広告代理店選定のポイント

広告代理店のタイプと代理店内のチームの人員構成とその役割まで分かれば、基礎的な知識は整ったといえるので、いよいよ代理店を選定するポイントについての私の考え方を説明する。

 ここまで読んだ方ならご納得いただけると思うが、まずとにかくよい代理店を教えてくれという質問は、愚問である。なぜなら、そんなオールマイティな代理店など存在しないからである。

その前提で、自社に適した代理店の選定のポイントを整理してみよう。

  • 自社の課題、目的にあった代理店を選定する
  • 予算の規模にあった代理店を選定する
  • 提案内容がよい代理店を選定する
  • 営業をはじめとするプロジェクトチームメンバーの構成をみて選定する

自社の課題、目的にあった代理店を選定する

代理店のタイプ別分類を説明した理由は正にここにあるが、自社の目的にあった広告代理店を選定することは大前提である。極端な例でいえば、TVCMをやりたいのにデジタル系の代理店にプランニングをお願いしてもそもそも実現性がない。

また、別のよくあるよろしくないパターンは、自社の課題や目的がよくわからないので、そこから代理店にお願いしようというパターンである。そもそも代理店に何を頼んだらよいか分からない状態で、課題も明確になっていないのに、代理店から自社に最適な提案をもらえるわけもない。

正直、だいぶ初歩的な話な気がするが、実は世の中このような話が小規模な会社程で多発しているというのが実態である。特に、このようなケースに陥りがちな企業に多いのは、社内にマーケティングの担当者がいないか、マーケティングの担当者はいるがマーケティングの未経験者を無理やりマーケティング担当にしてしまっているようなパターンである。このような会社の場合、私のアドバイスは大変かもしれないが、代理店選びに悩むのではなく、スキルと経験のあるマーケティングの担当者を採用することから始める方がよいと思う。そもそも、そのような人材が社内にいなければ、ここでこれから説明する代理店の選定基準について判断することもできない。

このような状況が発生するのは実は日本独特な気がする。そもそも日本においては、広告代理店が企業のマーケティング部門の役割を担ってきた側面が強い。このため、事業会社内でマーケティング担当者を置かず、誰かが片手間で代理店の窓口をしながら、実際のマーケティングは広告代理店が行うということが、結構普通に行われてきた。しかし、このような体制で事業を進めることが健全であるとは私は考えていない。

このような話をするとよく出る反論が、マーケティングの規模が小さすぎて1人月分のマーケティングの業務量がないのでリソースが余ってしまうというものがあるが、この意見にも同意できない。申し訳ないが、そのような状況が長期的に続くような事業に将来性があるのだろうか?私が新規事業の責任者であれば、スキルあるマーケティングの担当者を諦めるのではなく、多少短期的な利益を諦めて、マーケティング担当者をきちんとアサインして、マーケティング効果の加速により計画よりも早く事業が成長し、マーケティング担当者の人件費がでるくらいの規模に成長できるように検討する。

おそらく、欧米の企業の経営者であれば当然そのような判断をする。相当小規模な企業であっても、多くのスタートアップのベンチャーは必要な場合は早い段階でマーケティングの担当者を置くケースが殆どである。それはおそらく、人材の解雇のしやすさのような話も多少影響しているのかもしれないが、米国はともかく欧州の国においては必ずしも日本より社員が解雇しやすいとも私は思わないので、やはりマーケティングは素人+広告代理店でも出来てしまうと考え、マーケティングを軽視している経営者が日本には多すぎるのだと思う。

という分けで、代理店選定の最初のポイントは、自社の課題・目的にあった代理店を選定することというのが大原則である。もしその課題が「マーケティングが上手くいかない」という大雑把な話であれば、あと2段階くらい因数分解して、なぜ上手くいっていないのかを代理店に依頼する前に自分で分析することから始めることをお勧めする。それすら分からないということであれば、まずその状況分析をするスキルがある人間を採用すべきである。私の予想では、結構高い確率で、良い代理店が選べていないのではなく、違うところに原因があるのではないかと思う(会社の宣伝をすると、どのような人を採用したらよいであるとか、現状のマーケティングの課題がわからないというご相談はお気軽にご連絡ください)。

予算の規模にあった代理店を選定する

次に考えるべきは、自社の予算の規模にあった代理店を選定することである。必ずしもそうであるとは限らないが、一般的には、大規模な広告代理店で良いパフォーマンスを出すためには、それなりの規模の広告予算が必要だと考えたほうがよい。

理由は、ちょっと考えればわかると思う。大手の代理店が大手である理由は、普通に考えると大口のクライアントを多く抱えているからだと考えるのが自然である。では、その前提で質問である。ある大手代理店に新規で3つのクライアントが依頼をしてきたとする。A社の月額広告予算は1億円、B社は1千万円、C社は100万円とする。代理店手数料率は3社とも同率である。さあ、この代理店はどのクライアントに優秀な人材をアサインするだろうか?当然A社に決まっている。A社の売上が明らかに大きいからだ。C社の予算は月額100万円とそれほど小さく見えないかもしれないが、A社との予算の差は100倍である。これでC社をA社と同様に質量ともにリソースをかける広告代理店があると思うのは楽観的過ぎる。

非常に世知辛い話ではあるが、残念ながら自社の広告予算の大きさは、代理店の業務クオリティを左右する相当大きなファクターであることは理解しておくべきである。

私のお勧めは、予算規模がある程度小さい場合は、代理店に支払う手数料分を人件費に回し、スキルのあるマーケ担当者を採用して自社運用するか、小さな予算でも良いクライアントとして優先順位高くサポートしてくれそうな代理店を探すのが現実的だと思う。ただし、繰り返しになるが、私としてはまずは、前者を優先して検討する方が良いと思う。

では、それぞれの代理店でどのくらいの予算規模が必要かという質問が出てくる気がするが、正直私も分からないし(というか、小規模なものを代理店に依頼するということを余りしたことがないので)、公にいうことがいいとも思わないので、ここでは控えさせていただく。代理店に依頼する際に、正直に予算を話して、聞いてみるしかないが、手を抜いてやりますという営業担当は普通はいないので、見極めスキルがないと、結論としては自社の予算規模がその代理店に対して十分なのかどうかの判断の判定も難しい。

提案内容がよい代理店を選定する

これも、それが分からないから困っているという悲鳴が聞こえてきそうだが、そもそも代理店の提案の良し悪しが分からないレベルのマーケティングのスキルしかない会社が、代理店を活用して中長期的にマーケティングのパフォーマンスをあげられるかと問われれば、私は疑問に思う。たとえ、どんなに素晴らしい代理店でも、マーケターでも最初の想定通りに上手くいくことはど殆どない。最初のプランが想定通りか、想定以上に上手くいったとしたら、それは運がよかったと考えたほうがよい。このため、代理店の提案というのは、その通りに行くか行かないかではなく、どういうロジックで現状より改善できると想定しているのかを理解することが重要である。このため、代理店の提案の精査し、その背景のロジックを理解する自信がない会社は、まずそれができる人材を採用することを優先すべきだと考える。

ということで、ある程度代理店の提案を精査できる前提で、なにを見るのかを説明したい。といっても、これもひとつのソリューションがあるわけではなく、過去に同様の施策の実績があるかどうかで変わってくる。

すでに自社や他代理店での実施実績がある場合

当然、過去に同様の施策、特に運用系のパフォーマンス広告などで過去に運用実績のあるアカウントの代理店の変更などのシチュエーションでは、代理店の提案と比較可能なBeforeのデータがあることが一般的なので、具体的な内容が検討可能だと言える。

例えば、過去にスキルレベルの低いチームで自社運用をしていた場合で、代理店のアカウント分析の結果、大幅な改善が見込まれるといった場合は、私の経験上、専門スキルの高い代理店に運用の提案をさせると大幅なパフォーマンス改善の提案をもらえることも多い。そのような場合は、代理店の提案内の改善ポイントについて詳細に質問をして、その回答に現実味があるかを納得いくまで説明してもらえばよい。基本的には、自社運用チームのスキル不足による運用パフォーマンス低調が問題であるので、説明に納得感があれば、提案の実現可能性はそれなりにあるかもしれない。

一方で、すでに代理店に運用を委託しているアカウントのパフォーマンスが悪く、別の代理店に提案を依頼したら大幅に改善するという提案が出てきたら、それは提案の精査以前に、なぜ現状がそうなっているのかの分析をするべきである。

一部のエッジの立った代理店は別にして、昨今のGoogleやMetaなどのGlobalメディア系の広告運用ノウハウというのはメディア側からの情報開示がそれなりに定型化されているため、広告代理店間で大きな違いがないことが殆どである。このため、実は広告のパフォーマンスというのは、代理店独自の特殊なノウハウにより生まれているのではなく、代理店の担当者と自社の担当者がどれだけ手を抜かず、愚直に改善を続けるかどうかで差が出てくることが殆どである。

と考えれば、ある代理店から別の代理店に変更をして大幅にパフォーマンスが変わるというケースは、可能性として3つしか考えにくい。①既存の代理店のスキルレベルが低い、②既存代理店の担当者がリソースをかけて運用をしていない(手抜き)、③自社の担当者の代理店へのディレクションが不適切で代理店に無理やり誤った運用をさせている。

①についてはその代理店は問題外なので、即変更したほうがよい。ただ、デジタルの経験が殆どない会社に無理やりデジタル広告の運用をやらせたというような代理店タイプの選定ミスのようなことでもない限りそのようなことは殆ど起こりにくいと思う。なぜなら、パフォーマンス広告というのは明確に結果がでる世界なので、会社自体にノウハウがなくパフォーマンスが出ないのであれば、そのような会社は確実に生き残っていけないからである。その意味では、急速に人がやめて業績が悪化していそうな代理店などは注意が必要だが、急成長していなくても安定的に運営されていそうな代理店であれば、①が理由である可能性は低いと考えて、他のふたつの可能性をまず疑った方がよい。

②は、私の経験上最も可能性が高い。よくあるパターンは、広告運用の詳細についてお任せで難しいことを言わなかったり、自社の担当者も片手間なのでちゃんと進捗を見られていないなどのケースでは、はっきり言って代理店も手を抜きがちである。手を抜く方法は2つである。単純に時間を使わないか、スキルの低い新人等に運用を任せて社内のスキルの高い人材がサポートしないかのどちらかである。パフォーマンスの広告は、最近AI化が進んでいることもあり、広告アカウントを一度設定してしまえば、その後は月次の予算設定などを変更する以外は、極論何もしなくても先月と同じ方法での広告配信は自動で行われる。このため、どの代理店もそうだとは言わないが、手を抜こうと思えばいくらでも手を抜けるのである。しかし、競合相手が市場の状況に対応して、ABテストを繰り返し、アカウントをブラッシュアップしていたりすると、こちらは何も変えなくてもパフォーマンスが悪化していくということは普通に起こる分けである。ある程度スキルのある代理店に依頼して、パフォーマンスが低いということは、そもそも代理店が真面目にやっていない可能性が高い。

③は②の次にありがちなパターンである。代理店の運用では、広告のパフォーマンスが悪くなったときに、結果のみを見て代理店の担当者を激しく叱責し、早急な改善を求めるが、実はパフォーマンス悪化の原因は自社要因でなく市場要因による悪化で、すぐに打てる手がないということがよく起こる。ただ、その原因も理解せずに、パフォーマンスが落ちるたびに理不尽な叱責を続けていたりすると、代理店の担当者も苦し紛れに正しいかどうかでではなく、その場を切り抜けるための返答をせざるを得ない状況になったりする。こういうことが繰り返されると、誰も悪意はなくても広告のアカウントが、本来あるべき代理店の成功ノウハウから異なる状態に変質していったりしてしまう。もちろん、そのような対応をしてしまう代理店もよくないのだが、私の知る限り、代理店の担当者を詰めることが自分の仕事だと思い込んでいる事業会社のマーケティング担当は世の中非常に多いので、実は結構よくある話である。

既存の代理店のアカウントを分析して、別の代理店が大幅にパフォーマンスが改善すると提案してきたら、代理店の良し悪しの前に、まず②か③の状況が起こっていないかを検討することをお勧めする。なぜなら、この点を改善しない限り、代理店を変更しても中期的には同様の状態に収斂していく可能性が高いからである。きちんと自己分析し、自社の運用に問題があったのであれば素直に代理店の提案を受け入れてもよいし、②、③の問題があるとしたら、それが再発しない自社側の運用体制も併せて検討しなければならない。

過去の実績のない全く新規の施策の場合

以前も市場分析の説明で同様の話をしたが、はっきり言うと全く新規の施策であったり、経験のない新規の市場であったりすると、代理店の提示するシミュレーションに現実味があるのかどうかをクライアント側で判断するのは難しいというのが現実である。なぜなら、論理的にその実現性を判断する比較材料が手元にないからである。

このようなケースにおいては、提案内容の正しさを一生懸命検証するよりは、4つ目のステップの代理店で自社を担当してくれるメンバーの質で選ぶ方が現実的であるが、それでも、いくつかチェックするポイントがあるので、少しでも自社の決断の納得感を上げるためのアイディアを提案する。

