全社視点の位置づけ2:分散型組織

分散型組織については、基本的には集約・セントラライズ型組織の特徴の裏返しになるので、繰り返しにならないように、独自性のあるポイントだけ記載する。

分散型組織
  • メリット
    • 事業部門内の各ファンクションのコミュニケーションが取りやすい
    • 事業部門の収益責任が明確
  • デメリット
    • マーケティング組織全体としてのマネジメントが行いにくい
    • 事業間のマーケティングノウハウの共有がしづらい
    • 会社全体でのマーケティング人材の育成がしづらい
    • 会社全体のマーケティングコストの最適配分がしづらい
  • 分散型組織が向いている組織状況
    • 事業部門のマーケティングの責任者ポジションにマーケティングのマネジメントが出来る人材を十分にアサイン可能
    • 事業部門内でマーケティング人材の育成が出来る環境が整っている
    • 事業部門毎に特殊な業法対応が必要などマーケティング実施フェーズでの違いが大きい
    • 各事業部にある程度マーケティング人材をアサインできる規模がある
  • 分散型組織が実施できる条件
    • 事業部門の責任者にある程度マーケティングの理解がある
    • マーケティング部門のミドルマネジメント層のスキルレベルが高い

メリット

事業部門内の各ファンクションのコミュニケーションが取りやすい

事業部門の収益責任が明確

メリットの2項目が実現する共通の理由は、分散型の組織が、一貫して事業部門がその事業のコントロールを一元化して行うという思想のもとに設計されているためである。つまり、事業が上手くいくか行かないかの結論は良くも悪くも事業部長以下の事業部門パフォーマンスに依存する。マーケティング組織のパフォーマンスも事業部長の指揮監督のもとに行われるため、事業部長とマーケティングチームの責任者に大きく依存することになる。

デメリット

マーケティング組織全体としてのマネジメントが行いにくい

事業間のマーケティングノウハウの共有がしづらい

会社全体でのマーケティング人材の育成がしづらい

この3項目については、マーケティング組織が分散することによって、ノウハウの共有や人材の育成を始めとした、マーケティング組織全体としての集約で実現できる効果を発揮しづらくなることによって発生する問題であるといえる。もし分散型組織を選択する場合には、この3点のデメリットを改善する方策を検討する必要がある。

会社全体のマーケティングコストの最適配分がしづらい

この点もメリットで挙げた事業部門の収益責任の明確化の裏返しであるが、マーケティング予算も事業部門責任者に全体予算の一部として渡すことになるため、コストの最適化のベクトルはマーケティングコストの最適化の観点からではなく、事業部門の収益の最適化の観点からコントロールされることになる。

分散型組織が向いている組織状況

事業部門のマーケティングの責任者ポジションにマーケティングのマネジメントが出来る人材を十分にアサイン可能

分散型組織を適用する上で、最も重要な判断ポイントは、各事業部門のマーケティングの責任者に十分なマーケティングスキルとマネジメントスキルのある人員を配置できるかどうかである。分散型組織をとっている企業の新規事業や育成フェーズの小規模事業なので、マーケティングのスキルのない人材にOne of Themのタスクの一つとしてマーケティングをやらせていて集客が上手くいかないなどと悩んでいるケースを見るが、正に典型的な悪い例と言える。

事業部門内でマーケティング人材の育成が出来る環境が整っている

これも事業部門のマーケティング責任者の人材の話の続きのような話だが、マーケティングスキルのないナンデモ屋さんのマネージャーのような人材(余談だが、このような人材を否定するわけではなく、寧ろ新規事業の立上げフェーズにおいては、このようなExecution担当はとても重要である)の手がマーケティングに回らなくなったといって、その下にこれまたマーケティングスキルのない人材をマーケティング担当としてアサインするようなケースが同様に散見される。このような状況でまともなマーケティング人材が育成されないのは当然であろう。

事業部門毎に特殊な業法対応が必要などマーケティング実施フェーズでの違いが大きい

このケースは、積極的に分散型のマーケティング組織を意図的に強化していくべき、もしくは、せざるを得ないケースである。楽天グループで仕事をしていた時に、この状況が発生する典型的な事業が金融系のサービスであった。金融系のサービスというのは、業法などが特に厳しく、マーケティングの知識と、業法の知識の双方の理解が不可欠であるケースが多く、単純にマーケティングの知識だけでマネジメントをすると業法に違反してしまうなどのリスクが高くなるケースがある。また、サービス運営をするシステムなども厳密に切り分けられているケースも多く、無理やりマーケティング組織を集約したとしても、オペレーションを完全に切り分けて作らざるを得ないケースも多い。そのような状況になるのであれば、組織を分散したうえで、事業部間の情報共有のやり方などを検討するほうが効率がよくなることが多い。

各事業部にある程度マーケティング人材をアサインできる規模がある

私の経験上、向上心が特筆して高く、独学力が異常に高いなどの特殊な人材でない限り、一人担当で孤独にマーケティングをやり続けていると、普通はPDCAの回転スピードも下がるし、そもそもモチベーションの維持が難しくなったり、早々に壁にぶつかり行き詰ってしまうことが多くなる。これは、その個人の問題というよりは、その人材をそのような環境においてしまっているマネジメント側の問題と捉えたほうがよいと思う。分散型組織を志向するのであれば、早急に事業を成長させ、マーケティング組織をチームとして機能させるのに十分な規模とし、維持することをマネジメントは配慮すべきである。

分散型組織を実現できる条件

事業部門の責任者にある程度マーケティングの理解がある

マーケティングの責任者に全幅の信頼をよせられる人材をアサインできる場合を除いて、分散型組織でマーケティングを行うのであれば、事業部門の責任者には当然ある程度のマーケティングの理解(スキルとまでは言わないが)が備わっていることは前提としたい。なぜなら、事業部門内のマーケティングの組織の最終意思決定者は事業部長であるからである。

残念ながら、日本のマネジメント人材でマーケティングを理解している人がほとんどいない現状から考えると難しいというのが現実化もしれないが、少なくても事業門の責任者かマーケティング責任者のどちらかにはマーケティングのスキルのある人材を配置することは必須である。

組織形態ごとの特徴を理解して状況にあった選択を

ここまで会社全体の視点からマーケティング組織の位置づけのあり方を考えてきた。ここまで読んでいただいた方は想像がつくと思うが、私のような全社的なCMOというポジションを長くやってきた人間からすれば、もちろんやり易いのは集約・セントラライズ型組織の方である。そもそもわたしのような人材が招聘される時点でマーケティングに何らか課題があるというケースが殆どなので、それを早期に解決するためにも、集約・セントラライズ型組織の方が成果が出しやすいということになる。

しかし、金融ビジネスの例で述べたように、積極的に分散型組織で運用すべきケースなども存在するし、大企業などで、分散型組織にしても十分に集約・セントラライズ型組織のメリットを享受出来る規模のマーケティング組織を構築出来る場合などは、事業の一体感や意思決定のスピード感を優先して分散型の組織を選択することは当然メリットがある。但し、繰り返しになるが、その際は分散型組織のデメリットのトラップを踏まないように十分に配慮してもらいたい。

最後に、このような話をすると、組織論の教科書に出てくるマトリックス型の組織が一挙両得で良いのではという話が出てくると思うので、その点についても触れておきたい。事業部門のような縦のレポートラインとマーケティングのようなファンクション毎の横のレポートラインを二つ作る組織形態をマトリックス型の組織という。

私はマトリックス組織にに近い組織形態を、海外事業のマーケティングのマネジメントをしているときに経験した。現地法人の社長をトップとする縦のレポートラインと、私が統括するマーケティングの横のレポートラインの組織形態としていた。このような組織形態も理論通りある程度は機能するが、現実的には縦横が同程度の強さでコントロール出来るわけではなく、最終的には縦横どちらが最終意思決定をするのかを決めておかないと、現場が板挟みにあって疲弊する原因となることが多い。特に難しいのが、人事評価の権限と、通常業務の意思決定の権限がずれてしまったりすると、なかなかコントロールが上手くできなかったりする。マトリックス組織は、教科書的にもマネジメントが難しい組織形態と位置付けられていると思うが、結論としては、まず組織マネジメントの基本として、縦横のどちらのレポートラインをメインとするのかの意思は明確にすることが重要であると考えている。

全社視点の位置づけ1:集約・セントラライズ型組織

マーケティング部署の全社視点での位置づけを考える

本章では、マーケティングの組織について考えるべき課題をいくつか議論をしたいと思う。組織作りにおいても当然いろいろ考えないといけないことがあるわけであるが、まず初めに会社全体の組織図におけるマーケティング部門の位置づけについて考えてみたいと思う。

この議論で、一番大きなポイントは、マーケティング機能を集約・セントラライズするのか、分散化するのかという点である。具体的にイメージできるように簡単な組織図を作るとこんな感じである。

集約・セントラライズ型組織
分散型組織

組織論というのは、すべてにおいて一長一短があり、オールマイティな正解というものはないため、ここでは、代表的なこの2つのメリット、デメリットを考えながら、それぞれの会社におけるマーケティング組織のあるべき姿を考える参考にしてもらえたらと思う。

マーケティング機能の集約・セントラライズ型組織

まずはマーケティング機能の集約・セントラライズ型の組織形態から詳細に考えていく。まずはこの組織形態の良い点と悪い点を見ていく

  • メリット
    • マーケティング組織としてのマネジメントがしやすい
    • 事業間のマーケティングノウハウの共有が容易
    • マーケティング人材の育成がしやすい
    • 会社全体のマーケティングコストの最適配分が行いやすい
  • デメリット
    • マーケティング組織と事業部門とのコミュニケーションが取りずらい
    • 事業部門の業績の責任が不明確
  • 向いている組織状況
    • マーケティング組織の構成員が独り立ちしておらずトレーニングが必要
    • 会社全体としてマーケティングの成功法則が確立していない
    • 会社全体のマーケティング効率に問題があり、早期に改善を図りたい状況であること
  • 機能させるための条件
    • 事業部門のトップと対等にコミュニケーションが出来る強力なCMOがいること
    • マーケティング部門の専門性を認め、会社全体の最適化のための戦略実行のサポートがCEOから得られること

集約・セントラライズ型組織のメリット

マーケティング組織としてのマネジメントがしやすい

これは素直に理解してもらえると思うが、当然マーケティング人材が分散しているよりも一組織に集約されている方がマーケティング部門としてのマネジメントはしやすい。経験上、部署が分かれてしまうと、どんなに情報共有会的な機会を作ったとしても、各事業部門のマーケティング施策レベルの状況把握は出来ても、人材の評価などの面では把握が難しいケースが出てくる。

事業間マーケティングノウハウの共有が容易

これも容易に想像がつくと思うが、事業部毎にマーケティング機能を分散してしまうと必然的に情報共有のタイミングも量も限定されてしまうため、ノウハウの共有量が減ってしまうことになる。私はマーケティングのスキルというのは基本的にはtoC、toBの違いはある程度あるが、どのような業種に対しても基本は同じだと考えているため、ある事業の成功したナレッジは他の事業でも活用できるというケースは非常に多いと思っている。このため、PDCAの高速回転のためには他のチームがした失敗は繰り返さない方がよいし、他のチームが達成した成功は素直に真似するほうがよいと思っている。この意味でも情報共有はマーケティング組織のパフォーマンスの根幹だと考えているため、ノウハウの共有は十分に確保されるポイントであると考えている。

マーケティング人材の育成がしやすい

人材育成については別途詳細に議論するが、マーケティングに関わらず人材の育成には教えてもらう環境と、学べる機会の両方がそろうことが必要だと考えている。この点、マーケティング組織が集約されていれば、アドバイスを出来る上司、先輩を確保出来る可能性も高く、情報共有も豊富であれば様々なノウハウ・ナレッジを学ぶ機会も相対的に増えると考えている。

