマーケティングに時間を使えなくなってしまう。単純に海外との打ち合わせをすることを考えても、労働時間長くなってしまうので(前々職では現場のメンバーに非常に申し訳ないと思っていた)、危険である。もちろん、マルチローカル型の利点である、ローカル市場の理解が高まる方がきめ細やかなマーケティングもできるようになるだろう。しかし、リソースが潤沢でない状況においては、まずシンプルなオペレーションをきちんと回せるようになることを主眼においてオペレーションを構築することをおすすめしたい。

 現実的に、日本企業においては、すべてのコミュニケーションを英語にするというわけには行かないことが殆どであるため、グローバルマーケティング体制を無理に急拡大すると、必ずどこかにコミュニケーションのしわ寄せがいくことが多い。外資系の企業や楽天のように英語でコミュニケーションすることを前提にしてしまえばこの問題は解決するのであるが、ハッキリ言って多くの会社では短期的には現実味がないと思う。現実を見ながら、徐々にローカル体制を強化していくことで済むのであれば、無理なくグローバルでのマーケティングのクオリティを上げていくことが出来ると思う。

グローバルへのマーケティング展開

日本でも海外でもマーケティングの基本は何も変わらない

グローバルマーケティングの展開と、グローバルに通用するマーケターをどのように育成するのかについて、考えるために必要なことを述べたいと思うが、以前議論してきたマーケターの育成と基本は変わらないので、もしまだ読んでいない方は、まずこちらを読んでいただきたい。

特に、パフォーマンス系のマーケティングについては、Globalのほとんどの国(おそらく、中国と韓国以外)はGoogleとMetaが中心的な媒体となるため、使用するマーケティングのツールの利用方法も媒体の特性もほぼ変わらない。その意味では、パフォーマンスマーケティングのスキルを日本でも、どこでもしっかりと身に着け、PDCAを精度高く回せるようにしていくということはGlobal共通のスキルになると考えて勉強してほしいと思う。ただ、Globalで活躍できるような人材になるため日本では必ずしも必須ではないが、海外ではほぼ必須になる条件は、自社運用できるようになっておくべきということだ。海外において日本の広告代理店ほどサービスがしっかりした代理店を見つけるのはハッキリ言って難しい。どの会社も自社運用が前提である。このため、いつでも自社運用できるように経験を積んでおくことは必要なスキルであると認識しておいて欲しい。

基本的には、海外でパフォーマンスマーケティングをやる時に唯一国内向けと異なるのがクリエイティブである。当然日本語のクリエイティブは日本でしかワークしないので、この点だけはローカライズする方法を検討しなければいけない。最近は生成AIの翻訳の精度も相当高くなっているので、もしかしたらそれで丸っと翻訳するみたいなことをしている会社もいっぱいありそうだが、真面目にやろうと思ったら、クラウドソーシングなどで翻訳対応できる体制を作っておいてもいいかもしれない。

実際、大手ゲーム会社時代は、パフォーマンスマーケティングの拠点は日本とLAの2拠点で回していた。日本のチームが原則日本、LAのチームが日本以外残りすべての国という感じであった。おそらくパフォーマンス系に関してはこれでも大きな支障はなかったと思っている。Globalで一番広く使える英語圏のマーケターを確保するということと、日本よりマーケティングの情報が早い米国に拠点がある方が、日本にも良い影響があると考えて、日米の2拠点体制としていたが、もし日本だけで人材を揃えられるのであれば、ぶっちゃけ、日本発でGlobalでやってしまうのでも実は何ら問題はないと思う。もし、なるべく早く海外進出したいという事であれば、国内のパフォーマンスマーケティングで自社運用できる体制を早く構築することをお勧めする。

日本からグローバルにマーケティングをする環境はそろっている

ゲームアプリというのは、完全にデジタルに閉じた世界なので、Global展開は商品をローカライズして、パフォーマンスマーケティングで集客するということが出来れば、実は結構簡単にGlobal展開が出来てしまう。新規顧客獲得のROIをポジティブに出来るようなメカニックが構築できているようなデジタル完結のビジネスであれば、個人的には最初からグローバル展開をパフォーマンスマーケティングOnlyでやってしまうというのは、全然ありな選択肢だと思っている。逆に言えば、そのくらいのスピード感でやってしまっても殆ど問題ないというのが、今のアプリ系のビジネスである。もちろん、厳密に言えば、マーケティングのクリエイティブなども、国ごとのカルチャーで好みが異なるとか、精度を上げようと思えば、現地化する方が理想であるが、そんなことをしているとGlobalの競争に負けてしまうので、まずは自分たちの商品、サービスがGlobalで勝者が決まっておらず、デジタル完結である程度ビジネス展開が出来るという事であれば、さっさとやってしまう方がいろいろ考えるよりも話が早いと思う。

ゲームを元々しないので、ゲーム業界を離れてしまうと業界のことには疎くなってしまうので、4年分くらい情報が古いかもしれないが、おそらくこの10年で最も成功したモバイルアプリゲーム企業であるSupercellなど、海外の企業が日本に進出するステップも、最初はデジタルのパフォーマンスマーケティングOnlyで一気にグローバル展開してしまった後で、例えば日本に人を張り付けて事業拡大しても収益の見込みが立ちそうということであれば日本支社を立ち上げて、マーケティングの権限を現地に移管していくみたいなやり方で精度を上げるようにしていた。私の場合は、US以外にそこまで投資できる国がいくつも現れるような真のGlobalタイトルを作り切れなかったので、そこまで出来たことがないが、海外のBest Practice的をみてもそれが正解のような気がする。

おそらく、本格的にマーケティングのグローバル展開で問題になるのは、マーケティングがパフォーマンスマーケティングだけでは限界値を迎えたときな気がする。その理由は、少し前までは、大規模なマーケティングを海外でやろうと思うと、どうしてもその国の文化が分からないとクリエイティブを作るのが難しいというの側面が非常に強かった。特にTVをメディアとして使う場合などは、投資規模も大きくなり、失敗したときのリスクも大きくなるので、純粋に怖いということと、ある程度現地のことが分かるメンバーがいないと成功確度が上がりにくいということがあったような気がする。

ただし、最近は、TVを使わなくてもYoutubeを中心にある程度Full Funnelのマーケティングがデジタルだけでできるようになってきたので、現状であれば、パフォーマンスに近い形で実施することができる環境になってきている気もする。

そのような場合は、海外の代理店やクリエイティブハウスを使って、クリエイティブワークの目利きが出来る体制が作られれば、初期はローカルスタッフがいなくても何とかなるのかもしれない。

クリエイティブを作る際の注意点についても、基本的には海外展開をするからといって、基本的な注意点は変わらない。クリエイティブワークの8割を左右するというロジックの部分は、基本的には万国共通でいけるはずである。文化圏別に違いが出るのは、最後の2割の表現の部分であるが、国別に大きな予算が使える相当大規模なプロダクトにならない限り、ある程度は万国共通に活用できるものを作るか、逆に個々のクリエイティブは低予算で、数を多めに作って当たるクリエイティブをAIに自動的に選定させるという割り切りでも良いのかもしれない。ユーザー視点で見ている感じだと、例えばAppleのTVCMのクリエイティブの多くはおそらく本社一括管理でグローバル統一クリエイティブをローカライズしているだけな気がする。おそらくローカルにアジャストするよりも、グローバルのブランドイメージの統一性の方を重視しているからであろう。LVMH系のハイエンドブランドのクリエイティブなども殆どの場合グローバルで表現などは統一されていて、ローカライズや簡単なアレンジがされているだけのように見える。

このように見てくると、GoogleとMetaがGlobalで成功してくれているおかげで、デジタルに特化してマーケティングをするという事であれば、実はある程度日本国内にいてもGlobalのマーケティングを実行することは、そこまでハードルは高くないし、そのハードルもドンドン下がってきているように感じる。本当にありがたいことである。

マーケティングチームには文化的多様性を!

