Upper &Middle Funnel施策の費用対効果

Upper &Middle Funnel施策の効果検証が困難な理由

Upper &Middle Funnel施策はROIが把握しにくいことがBottom Funnel中心にマーケティング活動をしてきた企業にはハードルが高いことの最大の理由であると前回言及した。それではそもそもなぜ難しいのであろうか?それが分かれば解決できる方法もあるかもしれないので、ここではその理由を改めて考え、それを乗り越える方法を見つけ出していきたい。

原因として考えられる代表的なものは以下のとおりである。

  • オフライン施策だとそもそも成果トラッキングが出来ない
  • ファネルの階層間の転換のトラッキングが困難
  • 施策実施から顧客化までのリードタイムが長い場合がある
  • 複数の施策の効果の切り分けができない
  • 小さな実験が行いにくい

オフライン施策だとそもそも成果トラッキングが出来ない

まず最大の問題点は、TVCMを始めとしたオフライン施策だとそもそも成果のトラッキングが出来ないという事であろう。また、Youtubeなどのオンライン施策であっても、認知系の施策であると広告を見たかどうかが施策の目的であったりして、広告経由で商品購入者や会員登録したひとの数をトラッキングしてもそもそも意味がなかったりするため、成果の把握が難しい。

また、技術的にトラッキングが出来ないのみでなく、そもそも例えばUpper Funnelの認知度の上昇が、どのようにBottom FunnelのKPIの向上として成果認識されるのかを把握すること難しいということも施策の評価を困難にしている大きな原因になっている。

ファネルの階層間の移動のトラッキングが困難

例えば、Upper Funnel向けに認知施策を実施したとして、認知率が改善したとする。その次にMiddle Funnel向けに商品理解を促進する施策を行い、商品の購入意向のリサーチ結果が改善したとする。しかし、Bottom Funnelの購入者数のKPIは両期間とも改善しない。みたいなことは良くある話である。よくあるプランニング時の仮説は、購入意向者数/認知者数=購入意向転換率、購入者数/購入意向者数=購入転換率を過去データから導き出し、認知施策をする場合には、認知者数増×購入意向転換率×購入転換率=購入者増という計算式で認知率がこのくらい増えるといくらくらい売上が増え、ROIがこのくらいになるという試算を出して施策を実施する。しかし、認知率の上昇が想定通りに起こったとしても、購入者が想定通り増えないことも多い。消費財メーカー等で常にリサーチ予算が大規模にあり継続的にリサーチを実施できるような企業であれば、3つの階層の連動性の解釈の仕方が理解できるかもしれないが、Bottom Funnel中心にマーケティングを行ってきた企業はそこまで継続的で詳細なデータがないことが多い。このためスナップショット的にとったデータで判断しなければいけないが、正確性の評価も難しいし、その各段階の数値の連動するメカニズムを理解するのも非常に困難である。

その結果に起こることは、いづれにしても不幸な2パターンである。致し方ないものとして認知率の向上を目的化して投資をつづけるか、意味がないものとしてUpper Funnel施策をやめてしまうかのような話になる。

施策実施から顧客化までのリードタイムが長い場合がある

Upper &Middle Funnel施策の評価が困難であるもう一つの大きな理由として、Upper→Middle→Bottomの階層間の移動が商品・サービスによってリードタイムが異なることも考えられる。このため、Full Funnel Marketingを実施するマーケターは自社のビジネスの特性をきちんと理解する必要がある。私が経験した業種を例に説明すると、例えばFree to Playのモバイルアプリのような商品は、Installは無料であるため顧客獲得のハードルは比較的低い。このような特性の商品は一般的に階層間の移動のリードタイムは短めに出ることが多い。それと比較して、人材業の転職のようなサービスはリードタイムは長い。何らかの転職サービスの広告を見てサービス名を認知したとしてもそのタイミングで転職をするつもりがなければ、利用意向も高くならないし、当然会員登録などもしないことが多い。当然、前者のリードタイムの短い商品は認知からサービス利用を短期間で測定できるため、相対的にROIの算定が容易であるが、後者の場合は施策効果の判定のハードルは相対的に高くなる。