会社全体のマーケティングコストの最適配分が行いやすい

この点だけマネジメントレベルの話になるが、事業部ごとにマーケティング費用を年初に渡してしまったりすると、年度中の事業部間での予算の再分配をするのは非常に労力がかかり、スピード感も落ちることが多い。マーケティング組織を集約すると同時に、マーケティング費用も集約することが出来れば、さらに集客を増やせば売上、利益が増大するような事業部により多くの予算を配分し、逆に事業目標からビハインドしている事業の予算を減らすなど、会社全体のマーケティング費用の最適な配分が出来、短期的な事業拡大の最適化が計りやすくなる。

集約・セントラライズ型組織のデメリット

マーケティング組織と事業部門とのコミュニケーションが取りずらい

マーケティング組織をセントラライズして纏めることによって当然マーケティングメンバー間のコミュニケーションは良くなるわけであるが、その犠牲として事業部門との距離は遠くなるわけであるから、事業部門とのコミュニケーション量は落ちるのはある程度避けられない。このため、日々の業務の中では、マーケティング部門と事業部門間のコミュニケーションの方法を工夫する必要がある。

事業部門の業績の責任が不明確

一つの事業のマネジメントを行うためには、事業遂行に必要な各機能をコントロールできることは重要なポイントである。自身の事業にコントロール不可能な要素が増えれば増えるほど、事業責任者はその事業の業績にコミットすることは難しくなる。マーケティング活動が事業部業績に大きく影響するような事業であれば、当然事業責任者は、マーケティングチームを自身の配下に置き、マーケティング費用のコントロールも自身で行えるようにしたいと思うのは自然である。しかし、マーケティングの集約型組織においては、マーケティングのディレクションの決定や予算のコントロール権限は事業責任者のコントロール外になってしまう傾向にあるため、事業責任者の立場からはやりにくいと感じられるケースもそれなりの確率で発生すると考えられる。

ここまでで、集約・セントラライズ型組織のメリット・デメリットを見てきたわけであるが、この特徴を理解したうえで、この組織形態を適用しやすい企業やマーケティング部門の状況などを具体的に説明していきたい。

集約・セントラライズ型組織が向いている組織状況

マーケティング組織の構成員が独り立ちしておらずトレーニングが必要

集約・セントラライズ型組織のメリットを見ても分かる通り、この組織形態の最大のメリットは、マーケティングに関わる人材と情報が一元的に集約され、情報共有がしやすいというポイントが挙げられる。そしてこの特徴が最も効果を発揮するのは、人材育成であると私は考えている。

例えば、私が大手ゲーム会社時代に直面したのは、ターゲット市場が家庭用ゲーム機中心からモバイル事業中心にシフトしていく中で、マーケティング手法もBtoBtoCからBtoCのダイレクト型に大幅に転換しなければいけない状況ででこの利点は発揮される。それまでいたマーケティング部門のメンバーのスキルを早急にデジタルマーケティング仕様にUpdateしなければいけないが、このようなフェーズにおいては、マーケティング機能をセントラライズして、集中的に人材のトレーニングをする方が効率的である。

また、もう一つのポイントは、人材が集約されていることで、教える人と教えられる人の組み合わせの選択肢が増やせるという点もメリットとして挙げられる。人材があふれているような贅沢な会社でもない限り、教える人を確保するのは、意外と難しい。そもそも、上手くいっていない組織というのは、スキルが高い人材が不足しているから上手く行かないのであるから、課題を抱えている組織にはスキルが高い人材が不足していることが殆どである、

マーケティングは専門的なスキルを要する業務であるため、スキルのない人をスキルのある人が教育することは必須である。この観点からも、マーケティング組織のメンバーのスキルレベルが十分でないケースにおいては、マーケティング組織は集約・セントラライズする方が改善のスピードはあげられると考える。

会社全体としてマーケティングの成功法則が確立していない

これも前述した大手ゲーム会社のマーケティングのBtoCシフトのような状況で直面する問題であるが、これまでの成功法則をゼロから作り変えなければいけないようなケースにおいては、集約・セントラライズ型組織の方が機能するケースが多い。人材と情報の集約化・一元管理化がなされることによって、組織全体のPDCAの回転スピードが加速する可能性がより高まるからである。

また、新しいマーケティング手法や成功法則の確立には当然ではあるが可能な限り優秀な人材をアサインする必要がある。その意味でも人材の選択肢は可能な限り多い方がよい。分かりやすく言えば、その企業の英知を結集出来るほうが当然成功への道のりは短くなるわけである。このような観点からも、会社全体で新しいマーケティング手法にチャレンジ、新しい成功法則を確立するというようなフェーズにおいては、マーケティング組織は集約化されている方が効率がよいと考えられる。

集約・セントラライズ型組織を機能させるための条件

集約・セントラライズ型マーケティング組織の特徴と適用しやすい状況を理解したうえで、この組織体系で進めようという話になったとして、この組織形態を十分に機能させるために必要な条件を最後に考えたい。

事業部門のトップと対等にコミュニケーションが出来る強力なCMOがいること

基本的に、機能させるための条件とはデメリットを解決とまでは行かなくても、緩和させ、会社組織全体を円滑に動かしていけるようにすることである考えている。その意味で、この集約・セントラライズ型組織を上手く機能させるために最も重要な条件はマーケティング組織のトップであるCMOがきちんと事業部門のトップとコミュニケーションを取り、マーケティング部門と事業部門のコミュニケーションや現場業務が円滑に進むような地ならしをすることが重要になる。

ここで重要なのが「対等に」という部分である。日本の企業組織の多くは、事業部門のトップに営業系の人材が選ばれることが多く、そのポジションにマーケティング系の人材(そもそもそういう人材自体がほとんどいないが)が選ばれることが非常に少ない。さらに、多くの場合、組織規模としても事業部門や営業部門のほうがマーケティング部門よりも圧倒的に大きいケースが殆どであるため、多くの場合マーケティング部門の責任者より、営業部門や事業部門のトップの方が地位が上であったり、社内の影響力が大きかったりすることが多い。

そのような状況において、CMOが事業部門のトップと対等に話ができる関係にないと、マーケティングの現場社員がマーケティング組織内の方針通りに施策を進めようとしても、事業責任者の同意が得られずに進められないであるとか、事業成績が悪くなってくると事業部門の不効率ではなくマーケティング部門のパフォーマンスの問題ばかり指摘されるというような事態に陥り、非合理的なストレスを抱える状況に陥ることが多い。

もちろん、マーケティング組織に対する批判が合理的なものであれば真摯に受け止め、改善すべきであるため、全く問題ないのだが、トップ同士の力関係のバランスが崩れていると、時として不合理なしわ寄せが現場に行くことになる。そしてそのようなことが続くと、次第にCMO自体が部下からの信用を失い、マーケティング組織の内部も上手く回らなくなる。

このような事態に陥らないようにするには、良いことも悪いことも率直に話し合えるリレーションをCMOは各事業部門の責任者と作らねばならないし、それが出来ないと、集約・セントラライズ型組織のメリットは享受出来ないと考えるべきである。

マーケティング部門の専門性を認め、会社全体の最適化のための戦略実行のサポートがCEOから得られること

集約・セントラライズ型組織のメリットの一つにマーケティングコスト配分の最適化を挙げたが、これを実施するためには、会社全体、または、CEOからの強力なサポートは不可欠である。良くある話は、業績が良くない事業のマーケティング予算を削減するというフェーズにおいて、それをするとさらに業績が悪化するため激しい抵抗にあったりする。

もちろん、どの事業の予算を増やし、どの事業の予算を減らすといった判断は、各事業のパフォーマンスに大きな影響を及ぼすため、可能な限り客観的な基準と、きちんとした説明が不可欠であるが、それをしても、背に腹は代えられないという状況に追い込まれている事業部門のトップから抵抗されるというのは、心情的にはよくわかる。

このような状況でマーケティング組織に求められることは、1)方針が会社全体のパフォーマンスを最大化するために必要な判断である根拠を準備すること、2)その方針が経営メンバーやCEOから合意を受け会社全体の方針として承認を受けた状態にすることの2点であると考える。ただ、これらの準備は当然であるとして、それでも納得を得られない場合は、やはりもう一レイヤー上の判断を仰ぐしかないが、そのようなときにCEOが声の大きい事業部門の圧力に負け、合理的に決めた方針を貫くことをサポートをしないという状況となると、なかなか困ったことになるわけである。

幸い私自身は、比較的上司に恵まれてきたたし、それなりに信頼関係のある中で仕事をしてこられた(と思っている)ため、そのような状況に陥ることは少なかったが、いろいろな会社の話を聞いていたり、自分の就任前の状況を聞いていたりすると、CEOからのサポートが得られなかったりするケースも一定程度発生しているようである。

トライト時代

なぜトライトに?相当悩んだ転職

20年8月というコロナ禍に転職した。いろいろな人から、何で?と言われた。コナミでは最後執行役員になっていたので、一部上場企業の中核事業会社の役員から何でわざわざ無名の企業に移るのかと。余りそういうことを気にする方ではないのだが、給与、履歴書もグレードダウンするような選択をなんでわざわざするのかと言われれば、合理的には説明することは難しい。

そもそも、知り合いのエージェントから相談された時は、全く名前も聞いたことのない会社であった。人材ビジネスに興味もなかった。コナミ当時は月1くらいでいろいろなお誘いをいただいていたが、コナミの仕事にやりがいも感じていたので、殆ど話も聞かなかった。ただ、コロナ禍で在宅勤務が始まり、良いやり方も分からず暇にしている時に声がけされて、なんとなく話を聞いてみたくらいの切っ掛けである。

話を聞いてみて、興味を持ったポイントは3つくらいあった。一つ目かつ最大の理由は、マーケティング予算がびっくりするほど大きかったことである。具体的な額は申し上げにくいが、コナミの日本向けのパフォーマンスマーケティング予算の倍以上の額であった。名前も知らない会社が、それほど大きな予算を使っていることに驚いて、興味を持つことになった。二つ目は、介護を始めとした医療福祉系の企業で元気がある会社があるということが面白いと思った。日本の超高齢化という社会問題は、ニュースなどで医療費高騰など負の側面の話はよく聞くが、そのビジネスチャンスを捉えて元気な会社というのは余り聞いたことがなかった。向こう30年くらい確実に成長が約束された市場にビジネスチャンスがないわけがないと思ったので、面白いと思った。3つ目が、それほどの予算を使い、大きなビジネスチャンスもありそうな会社なのに、話を聞くとマーケティング組織が全く出来上がっていなさそうな事だった。その話を聞いたとき、楽天とコナミでの経験から、こうやればたぶん上手くいくというのが結構すぐに想像出来た。

という分けで、話をきいて面白そうだなと思ったが、正直決断するのは難しかった。だた、最後の決め手は、単純に面白そうで、コナミに残るよりも付加価値が出せそうという事であった。さすがにひとつの部署を5年もやると次の5年で同じ付加価値を出せと言われても難しいなと感じていた時期であった。やれることとしたら、もう一度海外に行って、本気でグローバルマーケを極めるのがいいかなとおぼろげに思っている時に、急にコロナ禍となり、そんなことは想像もつかなくなってしまった。そんな折、トライトの話を聞いたときに、絶対に上手くできると思ったし、その仕事が一人で楽天でマーケティングを始めた時となんとなく似ていて面白そうに思えてしまった。第3者的には賢い選択には思えないかもしれない。でも私にとって重要なのは、仕事が面白そうかどうかということである。

私は、座っていても部下が勝手に出来上がった仕組みの中で成果をあげてくれるような組織で仕事をすることに何のモチベーションも感じない。その意味でこれから組織を作るというミッションが魅力的に見えてしまったというわけだ。

20年のマーケティングの集大成的な仕事

トライトでは、まず単なる集客部隊であったマーケティング部門のKPIを根本から見直し、マーケティングの活動と会社全体のパフォーマンスが連動するようにオペレーションの仕組みを大幅に見直した。また、CRMに大きな改善余地があったため、こちららは3年で予算を10倍くらいに一気に増やし、集客効率を大幅に改善することができた。また、データドリブンなマーケティングを実現するための基盤となるDWH、BIツールなどを早急に整備し、チームが、また会社全体が正しいデータのもとに経営できる基盤を整えることが出来た。Webサービスのシステムも抜本的な作り変えが必要であったので、これも2年くらいかけて行った。最後に、新規事業としてダイレクトリクルーティングのサービスもゼロから作り上げた。