といっても思いつくのは二つ程度である。①同業他社等の類似事例を開示可能な範囲で資料に盛り込んでもらう。②Googleで入手出来る市場データをなるべく多く盛り込んでもらう。

①については、みなよくやる手であると思うが、有効である。そもそも、自社運用と代理店運用の2つの選択肢がある中で、デジタル広告の運用手法が標準化されてGoogle等のメディアから情報が開示されているのであれば、日々の運用スキルについては、どちらの選択肢でも大きな差は出にくいはずである。これは代理店間で差がでにくいのと同様である。と考えた時に、広告代理店と事業会社の一番の違いが何なのかといえば、それは広告代理店として複数の企業のマーケティングのサポートをすることで集積された、様々なシチュエーションにおけるソリューションの事例の量であると私は考えている。事業会社のきちんとしたマーケティング組織であれば、自社のマーケティングの状況や施策の評価については、代理店の担当者よりもクライアントの担当者の方が深く分析し、考えていなければならない。しかし、事業会社のマーケターの問題点は自社の施策以外には詳細なデータや情報が入手出来ないことである。代理店の付加価値は個別の案件の理解の深さでは当事者企業にはかなわなくても、個別の事業会社の前に立ちはだかる問題に対するソリューションをどれだけ多くストック出来ているのかなのだと思っている。

そう考えれば、何か新しいことをやろうとしたときに、私としては可能であれば、他社での事例の土台の上に検討された提案を代理店には提案してほしい。別にゼロベースで考えることに価値がないとは言わないが、それであれば、自社でもできないことはないのだから。

②については、①に適切なソリューションがない時には持ってきてもらいたい情報である。特に最近のGoogleなどはキーワードプランナーやリスティング広告の競合シェア情報など市場把握のための情報ソースが充実しているため、自分でやれば出来ないことはないが、クライアントが見られない業界の情報などデータ的な裏付けを強化する方法は可能な限り求めたい。提案の客観性が出来るだけ高まるように可能な限りのデータの充実は依頼したいところである。

自分でも後者については、それほど新規性の高いアイディアではなく、すでに多くの企業が実践していると思うので申し訳ないが、前者の既存の施策のパフォーマンス改善の提案については、提案内容の良し悪しだけでなく、なぜ現状が上手くいっていないのかを出来るだけ正しく把握する努力をすることをお勧めする。

私の経験では、代理店で運用していて、上手くパフォーマンスしていない理由は、代理店だけに問題があるケースは殆どなく、同様かそれ以上に自社に問題があることが多い。

営業をはじめとするプロジェクトチームメンバーの構成をみて選定する

最後の判断ポイントは、実際に一緒に仕事をするメンバーをみて判断する方法である。

これが広告代理店内のチームの人員構成を説明した最大の理由なのであるが、会社単位でよい広告代理店という評価は私はしないし、余り意味のない評価であると思っている。なぜなら、広告代理店のパフォーマンスの良し悪しを左右する最大のキーポイントは自社を担当する営業の窓口の人間の質であり、どんなに良いといわれる代理店であっても、能力の低い営業に当たってしまったりすると、パフォーマンスが上がらない可能性が高いからである。分かりやすく言えば、評価の高い代理店の50点の営業と評価の低い代理店の80点の営業の場合、企業としての評価は低かったとしてもプロジェクトとしては評価の低い代理店を選んだ方が成功の確率が上がる可能性も否定できないのだ。

もちろん、プロジェクトの規模に応じて、その営業の担当のカウンターが一営業担当であったり、部長、本部長、社長と変わっていくことはあり得るが、どのレイヤーであっても、自社の実質的なカウンターとなる営業の責任者が、プロジェクトメンバーの陣容を状況に応じて差配していくので、このカウンターの人材の質が重要になる。

私の経験上、この営業責任者のスキルが高いプロジェクトチームは、CD以下のクリエイティブチームに適切な人選をしてくれることが多いので、上手くいくかは別にして、お願いした人の質が原因でプロジェクトが失敗したと後悔することはあまりない。

特に、前述のように、自社に比較対象事例がない新規性の高いプロジェクトについては、私は基本的には相手のプロジェクトチームを信用できるのかどうかを、代理店選定で重要視している。

このため、発注側のマーケティングの責任者は、発注決定後も定期的に代理店の現場の責任者クラスの人物とはコミュニケーションをとり、オペレーションフェーズでのパフォーマンスや自社へのコミットメントの状況などを把握しておく必要がある。そもそも人が選定基準の場合、そのチームが高いコミットメントで自社に向き合ってもらえないとそもそもパフォーマンスが出ないからである。

マーケティングの責任者の経験をある程度持っている人間であれば、ひとつのプロジェクトについて突っ込んだ議論を30分程度すれば、相手がどの程度深く考え、またバックグラウンドにスキルと経験があるのかは概ね判断できると思う。ここでも同じことをいうが、代理店と日々のオペレーションを正しく行えない、代理店の提案の良し悪しも判断出来ない、代理店のカウンターとなる担当者のスキルレベルも判断できないというレベルのマーケティングスキルしか自社にないのであれば、問題は正しい代理店の選定ではなく、自社のマーケティングのスキルレベルが低すぎることをまず改善しなければならない。

良い代理店を選ぶ前提は、自社でそれを見極める目を鍛えること

広告代理店というのは、間違っても自社のマーケティングを丸投げして、Strategy, Execution, Operationのすべてを丸投げしてやってもらう役割ではない。もちろん、代理店の立場でいえば、そのような何も分かっていない顧客は扱いやすく、さらに予算が大きかったりすると絶好の鴨であったりするのかもしれない。しかし、自社のマーケティングをレベルの高いものにするのであれば、当然そのような良いお客さんになってはいけない。

上手に広告代理店を選び、パートナーとして継続的に仕事をするためには、まず自社のマーケティング人材の力を向上させていかなければならい。

広告代理店の基本構造

代理店と上手に付き合うには代理店の構造を理解しよう

読者の皆さんもだいぶ広告代理店に詳しくなってきた気がするので、いよいよ代理店選びの方法を教えろというプレッシャーが出てくるのかと思うが、残念ながら、それを感じる手段を持たないので、選定方法を話す前に、もう一つだけ代理店の基礎知識の話をしたい。それは広告代理店というのがどういう仕組みでクライアントと仕事をしているのかという基本構造の問題である。

まず、代表的、かつ、最も体制が充実している大手の総合広告代理店の仕組を例に話をする。代理店毎にネーミングが違ったりするが、ファンクションとしては大した違いはないと思う。

広告代理店と例えばそれなりの規模のTVCMの出稿も付随するような1年間のマーケティングプランを作りましょうという話になると、主な登場人物は下記のような感じである。

  • 営業担当
  • クリエイティブディレクター(CD)
  • ストラテジープランナー(ストプラ)
  • アートディレクター(AD)
  • デザイナー
  • メディアプランナー
  • デジタル広告運用コンサルタント
代理店のチーム構成

それなりの予算規模で、フルパッケージプランだと、およそこんな感じだと思う。まずそれぞれの役割について私の理解を説明する。繰り返すが、私は代理店で仕事をしたことがないので、クライント視点の理解である。

営業担当

確か最近の電通などはビジネスプロデューサーという肩書になっているが、私の印象では、結構このネーミングは当たっている気がする。私の経験では、広告代理店の営業というのは一般的なメーカーの営業のように決まった商品をいくつ売り上げて、いくら利益を出すかという感じで、売れるものの数をひたすら多くしてお金を稼ぐような仕事ではない。広告代理店のよい営業というのは、クライアント企業のマーケティングの、もしくは、もっと本質的な事業の課題を理解し、それに即したマーケティングの施策を代理店として提案するための代理店側の全体の取りまとめ役、司令塔である。クライアントのニーズに沿って代理店側で提案を作成するための各パートの人選の中心となるのもこの営業担当になる。その意味でも、代理店の営業担当というのは、クライアントから依頼されたプロジェクトの代理店側のプロデューサー的な役割を担っているといえる。

なお、デジタル系総合代理店における営業担当の役割というのもプロジェクトの配下に上記のフルラインナップのメンバーが揃うことはなかなかないが、担うべき役割は概ね同様である。

クリエイティブディレクター(CD)

CDの役割をひところで言えば、プロジェクトの具体的なマーケティングのコミュニケーションプランを統括することとなる。クライアントのマーケティング上の問題点やなりたい姿、市場でのブランドイメージとのGAPなど、様々なヒアリング情報やリサーチデータなどを総合的に把握し、それをどのように表現して顧客とどこで、どのようにコミュニケーションしていくのかの考える。特に、TVCMなどでは、以前に伝統的マーケティングにおけるPの重要性でも話たように、このコミュニケーションプランが的外れだと、何億円もつかる広告キャンペーンが完全に不発に終わるということも珍しくないため、非常に重要な役割となる。

ストラテジープランナー(ストプラ)

ストプラの役割は、主にCDの配下で、市場調査やクライアントのデータを分析するなどしたうえで、ロジカルな戦略策定をする現場の担当者である。プレゼンの際にストプラの人が説明することも多いので、実態として提案資料を取りまとめるなどもストプラが営業と一緒に行っているのであろうと推測する。

広告主がある程度自社のマーケティング環境や課題を理解している場合はストプラのチームから驚くような斬新な分析が出てくることは少ないように思うが、その部分を代理店の提案に頼ってしまっているような企業からすると、このストプラが分析した内容を正として施策の良し悪しの判断をせざるを得ないので、自社の分析力に自信のない企業には非常に重要な役割となる。

アートディレクター(AD)

ADの役割はCDとストプラの決定したコミュニケーションプランに基づいてクリエイティブを具体化していく上での、ディレクションの統括者である。具体的にクリエイティブを作るというときには、ADのスキルやアイディアが成否を決定する。私のようなクリエイティビティがない人間からすると、ADに要望を伝えるまでが主な仕事で、それ以降はADとそのチームのスキルとひらめきに頼るしかないと思っている。

デザイナー

デザイナーという言葉は凄く使い勝手が良い言葉で、その場その場で役割、定義が違ったりするが、このようなフルラインナップのプロジェクトでは、ADの下で具体的なクリエイティブを作るために現場で手を動かす人のことを言う。

メディアプランナー

コミュニケーションプランにしたがって、どの媒体をいくらでどのくらいの量を買うのかというメディアプランニングをする役割である。

デジタル広告運用コンサルタント

プロジェクトの中に運用系のデジタル広告が含まれる際に、実際に広告の運用を担当する役割を担う。大手の代理店だとメディア毎に担当が分かれることが多い。

総合広告代理店と前提で述べたような大規模なキャンペーンをやるとなると大体このくらいの人数が動くことになる。では、このような代理店と上手く仕事をする場合にキーマンは誰であろうか?もちろん全員が優秀であるに越したことはないが。おそらく、この説明を読めば、殆どの方が正解できるのではないだろうか?そう営業である。プロジェクト全体のプロデューサー的な役割を担う営業担当の能力で、プロジェクト全体のクオリティが相当左右されることになる。

ただし、この話は、ポジションとして与えられた役割の説明であって、代理店の営業担当のすべてがこの業務を高いクオリティで均質的にできるかといえば、残念ながらYesとは言いにくい。私が外から見ている印象だと、それはその営業担当の社内でのネットワーク、実績と信用、高い説明能力、よい上司からのサポートなどで、かなり結果は変わってくるように感じる。必ずしも、偉い人をアサインしてくれれば良いという話でもない。特に私のように、デジタル系のマーケティングを若い人向けにしているときに、中途半端に予算規模が大きかったりすると、営業担当も百戦錬磨のベテランの営業マンで、連れてくるチームもその会社の大御所チームみたいなことになったりするが、若者向けの提案がしてほしいのに完全にミスマッチであったりすることも少なからずあったりする。

代理店のタイプ別に構造を理解する

という感じでまずはフルラインナップを見てきたが、それぞれの代理店の形態別に、引き算でどのような体制になるか簡単にみていく。

デジタル系総合代理店

Full Funnel系のプロジェクトの場合はそれほど変わらないが、おそらくCDとストプラとメディアプランナーの役割はそこまで厳密に分かれていない感じがする。

運用系のプロジェクトの場合は、営業と広告運用コンサルタントとデザイナーくらいのチーム編成であることが多い。その理由は、ABテスト中心でコミュニケーションを作っていくので、事前のプランニングに大きなコストをかけないことに起因する。

パフォーマンス系、メディア特化型、新手法型

基本セットはデジタル系総合代理店の運用系プロジェクトの陣容になる。但し、企業の規模と、代理店の方針により、デザイナー以外は、営業担当が自身で担う業務範囲が増えていくケースが多い。つまり営業でクライアントの窓口もしながら自分で広告運用もするというパターンである。また、大手のデジタル系総合代理店はメディア毎に運用コンサルタントが分かれているが、小規模な運用系の代理店では、一人が複数のメディアの広告運用をしているケースも多い。