ただし、Globalでマーケティングをしようと思ったときに、日本国内向けでやる時とひとつだけ大きく変えるべきポイントがあると思う。それは、チームに出来るだけ多様な人材が参加出来るような状況にしておきたいということだ。例えば、私が大手ゲーム会社で働いていた時の有名サッカータイトルのマーケティングチームは、日本は、日本人、イギリス人、フランス人、米国はアメリカ人とブラジル人、台湾人、ヨーロッパはデンマーク人とドイツ人、香港は香港人と15人前後のチームであったが、国籍は9か国に渡っていた。もちろん、どれだけ人数がいても、それぞれの人がそれぞれの国の代表ではないので、個人の意見に引っ張られるというリスクはあるが、やはり様々な視点から、議論をすることは非常に重要であると思っていいた。正直、日本人だけでやってしまった方が話が早いと思うこともあったが、この多様性を否定してしまうと、やはりGlobalでは上手くいかないのではないかと思っていた。日本でマーケティングを一元管理してしまうことの最大の問題点は、東京であってもこの多様性を出すのが結構厳しいのではないかという点である。もちろん日本にも多くの外国人の方が住んでいるので不可能ではないが、個人的な感覚として、日本にいる日本語を話せる人という特殊な母集団を前提として無理やり多様性を作ろうと思うと、なんとなく特殊なグループになってしまいそうな感じがしてしまう。もちろん人種差別をするつもりは全くないし、実際にやったことがないので、私の感覚が正しいのかどうか分からないが。

もう少しすると自動翻訳とかでどうにかなってしまうのかもしれないが、その意味では、Globalでマーケティングをするためには、英語である程度コミュニケーションが取れるようになっておくことは、当面の間は必要だと思う。日系の代理店の海外子会社の活用などもチャレンジしてみたりしたが(これはオフラインも、オンラインも含め)、やはり日本語でコミュニケーションすることが前提になってしまうと、出来ることと、一緒に仕事を出来る会社の選択肢が相当限定されてしまうし、正直、日本の広告代理店自体も日本からGlobalのマーケティングをコントロールするというファンクションを十分に構築できているという印象は少なくても2020年前後までは持てなかった。(その後変わっていたらごめんなさい)。

少し、マーケティングの様々な側面を一気に見てしまったので、余り纏まりのない文章になってしまった気がするが、凄くわかりやすく言うと、グローバルでマーケティングをするからといって、一人一人のマーケターが身につけなければいけないスキルというのは殆ど変わらない。巨大IT企業のおかげで、マーケティングの環境はグローバルで統一される方向に間違いなく動いている。

英語でのコミュニケーション力というハードルはあるかもしれないが、そこだけ何とかクリアしてしまえば、どちらかというとあとは勇気と決断の問題な気がする。

もちろん、モバイルゲームという身軽さが極端なケースを例に話をしたため、これを読んでいる殆どの方は、そんな簡単じゃないよと仰ると思う。それはその通りだと思う。但し、日本企業にはそもそもGlobalでマーケティングをまともにした人が少なすぎる気がするので、その意味ではそういう人材プールを作るという先行投資の意味でも、出来るだけリスク少なく、Global展開する方法を考えて、小さく、早く、意図思って失敗するPDCAを回し始めることを始めるべきなのではないかと思っている。

と書きながら、この3年半相当ドメスティックに戻ってしまっていたので、自分でも何かチャレンジしなければいけないと思う今日この頃である。

国際本部って本当に必要?

プロフェッショナルスキルで評価されるグローバル社会

グローバルでマーケティングをするためのスタートとしてまず最初に話をしたいのが、組織体制の話である。私が、海外の現地社員や社外のマーケターの人たちと話をしていて感じるのは、専門的なスキルに対するシビアな評価である。基本的に日本以外のほとんどの国では新卒の総合職という日本独特の一括採用みたいな仕組みはなく、新卒時点から職種別の採用が基本である。このため、スキルが高いかどうかは別にして、個々の人材はその職種のプロフェッショナルである、またはプロフェッショナルになりたいと思って会社に入ってくる。という前提に立てば、当然自分の上司や同僚を評価する際にも、その職種のプロフェッショナルとしてのスキルがあり、学ぶものがあるか、指示に耳を傾けることに意味があるかというのを見ていると感じる。

一方で、商社とかグローバル展開を基本にしている会社は違うのかもしれないが、私がいた大手ゲーム会社の規模の日系企業においては、そもそも海外で活躍できる人材のプールが不足しているケースが多い。私の入社当時は少なくてもそうであった。そうなると、どのようなことが起きるかというと、国際本部であるとか、海外事業本部のような海外ビジネスを統括するような部署ができる。そして、その部署に外国語が堪能な人材を集約して、海外とのコミュニケーションを一括で管理することを目指す。人材の量が絶対的に足りないことが多いので、ある意味致し方ない部分があると思うが、私はこの発想自体が、非常に日本企業のゼネラリスト志向のあらわれであるように感じる。

現地の言語が話せるからといって、あらゆる業務が出来るわけがない

なぜなら、この体制で本社と海外子会社のコミュニケーションを取ろうとすると、多くの場合、海外の個々のファンクションのメンバーに外国語に堪能という理由で集められた人材が自分の専門分野でもないファンクションについての本社からの指示を伝えたり、それについての議論をしたりすることになるからだ。

特に、海外駐在経験がなかったり、語学に劣等感がある経営者にありがちな誤解は、現地の言葉が話せれば、業務上発生するコミュニケーションは問題なく出来るという点である。そもそも、マーケティングにしろ、人事にしろ、財務にしろ、営業にしろどのようなファンクションでもいいのだが、専門的な領域の議論の打ち合わせに日本語が話せるからといっていきなり参加しても、母国語の日本語で話されていても最初のうちは殆ど理解が出来ないであろう。なぜなら、その専門分野についての知識がないからだ。つまり、ビジネス上の専門的なコミュニケーションというのは、言語が理解できるだけでは不十分なのだ。しかし、この海外事業本部的な発想は、そもそも、それができるという前提に依拠している。おそらく、この誤解が日本企業が海外事業をまともにマネジメントする時に直面する大きな課題であるような気がする。

最初に述べたように、海外の現地メンバーの仕事の上での価値基準は専門スキルへのリスペクトであると思う。それに対して、本社の国際部の人材は、自分と同じ言語は話すようだが、専門的なスキルは殆どないことが多いわけだ。この状況で、現地の社員が本社の指示を聞くであろうか?また、海外の駐在員についても同様なことがいえる。例えば海外事業部の若手などは、武者修行的に一定期間海外に派遣されたりする。でも、その人物は日本において海外事業についてなんでもやるみたいなゼネラリスト的な教育しか受けていない。そうなると、現地メンバーがその人物をリスペクトしてくれるであろうか?特に、その人物が本社の中堅クラスであったりすると、現地メンバーの上司になってしまったりすることもある。こうなってくると、話はさらによろしくないことになる。その人物が本社の人間というだけで、専門的なスキルもないのに上司になってしまうのである。

よく海外事業をしている人と話をしていて、現地の社員が言うことを聞かないと聞くことがあるが、私は実はこの辺に問題があることが多いと思う。もちろん、現地メンバーのクオリティに依存する部分もある可能性も否定はしないが。

専門スキル&語学力のある人材を育成することは必須

このように考えると、私は時間がかかることを承知の上で、本気でグローバル展開したい日系企業は、ファンクションごとにグローバルで仕事ができる人材を育成するしか方法がないと思っている。実はこれが私が大手ゲーム会社でマーケティング本部を5年半見ていながらグローバル組織として作り切れなかった根本的な理由である。就任当時、英語をしゃべれる人材が本部に1名しかいない状況であったため、ファンクションの専門性を持ち、語学も堪能な人材を育成するのにどうしても時間が必要となってしまったためだ。少なくてもひとつのファンクションを任せられるレベルに育成するのに3年程度かかってしまうため、採用してからと考えると5年では全く時間が足りなかったのである。

私の少ない経験でいうと、日本企業が海外の現地法人で良い人材を採用するのは、非常にハードルが高い。特に、日本より給与水準の高い欧米諸国などでは、特にそうだと思う。残念ながら、日本はこの30年間で給与水準がほとんど上がらなかったため、アメリカなどで優秀な現地の社員を雇おうと思うとこの人にこの金額を払わなければいけないのかと思うことが多々ある。でも、現地マーケットの相場で考えると、その給与は経験に照らすと決して高くはないということは普通である。このように、日本人の基準からすると決して安くない(寧ろ高い)条件でやっと採用出来た人材には、モチベーション高く仕事をしてもらい、高いパフォーマンスを出してもらわなければならない。そのためには、現地の基準で納得感のあるマネジメントをしなければならない。

幸い、私の場合は、海外に行って現地の市場のことは分からなくても、デジタルのマーケティングに関して私よりも経験値が高い人材というのは、日系企業が許容できる給与水準の人材ではほぼいないため、その意味では、真摯に意見を聞いてもらえる状況を作ることは出来たと思っている。しかし、それは私がマーケティングの話をしているからである。事実、ゲームを全くしないことがばれているため、ゲームの制作スタジオをマネジメントしなければいけない駐在員時代は、現地社員のマネジメントは相当難しい(というかやっぱり無理)だと感じていた。それはそうだろう。ゲームを作ったこともない人間が、ああしろ、こうしろと言ったところで(そんなに言わなかったが)、ゲーム制作を10何年してきたという自負がある現地の責任者からすれば言うことを聞くインセンティブは業務クオリティを上げるうえでは殆ど感じられないのである。

グローバル展開ではマトリックス組織にチャレンジを!

