使いこなすのが難しいマーケティングオートメーション(MA)ツール
私がゲーム業界にいてCRMマーケティングから少し離れていた間にすっかり浸透したツールがMAツール(Marketing Automation)である。代表的な商品名でいうと、MarketoとSalesforceのMarketing Cloudになるが、最近国内勢でもB-DashとかL Stepとかいうものが出てきた。特にLine対応となると、国内勢でないと対応されていない感じがする。それにしてもMAとはずいぶん思い切ったネーミングであるが、私がこの3年くらい見てきた感覚では、なんでも自動でやってくれるそんな便利なツールではない。実は使いこなすのが結構難しいツールだと思っていて、統計を取る手段がないので実態は分からないが、MAツールを使いこなして、費用回収出来ている企業の割合って、それほど多くないのではないかと感じている。
MarketoをはじめとするMAツールで具体的に何ができるのかというと、基本的には、こういう場合はこのコンテンツを配信するというルールを事前に決定しておいて、そのルールにしたがって自動的にメールを始めとしたコンテンツを配信してくれるという仕組が主な機能である。
このため、MAツールを使いこなすために、最初に取り組まなければいけないことはルール作りということになる。このルールを、多くのMAツールではシナリオと呼んでいる。一般的なセグメント配信のような使い方も出来るが、それであれば高いMAツールを利用せずにもっと安価なメールの配信ツールを利用する事で十分なので、ここではセグメント配信以上にMAツールのシナリオでしかできないことを具体的に説明する。
MAツールのシナリオを作る!
上記の表は、あるECサイトのメルマガ送信に対する簡単なシナリオを示したものである。メルマガの送信に対して、クリックがあったか、個別商品ページへのアクセスがあったか、商品に対しるリマインドメールにアクセスがあったか、購入したかという4段階でYes/Noの条件分岐を作り、それぞれの結果に応じて次のアクションを決め、商品の購入に至るまで顧客に継続的に次のステップに進むことを促すシナリオになっている。
通常のセグメントメールというのは、顧客セグメント毎に、その志向に合わせたコンテンツを作成しコンテンツを出し分けるということをするが、MAツールにおけるシナリオは、それに追加して顧客の行動履歴をトリガーとして、何時、何のコンテンツを送るのかという点まで細かく設定可能である。このシナリオを一度設定してしまえば、あとは、MAツールがトリガーを引いた顧客に対して、自動的に事前に指定されたアクションを発動するため、Marketing Automationという名前がついているという分けである。
折角具体例を出したので、少し詳細に見てみよう。楽天をはじめとするECサイトでは、最近は以前よりは減ってきている傾向があるが、依然としてメルマガというのは有力なタッチポイントのひとつである。しかし、幾らセグメント配信して顧客の趣味嗜好にあったコンテンツを作成したとしても、何万人、何十万人、何百万人という膨大な顧客一人一人のニーズに対応することには限界がある。このため、このシナリオでは、メールマガジンを顧客がECサイトにアクセスして具体的な商品をみる切っ掛けとして活用する。ダイレクトで購入してくれればラッキーだが、そこまでは期待しない。
顧客がメルマガからECサイトにアクセス後は、Web上での行動履歴をトラッキングして、実際にどの商品を閲覧しているかを把握する。具体的に顧客がページを閲覧した商品であれば、おそらく顧客が購入を検討している可能性が高いと判断出来るからだ。複数商品を閲覧している場合は、例えば一番閲覧時間が長いとか、最後に閲覧していたとか何らかの判定基準をいれても良いかもしれない。そして、顧客が購入しそうな商品を判定したら、その商品のリマインドメールを顧客に送信することになる。このシナリオでは、リマインドメールは購入するまで3回送る設定にしている。
MAツールの活用で期待できる2つの効果
このMAツールを活用したシナリオの良い点は、大きく2つある。1つ目は、セグメントメールとの違いのところでも説明した、顧客の行動履歴をトリガーとしてコミュニケーションのタイミングがコントロールできるという事である。このBlogで何度もマーケティングの基本は、「何時、誰に、何をいうか」をコントロールするかであると申し上げてきたが、セグメントメールの場合は、「誰に」と「何を」をざっくり分けて、コントロールしていることになる。これに対して、MAツールを用いたシナリオでは、これに「何時」の要素を項目として追加しているだけでなく、「誰に」「何を」の部分の精度をOne to Oneで格段に上げることが可能になっている。マーケティングの基本要素のすべてを確実に向上させることができるようになっているわけである。当然、精度の高いシナリオを作ることが出来れば、通常は単純なセグメントメールよりも顧客の反応率が大幅に向上することが期待できる。