結局トライトでの仕事は3年半と今までで一番短い期間となったが、個人的には20年近く学んできたマーケティングのキャリアの総まとめ的な仕事で、非常にやり甲斐もあったし、十分な成果も出せたと自負している。人も組織もないと事前に聞かされていたのでは当初は期待してはいなかったのであるが、結果的には部下や同僚にも凄く恵まれ、今の仕事に繋がる出会いもあった。

特に良かったと思っているのは、楽天やコナミよりもぎゅっと絞った事業範囲の中で、これまで培ってきたマーケティングの知識を相当丁寧に事業に組み込むことが出来たので、これまでのマーケター人生において、おそらくもっとの精度の高いマーケティングを構築できた気がしている。

このBlogで書いていることも、経験値としては楽天から始まる20年の経験からの蓄積をもとにしているが、トライトでの3年半で自分の考えをメンバーに説明することを通じで、自分の中で整理できたので、なんとなく文章として表現できるようになった気がしている。

簡単な自己紹介にしようと思ったら、なんかだいぶ長くなってしまったが、このBlogは、こんなマーケター人生を過ごしてきた人間が、日々現場でマーケティングに向き合いながら考えてきたことを表現している。私が胸を張って言えるのは、2002年にマーケティングを職業として始めて以来、一貫して現場でマーケティングをしてきたことである。毎週毎週現場の数字をみて、何が起こっているのか考え、解決法を現場のメンバーとともに考え続けてきた。

マーケティングとは言葉のごとく、マーケットに向き合う仕事である。マーケットを見続けてきた人間でなければ分からないことがたくさんあると思っている。そんな日々の中で考えてきたことが、誰かの役に立てば幸いである。

楽天時代

何でも屋の3年間

私の楽天でのキャリアは、大きく分けると2つに分けられる。2002年8月までと2002年9月以降である。まず前者の2002年8月まで何をやっていたのかと問われると、正直全部思い出せない。社会人の最初の3年間でやった業務はたぶん10種類以上であったと思う。

初期の楽天の社員の構成比というのは、①楽天市場の営業、②楽天市場のシステム開発、③管理部門、④その他であったが、一言言われればあとは勝手にどうやったらよいか自分で考え何とか形にするという特性が評価されたのかどうかは分からないが、④の役割にされてしまったためである。ぱっと思い返すだけでも、楽天ブックスの事業提携交渉のプラン作り、CtoCオークションサービスの事業企画とカスタマサポート、楽天市場のサーチとディレクトリシステムのプロデューサー、自動車と不動産分野での新規事業開発のプランニングなどなど、三木谷さんが思いついたもので、やる人がいないものを都合よく投げられ、それっぽく形にしていくという日々であった。ただ、今になって考えれば、この時の経験は非常に良かったと個人的には思っている。デジタルのサービスをゼロから立ち上げるときに必要になりそうな経験は、この時一通り自分で手を動かしながら経験出来たためである。自分で手を動かしてやらなかった仕事といえば、おそらく、営業と管理部門、そしてプログラマの仕事くらいである。本当にそれ以外の仕事は最初の3年くらいで広く浅く経験できたと思っている。

楽天市場のマーケティングを一人で始める

そんななんでも屋さんとして3年馬車馬のように駆け抜けたわけであるが、転機が2002年の夏頃訪れる。切っ掛けは、楽天市場のビジネスモデルの変更であった。それまでの楽天市場のビジネスモデルというのは、出店料が月額5万円でそれ以外はいくら売ってもお金はかかりませんという、固定費のみで売上マージンがないプランであった。インターネットショッピングモールという売れるかどうかも分からないものにお金を払ってもらうために分かりやすい料金プランにしたい、しかしスタートアップのベンチャーとしては資金繰りを考えると固定費も欲しいという中での苦渋の決断であったとおもうのだが、創業以来この料金体系で事業を行っていた。

しかし、楽天市場がそれなりの規模と集客力となり、中には年間何億円も売上をあげる店舗が出てくる中で、その企業から最大で60万円しか売上が上がらないという現実に限界が見え始めた。そこで、それまでの固定費に加えて売上に応じた従量課金を追加するという決断を下したわけである。どう考えても全うな判断である。しかし、お金をもらう側からすれば全うな判断でも、お金を払う側の店舗からすれば、一方的に値上げするわけであるから猛烈な反対運動が起こった。

この状況の中で、店舗を説得するための材料として使われたのが、マーケティングであった。それまでの固定費モデルでは、店舗の売上増は楽天の売上増に必ずしもストレートに繋がらない状況であった。そう思っていたわけではないが、理論上は一店舗の売上が爆発的に伸びるよりも、退店率が上がらないように固定費をリクープ出来る程度に満遍なく売上が上がる方が良かったはずである。しかし、従量課金を導入すれば、店舗の売上増は楽天の売上増にもなる。このため、楽天としては店舗の売上増を実現するため、積極的なマーケティング投資を行い、楽天市場というプラットフォーム自体の急速な拡大を実現すると店舗への説明会などで話をしていたのである。

一方で、これも驚かれる話であるが、楽天市場というのは創業から5年くらい本格的なマーケティングというものをしてこなかった。いちどIPOした直後ぐらいにTVCMをやったのだが、見事に不発に終わり、その後はマーケティングするという熱が完全にシュリンクしていた。前述のように、店舗の売上が増えても、会社の売上が増えない以上致し方ない状況でもあった。つまり、説明会などでマーケティングを積極的にやりますと話している一方で、社内でマーケティングをやる体制もプランも殆どないという状況であった。そんな時に例のなんでも屋が登場するわけである。三木谷さんにある日部屋によばれ、次は楽天市場のマーケティングをやるようにと言われた。確か2002年8月である。その時の指示は5分程度で2つだけでと記憶している。「12月の流通総額(店舗の売上の合計)を9月比で1.5倍にすること。あと、ポイントをやりたいこと、それはシステム開発にも話してある。そんな感じでよろしく!」こんな感じであった。

その後20年以上どっぷり漬かるとはその時思ってもいなかったが、特に自分の意思もなく、楽天市場のマーケティングを一人で始めるということから私のマーケターとしての人生が始まった。

マネできるものがない楽天市場のマーケティング

興味がある方もいると思うので、少し楽天市場のマーケティングの最初のころの話も書いておきたい。まず、最初にどうしようと考えた時にぶつかった壁があった。参考になる事例が全く思いつかなかったのである。一番の問題は従量課金を導入したといっても売上額の2%前後であったことである。小売業をやったことがある人であれば同意してもらえると思うが、おそらく世の中に2%の粗利の小売業など存在しない。つまり、インターネットショッピングモールという小売りに近いマーケティングで参考にできる事例がどうやらないのである。では、海外のインターネットショッピングモールの成功事例はないのかとも考えたが、それも早々に断念した。そもそも、インターネットショッピングモールという事業形態で世界で最も成功している企業がその時点でもおそらく楽天市場であったからである。ECということで言えば、USにAmazonとeBayという企業が存在したが、前者は当時は完全直販ビジネスであったし、後者はCtoCという全く異なる事業形態であった。

LTVでROIを考える

という分けで、やり方をゼロから考えざるを得ないという結論になった。ただ、粗利2%では新規顧客獲得費用のROIをポジティブにすることは到底不可能であろうと考えた。例えば、購入単価が5000円としても2%ということは100円が粗利である。通常のバナー広告のCPCを考えても100円程度で新規顧客を獲得するのは難しいのはすぐに分かった。

そこで思い出したのが、大学院時代にマーケティングの教科書で読んだLTVの話である。一発でリクープするのが無理なのであれば、LTVの範囲内で顧客の獲得単価を抑えられないかと考えた。それで、前年に獲得した新規顧客の1年間の平均購入額を計算してみた。正確な数字は全く覚えていないが、たぶん粗利額の平均が数百円の中盤から後半くらいであったような気がする。その数字を見た時、顧客獲得単価100円よりはよほど現実的で、ひとまずこれでやってみるしかないかなと決めた。

このロジックでやると決めると、マーケティングでやることは当面2つである。ひとつは、1年間LTVの粗利の範囲で新規顧客を獲得できる方法を見つけること、二つ目は1度獲得した顧客に繰り返し買ってもらえるようなCRM施策を考えること。

楽天スーパーポイントを立上げ

このように考えると、後者については三木谷さんに言われたポイントをやってというのはここにばっちりはまるので、これは12月までにこれを何とか立上げようと考えシステム部門に相談しに行くと、これについてはシステムチームは三木谷さんに言われて、なんとなく骨格になる部分は作り始めているので、具体的なサービス設計と、規約とかサービスのオペレーションをこちらで考えてれと言われたので、社内の手伝ってくれそうな人に協力を求め、無理やり2カ月くらいでサービスを開始するスケジュールを引いて、後は実行するのみという感じにした。

アフィリエイトで楽天市場をOEM

難題はひとつめの新規顧客獲得である。いろいろな媒体を調べたがどうにも目標の範囲内でパフォーマンスが出なさそうである。当時のネット広告というのは、定額での枠買いの広告が殆どで、ターゲットに合いそうな媒体を選定して、その枠を固定費で買うという形態であった。今にして思えば、雑誌の広告を買うのとターゲティングの仕方としてはほぼ同じである。違いといえば、デジタルでトラッキング出来ることくらいであろうか?ちなみに、トラッキングというと今の常識でいえば、GAのTagを仕込めばいいのねと思うかもしれないが、残念ながら一般に普及しているトラッキングツールも存在していなかった。このため、広告トラッキングのツールもシステム部門に相談して作ってもらったという感じである。

という感じで、途方に暮れていると、何やら上手くいきそうな話が2つ見つかった。ひとつは、実は楽天に入って一番最初に三木谷さんにお題としてもらったアフィリエイトという仕組みである。これであれば、売上に対する成果報酬なので、パフォーマンスを売上連動でコントロール出来るので、非常にリスクが少ないように思われた。また、これも実は少し仕込みをしていたのであるが、少し前から大手のポータルサイトやISP(Internet Service Provider、これももう言わない。。。)などのトラフィック量を持っていそうな企業と何かできないかとリレーションを作っていたので、それらの企業に楽天市場をOEM的に提供することで、一気にトラフィックを獲得できるのではないかと考えた。ということで、これについてはバックエンドはどうやったか覚えていないが、ひとつは形にできた。ただ、各ポータル等のショッピングコーナーの売上の実績のヒアリングの感じでは、これだけで12月の売上が1.5倍になることは到底無理そうだった。

Google Adwordsをサービス開始当日に始める

もっといろいろな人に話を聞いてみようと思っていた時に話をしたのが、当時日本には一人しか社員がいなかったGoogleであった。まだ渋谷のセルリアンタワーのシェアオフィスを間借りしていた。そもそもその人は、Infoseekという楽天が買収したポータルサイトの元営業責任者から転身した人で、アメリカとかで何か良い事例がないか教えてもらおうと思って相談しに行った感じである。そうすると、実は今度リスティング広告という検索連動型の広告商品を始めるので、それが良いのではないかと教えてくれた。その話を聞いたときに、それは絶対に使えると瞬時に思ったのを記憶している。前述のとおり、それまでのネット広告のターゲティングというのははっきり言って雑誌と同程度の精度であった。それと比較して、このリスティング広告のターゲティングの精度というのは全くレベルの違うものだと確信した。なにせ、ユーザーが検索したキーワードに連動してそのキーワードにあった広告を表示出来るのだ。パソコンと検索したときにパソコンを買いませんか?と広告を表示出来るわけだ。この話を聞いて、とにかくここに集中的に投資しようと決めた。それから、絶対にやるからと約束し、サービスのローンチ予定日を確認しながら、日本でのサービスがローンチしたその日に、準備してあった楽天市場で売れていた売上の上位商品のキーワードのリストをもとに、一つ一つ手動で5,000ワード登録した。サービス開始当初だったのでCSVの連動機能もなく、原始的なWeb管理画面しかなかったので、本当に5,000ワードをコピペして登録していった記憶がある。ちなみに、おそらくサービス初日で競合企業もほぼ皆無であったため、すべてのキーワードのCPCは7円であった。今では信じられない金額である。これ以降、ゲーム会社でアプリ広告を中心に行っていた数年間を除き20年以上私は一貫してリスティング広告への投資をしているので、自称日本で一番リスティング広告の経験が長い人間であると言っている。同率1位の人は別にいるかもしれないが、この話は嘘でない。

