多くのベテランビジネスパーソンが同意してくれると思うが、新卒で始めて働いた会社がその人の仕事に対する姿勢や考え方に絶大な影響を与えることは相当に確かなことであると思う。個人的には、家庭環境や学校教育などよりも強烈なInputになっている感じがする。なぜ、この話をするのかというと、このコラムでは、マーケティングというよりも、もう少しGeneralなビジネスの話題についていろいろ書きたいと思っているが、はっきりいって、その多くが楽天時代の経験、特に、三木谷浩史という強烈な起業家、経営者から11年半に渡って受けた影響は良くも悪くも絶大で、その受け売り的な話も相当に含まれるからである。この点は、具体的な内容を記載する前に断っておくが、ここで記載する内容は、切っ掛けは受け売りであっても、その後の自身の経験の中で納得し、自分の言葉で話ができると確信出来るものだけなので、その点はご容赦いただきたい。
ビジネスを成功させる3つの要素
で、今回の話題はビジネスを成功させるうえで重要な3つの要素というお話。その3要素とは英語でStrategy, Execution, Operationである。この言葉は三木谷さんのハーバードビジネススクール時代の友人の言葉だと言っていたが、この言葉は心から同意できる重要な考え方であると思っている。特に重要なのは、余り日本人には聞きなれないExecutionである。executionを辞書で引くと「遂行、履行」というような日本語の名詞が出てくる。でも、ビジネスの上でexecutionというとこの日本語の意味は正しいニュアンスを表現していない気がする。私なりにこの言葉の意味を説明すると次のようになる。
「Executionとは、Strategyで描かれた事業アイディアをOperation出来る状態にまで試行錯誤しながら形作るプロセス」
つまりStrategyとOperationの間をつなぐプロセスがExecutionだと思っている。そして、私はビジネスを成功させるうえで、最も重要なプロセスがこのExecutionなのではないかと思っているが、実際のビジネスの世界、特に日本語にこのExecutionに該当する概念が存在しなさそうなことを考えても、日本のビジネスの世界で非常に軽視されているポイントであると考えている。
この話は、マーケティングにおけるコトラーの教科書と実際の日々のマーケティング活動の実態に差があるという話とも似ている気がするが、経営学という学問分野において、私の知る限りStrategyとOperationの研究というのは結構綿密にされているのに対して、Executionという分野は余り研究の対象になっていない感じがしている。
何故なのだろうか?私はその答えは、Executionというプロセスが余りにもケース・バイ・ケースなため一般化しにくいためなのであろうと思う。
しかし、特に新規事業開発の際などそうなのであるが、事業の成功の要は間違いなくこのExecutionのプロセスにあるのである。
戦略とオペレーションとは?
もちろんStrategyやそのもととなる事業アイディアというのは重要である。この部分を見誤ってしまうと、事業が成功する確率は著しく低い。でもこのエリアはマイケル・ポーターを始めとして、分析の手法はたくさん存在し、MBAとかで勉強したことがある人であれば、凡そのツールは理解しているはずである。
ただ、私の経験上、どんなに綿密にStrategyを作り、きれいなPPTを仕上げたとしても、実際に事業を立ち上げるときに、最初の思い通りに事が運ぶということは殆どない。なぜなら、よほど膨大な時間と労力をかけてStrategyのドキュメントを作ったとしても、一つの事業を作るうえで必要なすべての要素を事前に決定し、計画に織り込んでおくことなど不可能だからである。また、もしそれが可能だとしても、それをするために膨大な時間を使っていたら、多くの場合その事業アイディアは他の誰かに実行されて、ディテールを作っている間に前提とした市場環境が変化してしまうかもしれない。
そのような視点に立てば、Strategyというのは、事業の基本的な概念とそれを成功させるための基本となる概要を示したガイドラインであるべきだと私は考えている。このためStrategyに莫大な時間をかけすぎない方がよいと考えている。もちろんこれは私がデジタル系のサービスを中心に事業開発をしてきたというキャリアからみた視点なのかもしれないし、何千億円、何兆円という初期投資がかかるようなビジネスであれば話は変わってくるのかもしれない。しかし、そんなプロジェクトは世の中にゴロゴロ転がっている分けでもないので、大半の事業は私の経験の方が近いのではないかと思う。