なぜ、代理店内のプロジェクトのメンバー構成の話を長々としたかといえば、実はそれを理解しないと代理店とのプロジェクトが何故上手くいかないのかが正しく理解出来ないからである。誰が、どのような役割を担い、何を決めているのかが分からないと、改善も難しいし、代理店を選ぶ際にも、このプロジェクトの成否の肝はどこで、どの人材の良し悪しで判断すれば良いかなどが分からないからである。ご参考にしていただければと思う。

代理店のタイプ別分類

私もすべて知っているわけではないし、広告代理店で仕事をしたことがあるわけでもないので、実態と異なる部分があるかもしれないが、広告代理店と言っても、実は様々なタイプの会社があるので、代理店の基礎編としてタイプ別の代理店の説明をする。

  • 総合広告代理店
  • デジタル系総合代理店
  • パフォーマンス広告中心の代理店
  • メディア特化型代理店
  • 新規手法系代理店

総合広告代理店

私の年代で、最初に広告代理店と言われて思いつく代表選手は電通と博報堂であろう。ここにADKを加えた3社くらいが日本の総合広告代理店の大手企業である。これらの会社は手広くいろいろなことをしているため、私もすべてを理解しているわけでもないので、ここでは私が付き合ったことのある一般的な広告代理業務とその周辺業務の範囲で話をする。

まず、様々な代理店のタイプがある中で、総合系に分類される代理店の最大の特徴はおそらくTVCMを扱えることである。実態をすべて知っている分けではないが、TV局はTVCMを販売できる広告代理店をコントロールしている模様で、TV広告をやろうと思うと、大体大手の総合広告代理店に少なくてもメディアの買い付けを依頼することになる。

また、このTVCMが得意分野であることに大いに関係してくるのであるが、総合代理店の強みはTVCMを起点とした、コミュニケーション戦略の戦略策定から、それを実際のTVCMやグラフィックや、音声素材など、クリエイティブ制作までの一貫したプランニングを得意としているのが特徴である。

それ以外にも、デジタルマーケティング中心に議論をしているため、このBlogで話題になることはあまりないが、大規模なイベントのスポンサードや展示会への出典なども総合代理店経由で行うことが多い。というのも、イベント系のスポンサード案件は単純に枠を買うというよりも、それと関連して様々なオペレーションを伴う施策を実施することも多く、それを自社でやり切れない場合などは代理店に全体のプロジェクトマネジメントやアレンジを依頼するとワンストップで出来る利点がある。

当然、デジタル系の広告も取り扱っている。TVの衰退の現状を考えればTVCMを扱えることだけを強みにしていても将来性は厳しいと当然考えているからであろう。昨今ではデジタル系の広告運用も行っているが、実態としてはグループ内に次に話すデジタル系の総合代理店やパフォーマンス広告系の代理店を抱えて、実際の運用はそちらでやっているケースが多いようである。

このように見てくると、総合代理店の最大の利点は、戦略策定から媒体の買い付け、さらにはリアルなイベント等のオペレーションまでワンストップで行ってくれるという使い勝手の良さが、とくに規模の大きな企業から重宝される理由であると思う。

しかし、この代理店の使い勝手の良さこそが、日本企業のマーケティングのスキルレベルの著しい低空飛行を生む原因になっているような気がして私はならない。特に、代理店のプランニング能力に頼りきって、リサーチから戦略立案、クリエイティブ作成まで一貫して丸投げしてしまっている企業が多い気がしてならない。どこまで意図的なのかは分からないが、もちろん広告代理店がそのようにクライアントを飼いならしてしまったのかもしれないが。。。

デジタル系総合代理店

2000年前後のインターネット産業の勃興とともに新たに登場したのがデジタル系の総合広告代理店である。代表的な企業としては、サイバーエージェントやセプテーニ、オプトなどが有名であろうか?総合広告代理店と異なるのは、原則としてデジタルに特化しており、TVを中心とした4マス媒体と言われるオフラインの媒体は扱っていないか、扱い量が非常に少ない。

2002年のリスティング広告以前は、正直広告の枠売りをしていて、顧客の要望に応じた広告枠の選定(メディアプランニング)と広告素材の入稿管理が主な業務で、今考えると広告主側からすると、大した付加価値のない業務であった気がする。手数料の話でも書いたが、どちらかというとWeb上に無数に広がるメディア・媒体側の営業力の低さを代理店が集約的に営業することによって、媒体側に付加価値を提供していたというのが実態であったと思う。

しかし、リスティングの登場以降、おそらくデジタル系代理店の付加価値は広告の運用の精度向上によるパフォーマンス改善に軸足を移してきた。そもそも枠売りの広告枠というものがほぼ死滅してしまったので、それ以外生き残る方法がなかったわけだが、時代の流れからそのようになってきた。

そのような変遷を遂げてきたデジタル系総合代理店が最近になり力を入れているのが、総合代理店の独壇場であったプランニング・クリエイティブ領域である。たぶんこの4-5年の流れなような気がする。

背景は2つくらい思いつく。ひとつはそもそもTVという媒体の急速な影響力の劣化に伴い、のちに詳細に議論するFull Funnel系のマーケティングをデジタル完結/中心で行うというクライアントが少しずつ増えてきたことが考えられる。今までは、認知を一気に拡大しようと思うとTVCMをやるというのが一般的であったため、Full Funnelでやろうと思うと、総合代理店に依頼するのがほぼ唯一の選択肢であった。もちろんデジタル中心のFull Funnelを総合代理店に依頼することも可能であるが、デジタル系の代理店にとっても大きなビジネスチャンスなので、この分野に力を入れているということだと理解している。

また、もう一つの背景として考えられるのは、デジタルのパフォーマンス中心でマーケティングをしているクライアントのパフォーマンスが規模の成長にともない悪化して、Full Funnel系の施策も組み合わせて行わないと利益率を維持した成長を実現できない状況が増えてきているということもあるかもしれない。

いずれにしても、デジタル系の総合代理店と既存の総合広告代理店の違いは広告代理店という視点で考えれば小さくなりつつある。

パフォーマンス広告中心の代理店

リスティング広告の運用によるパフォーマンス改善という新しいデジタルマーケティングの特性に着目して2003-2004年くらいから急速に地位を伸ばしてきたのがパフォーマンス広告の運用に特化した広告代理店である。当初はリスティング広告に特化した代理店であるケースが多かったが、その後、デジタルのほぼすべてのメディアがオークション型の運用型メディアに置き換わってしまったためほぼすべてのデジタルメディアを扱うように現在では様変わりしている。

このため、デジタル系総合代理店との違いは、Full Funnel系の施策を行うかどうかくらいの違いになっている。デジタル系総合代理店と比較すると、規模は小規模であり、数が非常に多いので、私も知っているところしかコメント出来ないし、それが正しいのかも分からないので、具体名を挙げるのは控える。

サービスの内容としては、デジタル系総合代理店とパフォーマンス系領域においてはメニューとしては大きな差はない。このためやりたいことの違いでどちらが良いかということはあまりないと思う。このため、どちらかというと違いは企業の規模に起因することが多い。例えば、比較的予算規模が小さくても親身になってサポートしてくれるとか、小回りが利くとかそのような類の話である。詳細については、後日代理店選定のポイントを纏めて説明するため、そこで議論をすることにする。

メディア特化型代理店

パフォーマンス系の代理店も元々はこのカテゴリーに属していたのであるが、特定のメディアの広告を特化して扱う広告代理店も存在する、昔からあるのは、電車や駅のパネルなどを専門に販売する交通広告専門の代理店であったり、特定のエリアの媒体のみを扱う代理店であったりする。

あまりマーケティング部門が関わることは少ないかもしれないが、人材採用系メディアを専門に扱い、企業の人事部門から主に仕事を受けているような広告代理店もある。Indeedの登場依頼、じつはこの採用系メディアもパフォーマンス系の媒体になりつつあり(アグリゲーション系と呼ぶ)、これらの媒体に特化した広告代理店のようなニッチな企業も存在する。

これらの代理店はほぼ小規模であるケースが多く、サービス範囲も狭いため、クライアント側にニーズが明確な時に選ぶと良いかもしれない。ニッチなメディアの特徴を専門的に扱っているため、総合代理店の営業担当者では知らないような知識を活用出来る可能性がある。

新規手法系代理店

この分類も特定のメディア特化といえばそうなのであるが、新興企業であることがほとんどであるので、あえて別のカテゴリーとして新規手法系代理店というのを最後に追加した。この系の代理店というのは、新しい流行りの広告手法が出てくると、必ず現れる。例えば、Youtuberのインフルエンサーマーケティングが流行ればYoutubeのインフルエンサーマーケティングに特化した代理店が現れる。次に、TikTokがトレンドだとなれば、TikTokのインフルエンサーマーケティングに特化した代理店が出来たりする。

似たような話で、Youtuberの例同様に、vTuberが流行りだすとそれ専門のマーケティングをサポートする代理店が出てきたりする。

私のような歳のマーケターには正直理解が難しいエリアだったりするし、これらの手法は一時的なブームで終わってしまうものと、長く続くものとの見極めが難しいので、初めてトライするときなどはノウハウが集積しているこれらの代理店は重宝することも多い。手探りで試しながら、PDCAを回す際の伴走者として上手に活用してみるとよい。

一口に広告代理店といっても、ここで説明したように様々な業態の企業がある。おそらく広告代理店の仕事というのは、人件費以外の初期投資が殆どいらない業態であるため、特にパフォーマンス系の広告の登場以来、非常に独立がしやすい職種になっていることも背景にあると思われる。

逆に言えば、活用する広告主側からすれば、目的に応じた適切な代理店を選択することが必要になる。大企業のマーケティングをしている方で、なんでもかんでも総合広告代理店の営業担当者に相談してしまっていることなどないだろうか?

自社運用 VS 広告代理店

どの広告代理店がいいの?

こういう仕事をしていると、よく聞かれる質問のひとつが、どの広告代理店が良いですか?という質問である。私の応えは一択で、「分からない」である。ただ、これでは余りに乱暴なので、もう少し丁寧に説明するのであれば、「今何が問題で、何を解決したいのか、キャンペーンの規模はどの程度で、社内のメンバーのスキルレベルは程度か、、、などなど、状況が分からないと応えられない」というのが正しい答えである。

もう一つのよくある質問は、インハウス運用がいいのか、代理店運用が良いのかという質問である。これも、応えは同じである。世の中なんでもそうだと思うが、あらゆる問題を解決する魔法の杖のようなソリューションがあることは極稀である。残念ながら広告代理店も使い方次第である。

ちなみに、私はこれまでの3社でインハウス運用も広告代理店運用も両方経験しており、どちらを選択するかではなく、何をどのようにオペレーションするのかという方が何倍も重要で、パフォーマンスの差が生まれると思っている。

日本企業の多くは広告代理店にかなり依存してマーケティングをしていると理解していて、どのようにお付き合いするのが良いのかは、結構ニーズの高い関心事だと思っているので、本章においては、広告代理店というサービスのいろいろについて考えていきたいと思う。

リスティング広告が生み出した自社運用という選択肢

広告代理店について議論する時にまず最初の検討項目は、そもそも広告代理店を活用するのかどうかというそもそも論である。使わない選択肢はインハウス運用で、デジタルメディアに直接アカウントを開き、自社で運用するという手法である。私の記憶では、少なくても日本においては2002年のGoogleのリスティング広告のサービス開始以前は、メディア買い付けで全面的にインハウスで行うという選択肢は殆どなかったと思う。そもそも、媒体側も面倒なので、広告代理店を通さないと広告を売らないというケースが多かったと記憶している。現在でも一部のデジタルメディアやTVCMの枠などは代理店を通さないと購入できないケースがある。そのようなメディアを購入する場合は、そもそも広告代理店を使わないというオプションがないので、好き嫌いにかかわらず活用することになる。

しかし、2002年のGoogleのリスティング広告において、個々の出稿企業が直接広告枠を購入することが可能になった。これにより、デジタル広告を自社運用するという選択肢が登場することになる。ちなみに、このリスティング広告が広告業界を大きく変えたポイントがもう一つある。それは代理店手数料が媒体費用の内数か外数かの違いである。最近デジタル広告の運用をやっている人にはそんな時代があったのかと思われるかもしれないが、リスティング広告開始前の広告媒体というのは日本ではほぼ内数になっていた。今でも、4マス媒体のような既存メディアについては、昔のように内数で計算されているケースの方が多いと思う。以前の内数の場合は、代理店の代理店手数料は出稿主にはいくら取られているのか見える化されていなかったため、媒体費用の単価の議論はあっても、代理店手数料が高くて、そこでコストリダクションしようという発想はそれほど一般的ではなかった。それは、媒体と代理店の中で決めてくれればよいという話であった。しかし、Googleが直接購入という道を開いてしまったこと。さらに、そもそもオークション型価格モデルを導入してしまったことで、代理店手数料を外数にせざるを得なくなってしまった。それにより、広告媒体を購入するときに、広告代理店にどの程度の代理店手数料が支払われるのかが請求書明細欄に明確に記入され、白日の下にさらされることとなった。

代理店手数料とは何のための手数料か?