そのような視点で、GoogleやApple、Metaなどのグローバルで成功しているIT企業を見ていると、おそらくマトリックス組織体制を採用していると思われるが(違ったらごめんなさい)、現地法人の法人としてのマネジメントラインを縦、マーケティングとか、事業ファンクションのレポートラインを横と定義すると、明らかに横のレポートラインの方が強く見える。おそらく縦のレポートラインは、人事とか、法務とかアドミニストレーション系の法人として現地化しなければいけない業務にフォーカスされているように付き合っていて感じた。やはり、大規模にグローバル展開するためには、そのような体制にせざるを得ないのではないかと感じる。ぶっちゃけ英語圏の企業は、母国が英語で現地法人の採用も英語をしゃべることを前提に採用しているケースも多いので、本国のメンバーは母国語と異なる言語で海外でマネジメントするという苦労は殆どないのだと思うが。

そもそも日本企業の場合、ゼネラリスト志向でそもそも専門性の高い人材のプールが少ないという根本的な問題がある。少なくても私が見ている限りマーケティングはそうである。しかし、私のここでの仮説が正しければ、その発想ではグローバルではそもそも通用しない。なぜなら、グローバル人材の教育と、専門スキルの教育の両方をしなければいけないため、非常に長い時間がかかってしまうためだ。その点では、はっきり言ってグローバル展開がうまくいっているようには全く思わないが、楽天の公用語英語化という当時社内にいた時は暴挙とも思えた施策は、人材のプールを強引に増やすという意味では大いに意味があった気がする。少なくても10何年たって驚くのは、英語化が始まった当時、私と同様に英語とは全く無縁であった人たちが、ドンドン海外に出て行って、現地で仕事をするようになっている。システム開発部門などは、日本のオフィスでさえ日本語をしゃべらないエンジニアがそれなりの割合でおり、日本で仕事をするときも英語で話さなければならない環境を強引に作ってしまった。その意味では、楽天のチャレンジは成功しているように私の目からは見える(なぜ楽天のグローバル展開が大変化は別途議論する)。

グローバルにビジネス、特にC向けのビジネスを成功させるためには、グローバルでマーケティングをマネジメントする組織の育成が不可欠である。そのためには、グローバルに仕事ができる専門スキルのある人材の育成が欠かせない。

次回は、デジタルマーケティング化された現在における、グローバルのマーケティングの展開方法について検討したい。

なぜ日本企業はグローバルなマーケティングができないのか?

グローバル展開で苦労した体験から学んだこと

正直、胸を張ってグローバルでの成功体験があると言えるわけでもないし、自分をグローバル人材と言えるほどの英語力もないので、このお題で書くのも気が引けるので、書こうかどうか迷った。また、自信をもってこうやれば成功出来るということを述べることも出来ない。

ただ、大手ゲーム会社時代に8年間日本企業が海外でマーケティングをするというチャレンジを一応現場で責任者として考え続けたので、上手くいかないパターンみたいなものを分かった気がしたので、成功のためのTipsではなく、失敗事例のTipsみたいなものとして、グローバル市場でのマーケティングの話をしていきたい。

まず、これは昔話として書くので、今のその企業がどうかという話ではない(ゲーム業界を離れて4年近くたつので、今の話をする情報もない)とご理解いただいた上で、私が大手ゲーム会社でマーケティングを始めた時のことを話したい。正確な数字は覚えていないが、2011年頃にそのゲーム会社の面接を受けるのにIR資料とかを読んでいて海外売上の比率が半分程度あったというのは今でも明確に覚えている。なぜなら、当時の転職先の選定基準に海外ビジネスの勉強を出来るところにしようと考えていたので、売上が半分以上ある会社であれば、きっといろいろ学べるだろうと思ったからだ。

ただ、実際に入社してみて、結構びっくりしたのは、売上の半分以上を海外で上げている日本企業であるにも関わらず、自分の専門分野のマーケティングにおいて、グローバルでのノウハウ・ナレッジのようなものがほぼないということが早々に理解できてしまったからだ。

精緻なマーケティング戦略がなくても海外で物が売れるわけ

当時、なぜそんなことが起こるのだろうと考えた。結論としては、2点ほど大きな理由があるように思えた。①プロダクトアウト型のビジネスで商品が差別化できていればそれほど精緻なマーケティングをしなくても売れてしまうこと。②リテール型のビジネスというのはグローバルビジネスではなくマルチローカル型のビジネスとなっていること。この2つの条件が揃うと、どうやらグローバルのマーケティング活動というのは余り必要がないのだろうと感じた。少し個別に考えてみる。

まず1つ目のプロダクトアウト型の商品云々ということであるが、当時のそのゲーム会社でおそらく海外で大きな売り上げを上げていたタイトルは2つで、有名なサッカーゲームシリーズと某有名クリエイターが作るステルスゲームシリーズのであった。この2タイトルは、日本のゲーム会社がグローバルで相対的に技術力も高く、企業規模でも優位性をもっているときに、独自の商品ジャンルにおいて商品力でNo.1のポジションを取ったことがある商品である。私の入社前の話なので推測であるが、これらのタイトルがグローバルでヒットした理由は、おそらく海外のゲーム雑誌や情報サイトなどで高い評価を得て、高い話題性をうむという商品力が相対的に高いことであったのだと思う。特に、2000年代前半のマーケティング環境というのは、現状と違ってまだまだインフルエンサーマーケティングなど今ほど発達しておらず、ゲームのマーケティングに活用できるメディアの選択肢も特定の専門誌や専門サイトに限定されていたために、その少数のメディアとのリレーションが維持できていれば、ある程度マーケティング・PRが可能であったと推測される。

このような環境において、例に挙げた2タイトルのように、市場において相対的に非常に高い評価を得ることが出来る商品がプロダクトアウト的に出てくると、綿密なグローバルマーケティングの実行などをしなくても、商品力で物が売れてしまうということなのだと感じた。

二つ目のマルチローカルというのは、もちろん発売タイミングの調整や、情報出しのタイミングなど、グローバルでスケジュールを合わせるような要素も多少必要であるが、リテール型の商品ビジネスというのは、グローバルのマーケティングの連動性のようなものは殆ど必要なく、それぞれのローカルで個別にマーケティング活動を調整すれば成り立ってしまうということである。

この2つの要素が揃っていたこのゲーム会社の当時のグローバルのマーケティング体制がどうなっていたかというと、お世辞にもグローバルマーケティングをしているという状況ではなかった。日本、アジア、米州、ヨーロッパの4拠点に販売子会社(販社)があり、それぞれの販社の配下に営業、マーケティングなどの個別ファンクションが存在し、日本のプロダクトチームが、作った商品のコンセプトや、ここをアピールポイントにして売ってくれという指示を出して、「あとはよろしく!」という感じの体制であった。各ローカルの販社は実際に何をしていたのかといえば、極端に言うと、専門メディアと連携してゲームコミュニティーに情報を出し、後は卸会社に販促予算を渡して、「あとはよろしく!」といってお任せするというような体制であった。