最初のマーケティング部員は本当に私一人だったので、最初の3カ月で出来たことというのは、このくらいの話であった。その後数カ月くらいで、ぽつぽつとチームにも人が加わり、半年くらいで2チーム編成5-6人のチームにまで拡大し、私の役割は新規顧客の獲得の方にシフトしていくことになり、楽天ポイントプログラムというロイヤリティプログラムは隣のチームがより精緻に作っていってくれることになる。

楽天経済圏を実現するマーケティングフレームワーク

2年くらい楽天市場のマーケティングには関わって、自社のアフィリエイトのシステムを作ってローンチしたり、リスティン広告の運用のスキームを試行錯誤しながら作ったりして、楽天グループの新規顧客の獲得の基本フレームワークのようなものは、この時におよそ作り上げられたのではないかと思う。

その後、多少子会社事業の再建に関わったりしていたが、そんなことをしているうちに、楽天グループがドンドンM&Aをしたり新規事業開発をする中で、一部を除いて市場以外の事業のマーケティンが上手くいっていないことが問題になってきた。その状況で、楽天市場で作り上げたマーケティングのフレームワークみたいなものをグループ会社に横展開して、グループ全体のマーケティングレベルの底上げをしようということになり、その責任者をやることになった。ちょうどCMOのポジションをつくるタイミングだったためCMOオフィスの室長のような感じであった。

ちなみに、楽天市場で作ったマーケティングのフレームワークは大きく2つである。一つ目は、ポイントを中心としたロイヤリティプログラムで、楽天市場で多く買い物をするほど得をするというスキームの骨格はある程度出来ていたと思う。2つ目は厳密なROI管理のもとにパフォーマンス広告を中心に新規顧客の獲得をするという集客戦略である。3-4年の間に、この2つを柱としたマーケティングフレームワークはある程度確立していたため、それをすべての事業に展開していこうという形であった。このスキームはのちに三木谷さんが楽天経済圏、楽天Eco-Systemと命名して、それなりに有名になった。一人でマーケティングを始めた時は、経済圏というところまでは正直考えていなかったが、結果的に非常に汎用的、かつ、グループのシナジーが効きやすいフレームワークが出来たと考えている。

この仕事は5年間くらいした。楽天市場のマーケティングを一人で立ち上げた経験が私のマーケターとしてのフェーズ1であるとすれば、この5年間はフェーズ2と言える。この間に、正確な数は覚えていないが20-30の事業のマーケティングに間接的に関わり、自分が楽天市場で実施したフレームワークを適用すると同時に、買収した会社等の手法も学びながら、自分のマーケティングの知識と経験を急速にブラッシュアップ出来た期間だと思っている。この時の経験は、私に自分が全くユーザーでもなく、興味がない分野の商品・サービスであっても、楽天市場で作り上げたマーケティングのフレームワークとデータを理解する力があればマーケティングが出来るという自信と確信になっている。よく三木谷さんと楽天グループは干物から金融商品まで何でも売っていると話していたが、そのなんでも売っているグループのマーケティングを統括的に見ることができた経験は、事業会社では当時の楽天でなければ不可能であった気がする。おそらく今の楽天の規模になってしまうと、組織が大きくなりすぎてしまっていて、当時の私のレベルで、現場の実態を手触り感を持って把握することはおそらく難しいのではないかという気がする。この点でも、非常に運がよかったと思っている。

楽天に就職する

このブログをご覧になる方の大半は私のことをご存じない方が殆どだと思うので、ちょっと詳しく自己紹介させていただければと思う。一応自分の会社の宣伝も兼ねたBlogなので、少し自慢げに受け取られてしまうかもしれないが、一応嘘はつかない前提で正直に書かせていただく。

※ちなみに、簡単な自己紹介で十分という方はこちらから。

スタートアップベンチャーに就職しよう!

1999年5月、一橋大学の大学院2年生の頃からアルバイト/インターンとして働き始めたのが、楽天入社の切っ掛けである。一橋という大学は学生の人数のわりに当時大企業に存在したらしい、採用学生数の枠が比較的多かったらしく、超就職氷河期といわれた時代であったが、周りの友人でいわゆる一流企業に就職することに困っている人はほぼ皆無で、私の所属した学部生時代のゼミなどは2/3くらいの学生が大手都市銀行(という言葉も今は死語?)に就職するという感じの環境であった。そんなわけで、周りからはなぜそのような環境で、創業して3年目で20人程度しか社員のいないベンチャー企業に就職したのかと聞かれるが、理由は単純にベンチャー企業で仕事がしたいと決めていたからだ。

その切っ掛けは、大学院の授業で出会った米倉誠一郎先生である。忘れもしない経営哲学という授業でお会いしたのであるが、まず授業がめちゃくちゃ楽しかった。その内容は、2週間に一人、企業経営者を授業におよびする。そこで、学生たちは前週の授業で準備したその企業の分析、特に現状の問題点の分析内容を直接プレゼンする。それに対して経営者がどのように考え、どうしようとしているのか、そもそも学生の分析が間違っているのか議論を2時間くらいかけてするという内容である。そこに参加していただいた経営者の方がなかなか凄くて、グロービスの堀さん、CCCの増田さん、お亡くなりになったヤマト運輸の小倉さん、ソフトバンクの孫さんなどが、わざわざ20数名の学生のために足を運んで下さり、お話を聞かせていただけた。参加された経営者のラインナップを見れば気が付く方もいるかもしれないが、ラインナップされている経営者はいわゆるサラリーマン経営者ではない。すべて起業家と言われる経営者である。この経営者との対話を通して、米倉先生が一貫して学生に話していたこととは、シリコンバレーを見ろ、日本経済の未来を作るのは大企業ではなく、ベンチャー企業だ。イノベーションを生むのは起業家であるという事であった。そもそも、自分の父も会社を経営しており、サラリーマンというものを身近に見たことがほぼなかった私にとって、その言葉が物凄く素直に刺さってしまい、大学院1年後期のその授業を切っ掛けに、大企業に就職するというアイディアが一切なくなってしまった。という分けで、今考えると少々チャレンジングな期もするが、新卒でスタートアップのベンチャー企業の就職先探しが始まる分けである。

当初は、5人程度で凄く上手くいきそうなスタートアップ企業を探そうとした。その方がリターンも大きいし、そもそも楽しそうだと思っていた。しかし、結論からいうと5人くらいのスタートアップで、これは成功しそうだという会社には全く出会えなかった。今考えればそれはそうであろう。そんな会社がそこらへんにゴロゴロ転がっていたら、誰も苦労しないわけである。すぐに大成功するベンチャーキャピタルが作れる。当時の感覚としては、このまま行きたい会社を見つけるまで頑張るのであれば、寧ろ自分でゼロから起業してしまった方がまだ確率が高いのではないかという感じであった。でも、もちろんそんな勇気もないし、自信も全くなかった。

三木谷さんに会いに行く

というわけで、ベンチャーでももう少し規模の大きい会社を探してみようと思い始めた。そのように考えた始めたころ、米倉先生が、NHKBSの経済討論番組のようなものに出演しているのをたまたま見ていて、先生と対談していたのが三木谷さんであった。今思い返せば、ちょうど楽天市場が少しずつ話題になりだしたころで、三木谷さん自身もベンチャー企業経営者として注目され、メディアに露出し始めた時期であった。ちょうど、企業探しの枠を広げてみようと思い始めていた時期だったので、すでにテレビで取り上げられてしまっているような大きな会社に入るのは自分としては若干不本意であるが、このまま行くとベンチャー企業に入ると意気込んではいたものの、良い会社を見つけられずプータローになってしまうのではないかと不安になり始めていた時期であったため、一度楽天を見に行ってみようと考えた。と思って、楽天市場のWebサイトの運営会社的なページの三木谷さんの紹介を確認すると、今では考えられないが、写真の下に三木谷さんのメールアドレスが載っていた。これは話が早いと思って、早速、「米倉先生の教え子でテレビの対談をみたこと。楽天市場に興味を持ったこと。一度話をする機会をいただきたいこと。」などを書いてメールを送ってみた。すると結構すんなり返事が返ってきて、一度会社に遊びに来い。話をしようということになった。それで、アポをとり、オフィスに行くことになった。こんな感じが私と楽天の出会いであった。

アルバイト~学生社員に

そんなこんなで、最初は学生のアルバイトとして働き始めた。今ではちょっと信じられないかもしれないが、三木谷さん付のアルバイトで、三木谷さんに何をすればいいのか聞きに行き、電話取りとか、海外の新しいネットのサービスを調べてレポートを書いたりみたいな仕事から始めた。最初は9-17時みたいな仕事の仕方をしていたが、周りに合わせて仕事をし始めたら数週間で9時半から終電までほぼ毎日会社にいるような生活になった。ベンチャー企業で働くって、おそらくそんな感じと想像していたので、苦でもなかったのであるが、さすがに三木谷さんもバイトにそこまで仕事をさせるのに気が引けたのか、大学を出ているのであれば、大学院を卒業しなくても雇ってやるから大学院を中退してすぐに正社員になれと言われた。10月ごろの話だったが、2年生の前期にすべての単位は取り終わっており、修士論文を書くだけだったので、それであれば土曜日に働くので、ゼミの日だけ一日平日休みにさせて欲しいと頼んで、あっさりOKをもらい学生社員として新卒になる前に社会人になってしまった。私の経歴で、院の修了と楽天の入社の順番が逆転しているのは、こんな背景である。

そんなわけで成り行きで社会人になってしまった分けであるが、今考えるとあり得ないくらい運がよかったと思っている。おそらくこの30年くらいの間に起業された日本企業の中で、5本の指に確実に入るであろう企業で、20人の会社が11年半で1万人以上に成長するまでを見ることが出来たのだから。いろいろ大変なことも当然あったが、結論としては、三木谷さんには心から感謝をしている。

同じデータを繰り返し見る

幹となるKPIを把握することで変化点にいち早く気付く

ここまでで、データの管理・分析の詳細について議論してきたが、最後に日々のオペレーションにおける誰にでもできるTips的な話を一つ紹介して締めとしたい。キーワードは「同じデータを繰り返し見る」である。

BIツールの重要性の項でKPIのフレームワーク化について述べたように、KPIの構造を整えることによって、事業データの幹の部分と枝葉の部分の整理が出来ることになる。もちろん重要なのは幹の部分で、枝葉の部分は幹の部分に問題が起こった場合に必要に応じて確認するというのが、日常のオペレーションになる。このため、「同じデータを繰り返し見る」と言った場合にみる「同じデータ」というのは当然幹の部分になるわけである。

では、何故同じデータを繰り返し見ることが重要なのであろうか?私は、その最大の理由は、事業状況の変化にいち早く気が付けることなのではないかと考えている。よく私は同僚や部下から、打ち合わせで見た数字が記憶されていることに驚かれることがあり、そのような人は私の記憶力が人並外れて良いのだと思っているように感じることがある。ただ、それは大きな間違いである。学生時代を思い出しても、私は歴史の授業は好きで得意科目ではあったが、年号の記憶だけは酷く苦手で、この暗記はほぼ諦めていたくらいである。よく、友達の誕生日や、昔であれば電話番号(古い。。。)を暗記しているひとがよくいたが、そういう類の記憶もまるっきり駄目である。