このことは、多くの広告出稿企業内で、問題となった。そもそも、この費用に妥当性があるのか?特にCMOがCFOに説明を求められる事態となったのだ。おそらくGoogle的にはそこまで深く考えていなかったのではないかと勝手に思っているが(当時話している感じでは、当然そうでしょう?という雰囲気であった)、今振り返って見ると、これはそれなりに大きな事件であったと思っている。

では、そもそも、代理店手数料というのは、何のための手数料なのであろうか?それが理解できないと、そもそも代理店の存在意義、利用価値自体がよくわからなくなってしまうので、まずそこから考えてみたい。直接出稿という選択肢が提示され、直接出稿可能媒体=手数料外数、直接出稿不可能媒体=代理店手数料内数となると、よく考えるとこの手数料を誰が代理店に支払っているのかというのが違っている気がする。この話を書き始めるまで、自分も深く考えたことがなかった。そのため、これまで個々の代理店との契約書をそこまで深く読み込んだ記憶がないので、契約書にどのように書いているのか分からない。もし間違っていたら知っている方にご指摘いただきたいが、ロジカルに考えると次のようになるのではないか?

そもそも、代理店手数料なしで直接出稿出来るGoogleのようなケースの場合、そもそもGoogleは手数料はいらないと言っているのであるから、媒体側が代理店に何かを頼む要素はおそらくないのだと思う。とすれば、手数料は出稿企業が代理店に何かを頼むことの対価として支払っていることになる。ただ、媒体の購入は自分でアカウントを開けば出来るわけであるから、それをするためにわざわざ代理店手数料を追加して、媒体を高く買う理由は論理的に考えてあり得ない。もしそうなのであれば、即刻代理店を使わずに直接出稿に切り替えるべきである。では、この場合の手数料は何に対する対価なのであろうか?これはどう考えても、運用型広告における広告アカウントの管理・運用業務に対する対価ということになる。

一方、直接出稿できない媒体の代理店手数料というのは、何のために存在するのだろうか?そもそも、媒体費に代理店手数料が含まれていることは記載されていてもその費用がいくらなのか分からないというのであれば、それはそもそも広告主側が何かを依頼しているわけではない気がする。そもそも値段も分からず何かを頼むなどということがあり得ない気がする。であるならば、おそらくこのケースの代理店手数料というのはおそらく媒体側が代理店に支払っている手数料なのであろう。であるならば、それは販売手数料なのだと思われる。多くのクライアント企業と交渉し、代金の入金まで管理することに対する手数料であるのだと思う。

このロジックが正しいとすれば、確かにリスティング以前にCMOがCFOに代理店手数料を削減しろと言われなかった理由もなんとなく理解できる。そもそも金額も分からないので削減のしようがないし、そもそも媒体者が代理店に支払っている費用をコントロールする権限もないわけだ。

ところがリスティングの登場により、状況が一変してしまった。CMOは自社のリソースで実施することも可能な広告アカウントの管理運用業務を広告代理店にアウトソーシングしているわけである。そうなると、そもそも社内に人を置いて自社でやる場合の人員コストと広告パフォーマンスと代理店で運用する場合の手数料と広告パフォーマンスのどちらが効率が良いのかをCFOに説明せざるを得ないし、同様に広告代理店も、広告代理店手数料が増えるよりも広告パフォーマンスの改善幅の方が大きいことを証明しなければいけない。

代理店運用と自社運用の判断基準とは?

広告業界における代理店手数料の歴史を見ながら、そもそも現在のデジタル広告の広告代理店手数料が何の対価として支払われているのかがご理解いただけたと思う。では、その理解を前提として、広告代理店を使うべきかどうかの判断基準を考えてみよう。

前述のとおり、デジタル広告における広告代理店の役割というのは、広告運用のパフォーマンスを上げるために広告アカウントの管理・運用をしてもらうことと確認した。その前提で、代理店に依頼するか、自社運用するかの判断をする算式は次のようになる。

代理店手数料ー自社運用人件費増 > 代理店運用広告パフォーマンス増ー自社運用広告パフォーマンス

この状況になってしまうと、広告パフォーマンスの増分よりも代理店手数料の増分の方が大きくなってしまうので、広告代理店に依頼する理由がなくなってしまうので、自社運用にした方がよい。

代理店手数料ー自社運用人件費増 < 代理店運用広告パフォーマンス増ー自社運用広告パフォーマンス

逆に、このケースは代理店手数料の増分を上回る広告パフォーマンスの改善を代理店が実現出来るということなので、代理店に頼んだ方がよいということになる。

ちなみに広告パフォーマンスの計測の仕方は、KPIの設定の仕方で概念を説明したため、ここでの説明は割愛する。

広告運用コストを最適化する

 では、左辺から詳細に見ていこう。まず、普通に考えれば、代理店で運用しても、自社で運用しても作業量は同じであると考えれば、左辺はプラスにならなければおかしい。なぜなら広告代理店も当然営利企業であるため、広告代理店内でオペレーションをする人材の人件費を必ずマークアップして代理店手数料を計算しているはずだからである。これがマイナスになるケースは2パターンある。一つ目は、自社の運用人材の人件費が高すぎる場合である。2つ目のパターンは自社運用の人材を採用して1人月分の人件費が発生したが、広告予算の規模が少なすぎて代理店手数料が一人月分の給与を上回らないケースである。いずれのケースも自社運用する理由がほぼないので、左辺がマイナスになる場合は例外的に代理店に依頼してしまった方がよいと思われる。前者のケースは非常に特殊なケースなので、余り議論をする気はない。一方で、後者のケースとなった場合、この時点の判断としては代理店運用でよいとしても、それを理由に長期的に代理店運用を続けるのが良いかどうかは冷静に判断すべきである。そもそも、成長している事業というのは、殆どの場合、集客量を増やすために広告費用は増大していく。繰り返すが、このBlogは企業を成長させるためにマーケティングの質を高める方法を議論しているため、1人月分の人件費を中長期的に代理店手数料が越えない規模の広告予算で事業を続けているのであれば、客観的にみて、その事業は中長期的な成長力に問題があるか、そもそも事業としてのポテンシャルが足りていないと考える方が健全である。代理店手数料が1人月の人件費を上回らない状況が長期的に続いているのであれば、マーケティングが上手くいく方法を考える前に、事業自体の改善にまで立ち戻ってやり方を考えたほうがよいと思う。

 話を左辺がプラスの値となる通常時に戻そう。左辺の改善で自社運用した方がよいとなるケースは、自社代理店手数料率と媒体費用が一定だとすれば、選択肢は自社運用時の人件費の増分を小さくということになる。人件費増を減らすためには、論理的には方法は2つである。ひとつは、代理店が行うよりも効率的に少ない人数で同じ作業をできるようにする。もしくは、同じ効率の業務を代理店よりも人件費が安い人材でも実行できるようにするのどちらかである。つまり、右辺を理由に自社運用をするケースは、代理店と同等以上に効率的な広告運用オペレーションをする能力か、もしくは、代理店と同程度のクオリティの業務をより安い人件費の人材に採用育成する力があるかのどちらかとなる。そもそも、広告代理店というのは、多くのクライアントの広告運用業務を集約して請け負うことによって、オペレーションを洗練させ、効率化しているはずの専門集団である(でないとそもそもおかしい)。そうであるとするならば、左辺の改善で自社運用を検討できる企業というのは、マーケティングの部署の成熟度がある程度高い企業でなくてはならない。

ただ、左辺については考えなければいけないケースがもう一つある。それは媒体料が非常に大きいケースである。運用型広告というのは、一般的に媒体費の増加ペースと運用にかかるリソースが一次関数的に増えていくことは殆どなく、運用リソースの増加ペースは低減していく。このため、媒体料が非常に大きいケースにおいては、代理店手数料が非常に大きく、コストリダクション効果が非常に大きくなるケースが存在する(私が仕事をしてきた3社はこの状況に近い)。このようなケースにおいては、代理店は広告主が真似できないようなレベルの運用を行い、右辺のパフォーマンス増分を増やすしか方法がない。

広告運用のパフォーマンスを最適化する

では、右辺に話を移そう。この算式は非常に単純で代理店で運用したときに自社で運用したときよりもどれだけパフォーマンスが改善するかである。左辺の話で述べたように、基本的に右辺はプラスになることが殆どだと思うので、代理店運用に変えるときは、そのコスト増分よりもパフォーマンスが上がらなければいけない。代理店運用のパフォーマンスを良くするためには、代理店とよいスキームが作れるかになるが、詳細を話し出すと長くなるので、次回以降で詳細に議論することとする。一方、自社運用のパフォーマンスをあげ、代理店運用のパフォーマンスとの差が小さくなれば、当然自社運用に切り替えるインセンティブが高くなる。では、その具体的な方法がなにかと問われれば、それは、このBlogで書いていることを一つ一つ理解して、良いチームを長い時間かけて作ってくださいというのが応えなので、それほどお手軽な話でないのは、読者の方はすでにご理解してくれているであろう。

つまり、右辺については、自社運用のスキルレベルが高ければ自社運用にする方がお得で、代理店運用をするためには可能な限り代理店の高いパフォーマンスを実現しなければいけないということになる。

と、それっぽく長々書いてきたが、左辺、右辺の両者を通じていえることは、自社のマーケティングの管理・運用レベルが高ければ当然自社運用の方が効率がよく、そうでない場合は代理店でやった方が効率がよくなるということである。まあ、特に斬新な結論ではない。

コストとパフォーマンスのバランスを検討する

では、なぜこの話をこんなに長々したのかということであるが、いろいろな会社をみていて、この当然のロジックが理解されていないと思うケースが非常に多いからだ。特に多いのが、間違った状態で自社運用にこだわってやっているケースである。ここでも述べたように自社運用の前提条件は社内にパフォーマンスを上げられるスキルレベルの高いマーケティングチームがすでに存在していることが条件である。ところが、まだスタートアップであったり、事業規模の小さい会社で特にマーケティングのスキルが高くない人が片手間で自社運用をしているケースをよく見かける。このような形で運用している会社の言い分はほぼ2択である。①代理店手数料が勿体ない、②代理店に頼むと自社にノウハウが残らない。

①についての誤りは、代理店手数料が高いかどうかの判断をする際に、自社と代理店でやったときの広告のパフォーマンスの差について全く検討をしていないことだ。GoogleやMetaなどグローバルの巨大メディアは広告運用にAIを導入し自動化を進めていて、誰でも同じようなパフォーマンスが出るように商品設計を進めている。事実、20年前、10年前と比べれば、運営者によるパフォーマンスの違いは少なくなりつつあるのは事実である。ただ、現実的にはスキルのある人とない人で運用するときのパフォーマンスの差が代理店手数料の差より小さくなることは、正直現在のAIの運用レベルでは難しいと思う。まあ、私のような立場の人間はその差がなくなってしまえば、仕事がなくなってしまうので、当然そういうのではあるが。

②についてはもっと深刻な問題である。非常に申し訳ないが、スキルのない人が自社運用して会社に残るノウハウというのは多くの場合、マーケティングが会社としての競争優位性となるレベルには達しない。おそらくどの会社でも出来る程度のことができるようになるだけである。一般的にある業務をやる際の入門編的なレベルの知識は独学するよりも、人から教えてもらった方が遥かに効率的に学べることが多い。

もちろん、自社運用を担当している人が優秀で、結果的に前述した不等式の左辺の方が大きくなる状況に出来ているのであれば、それは問題ないし、自社にノウハウが本当に残っていれば問題ない。しかし、そうなるのは私の経験上稀である。そして稀な状況が発動する条件は、以前人材育成のパートで話した「放っておいても育つ人材」がこのマーケティングを担当している場合である。このタイプの人材は自習能力が高いためそもそも先生を必要としないか、勝手に探して学んでくる。ただ、このタイプの人材は数十分の1くらいの確率でしか発現しないので、この自社運用を無理やりやって上手くいくパターンになるのは、はっきり言ってギャンブル的な確率でしかない気がしている(もちろん人を見る目に自信があるのであれば確率は高くなるが)。

以前にも述べたが、私個人としては日本の多くの事業会社はマーケティングを広告代理店に依存し過ぎてていると考えているため、各企業は自社でマーケティングを出来る力をつけなければいけないと強く信じている。このため、これまでのキャリアの中で自社運用を選択してきた経験も豊富にある。しかし、そのことは広告代理店の活用を否定することには繋がらない。必要な時に必要な内容を依頼すれば良いのである。問題なのは、マーケティングを丸投げすることなのだ。

この章では、日本の広告代理店をクライアント視点で理解し、適切に活用する方法を議論していく。

楽しく働く!

苦行と思うより、積極的に楽しもう!

