Full Funnel Marketingとは?

マーケティングにおけるFunnelとは?

このBlog内でも何度か登場しているFull Funnel Marketing(フルファネルマーケティング)についてここでは議論をしていきたいと思う。

まず、大前提としてFull Funnel Marketingとはどういう考え方かというのを考えていきたいと思う。そもそもFunnelとは、日本語でいうと「漏斗、じょうご」のことをさす。口の小さい瓶などに液体をこぼさずに入れるための道具で、理科の実験などで学生時代に使ったことがある方も多いだろう逆三角形の道具である。

Full Funnel Marketingとは、この漏斗の形になぞらえてつけられたネーミングで、概念を図式化すると、以下のようになる。

元々は最下層部の上向きの三角形の部分がなかった純粋な逆三角形の概念であったのでFunnelと名付けられていたのであるが、その点については後ほど説明する。

まず逆三角形の部分は大きく3つに分けられる。Upper(最上部)、Middle(中段部)、Bottom(下部)である。もっと細かく分けようと思えば分けることも可能であるが、余り複雑にしても分かりにくいので、ここでは3段階でシンプルに考えることにする。

まず、マーケティングの理論においては、人がものを買ったり、サービスを利用したりするまでに、何段階かのステップを経る考える。AIDMAという言葉を聞いたことがある方もいるだろう。A(注目、Attention)、I(興味、Interest)、D(欲求、Desire)、M(記憶、Memory)、A(行動、Action)という人が何らかの商品・サービスを認識してから購入するまでの心理的な流れとでも考えてもらえればよい。凄く分かりやすく言えば、人は何かものを買うときに、A:そもそもその商品を知り、意識がその商品に向かい、I:その商品に具体的に興味を持ち内容を理解する、D:その結果その商品を欲しいと思う、M:欲しいという欲求を購入するまで記憶して維持する、A:購入するくらいの5段階を経るよねという話である。現実には、例えばTVCMを見てその商品を欲しいと思いすぐにネットで購入してしまう場合などはこの5段階がほぼ同時に起こったりする。いわゆる衝動買いというやつである。ただ、その場合も一つ一つの時間が短く、深さも浅いかもしれないが、似たようなプロセスはおそらく脳内で踏まれているよねという話である。Full Funnelの概念は、このステップを上から下に流れるように表現し、しかもそれぞれの段階のユーザー数の概念を同時に表現したものだと考えてもらえればと思う。ちなみに今回3段階でシンプル化すると述べたが、主にMiddle Funnelの部分にI、D。Mの3段階を纏めてしまっているためで、これを全部分けて5段階とすることも可能である。

形が逆三角形になっている理由は、よほど特殊な例でない限り、AIDMAの5段階は最初のAから順番に数が少なくなっていくことを表している。これは普通に考えれば分かるであろう。例えばTVCMを配信したときに、A;CMを見て認知した人の数と、I:それに興味をもち内容を精査、理解する人の数を比較すれば、普通はIはAの内数になるため、A>Iの関係になる。それ以降も同様のロジックで5段階であれ、3段階であれ、そのステップを経て下に流れるたびにユーザーは零れ落ち最終的に購入するユーザー数は認知した人から大幅に減っているというのが一般的である。

AIDMAからAISASへ

勉強不足で、AIDMAを言い始めたのが誰か知らないが、おそらくこの概念はInternetが一般に普及する2000年前後よりだいぶ前にすでに存在していたと思う。少なくても私がマーケティングを始めた時にはすでに存在していたので、間違いないと思う。ただ、先ほどECでの衝動買いのプロセスでも話したように、ネット社会になって、このAIDMAに当てはまらない事例が増え、消費者の行動プロセスの変化が起きたよねということで、Version UpされたものがAISASというモデルである。AIは一緒で3段階目のSから変わってくる。S(検索、Search)、A(行動、Action)、S(共有、Share)という感じである。若い方からすると、DMAよりもSASの方がしっくり来るのではないだろうか。何かものに興味を持ったら、GoogleとかInstagramとかで調べて、よさそうだったら購入するみたいな行動プロセスがネットの普及で一般化してきた。そして、その商品が良かったり、単純に手に入れてうれしい、自慢したいみたいなときに、SNS等に投稿してShareしたり、Amazonや楽天で商品レビューを書いてお勧めしたりという行動が一般化してきたため、最後にShareという概念が追加されたという感じである。このため、当初はきれいな逆三角形でネーミングと概念図がほぼ一致していたものが、Funnelと言いながら一番下に上向きの三角形が追加されてしまっているという分けである。

Full Funnelの各段階を適切にコントロールする

ここまでで、マーケティングにおけるFunnelの概念はご理解いただけたと思う。では次のステップとして、Full Funnel Marketingについて詳細に理解していきたい。Full Funnel Marketingを一言で言えば、

「Funnelのすべての段階に対して適切な量と質のマーケティング施策を実施し、Funnel全体を適切にコントロールするマーケティング手法」

という感じである。ここで重要なのは、「すべての段階に適切な量と質のマーケティング施策を実施し」の部分である。マーケターが何らかのマーケティング施策をするときに、大なり小なりその施策はAISASの5段階に効果があるようなことが多い。しかし、その商品やサービスが置かれている現状において、現状何が問題で売れていないのかを正しく理解出来ていないとどの段階を改善させる施策をどの程度の量投下すれば良いのかが分からないし、今やっている施策のバランスが良いのかが分からない。Full Funnel Marketingというのはその全体の状況を理解したうえで、マーケティング施策の組み合わせを適切にデザインし、Funnel全体をコントロールしていこうということになる。

2パターンの家庭用ゲームソフトの事例

具体的な例で話してみよう。完全新作の家庭用ゲームソフトと毎年1本新作が20年間発売されている家庭用ゲームのスポーツゲームの二つを比較して考えてみよう。

まず前者の完全新作ゲームをFull Funnel的な視点で考えてみるとどのように理解出来るであろうか?まず、完全新作のゲームである場合、当然何もしなければ認知度はゼロである。世の中に存在していなかったのであるから、認知があるわけがない。このため、商品の認知を高める施策は必須である(Upper Funnel)。そのうえで、世の中には既存の強力な人気タイトルがたくさんあるのであるから、この新作ゲームが既存のものよりどのように面白くて、技術的に優れているのかなどゲームの内容もユーザーに理解してもらわなければいけない(Middle Funnel)。そして最後に、ゲームを面白そうだと思い始めているユーザーに購入するように最後の背中を押すための販促施策、例えば予約限定割引とか、予約者限定のオマケ施策などを行い、最終的に購入してもらう(Bottom Funnel)。最後に、買ってもらったユーザーにこのゲームは面白いと共有して、まだそのゲームに興味を持っていないユーザーにお勧めしてもらうために、SNSでのコミュニティマネジメント施策(Share)を実施する。つまり、完全新作のゲームは、Full Funnelのすべてのプロセスを抜け漏れなく行わないと販売数は伸びにくいと考えられる。

一方で20年続く老舗のスポーツゲームはどうであろうか?そもそも20年続いているということは、それなりの固定ファンを持っているということを意味している。もちろん前作から大規模に販売数を伸ばしたいという目標がある時などは別であるが、既存の固定ファン層に確実に購入してもらえば、一定数の売上は確保できるため、認知施策については、新作が今年もでますよということを確実に知ってもらう程度で問題ない(Upper Funnel)。固定ファンがついているようなゲームの場合おそらく最も重要なのは、今回の新作が前年の商品からどのように進化していて、今年も新作を買う価値があるのかを説得できるかどうかで、固定ファン層のうち何割が今年の新作を買ってくれるかが決定される。このため、今年度の新作の明確なアピールポイントの理解を促進する施策は必須である。また、この施策は自社商品の固定ファンだけでなく、競合商品がある場合はそのファン層に対しても差別化ポイントをアピールすることに繋がるかもしれない(Middle Funnel)。そして最後は販促施策であるが、ここも重視されるポイントである。固定ファンの理解が深ければ、どのような特典を販促施策として行えば最後の後押しになるかは理解しているはずなので、最後の一押しを販促施策で実施する(Bottom Funnel)。長年続いているタイトルであれば、当然SNSの公式アカウントや最近であればゲーム実況などをしているインフルエンサーがいることも多いため、コミュニティマネージャーはそのようなファンたちの良い情報拡散を促進する施策も実施する(Share)。

完全新作ゲームのFunnel
老舗スポーツゲームのFunnel

二つのFull Funnel施策を概念図で表現するとこんな感じになるのではないか。まず、完全新作タイトルの場合、Funnelのすべての段階でバランスよく施策を実施しなければいけない。このことは何を意味するかといえば、マーケティング予算を分散させなければいけないことを意味する。よほど会社として自信があるタイトルでもない限り、成功するかどうかもわからない完全新作のゲームに最初から大規模なマーケティング予算を投下することは稀なので、その少ない予算の中でバランスよくマーケティングをするとなると、マーケティング施策は必然的に商品のターゲットとなりそうな顧客に出来るだけ絞り込んで施策をしなければいけない。このため上部の逆三角形は非常に鋭利な形にならざるを得ない。その代わり最近は、インディー系のゲームのヒットタイトルに特にその傾向が強いが、そのゲームが本当に面白く品質が高ければ、商品販売後にネットなどの口コミで売上が一気に拡大していくことがある。このため、販売開始時のマーケティング予算が乏しい場合には、時間がかかることは覚悟で、Shareの施策にリソースを大量投下するなどの手法も考えられる。

完全新作タイトルで、大きな売りあげを上げようと思えば、全体のマーケティングの規模を大きくしなければいけないが、多くのゲーム会社はそのリスクを減らすために、例えば有名なIP(漫画やアニメのキャラクターの利用など)ゲームに固定ファンがいなくても、IP大規模な固定ファンがいる前提でその獲得を目指すことなどで、Upper Funnelの人数を増やし、Middle&Bottomに予算を投下したり、そもそも新作の売上目標を上げてマーケティング予算を拡大することで、Funnelの大きさを大きくすることを狙ったりする。

一方、20年続く老舗タイトルの場合は、20年蓄積した固定ファンはすでに存在するので、そこからどれだけ購入者に転換させられるかがポイントとなる。このためFunnelの形としては、Middle&Bottom層での離脱をどれだけ減らせるかがキーになるため、この2つに施策の重点が置かれる。このため、理想としてはMiddle&Bottomが鋭利な三角形ではなく、台形のような形になっていくのが理想である。また、当然固定ファン同士のコミュニティは存在するはずなので、その場合はShare部分でも大きな売上の拡大が見込まれる。

但し、このような毎年Up Gradeされるようなタイトル(ナンバリングタイトルと呼ぶ)の場合は、Middle Funnelで悪い評判が立ってしまったり、商品に前年から上積みが少なかったりすると、マーケティング的に出来ることは残念ながら非常に少ないため、過去作品や競合作品との相対的な商品クオリティが商品販売の成否に占める割合は大きい。

 今回は、一例として新作ゲームと老舗タイトルの比較でFull Funnelのバランスの違いを説明したが、同じゲームタイトルでも商品/ブランドライフサイクルの違いでこのように大きな差がでる。もちろん、Full Funnelのバランスはそれ以外にも、商品、サービスの特性、競合環境など様々な要因によって変わってくる。このため、やろうとすることは普通なことに聞こえるかもしれないが、よいFull Funnel Marketingのデザインをすることは、非常に難易度が高い。

次回以降は、Full Funnel Marketingを行う上で考えるべきポイントを紹介する。但し、何点か事前にご理解いただきたいポイントを最後に言及する。ひとつ目は、Full Funnel MarketingのUpper&Middle領域の具体的な施策の検討方法などは、私よりも伝統的マーケティングの手法で活躍されている方の方が遥かに経験値も知見も深いため、その点を詳しく知りたい方は、そちらで情報を得ていただければと思う。ふたつ目は、伝統的な手法について議論する代わりに、私からは、デジタルマーケティングを中心に行っている企業におけるFull Funnel Marketingというある程度限定されたテーマで話をするということである。ただし、国内外でいろいろな方と話をしてきたが、正直申し上げて、このエリアはまだまだ発展途上で、誰も正解に到達していないと思っている。少なくても私は納得のいくモデルやフレームワークの話を一度も聞いたことがない。そうはいっても、様々なトライをしてきたので、そのあたりの試行錯誤も含めて、皆さんに情報提供していきたいと思う。

メディアとのリレーション構築

日本のデジタルマーケティングは米国から1-2年遅れている

広告運用、パフォーマンスマーケティングの最後に、メディア、特に、Globalメディアとのリレーションの重要性について私の見解を述べたいと思う。ただし、この話を読んでも、実行できるのはある一定以上の広告費を使える企業に限定される話なので、まだまだ成長途上だという会社は、将来こうなれるようにということで参考にしてもらいたい。

日米で20数年デジタルマーケティング、特にパフォーマンスマーケティングをしてきて思うのは、残念ながら日本は少なくても米国の最先端の企業と比較して2年程度遅れている印象がある。最近は1年くらいに短縮されているのかもしれないが、タイムラグが一定あるのは事実であると思う。原因は、GoogleなどのGlobalメディアのサービスの日本向けのローンチが米国よりも遅い場合が多いことであるため、致し方ない部分もあるのかもしれないが。