では、なぜ私が打ち合わせで聞いた数字を記憶することが出来るのであろうか?理由は2つである。一つ目は、打ち合わせでフォーマットを決め、WeeklyやMonthlyといった頻度で同じKPIの数字を定期的に繰り返し見ているからである。安定的に運用されている事業であれば、基本的に幹となるKPIの数字というのは安定しているはずである。このため、同じKPIを見続けていれば、さすがに数字の暗記の苦手な私でも主要な数値の概数は覚えられるようになってくる。そして、二つ目の理由は、大抵の数字は毎回同程度の数字である前提において、打ち合わせの際に、通常時と異なる動きをしているポイントに絞って深く考えるということを習慣としているからである。その深く思考するというプロセスを踏むことによってその打ち合わせでの問題点や重要なポイントは自然と脳内にインプットされることとなる。つまり、量が多いレギュラーなデータは繰り返しによって自然と記憶され、量の少ないイレギュラーなデータは深い思考のプロセスと関連づけてこちらも自然と記憶することによって、非常に少ない労力で事業の最新状況をインプットし続けることが可能になるわけである。

 そして、この数値が頭に入るロジックこそが、「同じデータを繰り返し見る」ことの重要性と非常に大きく関連している。そもそも論になるが、なぜデータドリブン経営やデジタルマーケティングの現場において、KPIを見ることが必要なのであろうか?それは、当然事業の状況を正しく把握するためである。では、マネジメントにとって把握すべき状況とはなんであろうか?それは、変化点の発見と、その背景の把握であると私は考えている。たまに能力の低いマネージャーで、計画通りに進んでいるKPIの数字の報告を聞いて満足している人がいる。断言するが、順調にすすんでいる部署で計画通りに進んでいるKPIの数字の報告を聞くことにマネージャーの付加価値は全くない。問題なく計画通りに進んでいるのであれば、その付加価値を生み出しているのはマネージャーではなく、現場で実務をしている部下である。つまり、いつも通り上手く言っているオペレーションにマネージャーは労力を割く価値はない。

変化点の背景・原因を把握する

では、何をすべきなのであろうか。それは、上手くいっている時も、上手くいっていない時も「変化点」を発見し、その背景や理由を考えるとことが重要となる。戦略立案に置ける市場状況の把握の重要性の項でも述べたが、マーケティングを正しくマネジメントするためには、市場状況の把握が不可欠である。その重要な手掛かりとなるのがマーケティングKPIの定期的な観察である。そして市場からの重要なサインしてと、KPIの変化点が現れる。その変化点の背景の理解が市場状況の把握には重要であるが、変化点が生まれるポイントは3つに分けられる。1)顧客ニーズ(供給)の変化、2)競合や自社による需要の変化、3)自社のオペレーションの変化である。

1)顧客ニーズ(供給)の変化

市場の変化については需要と供給に原因を切り分ける必要がある。価格の変化はそのバランスによって決まるわけなので、変化が起こるとすれば、当然そのどちらか、もしくは両方の変化によって起こるわけである。マーケティングの世界においては、事業主側が一般的には集客をしているわけなので需要側で、顧客のニーズの量がそれに対する共有と言える。

顧客のニーズは、シーズナルなトレンドや、商品のヒットによる話題性、認知広告の大量投下による認知拡大など様々な要因によって変化する。供給が増えれば顧客の獲得単価は低下するし、減れば獲得単価は上昇する。

マーケティングオペレーションにおいて、パフォーマンスに変化があった場合に、内的、外的要因を問わず、顧客ニーズに変化があるかどうかをオペレーションサイクルに沿って把握できる方法を何らか決めておくことは非常に有効である。

例えばリスティング広告においては、自社の顧客ニーズを表す検索キーワードのボリュームを定期的にトラッキングしておくことなどは有効である。

2)競合や自社による需要の変化

顧客ニーズを供給とすれば、自社や競合の広告予算の変化は需要の変化ということになる。当然需要=広告予算が増えれば顧客獲得単価は上がり、需要が減れば獲得単価は下がる動きとなる。ここで重要なのは、需要は自社の予算だけで決まるのではなく、競合企業の予算の変化にも影響を受けるということである。ただ、当然自社の予算額は正確に把握出来るが、競合企業の予算額などは把握出来ない。このため、競合需要の変化は、他のパラメーターと変化のベクトルとの関係性の中で把握するしかない。

 例えば、顧客獲得単価が上がり、自社の広告予算額と1)顧客ニーズと3)自社オペレーションに変化がなければ、変化の原因は競合が広告予算を増大させたと推測出来るわけである。

3)自社のオペレーションの変化

マーケティングKPIの変化の原因として最も多く検討されているのが自社オペレーションの変化・変更に対するものである。デジタルマーケティング施策のPDCAの一環として、様々な施策を試し、そのBefore/Afterの結果検証をする。変化点が発生したときに、施策後に効果が良化していればその施策はポジティブ、効果が悪化していればネガティブということになり、何も変化がなければその施策はニュートラルとなる(このニュートラルは必ずしも意味がないことを意味しない。もし現状のパフォーマンスが許容範囲内のパフォーマンスであれば、同程度の施策を実施するオプションが増えたといえるかもしれない)。ただ、この変化点の発生と自社オペレーションの変化の効果検証タイミングが一致したとき、その変化の原因が需給バランスの変化という市場要因なのか自社オペレーション要因なのかの切り分けの検証は必ず必要である。もし受給バランスの変化が原因での変化の場合、自社オペレーションの効果はニュートラルである可能性も否定できない。

このように、マーケティングの幹となるKPIを継続的に把握し、変化点を発見した場合には、1)~3)の各項目すべてについて必ず検証することが必須である。もちろん、2つの要因が同時に発生していることもあるかもしれない。そのような場合は、自社でコントロール可能な要因となる施策を一度ストップするなどして影響をニュートラルにして、原因の切り分け作業をするなどの工夫が必要である。特に、現場の担当者は、パフォーマンスが悪い時に、改善施策のスピードを落とすことに強い罪悪感を感じるケースが多いため、ネガティブな変化があった際に、改善策を打たず、問題点の切り分けのために立ち止まって、背景、原因の把握に時間を使うことを躊躇しがちである。しかし、冷静になれば分かると思うが、背景や原因を正しく理解できていない改善策というのは、そもそもデータドリブンで論理的な施策とは言えず、それっぽい理由をつけていても悪く言えば、単なる思い付きの施策である。もちろん、その思い付きが結果的に正解であることもあるかもしれない。しかしそれは、はっきり言えば運が良かっただけであり、そのやり方で継続的に安定したパフォーマンスの維持、改善を行うことは困難であると考えるべきである。

レポートのフォーマットも固定化する

ここまでで、幹となるKPIの変化点におけるチェックポイントを整理してきたが、もう一つの話題として繰り返し見るべき幹となるKPIの運用方法についても議論しておきたい。前項のKPIのフレームワーク化の議論とも重なるが、まずKPIフレームの上位レイヤーからチーム内の担当ごとに責任をもつKPIを決めていくというのが一般的なやり方である。マーケティングの責任者は、個々に切り分けたブレイクダウンされた各KPIのパーツのパフォーマンスの進捗を把握し、適切なリソースと予算のアロケーションの調整をしながら、全体のパフォーマンスの最適化を行う。

この際に一つ注意すべきポイントがある。それはレポートのフォーマットである。レポートのフォーマットは極力固定するのが私は良いと考えている。もちろん、日々のPDCAを回していく中で若干の修正は発生したり、新たに確認すべきデータとフォーマットが追加されたりするが、基本のレポートフォーマットは可能な限り固定したい。これは私個人の能力の問題なのかもしれないが、人は同じデータを見ていても、レポートのフォーマットが変わったり、レイアウトが変わったりしただけでも、どこに何のデータがあり、何と何を比較すれば良いのかなど、データの変化点よりもレポートフォーマットの変化点に思考力が奪われてしまい、重要な変化点の見落としが発生することが多くなると思っている。楽天時代に、楽天市場のナビゲーションのUIのプロデューサーのような仕事をしていた時にいろいろテストしたり、自分で考えたりしたが、人間というのは絶対的な利便性よりも、習慣化された慣れの方が、使いやすいと感じるものである考えている。それがなぜかといえば、使い慣れたものというのは使い方を考えなくても良いからである。どんなによくできたUIであっても多くの場合はじめて使うときにはある程度使い方を考えるものである。私は報告資料のフォーマットというのはそういうものだと思っている。報告の度に、どんこにどのような情報が記載されていて、それがどういう意図なのか理解することに脳のパワーを割いていたら、肝心な内容の理解に割く余力が減ってしまう。部下が同じようなフォーマットで同じようなデータの報告を行うと、付加価値がないように感じてしまうかもしれない。しかしそれは私はあまり良い感覚だとは思わない。付加価値は資料の体裁でなく、データ分析の深度で図るべきなのである。

マーケティングの責任者は、自分のチームの日々の変化点でのデータ分析結果を注意深く観察し、自社が直面している市場の状況と、自社オペレーションのクオリティを継続的に把握することが必要不可欠である。そして、この変化点の分析を注意深く、継続的に行うことによって、マーケティングの責任者に最も重要な自社が直面している市場の状況を見る際の解像度がドンドン高くなってくるはずである。そして、その解像度が高くなればなるほど、中長期戦略を立てる際の課題やその対策もおのずと見えてくるはずである。その解像度をどの程度まで高くするかは、マーケティング責任者の能力と経験に依存する。自分にどの程度まで市場と自社のオペレーションクオリティの把握をする必要があるのかを日々の活動をしながら考え、KPIのどのレイヤーまで把握するのかの適切なポイントを決めることが重要である。もし、自分のチームが計画未達の原因が理解できないというようなことが頻発しているような状況だとすれば(解決策が分からないではない)、それはもしかしたら責任者として把握すべき解像度と比べて、自身が把握している状況の解像度のレベルが低すぎるのかもしれない。

データ分析チーム

データ分析チームメンバーに必要な資質とは?

ここまでで、DWHデータ入力・収集ツールBIツールというデータドリブン経営、デジタルマーケティングの3種の神器とも言えるシステムの整備という活動基盤の話をしてきたが、いよいよその基盤の上で日々のPDCAを回すという活動を行うことになる。

もちろん、その活動は全マーケティング部門の社員が行うことになるわけだが、データの管理・分析という視点で非常に大事になってくるのが、その実行部隊となるデータ分析/データアナリスト/データサイエンティストチームである。この点は、多くの会社で苦労されていると思うので、私の経験から、お役にたてそうな話を紹介したい。

まず最初にデータ分析の担当者に必要なスキルから考えよう。もちろん理想は大学や大学院で統計学の学位を取ったような人なのかもしれないが、普通の事業会社においては必須事項ではないと考える。それよりも必要な素養は次のような点なのではないかと思う。

  • 地頭が良い
  • 数学的な考え方が出来る
  • 事業活動の実態に興味があり、数字の世界に入り込みすぎない
  • SQLは出来なくてもよいが、エクセルのスキルは高い
  • コミュニケーション能力が高い

地頭が良い

一つ目は、これを言っては身も蓋もないかもしれないが、残念ながら地頭の良さである。私の中でのデータ分析チームの位置づけは、データドリブンなマーケティングの基盤となるデータを統括し、CMOの意思決定をサポートするためのチームであるため、自分より頭がよいと思えるメンバーをどれだけこのチームにアサイン出来るかで、その後の活動のパフォーマンスが変わってくる。マーケティング部門の業務のクオリティの精度や、新しいアイディアの出現率、新しい戦略や施策の実現スピードなど、思いつくことは多くある。直近で私と一緒に働いていたチームとの定例など、特にテーマを決めずに、各人が共有するに値する分析結果を持ち寄ってフリーにディスカッションするという形式で実施していたが、ひとつひとつのアイディアが新しい課題の発見や、新たなソリューションの創出など中長期的な自社の経営の方向性を考えるための貴重な情報ソースであった。自分が考えていなかったようなアイディアや、分析の切り口、データの組み合わせかたなど、一人でデータと向き合っているだけでは出てこないような発想は優秀なメンバーの集積でなければ実現しえない。