人材育成の最後に、成長速度を上げるために、非常に重要だと思っていることを話しておきたい。そもそも私が何故20年以上も一貫してマーケティングの仕事をしているのか?究極の理由をひとつ挙げるとすれば、単純に「楽しい」からである。

ここまで述べてきたように、現代のデジタルを中心としたマーケティングというのは、継続的で絶え間ないPDCAを回していくというプロセスである。以前に螺旋階段の例を話したが、日々の活動は、真下から見てしまえば同じ場所をグルグルと回っているだけの単調な作業のような気がしてしまうかもしれない。でも、その螺旋階段が少しずつでも上に上がっている以上、その歩みを止めることはできない。もちろん普通のストレートな階段のように、一直線に上に上がっていける方が効率は良い。しかし、よほど自分が参加する以前の状況が手つかずで、ベーシックな施策をするだけで一本調子でパフォーマンスが改善するというような状況でもない限り、そんなことにはならない。少なくても、そこそこ成功していると思われている企業で20年以上マーケティングをしてきたが、そんな楽な状況が続いたためしがない。ある一定程度精度が高いマーケティング施策のオペレーションフェーズではほぼ100%の確率で螺旋階段のような状況になるのである。

では、それはつらい苦行なのであろうか?見方によってはそう感じてしまうのかもし れない。でも、私は20年以上続けてきたが、全くそのようには思っていない。そして、私は、自分が携わる業務で早くスキルを上げるためには、苦行と思わない方が良いと思う。やはり苦行と思ってしまっては、螺旋階段を上るモチベーションが下がってしまい、スピードが落ちてしまうであろう。自己のパフォーマンスの成果を出す意味だけでなく、自己の経験に深みを持たせ、成長スピードを上げるためには、階段を上るスピードをあげなければいけない。そのためには、日々の業務を苦行ではなく、楽しみだと思えるようするに越したことはないわけだ。

ここでは、すべての人に当てはまるかどうかは不明ではあるが、私が普段心がけている、仕事を楽しむコツとか、心がけ的なものを紹介して、皆さんの成長や人材育成の環境づくりのお役に立てたらと思う。

  • 組み合わせは無限大。新たな発見を楽しむ
  • 新しい課題を積極的に見つけてチャレンジする
  • 不満はためずに、言いたいことは正直に言う
  • そもそも100%楽しいなんてあり得ない。良い部分を積極的にみる

組み合わせは無限大。新たな発見を楽しむ

そもそも、日々のPDCAを繰り返す業務というのは、本当にグルグルと同じ場所を回っているような単純作業なのであろうか?そう思ってしまうのであれば、そう言えるのかもしれない。しかし私は、そうだとは思っていない。マーケティングにおいて「誰に、何を、何時伝えるのか?」の3要素の組み合わせはほぼ無限大に存在する。極論すれば、全世界の80億人にパーソナライズしたマーケティングをすると考えれば、無限大という言葉も嘘ではないであろう。私は、マーケティングのPDCAのサイクルというのは、この無限大の組み合わせの中から、自分たちの商品やサービスを使ってもらうための課題の解決に最適なものを見つけ、その数をドンドン増やしていく宝探しのようなものだと思っている。人間の脳みそでシミュレーション出来るパターンなど、その無限大の組み合わせの極一部でしかないことが殆どだ。どんなに精緻にPDCAを回している自信があっても、毎週起こる変化(それは上手く行くことも、上手く行かないことも)には、想定していなかった発見があったりする。

 しかも、マーケティングが相手にしているのは、需要と供給のバランスでパフォーマンスが決まる市場である。市場の状況は自分では当然100%コントロール出来ない(独占企業でない限り)。競合がどのように動くのか、顧客がどのように動くのかも考えなければいけない。マーケティングで出来ることの可能性は本当に無限に広がっているのだ。なぜ飽きてしまうことなどあるのであろうか?同じところをグルグル回っているように見えるのは、単純に正解を見つけることが難しいだけなのである。すぐに宝が見つかってしまう宝探しが面白いであろうか?一直線にゴールに到達するRPGのゲームが面白いであろうか?試行錯誤があるから面白いのだ。マーケティングのPDCAとは、無限に広がる可能性から、小さな正解を見つけるプロセスである。そのように考えれば、日々のPDCAを回す活動にも楽しみが見出せないであろうか?

新しい課題を積極的に見つけてチャレンジする

PDCAを宝探しになぞらえて、無限の可能性が広がっていると話したが、とはいえ、同じゲームをずっとプレイしていても、たまには変化が欲しくなる。新しいゲームをプレイする機会も必要である。仕事における新しいゲームというのは、新しい課題だと思っている。そういうものを、積極的に見つけて、チャレンジできるようにすることは、仕事を楽しいものにする重要な要素だと思っている。

その一番ドラスティックな方法は、前述した人事のローテーションになると思う。しかしこの方法は2-3年に一度程度にしか使えないため、もう少し短いサイクルで行える方法も考えなければいけない。

例えば、広告運用であれば、新しい媒体にチャレンジするとか、新しい広告メニューにチャレンジするとかでも良いかもしれない。テキストや静止画の広告ばかりやっていたのであれば、動画のクリエイティブを作ることを経験してみるとかでもいいかもしれない。もしくは、ターゲットユーザーを変えて新しい顧客層を獲得することにテスト的にチャレンジしてもいいかもしれない。

CRMであれば、新しくMAツールを導入するとか、MAツールに全く新しい切り口のシナリオを追加するなどのチャレンジでも良いかもしれない。これまでメール中心で行っていた手法をLineやSMSで試してみてもいいかもしれない。

このように新しい課題を見つけることが出来れば、日々の業務に変化をつけることが出来る。そうすることによって、PDCAの繰り返しに変化をつけられるし、その変化はもしかしたら、既存のPDCAに新しい視点とアイディアを提供する刺激になるかもしれない。もちろん、ひとつのPDCAサイクルを愚直に回す忍耐力は必要であるが、やはりそれだけでは苦しくなる時はやってくる。そのためには、日々の業務の中で、新しい課題を積極的に見つけ出し、それにチャレンジする機会を、育成される側もする側も作り出す努力をすると良いかもしれない。

身の回りにあるマーケティングを勉強の素材とする

よく新卒の社員とか若い人にマーケティングの勉強をするのにどの本を読んだら良いかと聞かれることがある。もちろん、何冊かおすすめする本はあるのであるが、私は本を読むよりもお勧めするマーケティングを学ぶ方法がある。それは、自分の身の回りにあるマーケティングを素材に、自分事化してマーケティングを考えるという方法である。

少し具体的に説明しよう。まず、日々の自分の生活環境を思い返していただきたい。あなたの周りにマーケティングはどのくらい存在しているであろうか?私の場合は、朝起きて、犬の散歩がてら、近くのドッグランまで車で往復40分程度移動する間にFMラジオを聞く。家に帰ってから出社/仕事開始までの時間は朝食を食べながらTVがついている。出社したり外出したりするときは、公共交通機関に乗る。仕事中は仕事を当然するわけだが、調べ物をするのに検索をしたり、SNSメディアを見たりする。仕事の帰りも公共交通機関に乗り、たまにタクシーに乗ることもある。家に帰れば、最近はテレビは殆ど見ず、もっぱらYoutubeかNetflixをTV画面で見ている。もちろん、それぞれの隙間時間、休み時間にはスマートフォンでニュースを見たり、SNSメディアを見たりする。

こんな私のありふれた生活の中にどの程度マーケティングが潜んでいるであろうか?もっと分かりやすく表現すれば、広告に振れている機会はどの程度であろうか?ちょっと考えてみたら分かると思うが、逆に広告に振れていない時間を探す方が難しい。TV、ラジオには当然広告が差し込まれてくるし、SNSメディアやYoutube、Googleの検索結果ページなども同様である。移動中も駅や電車内は広告であふれているし、道を歩いていても屋外看板が掲示されていることも多い。人の目に触れるあらゆる媒体は、マーケティングのタッチポイントとされ、どこかでマーケターとして働いている誰かがその広告にお金を支払って顧客を獲得しようと試みているのだ。それでは、私の一日で、いくつくらいの広告を私は意識、無意識に関わらず目にしているのであろうか?当然真面目に数えたことはないが、おそらく100ということはないと思う。数百~千の間くらいの数ではないかと思っている。

では、また別の質問、私はその一日で広告をみて、何かを買ったり、何かのサービスに新規で申し込んだりしただろうか?いや、そこまでしなかったとしても、一日寝る前に思い返してみて、今日見た広告で思い出せるものがいくつあるであろうか?こちらも当然真面目にカウントしたことはないが、毎日ひとつ広告をみてこれまで買ったことがないものを買うという人がいたら、相当数が多い人だと思う。おそらく数日にひとつとか、週にひとつとかのレベルかもしれない。思い出すことだけでも、これをいま午後3時に書いているが、今日見た広告で思い出せるのは1つしかないので、一日に一桁程度の数が普通な気がする。

我々は、日々おびただしい数のマーケティングに囲まれて生きているのに、そのほとんどはなかったものとして見過ごされているか、一瞬のうちに忘れ去られている。そう考えた時、自分が気に留めて覚えている広告や、さらにその広告に影響されて買ったり、申し込んでしまったサービスの広告とは、相当強い印象を残したということになる。確率的に言えば、数百~千分の1とかいうレベルの確率を勝ち抜いてきたマーケティング施策ということになる。

私は、そういうマーケティングに出会ったとき、なぜそれが自分の心に響いたのか、じっくり考えてみることをお勧めしている。マーケティングをスキル、技術として勉強しようとすると、どうしてもそこに人間がいるということを忘れてしまいがちである。特にデータドリブンとか言い始めると、顧客はデータであるかのように感じてしまう。しかし、自分のことであれば、それはデータとは捉えないであろう。なぜ、そのマーケティングが自分に響いたのか?絶対に「なんとなく」なことはない。その程度の事では、世の中に蔓延するマーケティングの嵐の中で勝ち残ることなどできない。2択のどちらかとかいう話とは訳が違うからだ。その理由を「何を、誰に、何時つたえるのか?」の3つの要素に分けて探っていけば、必ずその絶妙な組み合わせか、どれか一つの強烈な理由によって自分の心に響いている(それが良いか悪いかは別にして)はずなのである。

私たちは、良くも悪くもマーケティングに囲まれまくって生きている。それは、貴方がターゲットにしている顧客だけではない。貴方自信も同様なのだ。では、どのようなマーケティングが効果的なのか、一番わかりやすい素材や事例は物凄く身近なところにあるわけだ。それはどんなリサーチ結果より、どんなフォーカスグループインタビューより、詳細に正確に理解できるはずである。私は本を読むのがそれほど好きではないし、お勉強も好きとは言えないので、大学院時代の一時期を除いては、それほどまともにしてこなかった。マーケティングについても同様である。そもそも、そうでない人もいると思うが、多くの人にとって、義務としてする勉強は楽しいとは思えないであろう。でも、マーケティングというのは、もっと楽しい、日々の生活の中でこそ生きた勉強ができるものだと思っている。別に四六時中考えている必要はない。そんなことをしていたら、リラックス出来ないし、楽しくなくなってしまうかもしれない。例えば、何かの広告に目が留まったとき、一日の終わりにボケっとしたとき、ほんの一瞬立ち止まって、なぜ自分が今日であった数多あるマーケティングの中でその広告について今考えているのか、思い返しているのかを考えてみる習慣をつけてみてほしい。きっと自分でマーケティングをするときのヒントが隠れているはずである。

(ちなみに、私が本日(2024年3月)思い出せる唯一の広告はYoutubeで流れていたベネッセのしまじろうの広告である。商品の詳細は思い出せない。それが印象に残っている理由は、なぜ子供もいない50歳のオッサンにしまじろうの広告を流すのだろうというターゲットの失敗感。あとは、広告になんとなく気になるチョコレートプラネット(別に好きなわけでもない)が出ているなという印象に残ったこと。あとは、やっぱりしまじろうのインパクトの強さ、最後に昼ご飯を食べている30分くらいの間に2回見させられたからの4点であるような気がしている。と分析すると次のような話に繋がりそうな気がする。①ターゲット違いは良いとは言えないがそのような違和感は何となく効果的かも、②タレントを使うことにもそれなりに価値はあるのかもしれない。でも自分がなぜチョコプラだと印象に残るのかは理解できていない、③しまじろうのようなインパクトが強く、それが出てきただけで子供向けの教育商材だと分かるキャラクターの存在の強さ、④広告を繰り返し見せることによる印象の残りやすさ。4つくらいのマーケティングのTipsは思いつくのかもしれない。)

不満はためずに、言いたいことは正直に言う

楽しく仕事をするためには、不満を貯め込まないということは非常に重要だと思っている。もちろん仕事をする中で、不満をなくすことは難しい。しかし、解決法がある不満や、会社や上司が改善すべき、または、改善可能な不満がある時に、それに耐えて我慢することを私は美徳だとは思わない。もちろん、我慢が足りず、なんでも不満があると文句を言う人材というのは扱いにくい人材というレッテルを張られがちなので、程度の調整が難しいのであるが、基本的にはそのように考えている。

自分が周りからどのように見られているのか正確には分からないため、この方法については、良いと思った方に参考程度に実践していただければと思うが、私は2つくらい不満をため込まない方法がある。