いずれにしろ、そのような事実がある前提で、自社のパフォーマンスマーケティングのPDCAのクオリティを上げるために考えるべきポイントをここでは話したい。それはGoogleやMetaなどのGlobalメディアとダイレクトでリレーションを構築する重要性である。最初に広告費に言及したのは、現実的にはある一定規模の広告予算がないとメディア側も手厚いサポートを出来ないと思われるからである。

私がこのように考え始めたのは、やはりUSでの経験が大きい。USで仕事をして、日本のメンバーと話をすると、当初は残念ながら情報量に明らかに差を感じることが多かった。なかなか、日本だけでマーケティングをしていると感じられないことだったので、最初は少々驚いた記憶がある。

しかし、3年半後に帰国して、日本に帰国して早々に自社運用の規模を急速に拡大したことが原因だったような気がするが、Google Japanの営業チームと直接のリレーションができ、様々な情報交換や学びの機会を提供していただけるようになった。そのような交流を続けていく中で、自社のチームメンバーも私自身もGoogle社からGlobalの最新事例のキャッチアップの速度が早くなり、日米の情報格差の縮小を強く感じることができた。

Globalメディア企業には世界中の成功事例が集約されている

メディア別の説明をお読みになった方はご理解いただけていると思うが、残念ながらデジタルマーケティングの世界で、日本が世界をリードしている技術や手法というのは非常に少ない、もしくは、ほぼないのが現状である。しかし、先進国であるUSには、世界中の成功事例の情報が集約され、より多くの情報が活発にやり取りされている。日本国内で日本の最新事例を学んでいるだけでは残念ながらGlobalでの競争を勝ち抜くことは出来ない。日本のマーケターには是非海外の最新事例から学んでもらいたいと思っている。

そのための最も有効な手段がGoogleを始めとしたGlobalメディアと強いリレーションを作ることなのではないかと思っている。残念ながらデジタルマーケティングの世界というのは日進月歩なので、本を読んで最新事例を勉強することはできない。おそらく本になった時点でその情報は古くなっている。実は意識してこのBlogで最新の事例を紹介せずに、非常にベーシックで概念的な話を中心にしているのもそれが理由であったりする。

最新の機能や手法には積極的にチャレンジするチームを作る

あまり勝手なことをいうとGoogleの方に怒られるかもしれないが、私のお勧めのリレーションの作り方は2つである。まず、提供される学びの機会には可能な限り全部参加すること。二つ目は、彼らが紹介してくれた新商品はとりあえず試してみること。この2点は多少無駄もあるかもしれないが、1)日本のトップランナーになるチャレンジをし続けるという実質的な効果と、2)最先端のパフォーマンスマーケティングにチャレンジするチームであるということをメディア側にアピールする良い機会であると思っている。

そのような取り組みを続けていれば、必ず自社のチームメンバーの目線も高くなり、目指すべき理想の姿も洗練されたものになる。はっきり言って、損になること何もないと思うので、是非積極的にチャレンジしてもらいたい。

メディア・広告手法の紹介

次に、主要な広告メディアの紹介を私の独断と偏見からのコメントと共にしたいと思う。あくまで参考程度の情報として使っていただきたい。

Google

パフォーマンス広告という分野を作り出し、Globalで圧倒的なトラフィックのコントロール力を持ち、今なお進化を続けているという意味で、やはりこの業界のKingであるのは間違いない。怖くて計算したこともないし、今後もするつもりもないが、2002年以来自分の部署や会社でGoogleへいくら広告費を支払ったかを考えるとちょっと怖くなる規模である(数百億円の後半には確実になる。。。)。

Googleはブラウザ系の広告メニューとアプリインストール系の広告メニューで構成がだいぶ異なり、私の場合は3年以上アプリ系は深く関わっていないので、前提はブラウザ系のメニューを中心にコメントする。

リスティング広告

私のこれまでの経験から、Googleが様々なメディアを持ちつつも、広告のターゲティング精度で圧倒的な差別化を実現できている背景には、リスティング広告を持っていることが一番の要因であると思っている。ChatGPTが検索系のトラフィックを大幅に奪うなどの業界地図の変更が起こりでもしない限り、もうしばらく現状の優位性は続きそうである。

リスティング広告はの最大の特徴はターゲティングを細かく設定できることである。ターゲティング精度の高いセグメント(例えば、看護師の例で活用した 「看護師 転職 東京」のような)で獲得したユーザーは獲得後の転換率も非常に高い傾向が強いため、他の媒体よりも高いCPAを設定して獲得することも多い。

一方で、精度高く運用してパフォーマンスを最大限発揮しようと思うと高い運用スキルを要求される。このため、私はリスティング広告を精度高く運用することが出来るかどうかで、メンバーやその会社のパフォーマンスマーケティングの運用スキルのレベル感を判定する材料としている。

私の過去経験では、パフォーマンスマーケティング系の広告予算はリスティング広告中心に配分することが多く、例えばリスティング広告で広告予算をすべて消化することが可能な場合などは、100%近くリスティングで予算を使ってしまうようなケースも珍しくない。

ディスプレイ広告(GDN、SDC、Find等)

イメージとしては、リスティングとYoutube以外のGoogleの保有する広告面をネットワーク化して、Googleの内外に幅広くバナー広告を配信する商品群であると理解して問題ない。その中でGoogle保有サービス面に限定して配信したり、外部媒体を中心に配信したりなど、メニューの違いはあるが、その辺はGoogle社のサイトなどを確認してもらいたい。

基本的にターゲティング設定以外は細かな運用レバーはなく、AIの最適化が上手くいくのを祈る感じのメニューである。印象としては、いい時と悪い時の差が激しく、安定性にかける印象が強い。このため、余り予算配分を大きくしすぎると、いきなりアカウント全体のパフォーマンスがGoogleのディスプレイ系の広告に引っ張られて良くなったり、悪くなったり変動するので、注意が必要である。

Youtube

動画系のクリエイティブを回す媒体としては圧倒的なトラフィックを持っているメディアである。最近ではコネクテッドTVといわれるインターネットに接続されたTV画面でYoutubeをみる人も確実に増えており、以前のようにスマホで見られる動画メディアという位置づけからもここ数年で相当変わってきている印象である。

最近ではYoutubeを使ったパフォーマンス系の広告メニューも登場しているが、リスティング広告と比較してもパフォーマンスを維持して活用出来る予算額は限られており、別途議論するFull Funnel系の施策の活用メディアとして最も有効である。

アプリキャンペーン・P-Max

最近のGoogleのトレンドの商品で、AI任せで広告主は細かい運用は考えなくても良いですよという感じのメニューである。上記3つの広告メニューすべてにおいて、AIがクリエイティブ、ターゲティング、予算配分などを自動的に判定して運用をしてくれる感じである。つまり、一つ一つのメニューについて細かい運用を広告主がする必要がない(または、出来ない)。

私の理解では、Googleは、パフォーマンスマーケティングをスキルのない人でもお手軽に広告出稿が出来る正解を目指しており、その主力となる商品である。このため、Googleが現状メインで推進しようとしている商品ラインであると理解している。

しかし、ここまでで議論してきた通り、人間が精緻にPDCAを回して運用しているアカウントと比較してAIお任せの運用の方が良くなるケースはまだ稀な印象は正直ある。

その意味では、まだ初心者向け、リスティング等の補完目的の商品であると考えている。現時点では、本商品を運用するだけで業界最高レベルのマーケティングチームを作るというのは厳しいと思う。

Yhaoo!

基本的にはGoogle同様にリスティング広告中心のメディアであるという位置づけ。YahooとLineの合併により将来的にもう少し状況は変わるのかもしれないが、少なくても2024年時点ではその印象に変わりはない。

リスティング広告については、トラフィックはGoogleにかなわないが、商品の特性上高いターゲティングの精度を実現することは可能な認識で、Googleで予算が使いきれない場合優先して検討してもよい媒体である。

YDN等のディスプレイ系のメニューについてもGoogleのディスプレイ系のメニューと似たような印象であるが、申し訳ないが存在感は薄いと言わざるを得ない。

Meta

FacebookとInstagramが2大メディアとなるが、広告運用上はこの2つのメディアを分けて議論をすることは少ない。もちろんインフルエンサーマーケティングなどの文脈では、圧倒的にInstagramが優勢であるが。

Meta系の媒体の利点はGoogleについでトラフィック量を持っているため、ある程度規模の大きな予算の消化が見込める点と、AI技術が日系メディアとの相対比較で高そうに見える点である。一方で問題点は、リスティング広告と比較するとどうしてもターゲティングの精度に限界があると言わざるを得ないということである。リスティング広告は、ユーザーが特定のキーワードで検索したというドンピシャのタイミングでタッチポイントを作れるが、MetaをはじめとするSNS系の媒体は、おそらくユーザーのターゲティングはそれほど精度が低いわけではないのだと思うが、タッチポイントとして広告を表示するタイミングのコントロールがほぼ不可能な印象で、その差において広告のクリック率やクリック後の転換率に差が出てきてしまう。また、プロアクティブなリスティングに対して、どうしてもパッシブな広告配信になるため、ユーザー獲得後の利用意向も相対的に低くならざるを得ない。但し、リスティングはプロアクティブに行動するレベルの熱量のユーザーにしかアクセスできないのに対して、Metaで大きな予算を使えれば、リスティングではアクセスできないユーザー層にアクセス出来る可能性もあり、その意味では利用価値の高い媒体であるといえる。

注意点は、顧客獲得後の転換率をきちんとトラッキングして、適切な新規獲得CPAの設定を行うことである。

Line

パフォーマンス広告の特徴としてはほぼMetaと変わりがない。異なる点としては、おそらくユーザーの構成なのではないだろうか?コミュニケーションツールとしてのLineの日本国内での普及率は圧倒的で、老若男女使っていない人はほぼいないのではないかという印象である。このため広告配信をしていても、比較的年齢層が高めのユーザーが取りやすい傾向にある。自分も50歳にそろそろなるので、余り言いたくはないが、印象として年齢層が高めのユーザーというのは広告慣していないケースが多いのか、若年層ユーザーに比べてCTRが高い印象で、そうすると自然と高年齢層に広告配信セグメントがよっていってしまうことが多い気がしている。これは、Lineが広いユーザー層を抱えているから起こる現象な気もするので、広告主としては、Metaと同様の使い方をしつつ、特に他のGlobalメディアではアクセスできないユーザー向けのタッチポイントとして利用することは有効な気がする。

アフィリエイト

アフィリエイトというのは、具体的なメディアではなく、広告手法の名称である。世の中にあるWebサイト向けに固定広告単価を設定して、獲得一件につき〇〇円とか、購入金額の〇%などのようにして、ユーザートラフィックを流してくれた媒体に手数料を支払うモデルである。代表的な例としては、クレジットカードの比較サイトとか、カードローンの比較サイトのような媒体はアフィリエイトサイトとして収益を得ている場合も多い(ちなみに23年の景表法の改正で、アフィリエイトサイトのステルスマーケティングの規制が厳しくなったので、アフィリエイト広告を表示している比較サイトにはどこかにその旨が表記されている)。

アフィリエイト広告の広告主としての利点は主に3つである。ひとつは固定単価性であることが殆どなので、広告運用上の新規獲得CPAの変動を抑えられることにある。一般的にアフィリエイト媒体側は広告でトラフィックを買っていることが多いため、パフォーマンス広告の運用リスクをアフィリエイトサイトが持つ代わりに自社で広告運用するよりもCPAの固定額を多少割高にすることも多い。2つ目の利点は、各サイトのトラフィック量は基本的には媒体力に応じて極端に変動することが少ないため、一定量のトラフィックを安定して確保することがしやすいことである。3点目は、ステルスマーケティング規制が強まり若干効果は薄れつつあるかもしれないが、比較サイトをはじめ第3者目線で商品、サービスの説明をしてくれているコンテンツであるため1人称で配信される通常の広告よりも新規ユーザー獲得後の購入転換率が高い傾向にあることである。

アフィリエイト広告の上記で示した3つの利点はパフォーマンスマーケティング担当者としては、非常に有用性が高いため、アフィリエイトの手法が盛んな商品、サービスなどでは、広告とは別の激しい単価のつり上げ競争になる場合がある。アフィリエイト媒体側は基本的には自社の広告収益を最大化することが目的であるため、成果単価を高くする、サイト上での広告クリックからの転換率を高くするなどの改善を図ってより目立つ場所に自社の広告を表示するように交渉するということが主な改善手法である。

アフィリエイト広告には大手デジタル系の広告代理店以外にも専門代理店がいくつか存在するのと、アフィリエイトサイトを束ねるASPと呼ばれる事業者が存在するので、興味がある方は相談してみてもよいかもしれない。

メディア毎の特徴を知る

概論としてパフォーマンマーケティングの内容はここまででだいぶ理解していただけたかと思う。ここからは、日々の運用を行っていくうえで、現在主流の広告メディアや、広告手法について抑えておくべきポイントを説明する。

私がパフォーマンスマーケティングを行うときに、媒体選定の際に考慮する媒体の特徴は主に以下の3点である。

  • メディアが保有しているデータを想像する
  • 自分が獲得したいユーザーをメディアのAIがどう探そうとするか想像する
  • メディアのAIの賢さのレベルを想像する