数学的な考え方が出来る

二つ目は、こちらも当然であるが、データを扱うわけであるので数学的な考え方、発想に強いことが必要である。私はデータ分析というのは、目の前にある課題、解き明かしたい仮説などと、目の前にある利用可能なデータを組み合わせて、何らかの答えを作り出す数学の証明問題のようなものであると考えている。そのためには、リアルな世界で起こっている事象に対して、それがデータとして数値としてどのように落とし込まれており、そこに至るプロセスやその先で起こる結果との関係性をどのように数字のロジックとして関係づけられるか?この点を的確に、かつ、スピーディーに実行するためには、ある程度の数学的な思考方法が得意である必要があると考えている。

事業活動の実態に興味があり、数字の世界に入り込みすぎない

三つ目は、二つ目と関連するが、事業活動の実態に興味を持ち、数字の世界に入り込みすぎないということである。もちろんデータ分析とは数字の世界であるため、数字で考えることは重要であるが、事業会社のデータ分析の目的は事業の拡大、改善であるため、自分たちが扱っているデータが、自分たちの顧客やクライアント、社員のどのような行動による結果なのかを常に考える必要がある。決して大学の研究室や金融商品のデータアナリストのように数字の世界のみに没頭していてよいわけではない。そのためには、いくらデータ分析のプロフェッショナルであったとしても、事業や人に興味を持ち、常にデータと現実の世界の間で思考を行き来させ、机上の空論のような提案ばかりしないようなチームにしていかなければいけない。

SQLは出来なくてもよいが、エクセルのスキルは高い

四つ目は、非常にストレートなスキルであるが、SQLの習得である。今まで3社でデータ分析のチームを直接、間接で見てきたが、結論としてやはりSQLが使えないと、このエリアでプロフェッショナルに活躍するためには厳しいと考えている。もちろん、エクセルでもある程度までは分析が可能であるが、やはり大規模なデータや、複雑な条件の組み合わせを伴う集計などには限界があるのも事実である。ただ、これも経験上、エクセルのスキルレベルが高い地頭の良い人材であれば、チームにアサイン後からであってもSQLの習得は可能であるケースが非常に多いため、本人に習得意思があればアサイン前からの必須事項とする必要なないと思う。

コミュニケーション能力が高い

最後は、コミュニケーションの高さである。この点は3点目のポイントと連動するが、データ分析をしたものは、その結果が正しいかどうかの答え合わせを自分でできたほうが自走力が増し、提案の精度の改善スピードが加速すると考えている。そのためには、社内での実態のヒアリング等を通じて、自分の出した分析結果と事業実態のつき合わせが必要になってくることも多い。もちろんそこには本人の性格などもあるため、必ずしもMustの要素という訳ではないが、理想的には、そうあって欲しいと思っている。但し、本条件については、そのサポート役をつけてあげれば解決することも出来るため、他の条件がそろっているのであれば、優先順位を落としても構わないと思う。

データ分析チームの役割

チームのメンバーがそろえば、活動開始である。データ分析のチームが担う役割を考えてみよう。もちろん会社によって組織間の線引きが異なると思うので、その辺も含てコメントする。想定されそうな役割は次のようなものとなる。

  • DWHやBIツールの管理、運用
  • 会社全体もしくはマーケティング部門のKGI、KPIのフレームワーク構築
  • アドホックなテーマのデータ分析
  • データ分析から導き出された問題点の改善提案
  • DWHやBIツールの管理運用

DWHやBIツールの管理、運用

この点は、会社によって、データ分析チームが担うのか、システム部門が担うのかなど、議論が分かれるところである。特にDWHの管理については注意深い議論が必要である。もちろんDWHのシステムの管理まで担うとなると、チーム内にそのスキルセットがある人材が必要になり、ハードルが上がってしまうため、多くの場合、システム部門に協力を依頼するか、外注に頼るかという選択肢になる気がする。それは、各社の状況と確保できる人材により検討するしかないと思うが、ここでは、それを決めるうえでのマーケティング的な視点での注意点を記載したいと思う。

それは、どのような体制になったとしても、運用のスピードを確保できるようにすることと、データの管理が全社的にできる体制が両立できる方法を見つけるということである。

これは、私がよく見る事例で、すべての会社がそうという訳ではないが、特にDWHの運用をシステム部門に完全に委託する状況になると、スピードが非常に遅くなるケースが多い。これは、企業の規模が大きくなればなるほどその傾向が強い気がするが、社内利用に限定されることが多いDWHの管理運用に社外向けサービスと同等のサービスレベルを求められたりすることで、社内調整時間が膨大にかかってしまうようなことが多く発生することが主な理由だったりする。もちろん長い目で見ると、そのようなカッチリしたシステム設計等は重要ではあるが、データドリブンなデジタルマーケティング成功の合言葉がPDCAの高速回転であるため、データ分析のスピード感が落ちるのはなるべく避けなければいけない。このようなケースで、私のアドバイスは、DWHを外部向けのサービスでの活用を避け、社内のデータ分析用のDBとして独立させておくことである。例えば、消費者のID管理された個人ページなどでDWHに格納されたデータを表示するとなった場合、データの正確性は100%に近いレベルで管理されていなければならない。Aという顧客にBという顧客の情報を見せるなどしたら大問題である。しかし、社内の分析用であれば、目的は統計的な傾向を分析することであるため、そのレベルでのデータの正確性は必ずしも必要ではない。つまり前者のように外部向けのサービスの連携をいったんしてしまったが最後、DWH側のシステム変更などが途端にしにくくなったりする。また、DWHと外部向けサービスを接続してしまったりすると、サービスのパフォーマンスレベルも維持しなければいけなくなるため、サーバー負荷の高い大規模なクエリを回すなどの制限も出てきてしまう。そうなると、データ分析の担当者が片手間で運用するレベルでは収まらず、結局システム部門に運用も任せなければいけなくなるという状況にならざるを得ない。

もちろん、個人情報の保護の観点は厳重な管理レベルが要求されるが、それ以外の柔軟性は、極力確保できるのが理想だと思っている。

ただ、DWHだけでなく、BIも同じであるが、データ分析チームが余りに自由にやりすぎてしまうと、システム運用経験の不足からシステムの中身がブラックボックス化してしまい、属人的な運用になってしまうことには注意が必要である。この辺はシステム部門のドキュメンテーションや情報共有のメソッドもは早い段階で取り入れておくべきなことも言及しておきたい。

会社全体もしくはマーケティング部門のKGI、KPIのフレームワーク構築

分析基盤の構築と運用体制が決まればいよいよ具体的な分析タスクにチームは突入していく。まず取り組むべきは、事業改善の骨格となるKGI、KPIという日々の活動のパフォーマンス改善の幹となるKPIツリーを作成し、それを帳票化するという作業が必要である。BIツールの項でも説明したが、チームがDaily、Weeklyで定期的に見るべき項目と、問題・課題が出てきたときにドリルダウンして分析する枝葉の部分を構造化する。この基盤により、現場のメンバーが日々のPDCA活動の中で、個々に課題や問題点を発見し、それを自分でデータを確認・分析できる環境が整い、データ分析チームだけに頼らない各メンバーのデータ分析の自走化が実現する。

なお、繰り返すが、この作業は当然一回では終わらない。特に枝葉の部分で見るべきポイントはPDCAの精度向上とともに、どんどん増えていく傾向がある。可能であれば、データ分析チームのメンバーは役割分担を決めるなどして、担当領域の現場のPDCA活動の情報を定期的にキャッチアップし、各現場においてどのようなデータ分析のニーズがあり、それを実現するためにはどのようなデータが必要なのかを把握し、解決法を提供していくというサイクル構築することが理想である。これが実現すると、データ分析チームにも独自のPDCAが周りはじめ、その状態になると、マーケティング組織としての分析の精度は放っておいても向上していくことになる。

また、このようなマーケティング運営のためのKGI、KPIのフレームワークが構築されると、定期的に発生する事業計画の作成や、月次のパフォーマンスレポートやそれに基づく短期的な運用計画・予算の策定なども高い精度で構築できるようになる。

アドホックなテーマのデータ分析

データドリブンマネジメントの基本は日々のオペレーションの骨格となるKPIフレームワークを構築し、定期的に状況把握することとなるが、その中で、当然それまで気が付かなかった課題が発見されたり、逆に何が課題なのかが分からないのにパフォーマンスが悪化、もしくは、予想以上に良化するなど既存のKPIフレームワークでは説明不可能な状況が発生したりする。

このような状況では、その課題解決や原因分析のためにデータ分析チームがアドホックな深堀分析をすることになる。もちろん状況に応じて分析の難易度も、手法も異なるため、具体的にここで何かを述べることは難しいが、結局はここでもすべきことはPDCAであり、分析のスタートは課題や原因の当たりをつける=仮説(P)を作るというところからしか始まらない。このPの精度がどれだけ高いかで、アドホック分析のスピードは全然変わってくることになる。このため、精度の高いアドホック分析をするためには、分析チームのメンバーは数字の世界に埋没するのではなく、事業活動の現場で何が起こっているのかに興味を持つことが重要であると私は考えている。仮説のあたりは私の経験上データからだけでは見つけづらく、現場から見つかるケースの方が多いと思っている。

データ分析から導き出された問題点の改善提案

データ分析チームの業務範囲としてアドホック分析に基づいた改善提案を含めるかどうかについては、線引きはそれぞれであるが、個人的には改善提案まで含める方が良いのではないかと考えている。もちろん、それはチームメンバーの能力とパーソナリティにも依存するが、アドホック分析でも述べたように、分析チームのメンバーの事業現場理解が低いとデータ分析の精度もスピードも向上していかないと考えているため、データ分析チームが事業現場のメンバーとのコミュニケーションを取る場としても、改善提案の業務まで業務範囲に含める方が事業会社のデータ分析チームの質の向上のためには良いのではないかと考えている。

ここまでで、データ分析チームのメンバーの必要スキルとその具体的な活動の概略について見てきたが、ここで述べた内容を読んだだけでも、如何にこのデータ分析チームが重要であるかはご理解いただけたと思う。このチームのメンバーの質はデータドリブン経営、デジタルマーケティングの質に直結する問題であると私は考えている。ただ、データ分析チームを組成する時の一番の問題は、良い人材の獲得である。はっきり申し上げて、日本ではデータドリブンな経営が重視されてこなかった背景から、よいデータアナリストのプールが市場にいないという現実がある。多くの企業が苦労すると思うが、是非粘り強くチャレンジしてもらえればと思う。

BIツール

データ集計を自動化するBIツール

DWHが出来て、データ入力・収集ツールの整備が出来た。でも、データドリブン経営・マーケティングを実現するための最後のツールがまだかけている。それはBIツールである。代表的な商品はTableauというSalesforce傘下の商品である。BIツールとは、帳票を設定することで、自動でDWH等と連携してデータ集計表の作成やグラフの作成、既存の帳票上でのソート・フィルタリング、クロス集計など実施などが出来るツールである。基本的には、BIツールがなければ多くの場合エクセルで同様な作業は可能なことが多いが、DWHとの連携による帳票の自動Updateや、SQLを活用したエクセルでは出来ないような大規模なデータ集計や複雑な集計などが出来るため、上位互換的な位置づけにあると考えてもらえると良いと思う。

別にBIツールの営業をしたいわけではないので、絶対に導入すべきだとまでは言わないが、私の経験上、導入のメリットと導入しない場合に起こりがちなデメリットをここでは紹介したい。

まず思いつくのメリットは、データ集計のリソースが大幅に削減可能になることである。KPIの帳票などをエクセル管理していると、日次、週次、月次などで、データを集めて、Update、集計などを定期的に行わなければいけないというような作業が発生する。一方BIツールの場合は、DWH上に必要なデータがバッチ処理などで自動連係されるようになっていれば、一度作った帳票は改修しない限り、ほぼ自動的に集計、グラフ化などを行ってくれる。このため、貴重なデータ分析リソースのルーチン業務を大幅に削減することが可能になる。

エクセルで限界までデータ集計を頑張ってみる!