一つ目は、日々発生する細かい、大したことのない不満を小出しに解決する方法を作っておくことだ。誰かに小さいがストレスのたまることを言われたとか、誰かの発言にデリカシーがないとか、小さな失敗をしてしまったとかなんでも良い。重要なのは、そういう細かいストレスや不満をため込まないことだと思っている。人間が複数人集まって組織で仕事をしていれば、すべてが自分の思い通りになる理想的な環境で仕事ができることなどほぼ見込めるものではない。日々の業務の中で発生する解決の出来ない、細かい不満をため込んだところで、あとで完全に解決することなど不可能であろう。そういう話は、基本的にはため込まずに、短いサイクルで解消して、忘れてしまった方が健全だと思う。

方法は、人それぞれやり方を見つけたらいいと思う。私の場合は、なるべく家に帰って奥さんと夕食を食べながらお酒を飲みながら10分くらい文句を言って、寝たら忘れるようにしている。それ以外にも、ストレス発散できる運動をするであるとか、仕事を忘れられる趣味に没頭するだとかいろいろ試してみるといいと思う。自分なりのやり方を是非見つけてみてほしい。

ちなみにお勧めしないのが同僚と飲みに行ったり、部下を引き連れて飲みに行ったりという方法だ。これを私がお勧めしない理由は、大きいことから小さいことまで永遠に愚痴合戦になり、収集がつかなくなり、結果的にストレスの発散になっていないケースが多い気がするからだ。私は余り仕事場で友達を作らないタイプであると思っているが、出来るだけ仕事場と関係ないところで発散する方法を考えたほうがよいと思っている。

二つ目の方法は、不満を改善する方法がある時は、積極的に改善の提案をするということである。私は努力すれば解決できる方法があるにも関わらず、出来ないこととして諦めて、我慢するということのメリットが理解できない。解決できる可能性がある問題なのであれば、解決するように提案、議論すればよいと思う。結果的に、思い通りに解決はしないかもしれない。でもそのチャレンジをすれば、しなければ分からなかった背景が理解出来たり、それをすると別のところでより大きな問題が出てしまうなどの理由が理解出来るかもしれない。このような解決可能な問題に対して、提案を行わずに、それこそ同僚と飲みに行って愚痴をいって、文句を言っているということほど生産性もなく、意味のないこともないと思っている。

仕事に対するネガティブな要素を取り除く方法は、出来るだけ自分なりのやり方を見つけておくのがよい。それが見つかれば、日々の仕事に対して今よりも前向きにとリムめるようになるかもしれない。

そもそも100%楽しいなんてあり得ない。良い部分を積極的にみる

これは、学生時代に楽天で仕事をし始めて数か月後くらいに三木谷さんに言われたことなのだが、そもそも仕事というものにつらいこと、つまらないことがないなどということはあり得ない。悪く言えば、自分の時間を会社に対して給与という対価で売ってしまっている分けなので、100%楽しくないとモチベーションが上がらないというのは理想論に過ぎるというわけだ。大学院の組織論の授業でモチベーションなどという言葉をお勉強していた身からすれば、ある意味衝撃的でもあったが、今考えれば正しいと思っている。(もちろん、経営側の立場に立てば、社員一人一人が高きモチベーションを持って働ける組織を作る努力をすることも当然であるが)。

では、それが現実だとして、我々はどのような心持で仕事をするべきなのだろうか?こういってしまえば元も子もないかもしれないが、私は100%楽しいなんてありえないと割り切るということだと思っている。ちなみに、私の経験では、社内での職責が増していき、責任が重くなり、自部署の人員数が大きくなるに連れて、ぶっちゃけ言うと楽しくない仕事の割合は増えていくのが現実だと思っている。よく、偉くなると楽で楽しい仕事をしてうらやましいみたいな声を聞くが、私の経験上誤解だと思っている。私は、自分の日々の時間のうち7-8割くらいはつまらないかもしれない。でも、残りの2-3割で得られる喜びはその分大きいと思っている。その2-3割の楽しみがあれば、残りの7-8割のつまらなさは十分相殺されると思っている。

と割り切って考えてしまえば、それなりに健全に仕事が出来ると思うが、健全でない仕事の仕方というのは、常につまらない方、悪い方の文句を言い続けるというやり方である。100%楽しい理想郷などよほど運がよくなければ出会えない。そうであるならば、必ず文句を言える場所はあるはずだ。その割合は、8割というのは多すぎるとしても、5割くらいはあるのかもしれない。でも逆に言えば残りの5割はお金をもらいながらポジティブなのではないか!それであれば5割の良い方をみてポジティブに仕事をした方が楽しいではないか。悪い部分に文句を言い出したらきりがない。そういう問題は、早く愚痴って、次の日には忘れてしまった方がよい。それで楽しく仕事が出来るのであれば、考え方ひとつで仕事は楽しくなるのである。

自分なりの楽しく働く方法を見つける

好きこそものの上手なれではないが、楽しいと思うことの方が、辛くつまらないと思っていることよりも早く上達しやすいのは確実だと思う。それであれば、自分がどうやって仕事を楽しむのかを考えることには高い価値があると思っている。多くのことは、技術というよりは、考え方、心がけ、習慣の問題だと思う。つまり、自分で解決できることが殆どである。ここでは私のやり方をご紹介したが、他にも人それぞれ、多くの正解があるだろう。自分に適したやり方は自分で見つけるしかないと思う。人に相談したり、何かを読んだり、手段はいろいろあると思うが、是非自分なりのやり方を見つけてほしいと思う。

中長期視点のマーケター育成

まずは石の上にも3年から

マーケティング人材の育成について、求められる資質、日々の業務の中で行う活動、そして日々の活動の中で蓄積すべき経験について話をしてきた。ここで、述べてきた手法を愚直に実行すれば、人材はかなり高い確率で育成が可能だと考えている。

次に、ここまで述べてきたことが実践できるようになった前提で、より中長期的な人材の育成についての考え方についての考え方を紹介したい。

まずマーケティング人材の育成で最も重要なマーケティングの基礎体力を育成する期間のイメージであるが、ひとつの目安は3年程度であると考えている。もちろん、個々人の能力によって、1-3年程度と差が出ることはあるのは事実だが、最初の3年程度はじっくり狭く深く考える環境を提供し、マーケティングのひとつのファンクションを集中して担当し、じっくりと基礎体力強化をしてもらいたいと思う。

これまで多くの人を見てきて、マーケティングの基礎体力がつき、一つ目のファンクションを深く理解した人材であれば、2つ目以降のファンクションのスキルを一つ目のファンクションと同程度まで習得するのにかかる期間は、1ファンクション目の習得に要した時間の半分程度で可能であり、それ以降のファンクションについても同程度のサイクルで可能なことが多い。それがなぜかといえば、1ファンクション目の習得の際には、マーケティングの基礎体力の養成と、特定のファンクションのツールの使い方、媒体、クリエイティブ、コスト感の把握の両方を同時並行で行わなければいけないが、2つ目以降のファンクションの習得においては後者だけを集中して行えば良いからである。逆に言えば、自部署の人材に2個目以降のファンクション習得をトライさせ、その習得に想定以上の時間がかかるのであれば、それはマーケティングの基礎体力の養成が不十分で、そもそも複数のファンクションを担当する準備が出来ていない、つまり、私が最も良くないと考える広く浅くの状態になってしまっている可能性が高い。ここでの議論は繰り返しになるが、良いマーケターを育成するということがテーマであるため、中途半端にマーケティングの様々なファンクションをこなせるような人材を育成するという趣旨ではない。この観点からは、回り道に思われるかもしれないが、マーケティングの基礎体力養成期間は欲張らずにひとつのファンクションに集中して業務を行う環境で業務をすることをお勧めしたい。

また教えられる側、育成される側の視点で、3年もひとつのことをしていては、飽きてしまう、すぐに学ぶことがなくなってしまうと感じる方もいるかもしれない。このような意見に対しても、私の意見は否定的である。私の経験上、1-2年程度一つ目のファンクションに真剣に取り組んで、学ぶことがないと感じるとしたら、それは日々の分析の深さが足りていない可能性が高いと考えるべきだと思う。もしそのように感じ始めたら、いつもの分析よりももう一段深い現状分析をして、今行っていることの真髄まで探求するトライをしてみて欲しい。このもう一段深く考える習慣が、普通のマーケターと良いマーケターの差を生む大きな分かれ目になると思う。

2周目は2つのオプションから選択

この最初の3年の第1ターン目は、基本的にはどのマーケターに対しても考え方は同じであって良いと思っている。一方で第2ターン目からは、それぞれのマーケターのキャリアビジョンに応じて大きく2つのパターンに分かれると思っている。1)マーケティングの複数のファンクションを経験し、最終的なひとつのサービスや事業の総合的なマーケティング戦略の立案、実行のマネジメントが出来る人材、2)マーケティングの特定のファンクションをさらに深堀りそのファンクションのトップレベルのスキルと経験を持つ専門人材の2つである。以下で、それぞれの人材に求められることと、その高みに立つためのキャリアステップについて考えることにする。

1)総合的マーケター

事業・サービスによって必要とされるマーケティングのファンクションのラインナップは多少変わる可能性があるが、ひとつの事業・サービスのマーケティング戦略を立案し、それを高いレベルで実行して、オペレーションに落とし込んでいくためには、基本的にはその一つ一つのファンクションを理解し、事業・サービスの置かれている状況や、目指したい戦略のディレクションに応じて適切な選択をしなければいけない。少なくても、新規顧客の集客と、既存顧客向けのCRM的な手法についての理解は最低限必要である。

このような人材になるためには、マーケティングの基礎体力が備わったうえで、2-3つ程度のファンクションの経験を積んでおくことが有効であると考える。もちろん、日々新しく開発されるマーケティング手法をすべて自分でできないと全体ディレクションが出来ないとしてしまうと、何年たっても総合的マーケターの入り口にも立てなくなってしまうため、そこまでは要求する必要はないと思うが、少なくても2つ以上のファンクションの経験はあるべきであると思う。

最大の理由は、マーケティングの基礎体力の応用を2つ目以降のファンクションを学ぶ過程で実際に体験して、その応用力を習得しておくことが重要だと考えるからである。全体の戦略を立案する人材は、複数あるファンクションのオプションの中から最適な手法を選択することが最も重要な仕事なので、そのためにそれぞれの特徴を理解できなければならない。一番良いのは、もちろんそのすべてについて深く運用レベルまで経験していることが理想であるが、そうでないものでも、そのファンクションの本質を捉え、短期間の経験を経ることで、その本質を理解できるようになっていなければならない。その時に重要なのが、マーケティングの基礎体力である。そのファンクションがどのようにして「誰に、何を、何時伝えるのか」を実現しているのかを考え、その仕組みを理解することができればその利用方法なども想像しやすいわけであるが、そのためには同じような思考訓練を経験しておく必要がある。ひとつファンクションの経験だけでなく、いくつかのファンクションを経験したことがある人の方が、当然そのような訓練の機会は多い。それと同時に、経験と照らし合わせて、類似する事例と比較して経験のないファンクションを理解可能なことも多いので、引き出しのバリエーションを増やしておくという意味でも、複数のファンクションを経験しておくことは有利に働くと考えている。特定の1ファンクションを余り長くやりすぎると、だんだんテクニカルなことに意識が向きやすくなるケースが多いため、未経験のファンクションを理解しようとしたときの引き出しの幅がどうしても狭くなってしまう傾向が強い気がする。

また、総合的マーケターについては、マーケティングスキル以外に必要なスキルがあるので、この点にも言及しておかなければいけない。総合的マーケターは事業・サービスの規模が拡大するにつれて、関わる人数も増え、そのチームを適切にディレクションして、ひとつの成果を出さなければいけなくなるため、チームマネジメントのスキルも必ず必要になる。このため、当然ながら高いコミュニケーション力や調整能力も必要になる。組織で仕事をする以上、このような業務が発生することはどうしても避けられないため、マネジメントスキルの習得も準備として行っていかなければならない。

本格的な総合的マーケターを育成するためには、4-5年程度の期間はどうしても必要になる。最初からそのように考えれば、1つ目のファンクションに3年、二つ目のファンクションに1.5-2年程度の時間を使えることになる。そのくらいの中期スパンで計画的に人材の育成を行えば、ある程度複数の視点からマーケティング戦略を検討出来る人材は育成できると考えている。

2)ファンクション特化型マーケター

ファンクション特化型のマーケターというのは、例えばデジタル広告の運用のスペシャリストであったり、CRMのMAのスペシャリストであったり、日々進化する特定のファンクションの最新の事例を常にキャッチアップして、業界でもトップ水準の人材として活躍できるタイプのマーケターである。このタイプの人材に必要なのは2点で、狭く深くをより徹底して行いきる粘り強さがあること、そして、方法は人それぞれでも社内外の最新事例を貪欲に吸収し、業界の最先端を走り続ける意思があることである。この二つは、スキルというよりは意思・意欲の問題である気がするので、研究職のようにひとつの事柄に対して、コツコツと成果を継続して積み上げ続けることができることが重要であると思う。これがおろそかになると、世の中に多くいるオペレーション人材になってしまい、どこかの時点で評価も止まってしまうということになる。

とはいえ、ファンクション特化型の人材の育成についても、本人の意思以外に外部からサポートする方法がなのかといえば、必ずしもそうではない。このタイプのマーケターの育成で私が気を付けていることは、そうはいっても飽きたり、マンネリになったりしないように、定期的に環境を変えて、刺激を与え続けることである。

それは、担当する事業やサービスを変更することであったり、ファンクション内でも新しい課題を見つけてチャレンジを促し続ける、一緒に仕事をするメンバーを変えてみたりなど、アイディアはいろいろ考えられる。特定のファンクションに特化しているといっても、各個人が何に対して興味を持ち、面白いと思ってモチベーションを高めているのかには違いがあると思う。外部からサポートする人材は面談や日々の業務への取り組みの方向性などを観察しながら、各個人の興味のポイントを把握し、定期的に確認をしながら、必要な刺激の作り方を対象となるメンバーと一緒に考えてあげられると良いのではないかと思う。

30代前半くらいまでに自分のマーケターとしてのキャリアを決めよう!