メディアが保有しているデータを想像する

パフォーマンスマーケティングにおいて広告の最適化を行うAIがどのように動いているのかは以前に説明したが、おさらいするとこんな感じである。広告主は、どのようなユーザーをいくらで、どのくらい獲得したいかという情報をキャンペーンの設定条件として指定する。以前の例でいえば、新規獲得CPA〇〇円で20代の顧客を取ってきてくれというような指示である。これに対してAIは、20代の年齢のユーザーに対して様々なクリエイティブやターゲティング、表示場所などの組み合わせで広告を表示してみて、CTRが高い顧客、CVRが高い顧客などのサンプルを収集して、そのユーザーの共通項を自社の保有するデータから割り出す。そしてその共通項をもつユーザーに絞って広告配信をしてユーザーを獲得してサンプル量を増やし、共通項の分析精度を高めていく。

このプロセスを見ていくと、AIが最適化を実施するにあたって活用しているデータは大きく2種類あることが分かる。ひとつは、広告主がこういうユーザーを獲得したいと指示を出すときに提供する顧客の特徴を表すデータである。それは設定のための目標数字であったり、実際に成果として認識された顧客を特定するデータであったりである。そして、もう一つのデータは、広告主から提供された顧客に基づいて、ターゲットとするユーザー像を絞り込んでいく分析に活用されるメディアが保有している情報である。

そして、当然ではあるが広告メディアのターゲティングの精度とメディアとしての特徴は、後者のメディアが保有する情報の違いによって生まれることになる。

 といっても、余りイメージがしにくいと思うので、少し具体例を上げて説明したい。ちなみに、以下で私が述べる媒体ごとの特徴や活用データについての見解は、各メディアが公表しているわけではなく、私が長年ユーザーとして活用している中で傾向として感じていることである。どのデータをどのように入手し、どの範囲で使っているかはおそらくメディアの社内でも一部の人しか知らない相当な機密情報ではあると思うので、正解をしることはおそらく不可能だと思うので、そのレベルの意見だと理解したうえで、参考になりそうな部分を活用していただけたらと思う。

例えば、パフォーマンスマーケティングの具体事例の中で年代別のターゲティングについて言及してきた。年齢、性別などは、いわゆるデモグラフィックデータといわれ、マーケティングのセグメンテーションの手法としてはかなり昔から使われているユーザーターゲティングの分類手法である。しかし、例えば年齢というセグメンテーションの正確性についてもメディアによってかなり異なる。例えば、GoogleとFacebookを比較して考えてみよう。おそらく、Googleの数あるサービスの中で、ユーザー数が多いものをピックアップすると、こんな感じだと思う。検索、Gmail、Youtube、Google Play、Google Map、、、Googleのメニューアイコンに並んでいる順番をみても、たぶんそれほど外れていないと思う。では質問。これらのサービスを利用するにあたって貴方はGoogleに貴方の年齢を教えたであろうか?私の記憶ではたぶん年齢は聞かれていない気がする。YouTubeなどのChild設定的なもので子供の年齢を設定したことなどはあるかもしれないが、普通の成人ユーザーはわざわざ年齢の情報を提供していないと思う。

一方で、Facebookはどうだろう。こちらはFacebookのアカウントを作る時に必須かどうかは忘れたが、大抵の人は生年月日を登録している。よく誕生ににおめでとうコメントがたくさん届いたりするのは、貴方がFacebookを登録するときに自分の生年月日を教えたからである。

と考えると、GoogleとFacebookでは一番簡単そうに見える年齢層別のターゲティングの正確性に違いが出そうな気がするが、私の経験では事実年齢別のターゲティングの精度などはFacebook系の媒体の方がGoogleと比較して正確な印象を持っている。たまにGoogleの広告が配信されているユーザーの年齢セグメントの情報など確認すると、半分とは言わないが結構高い割合のユーザーは年齢層不明にカテゴライズされている。

では、ユーザーがどのようなことに最近興味を持っているかを特定するためにはどのようなデータを活用しているであろうか?おそらくGoogleで最も重視して活用されていそうなデータは検索語句の履歴なのではないかと思う。このデータはユーザーがプロアクティブにテキストで検索語句を入力していしているということなので、ユーザーの強い意志を反映したデータであることが多いからである。それ以外には、Googleの提供する様々なコンテンツ例えばYoutubeやNewsなどで閲覧しているコンテンツの内容によってその人の趣味嗜好を把握しているかもしれない。例えば、私であれば野球のYou Tubeコンテンツや冬であればスキーのレッスン動画のようなものをよく見ているので、そのあたりのスポーツ好きのユーザーであると認識されているかもしれない。例えばGoogleMapで見られている地域情報をみれば、少なくとも私が日本の関東圏に住んでいる人間であることも予測出来るであろう。

おそらくFacebook系のようなSNSメディアにおいても、そのユーザーがフォローしているアカウントの配信コンテンツの内容の傾向やLikeボタンをタップした投稿の内容の解析などから、その人の趣味嗜好は把握している気がする。場所を特定して投稿するケースが多いInstagramなどでは、ある程度エリア情報の特定も出来ている気がする。

一方で、Googleが得意でSNSが不得意そうなターゲティングもある。例えば、私が直近まで働いていた特定職種の転職需要のようなターゲティングである。例えば、あるユーザーが「看護師、転職、東京」などと検索すれば、相当高い確率でその人が看護師で東京近郊で転職先を探していると推測してもよいと言える気がする。しかし、もちろん人にもよるが、看護師の人でもプライベートの時間まで看護の仕事に関わる情報や転職にまつわる情報をSNS上で調べているということは多くないため、SNSメディアは、相対的に特定職種の転職に興味があるかどうかを知る情報は持っていないように私は感じていた。

ここで説明した事例は、あくまでごく一部であるし、正解かどうかは知る由もないが、おそらくそれほどずれてはいないと思う。

繰り返すが、ここで説明した内容は私の経験に基づく想像で、メディア側は教えてくれない内容である。では、どうすれば、これらの情報を精度高く想像できるようになるのであろうか?パフォーマンスマーケティングの運用の仕事をしようと思う方は、自分が広告配信をする媒体はある程度ユーザーとして利用しておくことは必要であると私は考えている。それぞれのメディアを利用しながら、どのようなデータを自分がいまメディアに提供しているのかを使いながら考えてみると、ここで私が想像しているようなことがわかると思う。それ以外にも、実際にメディアを利用しながらターゲティングの方法を推測する良い方法として、自分に配信される広告の内容をみて、なぜその広告が自分に配信されているのかを考えてみるのも大変参考になる。

どんなに賢いAIも保有していない情報は間違いなく分析できない。それぞれのメディアがどのような情報を蓄積し、活用していそうなのかを予測しながら媒体ごとの特徴の理解を深めてほしい。

自分が獲得したいユーザーをメディアのAIがどのように探そうとするのかを想像する

前述のメディアごとの保有データの説明で、看護師の転職ユーザーの話をしたので、この例をもとに、メディアのAIがこのターゲットユーザーをどのように探すのか想像してみよう。しつこいが、これは私の想像で、正解かどうかは分からない。

一つ目の方法はGoogleやYahooのような検索機能を持っているメディアであれば、「看護師 転職 東京」の検索をしたユーザーが有力なターゲットになることはほぼ間違いない。次に有力そうなユーザーは、例えば看護師専門の転職サイトを閲覧した履歴はどうであろう。これも少なくても看護師で転職に興味があるという推測は出来そうである。では、IndeedやDodaのような看護師に限らない転職サイトの閲覧ユーザーはどうであろうか?これは転職には興味がありそうだが、看護師である確率は低そうである。では、看護師の仕事着や仕事で使うツールの通販サイトの閲覧者はどうであろう。今度は看護師である可能性は高いが転職したいかどうかが分からない。しかし、一般転職サイトと看護師用品通販サイトの両方の閲覧履歴があれば可能性は格段に高くなる。次に、看護師は女性比率が圧倒的に高いため、コスメ系のサイトの閲覧者はどうだろう。もちろんこのセグメントは看護師も含まれているのは間違いないが、看護師でもなく転職に興味のない人に大量の広告が配信されてしまうので、パフォーマンスは悪そうである。

このように、ちょっと考えただけでも、東京で転職したい看護師を膨大なWebユーザーの中から絞り込んでいく方法はいろいろ思いつきそうである。ここに挙げた例は、相当ストレートな具体例になるが、AIに膨大な学習データを渡すことが出来れば、私の想像では思いもつかないような東京で転職したい看護師を特定するための共通の条件などが見つかるのかもしれない。

この例は、なんとなくGoogleの自社サイトとアドネットワークのような外部媒体も含む広告ネットワークの情報を同時に活用出来るケースを想定して書いた。では、このうちSNSサイトのような自社のメディア内の情報を中心にターゲットをしなければいけないメディアで、実現出来そうなターゲティングの手法はあるだろうか?閲覧サイトの組み合わせのような情報は彼らは殆どもっていないと予想されるので、じつは殆ど実現できない手法となる。おそらく彼らは自社に蓄積されている大量の投稿データやアカウントデータを詳細に分析してコンテンツ毎、アカウント毎のラベリングのようなことはしていそうな気がするので、上記の例でサイトというワードを投稿/アカウントと置き換えればそのまま使えそうな気がするが、その精度とデータの保有量には私の勝手なイメージでは結構な差が出て来そうな気がする。

自分がターゲットとするユーザーを獲得しやすいのはどのような媒体かを考えるとき、各メディアの保有データを検討したうえで、ここで例に挙げたような自分であったらどのようなデータを使ってターゲティングするのかなど考えてみると、媒体のポテンシャルが想像出来るかもしれない。

メディアのAIの賢さのレベルを想像する

自分で書いておきながら申し訳ないが、メディア毎のAIの賢さのレベルを想像することはなかなか難しい。なぜなら、広告運用のパフォーマンスを見ていても、パフォーマンスを左右する要素は、キャンペーンの構成、予算設定、ターゲティング設定、クリエイティブ、競合環境など、AIの精度以外にも多くの要素があり、AIの精度、賢さを切り分けて比較することが非常に難しいと感じるからである。

しかも、AIというのは中身を想像することは出来ても、多くの場合利用者に対してはブラックボックスであることが多いため、実際になにを行っているのかを知ることも困難である。

このため、完全に独断と偏見による私の印象となってしまうが、残念ながら日系のメディアよりはGAFAとわれるGlobalメディアの方がAIの精度は高いというのが私の第一印象である。理由は2つで、客観的に見ていても、まずサービスの開発に投入しているエンジニアの質と量が日系のメディアと比較して大きな差がありそうであるという事実。そして、これはデータが先か、AIが先かという話にもなるが、Globalでサービス展開しデータを保有する企業と、ほぼ日本のみでサービスを提供する日系企業では、AIの学習量が圧倒的に違うため、どうしてもAIの賢さに差が生まれてきてしまっている印象を受けている。

なぜ、このような曖昧な話をわざわざするのかといえば、もし日系のメディアでの運用が上手くいっていないときに、AIにやらせようとしている広告最適化の条件が複雑すぎないかということは常に念頭に置いておくべきだと思うからだ。AIの学習精度はAI自体の精度とデータの量と質により決まると基本的には考えているが、それぞれの要素で劣っているメディアに他のメディアでやっても上手くいかないような複雑なターゲティングの運用をさせても上手くいく可能性は基本的に低いと考えたほうが無難であるからだ。もちろんPDCAで小規模に試すことは全く問題ではないが、あまり深追いすることはリスクを伴うと考えたほうがよい。

ここまで見てきたように、デジタル広告のメディアといっても、それぞれのメディア毎に得意不得意があり、AIがなんでも解決してくれるという期待も過剰であるというのが実態である。現実的には、お金を使ってテストマーケティングをして、自社の広告運用にそれぞれの媒体が適しているのかどうかを少しずつ試していくしかないのであるが(当然論理的に上手くいかなさそうでも、良い結果が得られることもあるので)、改善スピードを上げるための優先順位付けであったり、運用開始後のPDCAを回すディレクションの選択の精度を上げるために、今回議論した内容の理解は重要であると考えている。

パフォーマンスマーケティングで競合に勝つためのマーケ以外の改善

マーケティングのみの努力で改善できるのは短期施策である

パフォーマンスマーケティングの概略はここまででだいぶ理解いただけたかと思うが、概略の最後にもう一点だけ重要なポイントを説明してより詳細な議論に入っていきたいと思う。

マーケティング部門の基本的な役割は短期的にはマーケティング施策以外の前提は所与のものとしてパフォーマンスを最大化することであるが、中長期的な視点で競合との優位性を確立するためにはマーケティング部門の努力だけでは限界がある。前回、その一例としてデータ入力と蓄積がAI時代においては重要であることは説明したが、AI化以前から変わらない非常に重要なポイントがある。特に、自社の対面するマーケットに自社と同種の企業が複数存在するようなサービス系のビジネス形態においては、非常に重要なポイントとなるため、参考にしていただければと思う。

自社サービスより改善された競合が出てきたときにどう対応するのか?

