KPI設定を誤るとPDCAが台無しに

KPIを設定する

マーケティング部門が広義のゴール設定・KGIの設定を行ったら、当然次はKPIの設定である。話の流れに一貫性を持たせるために、ここでも引き続き、人材紹介ビジネスを事例に話を進めることにする。

以前、営業とマーケティングの線引きの話でも、前項のゴール設定の話でも繰り返し述べてきたのは、とにかくマーケティング活動と売上・利益を連動させ、そのためには、営業とマーケティングの責任分担は切り分けるのではなく、共有すべきであるという話をしてきた。マーケティングのKPI設定は当然その延長線上にある。

この事例では、前回同様、そのポイントを「求人提案数の最大化」ということで考えることにしよう。そして、この項では、どのようなロジックで、求人提案数を選ぶのかという点について説明したいと思う。ポイントは次の3点である。

  • ある程度量が確保できる
  • ゴール(売上・利益)との相関関係が高い
  • 早く入手できる

検証の正確性を担保できるデータ量を確保する

KPIの最大の目的が何かといえば、自部署の活動の短期的な目標値の設定と、自部署の活動のパフォーマンスをチェックすることだと私は考えている。それがKPIの目的であるとすれば、KPIの最重要な要素は、当然ながら「正しい」である。相変わらず、また当然のことを言い出したと思う方もいるかもしれないが、実際に現場で真面目にマーケティング活動していると、この「正しい」は気を付けないと担保できないことが多いことに気が付く。

何度か申し上げているようにデジタルマーケティングの素晴らしいところは、殆どのマーケティング施策の実施結果をトラッキングできるということである。このトラッキングができることによって、実施したマーケティング施策の実施結果が正しいと勘違いしがちなのであるが、実際にはそうでないケースが多い。問題は、データの量である。データアナリストをしている人であれば、そんな話当然という話になるが、なぜそのような話をわざわざするのかというのを2つのポイントから考えたい。

まず1つ目のポイントは、おそらくこれは殆どの人が思いつくと思うが、統計的な有意性を確保するために必要なデータ量を確保するということである。この点については、深く説明する必要はないだろう。

そして、実は2つ目のポイントについても、根は同じでこの統計的に有意なデータ量なのであるが、同時に重要なのは、部署の課、チーム、個人など単位は事業ごとに異なるかもしれないが、個人のレベルまで目標をドリルダウンしていっても、分析に耐えうるレベルまでの量がなくてはいけないということである。

KPIの目的は自部署の活動のパフォーマンスチェックを正しくすることだと述べたが、一つの部署パフォーマンスの良し悪しは、その部署を構成する下部の組織や個人のパフォーマンスの総和の結果であることが一般的である。このため、一つの部署をマネジメントするということは、その構成単位の良い点と悪い点を見極め、その理由を見極め、全体のミックスと目標数値のバランスや、中長期視点のバランスを綿密に組み合わせながら、短期と中長期の目標の両者を実現することであると考えている。

もし、私のこの考え方が正しいとするならば、このマネジメントの大前提は、KPIを部署の下部組織の個々の構成要素(それを個人レベルまでに落とすことが必須かどうかはその組織の作られ方に依存するので個別判断が必要)の単位のパフォーマンスをある程度統計的に有意と判断できるレベルの量を全体として確保できることが前提になるのである。さらに贅沢を言えば、個々のメンバーが何らかの仮説をもとにABテストをした場合にも、ある程度正しい結果得られるレベルの量が確保できることが理想ではある。もしそうでないとするならば、個人のマーケティング施策の実施結果の良し悪しの判定が困難になってしまうからである。

実はこの点まで考えてKPI設定をしている人は意外と少ないように思えてならない。

Goalと相関性がないKPIに意味はない

この点はゴール設定の話と一貫した流れであるが、KPIの設定においても当然重視しなければいけない話である。人材紹介の例で言えば、せっかく部署のゴール設定を売上・利益の最大化と置いたのに、日々の活動の指針となるKPIに相関性がないのであれば、ゴール設定とKPIの間に齟齬が生まれてしまう。このため、KPIを設定する際は、可能な限り売上・利益との相関関係が高い指標を選ぶことが必要となる。そうなると、当然最も連動性の高い指標を選定するのであれば売上か利益そのものを指標にすれば良いわけだが、そうするとマーケティング活動との連動性が低くなる。つまり、どのポイントをマーケティングのKPIにするのかというのは、マーケティング活動との連動性と売上・利益との連動性のバランスが良いポイントを選ばなければいけなくなる。

このポイントを選定するための方法に斬新な手法はなく、自社のバリューチェーンの各段階の数字を丹念に取り、売上・利益との相関関係を統計分析するしかない。私の経験上、どの企業においてもバリューチェーンの各プロセス要素において実行する営業社員や、顧客とサービスのマッチングの精度等、何らかの理由で顧客セグメントごとの転換率が大きくぶれるポイントがあり、その前にKPIポイントをおいてしまうと、当然相関関係は低くなる。例えば、人材の例で言えば、求人提案までは、営業社員のスキルレベルで転換率が大幅に変わるが求人提案まですすめば、それ以降の転換率は誰がやってもそれほど転換率は変わらないとすると、ヒアリングにKPIをおいてしまうと、ヒアリングを実施した営業社員のスキルレベルの構成比によって、ヒアリングから入職の転換率が変わってしまうが、求人提案から入職までの転換率であればある程度の相関性を確保出来るというような場合である。逆に言えば、バリューチェーンのパフォーマンスを大きく左右するポイントというのは、数か所に限定されることが多いため、その意味でもこの分析をすることは重要である。