この2つのタイプのマーケターの区分は、当然どちらが良い悪いの話ではなく、個々のマーケターが自分のキャリアをどのように考えるのかの問題である。また、どちらかを一度決めたら、もう一方に変更することが出来ないという分けではない。特に30代前半くらいまでは様々な経験をしながら、自分の向き不向きを見極めていく期間であると考えているので、最初の3-4年はいくつかのファンクションを経験しながら、自分の進みたい道を探してみるのも良い気がする。

どのようなキャリアを選択するにしても、重要なのは、高いマーケティングの基礎体力を基盤に自分の担当する役割を深く追求し、PDCAの回転速度と精度を競合に比べてどれだけ高められるかである。それができる人材はその業界でトップレベルのマーケターであるわけだし、いつも周りの会社と同じようなことをしているか、後追いをしているのであれば、まだまだ自分のマーケターとしての能力は改善の余地があるということである。自分のチームや自分自身の立ち位置を、日々のマーケティング業務の分析を通じて把握し、成長させるべきポイントを探す努力をして欲しい。

経験とは何か?

経験=実際に見たり、聞いたり、行ったりすることではない!

経験という言葉を辞書で引いてみると、こう書いてある。

1 実際に見たり、聞いたり、行ったりすること。また、それによって得られた知識や技能など。

2 哲学で、感覚や知覚によって直接与えられるもの。

出典 Weblio国語辞典

では、ビジネスにおける「意味のある」「評価出来る」経験とは何であろうか?私が強く言いたいのは、決してこの国語辞典の意味の一つ目の前半「実際に見たり、聞いたり、行ったりすること」ではなく、後半の「それによって得られた知識や技能など」であるということである。

なぜ、この話を人材育成のパートでわざわざ話そうとしているのかと言えば、「実際に見たり、聞いたり、行ったりすること」が経験と考えている人が非常に多いと感じるからだ。ここでは、私が考える経験についてどのように考えているのかについて説明しながら、日々の業務で行う業務を、経験に昇華させる考え方について議論していきたいと思う。

私は、ビジネスにおける経験というのは、日々直面する様々な課題や問題に対して利用可能なソリューションのストック量と、そのストックの中からその時に最適なソリューションをスピーディーに引っ張り出して利用可能な状態で提示・説明できることであると考えている。

私の場合は、25年近くインターネット関連のビジネスに関わり続け、楽天が2011年までにやっていた殆どの事業(おそらく30-40種類)のマーケティングに直接・間接的に関わり、大手ゲーム会社でグローバル展開する大規模タイトルやゼロベースの中小規模の新作タイトルなどの事業展開に関わり、最後のトライトで既存の人材紹介ビジネスに加え、新規でダイレクトリクルーティングの事業の立上げに関わってきた。その過程で、様々な課題や問題に直面し、日々その解決策を考えながらPDCAを回し、その結果をまた分析することを繰り返してきた。その25年間の繰り返しで、おそらくデジタルビジネスを展開するうえで必要なマーケティングの課題や問題で、経験していないことはほぼないと言い切れるくらいの量と、種類の事象を見たり、聞いたり、行ったりしてきていると思っている。

実際、この7-8年くらいは、自分の会社やチームで起こることのおそらく60-70%くらいは、過去に経験していたり、経験したことと近しいことで、その問題や課題の解決策のオプションを過去の事例から引っ張り出してくることが可能な感じがしている。

日々の人材育成の項で最後に挙げた、会議の場での報告に対して、瞬時にフィードバックをすることが、出来るのも、報告を聞きながら、おそらく無意識のうちにそれに似た事象を自分の脳内で検索し、その時のソリューションを引っ張り出してくることが出来るから、報告者が1週間とか1か月とかかけて考えてきたことを上回るフィードバックを10分とかいう短時間で行うことができるのだと思っている。

何故、同じ社会人歴がある人でも経験値に違いがあるのか?

では、この経験というのは、長くその仕事をしている人ほど多くなるのであろうか?私は、必ずしもそうであるとは思わない。私の年齢くらいになると、皆20年とか30年とか社会人経験があるわけだが、経験の量と社会人経験の長さが比例関係にあるのであれば、年齢の高い人ほどパフォーマンスが上がりやすいということになる。しかし実際にはそんなことないのは、殆どの人は同意してくれるであろう。

では、長く仕事をしながら、高い経験値を持ち、その経験をもとにパフォーマンスをあげられる人とそうでない人の違いはなぜ生まれるのであろうか?私は、それは、日々の業務をする中で、一つ一つを深く分析して、成功のパターンを類型化して、自分の記憶に刻み込むことをどれだけ愚直に、繰り返し行っているのかの違いであると思っている。私は経験というのは、自分の血肉に刻み込むものだと思っている。もちろんノートに書き残して後で見返すという方法もあるのかもしれないが、経験値が高く優秀そうな人が、誰かの報告を聞きながら一生懸命過去のノートを見返してソリューションを引っ張り出している場面を見たことがない。ほぼすべての人は自分の記憶からソリューションを引っ張り出している。

経験値を増やす2つの方法論

しかし、日々多くの事象で発生する詳細を丸ごとすべて記憶することも普通は出来ないであろう。少なくても私には不可能である。では、どのように自分の頭の中の記憶に残す情報と残さない情報を取捨選択しているのであろうか?私は主に2つのパターンがあると思う。

一つ目は反復である。日々の業務で何度も何度もぶち当たる、多くの部下が直面する課題というのは、普通に考えてさっさと解決すべき重要な課題である。このような課題というのは、一度よいソリューションが見つかれば、そのソリューションを何度も使うことになる。そのように反復して利用するソリューションというのは、自然と記憶の引き出しに優先してストックされていく気がしている。

二つ目は、インパクトの大きさである。一回発生すると非常に影響範囲やコスト規模が大きく、二度と同じ経験はしたくないというような課題については、優先して問題回避のためのソリューションは記憶されやすい(もちろん逆の大成功のパターンもある)。

自分のことを振り返っても、殆どこの2つの分類で自分の引き出しのストックは説明できる気がする。ただ、人間後者の大成功や大失敗の内容は普通に明確に記憶に蓄積されやすいため、もしこの分析が正しいとすれば、差が生まれる理由は、ソリューションの利用頻度をどれだけ上げられるかだということになる。私は、その一番良い場が会議であると考えている。もちろん私のように報告されることが多いポジションであれば、前項で述べたように、部下の報告に必ず1フィードバックをするという義務を自分に課すことにより、経験の引き出しを検索する頻度をあげることが可能である。一方で、部下の報告をただ、なるほどねと聞いているだけの上司であれば、その間に1回も引き出しを開けることはない。これだけでもソリューションの反復利用回数は格段に違ってくる。

では、報告を受ける立場でない人はどうすれば良いのだろうか?実は、報告を受ける立場でなくても、同じことは出来る。チームの定例会議などで、他の人がしている報告を聞きながら、なぜそうなるのか、どうすればその問題は解決するのかと考える癖をつければ、自分で行っていること以外にも、ソリューションの引き出しを開ける反復回数は増やせるはずである。

私は、自分の部下の誰よりも自分のチーム内で起こっている課題に対して真剣に解決策を考えている自信があるので、その反復回数は自分の部下よりもほぼ確実に多い。つまり、私の経験値は部下の誰よりも増大し続けている。

一方、メンバーのたち立場なってみたらどうであろうか?5人の報告者がいる会議で、自分の出番だけ頑張って他の人の報告はなんとなく聞いている人と、5人全員の報告を自分毎のように聞き、自分なりのソリューションを頭の中で考え続けている人で、差は無まれないのであろうか?間違いなく差は出てくるはずである。5倍の差が出るかどうかわからないが、もし5倍の差が出るとすれば、5人分真剣に考えている人は、そうでない人が5年かけてできる経験を1年でできるようになる。そのように考えれば、同じ年数仕事をした人でも、ソリューションのストックに明確に差が出てしまう理由がなんとなく想像出来るのではないだろうか?

経験とは、自分の身の回りで起こっている事象を真剣に解決するために思考するプロセスでこそ培われるものであると考えている。決して、その人が見たり、聞いたり、行ったりしたことの量ではない。そして、その量は、他の人の時間で体験したプロセスを拝借することによって、自分の24時間を使って体験する以上のことを体験し、経験へと昇華させることも可能である。もちろん、ここで紹介した考えや方法論は、私なりの工夫であって、唯一の方法ではないと思うが、ぜひ一度自分の仕事の仕方を再点検して、自分は早いスピードで経験値を積めているのかを見直してみてほしい。自分では効率がよいと思っていても、実は勿体ない時間の使い方をしていないだろうか?

日々の人材育成(OJT)

人事部等で、そのような仕事をされている方には大変申し訳ないのだが、私は人材育成の話をすると、すぐに人材育成プログラムを作って研修の機会を増やしましょうとか、勉強会をやりましょうとかいう発想に疑問を感じてしまう。

なぜ、そのように思うのかといえば、研修が1年で数日だとして、1年に週5日間50週で250日近く働いている業務時間のうち、数日間で学べることと、250日間で学べる事のうち、数時間の学びの方がもし大きいとすれば、それ以外の200数十日の価値というのは一体何なのだろうか?勉強会が週に1-2時間だとして、週40時間の残りの時間の価値より、その1-2時間の勉強会の方が学びが大きいとすれば、日々の業務の時間とは何なのだろうか?もし、それで人がビジネスパーソンとして成長出来るのであればMBAを取った人など皆とてつもないスキルをもった人材になってしまう(が、多くの超高学歴の人を見てきたが、はっきり言って必ずしも仕事ができる人ばかりではない。。。)。

私は、人材の育成というのは、研修や勉強会で行うものではなく、日々の業務の中で身に着けられるものだと思う。そのベースがあったうえでの研修や勉強会、外部のセミナーなどで新しい情報や知識を得てくることは意味があると思うが、その前提がないところに、そのような情報や知識を大量にインプットしても、それほど意味があるとも思えない。

では、日々の業務の中で、何をすれば、人材を成長し、スキルを伸ばし、素晴らしいマーケターへと成長させることが出来るのであろうか?私が日々気を付けて、実践している方法を紹介したいと思う。

  • 簡単に答えを教えない
  • 責任を持たせる
  • 報告の背景にある考え、理由を説明させる
  • 報告内容に新たな視点を加えてフィードバックする

主に、この4点くらいだと思う。ちなみに、私は、これらのことを実施するために、定例報告を中心とした会議を活用していることを最初に付け加えておく。私にとって定例的な会議というのは、自分の部下が日々何を考え、何を課題とし、その課題を解決するためにどのような施策を行い、その結果がどのようになったのかを把握する場であると考えている。別にKPIの達成率が良いか悪いかの確認をしたいわけではない。そんなものは会議をしないでも、資料を見れば把握出来てしまう。

私にとって、重要なのは、自分の部下が日々どのレベルの深さでPDCAを回し、その結果とその背景、原因の分析をしているのかを知ることである。それが分かれば、自分の部下の成長レベルが理解できるし、自分自身にとっても新たな知識や経験を蓄積することが出来る。

よく定例会議の場で、同じような報告を聞きながら内職をしている偉い人を見かけるが、そんないい加減な会議をするのであれば、そんな会議はやめてしまえばいいと思う。報告者にとっても報告される側にとっても、会議は真剣勝負の場でなければならない。という前提で、この4つの実践を目指す会議の場を想像しながら、以下の説明を読んでもらえると、よりイメージがしやすいかもしれない。

簡単に答えを教えない

まず、一番重要なことは、部下が何か困っていたり、課題にぶつかっているときに、安易に答えを教えないということである。ここまでで何度も述べているが、マーケティングとは、「誰に、何を、何時伝えるか?」を考え、その精度を上げるために、繰り返しPDCAを回し続けることである。それを出来る力をマーケティングの基礎体力と呼んでいるが、この基礎体力の根源は知識ではなく、それを実践するための考える力である。つまり、優れたマーケターを育成するということは、知識をたくさん教えて、覚えさせることではないのである。

という前提に立てば、部下が悩んでいること、ぶち当たっている壁に、その解決法、克服法の特効薬を教えることが人材育成の役に立つであろうか?残念ながら、それは人材育成の方法ではなく、仕事の成果を早くだす方法である。これは優秀な人ほど陥りやすい罠だが、人材育成の時に業務成果を優先して、自分がやった方が早いことはなるべく自分でやり、スキルがない人でも出来ることを育成対象者にやらして、業務成果の最大化を図ろうとする。もしくは、多少スキルが必要なことはやり方を細かく指示して、失敗しないようにしてから仕事を渡す。もちろん、業務成果の「短期的な」最大化に取っては、それは正解なのかもしれない。しかし、このような状況で育成対象の人材に考える力がつくであろうか?私は非常に可能性は低いと思う。なぜなら、このようなやり方は、なるべく考えずに言われた通りにタスクを実行する方向に誘導しているからである。それでもよい仕事もあるのかもしれない。しかし、繰り返すが、マーケティングに必要な基礎体力は自分で考える力であって、言われた通りに、マシンのように正確に仕事をこなすことではない。

もちろん、営利企業である以上、事業成果を出し利益を生み出すことは重要なことである。そのために、短期的な事業成果の最大化を図る努力も重要だと思う。しかし、中長期的な事業成果を犠牲にし、短期的な成果に特化することは正しいとは思わない。人材育成とは長期的な投資であるので、ある程度短期的な成果は犠牲となるのは覚悟しなければならない。もしそれが嫌なのであれば、十分なスキルのある経験者だけで社員を固めればよい。しかし、そのような恵まれた企業など世の中そうはたくさんないのではないか?