複数の施策の効果の切り分けができない

特に、新商品の発売のタイミングのようにFull Funnel Marketingの施策を同時並行で複数走らせるような状況でよく発生するのが、施策ごとの効果の切り分けの問題である。もちろんスキルのあるマーケーターであれば、複数ある施策のそれぞれの主たる目的を設定し、ファネルの各階層に施策をマッピングして、トータルのデザインをするくらいのことはするであろう。しかし、問題は個別の施策のトラッキングが難しいため、どの施策がどの項目の改善にどのくらい影響したのかが判定できないことが多い。マーケティングのPDCAを回す場合は、当然個々の施策の効果検証が出来なければいけないが、残念ながらそれが難しいケースが多いのだ。代替手段としてよくある手法は、「このサービスをどこで知りましたか?」「このサービスを利用しようと思った切っ掛けは何ですか?」のようなリサーチである。しかし、この手法は、ユーザーの主観にかなり依存した結果で、よほど大規模なリサーチでない限り、結果の正確性がどの程度なのかは疑わしいため参考程度にしか使えないことが多い。もちろんそれ以外の方法も思いつかないないので、参考のデータとして取得する意味はあるとは思うが。

小さな実験が行いにくい

PDCAの高速回転の秘訣は小さな失敗を早く、意図を持って行う事であると以前に話したが、Full Funnel Marketingはこの「小さな」を実行することが難しいことが多い。例えば、Upper Funnelの施策を考えても、すでに長年Bottom Funnelに投資をしてきて、それなりの規模になって、サービスの認知がそこそこの規模であったりすると、その認知率を数%向上させようと思っても、Bottom Funnelの実験と比較して相対的に大きな金額が必要になることが殆どである。Upper &Middle Funnel施策で最も意味がないのは小さくやりすぎて認知率や購入意向率のような各階層のダイレクトなKPIの変化すら生じない場合で、これだとROIの正確性云々のレベルでなく、駄目だったということが分かったという以外、ほぼ意味がないことになってしまう。このため、小さな実験の規模がBottom Funnelと比較して大きくなることは許容せざるを得ないが、そうなると当然実験を行うこと自体のハードルが上がってしまう。これがFull Funnel施策の実施のハードルが上がることと、実施出来たとしても正解に至るまでの時間が長くかかることの原因になる。一言でいえばPDCAの高速回転という鉄板の成功手法が活用出来ないのである。

ここで上げた5つはあらゆる業種に当てはまるものもあれば、当てはまらないものもあるが、おそらくどの業種においてもこの5つのポイントのいくつかが組み合わさって、自社のFull Funnel Marketingの展開を困難にしている原因を作っているはずである。Full Funnel Marketingを実施したいと考えるマーケティング責任者は、自社のビジネスの特徴を理解し、どの問題点をクリアする必要があるのかをまず始めに認識することから始めてもらいたい。

それでも何とかUpper &Middle Funnelの効果測定をする

では、問題点を説明したところで、予告通り、完全に解決できるわけではないが、問題を改善するためのアイディアをいくつか提示したい。

期間差分をもとにBottom Funnelの効果を算出する方法

これは、Funnelの階層間の移動のリードタイムが短い業種には非常に有効な手法である。具体的には、例えばUpper &Middle Funnel施策としてTVCMを一定期間配信する場合、TVCM配信期間と、TVCMを配信していない期間の2つの期間のBottom Funnelの変化量の差分をTVCM施策の成果として効果検証をする方法である。もちろん、2つの期間の間に、TVCM以外の要因によるパフォーマンスの差が発生してしまうとこの分析は意味をなさなくなってしまうので、比較対象とする期間の選択は慎重に行わなければならない。

先ほど紹介したゲームアプリではこの方法によりある程度信頼できそうなデータを得ることは出来ていた。私はそこまで大量のTVCMの投下をしなかったが、知り合いのTVCMを多用していた企業から聞いた話では、TVCMを打つ時間帯の評価のために、1時間ごとに差分を取り有効な時間帯の評価することが出来たという話を聞いたことがある。

この1時間ごとの分析が本当に有効なのであれば、やはり無料のアプリゲームのような商材は、認知からインストールまでのリードタイムが非常に短く、ほぼ同時に発生していると推測される。このため、そのような特性を持つ業種の方にはかなり有効な解決策になる可能性が高い。

セグメントを細かく切る

セグメントの切り方を工夫してUpper&Middle施策を実施することによって、業種ごとに異なる効果検証の困難さを改善することは可能である。この手法は、セグメントの切り方によってはある程度どのような業種にも適用可能な改善策となる。この手法の現実味が増してきている理由は、Upper&Middle Funnel施策にYoutubeをはじめとするデジタル媒体が使える目途がこの数年でついてきたことが大きい。そもそも、TVCMなどでは、この手法を実現するほど細分化されたターゲティングが不可能であることが多いため実現性が低かった。