もちろん、このリソースの削減もメリットとしては小さくはない。しかし私が考えるBIツールの最大のメリットは、データ分析の基本フレームワークの構築と、メンバー間の共有・利活用が劇的に加速されるということである。この点を理解するためには、BIツールがない場合との比較で考えてみたい。

例として再び人材紹介業の例で話をしよう。チームが担う役割は新規顧客獲得の獲得で、デジタル広告の運用チームとし、KPIはこれまで登録数最大化であったが、この度求人提案数の最大化に変更するというプロジェクトにしよう。このような全手にたって、この広告運用チームが、どのように施策を進めていくのかを具体的に考えていくことにする。

求人提案数と登録数の関係を式で表すと、

求人提案数 = 登録数 × 求人提案転換率

となる。このため、求人提案数を最大化するために最初に考えるべきは、登録数と求人提案率のコントロールである。これを一番簡単に行えそうなのは、投資する広告媒体ごとの予算配分を変えることであるため、広告媒体ごとの数値を集計して、求人提案CPAが安い媒体の予算を増やし、求人提案CPAが高い媒体の予算を減らすというのを基本ルールとして、オペレーションを構築する方針としよう。そのために、これらの数値が纏まった帳票を職種毎に作成することにする。

このくらいの話は、チームで一つのエクセルを作れば済むことなので、はっきり言ってわざわざBIツールを使わなくてもエクセルで対して状況は変わらない。

そのうち、週次でMTGをしていると、どうも求人提案への転換には2週間程度リードタイムがかかるので、今週獲得したユーザーの転換率が良いのかどうかが分からず、週次でのPDCAが回しにくいという話がチーム内で出てきた。その解決策として出てきたのは、求人提案の一つ前のヒアリング数を先行指標として、確認したら良いのではという話がチーム内で出てきた。それはよさそうだということで、ヒアリング数とヒアリングCPA、ヒアリング転換率を帳票に追加して、毎週報告することにする。私の感覚では、この段階もエクセルで全く問題ない。

ところが、ある職種の担当者が、特定の媒体の求人転換率が今まで良かったのに急速に悪くなった。だが理由が分からないと言い出す。データ分析チームと検証した結果、どうも求人転換率が低い60歳以上の求職者の比率がその媒体だけ急速に上がっているようだということが分かった。そこで、今後は、特定の媒体の転換率が悪くなった時は、求職者の年齢分布をチェックすることにしようとなる。このあたりからエクセルでやるのと、BIツールでやるのとで実は差が出てくる。

エクセルでこれをやろうとすると、方法はおそらく2つある。データ分析チームが、広告運用担当者が媒体ごとの年齢分布を調べたいときにいつでも見られるように、毎週データをDWHから吐き出して、エクセルにストックしておき、聞かれたらデータのありかを教えてあげるという方法。または、広告運用担当者から依頼されるごとにデータを集計して渡してやるという方法である。前者の問題は、使われるかどうかも分からない情報をいちいちデータ分析チームがもしものために作るという非常に無駄な作業が発生する。後者の場合は、依頼されてから動くのでスピードが遅いのと、無駄な手間を掛けさせると申し訳ないので、そもそも依頼することに遠慮が発生し、気軽に分析が出来なくなる。一方BIツールがあれば、年齢分布を見ましょうとなれば、媒体ごとの年齢分布の帳票を一度作ってしまえば、いつでも誰でも見られるようになる。

ここでは、年齢分布を見ましょうと1項目追加された程度なので、まだエクセルでも問題ないが、一つのチームで何年も毎週PDCAを繰り返すと、この時はこのデータを見る、このパターンはこのデータとナレッジが蓄積され、その項目数は10、20と増えていくものである。こうなってくるとそもそもオペレーションが大きな負荷になり、運用が回らなくなるか、データ分析チームがオペレーションで手一杯になってしまう。

BIツールは現場メンバーの一人一人のデータドリブン実践の場

私の考えるデータドリブンなデジタルマーケティングのチームというのは、日々のPDCAを回しながら、常に新しい分析のアイディアを考え、それをチーム内で共有し、それが汎用的なアイディアであれば、チームのナレッジとして一般化仕組化するというプロセスを繰り返すことが重要であるが、その実践場所がBIツールであると考えている。

このプロセスを、データ分析チームの手を介さず、現場の一人一人のメンバーが実践できる環境を如何に提供するかが、PDCAのスピードをあげる非常に重要な要素になる。そして、それを実現するために重要な条件が、現場のメンバーが簡単にデータにアクセスでき、利用可能な環境になっているということなのである。

もちろん、エクセルでそのオペレーションを回すことも可能ではある。しかし、オペレーション負荷が高くなると、可能性の高いアイディアしか分析、検証されなくなってしまいがちである。それはつまり小さな失敗がしにくい環境になってしまう訳だ。分析にも、小さく、早く、意図を持っては重要なわけだ。もし、自分のチームでデータ分析のスピードが遅いと感じることがあったら、一度自分のチームのメンバーのデータアクセスの状況を確認してみてはいかがだろうか?データ分析チームに分析ではなく、過剰なオペレーションをさせていないだろうか?もしそんな問題が発見されたら、BIツールの導入を検討しても良いのかもしれない。

データの入力と蓄積・管理

正しいデータが存在することがデータドリブンの大前提

この話は、事業がオンライン完結型のビジネスをされている方には全く関係ない話なので、そういう方は読み飛ばしていただいて構わないが、自社のバリューチェーンにオフラインの活動が含まれている方には参考になるかもしれない。以前に、売上最大化の弊害の話をしたときにも、これまで経験したデータドリブンの最大の弊害であるそもそも正しい情報がない問題を議論した。オンライン完結型のビジネスというのは、基本的に事業プロセスの情報がほぼWebログや顧客情報DBなどに残っていることが殆どであり、これらのデータが正しくないということは余り考える必要はなかった。しかし、オフラインの活動が絡んで来ると、オフライン活動の情報をどのように入力、蓄積、管理していくのかというのは、非常に重要な問題になる。

私がこの点で非常に運が良かったことは、それまでこのエリアの経験が殆どなかったが(というか、基本的に悩む必要がなかった)、人材紹介業というバリューチェーンのある時点から(というか大半)がオフラインで行われる事業形態において、この問題に取り組む機会を得たからである。余り具体的な話をすることは出来ないが、データがあるということは、データドリブンの大前提なので、少し議論をしたい。

便利なエクセルが実は最大の敵

まず、多くの会社でこの正しいデータを手に入れるうえで大いなる敵となるのは、エクセル(Excel)である。この素晴らしく使いやすく能力の高いツールは、世界中のビジネス界で圧倒的な地位を占めている。もちろん複雑なこともでき、上級者が作った複雑なファイルになると私など怖くて絶対にいじれないが、基本的に簡単な集計であれば、誰でも簡単にフォーマットを作ることが出来る。しかし、この「誰でも簡単に」が、今回のテーマの視点では、著しく巨大な敵となる原因である。「誰でも簡単に」が実現したことによって起こる問題とはなんであろう。キーワードは「散逸」と「変形」である。

「散逸」については、言葉の意味のとおりデータが個々の部署やチーム毎に管理されたデータに散らばってしまう状況である。「変形」については、最終的には個人レベルまで問題が及ぶことがあるが、情報の入力・蓄積・管理の仕方が、細胞分裂のように散在しながら独自の変化を遂げてしまい、どんどん異なるデータや管理フォーマットの亜流が生まれ続けてしまうことである。この「散逸」と「変形」は、オフライン部門の人員数が多くなればなるほど、当然のごとく状況が悪化することが多くなり、手が付けられなくなることが多い。

SFAを上手く使うための障害とは?

これに対抗するためにこの15年くらいで急速に力をつけてきたのが、SFA(営業管理システム)やCRM(顧客管理システム)といったツールである。代表的というか、この分野で圧倒的な勝ち組になっているのはSalesforceである。Salesforceについては今や一言で何のツールか表現できないほど様々な機能をもつツール群となっているが、簡潔に言えば顧客データと営業活動のプロセスをオンライン上で管理、蓄積することができるツールである。このSFAが上手に導入されると、基本的にそこにデータは入力され、蓄積されていくことになるため、少なくても「散逸」問題は改善される傾向が強い。 前職で良かった点は、入社当初にデータがきれいな状態で使えるようには全くなっていなかったが、少なくてもSFAは導入されており、そこに事業活動の元データはある程度蓄積されていたため、DWHを作ろうと思ったときに、元データとして基盤となるものが存在していたことである。もし、これがなく、「散逸」の解決からしなければならなかったとしたら、おそらくマーケティング改善のスピードは2年くらい遅れていた気がしている。

しかし、SFAも数多あるイケてるツールの例にもれず、上手に使えば大変便利なものであるが、使い方を間違えると、思ったほど使えるものにならずに終わってしまう。このエリアも私はユーザー視点での意見しかいえないので、構築面での話はその道の専門家にお任せするが、私なりの注意点を説明しておきたい。

一つ目の問題点は、カスタマイズし過ぎ問題である。多くのクラウド型のSFAの良いところは、ノーコードでカスタマイズが可能というのを売りにしていることが多いが、このカスタマイズのしやすさというのが実は障害になったりする。

よくある話が、営業部門で進捗管理のMTGをしていて、ある営業部員が今月のパフォーマンスが良い理由を説明したとする。もしその理由がこれまで全く重視されていなかった指標で、全く管理されていなかったとする。それを聞いた営業部長が、「それは素晴らしい視点だね。これからはその指標も定期的に追っていくことにしよう」と会議で発言する。そうすると営業管理部門の社員がSFAの管理担当者に、今週から〇〇のデータをトラッキングすることになったので、SFA内で入力できる場所を作ってほしいと言われる。SFAの担当者は、出来ないわけでもないし、部長がやれと言っていると言われては断れないので承諾する。

と話を聞けば、この単体のストーリー自体はそこまで変な話ではない。但し、このストーリーが何年も毎週のように繰り返され、何十、何百と生み出され続けると、いくつか問題が発生するようになる。まず、何の指標が重要なのかが分かりにくくなってしまうのである。その時々の「いいね」を集積してしまうと、本当に重要なことと、特殊な環境において重要なことが入交り、項目の渦に巻き込まれてしまうのである。この話は、エクセルの話と同じなのであるが、開発・改修が容易なソフトウェアというのは、設計が精緻に練られなくなる傾向があり、その結果、情報の整理や、利用シチュエーションの想定が甘くなる傾向にある。このため、利用者の要望、または、多くの場合ちょっとした思い付きをどんどん機能実装してしまうことによって、データの項目数が増えすぎてしまい収集がつかなくなるというケースが発生しがちである。

そして、この状況は副次的な悪影響を生む。入力項目が多く、複雑なUIというのは、多くの場合使いにくく、理解しにくい。そうすると、営業等がデータを入力する際に、何が本当に重要でMustで入力しなければならず、何が必要に応じて入力すれば良いのかなどのオペレーションが不明瞭になるケースが多い。このため、運用が人によってマチマチになり、データの網羅性と正確性が落ちていくのである。

良くある話が、これを解決するために、分かりやすく膨大な量のマニュアルを労力をかけて作るのであるが、そういうものはほぼ読まれないため、問題の解決にならないことが多い。

そして、さらに酷いケースでは、結局そのSFAツールはデータの網羅性と正確性が低いという現場の悪評が広がり、末端の現場で独自のエクセル管理ツールが出現し、データの2重管理の状態になることまである。こうなるともう何のためにSFAツールを導入したのか分からなくなるのである。ちなみに、私がみた、なかなか酷いSFAの利用状況で、数百あるデータ項目のうち、1レコードも入力されていない項目が半分以上あるというような事例もあった。