一方でOperationはどうであろう?私はOperationというのはある程度成功法則のようなものが見つかって、そこにリソースを割き、拡大再生産出来るような状況になっているものだと考えている。しかし、大抵の新規の事業や、事業戦略の大幅な改変のタイミングにおいては、Strategyの議論でも述べたように当初の想定通りには行かない細かい点の試行錯誤があり、その繰り返しの中で、成功法則にたどりつくものである。そして、一度その法則が発見された後は、拡大再生産と継続的な改善活動に入っていく。トヨタ生産方式など代表的な事例であると思うが、この部分は日本企業が非常に得意な部分である。最近はこの分野にはDX、AI化の波が押し寄せており、今後もOperationの効率化は益々進んでいくものと思われる。
戦略とオペレーションをつなぐプロセスが一番面白い
と、StrategyとOperationについて考えてきたが、ここまで見てくるといかにExecutionという要素が重要であるかが分かるのではないだろうか?私はこれまで、多くの新規事業の立上げを自分で行ったり、見たりしてきたが、このExecutionのフェーズをやり切れずに上手くいかない事業を数多く見てきた。個人的に思っているのは、ある一定以上頭の良い人であればStrategyは考えられると思っている。どんなに有名なコンサルティング会社に戦略立案をお願いしても、それまで思いもつかなかったような斬新な戦略というものが出てくることはそうそうないと感じている。どちらかというと、思い描いているイメージを論理的に整理してくれたり、その実現性を検証して、必要な軌道修正をしてくれる(もちろんそれも大変な作業ではあるが)という役割が大きいのではないかと思う。しかし、ここまで述べてきたようにそれだけでは、新しい事業やサービスを構築し、現場のOperationに落とし込み、拡大再生産のサイクルまで持っていくことは出来ないのである。
では、Executionのプロセスを上手くやるメソッドのようなものはあるのであろうか?残念ながら、そんな便利なメソッドは聞いたことがない。新規事業の開発というのは、本当に様々な要素の組み合わせである、システム開発、営業、マーケティング、採用、人事、財務、経理等、ビジネスに関わりそうなおよそすべての要素をジグソーパズルのように組み合わせて、一つの形に組み合わせていく。でもそのジグソーパズルの各パーツの接合部はカッチリはまるように形作られていないので、その形を整える作業もExecutionのプロセスにおいて行わなければいけない。事業開発の経験がない人は、この面倒なプロセスを軽視している人が多い気がしている。きちんとしたStrategyを作り、それを数字に落とし込んだ事業計画を作る。そうすると、後はやるだけだと思っている。しかし、実際にはそんなことはあり得ない。もしそれで上手く行くのであれば、成功している企業のサービスを簡単にコピー出来てしまうことになる。
Executionのプロセスというのは、とても時間がかかるものである。なかなか思い描いたとおり行かずに、辛いと感じることもあるかもしれない。でも、あとで振り返ると、新しい事業を作る時というのはこのプロセスが一番面白い時期であったということは多い。想定外のことが起こったり、逆に、思いもよらぬラッキーが起こったり。でも、Strategyが正しく、進む方向が間違っていない限り、正しいExecutionのプロセスを進めていれば、必ず自分たちが正しい方向に進んでいるという日々の実感を感じることが出来る。
3つの要素で自己分析してみよう!
何度か転職をしたり、多くのM&A案件に関わりPMIなどの業務をしてきたので、本当にいろいろな会社や事業や人と一緒に仕事をしてきた。その中で私自身は、自分でいうのもどうかと思うが、このExecutionのフェーズに強みがある人間なんだと考えている。外資系コンサル出身の人が作るきれいなPPTを見たりすると、とでも自分には真似ができないと思うことがある。日々の愚直なOperationを辛抱強く、コツコツと出来る人をみると、自分には間違いなくない才能なので心から尊敬するし、そのような人がいないと組織というものは回っていかないのだと確信している。そのように考え自分に何が出来るのかと考えた時に、このExecutionという言葉が、本当の意味で腹落ちしたので、三木谷さんから聞いたこの三つの言葉を自分の中で本当に大事にしたいと思っている。私の経験上、どんなに優秀な人でも、この3要素のうちのどこかに強みがあって、すべてがMAXという人にはたぶん一人もあったことがない。自分の強みがどこにあるのかということを考えるとき、この3つの要素のうち何が得意で、何が苦手かと考えてみるのもいいのかもしれない。
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