具体例で説明するほうが理解しやすいと思うので、以前に使った、ゲームタイトルの年代別の新規獲得CPAと購入者転換率の表を再利用する。

この数字は、購入者CPAの目標を15,000円に設定したときに年代別の平均購入転換率をもとに目標とする新規獲得CPAを算出したものである。当然、購入者CPAが一定であれば、購入転換率が高い年代層は新規獲得CPAを高く設定できるため、新規獲得が相対的にはしやすい傾向にあるといえる。

この表は、あくまで自社の1タイトル(以下、タイトルAと呼ぶ)の中での年代別間の比較の数字である。私がこのタイトルAの担当者であれば、おそらく新規獲得CPAが相対的に高い20-30代の獲得を出来る限り拡大して、そこで限界点が見えたら広告の配信単位を40代→50代以上という順番で広げていき、全体の新規獲得数を増大させて行くというようなプランを立てる。

では、このゲームタイトルAにターゲット層やゲームのジャンル、アートテイストも近いしい競合タイトルBが登場したと仮定してみよう。当然、そのように競合性が高い新規タイトルであれば、今後の新規獲得のパフォーマンスマーケティング施策においてバッティングが発生する可能性は非常に高い。

このとき、今度は競合タイトルBのマーケティング担当者に立場を置き換えて、同様の数字の分析結果を見てみよう。

競合の新規タイトルBは、開発当初から先発の競合タイトルAを詳細に研究し、購入転換率のボトルネックを発見、改善を施した設計になっているため、購入転換率は先発競合タイトルの2倍になっている。

もちろん、それぞれのタイトルの担当者は相手の数字は見られないので、相手がどのような状況なのかは分からない。

では、広告の運用スキルやタイトルの認知度やレビューのスコアなど他の条件が同等程度だと仮定したとき、どちらのタイトルの方が新規顧客の獲得を多くできる可能性が高いだろうか?答えは簡単で、当然タイトルBの方が新規獲得がしやすく、普通に考えれば中長期的にはタイトルAは規模を縮小し、タイトルBがその市場での勝者となる可能性が高い。

なぜそのような予測が出来るかといえば、タイトルBの購入転換率が倍となった結果、同一の購入者CPAの設定である場合、新規獲得CPAの目標値を倍に設定出来るからである。

では、もう少し具体的に、後発のタイトルBの担当者が目標新規獲得CPAのとおりの数字で、ゲームタイトルAと同様のキャンペーン構成(今回は分かりやすく、年代別キャンペーンとしよう)で、パフォーマンス広告を運用しだすと、市場はどのように変わるであろうか?以前に説明したとおり、現代のデジタル広告の価格決定モデルはオークション型である。このため、これまでタイトルAが設定していた目標CPAの倍の設定をしてタイトルBが広告配信を開始すると、基本的にはそれまでAが表示されていた広告表示スペースはすべてタイトルBに置き換わり、タイトルAの広告は例えばリスティング広告であれば検索結果ページの1番目の広告として表示されていたものが、2番目に表示されるというように、1ランク低い扱いとなり、露出量とその質がおちるという状況が起きる。実際には、タイトルB開始以前の機械学習データの蓄積の効果などで、一瞬にして入れ替わるということは起きにくいが、中長期的にはほぼ確実にそのような状況になると予想される。

このような状況になると、タイトルAの新規獲得数はほぼ確実に減少することになる。一方で、タイトルBはこちらもほぼ確実にタイトルAよりも多くの新規ユーザーを獲得し続けることが可能となる。その差は、実際にやってみないとなんとも言えないが、このような状況が続けば確実にタイトルAのビジネスは縮小基調となり、逆にタイトルBは拡大を続けていくことになる。

では、このような状況で、タイトルAが新規ユーザーの獲得をもとに戻すためにはどのような手段があるだろうか?簡単に思いつく方法は新規獲得CPAの目標値の設定をタイトルBと同程度まで少なくても引き上げることである。しかし、この方法は明確な問題がある。購入転換率が現状のままであれば当然購入者CPAは現状の倍になることは確実である。さらに、実際には、タイトルBが何も対抗せずに新規獲得数の現状を受け入れない可能性もあるため、そのようなケースにおいては新規獲得CPAと購入者CPAを倍にしたにも関わらず以前の新規獲得数まで回復しない可能性の方が高い。このような状況になると、タイトルAはマーケティング効率の著しい悪化と売上減が同時発生して、急速に売上・利益が悪化していくことになる。このため、この手法はよほどタイトルAの売上を維持しなければならない特別な理由がない限り、普通の合理的な経営者であれば、許容しないであろう。・

そうなると、このタイトルを復活させるための方法はひとつしかない。購入転換率をタイトルBを参考にするなどして、ゲームを大幅に改修し、なんとか現状の倍、タイトルBと同程度まで改善する。これを実現できればタイトルBと同程度の新規獲得CPAでも収益性を維持できるようになる。このようにすれば、市場を分け合う形になるので、以前と同数の新規ユーザーは獲得出来ないかもしれないが、単純に新規獲得CPAの目標値を倍にするよりは遥かによい改善策と言えるのではないだろうか?

事例としては非常にシンプル化されたもので、実際にはこれほど極端に調整が行われるわけではないが、現状のデジタル広告のアルゴリズム上、この事例と似たような状況は実際の市場においても確実に起こると考えるべきである。

中長期のマーケの成功は自社の商品・サービスの優位性に依存する

その前提で考えると、この事例はパフォーマンスマーケティングの中長期的な改善における非常に重要な示唆を与えてくれる。私の立場でいうのは非常に残念であるが、マーケティングの中長期的な成功の根本的なカギは、マーケティングの運用よりもサービス自体の競合との相対的な収益性・LTVの関係性で決まってしまうということである。もちろん、実際には、それだけで決まらないように、ここで議論しているような様々な手法を駆使して、マーケティング自体での優位性の創出を図る努力をマーケティング部門でも行うのは当然であるし、別途議論するFull Funnelマーケティングの手法を駆使するなどして、パフォーマンス領域だけで競争しない環境をつくるなど出来ることは当然ある。しかし、今回の事例のようにサービスの収益性に2倍もの差があるという状況になってしまうと、マーケティングの改善努力だけではおそらく時間稼ぎはできても、中長期的な競争優位性を維持することは困難である。

ここで示したような極端でシンプルな事例で順序だてて説明すれば、私の主張に反論する方は殆どいないのではないかと思う。少なくても私には反論が思いつかない。しかし、ビジネスの現場においては競合の数字が今回の事例のように明確に比較できないため、この事実が見過ごされてしまうことが多い。その結果はどうなるのかといえば、マーケティング部門は自分ではどうしようもない改善目標を背負わされ、目標の未達が続き、他部署からのプレッシャーを感じ続けながら仕事をせざるを得ないという理不尽な状況が固定化してしまうのである。

正しいKPIでPDCAを回すことで競合の動きも見えてくる

では、このような状況にならない、または、緩和する方法はあるのであろうか?実は、その方法論はすでに提示済みである。まず最も重要なことはマーケティングのゴール設定である。マーケティングのゴールを必ず売上・利益と連動させ、マーケティングのパフォーマンスの状況を集客のパフォーマンスと集客後のサービスクオリティ・オペレーションに関わるパフォーマンスに切り分けて、双方を継続して観察し続けることである。タイトルBのいきなり倍の効率で新登場する競合サービスのような事例は現実に多発することはないかもしれないが、集客手法やサービス内容に殆ど手を入れていないのに集客後のパフォーマンスが継続的に悪化するような場合においては、より顧客満足度の高い競合サービスが市場に参入しそれなりの規模のシェアを取り始めている可能性等にいち早く気が付けるかもしれない。

次に見なければいけないのは、自社の直面している市場の分析を継続して詳細に把握するということである。これを継続的に行っていれば、競合企業の絶対的なCPAの数字を入手は出来ないが、競合がそれ以前よりもCPA水準を上げてきているかどうかの期間的相対評価と、自社と競合との現時点での相対的なCPAの関係性は、ある程度理解できることが多い。競合が明らかに自社よりも高いCPAで顧客を獲得しているような場合においては、自社の集客後の収益転換率が競合に比べて相対的に弱い可能性が高いと考えるべきである。

最後に、上記2点について社内で論理的に説明できるようにするために、自社のパフォーマンスマーケティングのPDCAのクオリティを競合と比較して圧倒的に高くして、マーケティング部門の自助努力だけでは改善に限界があるということを社内で理解、納得してもらうということである。具体的には、特に手っ取り早い方法はなく、このBlog全体の議論しているようなことを、漏れなく、妥協なく、一歩一歩やっていくしかないわけではあるが。

パフォーマンスマーケティングは、データとAIが完全にコントロールしている究極にロジカルな領域であるため、その市場で打ち勝つためには、合理的に勝てる要素を積み上げていくしかない。そのためには、ここで議論した競合企業との相対的なサービス自体のクオリティ、パフォーマンスの差は決して無視してはいけないものである。

もちろん、最初にやるべきはマーケティング部門完結で改善できるポイントを徹底的に改善しつくさなければならない。しかし、それだけでは中長期的な優位性を築き、事業を成長し続けさせることはできないのである。

AI化が進むデジタル環境でのデータの役割

デジタル広告で行われているAIとの対話

前回までで、パフォーマンスマーケティングの基本的な考え方と、具体的な実践法の考え方を詳細に検討してきた。その中で学んできたことは、売上・利益を最大化するための正しい運用KPIを設定して、それを最適化できる広告運用アカウントのキャンペーン構成を作り、そのキャンペーンにおいて、AIに十分な量の学習データを提供し、機械学習を効かせて、最適な広告のパフォーマンスを実現するということであった。

 そこまで理解したうえで、再度このAI化が進むデジタル広告の環境においてデータがどのような役割を担い、マーケティングのパフォーマンスを左右するのかを考えてみたい。

まず、大前提として、AIが最適化を行うパフォーマンスマーケティングにおいてデータと広告パフォーマンスの関係を概念的に示すと次のようになる。

前回説明した3つのパターンのパターンにおいても広告主が行っている事というのは、メディアのAIにどのような条件の顧客が購入者に転換する可能性が高いのかというメッセージをデータとして提供し、AIはそのデータに基づいて、膨大なユーザーの選択肢の中から、適切なユーザーを適切な単価で獲得するというプロセスであった。

3つのパターンの違いは、そのデータの提供の仕方の違いである。年齢層別のキャンペーンの場合は、年齢層にターゲットを限定してその年齢層のユーザー毎に異なる顧客獲得CPAを設定している。二つ目の価値の重みづけをするキャンペーンにおいては、年齢層別に顧客一人あたりの価値の重みづけを変更して、獲得する顧客の年齢構成の比率まで自由に組み合わせる余地をAIに追加していた。そして三つ目の購入者CPA最適化のキャンペーンにおいては、そもそも年齢層という優良顧客の分析軸を取り払い純粋に購入転換者のデータまたは、購入転換予測モデルの予測データをAIに提供することでより質の高いユーザーを獲得することを目指していた。

では、この3つの運用方法に共通していることは何であろうか?やっていることは単純でAIに自分はどのような条件のユーザーをどのような条件でほしいのかを指定しているということである。

マーケティング効率を向上させるための顧客理解

今回の説明では、顧客セグメントを年齢別に分析するというよくある分類法を使ったが、これはあくまで一例であって、当然常に年齢別キャンペーンが最適な切り口であるはずはない。そのように考えると、パフォーマンスマーケティングの効果を改善すための優良顧客を発見するための分析の切り口は他にもあるということになる。

この理解は、パフォーマンスマーケティングの効果を改善するために非常に重要な示唆を含んでいる。デジタルマーケティングのPDCAを回していると、どうしても前回説明したような、キャンペーン構成のような広告運用のテクニカルな部分に目を向けがちになってくる。しかし、実は、その前段で自分たちが抱える顧客のうちで誰がよい顧客で誰が価値の低い顧客なのかというのを正しく認識し、その情報をタイムリーにAIに提供することが、マーケティング活動のパフォーマンスを上げるためには非常に重要であるということが分かると思う。

蓄積された顧客データは中長期でのマーケティングの差別化要因

以前データドリブンマーケティングを成功させるために否定する常識のひとつとして売上最大化至上主義の問題点について触れた。その際にデータの整備は売上を増大させるのと同程度に重要であるという話をしたのを覚えているだろうか?あの話は、具体的にはこういうところにも繋がっているわけである。

パフォーマンスマーケティングの効果を改善させるためには、顧客の様々な情報を精査したうえで、どのような要素が優良な顧客とそうでない顧客を分ける要素になるのかを理解する必要がある。これは、どの運用方法を選択するにしても不可欠な情報である。しかも、私が現在の技術レベルではなかなか難しいと申し上げた購買者転換の予測モデルを作って顧客の獲得ごとにリアルタイムで顧客の購入転換率を予測するような世界も、それが1年後か5年後か10年後かはしらないが、そのうち必ずやってくるはずである。そのような時に、競合他社と自社の広告運用の差別化を図る最大の要素は、おそらく自社に蓄積された顧客データの量と質になってくると考えられる。なぜなら、広告メディアが提供するAIはどの会社も一律で利用可能であるから、そこでの運用手法のノウハウなど、数か月か数週間程度のアドバンテージしか維持できず、早晩模倣されてしまうからである。

しかし、顧客データというのは、長い時間をかけて蓄積されてきたものであるため、他社事例でこういうデータが有用であったと分かったとしても、自社のすべての顧客から同様の顧客情報を獲得するには膨大な時間とコストがかかるのが普通である。そのように考えれば、自社の顧客データの質こそが自社のマーケティングの質を向上させるための最大にして、中長期的に維持可能な差別化のポイントとなるわけである。