こういう言い方をすると当時その企業で海外向けのマーケティングをしていた人には大変申し訳ないが、私が最初の3年間コンソールゲームビジネスを一歩引いたところから見て、帰国後に実際に自分でやることになってから当事者として見てそう感じてしまった(気分を害する方がいたらお詫びいたします)。

しかし、事実として、プロダクトアウトで良い商品ができれば、そんな体制でもものが売れてしまう。先に紹介した2つのタイトルについても、どこまで数字を言って大丈夫なのか分からないため超ざっくり言うが売上に占める国内売り上げの比率でいえば、半分など全く行かないくらいしかなく、殆ど海外で売り上げを立てている状態であった。逆に言えば、それだけ競争力のある商品を作れたことは凄いと思うし、同時に、世界のGDPの5%前後しかない日本だけを相手に商売をする危険性を心から感じてしまった。

日本のコンシューマーブランドは海外でマーケティングに参戦していない

そんな自社の状況を見ながら、アメリカのサンフランシスコで2012年から3年半生活をして、それほど競争力があるとは言えない海外向けのモバイルアプリゲームを何とかグローバルで売ろうとしていた。その中で私なりに、なぜ日本企業がバブル崩壊後海外市場で競争力を失ってしまったのかというのが少しわかってきた気がした。

よく言われる話だが、戦後日本企業が工業製品を海外に輸出し、奇跡的な経済復興を成し遂げた理由は、相対的に安い労働コストと日本人ならではの精緻な業務クオリティに裏打ちされた、安くて質の高いコモディティ的な工業製品に国際的な価格競争力があったからだと思う。もちろんソニーのような例外もあるが、日本全体としてはおそらく競争力の最大の要因は商品差別化ではなく、価格競争力であったと思う。そして、私のゲーム会社の経験をもとにすれば、価格競争力のあるコモディティ商品というのも基本プロダクトアウト型のビジネスモデルなので、マーケティングを必要としなかったのだろうと思われる。つまり、戦後の日本経済の成長に当たって、グローバルのマーケティング力というのはほとんど必要なく、そのノウハウは蓄積されていなかったのであろうと推測される。

そんな背景を前提として2012年に話を戻す。バブル崩壊後に日本企業はグローバル市場での競争力を失ってしまった。では日本企業がなぜグローバルで活躍できないのか。それは一言でいえば、グローバルでマーケティングする力がなかったからではないか。価格競争力も失い、圧倒的な差別化のある商品開発が難しくなってしまった状況で、モノを売るためにはマーケティングの競争に参戦し、グローバル企業に打ち勝つしかない。しかし、少なくてもアメリカでいち消費者として思ったことは、日本企業は世界最大のマーケットであるアメリカでマーケティングの競争に殆ど参加していないという事であった。別にTVCMが基準として正しいのかは分からないが、まず現地のTVを見ていて日本企業のTVCMを目にすることが自動車メーカー以外ほぼなかった。例えば、日本企業がグローバルで強いであろうと勝手に思っていたテレビを中心とした家電製品なども、サムスン等の韓国企業の広告は見るが、ソニーやパナソニックの広告は見た記憶が殆どない。Androidのスマートフォンの広告もサムスン以外ほとんど見ない。結果的に、家電量販店(とUSでも言うのかな?)に行っても、日本の家電製品はあっても端っこにちょろっとあるだけで、すでに棚取りすらできていないという状況であった。

この状況をみて、日系企業で本気で海外市場でコンシューマー向けに戦おうとしている会社って殆どないんだろうなと感じてしまった。ちなみに、そんなとき唯一例外と感じたのがユニクロだ。それは、USでもヨーロッパでも中国でも感じた。街を歩いていて、各都市の一等地のような場所で見るほぼ唯一の日本のブランドである。あれを見ると心から応援したいと思った。

これを書いている時点(24年4月)の日本企業の時価総額ランキングをみるとトップ10に入っているグローバル展開しているコンシューマーブランドの会社はトヨタとユニクロのファーストリテーリングのみである(ソニーはすでに部品屋になってしまったと思っているのでカウントしない)。一方で、米国の時価総額ランキングをみるとマイクロソフト、アップル、アマゾン、メタ、Google(アルファベット)と少なくとも半数はコンシューマーブランドである。しかも、1位のトヨタは別にして、2位の東京三菱UFJですら、米国のランキングでいうと100位に入れるかどうかのギリギリという感じである。

BtoBの商売というのは、基本的に大規模なマーケティングを必要としないし、おそらくプロダクトアウト的な部分が大きい気がするので、先ほどのゲーム会社の海外の成功事例に近い形の展開で成功しやすいのだと思う。このため、日系企業でグローバル競争出来ている企業の殆どはB向けの商材の企業である。一方で、コンシューマー向けの商品というのは、圧倒的な商品の差別化がない場合は、広義のマーケティングの競争をせざるを得ない。おそらく、家電を代表とする日本のコンシューマーブランドというのは、このグローバルでの本格的なマーケティングの競争に参戦することが出来なかったのだと思った。かつては、品質と価格のバランスでグローバル市場で商品の差別化を図ることが出来た。しかし、この優位性を韓国と中国の企業に埋められてしまったときに、本格的なマーケティング競争に参戦しなかったか、負けてしまったのだと思う。その結果、グローバルの販売競争に破れてしまったために、コスト競争力でも太刀打ちできなくなり、競争の源泉がなくなり、ほぼ不戦敗の状況に追い込まれてしまったような気がする。

ちゃんと研究したわけでも、文献を読んだわけでもないので私の予想は外れているのかもしれないが(凄く興味があるので、どなたかこの辺の話を勉強できる文献など知っていれば教えてください)、米国に3年半住んで、当時仕事をしていた自分の会社のマーケティングの状況をみて感じたことはこんな事であった。

国内で出来ないマーケティングを海外の子会社にやらせられない

ではなぜ、日本企業がこのようなマーケティングの敗戦みたいな話になってしまったのだろうか?これも、その場にいたわけではないから分からないが、想像がつく。それはそもそも、日本企業においては地元のマーケットである本社においてさえもまともにマーケティングができる人材がいなかったからなのではないかと思う。根本的な原因は、以前に広告代理店の話で書いたので、そちらを参照してもらいたい。本社にそもそものノウハウがないものを、海外の子会社にやれといっても上手くいくとは到底思えない。きっとそんな感じではないかと思う。

私がアメリカでそんなことを考え始めてから12年くらいの時間が経過した。次回からは、最初に宣言した通り、成功体験は語れないが、こうやったらたぶんうまくいかないという失敗を防ぐためのTipsをいくつかご紹介できてばと思っている。

ブランドマネジメントの障害とその克服

ブランドマネジメント=一貫性

ブランドマネジメントを上手くやる方法は何かと言われれば、一言「一貫性」であると答える。これまで述べてきたように、ブランドマネジメントとは、その企業、ブランドの事業活動を通じて発生するあらゆる外部とのコミュニケーションをマネジメントすることによって、ブランドの価値を高めていく活動である。そのために、ブランドのあるべき姿を決め、自社の事業活動に関わるすべての人にその内容を理解させ、その方針から外れた行動をしないように方向づけしていくことになる。社員が100人いれば100人全員が、本当にその方針を理解して、商品、サービスを開発し、マーケターや営業が顧客とコミュニケーションを行えば、そのブランドのメッセージは少しづつでも必ず顧客に伝わっていくと思う。しかし、実際には100人の社員全員に同じ思いを持ち、同じ方向で行動してもらうなど口で言うほど簡単ではない。つまり重要なのはどのようにして、自社の事業活動を一貫性を持ったものとして方向づけしていくのかということである。

ブランドの目標設定

そのスタートとなるのが、目指すべき目標の設定である。「ブランドコンセプト」と言ったり、「Mission Vision Value (MVV)」と言ったり、「Purpose」と言ったりする。当然、非常に重要な事項である。ただ、いろいろな会社を見てきて思うのは、名前は何でもよいのだけれど、このブランドが目指すべき目標となるものを社員全員とは言わないが、殆どの人が理解し、それを基準に行動している会社というのがどれほどあるのであろうかと思う。これらの言葉は決して、企業のコーポレートサイトの会社説明の欄に載せるために作るコンテンツではない。パーパス経営という言葉が流行っているからといって、IR向けに決めるコンテンツでもない。あくまで事業活動の方向づけをして、社員が日々の活動において迷ったときに立ち戻れる場所であるべきである。