2つ目のメリットは、1つ目のメリットの反応率の向上の結果として実現できる。当然反応率が高くなるということは、同じ効果を上げるために必要な行動量(このケースの場合はメルマガの配信量)を削減することが可能となる。皆さんご存じのように、現在は大量のメールを送るとそのメールが迷惑メールと判定されるリスクも高くなるため、メールでのコミュニケーションは適切なタイミングで適切な量で行うことが顧客からも期待されている。しかし、行動量の効率が一定であるとすれば、当然行動量が減れば成果も減ると考えるのが自然である。このため、成果を維持しながら行動量を減らすためには当然効率を改善しなければいけない。この目的のため、MAツールの活用によるシナリオは有効である可能性が高い。なお、CRMの行動量については、非常にクリティカルな問題なので後日詳細に議論したい。
いずれにしても、MAツールのシナリオを活用したCRM施策は、上手く設定できれば、CRMマーケティングの効率の向上が期待できる。では、次に考えるべきは、どのようにすれば上手く設定できて、効果を上げることが出来るかである。
まずはPDCAを回しやすいシンプルなシナリオから
まず、大前提で理解すべきは、デジタルマーケティングではなんでもそうであるが、どんなにスキルが高い人がやったとしても、一発で正解にたどりつくことを期待しないことである。シナリオのメリットでも説明した通り、MAツールのシナリオは「誰に、何時、何を」の3つの項目の組み合わせをコントロールすることになるわけであるが、当然その組み合わせは非常に多い。その最適な組み合わせを一発で言い当てるのは、どんなに詳細な顧客分析をしても簡単には行かないと思っておいた方がよい。つまり、シナリオの精度向上においても行うべきはPDCAの高速回転である。この点は誰が何と言おうと絶対である。たまに、MAツールの導入コンサルをしてくれる会社に依頼してシナリオ設定を外注すればすぐにうまくいくと思っているマーケティング責任者がいるが、それは大きな間違いである。同業他社事例などをもとに若干の時間短縮にはなるかもしれないが、そのような一般的な業界標準的なレベルのシナリオを入れても競合優位性を獲得できるレベルの洗練されたシナリオが出来ることはほぼないと思った方がよい。
そのうえで、注意すべき点を述べる。それは、導入時は余り複雑に考えすぎずに、出来るだけシンプルに考えていくという事である。先ほど示したシナリオのサンプルは4階層のトリガーを作っていたが、説明の便宜上このような例を作ってみたが、最初のトライとしてはもしかしたら複雑すぎるかもしれない。このようなツールを導入すると、人間の嵯峨なのか、担当者は一生懸命考えて、最初から複雑なことを考えがちである。単純にそういうことを考えることが楽しいからかもしれないし、ツールの機能を使い切らないと宝の持ち腐れと思うからなのかもしれない。ただ、動機はともかく、最初から複雑なことをしようとするのは余りお勧めしない。理由は、まずこのような新しい施策を導入した際には、可能な限り初期段階で分かりやすい成果を出すことがよいと考えているからである。私の経験上、マーケティングのアイディアというのは基本的にはシンプルに考えたほうが初期フェーズの成果は出やすいことが多い。
私がこの話をするときにいつも用いるのが、楽天市場のマーケティングをしていて、One to Oneに顧客別に膨大な楽天市場の商品群から適切な商品をレコメンドするレコメンデーションエンジンを開発した際の話である。ECのレコメンデーションエンジンというのはおそらくAmazonが先駆者で相当初期からWebサイトに導入されていて、競合の私からみても非常に効果の高そうな機能であった。当時のAmazonはまだ、書籍とCD、DVDといったメディア系の商材を中心に扱っていた直販Onlyのサイトであったため、商品カタログもシンプルで、レコメンドの精度も比較的高く見えた。楽天でも当然そのような機能はあった方がよいよねという話になり開発したが、外部のツールを導入したかは忘れたが実装を検討し始めた。では効果検証の比較対象を何にするかといえば、それまで、特にセグメンテーションもせずに男女とか、年齢層とかくらいで出し分け配信していたPick Up商品みたいな枠であったと思う。当然、複雑な統計処理をしてOne to Oneでカスタマイズしたレコメンデーションエンジンでだしたコンテンツの方がクリック率や購入転換率は高かったと思う。でも、この時、誰かのアイディアで、同時にもう一つテストのパターンを追加していた。それは、楽天市場の買い物かごに一度入れたが、購入を途中でやめてしまった商品(買い物カゴ落ちの商品)を出してみようということであった。落ちとしては、最後に説明したカゴ落ち商品リストのパフォーマンスが圧倒的に高かった。この話が意味するところは、人間はどうしても高度な技術を使い、複雑な分析をした結果は常に良い結果を生むと考えがちであるが、実は論理的に考えて精度が高い可能性が高いシンプルなデータを用いた施策の方がパフォーマンスが多いことは結構多いということである。もちろん常にそうとは限らないが、カゴ落ち商品のように顧客の意思が相当強く反映されたデータの活用のような場合は、対して複雑な統計処理などしなくてもすでに強固にスクリーニングされたデータであり、それ以上の処理などいらないのだ。