今日の売上を少し犠牲にして、データ入力を真面目にすることに何のメリットがあるのかと思う人もいるのかもしれない。そのメリットをすぐに認識することは大抵不可能である。しかし、だからこそ、それを愚直に行い、蓄積されたデータとして利用可能にした企業は、長期的なマーケティングの競争優位性を構築できる。今年、来年くらいの目線でしか経営ができないロースペックな経営者には難しい話かもしれないが、本当に強い会社を作りたいと思えば、自社にどのようなデータが獲得でき、それがマーケティングをはじめ、将来どのように役立てられる可能性があるのかは、真剣に議論されなければならない。

AI化が進むデジタル広告の運用実践法

AI化が進む中で人間がやるべきこと

昨今機械学習を中心としたAIの技術が急速な進歩をみせ、ChatGPTの登場とともに、一般の消費者にとってもその有用性が急速に浸透しつつある。ただ、デジタル広告の世界に20年携わっていると、自分の仕事にAIが介在するという状況はだいぶ昔から起こってきたことで、それほど目新しいものでもない。

もちろんGoogleやMetaなどにおいては、相当昔から内部でAIが広告の最適化に使われていたと思うが(もしかしたら最初から?)、少なくても私のようなデジタル広告主の立場で決定的に自分の仕事にAIが入り込んできたと感じたのは、2017年くらいにGoogleがUniversal App Campaign(UAC、現Googleアプリキャンペーン)という商品を市場投入したころくらいからである。UACの登場くらいから、広告主が広告運用でコントロール可能なパラメーターが急速に減ってきて、アプリの獲得キャンペーンなどでは、目標の登録CPAやROASとクリエイティブと広告予算を設定するくらいしか運用上出来ることがなくなってきた。あとは、GoogleのAIが機械学習を通じて広告主の指定した条件を実現すべき広告のコントロールをしてくれるということになっている。

あまりこういうことを公言するとメディア各社に怒られる気がするが、「コントロールしてくれることになっている」という言い方をしたのは、残念ながらそんなに簡単にことは運ばないからである。

この文章を書いているのが2024年3月なので、UACの登場以来6-7年くらいが経過している。始めてUACの話を聞いたときには、正直簡便してくれと思った。理由は2つである。ひとつは、運用のパラメーターを殆ど取り上げられてしまったため、自分の活動をコントロールすることが出来なくなってしまう事への不満。もう一つは、そもそもそんなことが実現してしまっては、デジタルを中心としたマーケティングを生業としている人間の商売あがったりで、付加価値がなくなってしまうではないかという根本的な不安である。

しかし、6-7年AIと毎週毎週継続的にお付き合いしていると、AI前の方が自分のやっていることをコントロールしやすかったという回顧主義的な思いはありつつも、誰にでも上手に使えるものではないことが分かってきた。

私はAIのエンジニアでもなく、AIの機械学習モデルのアルゴリズムを理解しているわけでもないので、いつもながら専門家の方から間違っていると言われることもあると思うが、ユーザーとしてAIの機械学習と向き合ってきた立場から、AI化が進むデジタル広告と上手に付き合い、高いパフォーマンスを出すために必要なだと思うことを紹介したいと思う。

Free to Playの顧客獲得の事例で考える

まず始めに、前回の復習からしたい。パフォーマンスマーケティングで最も重要なことは、購入者CPAを低くすることであるという話をした。そしてそのためには、新規顧客CPAと購入転換率の最適なバランスを見つけることが重要であることを再度思い出してもらいたい。

この点を理解したうえで、パフォーマンスマーケティングにおいてデジタル広告のAIが具体的に何をしているのかというのをもう少し具体的に考えてみたい。

今回は、前回あげた例のうち、Free to Playのモバイルアプリのゲームの新規顧客獲得の事例で考えたい。今回、パフォーマンスマーケティングを開始するにあたって過去のゲーム内の課金者の実態を理解するためにデータ分析をしてみた。年代別の分析をした結果、下記の図のように登録CPAと購入者転換率に違いがあることが分かった。

当然新規獲得CPAは安い方が良いが、年代別に購入転換率に極端な違いがある。例えば、30代の購入転換率は15%だが、50代以上となると1%と15倍もの差がでている。この結果、購入者CPAを見ても20代の10,000円から50代以上の50,000円まで5倍もの差がある。ちなみに、この表からは読み取れないが、この4セグメント毎に投資した広告費をもとに加重平均すると購入者CPAは20,000円であったとする。

今回のプロジェクトでは、目標の購入者CPAは15,000円に改善することにしよう。

ひと昔前であれば、この状況でとにかく新規獲得者数をたくさん集めることに特化した結果、50代以上をたくさん取ってしまうリスクがあった。しかし、現代のパフォーマンスマーケティングの基本は登録数ではなく、購入者CPAの最適化を目指すということなので、その実現の方法論を探っていくことにする。

この事例の場合、パフォーマンスマーケティング的に実施可能なキャンペーンのデザインの仕方は、大きく分けて3つくらいのタイプに分かれる(理論上の話で、実際のメディア各社の商品構成上すべてができるかどうかは保証しない)。

  • 年代毎に新規獲得CPAを設定して、新規獲得CPAで最適化する方法
  • 年代ごとに価値の重みづけをして新規獲得CPAで最適化する方法
  • 購入者CPAで最適化をする方法

年代毎に新規獲得CPAを設定して、新規獲得CPAで最適化する方法

まず、そもそも購入者CPAを15,000円に設定すると、購入者転換率がセグメントごとに一定だとすると実現したい新規獲得CPAは下記の表のようになる。

前の表と見比べてみると分かるが、20代と30代はそもそも購入者CPAの目標は甘くなるので、新規獲得CPAを現状よりも高く設定することが可能である。逆に40代以上は登録CPAの目標が大幅に低くなる。

このような時に、まず一番初めに考えるパフォーマンスのコントロールの方法は、広告運用の単位(キャンペーンとここでは呼ぶ)を年代ごとに切り分けで、各年代毎に目標新規獲得CPAを表に記載のCPAに設定して広告運用を行う方法である。キャンペーン毎の予算は広告主か手動で設定する。

では、この方法で広告の最適化を行うAIは何を行うのだろうか?一般的には、年代以外のどのような条件のユーザーにどのようなクリエイティブをどのタイミングで、いくらの単価で広告表示すると目標の新規獲得CPAで獲得出来るのかの調整をすることになる。

実際にはどのようなロジックでこの判定をしていくのかといえば、最初に広く広告を露出して、新規獲得に繋がったユーザーの実績を作る。そのユーザーの分析を行い、共通項を見つけ出す。ユーザー獲得に繋がりやすい広告クリエイティブ、広告露出のタイミング、広告露出の表示単価などである。次のステップとして、上記の実績をベースに導き出された新規獲得に繋がりやすそうな条件をベースに広告配信を強化し、それ以外の選択肢への広告配信を減らしていく。その結果、新規獲得への転換率が上がり、さらに確度の高い新規獲得のターゲットユーザー増が絞り込まれていく。

このプロセスを繰り返すことによって、ターゲットユーザー増や、そのターゲットごとの獲得率などのデータが蓄積されていくと、設定した新規獲得CPAでの獲得が安定してできるようになる。

この場合、広告主がAIに提供するデータは下記のようになる。

  • 顧客の年齢層
  • キャンペーン毎の目標新規獲得CPA
  • キャンペーン事の広告予算
  • 新規獲得の実績

AIはわずかこの4つの条件を設定されただけで、自社が活用可能な膨大なデータを活用して、年代ごとに指定した新規獲得CPAでユーザーを獲得するように最適化を図っていく。これだけでも相当に複雑な計算になるが、残念ながら、現実の広告運用からすると、最もシンプルな運用方法の例である。

では、この手法の広告運用が上手くいかないケースとはどのようなものが考えられるだろうか?

代表的な例は、AIが機械学習を行うのに必要な学習データの量が不足して、統計的に正しい分析が行えないケースである。

例えば、20代のキャンペーンの目標登録CPAは1,500円であるが、1週間の広告予算が15万円であったとする。そうすると100件程度の新規獲得実績が期待できる。一方1万5千円の予算であったらどうだろうか、10件程度の新規獲得実績となる。では、10件の実績から導き出される共通項と100件の実績から導き出される共通項ではどちらが信頼性が高いであろうか?当然100件である。機械学習というのは、学習の対象となるデータ量が多ければ多いほど正しい答えを導き出す可能性が高くなる。

この類似の事例としては、機械学習のAIが十分な学習期間を与えられずに正解を見つけるための試行錯誤をしている最中に上手くいかないと早く判断しすぎて、AIに出す獲得条件などの指示を変更してしまうような失敗パターンが考えられる。例えば、一時的に新規獲得CPAが大幅に上振れてしまい焦って広告予算額を縮小してしまうようなケースである。

ここまで読んでくるとなんとなく感じている方もいるかもしれないが、AIの機械学習の基本ロジックというのは、マーケティングの基本である「何時、誰に、何を伝えるか?」の膨大な組み合わせを、膨大なPDCAを回しながら見つけていくというプロセスを、人間の能力を圧倒的に上回る計算能力を駆使しておこなっているということである。その計算能力は人間の脳みそなど及びもつかないが、実はやっていることはとてもシンプルなのだと個人的には思っている。

まず、入門編として、機械学習のパフォーマンス広告の一番ベーシックなパターンを見てきたので、次は一段階進んだ事例を見てみよう。

年代ごとに価値の重みづけをして新規獲得CPAで最適化する方法

キャンペーン毎に適切な新規獲得CPAを設定して、決められた予算で各キャンペーンの獲得数を最大化する手法をベーシックなパターンとして見てきたが、この手法を少し高度化して考えてみよう。

この一つ目の手法には2つほど大きな問題点がある。一つ目は、失敗するパターンの代表例として説明したようにキャンペーンを細切れに分けることによって、キャンペーンあたりの学習母数が足りずに、最適化に十分な量の学習データが確保できないことがあるということである。2つ目の問題は、説明の中で実は重要なのであるが決まりごとのように深く言及しなかった項目なのだが、キャンペーン毎にいくらの広告予算の設定にすればよいのかをキャンペーンの構造の決定時に決めるロジックが乏しく、この部分をAIではなく、人間が所与の条件として決定しているということである。

この2つの問題を解決する方法が2つ目の方法である。この方法は、最初のキャンペーンの構成から2点を変更する。まず一つ目の学習母数を確保しやすくするために、年代ごとに4つのキャンペーンに分けていた構成を統合して1つのキャンペーンとしてしまう。この方法を取れば理論上はひとつのキャンペーンの学習母数は確保しやすくなるということになる。

二つ目の変更点は、年代層ごとに新規獲得の重みづけを行うことである。これは少し複雑なので、表を使って考えたい。

最初のキャンペーン構成で使った年代ごとの登録CPAの表に1列追加されている。「新規獲得相対価値」という項目である。学習母数を確保するためにキャンペーン構成を年代ごとに分けずに同じキャンペーンに統合してしまうことの最大の問題点は年代ごとの新規獲得CPAを個別に設定できないことである。その結果どのようなことが起きるかといえば、どんなに購買者転換率が低くても新規獲得CPAが安いものを優先してAIは獲得する方向で最適化してしまう。なぜなら、それが新規獲得CPAを改善させられるからである。しかし、それでは当然購入者CPAでの最適化にはなりにくい。

そこで、導入するのが年代毎の新規獲得者に対して相対的な価値の重みづけをするという手法である。そもそも、年代ごとの新規獲得CPAの目標値というのは、最終的な購入者CPA15,000円と年代ごとの購入転換率から逆算して計算されているため、新規獲得ユーザー毎の相対的な価値が金額に反映されている。表の例でいえば、購入者の価値を15,000円とした場合に、50代の新規ユーザーは150円程度の価値であり、20代の新規ユーザーは1,500円の価値があり、その差は10倍の差があるという分けである。このバージョンアップされた手法では、ユーザーの新規獲得時に登録フォームなどで年代を選択させ、登録完了した瞬間に年齢を判別して、このユーザーは150円の価値なのか、1,500円の価値なのかという情報をAIに提供し、10代のユーザーは50代のユーザーよりも10倍高い新規獲得CPAで取ってきても良いというメッセージを送ることで、価値の低いユーザーを大量に、目標値よりも高い単価で取ってきてしまうことを防ぐという方法である。

いかがだろうか?上手くいきそうであろうか?ぱっと聞いた感じだと、以前の手法に比べてそこまで複雑な運用をAIにお願いしているようにも思えないのではないだろうか。

(年代別キャンペーン)

  • 顧客の年齢層
  • キャンペーン毎の目標新規獲得CPA
  • キャンペーン事の広告予算
  • 新規獲得の実績

(年代ごとの価値の重みづけ型キャンペーン)

  • 目標新規獲得CPA
  • 年代ごとの新規登録者の価値の重みづけ
  • 全体の広告予算
  • 新規獲得実績

ところが、この手法は以前のキャンペーンから比較して、AIには相当複雑な計算を要求している。2つのキャンペーンにおいて、広告主がAIに与えているデータを比較して見よう。