もし、そうであるならば、この目標というのは、自社の社員が少し背伸びをすれば実現可能なものでなければならない。コロコロ変えるわけにもいかないので少なくても10年とかの年月で変えないでも良いものでなくてはならない。日々の業務の中で迷ったときにその価値基準で判断しても良いものでなければならない。

しかし、私がよく見かけるこれらの目標地点の言葉は、私から見ると大丈夫?と思ってしまうようなものも多い。良くないあるあるを少し考えてみよう。

悪い例1:マネジメント層が守れない目標を設定してしまう

まず、最初に思い浮かぶのは、目標に掲げていることと経営者が言っていることにGAPがあるパターンである。典型的な例は、お客様の幸せ・満足を一番に考えてという目標を掲げながら、営業現場などにとにかく今月の売上を達成しろと激しく詰めまくるみたいな話である。本気で顧客の満足を高めるために、自社の商品よりも競合他社の商品を買う方がよい顧客もいるかもしれない。顧客の満足を思って、それであれば他社の商品の方が良いですねといって顧客を逃した営業社員に、上司は本当によくやったと言えるであろうか?今月の売上を達成するために、見込みのある顧客をとにかく月末までに「刈り取れ」みたいな指示は出していないであろうか?耳が痛い方も多いのではないだろうか?

この例でまず分かるのが、「守れる目標を設定する」という事である。守れもしない理想を掲げてはいけない。特に経営者自身が体現できないこと、心から信じられないことは決して目標に掲げてはいけない。以前ある経営者が自分が社長として決めたMVVについて「そもそもあれはみんながいいというから同意したが、私は納得していない」と平気で言い放ったという話を聞いたことがあるが、このような経営者はブランドマネジメントの観点で言えばすぐにでもその会社の社長を退任すべきである。そもそも自分が決めた目標を信じられないのにどうやって社員に指示が出せるのであろうか?

その観点でいえば、当然マネジメントといわれる層での実行の実現性も重要なのは言うまでもない。ブランドマネジメントのような活動は、基本的にはひとつの方向性に向けて組織全体を動かしていく活動であるため、そもそもボトムアップ式の施策ではない。トップダウン式の施策の典型例である。このため、一度決めた目標の順守を最も求められるのは末端社員ではなく、組織の上層部からである。よく経営者というのは自社のルールというのは社員を管理するためのもので自分は適用外だと勘違いしているケースがあるが、そのような考えの経営者はブランドマネジメントが重要視されるような企業の経営には向いていないと考えたほうが良いと思う。

悪い例2:現実とのGAPが大きすぎる

似たような例に、現状の事業と目指すべき姿のGAPが大きいケースというのも存在する。典型的なのは事業環境が大きく変化し、事業戦略を大きく転換するような場合である。このようなケースにおいては、社員の日々の活動と、ブランドが掲げる目標にGAPが大きく、ブランドの目標が現在の延長線上にあると実感できないということがしばしば発生する。このような場合は、経営側が社員にも外部コミュニケーションにおいても、論理的に説明できる転換のステップのようなものを提示することも必要であろう。逆そのようなガイドがないと、ブランドの目標は現実はかけ離れた単なる飾り物のような位置づけになり、社員の価値判断の基準にならなくなってしまう危険がある。

いろいろな考え方はあるが、マーケティングの観点でのブランドの目標設定の理想的な方向性は、基本的には顧客に提供したい価値を高めることにフォーマスをおくのが分かりやすいのではないかと思っている。もちろんMVVとかPurposeという話になると事業の中長期戦略視点であるとか、社員の集合体としての組織の価値観であるとか含めたいものはたくさんあると思う。しかし、収益を拡大するためにブランドの評価を最も高めたい対象が顧客なのであれば、顧客への提供価値の視点から考えることが健全だと思う。それがその企業の社会における存在意義であるのであるから。

パフォーマンスマーケとの折り合いをどうつけるのか!

ブランドの目標をいったん決めらた、それに向かって日々の事業活動を行わなければならない。ここでは、デジタルを中心としたマーケティング組織がその際につまずきやすいポイントについて議論したいと思う。

前回VIガイドの話に少し触れたが、私のようにデジタルマーケティング、特にパフォーマンスマーケティングに強みがある人間からすると、実はこのブランドマネジメントという考え方は非常に親和性が低いというのが経験上分かっている。特にクリエイティブ面でのABテストという手法がブランドマネジメントと決定的に親和性がないと言える。

パフォーマンスマーケティングというマーケティング手法は、短期的なパフォーマンスを数値化してデータをもとに価値評価をしていく活動サイクルである。ABテストという手法も同様で、データをもとに施策の成否を判断する。ところが、ブランドというのは何度も申し上げているとおり少なくても短期的にはデータで目に見える成果として結果が出ることが少ない長期スパンの施策である。このため、パフォーマンスマーケティングのPDCAやABテストの意思決定にひとつの要素としてブランドマーケティングの価値観を組み込むことが非常に困難でなのである。

この問題についても実は20年くらい悩んでいる。正直言うと私が管理していた2011年ごろまでは、楽天のブランド管理の対象からパフォーマンスマーケティングのクリエイティブは非常に緩いCIガイド以上には管理することをしなかった。正直、どの程度影響がでるか分からず手が出せなかったのである。この点が、実は自分がブランド管理の仕事をそれなりの期間やりながら、胸を張れない理由であったりする。

その後10数年継続してマーケティングをしながらブランドマネジメントについて考え続けて来たが、正解として確信がもてる答えにはたどり着いていない。ただ、結論として、パフォーマンス中心の会社がいきなりブランドマネジメントをガチガチにやるのはリスクが高すぎるという考えに変わりがない。でも、何もしないというのも発展性がないので、徐々にブランド全体のVIに近づけていくという手法が良いと思う。

ブランドのキービジュアルを決める

そのために必要なのは、VI側で、自社のブランドを体現するビジュアル上のキーになるものを作ることが重要な気がしている。それ、もしくは、そのビジュアル要素の組み合わせを見たら、このブランドだ連想できるようなものである。具体的には、例えば一番分かりやすいのはTVCMで使うタレントであろう。私が直近で働いていた人材業界で言えば、ビズリーチの女性などは数年間に渡り一貫して使い続けておりあの女性を見れば、ビズリーチのCMだと直感的に分かるところまで来ていると思う。このようなキービジュアルになりえるものができると、バナーにあの女性がのっているだけでビズリーチの広告だと瞬時に判断できるので、おそらく反応率は高くなるであろうし、ブランドとして一貫性も担保することが出来る。

ただ、タレントだと予算が、、、となるので、別のアイディアでいうと、誰でも出来るのが、ロゴとキーカラーの組み合わせであろう。楽天の場合は少し濃い目の赤と同じ色のRのアイコンがグループブランド全体のVIの基本で、当初はサービス毎に色を変えようとして、トラベルは緑で、証券はネイビーとかいろいろやっていたのであるが、途中でサービスの増加に色数がついていかなくなり、一部の例外を除いてやっぱり全部赤ということにした。

これを20年くらいやり続けるとそのうちRと赤を見るだけでも「楽天」と認識できるようになってくる。最近の楽天モバイルをショッキングピンクにしているのは、おそらく、そもそも大規模な予算を使って広告宣伝するときに、今までの赤のままやるよりも新規性が高く、インパクトがあるということで、変更したのだと思うが、あれは、相当な広告費を使う前提での判断だと思う(ちなみに、あの楽天モバイルのカラースキームは私が米国にいた当時のT-Mobileと瓜二つである)。このキーカラーのイメージ付けというのは、やる気になれば誰でもできるので、試してみる価値はある。ただ、たぶん人が印象として記憶できる色のバリエーションは10色前後だと思うので、色だけだと相当競争が激しいので、色とロゴなどの組み合わせにするのは重要だと思う。ただ、色の指定程度の事でも、たいていパフォーマンスサイドからはもっとバリエーションが欲しいと悲鳴が上がったりする。

もう一つコストを少なく出来る可能性があるのは、イラストのキャラクターである。もちろん有名漫画のキャラクターなど下手したら有名タレントよりも高いくらいだが、自社でイラストをつくればほぼ人件費だけで実現可能である。キャラクター系のアイコンはサービスのターゲットによって適する場合と適さない場合があるような気がするので、慎重に検討してもらいたい。