ビジネスの運用プロセスからツールの改修を考える

こうならないためのおそらく唯一の方法は、SFAを構築、改修する際に、セットでビジネスプロセスの構築・改修を常に実施することである。私の経験では、多くの組織というのはやりなれた業務プロセスを変えることには抵抗があることが多い。このため、あるデータを取ることが重要だというのであれば、それまでのビジネスプロセスを変えて、業務を明確に追加して、リソースをかけてまで実施することが本当に必要化を考えて取得データの追加や、機能の追加をすべきである。このようにいったん立ち止まって、本当に必要かどうかを精査するというプロセスを入れるかどうかで、この問題はかなり改善すると思う。そのような議論の場を作ると、データの構造に詳しい人が、そのデータならこうやること取れるとか、似たような分析が出来るというように建設的な意見が出てくることも多い。

近年ビジネス向けのクラウドサービス、ツールが多く出現し、非常に手軽に利用出来、ノーコードでカスタマイズ可能を売りにしているのを非常に多くみる。タクシー広告などを見ていると、そのようはツールの宣伝のオンパレードだ。このようなツールは、上手に使えば素晴らしい成果を出すが、多くの場合、手軽に導入可能な故に、現場のレベルで導入して、一部で最適化されるか、一部の人の思いで構築されてしまい、ビジネスのプロセスの実態と乖離してしまい、結局使われなくなってしまったり、似たようなツールが乱立するということになるケースが非常に多い気がする。

データドリブン・デジタルマーケティングにとって、どのようにデータを使える状態で入手できるかは、繰り返すが成否を左右する根幹の問題である。しかし、この部分を本当に良くしていくためには、おそらくマーケティングだけでは難しく、寧ろ、その他部門の業務プロセスの根っ子の部分をいじらないと難しいと思っている。これは一朝一夕には行かない、難しい課題ではある。しかし、一気に解決することは難しくても、辛抱強く取り組む価値のある仕事だと考えている。

DWH

データの一元管理でPDCAのスピードをアップ

デジタルマーケティングを精度高くしたい、データドリブンな経営を行いたいという話になったときに、最も重要なことは、データがあるということである。いつもながら当然のことを言っているにすぎないが、ここで重要なことはデータが利用可能な形で存在しているということである。私はデータサイエンティストでもアナリストでもないので、専門的な話は、専門の方の書いたものを読んでもらいたいが、マーケティングの実務に必要な範囲で、どのような状態になっていることが必要で、理想に近いかということをここでは考えていきたいと思う。

まず最初に考えたいのはデータをどこに蓄積するのかということである。私のおすすめは、Data Warehouse (DWH)とかData Martとか呼び方はなんでも良いのだが、バリューチェーンの入口から出口までの一貫したデータを一か所に集めて、一気に分析できる環境を整えておくことである。

データ収集の手間を省く

1か所に蓄積されている利点は、2点くらいあると考えている。一つ目は、分析したいことをデータの収集の手間を省いて、速やかに分析出来るということである。

20年間デジタルの仕事をしてきた「あるある」で、多くの方が経験したことがあると思うが、新規事業開発を余り経験値の高くないビジネスチームとエンジニアチームでデジタルサービスの開発をすると、サービス自体の機能を作るのに必死で、必要なデータログが残っていなかったり、KPIの分析をするためのデータの閲覧がシステムの本番のDBをいちいち見に行かないと入手出来ないといったことになるケースが多い。ただ、新サービスのローンチ当初というのは大抵バグが出たり、想定外の機能不足や仕様修正が判明したりで、エンジニアのリソースが逼迫することが多い。ただ、大体そういう時は、サービスの立ち上がりも予定通りに行っていないことが多く、サービスのどこに問題があるのが分析したいというビジネス側の要望がどんどん増えていく。こういう状況になると、エンジニアはサービスの改修、新機能開発もしなければいけないし、データの蓄積・取得などの裏側の開発もしなければいけないしと、タスク量が一気に増えて破綻気味になり、やりたいことすべてがスローダウンして、みんなでもがき苦しむことになる。新規サービスを立ち上げたことがある人であれば、なんとなく思い浮かぶであろう。

この話は新規サービスの開発という、ちょっと非日常的な話であるが、実は似たような話は他にもある。この話は若干以前に話したことがあるが、データが社内のいろいろな場所、代表的なのが部署ごとに分散して管理されているというケースである。バリューチェーンというのは当然ある部署からある部署に顧客や商品をバトンのように渡していく一連の流れであり、たとえ社内の部署が分かれていたとしても、その流れは一貫していなければいけない。そのためには、当然歯抜けにならず、バリューチェーンの各プロセスにおいて顧客等がどのような状態にあるかトラッキング出来なければ、バリューチェーン全体のデータを分析することが出来ない。しかし、多くの企業ではこれが一発で見られるようになっておらず、ブツ切りになっているケースが多く存在する。それに輪をかけて厄介なのが、こちらも以前に話題にした責任領域の明確化、切り分けの問題で、部署間の障壁が高く、縦割り色のつよい企業などでは、情報管理の名のもとに、他部署にはデータが出せないと共有を拒まれたりするケースもあったりする。

このような状況になると、当然何か問題が起きたり、改善点を探そうとデータ分析をしましょうという話になったときに、まずデータ収集をして、そのデータを整形して使える状態にまで持っていかなければいけないという手間が発生することになる。

データの定義を一元管理

二つ目の利点は、データの各項目の定義を整理して、一元管理出来るということである。この話は、データが複数部署にまたがって蓄積されている問題と絡むことが多いが、部署によってデータの定義が異なり、収集したデータを組み合わせて、バリューチェーンの流れのとおり、一貫したデータを作ろうとすると上手く組み合わせることが出来ないという自体になったりする。しかも多くの場合、それぞれの部署はそれぞれの部署の活動を自分たちが管理しやすいように加工し、それ以外の加工の仕方があるとは想像もしていないので、そもそもデータの定義みたいなものを深く考えておらず、データ集計が部署内で何回か引継ぎがなされ、その集計のもとを作った人が部署内にいなくなっていたりすると、実際に集計をしている人物自体がそもその集計の定義を理解していないなどというひどい状態になったりもする。

例えば、人材業界の例でマーケティング部門が今月のヒアリングから求人提案の転換率といえば、今月獲得した登録者が登録→ヒアリング→求人提案と流れていくのを見ているので、「今月獲得した登録者」が集計の母集団になる。これは毎月、自分たちが獲得した新規顧客の質を見たいと思っているので、ある意味自然な発想で、逆にそれ以外の集計方法があるとは想像もしていない。一方で、営業部門は、今月の登録者数はマーケと一致しているのであるが、ヒアリングと求人提案を月初から実施された数でカウントしているケースなどがあったりする。つまり母集団の前提が「登録した時期に関係なく」となるため、マーケの前提とは母集団が異なっているのだ。これも、営業からすれば、営業活動を毎月リセットして今月もゼロから頑張りましょうという感じで活動していたりするので、自分たちとしては非常に自然な考え方であったりする。しかし、このような状況になってしまうと、マーケティングと営業が会議をしていて、求人提案転換率が悪いという話をしている時に、同じ言葉を使って、同じ話題をしているように見えて、実際には全く違う話題で話しているなどということになりかねないのである。

データの収集の手間とデータの定義を合わせる手間というのは、ちょっとしたデータ出しで、扱う項目が1つ、2つ程度であればたいして手間に感じないかもしれないが、バリューチェーンの入口から出口まで一貫した分析をしましょうなどという話になるとやったことのない人には想像もつかないくらい膨大なものとなる。データサイエンスの世界では、この作業をクレンジングと言ったりするが、データのクレンジングから始めなければいけないデータの分析のプロジェクトとかであれば、感覚的にはクレンジングまで終われば半分か、ひどい場合には3分の2くらいは完了しているくらいのイメージである。つまり、このような手間にいちいち時間を使わなければいけない組織と、その手間なくデータの分析が開始できる組織で、PDCAが回るスピードに差が出ることは、ある意味当然であると思う。

DWHを作る障害は組織間の壁

ここまでで、DWHの重要性はご理解いただけたと思うが、次に、全社的なDWHを作ろうとしたときに考えておかなければいけないポイントを議論する。私の経験上、DWHを作るとなったときに障害として立ちふさがる多くのケースは、部署間の壁に起因する。良いか悪いかは別にして、多くの組織において、マーケであれ、営業であれ、開発部門であれ、各部門の責任者は自部門のパフォーマンスを理解できるデータは部門責任者である自分が管理して、レポーティングや情報共有のコントロールをしたいという願望を持っていることが多い。特に、部署間の障壁が高く、縦割りな組織で、最悪なことに部門の責任者同士が仲が悪く対立しているというような場合には、この問題は想像以上に大きい。このような利害関係が存在する組織においては、データが一か所に集約され、事業の状況が自動的に視える化してしまうということは大変都合が悪いことになり、誰がそれをやるのかとか、どのように情報開示・共有するのかなど、細々と異論反論が出てくる。

この問題は、ロジカルな問題だけでなく、私が全く興味がない社内政治的な部分もあるため、解決策は企業毎に大きく異なるわけであるが、よくある解決方法くらいは話題を振った以上提示するのは義務だと思うので、3つくらい紹介したい。

一つ目は、トップダウンで合意を取ってしまうことである。私がいたオーナー企業でよく使われる手法である。トップが強力なリーダーシップを持っている会社であれば、このやり方が一番簡単であると思われる。ただ、この手法で重要なのは、トップ自身が、この施策が本当に重要だと考え、プロジェクトを明確にサポートしてくれる状況まで熱をあげられるかである。

二つ目は、経営層のメンバーで合意を取り、Yesと言ったアリバイ作りをする方法である。これもよくあるやり方であるが、公の場でYesと言わせてしまえば、協力しないとは言わせないという訳である。ただ、この手法も、総論賛成、各論反対をする人が出てくるのはあるあるなので、これをやったから安心という訳でもない。

三つ目は、利害関係のない新設の部署を作って、その部署に中立の立場でデータの管理、運用、分析をする体制を構築する方法である。これも利害関係がないという意味では理にかなったやり方である。ただ、この手法の注意点は、新設部署のトップや管掌役員がそれなりにパワーがある人物でないと、社内での発言力が低すぎて、結局どこに話をしに行っても、全敗して何の成果も挙げられないというパターンである。

ということで、3つほど手法は提示したが、自分でいうのもどうかと思うが、この3つのうちどの選択肢を選んだとしても、残念ながらそれなりに苦労することになる。そうならないようにするためには、私の経験上、マーケティングでDWH的な機能が必要なのであれば、とにかくそれが必要な理由を明確にし、現状の問題点をつまびらかにしたうえで、まず社内のキーマンを説得してしまい味方にしてしまったうえで、会社によって上記の3つの方法から最適なものを選択するというプロセスを取るしかないと思う。どの会社でもバリューチェーンの大きな幹があり、そのデータを握っている部署というのは、簡単な現状分析をすれば分かるケースが殆どだと思う。つまり、その幹のデータがDWHに格納されてしまえば、それ以外の枝葉末節が多少抜け落ちていたとしても大きな問題でないことが多い。このため、その幹を握っている部署の責任者の問題解決になるようなメリットを意図的に準備してでも、プロジェクトの味方になってもらう説得、地ならしをしておくというのが、一番よいと思っている。バリューチェーンの幹を担っている部門というのは、大抵の場合、社内でも発言力が強い部門であるケースが多い。このため、この方法のメリットは、その責任者を味方につければ、他の経営メンバーも反対しにくくなるということもおまけでついてくることが多い。

2社目のゲーム会社はある程度基盤があったが、楽天とトライトでマーケティングを始めた当初は、このDWHに近いものは皆無といってもよい状況で、マーケティングの成果を理解するためには、データの一元管理は何としてでも実現しなければいけないタスクであった。幸いにも私の場合は、周りの理解もあり、そこまで苦労しなかったし、トライトのケースではグローバルのメディア企業の営業責任者の人から、数カ月で作ってしまって驚かれるくらいでスピードで構築出来たが、多くの会社で非常に苦労している部分のようだ。だだ、データを集約して、使える状態にするということは、データドリブンマーケティング、デジタルマーケティングの一丁目一番地であり、これがなくては始まらないほど重要なスタート地点である。社内環境によっては、非常に苦労することもあるかもしれないが、必ず実現しなければいけない最重要事項だと考えて取り組むべきだと思っている。