追加したデータは価値の重みづけの項目ひとつであるが、2つの項目が似てはいるが変化している。一つ目は年代別キャンペーンでは年代ごとに新規獲得CPAを設定していたが、新キャンペーンでは全体の目標新規獲得CPAを1つ与えているのみである。キャンペーンがひとつしかないのであるから仕方がない。二つ目はこちらも人間が広告予算を年代別に決めてAIに指示を出していた前者と比較して、後者では全体の予算を1つ設定しているだけである。

この2つの違いは何を意味するのであろうか?簡単に言えば、年代別キャンペーンと比較して、AIはどの年代の顧客をどのような予算配分で獲得するのかという組み合わせを機械学習で計算するという仕事を追加でするということになる。と聞けば、そんなの最初のキャンペーンで人間が出来ているのであるから人間よりも計算能力が高いAIには簡単だと思う人が多いかもしれない。

しかし、これがなかなか上手くいかないことが多い。なぜなら、そもそも年代別のキャンペーンでも述べたように、以前のキャンペーンでも「何時、誰に、何を」の組み合わせは膨大なパターンがありそれをAIに計算させていいる状況であったが、それに、どの年代をどのくらいの比率で取るのが最適なのかというこれまた膨大なパターン分けの条件を追加している。全く適当な数字だが、例えば年代別のキャンペーンで百万通りの組み合わせから最適な組み合わせを選択していたとすると、それに2つの条件を組み合わせることで、さらに百倍とか千倍という量のパターンを追加で考えろと言っているわけである。それを実現するために人間が緩和した条件というのは、4つのキャンペーンをひとつに統合したくらいの話である。何百倍のパターンを追加で考えろといっているのに、人間が提供する学習機会の増加幅は多くて4倍程度なのである。

では人間にはなぜ簡単に出来ていそうなことがAIには難しいのであろうか?この辺はAIの専門家に聞いてみたいが、私の予想では、AIがバカ正直だからなのではないかと思う。前者のパターンで人間は他の条件は無視して、人間を勝手に10歳ごとの年齢層に区分けしてそれぞれの平均値を出して考えるというよく考えればなぜそうしているのかよくわからないシンプル化をして情報を整理している。しかし、そのシンプル化の仕方は、人間には見慣れた手法に感じるが、バカ正直にロジカルに考えるとその年齢別に分けるというシンプル化が理解できないのではないかと思う。なぜならおそらく31歳と39歳の差と39歳と40歳の人の差をWebの行動履歴などでみたら、おそらく後者の方が近しいタイプの人間に分類される可能性の方が高い気がするからだ。

但し、年代別キャンペーンよりもだいぶ複雑にはなるが、このキャンペーンの方が上手くいったときはより論理的で理想に近い形でユーザー獲得ができる可能性が高い。上手くいく方法はもちろん機械学習AIに十分な学習機会を提供することであるので、十分な予算と十分な成果量をキャンペーンごとに確保できるようにする必要がある。

購入者CPAで最適化する方法

三番目の方法は、AIに初めから購入者数を最大化するように指示を出し、購入者CPAを改善するという手法である。

具体的な説明をする前に、このパターンにおける広告主がAIに提供するデータの比較をしてみる。

(年代ごとの価値の重みづけ型キャンペーン)

  • 目標新規獲得CPA
  • 年代ごとの新規登録者の価値の重みづけ
  • 全体の広告予算
  • 新規獲得実績

(購入者CPA最適化)

  • 目標購入者CPA
  • 船体の広告予算
  • 購入者獲得実績

提供しているデータは今までで一番少ない3つである。非常にシンプルである。価値重みづけキャンペーンの説明の中でAIの最適化の難易度は、条件が複雑になるほど最適化のハードルが高くなるという話をしたばかりなので、こちらの方がだいぶシンプルで上手くいきそうな気がする。

まず、この手法でやろうとしていることの説明からしよう。発想はシンプルで、購入者数を最大化したいのであれば、購入者数を最大化するようにAIに指示出しをすれば良いのではないかという話である。では、価値重みづけキャンペーンとこの手法との違いは何であろうか?価値重みづけ型キャンペーンの絶対的な前提条件は、年齢層別に購入者転換率が異なるということである。もちろん年代別の転換率の平均値を計算すれはその考え方は正しいように思える。しかし、多くの人が陥る罠であるが、平均値という考え方は実は実態と乖離があることが多い。

例えば20代の購入者転換率は10%であるが、これは単純に10人に一人の割合で購入者に転換するということを示しただけである。しかしこれは、10人中9人は購入者に転換しないことを意味する。つまり、圧倒的に非購入転換者の方を多く獲得していることを意味する。3つ目の方法は、この問題を解決するためには、年代ごとに区切って分析するという人間の脳みその限界値をカバーするために非合理的に決めた所与の条件を取っ払って、購入者に転換した人の共通点を純粋に見つけ出して、その人を集中的に獲得する方がより効率的に購入者数の増大を図れるのではないかという発想である。

凄く合理的で、正しい発想な気がしてくる。しかも、AIに提示する条件非常にシンプルであることも確認済みである。では、なぜこの手法が3番目に登場する最もアドバンスな手法なのであろうか?(是非、続きを読む前に予想してみてください。これまでの理解度が高ければ答えがわかるかも)。

一つ目の問題点は、単純に機械学習に必要な学習母数が飛躍的に少なくなるということである。今回の事例でいうと30代の購入者転換率が15%で最も高く、50代以上が1%で最も低いわけであるが、30代でも1/6、50代以上では1/100にまで学習データの量が減ってしまう。何度も申し上げているように、機械学習の成否を分けるポイントは、AIが十分に機械学習を行うために必要な学習機会を提供することである。この数が、大幅にへることは問題であることはほぼ間違いない。

そして2つ目の問題はタイムラグの問題である。今回はゲームアプリの例で話しているが、Free to Playのゲームにおいてユーザーがアプリをインストールしたタイミングと最初に課金するタイミングが同時に発生することはほぼ100%の確率であり得ない。それが数分のラグなのか、数日のラグなのか、数週間のラグなのかは別にして、同時なことはないといってよい。なぜなら、ゲーム内での課金は当然アプリをインストールし終わってからでないと出来ないからである。この問題はなにを意味するかというと、AIに広告の最適化のための学習機会となるユーザーの獲得成果の提供タイミングが遅くなるということを意味する。これが、数分とか数時間とかのラグであればそれほど問題がないような気がするが、これが数日とか数週間とかのラグであると問題はドンドン大きくなる。なぜなら、AIは今日行っている広告の最適化が上手くいっているのか上手くいっていないのかをリアルタイムで理解することが出来ずに、どの方向に進んでいけば良いのかが分からなくなってしまうからだ。

例えば、私の前職の人材紹介業というのは、求職者がサイトに登録してから実際に面接をして内定を受諾するまでに数カ月単位の時間がかかる。もしそれで内定受諾CPA最適化をしましょうという運用をしていると、AIは開始後数か月間は全く成果がないまま、たまたま、短期間で内定受諾した事例のみを頼りに正解を見つけることを続ける。ただし、短期間で内定受諾するひとが、全体として内定受諾するターゲットの特徴と一致していうかは不明だし、普通に考えるとずれている可能性が高い。とすれば、AIは学習機会が足りないだけでなく、ドンドン間違った方向に最適化をかけて行ってしまう可能性が高くなる。リードタイムが数カ月という例は、すこし極端なのかもしれないが、多くのビジネスで程度の差はあれ、同様の状況は発生することになる。

この問題を解決する方法として用いられる手法が、予測モデルを作るという手法である。具体的には、新規獲得をした段階で、そのユーザーがどの程度の確率で購入者に転換するのかリアルタイムで予測してAIに疑似的に購入者としてデータを提供するという手法である。これにより、AIは新規獲得と同じタイミングで購入者数のデータ(の予測値)を入手することが可能になり、タイムラグ問題を解決することが可能になる。

ただ、この手法を聞くと、頭の回転の早い人は、それってひとつ前の重みづけの条件を返しているのとやっていることはそんなに変わらないのでは?と思うかもしれない。その考えは正しい。この予測モデルというのは、人間が勝手に決めた年代別の平均購入者転換率をより精緻にするためにより複雑な統計モデルを組んで一人一人の新規獲得ユーザーの購入者転換率をリアルタイムで計算しようというもので、やろうとしていることの発想はほぼ変わらない。

つまり、この3番目のパターンの成功のカギは、購入者成果で最適化するという学習量の激減と購入転換予測モデルによる購入者転換率の改善幅で、後者の方が大きい場合に、価値重みづけ型の運用よりもパフォーマンスが良くなるということになる。

AIを上手にガイドする2つのポイント

ここまで見てきた3つのパターンが2024年現在で考えられるパフォーマンス広告の代表的な運用パターンの類型である。この3つのパターンの違いを理解したうえで、パフォーマンスマーケティングのAIを上手く使いこなすために広告運用者が考えなければいけないことを纏めてみたい。

まず、そもそもパフォーマンス広告のAIがやっていることというのは、「何時、誰に、何を伝えるか?」の膨大な組み合わせを、人間には到底不可能なパターンで検証して正解を見つけていくという、PDCAのスーパー高速回転であるということをが分かった。つまり、やろうとしていることは、量は多くても、発想は特別な事ではないということが分かる。

では、それを上手く実行するためには何が必要か?私が考える要素は①統計的に正しいレベルまでPDCAを回せるように十分な学習機会を提供する、②学習範囲を限定して機械学習が働きやすいようにするの2点である。

①については、最もシンプルな年代別キャンペーンからもっと高度な購入者CPA最適化へと運用手法を高度がしていく中で、十分な学習母数を確保できるかどうかの問題に直面し続けてきたので、皆さんもすぐに理解しやすいであろう。

②については、この話を逆の発想であるが、AIが説く問題の条件を増やし複雑化することで学習量の確保が必要なのであれば、問題の条件をシンプルにし検討事項を減らしてやることでAIが少ない学習量でも答えを見つけやすい環境を作ってあげようという話である。

これはおそらくパフォーマンス広告の運用に限らず、どのような機械学習系のAIを使うときも同じなのではないかと予想するが、AIを上手に使う上で、最も重要なことは、AIが説く問題の条件の複雑性と提供可能な機械学習量のバランスを適切に見極めることにあると思う。時代の流れや機械学習の理論的にはおそらく、人間は余計なことをせずに、データをひとつの箱に入れ、学習量を可能な限り確保して、後はAIに正解を見つけてもらう方が、AIよりも計算能力の低い人間が思い込みで考える仮説を前提とするよりも成果が高くなるという事なのだろうと思う。GoogleやMetaなど世界の最先端のAI技術を持つGlobal企業の商品設計のコンセプトや営業トークを聞いていると、時代の流れ的にはそのような発想なのだと思う。

ただ、2024年時点での私の見立てでは、現在デジタルマーケティングでちょっと頑張っている事業会社のマーケティングチームが活用可能な技術レベルでは、ギリギリそれなりの広告予算がある企業で価値の重みづけパターンを実現できるというのが実態で、予測モデルを用いた購入者CPA最適化のパターンを精緻に運用できる技術はまだまだ発展途上段階な気がする。まあ、私の身を置いていた環境のレベルが低すぎるという事であれば、是非向学のためにお話しさせていただく機会を頂戴したいと思う(ご連絡ください!)。

短くても7ー8年くらいの期間、AIが最適化するデジタル広告のプラットフォームと日々向き合いながら、どうやってAIと人間が上手に付き合い、人間がAIを使いこなすことが出来るかを考え続けてきた。AIの話をすると、AIというのは魔法の杖みたいなもので、人間がしてほしいことをすぐに実現してくれるものだと思ってしまうかもしれない。確かにChat GPTを一度体験してしまうとそう感じてしまうのも致し方ないと思う。

しかし、人間が非常に精緻に考え、PDCA繰り返し、練り上げてきたものよりもAIが精度高いものを即座に作り上げられるかといえば、私はまだそのレベルにまでは至っていないと思う。AIのパフォーマンスを最大限発揮させるためには、人間が正しくガイドしてあげることが必要なのだと思っている。

パフォーマンスマーケティング

パフォーマンスマーケティングとは?

デジタルマーケティングと言って、一番最初に思いつく手法がデジタル広告ではないだろうか?以前に、現在主流のオークション型デジタル広告の基本原理については、市場理解の重要な手がかりなので詳細に説明した。まだお読みでない方は、こちらも合わせて読んでいただきたい。また、Full Funnelのマーケティングについては、別途詳細に議論をするため、この場ではパフォーマンスマーケティングといわれる領域を中心に話をすることにする。

まず、大前提としてパフォーマンスマーケティングとはどのようなマーケティング手法のことをいうのかについて、私なりの理解を説明したい。ちなみに、パフォーマンスマーケティングとほぼ同様の意味をもつ言い方として、運用型広告、UA(User Acquisition)、Bottom Funnelなどの言い方がある。厳密にはいろいろ定義があるのかもしれないが、これから述べる私なりの定義では、ほぼ差がないと思ってもらって構わない。

私は、パフォーマンスマーケティングを下記のように定義している

「デジタル広告で顧客獲得をすることで、売上、利益を最大化するための広告手法であり、売上・利益を最大化するために、収益化出来る確率の高い顧客を適切な単価で獲得すること」

この定義で重要なキーワードは、「売上・利益を最大化」「収益化出来る確率が高い顧客」「適切な単価」の3点である。

売上・利益を最大化する

この点については、マーケティングのGoal設定の話をしたときに詳細に議論したため、ここで詳細を説明することは割愛するが、企業が営利事業を行っており、事業を長期的に成長させていくことが求められると考えれば、その重要な一部として活動するマーケティング部門の主要なファンクションであるパフォーマンスマーケティングの役割が売上・利益の最大化となることに疑問を持つ方はいないであろう。但し、この売上・利益の最大化を前提としていても、次の2つの条件を正しく設定、運用できておらず実現出来ていないケースが多く存在するため、正しい理解が必要である。

では、新規獲得した顧客からの売上・利益を最大化するために必要な活動とはどういうことなのであろうか?一つ目の条件は「収益化出来る確率が高い顧客」であること、もう一つの条件はその顧客を「適切な単価」で獲得するということである。

収益化できる確率が高い顧客とは?