自身の経験や、周りの企業の広告など見ていると、VI的なイメージと自社のブランドが一致してくるようになると、VIガイドを厳しく適用してもパフォーマンスサイドの効率が落ちずに、場合によっては競合比で優位性を発揮できる可能性も高くなる瞬間がやってくると考えている。こうなるとトレードオフにならずに、VIとパフォーマンスがWin‐Winになるのでマーケティング責任者の深い悩みが解消される。もちろん、楽天モバイルのように一気に勝負にでるというやり方もあるが、あのようなパターンは例外的なので、現実的には、自社サイトやUpper&Middle Funnel系のクリエイティブのVI統一から順次進めていくのがよいと思う。

ちなみに、大手ゲーム会社の時にサッカーゲームで有名選手を使ったバナーとそうでないバナーで広告のパフォーマンスの差分を出して選手とのアンバサダー契約の費用が回収出来るか実験してみたことがあるが、結論からすると難しかったので、タレントのアイコン化のようなものも時間をかけてやるしかない気がする。その面で、インパクトを狙って有名なタレントをアイコン化してしまうと、今度は契約し続ける維持コストが負担となるのかもしれないので注意が必要である。その意味でもどこまで意図的かは不明だが、私はビズリーチのやり方は非常に効果的だとつくづく感心する。継続は力なりである。

ブランド管理部署は短期的付加価値を重視する

ブランドマネジメントをする際のTipsの最後もやはりVIに関することである。よく、ブランドマネジメントをしましょうということになり、外部とのコミュニケーションをチェックしましょうという話をし出すと、ブランド管理部署が設置され、社内のワークフローとかでブランドガイドラインチェックという書式が出来、なんか仕事がひと手間増えて面倒くさいという話になる。現場の担当者からすると、その書式のチェック担当者はガイドラインから外れた部分をチェックして、直して出し直せとだけいう付加価値がない人たちだとなる。今の話は、それなりの規模の会社で真面目にブランド管理をしましょうという気概だけはあるイケていない会社のあるあるな気がする。

何度も申し上げるが、ブランドマネジメントの成果というのは長期的なものなので、何も考えずにやってしまうと、このような現場の反応というのは当然であると思う。寧ろロジカルな反応である。

私が楽天でブランドの管理責任者をしていた時に考えたのは、このサイクルに入ってしまうと会社全体で前向きなブランドマネジメントが出来なくなってしまうので、VIを管理するチームには、出来るだけスキルの高い人間を集め、VIを守りながら当初現場の担当者が考えていたよりもマーケティングの効果が高い、クオリティの高いものを作ろうと考えていた。そうすることによって、VIの確認をするという作業が、短期的には何の成果もない「追加の手間」と認識されるのではなく、相談しに行くと自分の成果が改善できるかもしれない「良き相談相手」になるからである。この活動には、可士和さんの事務所のアートディレクターにも加わってもらい、楽天の社内メンバー、僕が集めた外部プロフェッショナルとの3パーティーからなるチームでたぶん6-7年間、毎日のように楽天の各事業がやりたいオンライン広告以外のあらゆるコミュニケーションのクリエイティブがVIの範囲でどうやったら効果を最大化出来るかを考え続けた。

VIというのは決めるのはある意味簡単である。ブランドコンサルの会社にVIガイドを高いお金を払って作ってもらったら、素晴らしくきれいなものが出来上がるであろう。でも、VIガイドを作る事だけを頼んでしまうのは私は良くないと思っている。なぜなら、VIガイドを作るだけであれば、その人たちはそのVIを守ったことによるパフォーマンスに何も責任を取らないからだ。事業をする立場からすると、VIを守ることは目的であってはならない。企業は事業を成長させなければならないのだから。そのためにはVIは、その活用を通じて事業をより成長させる手段にならなければならないのだ。ブランドマネジメントの管理者はこの点を忘れてはならないと私は思っている。ブランドマネジメントは直ぐに成果が出ないからこそ、少しでも成果が出るように当事者が率先して努力をしないと、継続した活動にならないと思っている。長期で時間を要する施策ほど、短期で成果を出す努力をしないとそもそも熱量を持って長期間継続することが出来ないのである。

ブランドマネジメントは一貫性であると最初に話したが、一貫性を維持するためには、多くの障害がある。特にここで見てきたように、その中でも、長期的施策のブランドマネジメントと短期的な事業パフォーマンスとのトレードオフをどのように折り合いをつけるのかという点は、その最大の障壁であると考えている。殆どの会社はこの折り合いが見つけられずブランドマネジメントの活動の熱量が失われ、単なる作業として形骸化していく。ここで私が紹介した話は、私の経験の範囲の事例なので、他にも様々な障害があるのかもしれない。でも重要なのは、正しく(形骸化せずに)継続することである。くれぐれも面倒くさい人たちにならないようにブランドマネジメントチームの付加価値を上げる方法を考えてもらいたい。

ブランドマネジメントとは?

ブランドの価値=ブランドエクイティとは何か?

ブランドマネジメントも、マーケティングの専門領域としてそれだけを研究している人が世界中にいるような話なので、私がここで話すべきことがどれだけあるのか分からないし、専門の方からすると稚拙な議論になるかもしれないが、実務家の観点から、理解しておいた方がよいと思う事項をいくつか述べさせていただく。

まず、ブランドとは何かということであるが、難しい定義は専門家に任せるとして、分かりやすく言えば、ある企業や商品、サービスを他のものと区別するための名称や記号ということである言えると思う。日本語で一般にブランド品と言えば、ルイ・ヴィトンであるとか、グッチとか海外のファッション系のラグジュアリブランドを思い浮かべる人も多いと思うが、マーケティング的にブランドといえば、概念としては遥かに広いということである。一番小さな単位でいえば、個々人の氏名というのもある意味ブランドであると言えるかもしれない。

では、なぜブランドが重要だと考えられているかといえば、それぞれのブランドにはそれぞれに価値があると考えられているからだと思う。専門用語的に言えばブランドエクイティなどと言われる。この辺をまじめに勉強したのが学生時代なので今はもっと良い本があるのかもしれないがこの辺を突っ込んで勉強したいのであればこの辺の本が良いと思う。

このブランドエクイティで一番最初に思いつくのが認知度である。認知が高いブランドというのは、そうでないブランドに比べて顧客獲得コストが安くなる傾向にある。例えば、ネットで買い物をしようと思って、Googleで「ネット通販」と検索すると複数の選択肢が検索結果に表示されるが、「楽天市場」というブランド名が頭に思い浮かび(純粋想起)検索されると、ほかの選択肢が併記される可能性が下がるため、楽天市場で買い物をしてくれる可能性が高くなる。これにより顧客の獲得単価は一般的には下がることになる。

また、この流れでブランドエクイティの他の例を考えると、「安心感」のようなものも例として挙げられる。今はだいぶそういう話も減ったのかもしれないが、私が楽天で始めたころは、世の中的にどこの誰かもわからないサイトでクレジットカード番号を登録するなんて信じられないとよく言われた。これはECをやっている企業がまだまだ小規模で認知度も低い会社が多く、信頼度が低かったからというのが大きな理由であろう。もちろんいまだに慎重な人はいると思うが、楽天やAmazonの今日の企業規模や、AppleやGoogleのアプリの利用者の数など考えると、オンラインでクレジットカードで何かを買う心理的ハードルは相当減っている。もちろん、経験からそこまでリスクはないと分かったという側面もあるが、同時に、これらの企業が運営していることの安心感のようなものもひとつの材料になっている可能性は高いであろう。

また、先ほどルイ・ヴィトンの例を出したが、この例で最初に思いつくブランドによる価値は、価格のプレミアムであろう。私は実家が靴のメーカーだったので、実感しているが、ファッション系のアイテムというのは価格が上がるほど原価率が下がっていくことが一般的である。つまり、2万円の靴と10万円の靴が並んでいたとして、殆どの場合原価が5倍違うことはまずない。靴を例にすると分かりにくいかもしれないが、私はほぼ買うことがないが、たまにブランド物のTシャツで1枚10万円とかで売っていたりするものがあるが、その原価が3000円で売っているTシャツの30倍以上かかっている可能性はほぼないと思う。では、これらのラグジュアリーブランドのビジネスがなぜ成り立っているのかといえば、評価の高いブランドの商品を持っているという優越感であったり、自己満足、他人からの評価など、そのブランドの商品を持つことの無形の付加価値が重なりあって顧客が高い価格を支払う状況が作られていると言える。

もちろん良いことばかりではない。あまり悪い例を私の口から具体的にいうのは控えるが、よく不祥事を起こした企業のブランドなどはブランド価値がマイナスにもなりうる。例えば、自動車で安全性に疑問を抱かれるような問題が起こると、普通に考えて顧客は同条件であれば、安全性に疑問がある商品は選ばない可能性が高くなる。

このように、ブランドエクイティというものは、良くも悪くも、ビジネスをするうえで、マーケティングをするうえで、マーケターの日々の業務に必ず何らかの影響があるものである。

ロゴを変えたからといってその企業自体が変わるわけではない!