よく答えを教えることは簡単だというが、それはその通りである。それなのに、なぜ企業の人材育成でそれがなかなか実践しにくいのかといえば、短期成果とのトレードオフになっているからだ。短期成果と人材育成のバランスをどのようにして取るのかを考えるのは、残念ながらある程度経験がいると思う。しかし、このトレードオフを理解し、試行錯誤しながら、自分なり、自分のチームなり、自分の会社なりの正解を見つけてもらえればと思う。

責任を持たせる

「簡単に答えを教えない」こととほぼ同義に近いのであるが、部下に責任を持たせることも、考える切っ掛けとして重要なのではないかと思っている。会社で仕事をしていて、一番気楽で、リスクが少ない働き方は、上司や先輩に言われた通りに仕事をするという方法である。なぜなら、言われた通りに行った業務であれば、失敗しても自分の責任にはならない。それは明らかに指示をした側の責任である。この安心感に浸ってしまうと、人間なかなか抜け出せなくなる。しかも、上司が優秀で、言われた通りにやって、成果が出てしまったりすると、上司と一緒に出世出来てしまったりする。さらに、たちが悪い人だと、自分では何も考えていないのに、自分を優秀なビジネスパーソンだと勘違いしていたりもする。こうして上司の顔色ばかり伺いながら、部下には厳しいという、典型的なYes Man型の中間管理職が生まれるわけである。

会社内での出世とか、世の中的な評価という意味でいえば、それで立派なビジネスパーソンは生まれるのかもしれないが、残念ながらそれでは優秀なマーケターは育たない。それではどうすれば良いのか?簡単な話である。命令しなければ良いのである。自分の判断は自分で考えて決断させる。つまり、自分でやることには自分で責任を取らせるようにすればよいのだ。

企業で働いていて、上司の命令に背くことを奨励するのは難しい。会社の指揮命令系統が崩れてしまうからだ。もちろん、部下の立場からしても、上司の命令に背くことはリスクが高いので、大抵の人はそのようなリスクは犯せない。そうすると、部下に自分でやることの責任と自覚を持たせ、必死で自分で考える環境を作るためには、命令をしないという事しか基本的にはないのだと思っている。

では、上司の役割とは何なのであろうか?それは、大きな失敗や過剰なリスクを追わせないために部下の課題の解決の適切な方向づけや、業務範囲や投下コストなどをコントロールしていくことなのだと思っている。当然リスク承知で好き放題やらせてしまっては、会社の業績のコントロールが出来なくなってしまう。必要なのは各自の能力にあわせて適切なリスクレベルになるようにコントロールしながら、適切な方向性のヒントを提示しながら、最終的には自分で決めさせるように誘導して行くべきなのだ。

報告の背景にある考え、理由を説明させる

自分で考えた施策を責任を持って実行する環境は整った。ではいよいよ日々の活動の中で人材を育成していくことにしよう。それが最も効率的に行える場は報告の場であると思う。それは上司とのWeeklyの定例でもよいし、育成担当者との毎日の朝礼でも良いし、そこまで定期的でなくても、隣同士でちょっといいですかというカジュアルな報告であっても形態ななんでも構わない。重要なのは、その内容である。

直面する課題や目標に対してどうすれば上手く行くのか仮説をたて、実行する。その結果を検証し、なぜ上手くいったのか、なぜ上手くいかなかったのかの分析を行い、それを受けて次にどのような施策をするのかを提案する。この一連のプロセスを行ってPDCAの1サイクルが終わるわけであるが、報告においては、このすべての要素を毎回きちんと、分かりやすく説明させる癖付けを徹底して行わなければならない。

特に、仮説が上手くいかなかったケースにおいては、なぜ想定通りに行かなかったのかは比較的に時間をかけて検討することが多いが、じつは人間成功した理由について深く考えるということをあまりしない傾向が強いと思っている。なぜなら、失敗すると、その理由を追及され、それに対して回答、言い訳をしなければいけなくなるケースが多いが、成功すると「良かったね」で終わってしまったり、理由を説明するにしても「その理由は本当なのか?」と詰問されるというケースは殆どないからである。

しかし、私はもちろん失敗から学ぶことも当然重要であるが、それと同程度かそれ以上に重要なのは、成功した施策についてその理由を可能な限り把握し、その成功事例を「正しく」拡大再生産することが、ビジネスの成長スピードを左右すると考えている。重要なのは、この「正しく」という言葉で、その成功施策がどのような環境で、どのような条件が揃うと機能するのかを分かっていないと、上手くいかないケースに無理やり適用して上手くいかないということが起こったりするからである。

多くのマーケターを見てきたが、深く考える力というのは一定以上の地頭の良さが備わっていれば、訓練により養われると思っている。ただ、一人の人間が、いくら環境を整えてもらったとしても、では日々の業務の中でどれだけ深く考えているのかを、外形として把握することはなかなか難しい。このため、各人がどれだけ深く志向し、分析を詳細に行っているのかをアウトプットさせる場を強制的に作ることは必須である。報告というのは、結果の良し悪しに一喜一憂する場所ではない。結果の良し悪しが発生した背景と理由を正しく説明する場所である。報告の場をどれだけクオリティの高い場所にするのかによって、そのチームの人材の育成のスピードは大きく変わってくるのである。

報告内容に新たな視点を加えてフィードバックする

日々のPDCAの活動についての報告を行うというところまで何とか精度高くできるようになったとしよう。最後の仕上げは、教える側のフィードバックである。人材育成において、上司や先輩社員が教えられる立場の人材にとって何のためにいるのかといえば、当然教えるためである。もちろん、教えるためには、教えられる人よりも知識や経験、より深い思考を持ち、それを適切なときに提示し、教えられる人の成長を後押し出来なければならない。教えられる人間が必死で考えてきた報告に対して「分かった」の一言で、何が良いのか、何が悪いのか、どこをより深堀すべきなのかなど、正しいフィードバックを行うことによって、報告を作るプロセスでの思考がより深みのある、価値の高いものに昇華していく。このため、報告を受ける立場の人間にとって、報告に対して付加価値の高いフィードバックを加えることは、重要な責任であると私は考えている。

当然、それは簡単な事ではない。例えばWeeklyの打ち合わせでの報告を10分で受けるとすれば、報告を受ける人間は報告者が40時間分必死で考えてきた内容を10分で正しく理解し、その40時間の思考で思いつかなかったり、見逃したりしている点、見えていない将来の展開などと考えフィードバックしなければいけないわけである。よほど頭の回転が早く、優秀な人であれば別なのかもしれないが、少なくても私程度の頭の回転では、集中して部下の報告に向き合わないと、よいフィードバックをすることが出来ない。特に何年も一緒に仕事をして、十分にスキルの高い部下との会議などでは、彼らの思考を越えるフィードバックをするのは本当に大変である。

でも、部下や後輩に深く考えることを課す以上、それに対して正しいフィードバックをすることは必須である。なぜなら、そのプロセスがないと、正しい方向に考えられているかどうかのディレクションが当人には分からないからである。

4つの条件をクリアする簡単な会議での実践法

ここまで日々の人材育成における4つのきおつけるべきポイントを紹介してきたが、最後に私が普段実践している会議の実践方法を皆さんに紹介して、日々の人材育成のパートを締めくくりたい。私は自身が出席する自部署の打ち合わせにおいて、報告者一人に対して最低1回は何らかのフィードバックをすることを自分への義務として課している。もちろん、時間の都合などで難しい場合もあるが、原則そうするように心がけている。なぜなら、そうすることが、自分がその打ち合わせに出席している付加価値であると考えているからである。上述の趣旨を考えれば、報告の場というのは、報告する側と報告される側の真剣勝負の場でなければならない。報告者がその期間に行ってきた施策について鋭い分析をし報告する。それに対して、報告者が思いつかないような新たな視点を加えてフィードバックする。その繰り返されるプロセスが、自分のチームのメンバーが成長する最も重要な機会である。そして、その質が高ければ高いほど、次回の報告までのプロセスの質が高くなるわけである。

真剣勝負であると考えるのであれば、とても内職などしていられない。頭をフル回転して、報告を聞かなければならない。そのような気持ちで、部下や後輩の報告をあなたは聞いているであろうか?是非一度見直してみることをお勧めしたい。

【プレスリリース】2024年4月4日

楽天・KONAMI・トライトのCMO/マーケティング統括責任者歴20年のマーケターが新コンサルティングファームを設立

株式会社データドリブン・コンサルティング(本社:東京都新宿区、代表:堀内公博 以下、データドリブン・コンサルティング)は、2024年4月より本格的なサービスの提供を開始したことをお知らせします。

データドリブン・コンサルティングは20年以上国内外のマーケティング最前線で、CMO/マーケティング統括責任者として活躍してきた堀内公博(ほりうち きみひろ)が新たに立ち上げたコンサルティングファームです。

堀内は、楽天グループ株式会社(以下、楽天)のマーケティング部門を一人で立上げ、その後9年間に渡り楽天市場のマーケティング責任者や楽天グループのマーケティング統括部門責任者を歴任しました。その間、楽天スーパーポイント(現、楽天ポイント)、楽天アフィリエイト、クーポンサービスなど楽天グループの経済圏構築の基盤となる様々なサービスの開発責任者として活躍しました。

株式会社コナミデジタルエンタテインメント(以下、KONAMI)では、米国にてモバイル海外事業の立上げに責任者として関わり、帰国後にはグローバルのマーケティング責任者を歴任。同社成長の源泉となった、国内外のモバイル事業やコンソールゲーム事業の成長に貢献しました。在任中に50年以上の歴史を誇る同社は、複数回に渡り史上最高益を実現しています。

医療福祉系、建設系人材事業の大手企業である株式会社トライト(以下、トライト)では、3年半に渡りCMOとしてマーケティング部門の再構築を実施。同社を最高水準のマーケティング組織へと成長させ、高い事業成長を実現しています。

当社が提供するコンサルティングサービスは、堀内の20年に渡る事業会社におけるマーケターとしての経験に基づいた実践的なものとなります。その範囲は単純な戦略の策定にとどまらず、組織構築、人材育成など組織の構築/再構築を行い、クライアント企業の中長期の事業成長に貢献することを目指します。

その実現には、データドリブンな意思決定に基づいたデジタル時代に適したマーケティングの思考方法を徹底的に現場に浸透させる必要があります。一朝一夕に実現可能な課題ではありません。しかし、企業がデジタルの時代で勝ち抜いていくためには、必要不可欠なスキルです。当社は、日本に本物のマーケター/マーケティングチームが生まれ、彼らが、日本企業がグローバルに戦う起爆剤となるためのお手伝いをできればと考えています。

なお、堀内の20年に渡る経験をもとに、デジタル時代のマーケティングの思考法を纏めたBlogをコンテンツとして提供しています。当社のマーケティングに対する考え方をご理解いただける内容となっておりますので、是非ご一読ください。

CMO NOTE(Blog)デジタルマーケティングを成功に導く思考法

【会社概要】

株式会社データドリブン・コンサルティング
代表取締役 堀内公博
問い合わせフォーム www.datadriven.co.jp/contact/

代表者略歴

※各社役職名は退職時のもの(除く現職)

マネジメント経験

開発サービス(責任者としてかかわったもののみ)