収益化できる確率が高い顧客というと、そもそも収益化できない顧客が存在するのかという質問が出てきそうである。これまで経験をしてきた業種によっても、この話がすぐに理解できる人と出来ない人がいると思うので、具体的に説明する。この話は別にデジタルのマーケティングに限った話ではないので、まず誰でも想像しやすい実店舗の小売店を例に考えてみよう。では質問。貴方は渋谷で通りに面するファッションのセレクトショップを経営しているとしよう。貴方の顧客はどのように定義するだろうか?いくつのの選択肢がありそうあ気がする。①店舗で商品を購入してくれた顧客、②①に加えて、入口のドアから店舗に入ってきた顧客も含める、③②に加えて店舗の前の通りを通りかかった人を顧客に含める、④渋谷に来たかどうかに限らず取り扱っている商品のターゲットとなる日本人全体を顧客に含める。

①の定義を顧客と捉えれば、顧客は100%収益化しているので、そもそも確率か高い云々の話は発生し得ない。そうすると、私が顧客といっている定義は①ではないことになる。私の定義は②に近い。③、④になると顧客とはなっていなくてどちらかというとターゲットユーザーとかマーケットの概念にちかいと思う。②の定義を顧客をとするのはそれほど違和感はないであろう。お店を運営してくれば、店に入ってきた人間に対応するのは顧客対応、接客と呼ぶ。つまり、買うかどうか確定していない人間も顧客と位置付けているわけである。この②の定義に従えば、収益化する確率とは①/②いうことになる。

では、同じような視点で、他の事例も考えてみよう。私が以前関わっていたモバイルのFree to Playのゲームなどは非常に分かりやすい。Free to Playといわれる形態のモバイルゲームは、ダウンロードして、遊ぶのは無料であるが、遊び進めるうちに何かアイテムを買ってキャラクターを強くするであるとか、ゲームを続けるためのスタミナが切れたのでスタミナを購入するとか、ゲームを有利に進めるために途中で課金するようなゲームである。逆に言えば無料の範囲内で遊ぼうと思えば基本的にはずっと無料で遊べるという形態のゲームである。Free to Playのゲームにおいては、②の定義と同様に考えると無料で遊んでくれている顧客ももちろん顧客と捉える。そのうちの一定数の顧客が実際に課金をしてくれて①の商品の購入をしてくれて、収益化できる顧客になるわけである。

また別の例を考えてみよう。永年年会費無料のクレジットカードなどはどうだろうか?楽天カードなど、よくTVCMで楽天カードマンが、「今入会すれば〇千ポイントプレゼント」みたいなうたい文句で新規会員の獲得の勧誘をしている。その特典が欲しくてクレジットカードを作っただけの顧客は②に属する。なぜなら、クレジットカードというのは作っただけではカード会社の収益には全くならない。クレジットカード会社に売上が計上されるのは、発行されたクレジットカードで顧客が何らかの決済を行ったときに、その決済金額の一部がその店舗からクレジットカード会社に決済手数料として支払われることで始めて収益になる。つまり、クレジットカード会社の①の顧客というのは実際にクレジットカードを決済に利用してくれる顧客ということになる。

ここまで見てきたように、マーケティングの新規顧客獲得というのは、お金を支払ってくれる顧客を獲得する活動のように思われるが、実際にはその見込み顧客の母集団作りをしているという側面が非常につよい。寧ろそのような側面の方がつよいと思われる。オンラインのサービスなど利用する際に、購入とかサービス利用前に無料の会員登録をさせられて、実際に購入・利用するかはそのあと決めれば良いみたいな経験をされたことがある方は多いと思うが、これらの話は正に②の顧客として獲得されているわけである。

適切な顧客獲得単価とは?

では、①/②の確率が高い顧客を獲得する活動とはどのようなものであろうか?

例えば、最初の実店舗のセレクトショップの例で、店舗の入口に「店舗に一度入られたお客様は最低一商品の購入をしていただきます」と張り紙を張るとおそらく確率は相当高くなる気がする。そんな馬鹿な話があるかと思うかもしれないが、たまにラーメン屋さんとかで「必ず1名様分のラーメンをご注文ください」と書いた張り紙が張ってあるのを見かけたりするであろう。正しいかどうかは別にして、セレクトショップで同じようなことをしても絶対にダメということはない気がする。但し、貴方はこのような張り紙がされているお店にフラッと入れるであろうか?入れると応える人は相当に勇気があるか、必ずそのお店に欲しいものがあると確信がもてるひとのどちらかであると思う。つまりこの手法の問題点は、顧客の収益転換率①/②はおそらく飛躍的に高くなるが、②の数が劇的に少なくなる可能性が高い。

Free to Playのゲーム場合はどうであろうか?一番簡単な方法は、無料で遊べることは遊べるが、それは最初の5分間でそれ以上遊ぼうとすると必ず100円課金しなければいけないみたいな仕様にしておくことである。もしそのゲームが十分に面白く、多くの割合の人がもっと遊びたいと思うのであれば、これも収益転換率は高くなるかもしれない。ただ、このような手法をとると、おそらくアプリストアのコメント欄は相当炎上することが予想される。無料で遊べると言っておきながらほぼ嘘ではないかと。こういう手法をとると、企業ブランドの価値が既存し、そのタイトルの評判も落ち、結局顧客数は減少していく。

カード会社の例では、おそらく会員登録特典の金額の大きさと収益転換率の関係は反比例する。初回特典が大きくなればなるほど特典目当てで、そのカード自体に魅力を感じずに登録する顧客の割合が普通に考えると増えるからである。

最初の2つは相当極端なソリューションを提示して、まあ実際にやるひとは殆どいないとおもうが、このような極端な例を考えると、収益化出来る確率が高い顧客の獲得に重要なポイントが見えてくる。

一つ目は、②の顧客となるためのエントリーハードルを低く、メリットを高く見せるということである。二つ目のポイントは、顧客に転換後に収益化しやすいようにサービスをデザインするということである。

一点目については、すでに十分にご理解いただけるであろう。基本的にエントリーハードルを低く見せ、メリットを高くすればするほど、顧客の獲得単価は下がっていくことになる。但し、そのハードルを下げ、メリットを高くするほど、収益化の転換率は低くなる可能性は高くなる。

このため、転換率を高めるためには、顧客獲得後のサービスデザインを魅力的なものにして、積極的にサービスを利用しお金を払ってもらえるようにデザインしていくことが必要になる。セレクトショップであれば、魅力的な商品、適切な価格、良い接客などがその要素になるであろう。ゲームであれば、ゲーム自体の面白さはもちろん、ゲームが面白くもっと進めたいと思うタイミングで倒さなければいけない程よく強い敵が現れたりして、少し課金すればもっと楽しく遊べそうだとユーザーに思わせられるかなどが重要である。業界用語でいうとゲームバランスという。

クレジットカードで言えば、利用するごとにポイントがたくさんもらえるとか、期間限定でポイントの還元率が高いなど財布に入っている他のカードよりも魅力的な利用シーンを適度に提供して、メインで利用するカードにしてもらうよう努力しなければならない。

収益化出来る確率の高い顧客を最大化する活動というのは、この2つのパランスを最適なものとする活動となる。

ここで、顧客の獲得単価の考え方について改めて整理しておきたい。改めてといったのは先ほど紹介したGoal設定のパートでも説明したからである。

よくある間違いは、

適切な顧客獲得単価 = 安い顧客獲得単価

と考えてしまうということである。この場合の安い顧客獲得単価という場合は、②の定義の顧客の話をしていることが多い。しかし、ここまで読めば②の顧客がいくら増えたところで、①の顧客が増えるかどうかは不明である。それはどのようなうたい文句で顧客を誘導してきたのかによって、ユーザーの自社の商品・サービスへの興味関心度合いが大幅に異なるからである。

私の考える正しい定義は

 適切な顧客獲得単価 = ROIを最大化出来る顧客獲得単価

ということになる。

ではROIを最大化するとはどういうことであろうか?一般にROIというのは、収益額/投資金額で計算されるが、マーケティングの新規顧客獲得の視点で考えると次のようになる。

ROI=平均購入単価/購入顧客獲得単価(購入者CPA)

となる。厳密にいうと、平均購入単価ではなく顧客LTVの方が正しいのであるが、ここでは話をシンプルにするために、平均購入単価で議論をすることにする。

では、ROIを最大化するためにはどうすれば良いだろうか?ひとつは分子の平均購入単価を最大化することである。具体的には、単価の高い商品を買ってもらえるようにすることが考えられる。しかし、いきなり高いものを買ってもらおうとすればするほど購入転換ハードルは高くなるため、一般的にいきなり高い買い物をさせる努力をマーケティングの新規顧客獲得のフェーズでおこなうことは稀である。寧ろ初回購入特典をつけたり、セールのタイミングで購入者数の獲得増を図るなど、平均購入単価は低くなる可能性が高い。もちろん顧客獲得の平均購入額を高くするために、購入頻度を上げて累計の購入額を大きくする方法もあるが、ここでは話をシンプルにするために1回の購入でROIを計算することにする

もう一つの方法は、分母の購入者CPAを低くする方法である。購入者CPAは、

購入者CPA=新規顧客(①)獲得単価(新規顧客CPA)/購入転換率(①/②)

となるため、購入者CPAを低くするためには、新規顧客CPAを下げるか、購入転換率を高くするかのどちらかとなる。

パフォーマンスマーケティングとは、基本的には購入者CPAを可能な限り低くなるように活動する施策である。これまで見てきたように、購入者CPAを下げるためには、新規顧客CPAと購入転換率のバランスを見つける必要がある。しかし、この絶妙な組み合わせをすぐに発見できる可能性は著しく低い。しかも、その答えがひとつである可能性もあり得ない。パフォーマンスマーケティングとはそのバランスをPDCAを通じて、永遠と探し求める活動である。本章では、このパフォーマンスの定義に基づいて、その効率的な実践のために必要なポイントについて考えていく。

そもそも広告代理店に何を頼むのか?

広告代理店が担っている役割とは?

これまで3社の事業会社で仕事をしてきて、大勢のマーケターを自社の採用のために面接してきた。概ね候補者のバックグラウンドは3種類で、事業会社のマーケター、広告代理店出身者、未経験を含めたその他である。その中で、広告代理店出身者の候補者が事業会社に転職をする際に10中8、9いう転職の理由がある。それは、「広告代理店でマーケティングをしていると、自分たちのマーケティングの結果がどのように事業成長に結びついているのかが見えない。このため、次は事業会社で仕事がしたい。」というものである。

私の経験上、事業会社であってもマーケティング部門の活動がどのように事業成長に役立っているのかを理解できていない会社の方がおそらく多いので、この悩みは事業会社に転職すればどこでも解決するわけではないのだが、この理由を何度も聞いているうちに、広告代理店に依頼して実現することと、実現しないことというのが分かってくるような気がする。

まず、出来ることの代表的な業務としては、広告媒体の買い付けとデジタル広告で言えばそのパフォーマンス最大化のための運用業務である。まあ、古いカテゴライズ方法ではあるが、広告代理店という業種名を考えてもこれが最もメジャーな広告代理店の活用方法である。その広告の買い付け、運用を起点にして、マーケティングに関わる関連業務の多くも代理店の請負業務として広がっている。例えば、広告クリエイティブの制作業務であったり、そもそもどのようなクリエイティブを作るのかを検討する過程でコミュニケーション戦略の立案、さらには、その戦略立案のための市場リサーチ業務、広告とは異なるタッチポイントとしてイベントの管理運用なども広告代理店に依頼している会社もあるのではないだろうか?