MAツールの導入当初は、このカゴ落ち商品の例のように、ひとつかふたつのトリガーにするところから始める。その方が、おそらく結果も早く認識でき、チームのモチベーションも向上し、その後のPDCAの回転速度も加速しやすくなる。
シンプルに考える利点は効果検証のフェーズでも発揮される。複雑なシナリオを作る最大のリスクは実は効果検証のフェーズで現れることが多い。複雑なシナリオというのは、当然分岐の数が多くなる。分岐の数が多いということは、必然的に、一つ一つの分岐のパターンの対象となる対象人数が少なくなるという事である。こうなると以前説明したCRM施策が上手くいかない典型例にはまっていくことになる。要は、分岐パターン毎の対象人数が少なすぎて効果検証が出来なくなってしまうのだ。そうなると、そもそもシナリオのアイディアが悪いのか、分岐パターン毎に配信しているコンテンツが悪いのかなど、PDCAを回すためのプロセスが回せなくなってしまう。前述のとおり、最初から正解にたどり着くことはなく、PDCAを回していくことがMAツールでも絶対条件なので、このようなシナリオを最初に作ってしまうといきなり息詰まることになる。
PDCAサイクルを回す分析母数を確保する
効果検証しやすくするためのシナリオ設計にあたっては、シンプルにすることと同時に、もう一つ注意点があるので、補足しておく。これも考えれば当然なのであるが、分岐のパターンが多い方になるべく多く顧客が残るように設計できる方がよいということだ。その意味で私が例示したメルマガのシナリオは余り良いアイディアではないかもしれない。なぜなら分岐が複雑なメルマガクリックNoの方が普通のメルマガの場合は対象人数が圧倒的に少ないからである。最初の分岐で人数を絞ってしまうと、それ以降の分岐を増やすと益々分岐ごとの対象人数は減っていく。それは当然効果検証の困難さを伴うことになるわけだ。では、なぜ私が良い例をすぐに思いつけないのかというと、そもそもCRM施策の殆どの施策というのは、タッチポイントの獲得コストが安いのをよいことに、施策の初期段階(シナリオの上位階層)で顧客を大量に離脱させてしまうことが殆どだからである。この注意点の理想を実現するのは正直なかなか難しいが、常に頭の片隅に置いておくことをお勧めする。私の経験上、典型的に上手く行かない例は、シナリオの分岐を詳細に落とし込むために最初の階層でアンケートを取るという手法である。私の知る限り大規模な顧客DBにアンケートを配信して得られる回答率というのは良くて一桁%程度であるので、多くの場合9割以上の顧客を最初の分岐で落としてしまうことになる。このようなシナリオは、経験上殆どうまくいかないので、注意が必要である。
このように、最終的には複雑に組み上げられたMAのシナリオを目指しても良いと思うが、導入当初はなるべくシンプルに考えてほしい。大抵複雑なシナリオを時間をかけて作り、その複雑なシナリオをオペレーションするコンテンツを準備するということをしても、時間がかかったわりに、リターンが見えないことが多い。経験上、MAツール導入当初は、準備にかけた時間が長くなる=成果が見えにくくなるという反比例の関係と言っても言い過ぎではない気がしている。PDCAの回すデータを入手し、チームのモチベーションを高めるためにも注意が必要な点である。
ちなみに、このように書くのは、当然私自身もすんなりうまくいことよりも、同じような失敗を何度も経験敷いているからであることは付記しておく。最初に申し上げた通り、私の知っている範囲でいうと、MAツールを導入しても、投資回収できるレベルで使いこなせている企業というのは非常に少ないと少ないと思う。どの会社も少なくても導入当初は、社内の誰かは積極的に利用する前提で、意思をもって導入したはずである。少なくても、放置する前提で導入するような人はいないであろう。では、なぜ上手くいかないのかといえば、私はこの導入フェーズを真面目にやりすぎ、上手くいかなかった事でのモチベーションの低下のパターンが相当多いのではないかと推測する。どうせ直ぐに正解にたどり着くことはないのだ。であれば、もっとシンプルに、気楽にやってみる方が良いはずである。成果こそ、PDCAを加速させる最高のエネルギーなのだから。
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