というわけで、ブランドが大事なことはご理解いただけた気がするが、ではこれをどのようにマネジメントしたらよいかというと正直に申し上げて私もここで述べるほどの答えは持ち合わせていない。ただ、CMOという立場でブランドを管理することが多かったため、これまで体験したブランドマネジメントで気をつけなけばいけないことをご紹介できればと思っている。

私は、楽天とトライトで2回ほど、自分が所属する企業のCI(Corporate Identity いわゆる企業ロゴ)の変更を責任者かそれに近しい立場で経験した。そのような時に良く思うのが、社内の過剰な期待である。よく、新規サービスを始めるときなども、皆で一生懸命サービス名/サービスブランドの議論をしたりするが、私としては、名前というのはなんでも良いと思っている。大事なのはサービス自体の品質であったり、顧客体験、口コミによるサービスの評判だったりするからだ。それが伴わないのに、名前の候補選びに時間をかけるのはそれほど生産的な仕事だとは思わない。人の名前だって同じであろう。私の名前が堀内公博であっても、山田太郎であっても、私の経験とそこから得られたスキルにはおそらく何の違いも出ないと思う(今から変えろと言われると困るが)。

つまり、企業のロゴや名称を変えること自体には正直大きな価値はないと思った方がよい。寧ろこれまで知られていたロゴや企業名を捨てることになるので、CI変更自体はデメリットになることの方が遥かに大きいことの方が多いのである。

たまに、素晴らしいデザイナーにこれまでよりも格段に格好いいモダンで洗練されたロゴを作ってもらったら、会社のイメージも同じようにモダンで洗練されたものになるのではないかと思っていそうな人がいるが、はっきり言って世の中そんなに甘くないのである。

では、ブランドエクイティとかブランドイメージみたいなものがどのように出来上がっていくのかといえば、この答えは簡単で、ひとつの企業やひとつのサービスから発せられるあらゆる情報や顧客体験の総和により形成されるということだ。

これも可士和さんからの受け売りだが、可士和さんが新しいクライアントのCIを作る時に何を考えるのかといえば、その企業を様々な角度からみて、経営者や社員のこれからこの会社、このブランドをどのように発展させたいのかを聞き、その方向と今の立ち位置のGapや問題点を聞き、どの側面をどう見せてあげることで進みたい方向に近づけるのかを考えるのだと話していた。この話の核心は何かといえば、私は、どの角度を見せるかは選べても、CIを変えることだけでその企業自体の形を変えることなどできないということだと思う。この視点は本当に重要だと思う。ブランドについて考えるときにまず一番最初に考えてほしいポイントである。

ちなみに、名称について少し触れたので、ブランドの名称についても少し触れておきたい。大前提としてルイ・ヴィトンのようなプレミアムブランドを別にすると、基本的にブランド名称というのは、サービスの内容が分かりやすいものほどよいというのが私の立場である。その代表例が楽天で、楽天のブランドマネジメントで一番最初に決めたのも原則楽天グループのすべてのサービスは、楽天+〇〇という構造で〇〇に分かりやすいストレートな名称をつけるという方針であった。楽天カード、楽天モバイル、楽天銀行のような感じである。よく、いろいろな意味を掛け合わせたブランドの由来を一生懸命説明してくれる人がいたりするが、私は申し訳ないが分かりにくいという感想しか持たない。そもそも説明しなければいけない名称など手間がひとつ多いだけな気がしてしまう。サービスの名称を見ただけで、サービスの内容が直ぐに連想出来る方がコミュニケーションとしては遥かに楽であると思っている。

CI変更とはブランドの方向性を変える切っ掛けの手法の一つ

では、たまに見かけるCI変更などは何のために行うのであろうか?そもそもCIを変更するだけでは多くの場合何も変わらず、寧ろ新しいCIを認知させるためのコストが大きくかかることになるので、デメリットの方が実は大きい。私は答えは1つしかないと思う。切っ掛け作りである。

先ほど述べたように、ブランドというのは、CIを変えたから変わるというものではない。様々な側面でブランドエクイティが向上していくのはその会社が行っている企業活動全体の結果としてである。ということは、本質的にブランドを今いる地点から別の地点へと飛躍させる、シフトさせるためには、企業活動自体をそのディレクションへシフトさせなければいけない。また、そうするということを社外にも分かりやすく伝えなければいけない。もちろんその方法はCIの変更だけではない。経営者・リーダーに社内のメンバーを惹きつける強力なリーダーシップがあるのであれば社内向けにはそれでも良いだろう。その企業に強力なPRの発信力とか、コーポレートブランディングの予算を大量に使う余裕があるということであれば、社外向けにはそれでも構わない。他にも様々な手段はあるのだ。ただ、CI変更もたまにやるくらいであれば、ひとつのオプションとして検討しても良いのかもしれない程度に考えてもらえれば良いと思う。

ブランドマーケティングと会計の相性の悪さ

ブランドマネジメントにおいて次に理解をしておかなければいけないのは、手法として長期的な活動になる可能性が高く、短期的な効果を大きく期待しない方がよいという点である。もちろん、新商品、新サービスの発売などで、大規模なマーケティングキャンペーンを行い垂直的に立上げを狙うことや、商品が差別化されておりSNSのインフルエンサーマーケティングで一気に利用者を獲得するなどのケースがあることは否定しない。ただ、これも統計を取ったわけではないので分からないが、このような状況を実現しようとして成功する確率は限りなく低いと思う。

ということで、私は再現性が低いリスクの高いマーケティング施策というのはあまり得意ではないので、その辺の話はそれが得意な方にお願いするとして、ブランドマネジメントは長期的な時間がかかる前提で話を進める。

まず、なぜ長期の時間がかかるのかといえば、ブランドエクイティの向上というのは、基本的にはストックとして蓄積されるタイプのマーケティング施策であるからである。そもそも”equity”という英語の単語の意味自体が、純資産とか株主資本とか株式という意味なので、ストック的な価値を表現していると考えられる。一方パフォーマンスマーケティングというのは、一般的にはフローの活動である。今月投資した広告宣伝費に対してROASやROIが幾らになるのかというのは、基本的にPLを見ているわけで、BSを見ているわけではない。なぜそれが可能なのかといえば、事業によって投資回収期間は異なるが、1か月とか、3カ月とか、半年とかある程度短期間にパフォーマンスを計測出来ることを前提にマーケティングを行っているからである。半年とかになってしまうと少し辛くなるが、3カ月程度でパフォーマンスが計測出来るのであれば、1年の投資コストの打ち9カ月分くらいは当期の業績に計上できるため、PLの管理と非常に相性がよいということになる。私は、パフォーマンスマーケティングとデジタルマーケティングの投資が20年で急速に拡大した理由というのは実はここにあると思っている。

一方で、ブランドマネジメントというのは、ストック型の投資施策である。一般に資産系の投資というのはBSに資産計上され、投資金額は税法で決められた減価償却期間で案分されて費用化される。このため、お金を支出したタイミングと費用を計上するタイミングにずれが出てくるので、費用計上と収益実現のタイミングをコントロールすることが可能である。しかし、ブランドエクイティという試算は研究者がいろいろトライをしていることは理解しているが、おそらく会計帳簿に載せるレベルの精度で計算することはおそらく不可能であると思う。わたしは、これを理解している経営者、CMOが非常に少ないと感じている。ここが、多くの企業でブランドマネジメントを行い、ブランドエクイティを継続的に向上するような施策ができない大きな理由のひとつであると思っている。