広告代理店にマーケティングを丸投げすることは出来ない

では、このような業務に共通していることは何だろうか?唯一の答えではないかもしれないが、ひとつの共通点は、顧客との最終的なタッチポイントになる部分の戦略立案~オペレーションまでの一連の業務ということになると思う。

では、なぜこれらの業務が広告代理店に外注可能なのかといえば、商品開発や、製造、サービスの開発などの会社のコアな業務と異なり、バリューチェーンの入口/出口など末端部分にあるため、他の業務と分離がしやすいからだと思っている。

これが、例えば新規サービスの開発となれば、そもそものサービスの事業的な位置づけ、戦略の策定から、膨大な社内調整、場合によっては管理部門との調整、営業部門との調整など、社内の数多いステークホルダーとの利害調整や議論などが発生し、例え外部に外出ししたとしても、結局はそれなりのリソースを社内に抱え、社内向けの業務を担わないとプロジェクトが円滑に実行できない。このような業務は、多くの場合多くのリソースがかかるため、コストの高い外注にするよりも内製化してしまった方がよいという結論になったりする。

というのが、おそらく一般的な現状に近いのではないかと思う。と考えた時に、そもそもマーケティングを広告代理店に丸投げすることは出来るだろうか?結論は当然Noなのであるが、その理由を考えながら、広告代理店に頼めること、頼んでもよいことと、丸投げしてはいけないことの区別を考えていきたい。

広義のマーケティングはインハウスでやるべき話

まず、この話をする際に、マーケティングのGoalを検討する際に説明した、広義と狭義のマーケティングの違いの話を思い出していただきたい。簡潔に言えば、狭義のマーケティングとは顧客獲得のプロモーション活動を意味し、広義のマーケティングとは顧客起点で事業のバリューチェーン全体をデザイン、管理運用していくというイメージである。そして、私は企業のマーケティング部門の役割は広義のマーケティングを担うべきという立場である。

この視点では、分かりやすく言えば広告代理店の担っている業務分野は狭義のマーケティングに分類されることはすぐに理解できるであろう。私の推測では、日本企業において広告代理店依存型のマーケティング部門が非常に多くなってしまっている原因は、そもそも、事業会社のマーケティング部門の位置づけが狭義のマーケティングの範囲にとどまってしまっているからであると思う。これに、こちらも以前に批判的に述べた、ゼネラリスト志向の人事ローテーション問題が組み合わさり、事業会社のマーケティング部門にはそれを専門職としている代理店の担当者と同等レベルのスキルを持つマーケターを育成できる人材がいないため、高度化するマーケティングに自社では対応出来ず、ドンドン広告代理店依存が高くなっていくという構造が生まれている。

しかし、このような狭義のマーケティングをしているだけでは、短期的な事業成長にマーケティング部門が貢献することは出来たとしても、中長期的な顧客視点、マーケット視点で事業成長を継続的に行うことは非常に困難である。事業会社は、深く顧客や自社が向き合う市場を理解し、その理解のもとに適切な成長戦略を企業のバリューチェーン全体を最適化することで実現していかなければならない。つまり、継続的に成長する企業となるためには、広義のマーケティングを継続的に実現する能力を持たなければならない。

このように考えると、やはり広告代理店に依存し、その管理をするだけのマーケティング部門という考え方は、広義のマーケティングをするためのマーケティング組織としては能力が貧弱すぎると言わざるを得ない。同時に、最初に述べた広告代理店出身者の悩みを聞いても、たとえ、広告代理店が狭義のマーケティングの範疇を飛び出して、広義のマーケティングまでサービス範囲を拡張したとしても、代理店社員の既存のスキルと経験では、高いクオリティのサービスを期待することは短期的には難しいと思われる。もちろん、昨今は、大手の広告代理店などは、このような現状を理解しているようで、社内に戦略コンサルティン部門のような組織を作り、広義のマーケティングまで範囲を広げようという意思を感じる。しかし、個人的には、短期的な切っ掛けや初期の体制づくりのサポートを外部コンサルに依存することくらいは現実味があるとしても、継続的に広義のマーケティングを担う部門を外注化することは、企業の成長戦略の継続的なブラッシュアップという非常にコアなナレッジを外部依存することになるため、健全な体制とは思えない。

まずは自社のマーケティングの問題点の理解をインハウスで!

私は、日米で仕事をしてきた経験から、日本の広告代理店、特にデジタル系の代理店の現場のスキルレベルはとても高いと感じている。このため、適切なクライアントが、適切なタスクを依頼するのは全く問題ないし、自社でやるよりもパフォーマンスをあげられるケースもあるし、自社のリソース確保が追いつかない場合などは非常によいサポートが得られると考えている。しかし、決して間違わないで欲しいのは、マーケティングのコアな業務は高いマーケティングスキルを持ったインハウスの人材によって行われなければならないということである。これまで議論してきたように、代理店で代替可能な業務範囲には限度があるし、その限度の範囲内では本質的な広義のマーケティングの依頼は困難である。そもそも、自社の顧客起点でのバリューチェーンで起こっている問題をきちんと理解する人材がいなけれ、マーケティングの改善としてどこから手を付けなければいけないのかの判断もできない。それが出来ていない状況に対して、改善を広告代理店に求めるのは、代理店はやる、出来るというと思うが、残念ながら私は依頼する内容を間違えていると思う。マーケティングが現状上手くいっておらず、代理店を変更しようかと議論している組織に属している方には是非一度立ち止まって考えてみてはいかがだろうか?問題が自分たちの内部にあるのであれば、その先の手足だけ取り替えたところで本質的な問題の解決にはならないのである。

広告代理店の力を最大限引き出す方法とは?

まずは代理店の収益構造を理解して、正しい期待値設定を!

広告代理店への理解も深まり、良い代理店も選定できれば、いよいよ代理店と一緒にマーケティングを実施していくことになる。では、どのように代理店と仕事をすれば良いのであろうか?実は私は、社内の組織をマネジメントするときに考えるべきことと特別な違いはないと思っている。そもそも、代理店が行っている仕事の多くは、会社によってクオリティに差が出ることがあるかもしれないが、基本的には自社でも実施できることである。という事であれば、実施する人材が自社に所属していようが、他社に所属していようが、高いパフォーマンスを出すために行う日々のオペレーションのやり方に違いが出るわけではない。このため、このBlogで議論していること、特に、戦略~オペレーション構築を議論したパートの内容を普通に実施すればよいだけである。

たまに自分の部下にもいるので注意をするが、相手が広告代理店で発注者と受注者の関係になると途端に高圧的な態度で接するようになる人がいるが、このような仕事の仕方に私は全く賛同出来ない。なぜ、自分の部下や同僚であれば発しないような言葉を、発注者と受注者という関係性に変わっただけで発するのであろうか?想像するに、このような態度で外注先に接する人物というのは、社内の人間は長期的な関係性、特に、モチベーションのケアをしなければいけないので気を遣うが、外注先のモチベーションは外注先の社内でケアすればよい、関係性は金を払えば維持できると考えているのだと思う。その証拠に、このタイプの人材は、代理店の担当者を理不尽に詰め、疲弊させ、モチベーションを低下させたうえで、最終的にはこの担当者は使えないから変えろと代理店の営業責任者にクレームを言う。本人は、それで厳しく外注先を管理し、成果をあげる努力をしているつもりであろうが、それは高い位置からものをいう快感に浸っているだけのケースも多い(たまにロジカルすぎて逃げ道を作らないという人もいるが)。もちろんこの話は、広告代理店側でやるべきことがきちんと出来ている場合の話なので、代理店側で改善点が大きい、落ち度があるのであれば、自業自得なので改善すれば済むことである。

なぜ私が、このように考えているかといえば、クライアント側に代理店の各担当者のスキルレベルを評価するスキルがあれば、そんなに変な担当者がアサインされるわけもなく、無理やり担当者を変えさせたところで、飛躍的に優秀な人がアサインされる可能性はそれほど高くないからである。そもそも、そんな人がいるのであれば最初からその人がアサインされているはずである

この時、注意が必要なのが、代理店選定の予算規模のパートで話したポイントである。例えば、ゲーム会社でA、B二つのタイトルがあり、同一の代理店に両方とも依頼し、広告運用チームが2ラインあるとしよう。Aの月額広告予算が1億円で、Bの月額広告予算が1千万円だとする。この状況で、たまにBチームの人材の質がAチームの人材の質よりも低いと文句をいうクライアントがいる。もちろん程度の差はあるので、Bチーム側も事前にコミットしたパフォーマンスから著しく低い成果しか出せないのであれば改善が必要であるが、そもそもBチームの人材の質がAチームよりも低いこと自体は、逆の立場になれば当然のことであり、この2チームを比較して文句をいうことは合理的ではない。お互い、営利企業でビジネスをしているわけなので、相手のビジネスロジックを正しく理解したうえで、現実的に最善な対応を引き出す努力をすべきである。

この例のようなケースで、Bチームのパフォーマンスにどうしても不満があれば、私のアドバイスは現代理店に改善の可否を確認後、難しいということであれば、月額1千万円でもより高いプライオリティで向き合ってくれる代理店を探してみることを勧める。広告代理店を集約したほうが良いか、分散させたほうが良いかみたいな議論もよくあるが、この例の話を考えれば、一概にどちらが良いとも言えないので、個別のケース毎に慎重に検討してほしい。

代理店の担当者も部下同様に教育する

私と一緒に仕事をした代理店の担当者が私のことをどのように思っているのか正確には知らないが(当然、一緒に仕事をして楽しかったと言ってくれるが、それを額面通り受け止めてよいか分からないので)、私としては、代理店の現場のメンバーなどは若い人が多いので、自分の部下と同様、日々の打ち合わせの中で私の持っている経験やスキルを活用して成長する機会にしてもらえればいいくらいの気持ちで接するようにしている。もちろん、個別の媒体のテクニカルな知識では私よりも詳しくあってほしいが、マーケティングの基礎体力を始めとした基礎的なスキルが私より高い人だけでチーム編成することなど正直困難なので、それであれば自社のマーケティングのパフォーマンスを上げるためには、代理店の担当者のレベルを自分で上げてしまった方が早いと考えているからである。つまり、自分と仕事をするメンバーの所属している会社は、仕事をするスタンスを決めるうえでは殆ど考慮していない。

本当であれば、お金を払って相手を成長させる、つまり、トレーニングさせることなど損をしているような気がするが、回りまわってそうではないと思っている。私は、凄く格好よく言えば、代理店のパフォーマンスを最も高く発揮させる一番よい方法は、代理店の優秀なメンバーに自分と一緒に働きたいと思ってもらえるかどうかなのではないかと思っている。もちろん、代理店内の優先順位を自社に向けさせるために最も有効な方法はマーケティングコストの大きさであることは間違いない。ただ、その金額は基本的には会社の規模や成長スピードに依存するので、マーケティングチームだけではコントロール出来ないことも多いし、そもそも成長スピードを上げるためにはマーケティングも高いパフォーマンスをあげなくてはいけない。

代理店の力を最大限引き出す2つのポイント

では、マーケティングコストを一定としたとき、広告代理店に最も高いパフォーマンスをあげてもらう原動力とは何であろうか?ひとつは、代理店内の良い人材に自分たちのプロジェクトに積極的に参加してもらうようにすることである。私の見てきた印象では、代理店の優秀な人材、特にクリエイティブ系の人材は、トップクラスになると自分の時間をどのプロジェクトに使うかある程度選択する権利を持っているようにみえる。完全に自由に選択できないとしても、営業の担当などがあるプロジェクトを手伝ってくれないかと調整に行ったとき、興味を持てないプロジェクトであれば今時間の余裕がないと断るくらいの裁量は必ず持っている。とすれば、代理店内の優秀な人材を自社のプロジェクトに積極的に参加してもらうために、自社のプロジェクトが他社のプロジェクトと比較して参加する意味があると思ってもらえるようにすることは、プロジェクトの成功に結構重要な要素だと思っている。これが逆に、プロジェクトに参加したメンバーに過度なプレッシャーをかけ、代理店のメンバーが次々と病んでいき、代理店内で有名な地獄のクライアントみたいな評判が立ってしまったらどうだろうか?大抵そういう噂というのは規模が大きいほど広がりやすいものだ。そうなったら、何も良いことなどないと思う。

そのような意味でも、広告代理店と良い仕事をするためには、自社のマーケティングチームのメンバーの育成をしっかり行い、マーケティング戦略をブラッシュアップし続け、マーケティングのオペレーションにおけるPDCAの質を徹底的に高くすることが、実は最も重要であると考えている。いくらお金をもらっているからとはいえ、代理店のメンバーからしても、ルーティーン化した通常の作業をするよりも、自身のスキルが伸びたり、これまでにないチャレンジが出来て経験値が増すような案件に積極的に取り組みたいはずだと考えている。そして、それは優秀なメンバー程高いはずである。なぜなら、普通に考えればそうでなければスキルが上がらないので、代理店内で優秀な人材として評価されるわけはないからである。

そう考えると、代理店の高いパフォーマンスを引き出すポイントの2つ目の答えが見えてくる。それは、自社のプロジェクトに参加する代理店のメンバーのモチベーションのコントロールである。自社のメンバーには楽しく仕事をした方がよいと言っておきながら、代理店の担当者は辛さに耐え続けなければいけないなどというのは、甚だおかしな話だと思っている。こういう話をすると、私の考えは甘いと思われる方は多いかもしれない。特に、代理店などの外注先を下請け業者と呼び、地位の上下があると思い込んでいる大企業の社員にそのような傾向が強い気がする。私は自分の経験上、自分の意見は論理的だと思っているし、それで高いパフォーマンスを出してきた実績もあると自負している。折角苦労して良いと思う代理店を選ぶことが出来たのであれば、是非優秀な彼らに高いモチベーションで長く自社の成長に寄与してもらえるようにしよう。

自社のプロジェクトに関わる全てのメンバーの力を引き出す

マーケティングとは仕様が決まった部品を作るのとは違う。プロジェクトに関わる一人一人のメンバーの深い思考と創意工夫の集積で成果が出るものだ。それであれば、その一人一人の力を最大限に発揮されるようにマネジメントすべきではないだろうか?それが社外の人間か社内の人間かなど自社の成長が加速するのであれば、大した問題ではない。