あと、この相関関係を分析するときに気を付けるべきなのは、シーズナルな推移に大きな変動がないことが担保できることも重要である。実は人材業界で苦労したポイントはここであった。転職というのは4月とか9月など集中的に人が動く年間のシーズナルなトレンドが大きくあり、毎月のパフォーマンスを継続的にトラッキングする上で、このポイントをどのように扱うかで非常に苦労した。

とにかく、相関関係把握は、データアナリストとひざを突き合わせて、地道にデータを見ていくしかないので、まずは良いデータアナリストを確保することが重要である。

PDCAサイクルと連動してデータを入手する

前述の2つのポイントと比較して見過ごされがちであるが、現実的に最も重要なポイントが、早く入手できるという点である。この早く入手できるという言葉をより正確に表現するとすると、「マーケティング活動のPDCAサイクルと同じサイクルで入手できることが可能」となる。

ゲーム業界でも人材業界でも、私は基本的には自分の部署のパフォーマンスの管理はWeeklyで行うことを基本としていた。そもそもDailyでやるほどのリソースは割けないし、そもそもDailyでマネジメントしてしまうとマイクロマネジメントになりいすぎてしまう。一方で、基本的にMonthlyの目標を追っているのにMonthlyでしかパフォーマンス管理しないのであれば、それは丸投げになってしまいマネジメントしていることにならない。となるとWeeklyでやるしか選択肢がないのであるが、そうするとKPIを置くポイントもそのスピード感でデータが入手可能なものでなければならない。

また人材紹介ビジネスの具体例で考えよう。私がいた会社の場合、求職者さんがサイトに登録してから内定受諾・入職するまでの平均的なリードタイムは数カ月であった。つまり、今月獲得した求職者が転職するかどうかが判明するのは数カ月後ということになる。そうなると、内定受諾や入職をKPIポイントにしてしまうと当月のマーケティング活動の成果が良いかどうかをWeeklyで議論するのは難しいということになる。デジタルマーケティングの成功の大原則はPDCAの高速回転であると申し上げた。この観点から考えてもPDCAが数か月に1回しか回せないというのは致命的な問題である。競合企業がWeeklyでフィードバックが得られるポイントでマーケティング活動しているとすると、数倍レベルの事業改善スピードの差が出るということになる。

この機会に、一度自社のバリューチェーンの起点(人材紹介の場合は登録)から、それぞれのプロセスのリードタイムを計ってみて欲しい。私のようにWeeklyでPDCAを回す管理をしているのに、KPIにしているプロセスまでのリードタイムが1週間程度でなければ、そもそもマーケティングの施策とその結果を正しく比較していない可能性が高まり、そのPDCAプロセス自体が無意味なものになってしまう可能性が高くなってしまうのである。

KPI設定の3ステップ

ここまでで、適切なマーケティングのKPIを決める3つのポイントを見てきた。

  • ある程度量が確保できる
  • ゴール(売上・利益)との相関関係が高い
  • 早く入手できる

この3点については、十分条件ではなく必要条件であるため、3つのうちどれか一つでも欠けてしまえば、そのKPIはマーケティングのPDCAの対象としては不適切ということになってしまうため、妥協は禁物である。

その前提で、本項の最後に、結果的にどのようにKPIを精査していくかを解説して終わりにしたい。

  1. ゴールとバリューチェーンの各プロセスの相関関係を分析する
  2. 相関関係がある程度高いポイントの中から、最もバリューチェーンの入口に近いものを選択肢、シーズナルトレンド等の運用上の問題がないかチェックする
  3. Step2で選択したポイントで、実際にマーケティング部門の各構成組織・個人のKPIを実際に作ってみて、運用に耐えられる量が確保出来ているか確認する

この3ステップをクリア出来ればおそらく現実的に最も適切なKPIを選択できている可能性が高い。普通に考えれば分かると思うが、基本的にバリューチェーンの起点に近いプロセスほどデータ量が多く、結果を得られるスピードも早いことになるので、この2点については、多くの場合同時に解決することが多く、ゴールとの相関関係がある程度高い前提で、起点に近ければ近いほど条件を満たしやすいということになる。

いくら正しいゴール設定をしたとしても、多くの場合それは重要意思決定の価値基準のようなもので、マーケティング部門の個々の社員者が日々の活動で意識するのはKPIであることが殆どであり、このKPI設定を誤ると、日々のPDCAをどれほど正しく、精緻に実行しようと、最終的なゴールにたどり着けないということになる。この点をマーケティング部門の責任者は深く認識し、妥協せずに望まなければいけない。

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