ブランドエクイティとは長期にわたって少しずつ積み上げるもの

ちょっと会計の堅苦しい話をしたので、ではなぜブランドがストックなのかということを考えてみたい。一番分かりやすいのがブランドエクイティの事例の最初に上げた認知度である。もちろん人間は一度覚えたことも忘れてしまうことがあるため、認知度が一度上がれば維持し続けられるわけではないが、一般的に企業が継続的に同程度の活動をしていれば、おそらくブランドの認知度というのはある程度維持され、ストックの資産となって積みあがる。その証拠に、新年度が始まった瞬間に前年までの企業認知度がゼロになって、すべての会社がゼロから認知を獲得しなおすなどということはあり得ないであろう。もしそんなことが起こるとすれば、世の中スタートアップが成功し放題である。さらに、新年度に前年度の認知度がある程度引き継げるということは、同時に前年度末の認知度は当然前年度1年間のみで獲得したものである可能性も著しく低い。同じように、以前にブランドエクイティの例として話した「安心感」のようなブランドイメージであったり、「価格プレミアム」についても同様のことは言えるであろう。

このように考えるとブランドマネジメントが長期的な施策である理由はご理解いただけるのではないかと思う。ブランドマネジメントに費やした費用やリソースというのは、今結果としては見えなくても、辛抱強く続けられれば、自分で気が付かないうちに少しづつ積み上げられていくものなのだ。企業の認知度が上がり、純粋想起の量が増えれば増えるほど、広告を使わなくても自社のサイトに自然流入のトラフィックが流れてくるなどというのは代表的な例である。その意味で、Full Funnel Marketingのパートでも述べたが、ブランド系の投資というのは会社に余裕がある場合を除いて、短期の成功を狙ってギャンブル的に一か八かで投資をすべきではないというのが私の基本的な考えである。

ブランドマネジメントに関する意思決定はCEOの仕事

そして、この辺まで理解できてくると、最後にブランドマネジメントの責任は誰が持つのかという話になる。CMOを長年やってきた私がいうのも責任放棄になる気もするが、結論から言うとCEOしかあり得ないと思う。多くの会社でマーケティングの責任者がブランド管理の責任者になっていることは多いと思う。もしくは、PRの責任者のこともあるであろう。その理由は、この2つの職種が企業としての対外的な情報発信、コミュニケーションを取りまとめていることが多いからであると考えている。その点ではなんとなく正しい気もする。ただ、その2か所を抑えれば、対外的なコミュニケーションは本当にコントロール出来るのであろうか?例えば、営業はどうであろう?営業は顧客とコミュニケーションを取らないのであろうか?例えば、ネット系のサービスであれば、マーケティングより、PRより圧倒的に顧客とのコミュニケーション量が多いのは自社が提供するWebのサービスそのものであるケースが殆どである。人事はどうであろう?人事は社内だけであろうか?いや、多くの企業で人事は採用活動で対外的に多くのコミュニケーションをしていることが多い。このように、企業から外部のステークホルダーにコミュニケーションをとる機会というのは基本的にはマーケティングと、PR以外で多く発生しているケースが殆どである。では、ブラント統括のための新しいCXOを作ればいいのだろうか?Chief Brand Management Office(CBMO)であろうか?私の予想はおそらくワークしない。なぜなら、この職責を全うしようと思うとほぼCEOと役割がオーバーラップしてしまうからだ(たぶん同じ理由で、CIOとかCISOという職種がまともに機能しているのを見たことがない気がする。。。)。結論、CEOがやるしかないと思う。もちろんかつての楽天での私のようにそれをサポートすることは出来るかもしれないが。

と説明すれば、論理的にはそうだよねと理解してもらえるかもしれないが、もう少し具体的に話さないと実感できないと思うので少し書いてみる。例えば、マーケティングの部署内だけを考えても問題は発生したりする。良くある話は、ブランドコミュニケーションを管理するとなると最初に作ったりするのはVI(Visual Identity)ガイドラインという、自社が作成する対外的なクリエイティブのガイドラインを作ったりする。CIガイドはロゴだけだが、VIはもっと広範にブランドクリエイティブの色使いであったり、フォントであったり、グラフィックの表現手法であったり広範囲な規をする。私のようにパフォーマンスマーケティングをがっつりやっていると、このVIガイドを作成して部下に提示すると、このガイドを真面目に守ると今パフォーマンス広告で回している勝ちバナーを全部変えないといけなくなるみたいな話が出てくる。まあ、全部は極端かもしれないが、ある程度入れ替える必要があるのでパフォーマンスが落ちるみたいな話は経験上10中8,9の割合で発生する。さあ、貴方ならどうするであろうか?この時急進的にブランドマネジメントを強化したいのであれば、答えはそれでもVIを守れとなる。しかし、それには足元のパフォーマンスマーケティングの成果は悪化することになる。それでも、言えるであろうか?この話は何を意味するかというと、短期の施策と中長期の施策のバランス、つまり、ブランドマネジメントの強化を短期を犠牲にしてでも急進的に行うのかという話である。ここで、VIを徹底的に守れといえるCMOは相当なCEOのサポートがない限り少ないと思う(これは自分も含めて)。

同じような話で、マーケティングを越えた例も考えてみよう。ある企業で、CRMのメールの配信量が多すぎて問題になっている。A社のサービスに登録するとスパムメールがいっぱい飛んでくるみたいなSNSの投稿も散見される。同時に、この企業では、営業の管轄で電話による会員顧客に対する連絡も頻繁に行われていて、こちらも同様に評判がわるい。ブランド管理責任者としてブランドマネジメントの強化をCEOより命ぜられたCMOはCRMチームに指示してメールの量を30%減らしてもリピーター獲得数の減少を5%程度に抑えられるという手法を発見し即座に実行に移すことにした。これを1か月運用したところ、SNSでの悪評もメールについては確実に減っている。では、次は営業に電話の量を減らせないかと営業本部長に相談しに行く。答えは、売上が下がるかもしれないので電話のCall数は減らせないと断られる。CMOの貴方はどうするだろう。もちろんCRMの事例などは話して説得するであろうが、おそらく営業本部長に売上が下がってもよいからやれとは言えないであろう。

具体例として、ぱっと思いつくことを書いてみたが、この2つ事例を見ただけでも、ブランドマネジメントというのは、総論賛成、各論反対になりやすい典型的な課題であることが理解出来るであろう。私の経験上、ブランドマネジメントの強化というのは、短期的にはマイナスに働くことが各論では非常に多い。なぜなら、そもそもブランドマネジメントとはストック型の長期施策だからである。このため、急進的にブランドマネジメントを強化するということは、短期のマイナスを許容するという事である。このトレードオフをどこで許容し、どこで許容出来ないかを判断出来るのは、全社を俯瞰的に見ているCEOにしかできない仕事だと思う。私がCMOの立場でその判断まで含めてやってよいと言われればやるが、おそらくその意思決定はCMOの職務権限の範囲を大幅に越えたものになっていると思う。

ブランドマネジメントを上手くできて、ブランドエクイティが向上することは、多くの場合その企業、サービスの中長期的な競争優位性の向上に寄与することが多い。しかし、その実現のためには相当な忍耐力を要するし、長期間の取り組みを行わなければならない。これを高い精度で意図的にコントロール出来ている会社は本当に稀だと思う。はっきり言って、私自身も出来たといえる事例があるかといわれれば存在しない。しかし、それをやり切った暁には、素晴らしい成果が待っている。その証拠のひとつが、何度か例に上げたルイ・ヴィトンなどのブランドマネジメントを行うLVMHのベルナール・アルノーがForbesの世界長者番付で2年連続で世界No.1になっているという事実であろう。ブランドものを定価で買うということをほぼしない私のような人間でさえ、同社がマネジメントしているブランドコミュニケーションというのは本当に徹底しているなと思う。私からは、当然それほどの成功事例はないが、いろいろ苦労してきたので躓きやすいポイントは理解しているつもりなので、次回以降にブランドマネジメントの具体的な考慮点について議論していきたい。