と、私的にはなかなか有効な選択肢なので、具体的な例で説明したい。最初に考えられるセグメントの切り方は、すでにやったことがある人が多いと思うが、エリアを限定して施策を実施する方法である。この手法が有効な点は、①費用を小さく実験ができる。②実施エリアと未実施エリアを比較することで期間差分よりも差分分析の精度を上げやすい、③エリアごとに実施施策の組み合わせを変更するなど、施策ごとの効果の評価も可能、④TVCMも県別であれば概ねターゲティングが可能など、様々なメリットがあると言える。

つぎのセグメントの切り方はターゲットユーザーの絞り込みである。この手法が解決できる問題点は階層間の移動のリードタイムが長い業種における評価期間の短縮化である。リードタイムが長い職種の例で紹介した人材紹介でいえば、例えば転職に興味があるサインを示しているユーザーに集中してUpper &Middle Funnel施策を投下することが考えられる。似たような職種には、不動産とか、結婚とか、出産とかライフイベント系のサービス(主にリクルートとか、ベネッセなどが得意にしているサービス)には非常に有効な手段である。なぜこの手法がワークするかといえば、そもそも転職や、不動産購入などの数年とか結婚のように人生で数回というようなタイミングでしか需要が発生しないサービスにおいては、認知から利用までのリードタイミングが長くなるので、普通に実施するとFunnelの階層間の移動のリードタイムは長くなる。しかし、逆転の発想で需要が発生しているユーザーにのみ施策を打てばそのリードタイムを短くしてUpperからBottomまでの移動の状況を短期間で観察できるであろうという考え方である。

当然、このようなターゲティングはオフラインではほぼ不可能であるため、デジタル施策限定でしか実施が出来ない点が難点であるが、TVCMの相対的なポジショニングの低下という現実を考えれば、今後有効性はますます高くなっていく可能性があると思う。

需要期の集中投下

3つ目のアイディアは、1年間におけるシーズナリティの変動が激しい業種などで効果が高い手法である。需要期に集中してFull Funnel施策を実施するという方法である。この手法は、リードタイムの短縮と、効果のトラッキングの改善になる可能性があるが、傾向として規模を小さくすることや施策の切り分けには向いていない。

具体例で思いつくのは。例えばお餅の認知施策などはどうであろうか?お餅を売るマーケティングをしことがないので実際のデータを見たことがあるわけではないが、おそらくお餅の需要というのはお正月前に集中していると思われる。このような商品の場合、12月近辺以外の時期にUpper&Middle Funnel施策を実施してもBottomへの波及効果を施策実施時期に検証するのは困難であると推測される。なぜなら、多くのユーザーは直ぐには買ってくれないからである。このような商品の場合は、需要期にFull Funnel施策を期間集中で実施してしまうことで階層間の移動のリードタイムを短縮でき、ROIの評価をしやすくなるメリットがある。そもそもマーケティング施策を需要期に厚くするのは、ここでの目的と関係なく多くの企業がやっていることではあるが。

しかし、この手法には明確な弱点がある。それは、お餅のように需要期がはっきりしており、期間が短い場合はマーケティング施策が一気に投下されることが殆どであるため、施策ごとの効果の切り分けの観点からはほぼ機能しない。また、競争の激しい業界であると、どの企業も施策の集中投下をするため、それに打ち勝つためには規模を縮小して小さな実験をするということは難しくなる。また、そもそも需要期を逃すと年度内でのリカバリーが難しくなるケースも多いと思われるため、実験的なチャレンジをすることも難しい可能性が高い。また、期間差分などで効果検証をしようとしても、閑散期と需要期の比較をしても意味がないので、おそらく前年同月など年単位でしかPDCAが回せないという状況になってしまう可能性も高い。

自社のビジネス特性に即した効果検証法を早めに見つけておこう!

まだまだ良いアイディアはあるのかもしれないが、私の経験上効果があると思われる改善手法としては、この3点が上げられる。自社のビジネスの特徴や解決すべき問題点に合わせてこれらのアイディアを使い分けるか、組み合わせるなどして活用してもらえればと思う。

Upper &Middle Funnel施策のROI算定を行うことは、のマーケティング予算をBottom FunnelからUpper&Middle Funnelにシフトしていくために解決しなければいけない大きな課題である。これが実現しないと、効果が曖昧なものより多少効率が悪化しても確実に売上利益の増大に繋がればと、悪化し続けるBottom Funnelの拡大を永遠に続け、最終的にはROIがネガティブになり会社の成長の限界地点に達するという悲しい結末へと突き進むことになる。まあ、普通はその手前のどこかで歯止めがかかる気がするが。ただ悪化が明確になった時点で、ROI算定のロジックがなく、時間的余裕もない中でUpper&Middle Funnel施策を無理やり実施しようとすると、キャンブル的なハイリスクの施策になってしまう。是非、そうならないように余裕のあるうちに準備を進めたいものである。